基準値は140/90に据え置き、降圧目標を強化 日本のガイドライン改訂への影響必至

スペイン・バルセロナで6月8日から11日まで開催された第28回欧州高血圧学会(ESH 2018)で、欧州心臓病学会(ESC)とESHによる新しい高血圧治療ガイドライン(以下、ESC/ESH2018と表記)が発表された。
高血圧の基準値は従来通りの140/90mmHgに据え置かれたが、降圧目標は忍容性があれば、ほぼ全ての患者で130/80mmHg未満に下げるよう求めた。
基準値を維持しつつ積極的な降圧治療を目指すという折衷的な内容となった。


「高血圧の定義は、従来の基準値から変えない」と、登壇したKrzysztof Narkiewicz氏(ポーランド・グダニスク医科大学)が発表した瞬間、満席の会場内にはどよめきが起こり、発表スライドを写真に収めるシャッター音が鳴り響いた。
欧州の新ガイドラインでは、米国とは異なる高血圧基準値の方針を打ち出したからだ。

 
2017年に改訂された米国の高血圧治療ガイドラインでは、高血圧基準値を収縮期血圧(SBP)、拡張期血圧(DBP)ともに従来より10mmHgずつ低い130/80mmHgに引き下げた。
そのため、2013年以来5年ぶりの改訂となる欧州の高血圧治療ガイドラインの動向が注目されていたが、基準値は従来と同じ140/90mmHgを維持した。
この診断基準は、24時間平均血圧で130/80mmHg、家庭血圧では135/85mmHgに相当する。
血圧値の分類も前回ガイドラインを踏襲した。


私的コメント;
外来血圧と家庭血圧。
拡張期血圧はともかく収縮期血圧に関しては10mmHgぐらいの差がある、というのが臨床医としての実感です。
実際に、日々血圧を測定している患者さんも同様に感じています。
 

一方、降圧目標は130/80mmHg未満に下げた。

私的コメント;
要するに「基準値」と「降圧目標値」を使い分けています。


65歳未満の全ての患者に対して、最初の目標として140/90mmHg未満を目指すとしているが、忍容性があればSBPで120mmHg以上130mmHg未満、DBPで70mmHg以上80mmHg未満を降圧目標とした。
ただし、SBPで120mmHg未満への降圧は推奨していない。
また65歳以上の高齢者については、まず140~150/90mmHgへの降圧を目指し、忍容性があれば130~140/70~80mmHgを降圧目標としつつも、フレイル(虚弱)の程度や生活自立度など患者の状態を考慮して、実年齢だけで治療方針を緩めないとした。

 
新ガイドラインは大部分の患者に対して、高血圧基準値を据え置きつつも降圧目標を下げ、積極的な血圧コントロールを目指す方針だ。
その根拠としたエビデンスは、既に報告されているランダム化比較試験(RCT)のメタアナリシスで、130/80mmHg未満への降圧を達成した場合、より緩やかな降圧と比較して脳卒中、冠動脈疾患、心不全、心血管死亡、全死亡のリスクがいずれも有意に低下したという報告だ。また、治療開始時のSBPが130~139mmHgの患者が10mmHgの降圧を行った場合、各リスクが有意に低くなるとのメタアナリシス結果もエビデンスとしている。


欧州では、現状降圧治療を受けている患者のうち、従来の降圧目標である140mmHg未満に達している患者が半数に満たない。
血圧コントロール率の改善に向けて、ESC/ESH2018では薬物治療へのアドヒアランスの低さを課題として挙げた。
また、長期にわたる血圧コントロールを目指す上で、看護師や薬剤師を含むチーム医療が果たす役割の重要性を強調した。


診療室外血圧重視の姿勢

ESC/ESH2018での血圧測定法は、診療室血圧は1~2分の間隔を置いて3回測定するとした。
白衣高血圧や仮面高血圧が疑われる場合には、24時間血圧や家庭血圧を測定することを推奨するとし、従来より診療室外血圧を重視する姿勢だ。


