今週末は3連続で映画館に行くという贅沢を堪能した。
最近ばたばたしていた仕事がやっとひと段落したというほっとした気持ち半分、そこでたまったストレス的なものをうっちゃってしまいたいというやけくそな気持ち半分の暴挙だ。
というわけで、その感想を一言ずつ。
1日目
ミナリ
部隊は1980年代のアメリカ南部。
韓国出身の移民一家が理不尽な運命に翻弄されながらもたくましく生きる姿を描いた家族映画・・・ってことなんだけども、いろいろな意味でレベルの高い映画だった。
その頃の移民の生活を描くデティールだとか。
彼らが住む土地の豊かな自然と、それゆえの寄る辺なさとか。
あるいは夫婦の関係のリアリティだとか。
途中から登場する祖母の演技の妙だとか。
細部の確からしさが、「映画的な豊かさ」につながっている・・・のはなんとなくわかる。
だから、きっと映画なのだということもわかる。
わかるのだけども、どうにも味わいつくせなかったのは自分の映画IQの低さ故なのだろうか?
文句の付け所は特にないだけに、不可思議な飲み込みづらさだった。
2日目
花束みたいな恋をした
こっちは逆にわかりすぎてつらい。飲み込みすぎて消化できないという映画体験。
恋愛あるあるもそうなんだけども、「ゴールデンカムイも宝石の国も途中でとまってる」という麦くんの社会人あるあるにクラクラきた。
本来サブカル・・・っていうかカルチャーっていうのは、資本主義に飲み込まれないための価値観の一つだったと思うのだけども、それが資本主義的な価値観に敗北していく様をまざまざ見せつけられるのはなかなかにつらいものがあった。
これに関しては後日、Coffee and Beerのほうで語るつもり。
3日目
ノマドランド
気高く、美しく、それでいてちょっとひんやりどんよりともした映画。
映像の美しさとか、登場人物の生き方のしなやかさに目を奪われる一方で、やっぱりこの生き方の前提にあるのは資本主義の行き詰まりとか、格差社会とかがあるわけで。
もちろん、そういった既存の枠組みからはみ出して自由になった人達の映画という見方もできるのだろうけども、でもその選択をもって、単純に幸せだとは言い切れないよねってこともちゃんと突きつけてくる。
荒野を旅するってのは、背景まで含めてロングショットで見るとかっこいいのだけどもクローズアップしていくと埃まみれでもあるわけで。
その辺の機微というか妙を味わう映画体験だった。
最近ばたばたしていた仕事がやっとひと段落したというほっとした気持ち半分、そこでたまったストレス的なものをうっちゃってしまいたいというやけくそな気持ち半分の暴挙だ。
というわけで、その感想を一言ずつ。
1日目
ミナリ
部隊は1980年代のアメリカ南部。
韓国出身の移民一家が理不尽な運命に翻弄されながらもたくましく生きる姿を描いた家族映画・・・ってことなんだけども、いろいろな意味でレベルの高い映画だった。
その頃の移民の生活を描くデティールだとか。
彼らが住む土地の豊かな自然と、それゆえの寄る辺なさとか。
あるいは夫婦の関係のリアリティだとか。
途中から登場する祖母の演技の妙だとか。
細部の確からしさが、「映画的な豊かさ」につながっている・・・のはなんとなくわかる。
だから、きっと映画なのだということもわかる。
わかるのだけども、どうにも味わいつくせなかったのは自分の映画IQの低さ故なのだろうか?
文句の付け所は特にないだけに、不可思議な飲み込みづらさだった。
2日目
花束みたいな恋をした
こっちは逆にわかりすぎてつらい。飲み込みすぎて消化できないという映画体験。
恋愛あるあるもそうなんだけども、「ゴールデンカムイも宝石の国も途中でとまってる」という麦くんの社会人あるあるにクラクラきた。
本来サブカル・・・っていうかカルチャーっていうのは、資本主義に飲み込まれないための価値観の一つだったと思うのだけども、それが資本主義的な価値観に敗北していく様をまざまざ見せつけられるのはなかなかにつらいものがあった。
これに関しては後日、Coffee and Beerのほうで語るつもり。
3日目
ノマドランド
気高く、美しく、それでいてちょっとひんやりどんよりともした映画。
映像の美しさとか、登場人物の生き方のしなやかさに目を奪われる一方で、やっぱりこの生き方の前提にあるのは資本主義の行き詰まりとか、格差社会とかがあるわけで。
もちろん、そういった既存の枠組みからはみ出して自由になった人達の映画という見方もできるのだろうけども、でもその選択をもって、単純に幸せだとは言い切れないよねってこともちゃんと突きつけてくる。
荒野を旅するってのは、背景まで含めてロングショットで見るとかっこいいのだけどもクローズアップしていくと埃まみれでもあるわけで。
その辺の機微というか妙を味わう映画体験だった。