2018年07月14日

NO-285 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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この本は私にとってまさに人生を変えるものでした。宗教に見切りをつけ離れていた頃、それでもUFO研究は続けていました。そしてUFO仲間が持って来たこの本を手にし、初めてこの内容を目にした時、これこそ自分が求めていたものだと驚愕と確信をしました。それというのも宗教や哲学の中に、そしてその他の文献のなかにもこのような人間の進化段階と生まれ変わりやその最終到達点に至る真実の教えと思われる明瞭な説明のある書籍や文献はなかったからです。そしてこの本のなかに真実を見出し、ビリーの本の出版に関わろうと決意しました。その後も彼の多くの著書や教えから学び、一つは土葬の会の発足にもつながったのです。

プレアデス/プレヤール人とのコンタクト記録(1)
「ビリー」エドゥアルト・アルベルト・マイヤー著 2,000円

すべてはどのように始まったか 1941年2月3日、ビリー4歳…………………………………………4
私の初めてのUFO目撃とそれに続く初期の会見、ビリー5歳…………………………………………11

スファートの説明 人間の最大の問題は、創造とその法則および掟に関して無知なことです。……26
セミヤーゼとの最初のコンタクトに関する導入説明 1975年1月28日 ………………………………50

第1回会見 私の名前はセミヤーゼ、プレアデス星団から来ました。私たちは地球人と同じように人間なのです。
第2回会見 ニセのUFOコンタクティで最大の詐欺師は、カール・ミヒャレクと名乗る男でした。これに勝るとも劣らないのが、ジョージ・アダムスキーの名で世界的に有名になった男です。
第3回会見 公衆の前や各国の政府と接触しない理由、地球上の政府は例外なく権力欲と金銭欲に凝り固まった人間で占められています。
第4回会見 セミヤーゼ、1ヶ月でドイツ語を学び会話する。ビームシップの二つの推進装置で超空間を突破。地球人は自分たちの祖先が人類全体と地球そのものを破滅の淵に追い詰め、一部の者は地球から逃亡したことを心に刻みつけておくべきです。
第5回会見 太古の人類史。巨大彗星がノアの洪水を引き起こし、金星や月を地球に移植。常に全てを知っていると言い張る地球人はその実、地球の原生林の猿類よりも無知です。
第6回会見 人間の生の発展と転生。その始まりから最終目標まで主要な7段階と、主要な段階はさらに7つの段階に分類。1段階の状態を精神病(意識病)あるいは白痴などと呼ばれるが、ただ未発達であるに過ぎない。平均的地球人の段階は2の6に相当。
第7回会見 宇宙船の撮影許可。タルムード・イマヌエル(別名キリスト)の生存中にイスカリオテのユダが書いた書物の発見。人間は猿から進化したのではない。オゾン層破壊への警告。
第8回会見 物質は理念が具体化したもの。超空間飛行とタイムトラベル。本当の精神病は存在せず物質的な意識の病気です。
第9回会見 地球の人類史、入植者アールスよるムーとアトランティスの破壊。水瓶座時代「黄金の時代」とも呼ばれ、それは巨大な進化をもたらす革命の時代、新しい時代、偉大な時代、奇跡の時代なのです。
     ・・・2号に続く
ご興味のある方はFLJ http://jp.figu.org/index.htmlにお申し込みください。

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2018年06月30日

NO-284 まだ続く家の周りの整備として擁壁ブロックの埋設工事

image1のコピー
地元の土建屋さんから頂いていた擁壁用のブロックがたくさんあります。
家のすぐ近くに土建屋さんの資材置き場があってそこに積み上げてあった、その土地の売買にともなって不要となったものだ。それを以前に貰い受けていたのだったが
これまでの石垣工事には自然石がいいだろうと考えブロックは使わなかった。しかし、いつか使うことがあるだろうと家のそばに積み上げて置いてあった。
しかし、いつか使わなければと思い、整地してある家の前の土地と斜面の境界に埋めることにした。それは仕切りにもなるが雑草が整地してある敷地に入り込んでくるのを防ぐことを狙った。通常このブロックは斜面の擁壁として斜めに積み上げるものだがその面、つまり顔を空に向けて並べて埋めることによって役に立つに違いない。また整地部分に敷き詰めてある砂利が漏れ出さないことも考慮した。
こんなアイディアもやっぱりユンボがあるからやろうと思うのであって、手掘りで埋設しようとすると最初から無理と考え行動しないはずだ。つまり力仕事を手助けしてくれるユンボの存在が大きい。それを使って掘り進み溝が出来上がると糸を埋設位置に張って水平を取り、そのラインからブロックの高さに合わせて掘り下げる、深さが決まったら運んで来たブロックをその位置に収めるのだが、これが人力では何度も調整のために動かさなければならなくなる、経年の力作業の影響で腕や肩がすぐ痛くなってくる。それでいい方法はないかと考えた。ロープでブロックに巻きつけて吊ると傾くし、設置が決まったとしてロープを外すのに手間取る、それを考えるとやはり上面で傾かずバランスをとって吊る以外にない、そんなうまい道具は持っていないので何か代用はできないかとあれこれ探し回る。そして木工用のクランプを使うことにし、その中央にロープを取り付け、クランプでブロックの顔を挟んでユンボで持ち上げてみた。するとこれが意外にうまくいった。
image1
クランプの背中部分の中央にロープを掛けて吊るので反ってクランプのハサミ付けを強くする効果があり、一個40Kgもあるのが難なく吊り上げられる。それを掘った穴に合わせて下ろし高さ調整にもすぐにそのまま持ち上げられるのでとても楽だった。こうして並べ終え土を間に詰める。普通はこれで終わるのだが、ちょっとまた考えが浮かんだ。それは木を植え替えるとその周りに土を入れてさらに水をかけて土を根の細部にまで流し込むという方法だ。土を盛っただけでは根の細部に土は行き渡らず空間ができ木が枯れる恐れが出てくる。これと同じようにブロックを埋めて土を周りに詰めてもどこかに空間ができる。そうすると何ヶ月かして穴ポコが顔をだすことが想定できるので、水道ホースの水で土を解かしながら隙間に流し込んだ。
image2これで埋設したブロックが今後安定した状態を保つと思われる。しかしこのような上面を空に向けて埋めるというブロックの使い方は見たことがないし、通常の使い方ではない。またそのような使い方を目的ともしていないが、まあ余り物を有効活用したということになりますね。