一方、120mmHg未満への厳格降圧の有効性を示したSPRINT試験で用いられた自動診察室血圧測定法(AOBP)は、採用しなかった。AOBPは他のRCTでは使用されていない。
また、白衣高血圧の影響を受けないことから診療室血圧よりも5~15mmHg低い血圧値を示すとされる。
そのため、SPRINT試験での厳格降圧群と標準降圧群は、それぞれ診療室血圧のSBPで130~140mmHg程度と140~150mmHg程度への降圧に相当し、120mmHg未満への降圧が有用との結論には至らないとの見解だ。


ESH 2018の会場で発表を聞いた帝京大学衛生学公衆衛生学主任教授の大久保孝義氏は、「SBPで120mmHg以上130mmHg未満という“降圧目標域”が示されたのは斬新だった」と語る。
また「狭い範囲への厳格な降圧治療には、家庭血圧の活用が必要になるだろう」(大久保氏)と、家庭血圧の重要性がさらに高まるとの見解を示した。
自治医科大学内科学講座循環器内科学部門教授の苅尾七臣氏も、新ガイドライン発表で診療室外血圧の重要性が強調されていた点を指摘し、「仮面高血圧や白衣高血圧が見られる患者への個別の対応や、24時間血圧のコントロールがますます重要になるだろう」と話す。


治療開始時から降圧薬2剤併用を推奨

ESC/ESH2018の共同執筆責任者であるBryan Williams氏(英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン)が「大きな飛躍だ」と強調した変更点は、大部分の患者に対して薬物療法の開始時から降圧薬2剤の併用療法を推奨している点だ。

私的コメント
「薬物療法の開始時から降圧薬2剤の併用療法」についてはやはり問題が多いのではないでしょうか。


従来のガイドラインではアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)、カルシウム(Ca)拮抗薬、利尿薬、β遮断薬のいずれか1剤の使用を推奨していた。
ESC/ESH2018では、初期治療からレニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬(ACE阻害薬またはARB)およびCa拮抗薬または利尿薬の2剤を合剤で服用することを推奨する。
2剤で十分な降圧効果が見られない患者に対してはRAS阻害薬、Ca拮抗薬、利尿薬の3剤の合剤を推奨し、さらに降圧が困難な治療抵抗性高血圧患者には3剤にスピロノラクトンなどの他剤を追加する。


以上が薬物療法の中核的な戦略で、一般患者だけでなく、高血圧性臓器障害、脳血管疾患、糖尿病、末梢動脈疾患の合併症がある場合にも適用する。
ただし、単剤での降圧目標達成が期待できるグレード1高血圧患者や、緩やかな降圧が望ましい高齢者やフレイル状態の患者に対しては、単剤療法を検討する。
β遮断薬については、心不全、狭心症、心房細動、心筋梗塞既往のある患者や妊娠中の女性など、特定の状況下では使用を検討する。


治療初期からの併用療法を推奨している背景には、従来単剤療法を行ってきた患者の多くが、降圧目標を達成できていないのにもかかわらず、併用療法に進まず単剤療法にとどまっている現状への問題意識がある。
また、服用する錠剤の数とアドヒアランスの低さに有意な相関があるとの研究報告もある。
合剤の使用によって患者の負担軽減と服薬アドヒアランスの向上を目指しつつ、降圧効率の高い併用療法を早期から行うことで積極的な血圧コントロールを目指す姿勢だ。


薬物療法の対象としては、まず正常高値血圧(130~139/85~89mmHg)以上の全患者に対して生活習慣改善指導を行った上で、グレード2および3高血圧(160/100mmHg以上)の全患者、グレード1高血圧(140~159/90~99mmHg)で心血管疾患などの合併症のあるハイリスク患者には、直ちに降圧薬治療を行う。
グレード1高血圧で低~中リスクの患者に対しては、従来のガイドラインでは薬物療法を検討するとの表現だったが、ESC/ESH2018では、3~6カ月の生活習慣介入で血圧がコントロールされない場合に薬物療法を推奨している。
正常高値血圧の患者は、従来は降圧薬の処方を非推奨としていたが、ESC/ESH2018では心血管疾患や冠動脈疾患の合併症があり心血管リスクが高い患者には薬物療法を検討する。


