2010年04月05日

2010年の桜 2009年の桜

今年もまたお花見に行ってきました。
お花見と言っても、ボクの花見は近くの川沿いの桜並木を
ゆるゆると散歩するだけのものです。

サクラサク 2010


写真を撮って整理していたらちょうど去年の4月5日、1年前の同じ場所の写真が出てきました。
毎年、同じようなことをやっているのだなと、少し苦笑です。

(上が今年の、下が去年の桜です)

サクラサク2009/4/5


満開の樹の下をぼんやり歩いておりますと、
1年たっても何も変わらずに咲き誇る桜の花が、
頼もしいというか、愛おしいというか、
時は粛々と流れるけれども、
やっぱり同じように春を運んで来てくれる。
永遠なんて言葉がふっと頭に浮かんできて、
心がすっと落ち着くのを感じたのでした。

自然は大きくてどっしりとしていて、
ボクが生まれるずっと前から、こうして春がやってきて、
桜の花が満開になって、みんながそれを見上げて喜んでいて。

この川沿いの桜並木は延々と何キロも続いているのですが、
今年はそこを自転車で駆け抜けたのでした。
頭上と対岸の桜に包まれていい気分です。
自分の心の小さな悩み事なんか、どうでもよくはないんだけど、
やっぱり春は巡ってきて、
生き物は皆こうして年を重ねていくのだなと、
少し優しい気分になれたのでした。

2009年11月01日

ごはんができたよ〜

懐かしい時間


小さい頃は、
天気のいい日は夏も冬も春も秋も、
この時間はいつも外にいて、
沈んでいくおひさまと、競争するみたいに、
みんなと遊んでいました。

なにがあんなに楽しかったのでしょう。
友達が集まれば、
いくらでも、どんなことでもできそうな気がしていました。

オレンジ色の空が、だんだんと群青色になって来ると、
「ごはんよ〜! かえってらっしゃーい」
お母さんの声。

「また明日、遊ぼうね」
「うんうん、きっとだよ」
今日よりも、もっと楽しい明日が、必ずやってくるって、
そんなふうに思っていた約束。

「あっこちゃーん ごはんができたよ〜」
「かずちゃーん、はやくかえってらっしゃーい」

「もうちょっとだけ、いいでしょ」
といいながらも、
一人、また一人と子供たちは家路につきます。

いつの間にか、気がつくと、公園には僕と弟の二人きり。
木の枝の切れ端で、地面に落書きをしていましたが、
空はすっかり暗くなって、
描いた絵もよく見えなくなってきました。

「ね−お兄ちゃん、もう帰ろうよ。ぼくお腹がすいたよ」
「まだ明るいよ。お前帰りたいんなら、一人で帰りなよ
 ボクはもっと遊んでるから」

そい言いながらも、心の中では
「おかあさん、早く呼びにきてくれないかな〜」
と少々心細くなってきています。

そんなときの母さんの声、
「ごはんですよ〜早く帰ってらっしゃーい
とおさんももうすぐかえってくるよ〜」

「母さんが呼んでる。帰ろう」
弟の手を引き走り始めた二人。
「にいちゃんお腹すいたよ。今日はカレーかな、とんかつかな」

幸せな日々。
遊びの時間は終わらない。









2009年10月31日

マッカランです

マッカラン


新装開店した駅前のスーパーで見つけました。
外で飲むと、なかなかなお値段のシングルモルトです。

香りが芳醇です。舌触りが柔らかく、優しく沁みていく感じ。
そのままストレートで飲むか、割るとしても氷だけです。

深夜、家の者が寝静まった後に、好きな音楽を聴きながら、
これをゆっくりと楽しむ私だけの時間は、まさに至福です。
このまま、時間が止まってしまえばいいのにと、
本気でそんなこと考えちゃいます。

2009年09月25日

桟敷童子冬公演にワクワク

海獣


大好きな劇団桟敷童子の冬公演のお知らせが届いた。
タイトルは「海獣」

昨年の冬公演「黄金の猿」で初めて観てただただ唖然として以来、
夏の公演「ふうふうの神様」でますますファンになってしまいました。

主宰の東憲司氏の外部公演は今年「風街」「夜は短し歩けよ乙女」
「エルスール」「骨唄」と追っかけてきましたが、
やはり桟敷童子公演は特別です。
なんてったってスペクタクルですもの。
なんてったってかっこいいんですもん、板垣桃子さん!!