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2018年06月14日

NO-284 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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1991年11月1日FIGU―JAPANの設立となって活動を開始したが、はじめに設立に至るまでの経緯を詳細に報告する必要性があった。というのも、ただ単に日本におけるFIGU、「ビリー」エドウアルト・アルベルト・マイヤー氏の著書の翻訳出版の権利を得て活動を開始することになった。ということに止まらない様々な問題があったからだった。
そして「フイグ・ヤーパン通信」第1巻 第2号の発刊することになった。
第2号の発刊によせて
「私たちが昨年の11月1日に、ビリーの指示に基づいてフイグ・ヤーパンを設立してから、早くも一年が経過しました。この間私たちは皆様との情報のかけ橋である『フイグ・ヤーパン通信』を発刊するとともに、翻訳者を探してまいりました。そして、すでに現在では本格的な翻訳作業に取り掛かっています。FIGUの最初の翻訳書をお届けできる日もそう遠くないと思います。
さて、今回の『フイグ・ヤーパン通信』では、皆様に事実関係を正しく認識していただくために、コンタクト記録やFIGUスイス本部から公開を許可された書簡などの資料に基づいて、フイグ・ヤーパンの設立に至った経緯を詳しく紹介しています。
これまでの活動を通じて、私たちは一つの認識を得ることができました。
以前の「翻訳をすすめる会」による翻訳、出版活動はほとんど一人の人物によって運営されてきました。そのため必然的に起こる問題点を小さな芽のうちに解決できなかったと思います。しかし、ここで改めて会則に基づいた、法人としてのフイグ・ヤーパンを設立することによってはじめて、あらゆる問題をメンバー全員による民主的な話あいによって解決するという体制を確立できました。この重要なポイント、すなわちなぜFIGUが共同体として運営されなければならないのかという点については、書簡の中でビリー自身も明確に述べています。私たちは日本で創造の法則や真実の知識を普及するという、大きなテーマを与えられました。
さらにこの翻訳出版活動は多くの皆様の協力が不可欠であります。どうか私たちと共に支え合い共に学んでゆかれますよう心からお願いします。」

この報告書は150ページに及ぶものでありここでは詳細について掲載できませんが、真実に出会い真実を学び真実を実践していたであろう人物が真実に反し、真実を捻じ曲げ、自説を唱えだすという不可思議な行動を見ると、何のために行動をしてきたのかと理解しがたい思いにとらわれます。
真実をそのまま伝えることの難しさ、困難さを痛感するとともに、人間が正常に判断し公平に行動することの難しさも思い知らされました。
また、背景には地球人類の否定的な思考の影響、そしてビリーの活動を妨害する宇宙的な存在もありそれらもやはりビリーとの会見者である宇宙の協力者によって常時警戒されていることが判明しました。さらに宇宙においても地球においても真実を好ましく思わない存在があることも認識させられました。
次号からは出版本の紹介などを掲載したいと思います。

