映画『ちはやふる-結び-』オリジナル・サウンドトラック

あんまり評判がいいので、ついつい見に行ってしまった。
結論から書くと、これは、まあ傑作の類だろう。

上の句で炸裂していたドライブ感からの、下の句のウェットな感じというギアチェンジは、その意図の是非はともかく、結果的に下の句から映画としての魅力を若干損ねてはいた。
(まあ、それを補って余りある松岡茉優!!ってことでいいんだけども)

ところが、本作「結び」では、上の句的な青春アクション映画としての疾走感と、下の句的なおセンチなところがちゃんと響き合っている。
で、ちゃんと響きあった結果、一本のティーンエイジャー映画として極めて高い次元で成立している。
これ、簡単に書いたけども極めて素晴らしいことではなかろうか。
過去に、これまでのシリーズのおいしいとこどりをしようとした結果こけた「完結編」を僕らは何度目にしてきたことか・・・・・

さて、じゃあその「極めて高い次元」てなんだよってことなんだけども。
それは、とにもかくにも映画化にあたっての再構成の上手さが尋常じゃないってところに尽きるように思う。
わりと長尺な映画なのに、無駄なシーンがひとつもない。
なんなら、無駄なカットもひとつもないんじゃないかな。

で、その無駄なシーンがないっていうのは、単に「物語が削ぎ落されている」って意味ではないのがミソで。
なんというか、全てのシーンがどこかのシーンと呼応しているのだ。
様々な場面で、色々な人物が、あるいは色々な風景が、色々な歌が、響き合い、美しい音色を奏でる。
それが映画を彩る。

呼応っていうのは「伏線」とも少しちがう。

伏線というのは、言ってみれば、物語を語る上での必然であり、巧さだろう。
それがなければ物語が成立しなかったり、それがなければ物語自体に魅力がなくなる類のものだ。

ただ、その巧さはときに映画から生命力を奪ってしまう。
言ってしまえば、キャラクターが物語を推進するための道具となってしまう。

その意味で考えると、本作で多用される呼応は、伏線と言うにはあまりにささやかなのだ。
ほとんどの呼応は、物語の推進に不可欠というわけではない。
例えば、上の句で見た場面のリフレインであったり。
例えば、誰かの台詞が別の場面での誰かの台詞と重なっていたり。
一つ一つの呼応はとても些細で、それらがなくても、物語の本筋は大きくは変わらない。
だからこそ、それぞれのキャラクターが、それぞれの物語をちゃんと生きているのがわかる。
簡単に言えば、出てくるキャラクターの誰もが、千早を中心とした大きな物語に服従していない。

結果、映画を見終わった後・・・つまり千早と太一の大きな物語が一応の完結を迎えた後も、それぞれのキャラクター達の人生は続いているということを実感できる。
青春映画の完結編として、これほど美しい決着はなかなかないのではなかろうか。

さて、こう書くと先に書いた「呼応」は単なる目配せというか、物語の彩りに過ぎないような感じになってしまうのだけども。
実際は、その呼応こそが、作品の「物語」ではなくて「テーマ」の根幹にはあるように思う。
普段、あまり作品にテーマ性なんかは求めない自分だけども、本作に関してはこの繊細に積み重ねられた呼応のおかげで、テーマみたいなものを意識せざるを得なかった。
テーマてのは簡単に書いてしまえば「つながり」だろう。

千早と新と太一のつながり。
カルタ部のつながり。
カルタを通した、まわりの世界とのつながり。
そして、歌を通した千年前とのつながり。
それらは全て、シーンとシーンの呼応で表現される。
その繊細さ。美しさ。

エンドロールは、彼ら彼女らの未来に思いを馳せさせるつくりになっている。
そこで、自分も青春が終わった寂しさと、これから続く未来に胸が熱くなってたのだけども。

同時にこの映画自体が持つまるで繊細にして完璧な工芸品のような完成度の高さに圧倒された。
こういう形の「完璧」があったのかと。

もちろん、基本的に文芸作品ではなくエンタメ作品だから、基本的なノリは軽いし、荒いところもある。
でも、それもまたこの映画の魅力なのだろう。
上で書いたようなことって、ともすれば格調高ーい感じになってしまうとおもうのだ。
でも、本作はいい意味でマンガ原作っぽい。
なんというか、とても親しみやすい映画だと思う。
でも、その上で、この映画が三部作を通してしようとしたことの志の高さは、なんだかすごいところにまで行っちゃってるとは思うのだ。

普段自分が進んで劇場で見る類の映画ではないのだけど、見に行ってよかったなぁと素直に思う。

追記
下の句が松岡茉優に圧倒された映画だとしたら、本作の圧巻は何と言っても周防さんこと賀来賢人ですね。
いやぁ、チャーミング!!!
下の句みた後はずっと「いつや」のモノマネばかりしてましたが、本作みた後はついついあの小声をモノマネしてしまう。