2013年07月07日

ジミ・ヘンドリックス
ジャニス・ジョプリン
カート・コバーン
ジム・モリソン
などなど

挙げればもう少し出てくるのであろう

勘の良い人はお分かりかもしれないが

そう、彼らは27歳にして他界したロックンローラーである

僕が高校生であった10年前、親から貰ったお昼ご飯代をちびちび貯めて、お小遣いを貰っては小銭を握ってCDショップに駆け込んでいた時分

彼らは随分、大人であり、遥か遠くの存在であった

のうのうと生きていたここ数年

気がつけば僕は彼らの年齢を超えてしまっていたのである

ロックンローラーは27歳で死ぬ

そんな呪いのような伝説のような都市伝説とも言える戯れ言

否、高校生の僕にとってリスペクトに値した彼らの生き様

僕は先月、呪いの27歳を凌駕して28歳の誕生日を迎えた

これはどういうことかというと、僕がロックンローラーでないことが証明されたということである

ちなみに、僕のギターの腕前はというと、ひいひい言いながらFコードが押さえられるくらいである

簡単に言うとギターなんぞ弾けるとは言えないのである

弾けもしないのに自室の壁にはアコースティックギターが掛けてある

ふざけた話である

腕前を分かりやすく水泳で例えるならばビート板を使ってバタ足で25メートルをやっと泳げるレベルなのである

お分かりいただけたであろうか、そんな奴が平泳ぎで金メダルを取った人みたく

「なんも言えねえ!」

などとほざいているようなものである

兎にも角にも僕は良かれ悪かれ28歳という年齢になったわけである

そして、僕はいい年をして未だに実家に寄生している

理由は簡単である

出て行く理由が無いからである

これ以上の理由は無いであろう

そんなこんなの僕です。

さて、先日のこと、28歳になってまだ2回目の土曜日

付き合いたてのカップルのごとく年を重ねるごとに事あるごとにイベントのように何かとカウントをするのは僕の悪いクセである

そんな土曜日、僕は部屋からほとんど出る事もなく畳一畳のスペース、つまりは布団の上で一日中過ごしていた

ご飯を食べるとき以外は常に布団の上で本を読み、DVDを観て、ネットを覗いて、見聞を広めていた

畳一枚のスペースに無双の夢想を描いていた

人間、立って半畳寝て一畳、などとはよく言ったものであり

僕はまさにそれを実践していたわけである

つまりは非常に無駄の無いストイックで洗練された休日を過ごしていたことになる

そうしているうちに気がつけばそのまま寝てしまっていたようで、朝日が差し込んで目が覚めた

サンデーモーニングのお出ましである

ヴェルベットアンダーグランドでも流そうかしらん、と村上春樹の小説よろしくお洒落ぶってみようとしたが

プリキュアをちょこっと観て再び惰眠を貪るのであった

そうやって日曜日も終わっていくのかしらん、アンニュイでもってメランコリックな休日も悪くないではないか

そう思ってはいてもやはり多少の居心地の悪さを感じるのであった

前述のとおり、実家住まいの僕である

30を手前にした息子がほとんど部屋から出てこない、なんてことをがんがんに昭和を生きてきた両親が良く思う訳はない

口には出さないが不穏な空気が階下から感じられていた

しょうがない、ちょっと自転車でそのへんをぶらぶらしてくるか

なんて思い立ったのが昼過ぎである

再放送のなんでも鑑定団を見ようと思っていたが、居心地の悪さには勝てなかったのである

梅雨も明けたのか、すっかり夏模様の空であった

鬱々とした梅雨を押しのけて夏の野郎がとうとうやって来たのである

あの野郎、待たせやがって

などと修行から帰ってきた主人公に対して、随分早い段階で敵にやられる仲間のキャラのような台詞がぽろりとこぼれたのは本当かどうか自分でも怪しいところである

野暮ったい僕ではあるが、颯爽と青空号と名付けた空色のロードバイクに股がって走り出したのである

行き先はもちろん決まっている

海である

自転車に乗れば海に行くのだと相場が決まっているのである

高校野球マンガの主人公が甲子園に行くのと相場が決まっているのと同じである

僕の住む町は地方都市の片田舎とあり、海も近いのである

自転車をしゃかりきに漕げば15分で海には着く

そこからちょこんと出っ張った半島をぐるりと回るのはサイクリングコースとしてなかなか人気のようであり

僕もそれに倣って時たまそのコースを走るのである

エイリアンのようなヘルメットを被ってピターっとした原色を多いに使用した服を着た、いかにも自転車野郎といった風貌の方々が妙な編成を組んで滑走している

それとすれ違うたびに、片手を軽く挙げたりなんたりと挨拶をされるのである

おそらく彼らの中では、それっぽい自転車に乗っている奴は皆同士

みたいな同族意識が働くのだろう

僕はどちらかと同族嫌悪の念を抱くクセがある為、そんな彼らの行動に居心地の悪さを感じてしまうわけである

大体、なんで自転車乗るのにそんな大人数で走っているんだ

中学生じゃないんだから恥ずかしくないのか

なんて思っても、それは負け惜しみであり、一緒に自転車に乗ってどこかに行ってくれる友人なんて同じ町にいないのである

そもそも、僕はジーンズにポロシャツといういかにもやる気のない格好である

スポーツバイクに乗るのに相応しくない格好と分かっているが、いいのである

そんなもの求めていないのである

その日はカメラを持ってきていたので、自転車を停めて浜辺で写真でも撮ろうとしたが、カップル達があちこちにいて

30を手前にしたおじさんが自転車でへいこらやってきて、何を気取っているのか、何を拗らせているのか、写真なんぞ撮るのは愚の骨頂なのではないか

それも被写体は海である

女子高生の写真部がまずはじめにこぞってやる事であろう

30手前のおじさんが何をやっているのだ

夏の空ときらめく水面、こんなもの撮ったところで何になるのか、僕はここでも居心地の悪さを感じて再び自転車に股がるのであった

向かう先には入道雲がもくもくと上空に背を伸ばしていた

入道雲の足下は黒い影を落としている

入道雲の別名は積乱雲だと小学校の理科の授業で耳にしたことがある

入道雲の下には雨が降っているわけである

そもそもそんな所に突っ込む必要などあるだろうか、何が悲しくて濡れなくてならないのか

いい年をして自転車に乗って雨に降られたらどうしようもないではないか

僕は当初の予定を変更して進行方向を180度転回した

アダルトな自転車乗りは雨雲に立ち向かうような無茶はしないのである

がしかし、ほどなくして、大粒の雨粒が体にどぼどぼ落ちてきて僕をびしょ濡れにしたのは言うまでもない事である

自然の力を舐めてはいけないのである

しかし、濡れてまずいものなどないのであった

携帯電話は家に追いてきた

なんなら「探さないでください」と書いたメモ紙でも置いてきてもよかったかもしれない

僕はひどく雨に打たれたのである

パンツもぐっしょり、なんてアダルトな自転車乗りは良からぬ方向に解釈されかねない状況と相成ったのであった

それでも久しぶりに雨に打たれるのは案外気持ちのよいものである

雨宿りするようなところもなくひたすらに自転車を漕ぐ他方法はないのである

ここ数年、なんとなく生きてきたつもりではあるが

ふと、実際に毎日はこのような状況なのではないかと感じるのであった

立ち止まろうが、先に進もうが雨には打たれるものなのである

それならば1メートルでも先に進んでしまったほうが良いのかもしれない

はたまた、それが徒労に終わるのかもしれない

よくわからないが、止まない雨はないわけであり

27歳で命を落としそびれ、ロックンロ―ラーの称号を得る事のできなかった僕は細く長く気長に過ごそうと思った次第でございます

その日のサイクリングで撮った写真を貼っておきます

はいはい、世の中きれいきれい

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2013年03月11日

気がつけば3月である

1月は行く、2月は逃げる、3月は去る

などと、小学校のときの校長先生は全校集会があるたびに言っていた気がするが

確かに、この3ヶ月の時間の進み具合は早いように感じる

がしかし、それは校長先生が同じ事を繰り返し言うことによる

「あれ、これってデジャヴ?」的効果のせいで時間の流れが分からなくなるからだと

小学生ながらに気づいており

これを「校長先生のバカの一つ覚え現象」と名付けていたのは今となっては良い思い出

そんなこんなの僕です。

さて、まあ、そんなことを言いつつも駆け足で過ぎていくのがこの時期なのであるが

ここしばらくは暖かい日が増えてきて、そういえばこんな時期に高校を卒業したのが

今から10年ほど前

そんなに時間が過ぎたのか、僕の生活はそんなに変わっているようには感じられない

毎日着るものが詰め襟から背広に変わったくらいである

確か10年ほど前となると名探偵コナンは35巻くらいしか出ていなかっただろうし、あまりに進まないストーリー展開にしびれを切らして単行本を集める事を諦めたのはちょうどその頃であった

