Secret Mission ――SとM 出逢い という秘密の課題

凛太郎のSM観を綴った日記 日常では恋人以上結婚未満のパートナー 非日常では主と奴隷… ごく普通の社会人同士、ジリツ(自立と自律)を目指す女性…でも、Mという性癖を自覚している…もちろん公に言うことではありません…だからといって封印してしまうのも寂しくありませんか?

「よろしくお願い致します」――。

生まれたままの姿でこういい終えたその瞬間から、非日常のもうひとりの自分と向き合う時間。

うっすらとした汗が出る。1秒1秒が長い。一瞬が永遠に感じる。

激しくも優しい。厳しくとも温かい。頑張った証が残る。


そして、また求めてしまう。凛とした空気感の下で繰り広げられるふたりだけの官能美の世界。

目指すは究極の愛。こんな世界にご一緒して頂ける聡明で知的な女性を目指す女性がいらしたら。





【私のSM世界…調教イメージ】



● 私のSMの世界……調教イメージ pert1

● 私のSMの世界……調教イメージ pert2

● 私のSMの世界……調教イメージ pert3









SMとは、女性の魅力を引き出す性の様式――私は、そのように捉えています。


そこで繰り広げられる行為…すなわち調教は、激しくも温かく、厳しくも優しく。


その過程が困難であればあるほど、これを乗り越えれば、それまで見たこともない美しい世界がみえてくる――。



これまでSMの経験がある方はもちろん、ない方でも、それはおぼろげながらお分かりなのではないでしょうか。



私は、このSMでは、普段は、ごく普通に暮らす社会人男女同士、日常では、ごく普通の交際相手として1対1の関係で、より絆を深めていく。


その絆の深め方、つまり愛し・愛される手段としてSMがあります。



ノーマルな性癖のカップル以上に、SMでのつながりがあるカップルは、よりその絆が強いと、根拠は不明ですが、そんな話をよく耳にします。



これは私自身の考えですが、それは、互いに困難を乗り越えたという連帯感からくるのでしょう。




SとM…どちらが上とか下ではなく、ヒトとして生まれ、男女という医学的性にわかれ、男と女のなかでもSとMという、いわば文化的性を持つ者が、互いに愛し合うこと――ノーマルと称する男女とは違い、その役割が決まっている分、みずからがなにをなし、なにをされることが、心落ち着くか――が、よくみえてくるのではないでしょうか。



Mという性は、誰かに何かをしてもらわなければ動けないという、いわば業があります。


Sは、自ら動けるものの、それを受け止めてくれる相手がいなければ、なにもできないという業を背負っています。



男と女…SとMとして、互いの業を背負っていく。


そして心満たされ、日常をも輝かしいものとする。



そんな関係を、私は、持ちたいと願っております。




そんな私のSM世界を、過去の女性との行為を文字に起こしてみました。



もちろん女性のプライバシーに配慮し、仮名・背景はボカしています。



この私の世界をご覧頂くことで、私という人間、Sである私、男としての私…これらが浮かび上がってくると思います。



じっくり、ゆっくり、私という人間を見定めて頂ければ、幸いです。






凛太郎@HN
ajisai_carrot_and_stick@yahoo.co.jp


第1回目 一本鞭の重み
第2回目 綿ロープや拘束具で心の安寧を得る
第3回目 麻縄での緊縛で心を縛る。そこで見えてくるものとは?
第4回目 バラ鞭で被虐の快感に酔う
第5回目 乗馬鞭…なぜ“乗馬鞭”なのか?
第6回目 ガラス浣腸で支配されるのは?
第7回目 ご挨拶や誓約書といったもののはたす役割とは?
第8回目 ケインはほかの鞭とどう違うのか?
第9回目 蝋燭は責めなのか、それとも…
第10回目 最終回