今回は東氏の故郷、福岡でも公演されるようです。
僕も郷里に住む友人に是非お勧めしたいと思いました。







2009年09月23日

くろびです 結構いい奴です

くろび










これは我が家のペット、ライオンうさぎのくろびです。本当のライオンうさぎかどうかは分かりません。
たて髪があまりありませんから。

2002年の春に生まれたばかりの手のひらサイズだったものを横浜のペットショップで見つけて買ってきました。
現在7歳6か月、大きさは25センチくらいです。
少し歳をとってきたせいか、以前ほどがっついてご飯を食べなくなりました。動きも俊敏さがなくなりました。
そんな彼のことを娘はジジ黒と呼んでいます。

こいつは家に来た時からとてもおとなしくていい奴でした。
おしっこをケージの外に飛ばしたり、夜中に大暴れしたりもせずに、
年2回夏毛と冬毛に着替えながら、病気一つせず淡々と生活しています。
僕は仕事が忙しくなると、連日帰りが夜中になったりもしますが、
みんなが寝静まっていてもこいつだけが起きていて待っててくれる、
もちろんウサギは夜行性なので当然なのですが、
僕とはかなり強い友情で結ばれているのです。




2009年09月22日

その辺のスーパーで見つけたグレンリヴェットは最後の一本であった

駅前のスーパーに、妻と娘の3人で買い物に行った。
連休も明日一日、今週中の食べ物を買っておかなくちゃね。

いつも買い物するこのスーパーは、安さと新鮮さが売りなのだが、
珍しいものは置いていない。
普通のどこにでもあるものをできるだけ新鮮にお届けしようという、
スーパーとしては至極最もな商売で人気のお店である。

僕はあれこれ食材選びに余念のない妻娘と離れ、
洋酒コーナーに、佇んだ。
このスーパーにもお酒のコーナーは一応あるのだが、
趣味性をくすぐるような商品構成はしていない。
焼酎とワインが幅をきかせていて、あとはビール、ビール、ビールである。
僕が最近もっとも好んで飲んでいるウィスキーは、
ひっそりと端の方にわずかに並んでいる程度である。

そんな、そんなごく普通のスーパーの片隅の、
お酒売り場の棚の隅っこの、
その他もろもろの瓶の奥の方に、
僕は最後に残ったこの一本を発見した。

何故、こんなところにこんなものが・・・・それもこんな安い値段で
値段は定価の6掛けである。
グレンリヴェット
僕はその箱をしっかりと握りしめ、
娘が押すカートの中にねじ込んだ。
ウィスキーの箱の上に、レタスやパンやお菓子をのっけて、
一応の迷彩をほどこした。

が、しかし・・・・
やがて、レジを通りぬけた妻に、
私は実費2,580円を支払うことになったのは言うまでもない。



グレンリヴェット


2009年09月18日

ネジと紙幣を観た

天王洲のシーフォートスクエアで「ネジと紙幣」を観る。

話題の舞台の初日。
観客席はほぼ満席である。

近松の「女殺油地獄」を下敷きに、現代的にアレンジした悲劇。
ところどころ狙いとしてに緩めて、
緊張と弛緩の振幅を徐々に狭めていく演出が巧み。
観客はいつの間にか物語の貨車にのっかり不幸のレールをひた走る。
ふと気がつくと、破滅の淵に真っ逆さまに落ち込んでいく墜落感に、
胸が押し潰されそうになる。

主演・森山未來を囲む人々の造形がよい。
田口浩正、根岸季衣、
江口のりこ、長谷川朝晴、細見大輔、小林高鹿、野間口徹、満島ひかり。

零細町工場の中で、それぞれの思いを抱えながらも自我を抑え、
互いを守り合おうとする家族の姿。
それを有無を言わさぬ力でなぎ倒していく不幸の執拗さ。
幸せの原風景は誰の胸にもあるはずだが、
同じように不幸の原風景もまたあるはずなのだ。
「ネジと紙幣」は
まさにその現物をまざまざと見せつけた。

ヒロインを演じたともさかりえが凄い。
儚さにの中に芯の強さを感じさせる存在感。
細い体から静かに立ち上がる青い炎のオーラ。
彼女の存在の一点に物語は流れ込み、そして霧のように全体に噴霧される。
静謐な演技から深い情緒があふれ出す。
私はその芳香に酔いしれた。
文句なく美しい。

9月27日までやっています。
機会があれば是非


天王洲シーフォートスクエア







2009年09月13日

ジョンレノンってどうして・・・

妻の蔵書に「ジョン・レノンその存在と死の意味」
それを見つけた娘が僕に問う。
「どうしてみんなジョン・レノンがそんなに好きなの」
僕は俄かに答えられす、沈思黙考する。