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2018年05月31日

NO-283 山梨へ移住してから、田舎暮らしの家の周りの移り変わり、3回目 2013年から2015年まで

NO-161 石垣づくりと地中の貯蔵庫は快適空間なのだ。
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今年は昨年に引き続き家と畑の境に石垣を造ることにした。
昨年は夏の暑いさなかに作業をして夏バテしそうになったので今年は早くからつまり涼しいうちの4月からやることにした。例によって石は裏の石置き場へ行って石積みに都合の良い割石を見繕って、ユンボのバケットにハサミ(自家製)を取り付け、ダンプにヒョイヒョイと2トンダンプの荷台が下がってパンクしない程度に積載オーバー気味に積む。公道を走る訳ではないので・・・
それと貯蔵庫も造ろうとしたが必要ないとの妻の反対を押し切って(後できっと感謝されるに違いないと見込んで)造るのでその適当な長い割石を使うことにする。それから石積みには欠かせない小さな石も集めなければならない、これはいわば縁の下の力持ち陰の主役なのだ。表面に石を積むのだがそれは少し後ろに傾斜させ、前に倒れないようにし裏で支えるのが小さな石の役割で、これがない土のみだと経年で安定を欠き崩れる原因となる。これは今までに大丈夫だろうと積んだ石垣が二度も崩れたという苦い経験に基づいているし、それに懲りてプロの石積み職人を頼んでその積み方を見習っての知識だ。妻も心得たもので率先して石集めに励むのだ。
まず貯蔵庫を造ってからになるのでユンボであらかたの目安で土を削り取り、
型枠を設置しサイドに長い割石を立て、生コンを練ってサイドと上面に塗り計測して下石の位置を決め糸を引く、そして今度は上段の位置と傾斜を決め糸を引く。こうして石垣の高さ傾きを特定し、糸に沿って大きく安定した石を一番下に置き並べそしてその上には少し小さめの石を順に重ね上げるのだ。そしてそれらの石を支えるための裏石を入れて行く。これを繰り返しながら上の線んで位置が決まると隙間に小石を入れて上面を滑らかにする。これら一連が終了すると生コンを練ってその上に塗り均す。石垣が終わると今度は地面に生コンを敷き雨水を流す溝を造り今後地面から草が生えて草取りに苦労しないようにするためだ。もうすでに老後を見据えての対策です。この作業中に暑い日があり休憩に貯蔵庫に入って見るとその涼しいこと、壁に背中を付けると急に冷えてなかなかいいのだ。地熱は、夏は涼しく冬は暖かいのだから家も半地下にすると省エネで環境に優しいとなるはず。縄文時代の家はそうなっていたので知恵があったのですね。その後、貯蔵庫の妻の評価は?来たお客さんに自慢してます。

NO-186 我が家の畑を守る苦労の策、5度目の獣害対策をご覧あれ!
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移住して15年が過ぎた。自給自足を目指して畑を作り始めた頃は何事もなかったのだったが、数年するとサルが畑を荒らすようになった。
周りの林から木を切り出して柵を作りブルーシートをかけて侵入を防ごうとしたが風が吹くとシートが巻き上げられて役に立たなくなった。次には柵にモルタル用の金網を張って柵の上にまで延ばして対策したがいつのまにかその金網の上に乗っかって入って来るようになった。その次は3メートルの支柱を立て高さ2メートル程に網を張り巡らした。しかしそれでもクソザルは下から潜って入ったり支柱をよじ登ってサーカスまがいに入って来た。ザーッと音がして黒い陰が畑を走ったので驚いてみるとクソザルがカボチャを抱えてツルを引きずりながら走ったのだった。畑の隅まで行くとカボチャをかじってやがる。
なんと図々しいやつだ。ロケット花火で追い払ってもまた来る始末だ。
しかし今度はハンターになったので畑に侵入する前に見つけて撃つのだ。町では有害獣駆除を奨励していて補助金が出る。こうして私は賞金稼ぎ?になったのだが、何年か続けていると私の姿を見つけるとギャーギャー鳴いて逃げて行く。こうなると敵もサルもの逃げ足の速いこと。走って追いかけても追いつくものではない。近くだと木の上を伝って逃げるが少し離れると木から降りて走り去る。
昨年は新たな畑の守り策としてカプサイシン入りのネットを第4弾として取り入れた。これは強烈な匂いと舐めると辛いのでサル、シカ、イノシシが近寄れないはずだった。何しろ張っている最中は匂いで鼻水はズルズル、くしゃみが出る始末で効果が期待された。
しかし、今まで入って来なかったイノシシが網の下から潜って入ったらしい。ごそごそ夜中に音がするので窓を開けてライトで照らすとドドドッと音がして向かいの林に逃げ込んだ。そしてこちらに向かってフーフーと威嚇するのだ。
盗人猛々しいとはこのことだ。
翌朝見ると網が破られている。逃げる時に破ったらしい。すると翌日は網を破って侵入した。一度網を破ることを覚えたらまた破ったと思ったが。後日イノシシが他でも網を破ったとわかった。網が役に立たないとメーカーに報告すると全国のあちこちで同じように網破り事件が発生しているというのだった。
どうも大胆な行動を動物達が取るようになったと考えられる。学習と人慣れおいしい農作物に病み付きになっているようだ。
山に帰らずに昼間は畑の近くの草わらで寝ていて夜になるとさっそうとやって来ては畑を荒らす。
そしてついに第5弾の策。トタンを畑に張りことにした。サルが飛びつけない高さ、もし飛びついたとしてもトタンは薄いので手をかけるとイテテとなるはず、そしてイノシシに畑を覗き込まれないように、また下から掘ろうにもトタンは30センチほど地面に埋めてあるのでそう簡単には掘られないはず。そうまだ「はず」なのだ。奴らは寝ても覚めても食べることばかり考えているのでとても熱心に突破を試みるから侮れないのだ。
とにかくいまできる最善策を講じたつもりなので無事作物の収穫ができることを願って、苦労してトタンを張ったのだ。作物作るよりも対策で疲れる近年ではある。