当時から煮え切らない話は10年たった今でも煮え切らないままである

個人的な見解であるが名探コナンはもはや、今流行の日常的マンガという位置づけでもおかしくないように感じる

殺人や事件が頻発する特殊な町の「日常」を切り抜いたマンガなのではないか

マンガ自体が迷宮入りするのではないかと、10年前にも言っていた気がするが、そんなことはどうでもいい

僕はつい先日、10年前高校生だった頃に数少ない友人とよく行っていた港にいたのである

博多ポートタワーという赤くてレトロな外見が素敵なタワーの立つ港である

ちなみにこの博多ポートタワーは東京タワーや通天閣をデザインした人が手がけているそうだ

高校生であった僕は友人と一緒に放課後になるとその港にある水槽のウミガメを見に行っていたのである

なんてキュートなのであろうか

あのウミガメはまだ元気なのかしらん?と自転車で来ていた当時とは違い自動車でやって来た僕は思っていたのである

なぜ、港に来る事になったかというと対馬出身の父が生家で行われた法事を済ませて帰ってくる為、迎えにあがっていたのである

父は戦後生まれではあるが、おやつ代わりに雀を食べていた、など現代社会では到底理解の出来ない幼少期を送っていたようである

そんな話はどうでもよく、コンコースで停車していた僕は父の姿を見つけると車を降りてこう言った

疲れているところ申し訳ないが、どうやらバッテリーが上がったようだ、しばらく帰れそうもない

そうである、エンジンをかけて停車していたのであるがいきなりオーディオが切れて、エンジンが停止したのである

慌ててエンジンを駆けてみたが駄目であった

ブログの更新をサボっていたので3、4件前の内容になるが2年前に僕はバッテリーが上がったことがあり、どういった症状が出るかは既知なのである

しかし、父は諦めが悪かった

父は何かと「自分でやってみよう精神」のようなものがあり、家の水道が壊れればあーだこーだして直し

棚がいるだとかなるとあーだこーだして作るような人間なのである

そんな父の背中を見てきたはずの僕が「餅は餅屋」主義ですぐに業者の人に頼ってしまうのは

何かある毎に僕が天井裏に潜らされたり、屋根に登らされたりという、父の抜かりないリスクマネージメントのせいであると思う

一家の大黒柱が怪我をするよりも三男坊が怪我をしたほうが遥かにリスクが少ないのだ

JAFを呼ぼうとする僕を制して父は運転席に乗り込むと、キーを回したのである

すると、ブルルルルと音を立ててエンジンが掛かった

父は空かさずバッテリーが上がらないようにウワンウワンとけたたましい音をあげてエンジンを吹かしていた

港にうろうろしていたDQNっぽい方々がこちらに注目している

彼らにとってエンジンを吹かすという事は挑発行為に値するのではないか

ちょっとパパ、恥ずかしいからやめてよ!

なんて思春期のガールのような言葉が喉の先まで出かかっていたが

それより何よりふわんと香るアルコールの匂いが鼻をついた

ひょっとして父上はお酒を召されておられるのですか?

と、僕が聞くと、そうだと答えた

なので、ここから先は任せた、と言うのである

このままいつ止まるか分からない車を無理矢理走らせることになるのだろうか、信号待ちのたびにウワンウワンいわさにゃならんのか

しぶしぶ運転席に乗り込むとエンジンは止まっていた

それから何度キーを回しても駄目であった

気が済んだのであろう、父はJAFを呼ぶように促し

しょうがないから待っていよう、と言って

お土産でも入っているのだろうかと思っていた発泡スチロールの箱から缶ビールを取り出すとグビグビ飲みだしたのである

父上はいつも缶ビールを持ち歩いておられるのですか?

と、聞こうにも聞けずに僕は父と二人でJAFを待つ事になったのである

随分、長い間一緒に暮らしてはいるが、父子で放課後の女子高生の如くくっちゃべることなどまず無く

そもそも父は無口な方なのである

そして、家の中で僕は口数が非常に少ないのである

旧知の仲の友人などとはベラベラあることないこと喋る僕なのであるが、家の中ではあまり話すことはなく

逆内弁慶なのである

そんな二人であるのでJAFを待っている時間は非常に長く感じた

僕は博多ポートタワーの柱の数を数え、父はビールの缶を傾けていた

30分ほど経ってJAFが現れ

JAFのお兄さんがボンネットを開けてあちこち見て回って調べてくれたところ、なんでも発電機を回すベルトが切れているとかなんとかで自走は無理との事であった

結局、牽引されることになり、僕らは牽引トラックに乗って家まで帰る事になったのである

父とは不仲な訳でもないが、頬ずりするほど仲が良い訳ではない

第一、僕はいつも父が何を考えているのか分からないのである

それは単に僕が空気が読めないのだとか人の気持ちがわからないのだとかいう話ではない

27年間も一緒にいるというのに何を考えているのか分からないとは不思議なものである

世の中で一番怖いものはオバケでも幽霊でもなく人間なのだと、何かの本で読み齧ったことがある

そんな父は発泡スチロールから2本目のビールを取り出していた

僕にも1本くれないかなあ、なんて思いながらトラックに揺られるのであった

よくよく考えられると、こんなに長い時間父と時間を共有する事は珍しいことである

昔、一緒にUFOを目撃した話でもしようかと思ったが(引くかもしれないがこれは本当である)

そういえばそのことを以前父に話したら、父はすっかり忘れていたのだった

きっと、宇宙人に記憶を消されたのだろうと僕は推測しているのであるが、まあそれはどうでもよい話である

牽引してもらった車を自宅駐車場に停める為、応急処置的にバッテリーを充電したのであるが

そのとき、エンジンルームを覗いたところ、無数の猫の足跡があったのである

なんだこれは、こんな狭いところどうやって入り込むのだと驚いたのであるが

冬場はエンジンルームが暖かいので猫が入り込む事があるそうである

ほろ酔いの父は、うちの車も昔、猫が入り込んでベルトに巻き込まれて死んでいた

などと、とんでもないことをさらっと言ってのけ僕はさらに驚いた

父は前世がネズミなのではないかというくらいに猫を毛嫌いしているところがあり

反対に僕は道ばたで猫を見つけては追っかけ回すほど猫を溺愛しているのである

しかし、そんな惨劇があったとは知らなかった

家のことも家族の事も僕の知らないことは山ほどあるのだろう

そういったことはエンジンルームの猫の足跡のようにひょんなことで日の目を浴びるまで

ひっそりと潜んでいるものだと思う

1月が行こうが、2月が逃げようが、3月が去ろうがどれもこれも駆けていくものだから足跡は残るのである

時間が早く過ぎることなど悲観せずに、ぽろっと足跡が顔を出す事があるのだから

考えすぎずに毎日愉快に過ごすべきなのではないかと思うのである

家に帰る前にぽろっと父が

来週車検だったんだけどなあ、と言って

え、それってすごいタイミングが悪かったな、と言おうと思ったが、そもそも父がそのことを言うタイミングも最悪であったので、やめた

そんな春の出来事である

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2013年02月14日

本日はなんというのか、世の娘さん方が殿方に黒くて甘いものを配って練り歩くという風習が見られるそうだが

きっと、それはどこか遠くの世界の話であり

世界という概念は人それぞれであり、僕にとっての世界は僕のまわりのこと

ほんの三親等くらいまでのことではないのかな、と思ってみたりする

もちろん、そんなことは口から出任せで、負け惜しみととっていただいでも構わない

はい、今年は実母からもかりんとう的な黒くて甘いものを貰うようなことはございませんでした

そんなこんなの僕です。

なんて底抜けに明るい毎日であろうか

ビバ、僕、今年で28歳

こうして今も6畳間(実家の自室)で発泡酒をグビグビやっているわけである

18歳の頃の僕は10年後にもさほど変わらぬ毎日を送っているとは1ミリも思ってはいないだろう

そんな18歳だった頃の僕に言っておきたい

聞け、少年

こんな毎日だが悲観することはない、君が思っている以上に毎日は遥かに楽しい

雨風を凌げて暖かい布団で眠れることのありがたさを知る時が訪れるだろう

それまで、好きなことをするがいい

ちなみに28歳になっても黒くて甘いものは貰えない

悲観することはない

毎日は底抜けに楽しい

おい、泣くな少年!

