米国では待機的PCIが半減、日本でも標準化の動き その安定狭心症へのPCI、適切ですか

http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/201710/553156.html

米国では近年、安定狭心症に対するPCIの施行数が急減した。
循環器関連学会がPCI適応
の「適切性基準(AUC:appropriate use criteria)」を策定、同基準で「不適切」と判定される症例へのPCIの減少が、全体を押し下げた。
我が国でも学会主導でPCIの標準化が動き出しており、今後の施行件数の変化が注目される。

全米1049施設の退院記録データベースに基づいた推計では2008年から2011年にかけて、安定狭心症に対するPCIの施行件数は、実に51.7%も減少した。
同じ期間、急性心筋梗塞や不安定狭心症などの急性冠症候群(ACS)に対するPCIの減少は、1割程度にとどまる。
もちろん、安定狭心症の患者そのものが減ったわけではない。


事の始まりは、2007年のCOURAGE試験の発表だった。
同試験の対象は、安定狭心症でいずれかの冠動脈に70%以上の狭窄があり、心電図などで虚血が客観的に証明された患者(2287例)。
これを、至適薬物治療のみを行う群(OMT群)または至適薬物治療にPCIを追加する群(PCI群)にランダムに割り付け、中央値で4.6年(最長7.0年)追跡した。
主要評価項目は、総死亡と心筋梗塞の複合。


誰もがPCI群の有意なリスク低下を予想したが、結果は主要評価項目をはじめ脳卒中の発生やACSによる入院でも、有意な群間差を示すことができなかった。
しかも1年後の2008年に発表されたQOL解析では、PCI直後こそ自覚症状のない患者の比率はPCI群の方が有意に高かったが、3年後には有意差が消失していた。


「安定狭心症に対して、冠動脈に有意狭窄があるというだけでPCIを行っても予後は改善しないことは、当時既に小規模の研究で示されていた。だがNIHが資金を提供し、多施設が参加した大規模なCOURAGE試験で、そのことが誰の目にも明らかになった。もはや欧米のPCI医は、目をそらすことができなくなった」

慶應義塾大学循環器内科専任講師の香坂俊氏は、COURAGE試験が及ぼした影響の大きさを、こう説明する。


当然、当時のPCIガイドラインにも「軽度の症状があっても虚血の範囲が狭かったり客観的な虚血がなければPCIは推奨しない」と書いてはあった。
しかし、患者背景が多様な実臨床でガイドラインの推奨をそのまま適用できる患者は少なく、多くの場合は現場の医師の判断が優先されることになる。


もっと分かりやすい指針が必要

そこで、もっと細かくクリニカルシナリオを設定して、各条件下でのPCIが適切かを分かりやすく示した指針を作るべきという機運が生まれた。
これが2009年の、米国心臓病学会(ACC)、胸部外科領域の2学会(AATS、STS)、米国心血管造影インターベンション学会(SCAI)、米国心臓協会(AHA)、米国心臓核医学会(ASNC)の連名による「再灌流療法の適切性基準(Appropriateness Criteria for Coronary Revascularization)」の発表につながった。
AUCという表現は、2012年の第2版から使われている。

 
2017年春に発表された第3版では、59のクリニカルシナリオを設定。
それぞれで、虚血の自覚症状の有無、薬物治療の状況、狭窄の部位、心筋虚血リスク、糖尿病の有無などで類別して、再灌流療法の施行が適切かどうかを示した。


評価は9点満点でスコア化されており、1~3点と低ければ「R(rarely appropriate)」、4~6点なら「M(may be appropriate)」、7~9点と高ければ「A(appropriate)」で表される。アルファベットの後の数字はスコアの点数だ。


虚血の自覚症状があっても、狭窄が左前下行枝や左回旋枝の近位部にはなく、負荷心筋シンチなどの非侵襲的検査で心筋虚血が低リスクと判定されれば、判断は「R」、つまり「適切であることは稀」となる。(記事中の図2を参照)


第2版までは、「R」は「inappropriate(不適切)」の「I」が使われていた。
この方が分かりやすいが、「不適切なのにPCIを行った」として患者から訴訟の動きがあったため、第3版から表現を変えたのだという。
ちなみにMも、第2版までは「uncertain(不明)」の「U」だった。
なお本稿では以降、分かりやすさを優先し、第2版までの表現を用いて説明していく。


「不適切」症例は大きく減少

AUCが臨床現場に与えた影響は大きかった。
例えば2009~2014年の追跡で緊急PCIの件数は一定だったが、待機的PCIの件数は3割以上も減少したというデータもある。
待機的PCI施行例の後解析で、AUCに照らして不適切と判定された症例は、2009年の26%から2014年には13%に減少する一方、適切とされた症例は30%から54%に増加した。
不適切率の施設間での差も、徐々に小さくなった。


米国でこのような医療行為の適正化は放射線科の画像診断の領域で先行し、不必要と判定された検査に対しては保険償還額を減らすといったペナルティーが伴うものもある。
これに対してPCIに対するAUCは、自施設の中でPCIの適切性を判断するための指標と位置付けられ、保険償還とはリンクしていない。