NO-192 自給自足の生活もさらにモロコやドジョウという魚が加わりました。
P5020652以前このブログで田んぼをから池づくりを紹介しましたが、今年の連休は札幌から息子達がやって来ました。待望の彼女を連れて来たことも幸いでした。
池を作ってからはモロコの稚魚と併せてドジョウも岐阜の長良川産のを取り寄せて一部は試食、そして他はこの池に放流しました。
モロコは本モロコともいい、京都の料亭などでは高級魚として重宝されているそうです。ここ富士川町では5年ほど前から農協が養殖を、そして養魚場でもモロコを養殖していてそこから最初のモロコを家の前の池に放したのだった。平林は標高750メートルもあり水温があまり上がらないので発育は良くないだろうと言われた。しかし商売ではなく自前の食料補給と考えればそれは問題ではなかった。通常は稚魚を5月頃仕入れて日に4〜5回も餌をやって10月には出荷できるようにするそうだ。やはり池のモロコは一日に1回か多くても2回しか餌をやらないこともあって育ちは良くなく10月になっても3センチほどにしかならなかった。したがって一年後に成魚になったのを食することになる。また居残りの3年4年ともなるとメタボのように丸まると太って10センチくらいになるのだ。なるほど唐揚げにすると脂がのっていてとてもおいしい。またドジョウは関西方面では特に食されているようで、金沢では串刺しにしたドジョウが居酒屋などで好評だとか。北海道では子どものころ川に掬いに行って良く食べたものでした。昔はこの集落の田んぼにもドジョウがいたと聞いたこともあってここでも育つと確信したし、このドジョウ一匹がうなぎに匹敵する栄養価があると知って俄然乗り気になった。山梨は新鮮な魚が内陸のため手に入りづらい。だからなおさら山の中で魚が出来るとならば好都合なのです。この池でも一昨年放流したモロコやドジョウが卵を産んで稚魚が育っているので十分期待できます。早速息子達に釣らせると面白いように次から次とモロコが釣れました。以前はこの上の釣り堀に連れて行っていたのですが今や自前の無料釣り堀です。51)
この池には水生生物のおたまじゃくし、マツモ虫、ゲンゴロウ、ヤゴ、ミズカマキリ、そしてカエルやヘビ、トンボ、アオサギ、カルガモ、シカなどがやって来ています。やはり水辺には様々な生き物が水を求めて、そしてヘビやアオサギは餌を求めて寄って来る。大きなカエルを飲み込もうとしているヘビ、池を覗き込んでじっとしているアオサギ、水草を急がしそうには食んでいるカルガモなど。
アオサギは魚を食べるので厄介な鳥だが、こんな山の中までやって来てせっかく養っている魚が食べられるとなると心中穏やかではない。サルやシカ、イノシシの作物被害だけでも頭が痛いのに魚を飼うと今度はアオサギ?勘弁してほしい。街には振り込めサギが横行し、山の池にはアオサギか。
それで池の中に木の枝を沢山放り込んで魚の逃げ場を確保するとともにアオサギの魚を捕る行動を防ぐ対策をした。
昨年は日照りが続き渇水で池の水が十分に確保できなかったこと、また雨が降ると増水で土砂が溜まって取水できなくなり度々整備をしなければならなかった。それで、今年は山の水を友人に手伝ってもらってホースで引いて直接池に入れるようにした。
このおかげで水に関しては一安心となった。ところが7月の末から札幌に行っている最中に水が出ていないとモロコの餌やりを頼んであった知人から電話があった。よりにもよって留守中にこんなトラブルが起きるとは。すぐには池が枯渇はしないだろうからと思っていると、すると集落の人から連絡が来て原因がわからないかと聞かれたが雨が降った様子も無いのでわからなかった。
翌日また連絡が来て原因がわかったという。なんでもホースの中に木の根が詰まっていたというのだ。札幌から帰ってその木の根を見たが、まるで水耕栽培のような細い根の集合で、なんでこんな1メートルもある木の根がホースの中にあったのか。小さな根だけがホースの途中で引っかかってそこで育つことも考えられないし、ホースの取水口には網を掛けてあるので川から流れ込むことは考えられず木の根がホースの継ぎ目から入り込んで何10年か掛けて育ったとしか考えられない。これは実に不思議な現象だった。すると同じようなことが他の集落の水道ホースでも以前にあったそうだ。
これも想定外のことだった。まったく自然界ではいろんなことが起きるから油断ならない。これだから田舎暮らしをのんびりとなどと考えるなら、とんでもない思い違いなのだ。この根は詰まったところを探し当てて取り出したそうだがまだ他にも根が密かに育っているところもあるのかも知れない。
ともあれその後は順調に水が来ているので魚は毎日の餌を沢山食べて育っている。連休の頃よりは大きくなっているので来客があれば池でモロコを釣らせている。時にはそばでカルガモが泳いでいるときもあり、のどかなひと時を過ごすことが出来る。そして、それを唐揚げにして振る舞っている。美味で評判がいいので何よりだ。これもまた条件さえ整えればそこで魚が育ち新鮮な食材として食卓を飾る。このように日々自然の恵みを享受して生きることに喜びと感謝の念が沸き起るのです。池の中島には桑の木があってそれが良い日よけとなって快適な環境となっています。ぜひお越し下さい。