さて、そんな話はどうでもよいとして

突然だが、先日、街コンというものに行ってきた

何をそんな無謀な事を、なんて思う者がいるだろうが

大正解である

人見知りな上に恥ずかしがり屋さんでその上目立ちたがり屋さんだという、もはや市区町村が設ける電話窓口相談センターもごめん被るような僕であるが

そんな僕が先日、街コンに行って来たのである

理由は一つ

老いてきた両親を安心させたいからである

いや、そういうことではない

まあ、ファミレスにでも行こう、という類いの軽いノリで参加したわけだ

女子高生がお小遣い欲しさと若干の淋しさを埋める為に援助交際をするような、そんな軽いような、しかし複雑に絡まり合った感情を背に参加したのである

世の中は単純なようで複雑である、しかし、やはり単純なように感じる

ようは考え方次第でどうとでも取れるが、それを簡単と思うか複雑かと思うかは人それぞれである

僕は高校からの友人Fとその街コンとやらに出陣したのである

聞く話に寄ると

西の陣150名、東の陣150名が己の全てをぶつけ、競い合う戦とのことであった

天神は大名の一角でそのような攻防が白昼堂々繰り広げられていたとはあまりに残虐な事象として日本の歴史から覆い隠されることとなる

そこに僕とFもいたのである

僕とFは一旗挙げる為に田舎から出て来た足軽といったところであろうか

勇み足で会場へと向かったのである

会場のビルディングの下にはラップという歌を詠む歌人風のキャップを被った男がいた

男はバインダーを手に参戦者の確認をしていたのである

僕とFが名前を告げると、非常に事務的に会場の案内をするのであった

僕は堪らず

HEY、ブロー!

やって来てみた街コン会場

押さえきれないこの感情

どこで払うのこの勘定  

昼から呑めて気分は上々

なんてラップという歌を詠んでみようとしたが、そういう雰囲気ではなかった

非常に事務的であった

そして僕とFは会場に入るのであった

会場には猛者達が蠢いていた、飢えた獣のような鋭い目が僕とFを突き刺した

しかし、それは大半が男であったのである

開始時間5分前になっても、男女の割合は9:1といったところであろうか

僕とFは二人でテーブルに腰掛け開始時間を待ったのである

暫くすると、女子が2名が我々のテーブルに現れ、幾ばくかのしょうもない話を交わした

すると、戦の開始を知らせるために

先ほどのキャップの歌人が現れ、当たり障りのない挨拶と注意事項を述べるのであった

HEY、ブロー!

お前はこの街コン、どう見てる

俺はいつでも悪そうな奴らは大体避けてる

繰り広げられる自己紹介

読書が趣味ってやっぱり変かい?

こんなラップを送ってやりたかったがそういう雰囲気ではなかった

非常に事務的であった

それから僕とFはグビグビと麦酒を呑み、いくつか設けられている会場に移り

またグビグビお酒を飲み

気がついたら終了の時刻となっていた

僕とFはずいぶん出来上がっていたのかもしれない、正常な判断ができる状態ではなかったのかもしれない

終わってしまう、この戦に

生き様を刻む事が出来たのであろうか

武士にとって散り際こそが華なのである

簡潔に言おう、この戦にとっての勝利とは2次会に持ち込む事が出来るか否かなのである

僕とFの前には覚えきれない数の女子が座り、いくつかの言葉を交わし、そして去っていった

誰もそこに居座ることはなかったのである

そうして、僕らの戦は幕を閉じたのである

しかし、僕はほっとしていた

心のどこかでこうなることを祈っていたのである

でなきゃ、笑えないのである

その後、僕とFはラーメンを啜り、二人きりでカラオケボックスに入り

エム・アイ・シー マイクを握り

ライムを踏むのであった

僕とFにライムライトが当たることはなく、幕はゆっくりと閉じるのである

兵どもが夢の跡

今夜、あの街で姫君が殿方に黒くて甘いものを渡したりなんたりと、これもまた一つの戦が繰り広げられていることであろう

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2013年01月13日

気がつけば2013年である。

久しぶりにブログを更新しようとしたところ、最後の更新は2011年の5月であった。

実に1年7ヶ月ぶりの更新

その歴史的再一歩に僕は震えている、ぷるぷると心の奥底が震えているのである

1年7ヶ月の間、世間は変わった

大なり小なり変化があった

しかし、世間は常に変化しており、僅かな変化の積み重ねが「日常」であり、そこからはみ出す僅かな出来事が世間に「変化」を生み出すのである

何のこっちゃよくわからないが、個人的見解として世の中は匙加減というものが大きく左右するのだと思う

節度と頻度が適度を生むのである

1年7ヶ月のあいだに首相は2人代わったが、この頻度は節度ある適度なものであるのか、そんなことはよく分からない

よくわからないが、1年7ヶ月のあいだ僕は相も変わらずであった

相も変わらず本を読んだり映画を観たりと呆けていた

そんなこんなの僕です

余談ですが、その間に転職をしました

さて、先日の事、相も変わらずの僕は相変わらずの人間とお酒を飲んでは相変わらずデリカシーやモラルに欠如した話をしては宴に興じていた

それは大学時代の部活のメンバーであり、映画研究部なんていう夜な夜な集まっては暗い部屋に浮かび上がるビデヲの映像に齧りついたり、体をボロボロにしながら自主制作映画を作ったりと

