白エリと青エリ 1

白エリはホワイトカラーのこと。
青エリはブルーカラーのこと。

高校1年生のエリちゃんが、「働くとは何か」ってことについて、専業主婦のお母さんとか、デパートで働くお父さんだとか、民芸品職人のお祖父さんだとかいった、まわりの大人たちに尋ねまくる話。

ほのぼのした絵柄と、短いページ数に油断していると、あっという間に結構深いところまで連れて行かれてしまう。
例えば私は時間と競争しているけど、ひい爺ちゃんは時間と散歩しているみたい。」だとか、「いま夢に市場価値がないのは、きっといい時代ってことだ」とか、「「誰かの仕事を大切に思うのは、働くその人のことを大切に思うことだ。」とか、そういう言葉がさらりと書かれてて。
数ページ毎になんだか、はっとさせられる。

まあ、昔からこういうほのぼのして見えて実は「深い」みたいなマンガはあった。
ただ、その「深い」ってのは「深い」って一言で表したとたんにわりとチープになってしまう感じはあって。
結局それっぽいことは言ってるけど、何も言ってないのと一緒じゃねえかみたいな。

それは、おそらく、作者の視点が実は浅いとか言う話ではなくて、その視点で切り取られた対象が、読者の実生活にまで届かないということなのだろう。
なぜなら、哲学書と違ってマンガはすぐに読めてしまう。
だからそれっぽいことが、わかった気にはなるのだけども、その実何がわかったのかがよくわからない。

すぐ読めるってことはいいことなんだけども、「深さ」ってのをちゃんと自分の理解に落とすには一定の咀嚼する時間が必要だ。
勿論、マンガでもゆっくり咀嚼しながら読めばいいのだろうけども、なかなか難しいよなぁ。

さてさて本作に話を戻す。
その「深い視点」を「生きるとは?」みたいな漠然としたテーマにではなくて「労働」ってところに絞ったところが本作の新しさなのだろう。
そのおかげで、作者が言わんとすることを、より的確に受け取れる気はした。
なんというか、凡百の「深いマンガ」が、どこに剛速球が飛んでくるかわからない作者との真剣勝負だとしたら、こちらは読む方も初めからどこに球がくるかわかっているキャッチボールみたいなもので。
その実、珠はしっかり重いから、受けごたえがある。
先にあげた、自分がひっかかった言葉達だって、どれも読みながら自分が今まで生きてきた場面を思い浮かんだもので。
ああ、ああいう時にこの言葉を知っていればもっと自分のモヤモヤした気持ちとか、伝えたかった気持ちが文章化できたのになぁという類の言葉だった。
これはなかなかに楽しい体験で。
素直に、読んでよかったなぁと思う。

まして、自分にとって働くということはあまりに日常の一部と化してしまっているものでもあるわけで。
それをこうやって、ほんの少しの時間でも立ち止まり、言語化していくというのはなかなか得難い経験だった。

まあ、お茶でも飲みながら気楽に、でも有意義に時間を過ごしたい時にぴったりの本ではなかろうか。
そういう意味で、オサレカフェとかにこれからよく置いてあるのを見かけそうだなとか、そんなことを思ったり。