NO-194 山梨の田舎物件、田舎暮らし物件1戸建て、富士川町平林のお隣さんの家を売ります。
P1010817何度かこのブログで紹介しましたが、妻の妹夫婦は自分で家を建てたいとの思いから私も手伝ってきました。4年の歳月をかけて今年完成を目指していました。しかし昨年、並行して事業の社屋ビルを住宅兼用に建てたことから利便性が良くなり、わざわざ石川県から山梨に越す必要性が無くなったとのことで田舎暮らしを断念することになってしまったのです。
また別荘としての用途もありますがもし欲しい人がいるのなら手放しても良いとの意向です。私もこれまで建築に関わって来たことからとても残念ですが、このたび新たな居住者を探すこととなりました。まだ未造作の部分が有りますが入居者の希望に合わせて造ることも出来ます。またご自分で造作されても良いでしょう。現状では母屋の他に大きな倉庫もあります。お風呂は富士山を眺めながら入れるように建てられ隣接してサンルームも有ります。
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平屋建てでバリヤフリー、お風呂も広く障害者や介護にも対応しています。
ツーバイフォー方式で建て主の意向は一度建てたら後から手のかからないように、またメンテナンスもやりやすいようにと設計しているので建築には大変な手間が掛かっています。
屋根断熱、壁断熱、床下と屋根裏との空気循環方式で夏は涼しく冬は暖かです。
お風呂と居間は完成しており寝室とサンルームと他の2部屋分、玄関と勝手口は未造作ですが寝室とサンルームの材料は有ります。他に居間にエアコンそれから薪ストーブ用に煙突取り出し口、台所、トイレ2カ所などで建坪はおよそ59坪、倉庫は25坪で土地は500坪ほど有りますから広い駐車場や庭、それに畑もできます。水は共同井戸を掘って使っているので天然ミネラル水といったところでおいしい。また組の水道も利用できます。
家が大きいので数家族でも住めると思いますから様々な使い方を、つまり1家族で住むには広すぎるでしょう。田舎体験ハウスとしての宿泊所、気の合う仲間との共同生活、何かの学校、会社と住宅兼用などなど考えられます。
この住宅の奥には他の住宅はありません。普段は奥のキャンプ場への客、狩猟者や土建屋の車が時折通ります。この程度ですから普段は静かな雰囲気のなかで生活できます。冬は南側に林が隣接しているので時間帯で日陰になり日当りは良くありません。またサル、シカ、イノシシが出て来て畑の作物を荒らします。現在集落を取り囲む電気柵を周囲に廻らす工事に入っていますから来年辺りには電気柵によって被害は減るものと思われます。
田舎に居ながらにして町までの道は整備され、中部横断道が通り、そのうちリニアまで来るのです。東京まで車は1時間半、電車でも同じくらい、新宿までの高速バスが富士川町で停まります。平林にはヘリポートもできました。病院や町までの買い物は15分程度で行けます。
インターネット環境はNTTの光、ケーブルテレビもあり環境の良い田舎に居ながらにして日本や世界につながり事業などの展開もできます。
平林は標高700メートルにあり櫛形山の麓に位置します。集落の最上部にある神社には樹齢1,200年の大杉があり、この地が自然災害から守られて来たことが証明されます。また棚田や富士山の景観が素晴らしいと観光客やカメラマンなどがやってきます。このため平林に住みたいと望む人が非常に多いのですが貸家がなく建て売りもありません。これから建てるならいくらか分譲地はあります。
今のところ不動産屋の仲介は頼んでいませんので、ご興味が有ればお問い合わせください。平林集落や富士川町に何らかの形で貢献していただける方、社会貢献のアイデアや夢をお持ちの方は歓迎されます。