家庭用電灯で例えると豆球のような頼りない明るさしか持たない集団であり

大学の知り合いといえばその映画研究部の人間くらいしかいない、閉鎖的な性質を持っていたが、それは個人的な問題が大きかったのだ思う

久しぶりに顔を合わせても、学生時代と変わらず和気藹々とした雰囲気で酒を飲み交わせることは大変、心地よいものである

僕らが通っていた大学のある七隈という町で過ごした日々がそっくりそのまま動き出したような錯覚に陥るから不思議なものである

その日はこれまた映画研究部の同期が働いている小洒落た飲み屋で呑み

料理もお酒も非常に美味しかったが僕らには少々気取りすぎたのかもしれない

僕らといえば何かにつけて「とり貴」という店に行っては安い肴で安酒を呑んでは阿呆な話に興じていたものである

その「とり貴」が閉店の危機であるという話しを聞いたから大変である

阿呆な話を耳にしては嬉々とした「とり貴」が閉店の危機

そいつはいかんということで「とり貴」の思い出を語ろうと思う

「とり貴」の説明になるが「とり貴」は大学の近くにある小さな居酒屋で大将と女将さんのふたりで切り盛りしている小さな店なのだ

大学の近くといっても少々奥まった場所にあり、2万人もいた学生の中でもとり貴を訪れたことのある人間は2%くらいのものではないのかというマイナーさがあった

閉店後に店を出ると向かいにある池からウシガエルの鳴き声が聞こえるだけの閑静なところにあるのである

僕らは何かにつけてとり貴に行っては時間と僅かなお金を落としていた

映画とは何か、人生とは何か、そもそも自分自身とは何なのか非常に哲学的な話をしたかと思うと

性欲の処理について女体の神秘について非常に下世話な話をしていた

いかんせん、若いものであったので惚れた腫れた好いた好かれたすったもんだの話もしたものである

その場合、作戦会議という塩梅になるのである

つまり、とり貴は作戦本部である

一度だけ、ボイスレコーダーを持たせて告白をさせたこともあったが誰のどの話かは忘れてしまった

ことが済んだあと、本部に集合して皆でひっつきもっつき体を寄せ合ってボイスレコーダーを再生させたことは今となっては良い思い出である

そのときは誰もが目に嘲笑の色を浮かべていた

皆が皆学生で同じような境遇であったため

誰もが時間を持て余し、誰もがお金に窮していた

自分には特別な何かがあるのではないかという漠然ながら僅かばかりの希望が幾ばくの焦りを生んでいた

情熱は燃え上がるわけでもなく、ふすふすとくすぶり

店全体はたゆたう煙草の煙にくすぶられていた

こう書くと全く良い思い出は少ない気がしてならないが

誰にでも一つや二つ思いで深いお店があるものである

特にオチもないまま終わるが、とり貴が無くなることももちろん日常に潜む変化であり、それを受け入れるか受け入れないかが問題である

なんとなくだが、とり貴が無くなることは僕の、僕らの青春時代そのものの喪失につながる気がしてならないのである

ワンピースのゴールドロジャーが「この世のすべて」をそこに置いてきた

ところ、僕らは「青春のすべて」をそこに置いてきたのだ

非常に安っぽいが、そんなものである

片田舎の大学のはずれにある小さな居酒屋くらいが身の丈にあっているというものである


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2011年05月29日

おひさしぶりです

更新を怠けているうちに梅雨に入ってしまいました

連日雨が降り続いております

よくも飽きずに降るものだと辟易しておりますが、先日ポンチョを手に入れて雨の日でも機嫌良く表に出ております

両手が使えて便利、ということは普段の生活では別段ないのですが犬の散歩の時だけは重宝しております

そんなこんなの僕です。

さて、仕事の話なんて書くようなことでもないのであるが、仕事の方が繁忙期に突入しています

忙しいなんだといっても他の仕事に比べれば大したことはないのだろうが、なにかと仕事があるものでなかなか骨が折れるところである

僕の仕事は卒業アルバムを作るだなんていう超絶隙間産業であるのだが

非常に狭い業界のなかで「5キ」と呼ばれるものがあり

小学5年生の自然教室やら林間学校やらを指すのあるが、そういった撮影がまとめて入ってきているのである

5年生キャンプを略して5キである

子どもと交流できて楽しそー

子どもってかわいいよねー

なんていう女子の方々がいるかもしれないが

そういう人はお花でもモソモソ食べて、モコモコした雲に乗ってお昼寝でもしていてもらいたい

子どもっていいよな

おれ、子ども超すきなんだけど

なんていう男子の方々は、そんなことを言う暇があれば発展途上国に行って井戸でも掘りに行ってもらいたい

ちなみに僕は子どものわけの分からないところは好きである

無邪気に不謹慎なところも好きである

僕はいつも年上だろうが年下だろうがこれといって態度を変えないスタンスでいるつもりであって

それはあれこれ態度を変えるほど器用ではないし、一言でいうと面倒であるからなのだが

そのため、距離感が変、だとか、つかみ所が無い、だとか、何考えているのかわからない

などの不平を言われがちである

そんなことはどうでもいいとして、僕は子どもに対してもさほど態度を変えず

平気で頭は下げるし、敬語は使うしといった具合なのある

それを気味悪がって子どもは案外言う事を聞いてくれるのだ

つまりは僕は小さい大人として子どもに接しており、それが僕なりに心地よい距離感なのである

しかし、先日そういったものをことごとく壊されることになってしまった

僕の担当している小学校で自然教室があったのだが、スケジュールが合わずに行けそうもなかったのである

そこでとある先輩に代わりに行ってもらうことになったのだ

夜は体が空くのでそこだけ僕も顔を出すことにしたのである

その先輩というのはなんでもキャンプ指導員の資格を持っているとかで自称キャンプマスターなのである

以前、勤務時間外に「キャンプとはなんだ」ということで長電話をくらったことがあり、そのときになんだかんだと言っており

キャンプを通して男の子は成長するんだ

と熱弁していたが、正直どうでもいいことであった

僕としては写真に写らないことはどうでもいいのである

ひとまず、夜に自然教室のほうに顔を出したときのことである

夕飯の時間から合流することになっており

僕がいそいそと食堂に顔を出すと、列をなす小学生の先頭付近に先輩はいた

黄色いTシャツに下はジャージという姿で立っていた

その格好はラフ過ぎるだろう、悪く捉える人もいますよ、きっと

なんて思いながら先輩のもとに行くと

先輩はなぜだかカメラを持っておらず

何をしているんですか

と尋ねると、ここは湯のみが瀬戸物だからさ、お盆には伏せて乗せるように指導しているんだ

僕はなんと言ってよいのか分からず、もう一度、何をしているんですかと尋ねそうになったが

ひとまずその場から離れて、そのとき食器返却の棚の上のカメラが置いてあるのを見つけたのだった

写真屋がカメラを置いてどうするんだ

指導ってなんだ

とりあえず、言っておかねばと思い

あの、写真は撮らないんですか

と尋ねると

一日目はね、子ども達慣れてないから、慣れてないからいいの

慣れてないからいいのか

まあ、どうでもいいかと思い僕も一緒にその食堂で夕飯を食べたのである

夕食を食べながら日中のことを尋ねると順調であるとのことだった

しかし、そうだ大事なことがあった

と先輩は言って旅のしおりを持ち出して、後ろのほうにある名簿を開いた

なにやら線が引いてあり

実はさ、この子とこの子が男女の双子でさ、で、この子とこの子も男女の双子なんだ

と生き生きした表情で言ってきた

僕はなんと答えればよいか分からず

に、二卵性なんですね

としか言えなかったのである

その後、先輩はお風呂に先回りして湯船の温度を上げてくる、大腸菌を殺すんだ

とかなんとか言って風呂場に向かっていた

子ども好きなのだろう先輩は子どもによく分からないあだ名で呼ばれ、先輩も先輩でよくわからないつまらないギャグなどをしていたのである

随分とベタベタした関係が築かれていた

これがスタンダードになったら面倒くさいぞ

なんて思いながら少し距離を置いてその光景を眺めていたものである

自然教室も終わり、さてさてどんなもんだろうと先輩の撮影したデータを見ると案の定通常の半分くらいの枚数しかなかったのである

とりあえず、先輩に今回の自然教室は全体的にどうでした

と尋ねてみると

子ども達、随分成長したよ

としみじみと言っていたのである

仕事にはいろんなスタイルがあって個々のいいようにすればよいのか、どうなのか

などと少し考えたが、まあ、どうでもよいことであるとすぐに気がつくのであった

そんな梅雨のひとときである

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2011年05月15日

春もいい加減飽きてきたと思った矢先

ムシムシし始めて夏の野郎がやってきたのかと、ひとまずユニクロのヒートテックを脱いで来る夏に備えたものの

家の居間には未だにコタツが出ているというなんともいい加減な具合で

一体、今の季節は何なのかはっきりしない

そんなこんなの僕です。

家の人はこまめに掃除をしているようだが、掃除する前にやることがあるのではないか

気づいた奴がコタツしまえよというスタンスなのであろうか

さて、ここ最近、雨が降り続いて辟易したものであるが

天気で気分が変わるなんていう人がいるが、僕もそのひとりであって完全無欠な気分屋なのである

いい年して天気に気分を左右されているんじゃないと思う人がいるかもしれないが