僕がビートルズを知ったのはちょうど今の娘と同じ中学二年生の頃。
最初に買ったアルバムは赤盤、青盤。
それからはまり込んで「Let It Be」を小遣い貯めて手にした日のことは、
今でもはっきり覚えている。
雨が降ってる中、手にしたLPを濡れないように胸に抱いて帰ったっけ。
家に帰って二つ折りのジャケットを開いたときの匂い。
蒼いリンゴのマークのレーベルデザインのかっこよさ。
4人の髭もじゃのお兄さんたちの姿は、
本州の端っこの田舎の中学生には、
カッコいいのか悪いのかわからなかったが、とにかく神々しかったのです。

その頃と同じ年になった娘に、
僕は半年前に赤盤と青盤を買い与えていた。

で今夜、娘の疑問は「なぜみんなジョンレノン?
ビートルズ確かにいい曲だと思うけどさ。
ジョンレノンってその中でも特別みたいな言われ方だよね」

確かにビートルズの曲のほとんどは、
作詞作曲Lennon&McCartneyになっていて
赤盤青盤しか聴いていない娘には
どっちがどっちでも別にいいやって感じかもしれない。

解散した後のそれぞれのソロアルバムを聴かせれば、
二人の才能の種類の違いはとっても明快。
たとえばジョンの「イマジン」や「ダブルファンタジー」と
ポールの「Band on the run」や「ヴィーナスアンドマーズ」。

でも僕はそれをちょっとストップして、もう一度考えた。

で、思いついたのはちょっと回りくどいけど、
「ラバーソウル」「リボルバー」「サージェントペパーズ」「アビーロード」
この4枚のコンセプトアルバムを聴かせてやりたいと思ったんだ。
なんの前説もせずに、時代順に。

1965年から69年、たった4年間で、
彼らが駆け上った階段を追体験してもらいたいと。
それは彼女にとってマジカルミステリーツアーなるのではと思ったんだ。

同じ人たちが本当に作ったのだろうかと思うほど、
一枚ごとに、時代を突き破ってもの凄い勢いで上昇していく、
彼らの音楽をなぞっていくことにより、
Lennon&McCartneyってなんだったのか、
彼女自身で感じて欲しいって、思ったんだ。


ザ・ビートルズ・ボックス
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2009年09月12日

夏の終わりの夕方、夕立ち

夕方から隣の駅まで買い物にでたついでに、
パスタとワインで軽く食事をすませました。
店を出ると激しい雨が降っていて、僕は傘を持って出なかったので、
隣のカフェに駆け込んで雨宿りをしました。
あったかいコーヒーを飲みながら、
雨の止むのを待っていました。

僕は買い物に行く時はいつも読みかけの本を持って出ます。
休憩に座った公園のベンチや喫茶店で時間をつぶすことが多いからです。
今日は桐野夏生の「IN」という小説を持っていましたが、
活字を追う気分になれませんでした。
先ほど飲んだワインのせいかもしれません。

テラスに座って道行く人をぼんやり眺めておりますと、
コートを着た人の姿が目に付きました。
そう言えば2〜3日前、半袖の白いシャツ一枚で仕事に出て、
夜帰りに駅から歩いている途中、ブルッと寒気を感じたのを思い出しました。
僕も今夜は夏の終わりのセールで買った薄手のコートを着ています。

たった10日前くらいまで、汗を流していたはずなのに・・・・
夏が駆け足で去って行ったのを、寂しく見送った夕方でした。


夏の終わりの夕方、夕立ち


2009年09月11日

「夜と森のミュンヒハウゼン」を観た

三鷹市芸術文化センターに早船聡作演出の
「夜と森のミュンヒハウゼン」を観に行ってきました。

この劇場はプログラムに定評があり、今注目の劇場です。
場所が三鷹駅からバスで5分と多少不便なところにありますが、
今夜観た芝居はそれを全く気にしないほど面白かった。

物語は現実と幻想の混淆した世界で語られます。
深い森に迷い込んだ看護師の女性。
彼女はなさぬ恋でできてしまった子供を宿しています。
深い森の中で、彼女は一軒の家にたどり着きます。
そこには少女と彼女のお兄さんがひっそりと暮らしていました。
少女は森の外に憧れていますが、
日の光に当たってはいけない難病を患っています。
少女は看護師から外の世界のことを聞き、
いつかは自分も森の外に出ていくことを夢見ます。
でも、そんな妹の様子を兄はなぜか寂しげに見守っているのでした。

物語は幻想的に語られていきますが、
登場人物一人一人が現実世界としっかりとリンクさせられていることが、
終盤に語られます。
単なる夢物語ではなかったこと、そこには悲しい過去があったこと、
虚像が実像を結ぶように、くっきりと線がつながった時、
観客の胸が切なく揺さぶられる、
巧みな装置が仕掛けられています。