とはいっても、ニューヨーク州当局がAUCによる評価結果を各施設にフィードバックするとともに、州が管理するメディケイドで安定狭心症に対する不適切例は保険償還を拒む方針を示したところ(実際には行われなかった)、不適切例は全国平均より大きく減ったとの報告もある。


福岡山王病院循環器センター長の横井宏佳氏は、「AUCの発表後、米国のPCI医は皆、やりにくくなったと言っていた。だが米国では循環器領域にかかる医療費は大きく、社会や保険者の目を無視できなくなった。であれば外部から規制される前に、自ら適正化に取り組むことを選んだということ。我々PCI医から見ると過剰規制と思われる部分も、改訂とともに徐々に改善されている」と話す。


このAUCを我が国に適用したらどうなるか、香坂氏らは慶應義塾大学循環器内科の関連16施設で行っているKiCs-PCIレジストリーを使って調べてみた。
対象症例は、2008年9月~2013年3月に登録された全1万1258例中、データ欠落例などを除く1万50例(緊急PCI:5100例、待機的PCI:4950例)。


2012年のAUC第2版に基づく検討では、緊急PCIでの不適切症例は2.9%と低かったが、待機的PCIでは30.7%が不適切と判定された。
不適切とされた待機的PCI症例の中で最も多かったケースは、「1枝または2枝病変、左前下行枝近位部を含まず、虚血に伴う症状なし、非侵襲的術前虚血評価は未実施」というもので、18.4%を占めた。
(記事中の図3を参照)


「心筋の灌流領域が狭い右冠動脈や左回旋枝だけの狭窄でも、虚血の判定を行わずにPCIが施行されており、総じて解剖学的な狭窄の存在がいまだ重視されていると考えられる。今後軽症例こそ、PCI施行の判断には心筋虚血の評価が必要だろう」と香坂氏は指摘する。


また冠動脈CTの普及と共に負荷心筋シンチの施行率が減ったこと、圧ワイヤーを使った心筋血流予備量比(FFR)による虚血リスクの評価がAUC第2版では採用されていないことも、不適切率を高めた要因だった。
この冠動脈CTとFFRは、今年発表されたAUC第3版では採用された。ちなみに冠動脈CTによる虚血リスクの評価を許容すると、不適切率は5ポイントほど低くなるという。


我が国でも「PCIの標準化」始まる

我が国でも社会は医療資源の適正な分配を求めており、米国と同様に医療界は対応を迫られている。
だが、医療環境が大きく異なる米国のAUCをそのまま導入することは困難だ。そこで日本インターベンション治療学会(CVIT)はこの秋から、PCIレジストリーであるJ-PCIに基づいた「PCIの標準化」に取り組み始めた。


専門医制度とリンクしていることから、J-PCIは我が国のPCI症例の85%をカバーしており、登録症例は年間24万例を超える。
登録事項が限られているのでAUCのような詳細な分析はできないが、一部追加の入力項目を設定した上で、低用量アスピリンの投与率、緊急PCIでは病院到着からPCIまでの時間、待機的PCIでは虚血評価の実施率、予後との関連が低い冠動脈末梢へのPCI件数などについて、個々の施設の値と全国平均を開示することにした。


現状では参加施設への開示にとどまるが、個々の施設に全国平均との差を示すことで、施設自らの評価と改善を促すことが狙いだ。
全国の平均値を適正なPCIが行われた結果と捉え、これをベンチマークとした標準化を進める。AUCとはアプローチが異なるが、どちらもPCIの適正化という同じ目的を持つといえる。


日本循環器学会が集計している循環器疾患実態調査(JROAD)では、2015年の待機的PCIの件数は19万2774件。2011年の18万1991件から微増している。標準化の進行により、我が国でも件数の減少が予想される。


PCI件数が多いハイボリュームセンターでは死活問題ともなるが、横井氏は「AUCをPCI医の裁量権を縛るものと考えるのではなく、PCIの新たな価値を作っていく手段として捉えてほしい」と強調する。


PCIが登場してから今年で40年が経過し、手技はどんどん複雑になっているが、それが技術料にほとんど反映されていない。
「手技の対価を件数でまかなうのではなく、自らを律して、バイパス手術と同等な予後の改善がPCIでも可能であることをまず示す必要がある。それを根拠に、質の高いPCIに対する評価を得ることを目指す。PCIの評価指標が、量(件数)から質(予後)に変わるということだ」と横井氏は話す。




<番外編>

LDL-Cが低い人へのスタチン投与

http://yaplog.jp/hurst/archive/367




<きょうの一曲>

Daniel Barenboim: Beethoven Piano Concerto No. 2 in B flat major Op. 19

https://www.youtube.com/watch?v=mp7xXwPOShM   



<きょうの一枚の絵> 

1511_6

中川一政 獨逸の壺

https://matome.naver.jp/odai/2136980711148618401/2136980721848637303

 




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