性分なので仕様がないのである

休みとあらば近所の喫茶店の端っこで背中を丸めて読書なんてしている底抜けに明るい僕であるが

雨となると鬱屈とした気分になってしまうものである

しかし、そんな気分を晴らすようなことがあったので柄にも無く人情話でも書こうと思う

仕事の休み時間でのことである

適当なコンビニに車を停めて

今日は一日中雨かしらん、とアンニュイな具合で車窓を不規則に流れ落ちる雫の行き先など目で追って時間をつぶしていたのである

オーディオを流してうだうだしていたのだが、そろそろ動き出そうかな

なんて思ったところ、曇ったガラスが気になったのでエアコンをグアーっと入れて結露を取り除こうとしたのである

しかし、しばらくエアコンを動かしたところ、ぶつんとオーディオが切れたのである

はて、何事だろうと思ったのだが、少し考える自ずと答えが出るもので

ははん、これはあれだね、バッテリーが上がったってやつだなこん畜生

試しにエンジンをかけてみたが、プツプツプツプツという聞いた事もない音をあげるばかりである

参ったな、と思ったがやってしまったことは仕方ない

失敗は誰にでもあるもので、大事なのはそれを繰り返さないことなのさ

などと自分に言い聞かせてJからはじまるアルファベット三文字の自動車修理をしてくれる会社の番号を調べて電話をしたのである

バッテリーが上がりましたと伝えると、すぐに駆けつけるが、おたくは会員様ですかどうなんですかと聞かれたものであるから

とりあえず名前や電話番号など伝えたものの、どうも僕は会員様ではないようで会員様の料金より6倍くらいの値段を請求するので覚悟しとけよ云々

ということなのであったが、仕方なくそれでもいいので来てくださいと伝えると

わかった、すぐ行く、走って行く

ということになったのである

J○Fが毎月発行しているJ○Fメイトが家に届くのでてっきり僕は会員様と思っていたのであるが、そうではないらしく

というか、電話を受けた人曰く家族の中で僕だけ入会していない状態であったのである

なんたる疎外感

そういうことには慣れているから

なんて呟きながらJ○Fさんを待っていたのである

駆けつけたJ○Fの人はおっとりとしたおじさんで、テレビドラマの山下清のような印象を覚えた

おじさんはボンネットを開けてあーだこーだとしてあっという間にエンジンがかかるようにしてくれたのである

バッテリーがもう駄目になっているのですぐに換えたほうがいいと助言をくれて清算になったのであるが

おじさんは僕に会員様なのかどうなのかと聞いてきて

会員様と思っていたのですが違いました

僕は家族ののけ者なので会員様にはしてもらえなかったのです

だけど、J○Fメイトは毎月楽しく読んでます

などと言うと、おじさんは

そうですね、お父さんが一緒に乗っていたら会員様料金なんですけどね

なんていうことを教えてくれたのです

そうなんですか、なんて興味無さげに言ったのであるが

おじさんは、ちょっと間をとってから

しかし、あれですね、お父様がいてくれてよかったですね

と言うのである

なんだ急にと思いながら、え、まあおかげさまで健在ですけど

なんて鈍い僕は答えるのであった

いや、そうじゃなくって、お父様は隣にいるじゃないですか、私には見えますけど、おたくには見えませんか

そこでやっとおじさんの意図が分かったのである

もちろん、父はその場にいないのだけど、おじさんは父がいることにしてくれたわけである

しかし、してやったりな表情がなんだか気にかかるところであった

僕がお礼を言うとおじさんは、にやりとして

いいんですよ、お礼は隣のお父様に言ってください

ちょっと、しつこいぞ、なんて思いながらとりあえず僕は、父さんありがとうと誰もいないところに頭を垂れるのであった

おじさんは、とりあえず今日はそういうことにして、どうです、おたくも会員に入りませんか

なんて聞くので

入会します、入れてくださいお願いします

とおじさんにも頭を垂れて

会費は2000円です、なんて言葉も気にならなかったが

これって案外多いケースで、善意じゃなくって会員を増やすためによくやってんじゃないかと一瞬頭をよぎったが

そうであっても中々粋な図らいであると感心するのであった

人のためにつく嘘は美しいだとか聞いたことがあるがそういうことにしておこう

おじさんの嘘も雨が流してくれるだろう


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2011年04月30日

春なのでツツジがやたらめったと咲いております

近所の公園もくどいくらいにツツジが花開いており、甘い香りを漂わせておりますが

ツツジは漢字で書くと躑躅なんていうおどろおどろしい字面であるとついさっき知り驚いております

そんなこんなの僕です。

変換機能というものはふとしたタイミングで新しい知識を与えてくれるものです

子供の頃ツツジの蜜を吸った記憶があるが、はじめて吸ったときは甘味がして非常に驚いた覚えがある

なるほど蜂蜜が甘いわけだ、と子供心に合点がいった記憶があります

さて、ゴールデンウィークに突入した模様でありますが

当初、ぶっ続けで休暇にする算段は仕事が入って祝日に沿って飛び石連休になり下がり少々意気消沈しております

しかし、休みといっても別段予定を立てていないと案外やることがないもので

むくりと起きてコーヒーをたてて、気まぐれで昔パン屋で覚えたフレンチトーストを作って食べても時間が余る

しょうがないと犬を朝の散歩に連れ出して帰ってくると父が家の前で洗車をしていたのである

それを見て、天気もいいし僕も洗車でもしようかと

まるでおっさんのようなことを思うのであった

子供の頃、せっかくの休日に洗車をしている父が不思議でならなかったが、今ならなんとなく分かる

休みといって別段やることもないし、ちょっとした時間で達成感が味わえるからだ

ああ、今日はなんかしたぞと言える休日になるし、洗車をしているうちにこれから何をしようかと思いつくこともある

そもそも僕自身、洗車は嫌いではない

持論であるが、車をきれいに保っていると運転が荒くならないのである

僕はこれといって車が好きでもないし、大事にしているわけでもないが

なんだか街の景観を乱すように思えて、とりあえずきれいに維持しておこうということだけは心がけているのである

あとのことには感心が無く、ボンネットを開けてあーでもない、こーでもないと困ったときのドラえもんのようなことは決してしないのである

ホイールを磨いていると父が、右前輪のタイヤがすり減っていることを指摘したのである

他のタイヤは大丈夫そうだが、右前輪だけ妙にすり減っている

それはそうで、主に仕事で使っているため基本的に1人で車に乗るのだ

それで運転席の真下にあたるタイヤが僕の重みによって他のタイヤに比べて負荷がかかっていたたことはなんとなく想像がついた

そこで父は左後輪と右前輪を交換してみたはどうかと提案してきたのである

それをローテーションだとかいうそうであるが、たしかに右前輪の溝の減り具合はこのままいくと丸坊主になりそうである

車検もまだ先であるので、じゃあタイヤ交換をしようかという流れになったのである

一度だけ知り合いの車がパンクしてスペアタイヤを取り付ける応急処置をした事があるのでタイヤを交換するくらいは僕にでもできるのである

トランクからジャッキを持ち出してクルクル回して車体を持ち上げたのだが

家の駐車場が緩やかに傾斜していることが気になった

聞いた話によるとピサの斜塔は建設途中から傾きはじめていたそうである

それではつまり、ここまできて途中でやめるわけにはいかんだろうと半ば自棄で完成させたのであろうかと考えるのだが

僕の車もやや傾いていた

か細いジャッキに支えられて随分と頼りない具合であった

不思議とそういう頼り無さげな状態になると、車の重量というのが気になるもので

多分、これって結構重いよな

なんて思えてくるのである

まあなんとかなるだろうと作業を続けて

とりあえず右前輪を取り外し、父の車からもジャッキを持ち出して左後輪を取り外すために車体を持ち上げたのである

くるくる回しているうちにやはり不安定な具合だなあと思っていたのであるが

あ、っと父が声を上げた途端にダンっと大きな音がしたのである

何事かと右前輪側に回り込むと

ジャッキが倒れタイヤの外れた車体がみごとに地に落ちていた

これは大事じゃないか、と僕は多いに慌てた

なんていうか、座礁したクジラを意識するくらいに慌てたのである

クジラも何も僕の車は軽自動車なのでそんなものにはほど遠いのであるが

いや、大丈夫だと父は平然を装っていたもののバツの悪そうな具合であった

父がタイヤを換えようだなんて言わなければこんな事態にはならなかったのである

危ないとは思っていたんだ、と言う父

じゃあ、早く知れせてくれよ

これはもうJAFを呼ぶしかないのではないか

しかし、父は、まあ、ほら、こっち側をもう一回上げたらなんとかなるから

まるでミニ四駆のように簡単に言ってのける

車体を上げるのは僕である

ひいひい言いながら車体をあげると父はまた、あっと声を上げたので

何事かと思うと

タイルが欠けていると言った

車の心配をしてください、と僕は言うに言えずくるくる、ぜーぜーと車体を持ち上げるのである

ひとまず、取り外したタイヤをもう一度取り付けてちょっと離れたところに借りている駐車場に車を移したのである

そこは僕が月極で借りているところで

車を所有するには駐車許可証だとかいうものがいるらしく、一戸建てでも土地の大きさから何台以内でさらには住所から何百メートル以内のうんたらかんとかというよく分からん決まり事があるらしく