NO-213 モロコ池と田んぼが共存して本来の田んぼが生まれる?はず。池田とはこのことか。
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以前、田んぼ用地であったが長い間放置されていた。というのもその周りは人工林が密集していたからだ。むかしこの集落でヒノキを植えたためにそれらが成長して日光を遮るようになった。それで田んぼに十分な日光が当たらなくなっていたので稲作に不向きとなっていた。それを買い取り有効活用として田んぼがむりなら池にしてモロコ(琵琶湖などではおいしい魚として捕れる高級魚)なそうな。それを飼おうと2012年9月に池を造りむかしから田んぼに生えていた桑の木を残し中島にしたのです。桑の木の葉が秋には落葉し池に沈下すると魚の隠れ家になり腐乱すると植物プランクトンの発生にも寄与するであろうと考えた。そしてモロコを放流し、またどじょうもいた方がいいのではないか、どじょうはうなぎにも匹敵する栄養があるといわれるのでそれを飼えるなら、この山のなかで魚の自給自足は好都合。インターネットで調べると長良川どじょうがあった。食用と放流用に購入しまずは試食、そして放流したのです。
その後は順調に育っており時折来客や息子が北海道から来たときに釣らして楽しませ、そして食べたものです。ところが、このまま池の状態であるはずでしたが、あるときテレビで米問屋が扱う日本一高い米が紹介された。なんと5kg1万5千円もする。何でも主人が全国を回って自ら米を探しまわって仕入れているという。果たしてその高い米はどのように作られているのか、俄然興味をそそられ見入ってしまった。それによると専業の米農家ではなく脱サラで新潟県の十日町に住み着いて米作りをしているという。その作り方が変わっている。耕さない、肥料をやらない、農薬を使わない。水は貯めっぱなし。従来よりも植える間隔を空けそれぞれ30センチとしている。機械は使わず手押しの除草機、それから竹ぼうき5本並べてそれを稲の間を引き回す。水を溜めたままにしておくと微生物が繁殖し栄養豊富となり植える間隔を空けることで根が十分に張り養分をよく吸収するのだそうだ。こうして育てた稲は病気にもならず元気に育つのだという。それにしても従来の稲作とはかけ離れた育て方がおいしい米になるとは、自然界はなんとすばらしいのか。機械化、大量作付け、農薬、肥料、除草剤を使った米が一般的なのにである。
確かにむかしの田んぼは馬で耕し、堆肥を施し、タニシやドジョウが田んぼにいたものだ。そのような自然に恵まれた田んぼ、それならうちの池でもできるのではないかと考えた。もともと田んぼのなかに池を作ったので浅い部分を田んぼにし稲を植えてみようか。そう思い日当りの良さそうな場所を整地して水の位置を調整した。
苗の当てもないのに何とかなるだろうと田んぼ作り、山の水は冷たいのでそれを直接入れるとその辺りは苗の育ちが悪いことは知っていたので田んぼの外周りにユンボで深さ50センチ幅40センチくらいの溝を掘った。そこを水がぐるっと回って直接池に入るようにし、田んぼには池からの上水が入るようにした。こうすることによって冷たい水は溝の底を通って池にと注がれ田んぼには池で暖まった上層部の水が田んぼに満たされるといった計算だ。
さて今度は苗だが心当たりを訪ねるとやはりありました。最初遠慮して少なくもらってしまい後で足りなくなって再度お願いに行った。すると余ると捨ててしまうので使ってもらうならありがたいと言われた。こうしてちゃっかり手に入れた苗は田植機用の箱に植えられたもので泥ショイという害虫の予防剤が根元に敷かれてあった。無農薬を目指しているのでこれは水で洗い落として植えることにした。30センチ四方の間隔を取るために型を作らなければならない。通常は30センチ幅で奥行き15センチで植えるのだが例の新潟方式をやるので型を作ってそれをパタッパタと倒して次々に一株当たり3〜5本で植えた。おおついに我が家初の田んぼができたのだ。この田んぼは池を田んぼにするという実験なので妻は関与せず、代わりに篤史が時々手伝ってくれるのだ。
この篤史が本当に楽しんで作業にいそしみいつも感動の言葉を発する。まだ28歳の若造なのに大人みたいな感想や言葉を発する。何にしても我が家も喜んで手伝ってもらえることは何よりありがたいものだ。田植えの後にも相変わらずカルガモがやってくる。魚が食われないかと心配するがまあ多少はいいかと見ている。時にはザザザーと植えたばかりの田んぼに降りてくるので苗がなぎ倒されるのではないかとこれも気になる。魚を狙う大物はなんといっても体高80センチもあろうかという青サギだ。これは明らかに魚を狙ってやってくるので対策として黒いナイロン糸を田んぼや池の周りに張り巡らした。図体がでかいから何度か糸を切られる。それでもそのうち来なくなったので安心だ。稲が少しずつ大きくなると今度はシカが心配だ。苗を食いにやってくるからだ。それで田んぼの回りに網を張り巡らした。なおかつ夜になるとピカピカ光る電飾を設置し不法侵入を防ぐ措置をとった。最近は稲の成長も良くなって田んぼにはタニシ、オタマジャクシ、イモリ、ミズカマキリ、マツモ虫、カエル、ドジョウ、モロコが泳ぎ回る。時には蛇もカエルを追ってかやってくる。トンボが飛び交い何ともいわれぬほど豊かな田んぼ風景だ。毎日この田んぼと池に通いモロコやドジョウに餌をやり、田んぼを見回るのは楽しいし生き甲斐を感じる。というのも小さなモロコの稚魚の誕生から日々大きくなる様、またドジョウの稚魚もここで自然繁殖し田んぼの中を泳ぎ回っている。このドジョウは土に潜り込むのでいつも田んぼは濁っている。そしてドジョウが土をかき混ぜるせいかとても土が柔らかい。むかしの原風景がここにはある。素人の私でも環境さえ整えれば自然界は良くしたもので絶妙なすばらしさを人間に知らせてくれる。もちろん田んぼに肥料はやっていない。にもかかわらず稲の成長は良い、また緑色が濃いのだ。他の田んぼと見比べると確かに緑色が濃いのである。これにはモロコやドジョウの糞が効果を発揮しているのかも知れない。また農薬も使っていない。最初2〜3株に泥ショイが付いたが手で取り除いてことなきを得た。今後の草取りが課題だがこれまでほんのわずかしか生えなかった。まあ小さな田んぼだから手が入れられるがこれが大規模になるとどうなることか。耕さない、肥料なし、農薬なし、天日干し、おいしい、安心安全といわれる米がこのやり方、まさに自然農法で採れるなら断然このやり方を続けたい。しかし、忘れてならないのはこの田んぼや池に水を供給することでそれが維持されるなら、先に言及したように様々な生物がその恩恵を受けそこに生息し繁殖し多様な生態系へと変わっていく。さながらそこに小宇宙を見る思いがする。かけがえのない我々の世界もこの池田のように絶妙なバランスに支えられて存在しているに違いない。生命の水とはよく言ったもので水が来なくなればこの生態系は破壊され、ただの草地になるだろう。このようにこの豊かさは食べることはもちろんだが、これほど感動し自然の恵みを享受する稲作は本当に生きる価値を高めてくれる。いずれにしてもあと数カ月でこの実験結果が出る。素人の自然農法が果たしてどのような米ができるのか。待ち遠しい限りだ。しかし、この多様な生態系を育む自然農法の田んぼは日本にはほんのわずかしかないのである。残念ではあるが。