SMで施される道具を中心に、「私のSMの世界」をこれまで「調教イメージ」として書いてきました。



今度は、私が行ってきた調教について活写できればと思い、「調教イメージ パート2」と題して、認めてみたいと思います。


もちろん、私の世界です。


ただし、女性のプライバシーもありますので、そこはかなりボカして、小説仕立てで書いています。


過去の女性とのそれのうち、すべてひとりの架空の人物という体で書きます。



随時、アップしていきます。






第1回 ごく普通の男女から、SとMに、そして主と従となり、主と奴隷になるまで…
第2回 自由だからこそ支配を求める
第3回 変態という自分を認めること… 
第4回 捉われている…奴隷である自分に酔う…安心と安全の下の非日常 
第5回 有り得ない様式美をなぞり、人為的に屈辱的なシチュエーションをつくりだすからこそ、みずからをさらけ出せる… 
第6回 厳粛で絵になる雰囲気をプロデュースし、演じられる女性がSMでは映える… 
第7回 白い女性の肌に映える最高のアクセサリーとは… 
第8回 絶対、安心、安全…、これがわかっているから… 
第9回 いかにも…SMならではの雰囲気を醸し出す調教で、日頃の憂いを壊す…  
第10回 最終回:1日…という時間があれば、私はこんな調教をあなたに施します
 



SM愛好家の数だけ、SMの数があります。



そのSMとは、いわば茶道や華道にも似た様式美の世界、そこに演劇的な要素も加わる美意識を伴った性といえましょう。



様式美に拘りたい、だから美しさがなければならない。



近頃では、SMのなかにお笑いを含める方もいらっしゃいますが、私は、日常を忘れるために、非日常を演出したいので、そこにお笑い的な要素を含めることは、好まないのです。




完全に、それこそヨーロッパの中世の貴族になりきる、江戸時代の役人と女囚になりきる…、そんな仮面をつけることで、心のなかにあるストレスを、鞭や緊縛、蝋燭、浣腸、剃毛といった、SMという言葉から連想されるそれを施す・施されることで、外から壊す作業、それがSMだと考えています。




もっとも、今の時代、そのSMで行うことは、IT時代の恩恵もあり、およそ想像のつくところでしょう。



しかし、その想像つくそれでも、行う人・施される人によって、醸し出される世界観は大きく変わってくるものです。



そのSMで調教ともプレイともいわれる行為、私が行う行為、過去、行ってきた行為を、過去のパートナー女性のプライバシーに配慮し、若干の脚色を加えたうえで、小説仕立てで、これから綴っていきたいと思います。





ここで書いている調教内容は、ほぼ、私が行うそれをイメージできるよう、筆を執ってまいります。



お付き合い頂ければ嬉しく思います。






第1回目 調教イメージ 第一回目の調教
第2回目 調教イメージ ご挨拶を終えてから
第3回目 調教イメージ 緊縛
第4回目 調教イメージ 蝋燭
第5回目 調教イメージ 鞭
第6回目 調教イメージ 浣腸
第7回目 調教イメージ 言葉責め  
第8回目 調教イメージ 剃毛
第9回目 調教イメージ スパンキング
第10回目 調教イメージ 最終回(日常での調教)



(登場する女性名は仮名です。またすべては事実を基にしたフィクション、私のSM観、実際の調教のイメージとしてご理解ください。)