僕はしぶしぶ月極駐車場を借りているのであるが

僕の住んでいる街はさほど地価の高いところでもないので3年分くらいのお金で駐車場の借りてるスペースの土地くらい買えるのではないか

土地以上のお金を払い続けてもなお自分のものにならないこの不条理さってなんだと思うのだが

まあ、そんなことはどうでもいいとして

ひとまず、その駐車場は平たいのでそこで作業をしようとなったのである

父は、しょうがないから安全策をとるかと言ってきた

車に関して僕の知識は皆無に近く

もはや父の助言無くてはどうしようもない状態であり

ていうかもうタイヤのことなんてどうでもいいですよという気持ちが強かった

父が言うにはこうである

まず、右前輪を外す、そしてそこにスペアタイヤを取り付ける

それから左後輪を取り外し、右前輪から取り外したタイヤを取り付ける

それからスペアタイヤを取り外し、右後輪から取り外していたタイヤを取り付ける

なんて合理的で安全なやり方なんだと感心したが

どうやらそれがセオリーらしい

ジャッキ、ジャッキとさっきから言っているがピンと来ない人もいるかもしれないが

マリオでそれに乗るとビヨーンとジャンプできるアイコンみたいなのがあるが、ああいう造りなのである

あれくらい頼りない具合で

つまりは千と千尋の神隠しに出てくる石炭を運ぶ黒いやつくらい頼りないのである

そんなもので都合よく車を支えようというのはそもそも随分と横着なやり方なのであった

なんとかタイヤは交換することができたのであるが

父は最後には、まあ、お前の車で良かったよ

と言うのであった

父の車だったら家の前でタイヤ交換なんてしないし、車体が落ちたらすぐさまJAFを呼んだだろうとのことである

それを聞きながら、ところで僕はなんで必死にタイヤ交換なんてしていたのだろうと朗らかな陽気のなか思うのであった

そんな矢先に母から電話があり、犬が脱走したという知らせを聞いたのである

それを聞いて僕はタイヤを換えたばかりの車に乗り込み犬の捜索をするのであった

ハンドルを握りながら、ひょっとして僕の休日はこの一家に振り回されて終わってしまうのではないか

なんて思いながら犬の行きそうな方向に進路を取るのであった

とりあえず僕は北北西に進路をとった

車はタイヤを換えても別段何の変化もなかった

待ってろよ犬畜生、とつぶやき緩やかにアクセルを踏み、ハンドルを切った

そんな休日のひとときであった

capycapybara at 23:51コメント(0)トラックバック(0) 

2011年04月17日

春うららである

桜は散りはじめたが春の勢いは衰える事なく名前も知らない花なんぞが咲きに咲き乱れ

もう、どこからどう見ても春

先日、出張で阿蘇に3日くらい居たのだが、標高が高いせいか日焼け止めなんていう女々しいものを塗ったにも関わらずもの凄く日焼けしたのである

もともと色が黒い方なのであるが、なんだか人種不詳な具合になってしまった

日焼け止めって本当に効くのかと相も変わらず疑い深い性格なのであるが

うっかり耳に塗り忘れてしまったところ、見事に耳だけヒリヒリして痛い思いをしたので効果はあるのだろう

それにしてもそれはまるで耳無し芳一と丸っきり同じ失敗である

相も変わらず残念

そんなこんなの僕です。

さて、春というと出会いの季節だなんだと浮かれる人は多いと思うが

出会いの分だけ別れがあるのだと僕は思っているとこことがあり、それは動的均衡というか

絶妙なバランスの上で成り立っているはずなのである

この春、僕には大きな別れが訪れて、少々寂しい思いをしたのである

真っ白で陶器のようにつるりとした肌をしていてスマートな佇まいだが所々に丸みがあって、愛らしい

僕なんかと比べ物にならないくらいに頭が良くて、機転も利く

打てば響くといった具合にいつでも僕のアクションに応えてくれた

こっ恥ずかしい言い方をさせてもらえば、パートナーというやつだ

僕がここ5年ほどの間もっとも向き合った存在、それがiMacであり

20歳という多感な時期から今に至るまでiMacと向き合わない日はないほどに時間を共有したものである

学生時代に下宿をしているときなど四畳半に裸電球、カーテンも無くて万年床でもって本棚もない為、読み荒らした文庫本と映画のビデオがこれでもかと積み上げられていた

精神衛生上大変宜しくないだろう部屋の押し入れにひっそり佇み

青白い光でもって僕を包み込んでくれたものである

何をそんなにパソコンなんぞ使う事があるのだろうか、という疑問を持つ人間もいるだろうが

つまらぬ自主制作映画の編集だったり駄文の作成だったり、卒業論文も書き上げた

つまりはアウトプットのツールとして大きな役割を果たしていたのだ

バンドでもなんでもそういった事に手を出した人間ならばピンと来るかもしれないが

そういう道具は一種の万能感というか、ひょっとして自分にも何か凄い事が出来るのではないかという錯覚を与えるものである

その錯覚に陥ったのがまさに僕なわけである

そんなつまらぬ話はいいとして、パソコンに関しては諸々の思い出があるわけであるが

ちょっと前に読んだ本で、人間の体は3ヶ月もすれば分子レベルではそっくりそのまま中身が入れ替わっていると書かれていた

それを「動的均衡」と称していたのだが僕には疑問があって

細胞は分子が連なってできているものであり、その分子が入れ替わるとなると記憶を掌る細胞はどうなるのだ

記憶細胞が入れ替わるとなると「記憶」はどこに留まっているのだろうか

などと考えるのは精神衛生上よくない気がするので深く考えないようにしよう

とりあえず、パソコンは生き物ではないので記憶はしっかり記録として残っている

僕が今まで残したデータはハードディスクに保存していたので、iMacを手放すと決めたときにすべてを消去したのである

パソコンを買い替えるにあたって後輩にそのiMacを譲ることにしたのだ

ソフトに関しては次の持ち主に都合のいいものだけを残したのだが、ハードディスクを空にする作業は思いのほか処理に時間がかかった

すべての作業を終えて電源を抜いて、部屋のフローリングに置いたとき僕はとてつもなく寂しい気持ちに襲われたのである

それはもう、一瞬まわりの音が聞こえなくなるくらいに寂しい気持ちが湧き上がってきた

よく、他人のブログなんかでつらい事があったりすると「泣きそうになった」なんていうぬるい表現を使う人がいるが

「泣きそうになった」とはなんだ、泣いたのか泣かなかったのか

泣きそうになったけど我慢して、だけども今は平気です

ということなのか

泣くほどでもないけど泣きそうになったと言っておけば感受性豊な人と思われるから

なんていう打算的な考えでもあるのだろうか

そういうネチネチしたことを言うので僕は人から好かれないのだろうが

フローリングに置いたiMacを見下ろした僕の心境といえば、悔しいけれど

泣きそうになった

である

あんなことを言っておきながらよくもぬけぬけとそんなぬるい事を言えるものだと厚顔ぶりに我ながら飽きれてしまう

そもそもパソコンごときに大袈裟であろう

機械であるので無機質な存在なのだが、だらりと投げ出された電源コードを見るとそれはもう、しつこいようだが

泣きそうになった

のである

何を感傷に浸っているのだろうかと不愉快に思う人も多いはずである

今、そのiMacは後輩のもとで順調に働いているそうである

5年前の僕がしていたことと同じ処理をiMacは行っているはずであり

空っぽだったハードディスクは今や様々な情報に埋められていることだろう

だらだら綴って何が言いたかったかというと

iMacも今や持ち主が変わって別のパソコンとなっているはずであり

パソコンというものは持ち主に大きく反映させれる

その時、使っている時期の記憶を記録として残してくれるものだが、フォーマットしてしまえばすっからかんである

しかし、僕はというと細胞がすっかり生まれかわっても嫌な記憶も良い記憶も残るところは残る

iMacを手放すとき、無性に寂しくなったのはiMacと共有した記憶が無くなるような錯覚を覚えたからであり

その時期というと僕にとってなかなか愉快な時期であったのだ

それが消えるとなるとそれはもう

泣きそうになった

わけである

なにはともあれ、パソコンについてこんなにもだらだら書く僕はもうどうしようもなく残念ではある

そんな僕が不憫で

泣きそうになった

とか言うつまらない人は誰一人いないことを祈るのだが同じ経験を持つ人は多いと思う

物に執着し気味な人は特に

capycapybara at 18:02コメント(0)トラックバック(0) 

