【チラシ付き、映画パンフレット】 万引き家族  MANBIKIKAZOKU

というわけでまとめ。

異様なほどに語ることの多い映画なので、まだまだ語りきれていない。
例えば樹木希林演じる祖母の役割とか、駄菓子屋の親父の意味とか。
あるいは、治と祥太の関係性とか。
家族と恋人の違いとか。

とはいえそんなこと書いているといつまでも終わらないので、そろそろ終わる。

ただ、最後に書いておきたいのは、この映画と今この国で起こっていることとの関わりの話で。

カンヌのパルムドールという凄まじい偉業を成し遂げたにも関わらず、この国ではその賞の価値以上に、その後の監督の祝意辞退とか、監督のコメントとかに変なニュースバリューがついてしまって、わけのわからんところで騒ぎになったりしていた。

まあ、わけのわからん話はわけのわからん話として放っておくのが大人なのかもしれないし。
政治的な語り口は、とかく敵を作りやすいので、ここではあまり書かないようにしてきたのだけども。
ただ、今回はなんというか、今のこの状況までもこの映画が内包しているように感じるので、蛇足ながらもう少しだけ、「政治」的な話を書く。

この映画が描いているのは、「家族」とはなんぞやという、是枝監督がずっとこだわってきた問題意識に対する現時点での解答であることは間違いない。

この記事の一番初めにも書いたように、この映画で描かれる家族ってのは、自分の言葉で言うならば『血とか絆で結びついているとかではなくて、ただただ一緒に(物理的な意味ではなくて)暮らしているという状態』を指す。
で、その「一緒に暮らす」ってのは、例えるなら同じ舟に乗っているようなもので。
つまりは、価値観というかモラルというか、道徳観というか。
とにかく、そういったものを共有しているからこそ、一緒に暮らせるということで。
そこに穴が空いたら、家族は成立しない・・・・。

そういったことを、ある穴の空いた家族を通して・・・そして、その穴がどんどん大きくなってしまう過程を描くことで、はっきりと可視化したのがこの映画だと考える。

さて、この「家族」ってところを「共同体」と読み替えたらどうだろう。
あるいは、もっとドストレートに「国」と読み替えてもいい。

まあ、あんまり詳しく書くと、この長文の趣旨とずれてくるので、手短にぼかすけども。
どう考えても今、この国って、共同体を成立させるためのものを共有できているとは思えない。
その意味で、ここで描かれている「家族」は今、この国の縮図だと言えなくもない。

崩壊するモラル。
幼稚な父親。
現実的だが自己欺瞞を続ける母親。
価値観を共有できない若者。
そして、そこから抜け出そうとする子ども。
貧困。

ここで描かれるものは、ある一つの現実だ。

それらを悪とみなす人達にとって見たら、この映画で描かれることって許せないか、あるいは理解できないのだろう。
で、そういう人達は、この映画を排除しようとする。

でも、この映画が本当に描いてることは、ただの現実だけではなくて、そこに空いている穴なのだ。

だから、高圧的な態度で排除して、何もなかったことにしても、穴がふさがることはない。
あるいは、ときにその行動自体が、穴をより広げていく。
この映画を巡る、幼稚な言葉、例えば「助成金をもらっているのに祝意辞退とは何事だ!」みたいな文化的に未成熟な言説はどれも、穴を広げていったと思う。

僕らは今、穴の空いた沈みゆく舟に乗っている。
その自覚のもとに、じゃあこれから、この船をどうすればいいのかを考えないといけない。

と、いうわけで。
最後はなんだか話が大きくなっちゃったけども。
まあ、それはこの映画が家族以上のものも描いてしまっているからで。
それを語りだすと、また記事が長くなってしまう(笑)
とりあえず、この映画を見たあとも色々映画は見てるし、色々本は読んだので、とりあえず今回はここまで。
いやあ、長く語ったなぁ。


追記

誤解のないように、一応蛇足的に追記しておくけども。
自分はこの穴を埋めるために、「価値観を統一するべきだ」とか「モラルを強要するべきだ」と考えているわけではない。
誰かの正義を、強要することは、穴を広げるか、穴を増やすに決まっているのだ。
だから、そういう場当たり的な正義論を語っているのではないということは強く主張しておく必要があるだろう。