男と女の組み合わせの数だけ、男女関係があるのかもしれない。



私が求める男女関係は、やはりSMを基調としたもの。



そのSMも、また世の中には、SMを嗜好する人の数だけ、あるのかもしれません。



そのSMを志向する方のなかには、「SMと結婚との両立は無理」という人もすくなくないものです。




とりわけ女性の方に、そうした傾向があるように思えます。



それが正しいかどうかは、私にはわからないです。また、その是非を論じるつもりはありません。




それでも、ひとついえるのは、たとえ結婚をしなくても、やはりパートナーは欲しいというのは、誰しも同じではないでしょうか。




今、結婚観も多様化し、戸籍を同じくする法律婚を嫌う方もいます。


苗字が変わるから嫌、気分的に重たくなるなどその理由は様々ですが、法律婚を嫌うので事実婚という形態を取る人も増えています。



その事実婚でも、ここにSMを嗜好する人たちには男女を問わず、ひとつ壁が立ちはだかるものです。


「日常と非日常世界のSMとの両立は難しい……」



これも法律婚、事実婚どちらでも、世の中には両立、並立させている人もいます。



でも、ごく日常の生活が入り込むことで、かえってSMを楽しめないところもまた出てくる……、私はそう感じる人間です。




日常をしばし忘れて、非日常世界をともに演出するからこそ、SMとは楽しめる……SMにはそんな側面があります。




とくに結婚(法律婚、事実婚どちらでも)し、子どもが生まれると、その生活は完全日常、そこに非日常世界が入り込む余地は極めてすくなくなるでしょう。




性とは生きる糧、それがSMという性(さが)を負っている、もしくは負うことを決意した人にとって、結婚とSMという問題は、息苦しさを感じるものです。




しかし進みゆく時代は、多様な価値観を認めてくれるようになりました。



まず結婚観、法律婚を嫌う人が事実婚を選択する。



その事実婚を選択した人のなかには、別居婚を選ぶ人もいます。


法律婚で別居婚という選択は、多いか少ないかはさておき、これを選ぶ人がいることは、数多いことは誰しも容易に察するところ。



それが発展というか進化して、事実婚で別居婚という選択をする人もまた出てきたということでしょう。




これはこれで、私はひとつの考え方だと思うのです。




その事実婚で別居婚という選択、40代、50代の方に多いと、根拠はないのですが、時折、耳にするところです。



人とは、やはりわがままなもの。




ましてや、女性が仕事を持ち、自立している人なら、なおさら、結婚や同居というそれに縛られ、日常でストレスを抱えることは、厳しいものがあります。



男性もまた同じ。



住まいは同じくしていない。でも夫婦同様の精神的繋がりを持ち、社会的にもそう認められる関係――これを世間では、「パートナー」と呼ぶようです。




そうしたパートナー関係を持てる、その相手は、SMを軸とする性(さが)の人――そうしたSMを理解している女性で、そのうえで末永く、互いにいい関係でいられる女性がいればと思い、自分から、「私はこういう人間です」と発信することで、ご縁を紡ぐべく、開設したのがこのブログです。





結婚(法律婚)は、末永くSMを伴った男女関係を続けていく中で、いつしかお互いに、「一緒に住んでもいい」「そろそろ籍を入れたほうがいいか」と思ったときに入れる。



それまでは、日常、連絡を取りつつも、個を崩さないというスタンス、それが心地いいという女性とのご縁を求めて、私自身の思いと過去を綴る場、それがこのブログです。




世の中には、SMでの出会いの場としてチャットや各種サイトも今、たくさん出ています。



その多くは、あくまでもSMという性のみを楽しむ場というのが現状です。



私が求めているのはそれではありません。





日常では、ごく普通の恋人であったり、それこそパートナーである。


でも、ふたりの間では、SとM――というそれ。




そのニュアンスは、ひとまず結婚を前提としない真面目な交際です。



愛し方、性としては、SMという性癖を伴うというもの。




SMのみのパートナーでもなく、さりとて完全日常にいきなり入り込む結婚相手でもなく、いわば「恋人以上、結婚未満」のような関係で、その絆の基調とするものがSMというそれです。



もし、他人に、家族に、紹介する際は、「彼氏・彼女」「パートナー」。


そのパートナーとは、SMを軸とした関係である……SMという性癖を理解しあったうえで、互いに人生の時間を共有する関係といったところでしょうか。



そんな私が求めるパートナーとのご縁を紡ぐ、Secret Missionを最高の形でクリアすべく、折に触れて、発信していきます。



駄文ですが、お付き合い頂ければ幸いです。



どうぞよろしくお願いいたします。



凛太朗(HN : ajisai_carrot_and_stick@yahoo.co.jp)

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