2011年04月03日

あっという間に桜も咲いてしまって

もう春としかいいようのない季節になってしまったが

ふわふわして落ち着かない春が物心ついたあたりから苦手であり

席替えした小学生みたいにわらわらとテンションが上がってしまっている雰囲気がなんとも居心地が悪い

そんなこんなの僕です。

さて、春眠暁を覚えずという塩梅で眠りこけている僕であるが

夢を見た

僕にはTという、随分と仲良くしてもらっている後輩がいて

土砂降りの中、Tが腰ほどまで泥に埋もれながら急な坂道を上って僕のもとに歩みよっていたのである

僕はというと寺のような建物の縁側からその様子を眺めていた

僕がTに向かって手を振ると、Tも手を振り返してくれたのだが

次の瞬間、どこからやって来たのかワゴン車がTの後ろから現れて

そのまま漫画のようにべろーんとTを轢いて走り去ってしまったのである

Tはしばらく倒れたままでいて、こりゃいかん、と駆け寄ろうとしたところ

Tは何事もなかったように起き上がり、またのそのそと坂を登りはじめたのである

僕はそれを見て大笑いをするという夢を見たのである

そもそもTというのは大学時代の部活の3つ下の後輩であり

僕が4年生のときに1年生であったのだ

その時僕は部活を引退という形をとっていたので、Tと僕が関わる事自体考えがたいところなのだが

彼がそのへんの後輩よりも群を抜いて面白かったのでついつい仲良くしてしまったのである

彼は僕が誘うことには大抵付き合ってくれた

夜景が見たいと言えば文句も言わずについて来てくれて、男二人で肩を並べて煌めく夜景を眺めた

海が見たいと言えば昨日の今日でも付き合ってくれて、砂浜に腰掛けてシュークリームなんぞを頬張ったりした

メイド喫茶に行ってみたいと言えば、あたかも興味があるように振る舞い、向かい合って薄いコーヒーを啜ってくれた

いつでも彼は嫌な顔をせず僕のようなうだつの上がらない男に付き合ってくれるのである

僕にとってはノーベル賞ものの貢献度であり

もし型が一致するならば腎臓の片方でも肝臓の3分の1でも差し上げたいと思えるほど彼には感謝しているのである

しかし、僕はどうしようもない奴であるので、そんな彼の恩恵を踏みにじるようなことを平気でしてしまうのである

桜も咲き始めた時分、ふと思いたってTに電話をしたのである

ひとりで居るときが楽しいなどと言っておきながら非常に寂しがり屋の上、目立ちがり屋でもって恥ずかしがり屋というルービックキューブ並みに面倒な僕であるので

なんだか寂しいぞ、なんて思うとTに電話することが時折あるのである

Tはポケモンでいうところのコラッタくらいの高確率で電話に出てくれるのである

いやあ、桜も咲いたし花見がしたいねえ

なんてことを話したのである

ひょっとしたらTは、またいつもの思いつきがはじまったか、なんて思ったのかもしれない

しかし、彼はそんなことなど微塵も感じさせない様子で同意してくれた

じゃあ、今週の土曜日にしよう、僕のほうでも声かけとくから君のほうでもよろしく頼むよ

僕はその晩、やっつけで適当にチラシ的なものを作りmixiだとかTwitterなどというソーシャルネットワーク的なものに呼びかけてみたのである

しかし、恐ろしいほどに反応がなかったのである

Tのほうも無反応であったそうだ

まあ、桜があればそれでいいさと当日になったのである

参加人数が2人という時点で延期か中止にしないところがなんとも阿呆であるが性分なのでしょうがない

しかし、当日午前中で仕事を終わらせようと思っていた僕だがイレギュラーの仕事が舞い込み、その作業のため到底予定していた時刻に間に合いそうもなかったのである

急ぎに急いだのであるが、結局、1時間30分もの遅刻をしてしまったのである

その間、Tは絶好のポイントにビニールシートを敷き1人で場所取りをしてくれていたそうであるが

僕の到着があまりに遅く、寒さと他人の冷ややかな目線に耐えきれず撤収してしまったそうである

大遅刻をして彼と落ち合うと僕は地に膝をつき頭を垂れた

彼は疲れた顔でビニール袋をぶら下げており、そこから真っ青なビニールシートが覗いていた

僕は彼に殴ってくれるように言ったのである

ここに向かう途中、何度ももうやめちまおうかと思ったのだ、君が殴ってくれなきゃ僕は君と花見をする資格がない

Tは頷き、ぽかりと僕の頬をぶって、それから

生まれてはじめて、ちと先輩を疑いました、先輩が殴ってくれなければ一緒に花見なんてできません

僕もぽかりとTの頬をぶって

痛いじゃないですか、と、ぽかりと殴りかえされ

はじめにぶったのは君のほうだろう

などと、ぽかぽかぽかとしばしぶち合ったのち、疲れたのでコンビニで麦酒を買って花見をすることにしたのである

嘘である

殴ってくれと言ったのは本当である、いや言ったどうか覚えていない

こんなことになるなら会社を辞めるよと言ったらTは少し困った顔をして

何言ってるんですか、と言った

しかし、僕のせいで随分出遅れたかたちになってしまったので桜の木の下は団体さんが占領していたのである

まあ、二人だし適当に座ろうかなど言い

三分咲きくらいで、外灯も遠い桜の木のもとに二人では大きすぎるビニールシートを敷き、家から持ち寄った弁当を食べながら麦酒を飲んだのである

久しぶりに会った気がしたが、Tとは1週間前に会ったばかりであり

これという近況報告は済ませていたので結局は猥談なんぞして酒を飲むのであった

男二人で花見というのは随分と寂しいものだな、なんて言うと気分が落ち込みそうであったので歌でも歌うことにしたのである

おのずと出て来たメロディーはザ・フォーククルセダーズの悲しくてやりきれない
であった

うす暗い桜の木から男の歌声が流れてくるのは気持ちのいいものではなかっただろう

それにしても寒かった

寒い上に暗くてお弁当の中身がまったく見えなくて何を食べているのか分からないくらいである

携帯の液晶画面で弁当の上をさっと照らしていくと、何かの検査のようであった

それでも僕らは負けじと花見を続けて、しばらくすると同じく部活の後輩Uがやってきたのである

僕らは彼に大感謝をし、こんなところにわざわざ来てくれてありがとうと頭を垂れた

不思議と人数が増えると寒さも和らぐもので、団体さん達が寒そうにしていないのはそのせいかしらと思いながらまた麦酒を飲むのであった

しかし、二人が三人に増えても結局は猥談なんぞをしていたのである

桜の花に負けないような桃色トークをするのであった

それにしてもやはり寒くって、まわりの団体さんが帰りはじめると僕らも撤収したのである

また飲もうよ、と言って別れたのであるが

果たして彼らは楽しかったのであろうか

僕は寒いなりに楽しめたのであるがTには随分と悪い事をしてしまった

実は彼は僕に付き合う事に結構しんどい思いをしていて、それでもってあんな泥の中を歩いているような夢を見たのであろうか

しかも車にべろーんと轢かれるなんていう

夢の中とはいえそれでもやはり僕のところに歩み寄ってきてくれた彼の存在は嬉しく

僕も僕で学習しないものであるので、近いうちに

砂丘を見に行こうよ

なんて言いかねない

彼の事であるので、水木しげるロードが、などと言ってくれるかもしれない

兎にも角にもTは僕にとってノーベル賞並みにいい後輩なのである

そして僕はジャイアン並みに悪い先輩なのであるhanami




↑やっつけのチラシ
そりゃ誰も来ない

capycapybara at 21:17コメント(0)トラックバック(0) 

