怒りのロードショー

ぼんくら高校生が、映画にまつわるぼんくらバナシをきゃっきゃきゃっきゃとするマンガ。

ゾンビ映画の最高峰は何か?とか、パイレーツオブカリビアンの主役がジョニーデップではなくてジェイソンステイサムだったらどうなっただろうか?とか、そういう映画好きの居酒屋トークみたいなのを男子高校生が熱く繰り広げる。

とりあえず思うのは、「タマフル以降」のマンガだなぁということで。
今はなき、ラジオ番組「ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル」が残した功績って、サブカル界隈ではめちゃくちゃにでかかったんだよなぁと改めて痛感した。

というのも、このマンガの根本を支えているのは、所謂「映画教養主義」なのだけども、その教養の在り方が、すげータマフル以降の感じがしたのだ。
「映画教養主義」とは、要するに「え?あの映画まだ見てないの?すげーおもしろいのに」とか「A・ロメロを見ないでゾンビ映画を語ってほしくないね」といった、ボンクラサブカルクソ野郎にありがちなマウントの取り合いのことを勝手にそう呼んでるだけなんだけども。

自分が高校生〜大学生の頃も、こういうのはあって、なんとなく〇〇を見ていないと映画を語ってはいけないんじゃないか、とか、〇〇も見ていないのに偉そうなことは言えないぞ、みたいなことは多々あった。
てか、多分、すべてのボンクラ文化系にはこういう、マウントの取り合いはアルアルなのだろう。

ただ、自分が大学生の頃は、この〇〇に入るのは例えばトリュフォーだとか、ゴダールだとか。
あるいはジム・ジャームッシュとか、フェリーニとか。
所謂エンタメ映画とはちょっと違う、スカシた映画を観ることだったように思う。
まあ、それはそれで、楽しかったし。
ハマる、ハマらないの程度の差はあれ、見たあとはなんだかわからない感慨と、「とりあえず見てやったぜ」という達成感はあった。
ただやっぱり背伸びして見ていた感じもあって。
ゴダールなんかは、「全然わかんねえなあ」と思いつつ、そのわからなさも含めて睡魔と戦いながら楽しんでいたような気はする。
あるいはキューブリックとか黒澤明とかっていう巨匠は、公開当時はエンタメ中のエンタメだったのだろうけども、映画史の中で格が上がってきた感じはあって。
やっぱりそういうのを見るときはちょっと気合を入れたり。

勿論、そういうのはあくまでも教養を付けるために見てたってのが大きくて。
メインはスターウォーズだとかタランティーノだとかっていうわかりやすくて楽しい映画だったし、今でも結局見るのはそういうのが多いのだ。
でも、10〜20年前の映画好き同士の会話では、マウントを取るためには、そういった映画史的な教養も必要だったというわけ。
ただ、そういうのはどんどん世界を閉じていくよね・・・・・・

タマフルの映画評がしたことは、その所謂教養主義の範囲をぐいっと広げたことだと思う。
宇多丸氏の軽快にして明晰な分析は、勿論上にあげたような映画もその批評範囲にいれつつ、そこにアクション映画やホラー映画といったジャンル映画とかアイドル映画なんかも同じように語り、なんなら「教養」の中に入れてしまった。
つまり、ジムジャームッシュも、シュワルツネッガーも、ゴダールも、ランボーもみんな同じ映画なんだぜ!!!と高らかに宣言し、その語り方を確立したということ。
このインパクトは相当なものだったように思う。
勿論、これまでだってそういったことを書いた書籍はたくさんあった。
でも書籍って、結局「好きな人」しか読まないんだよなぁ。 宇多丸氏が、ラジオという口語で映画を語ったことで、爆発的な支持を得たってのは間違いない。
つまり、彼の映画トークは、サブカルボンクラ野郎達の「俺だってシュワルツネッガーについて語りたい」「僕だってアイドル映画について語りたい!」という欲求を喚起し、そしてその語る方法を伝授した。
つまり、これまでは一部の人による閉じた教養だった「映画語り」を、語る対象、語り口、語りかける相手、の全ての面で革命的に広げたのだ。 そりゃあ、雨後の筍はポコポコ生えてくる。
で、雨後の筍は世界を広げる。

その筍の例が、このマンガなんだろうなぁ。
だから、このマンガの特に前半は、作者の熱量がハンパない。 筆もノリに乗っている感じ。 「映画を語ることは楽しい」っていうただそれだけのことが、しっかりマンガになっている。 加えて、登場人物たちが高校生っていうのがまた絶妙にいい。 シュワルツネッガー映画について、熱く無邪気に語る男子高校生達の姿は愛おしい。
あるいは、最高のゾンビ映画はバイオハザードだと言い切って、「他に何を見たの?」と聞かれて狼狽える姿も愛おしい。 また、この歳になると、そんな映画はクソだねなんて言いながら、絡んでくる鬱陶しい同級生の姿すら愛おしい。 それは、多分彼らが「高校生」だからで。 彼らの知識が偏っていたり、浅かったり、あるいは他人をマウントするための道具だったりしても、それはそれで青春だよなぁなんて、生暖かい目で愛でることができる。 だって、それらは多分、全てのサブカル好き中年がどこかで通ってきた道だから。 結局全てのサブカル好きは、いつだって、こういう話を誰かとしたくてたまらないんだよなぁ。 社会人になると、とたんにこういう会話をできる機会ってのはなくなるわけで。 そんな身からすれば、この男子高校生達の、決してイケてるわけではない青春は、目が眩む程に眩しい。 で、それは、例えば通勤中に宇多丸氏の映画評を聴いて頷く自分の姿の肯定でもあるわけで。 まあ、イケてるわけでは決してないけども、好きなものを誰かと共有するのは楽しいよねとか。 まあ、そういうこと。 そういう意味でなかなかに楽しいマンガだった。 追記 とはいえ、このマンガが面白いのはとにかく前半で。 後半になるに従って明らかにネタ切れになっていっちゃうのはご愛嬌。 ネタ切れというか、前半に作者が語りたかったものを全て、ペース配分を考えずにぶちこんじゃった感じ。 まあ、その後先考えないロックな感じも嫌いではないのだけども・・・・・・。