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2018年05月14日

N0-282 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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これまでFUJI日本として一人の女性によって自費による出版が行われて来た。ビリーの情報を早く知る手段として興味を持つ読者にとってはまさに待望の出版本であった。またそのことによって全国の各地に読者のグループも誕生した。
同じ情報を共有しかつ話し合いの場であり、会報が発行され、多くの読者の意見が掲載され、感想が共有され励みとなった。
しかし、やがてその主催者が持論を唱え読者に説くようになると、書籍に書かれている内容との相違が明らかになり、間違いを正そうとの動きが現れて来たのは当然なことであった。
それはやがてスイスFIGUのビリーの知ることとなり、正式な組織を日本に作るようにと事態を危惧する有志に指示が伝えられた。
すなわち、正式な会則に則った組織の設立だった、それは9人の理事を含む12人のメンバーであった。FIGU-JAPANフイグ・ヤーパン(フライエ、インテレッセン、ゲマインシャフト、フユア、グレンツ、ウント、ガイスティス、ビッセンシャフテン、ウント、ウーフォーロギー、シュトウディエン、フユア、ヤーパン)という正式組織名で多分日本で最も長い社名であろう。(精神科学、境界科学、UFO研究のための自主共同体)という意味である。
非営利での運営であるが、日本では当時社団法人は設立できず、やむなく有限会社の形態をとった。
19991年11月1日の登記であって、そこに至るまでの苦労を振り返り当時馬場氏と東京のレストランにてビールでささやかに祝杯をあげたのだった。
まさに日本におけるFIGUの書籍が新たなる船出を迎えることになったのだ。
その経過は翌年の6月に『フイグ・ヤーパン通信』創刊号として会報が発行された。
プロフイールとして
「FIGU-JAPANはスイス国の非営利法人FIGUが発行する書籍を日本語に翻訳し、日本語に翻訳し、日本国内において出版・販売する任務を担う法人組織です。
すでに1991年10月21日をもちまして、著作権所有者「ビリー」エドウアルト・アルベルト・マイヤー氏より、日本国内においてスイスFIGUの書籍や文書を翻訳、出版、販売する独占的な利用権を許諾されております。」
この設立は世界に先駆けて日本にFIGUスイスの会員による組織として誕生することになった。