2011年03月21日

お久しぶりです

3週間ちかく更新をしていませんでしたが、色々と個人的なことに時間を費やしていたので更新が出来ませんでした

このブログだって個人的なことなのですが、ものには優先時順位というものがありまして

別段、読んでいる人もいないだろうと思っていたのですが、思いもよらぬ方面の方が読んでくれていることを知ると重い腰をあげてみたくなるもので

こんなにもダラダラした駄文の垂れ流しに付き合ってくださる懐の広い方々をありがたく思うものの、貴重な時間を割いてしまう申し訳なさがあります

そんなこんなの僕です。

そうこう言っているうちから長い、くどい

しかし、性分なもんでこればっかりはどうにもなりません

さて、日本では未曾有の大災害に見舞われて大変なことになっています

津波で家族や家を失った方も大勢いる中、僕の災難なんて本当に大したことのない

恵まれている日常的な出来事に過ぎないのですが

財布を失いました

ことの顛末はこうです

その晩、小生は大学時代の後輩の卒業を祝う宴に招待あずかり

えっちらおっちらと芥子色のズボンなんぞ履いて相も変わらず野暮ったい風情でのこのこ現れては

ろくにものも食べずに麦酒をわらわらと呑み、名前も知らない学生達に悪態をついたのち、仲良くさせてもらっている友人らと会場を抜け出して

しっぽり二次会ということになったのであります

そこで麦酒と焼酎を呑んだあたりでバスの終電がせまったので店を出たものの

最寄りのバス停に停まるバスは出てしまっておりました

仕方がないので家まで20分ほど歩くことを余儀なくされるバスに乗り込んだはいいもののその時点で意識は朦朧としており

最後尾の席に腰掛けこくりこくりと船を漕いでおりました

すると、となりに座っていた青年が小生の名前を呼ぶのであります

はて、誰だろうと焦点の定まらぬ目で見るものの生憎顔に覚えがない

彼の話によると中学校の同級生だということでありましたが

中学時代というと小生の薄っぺらな歴史のなかでも有数の暗黒期でございまして

もはや漆黒の時代なのであります

没個性に埋もれることに集中していた小生の存在に覚えがあるとは驚きであったのでありますが、ちょうど降りるべきバス停に着いたので

またいつの日か会いましょうと声をかけてバスを降りたのであります

さて、酔いも加速度的に回りはじめ、まっすぐ歩くことは不可能な状態でございましたが

それでもなんとか家に帰って布団で寝なくてはと歩をすすめるものの、ふわふわとしてしまって思うように足が出ずにもつれたりなんたり

おそらく寝ながら歩いていた状態に近いのでしょう

はっととてつもない衝撃が膝を打ち抜いたと思うと、目の前に壁がありました

歩いているうちに壁にぶつかってしまったのであります

コントなんかでそういう情景を目にしたことのある方もいるとは思いますが、その時の小生がまさにそれであったのでございます

なんとも甚だ見苦しい

小生は尻餅をついた後、寝てた寝てたとひとりごちて家にたどり着いたのであります

ふと気がつくと朝になっており小生は布団の中におりました

風呂も入らずに寝てしまったようでありました

軽い二日酔いを感じながら重たい体を起こして、朝風呂に浸かりながら昨晩のことを思い出そうとしたものの

あまりよく覚えておりませんでした

そんなことが昨年末にもあった気がするなあ、なんぞ思いながら朝食を済ませて身支度を始めたのであります

その日は高校時代の友人とドライブがてら山口情報芸術センターという小生のような教養の乏しい人間が訪れてよいのかわからない現代美術館に行く予定であったのであります

適当に服を着て、昨日とは違う鞄をかけようと思い、昨晩使った鞄から財布やら文庫本やらを移そうと思ったところで

ひやりと背中に冷たいものを感じたのであります

はて、財布が見つからない

どうしたものかと首を傾げたものの、昨晩の記憶はほとんどないに近いのです

とりあえず、外の空気でも吸って落ち着こうと思いいたり

玄関を出て、何を思ったのか郵便受けの中なんぞを探ってみたりしたのち、自転車にまたがって昨晩歩いただろうルートを遡ったのでありますが

昨晩、壁にぶつかった時に強打した膝が痛くて思うように自転車をこげないのでありました

この感じはあれに似ていると思ったのですが、そうです、小生は昨年末にも泥酔の末、鞄を紛失したのでありました

そのときは見知らぬ民家の庭で発見することができたのですが(詳しくは2010年12月12日の記事を参照)

目を皿のようにして探してみるものの小生の財布は見当たりません

仕様がなないので交番に行ったものの届けられてはないとのことでありました

とりあえず遺失届を出して、免許証再交付の顛末書を頂戴して今の状態で車の運転をすると思いのほか大きな罰則を受けることを知らされるのでありました

その辺からことの重大性に気づきはじめたものですから小生は人からよく危機感がないと言われるのも納得のところがあります

参ったなあ、と思いつつ友人に山口行きが駄目になったことを謝り、ひとまず家に着いたのであります

友人とは天神で落ち合うことにして、ひとまずカードを止めたりなんたりしていたのでありますが

よくよく考えるとそのときの小生は天神に行こうにも車にも乗れないはお金を一銭も持ってないわという状態であったのでございます

小生はいよいよことの重大性を痛感したのであります

この齢にして父親に借銭を請いて、一万円札を握りしめるといそいそ家を後にしたのであります

まるでとんでもないどら息子でありますが、まったく抗弁のしようがございません

遊ぶ金をせびって家をあとにしたわけでございます

バスに乗ったもののnimoca(ICカード)がありませんのでいちいち乗車券を取らなくてはなりません

そういえば、nimocaっていくら入っていたかしら、と目に見えぬお金をも失ったことに気がつき

そこでもまたことの重大性を知らしめされるのでございました

さらにはバスでは1万円札が使えないことを思い出し、1万円分のnimocaを買うのはあまりにリスキーでございますので

運転手さんに事情を説明すると(もちろん財布をなくした事情などは説明してない)車内アナウンスで両替を出来る人がいないか呼びかけていただいた次第でありまして

親切なご夫人が両替をしてくださったわけでございます

天神に着き借りたお金で友人と昼食を摂り、東京から帰省中である友人から地震の恐ろしさを聞き、実家に寄生している小生のつまらぬ話など同級生の現状などを話したり、新しくなった博多駅を冷やかしに行ってみたりしたのであります

友人は百貨店に入ると財布を買わなくてよいのかと、揶揄しておりましたが

買おうにもキャッシュカードもクレジットカードもない身の上ゆえ、ぐうの音も出ぬ有様でございました

日付が変わって本日、財布がない身分であっても恥じることなくバスに乗り込み、野暮用のため天神に出たのでございます

財布がないのにも慣れたものでポケットは小銭でジャラジャラお札はぐしゃりという具合であります

買い物する度に怪訝な顔をされますが、それにも慣れたものです

しかし、やはり、財布というものは10センチメートル四方にも満たない大きさのくせして小生の生活を掌握しているのだと痛感するのでありました

つきましては、車には乗れませんので小雨振る中自転車でいつも行くレンタルビデオ屋さんに借りていたDVDを返すついでになにかCDでも借りようかしらと思ったところ

会員カードをも紛失していることに気がついたのであります

ならばまた作ればよいのではと思ったのでありますがその考えは一瞬で払拭されてしまいました

そうです、身分証明書がないのであります

つまりは小生を小生だと証明できるものがないわけでございます

それは小生が何者か分からぬということになるのでありますが

そのとき、小生は安部公房の「壁」という本で名前を喪失したゆえに存在権を失った男の話を思い出したのであります

つまりは所属や身分にとらわれた現代社会を皮肉ったような話で小生は痛快に感じたものでありますが

今の小生がまさしくもってそんな状況下なのではないかと、はっとした次第でございます

泥酔したあの夜、壁に激突したあの夜、財布を失ったあの夜に

小生は小生の存在権を失うほど大きな失態をおかしたわけであると痛感したのであります

つまりは、壁にぶつかって存在権を喪失したわけなのであります

なんとも阿呆な所行でございましょうか

ということでシュールレアリズムに片足突っ込んだ形でオチもなくぶつりと今日は締めさせていただきます

色々手はずは踏んでいるので今月中にはなんとか僕の存在権は取り戻せそうです

どうやら酔っぱらうと僕の前にはやたらと壁が立ち塞がるようです


capycapybara at 19:45コメント(0)トラックバック(0) 
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