9月20日まで三鷹市芸術文化センターで。
お時間のある方は是非、お勧めです。



2009年09月08日

新宿通り 月曜日、午後6時過ぎに

午後6時過ぎにオフィスを出て、新宿通りをぶらぶらと。
伊勢丹の裏から紀伊国屋ビルの中を抜けて、新宿通りにぶつかる。

オフィスの最寄り駅は新宿三丁目だけど、
僕は朝も帰りも新宿駅を使うようにしています。
自宅と事務所の往復ではつまらないもんね。

この通りには、改装してとても観やすくなった新宿ピカデリー、
買う本を決めずに徘徊するのが楽しい紀伊国屋やジュンク堂、
良い出物がないかたまに立ち寄るオーディオユニオンや
クラシック中古盤のDISKUNION、フォレストや紀伊国屋のDVDショップ。
ZARAやベネトンの洋服屋もあるし、
伊勢丹のディスプレイは立ち止まって眺めてしまうくらいかっこいい。
それに何よりも、すれ違うおしゃれな女の子たち。
自然よりも一足先に、街が季節を作っている。

新宿通りの雑踏で信号待ちしていると、
「東京って綺麗だね、悪くないよ」という声が耳に入る。
ふっと顔をあげて見回すと周りの人たちが西の空を見上げているのに
気が付いた。
オレンジ色が群青色に溶けていく。
見ているうちにどんどん色を変えていく。
僕はあわてて鞄の中から小さなデジカメ取り出してシャッターを押した。

こんな人工的な場所だけど、
僕らはここで季節を感じる術を知っている。


新宿暮情








2009年09月06日

秋の風が吹いていました

九月の空


娘の近視が進んで、
1年前に作った眼鏡が役にたたなくなりました。
新しい眼鏡を作りがてら、
渋谷から代官山までのんびり散歩することにしました。

いつもだと結構人通りの多い裏道ですが、
日曜日の今日は閑散として、のんびりと散歩を楽しめました。

日差しは強かったのですが、
秋の風が爽やかな午後でした。

2009年09月05日

新聞が今ほど面白い時期はないですね〜

昨夜は帰宅してあっさり寝てしまいましたから、
今朝はすっきりと8時前に目が覚めました。
陽気は9月の初旬にしてはやや涼し目です。

昨夜の夕刊、今朝の朝刊を隅々まで熟読いたします。
興味の焦点は新政権×霞ヶ関。
これまで一度も見たことのない権力の構造変化が刻々と起こっている。
今後三か月くらいの新聞はどんな読み物より面白いのではないかしら。

2009年09月04日

『骨唄』を観る

『骨唄・・・骨、咲キ乱レテ風車・・・』東憲司演出を下北沢本多劇場で観る。

人間が、どうしようもなく個であること。
だからこそ呪縛しあう父と二人姉妹の物語。

今回もまた東憲司の演出は美術、照明、音響を緻密にしつらえ、
見事な夢幻空間を創出する。

背景は幻想的に溶かし、心の流れはリアルに活写する。

その手法は、あたかも大口径の望遠レンズを開放で使い、
バックを美しくぼかした写真のように、
テーマを強く浮き彫りにして冴えわたる。


この芝居は2006年に初演され好評をえたものの再演。
東憲司が主宰する桟敷童子から、
彼が初めて外部で書き下ろした作品である。

2009年09月03日

「戦慄迷宮3D」を観た

清水崇監督に招待を受けて、
五反田のイマジカに彼の新作「戦慄迷宮3D」を観に行く。

上映後に監督との懇親会がセッティングされていて、
宣伝向けの場だし、スルーしようと思っていたが、
監督と久々に会いたいのもあり、一言お礼を言いたかったのもあり出る。
人数は20人ほど。
部屋の隅に座っておとなしくしていると、
いきなり監督から指名され感想を求められて汗をかく。
作品は清水さんの得意なホラーではなく、スリラーであります。

富士急ハイランドのスリラー館を使って一か月弱の撮影。
世界初のデジタル3D長編映画には窮屈な日数だったらしいが、
監督が、大きなおもちゃ箱を与えられて楽しんで撮影していたろうことを、
無邪気で真剣な遊戯を感じさせられ、好感を持った。
美しいものを撮りたかったという監督の狙いは伝わった。
私はこの映画に良質のファンタジーを観た。

3Dはびっくり飛び出て脅かすという使い方よりも、
むしろ人間の体のリアル感、体温、肢体の生っぽさに瞠目。
そちらに可能性を感じた。