ESC/ESH2018での薬物治療方針について、「作用機構の異なる2つの降圧薬の併用は、少量でも効果を得やすく降圧効率が良い。合剤を使用することでアドヒアランスの改善も期待できる」と語るのは、来年改訂予定の日本の高血圧治療ガイドライン(JSH2019)の作成委員長を務める梅村敏氏(横浜労災病院病院長)だ。
治療開始時から合剤での併用療法を推奨している点について梅村氏は、「副作用が出た場合にどの降圧薬が原因なのかすぐには分からないというデメリットはあるが、それ以上に降圧目標達成率の向上を重視した方針だ」と分析する。


苅尾氏は「合剤の使用や併用療法を採用した点は評価できる一方、全患者に初期から2剤を併用する上では注意が必要」と指摘する。
治療開始時から2剤を併用し早期に降圧効果が見られる患者の中には、急激な降圧で体調不良を訴える患者や、すぐに降圧薬の服用をやめてしまう患者もいる。
苅尾氏は「患者ごとに柔軟な降圧薬処方を行い、状態に応じて2剤併用、3剤併用、他剤の追加まで躊躇せず降圧治療を進めるのが望ましい」との考えだ。


その他の変更点として、腎デナベーションをはじめとするデバイス治療は原則として非推奨とした。
従来のガイドラインでは、薬物療法での効果が見られない場合にデバイス治療を検討し得るとしていたが、ESC/ESH2018では、安全性と有効性を示すエビデンスが今後さらに示されない限り、臨床試験やRCT以外でのデバイス治療は推奨していない。


JSH2019への影響は

2019年には日本の高血圧治療ガイドラインの改訂(JSH2019)が予定されており、欧州の新ガイドラインの動向が注視されていた。
旭川医科大学循環・呼吸・神経病態内科学分野教授の長谷部直幸氏は「基準値を維持しつつも、降圧目標を下げて米国に近い治療方針を示した考え方は、日本のガイドライン改訂でも参考になるだろう。ただし、基準値と降圧目標が異なるのは分かりにくい側面もあるので、さらなる議論が必要だ。JSH2019の議論に欧州の新しいガイドラインが与える影響は大きい」と話す。


苅尾氏も「基準値引き下げによる社会的影響や、国内の血圧コントロール率が低い現状を考慮すると、欧州の方針はJSH2019でも現実的な路線」との考えだ。
アジア人では脳卒中や非虚血性心疾患のリスクが高く、高血圧が及ぼす悪影響は欧米以上に大きい。
一方、仮に高血圧基準値を130/80mmHgに下げると、日本の高血圧患者は約4300万人から約6300万人まで増加する。
さらに、現状では降圧目標に達している患者は1000万人程度にすぎない。
苅尾氏は、SBPが130mmHgを超えた患者ではそのままSBP140mmHg以上まで高血圧が進展する場合が多いと指摘。
「特に若年患者や肥満患者は、SBPが130mmHgを超えたら十分にリスクが上昇していることを自覚し、直ちに生活習慣改善を開始するのが望ましいだろう」(苅尾氏)。


ESC/ESH2018の全文は、8月にドイツ・ミュンヘンで開催されるESC 2018に合わせて論文として発表される。
第41回日本高血圧学会総会(旭川市、9月14日~16日)では、JSH2019における高血圧基準値や降圧目標の方向性に関して意見が交わされる予定だ。
基準値を維持しながらも降圧目標を下げて積極的な降圧治療を目指すという、複雑ながらも現実的な方針を欧州が打ち出しただけに、日本でのガイドライン改訂に向けての議論は今後ますます活発になりそうだ。


 

<きょうの一曲>

A White Shade of Pale-Halie Loren (Procol Harum)