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2018年04月30日

NO-281 山梨へ移住してから、田舎暮らしの家の周りの移り変わり、3回目 2010年から2012年まで


NO-99 年末に、かねてより計画していた井戸を掘りました
135c2066.JPGここに越して来たときから組の水を使わせていただくことになっていた。組では昔より共同で水を確保しており移住による新参者は組に入るか入らないかを決めなければならない。組に入り地域に融け込んで仲良くやっていきたいとの考えだったので組に入り水の使用権金を支払う。この水利権は重要な物であり小川の水であれ勝手に使用することは許されない。一例を挙げると土建工事屋がやって来てその水を使うとなればその水利権者を訪ねて了解を得るか何らかの謝礼をしなければならない。しかし断られることもあるのでその場合はもちろん使えないことになる。また水を上に住む者が頻繁に使って下流の者の水が減って風呂や炊事洗濯に事欠くとなると険悪になるなど田舎では水の争いはよくあることなのです。さて我が家は最も水道下流なので注意して使わないと水圧が掛かっているのでいくらでも水が出るがそうなると上の連中が騒がしくなる。私はこれでもこの組では若い方なので水の係を仰せつかったがこれがまた大変。水源からうちまで2キロはあり山林の中をずーっとパイプを引いてあるのだ。それがいったん組の水槽に入ってそこから各戸に分配されている。雨が降ったり凍ったりして水が出なくなるとずーっとたどって原因を探さなければならないが年に10回くらいは出動しなければならない。あるときはどうにも原因が分からず倒木の下を掘ってみると何カ所もホースがつぶれていたり、ホースをつなぎ止めてある木が太ってホースを締め付けていたり、冬期間は凍結防止のために水を少し出しておくのだが、出し忘れていて土中のホースまで凍らせてしまって解かすのに何日も掛かったりと、時と共に原因が変化するのだ。
若い内はいいが老いてくると道なき山肌をよろよろと歩き回っていて途中で倒れるかも、水水・・・と言いながら?
さて町水道はあるのだが数年前に聞くと本線からうちまで500メートルほどあるので水道局では金が掛かりすぎると言って引いてくれない。
そのうちにもう一軒お隣さんが来ることになって3軒になるので再度頼もうかと思ったが、ちょうどそのころ知人が井戸を掘りたいと言うことでいろいろやっていたが10メートルで岩盤に当たってギブアップ。ついに業者に頼んで掘ってもらって80メートルで出たが、それを見ていてさすがの私?もこれでは自分達でやるのは無謀だと悟り、3軒共同で掘ることにしたのです。果たして何メートルで出るか、出なくても支払いは生じるので戦々恐々、一応50メートルを想定して予算したが、遠くの宇宙のことはわかっても地下のことは見えないのでむずかしいとは井戸屋さんの弁、日頃の行いと運に掛けるしかないと場所を決めここはどう?と聞くと、掘ってみなけりゃわからないと、そっけない。周りの湧水などの状況から30メートルくらいで出るのでは、と踏んでいたがどうやら地表近くを走る水脈を探すのとは違うようだ。エアーハンマー方式の掘削機とエアーを送る大型のコンプレッサーだがこちらは数千万もするらしい。
直径15センチのパイプを入れていくのだが最初は切り込みを入れたパイプ、つまり水がパイプの中に入るようにしてあるのだが先端ドリルを右回転させ掘削部を横にはみ出させてパイプを引っかけ穴を掘り進むとパイプがそれに追従する。250センチほど掘り進むとパイプとドリルシャフトをセットにしたのをクレーンで吊って継ぎ足し先のシャフトに新たなシャフトをねじ込み次にパイプを溶接し再度掘り進む。この繰り返しでカンカンカンと小気味良い音と掘った土砂が、シャフトの中を通って先端から吹き出しパイプを伝ってエアーと共にパイプ上部から吹き出す。
掘り始め5メートルほどで一時、土に粘りが出たがその後は変わりなし、途中で青い粘土が出てその後はまた同じ土に戻り30メートルほどまで、40メートルあたりになると土が粘ってドロドロの水が出始めた。その後はスムーズに掘り進み粘土と砂状に変わると水量が多くなった。粘土とやがて小石が出るようになったので54メートルで終了。見ていると石に当たって回転が変化したり音が出たり、ホコリも出たり、また出てくる土砂の色や形、様々な地下の層の状況が伝わってくるがそのような地中を水が流れていることは不思議な感じがする。
翌日、仮のポンプを入れて汲み上げて水量を調べると予想以上あり1分あたり250リットルの計測曹から溢れてしまった。3軒で使うには十分である。あとは水質検査、ポンプの設置等々で安心の水を得ることになります。まずはめでたしめでたし。
NO-133 池にやって来た珍客カルガモの親子?
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一昨日、外で作業をしていると突然バサバサと羽音をたてて池に舞い降りた鳥がいる。見るとどうやらカルガモらしい、少し泳ぎ回るのを注視するともう一羽いる。それは少し体型が小さいので親子だろうか。それにしてもこんな小さな池にやって来るとは。さっそく妻を呼んでしばし観察しカメラを持ち出し撮影した。
今回初めて目撃したが今までにも来ていたのだろうかと気になる。時たま池が濁っていることがあるので何者かがやって来ているのかも知れない。
翌日、やはり外で作業しているとまたやって来た。また来たの、と妻がカメラを持って来て10メートルくらい近づいて写している。逃げられるのではないかと思ったがその様子もなくくつろいだ様子で泳いでいる。なかなかいい風景だが鯉は無理としてもモロコを食べるのではないかと伺うがそうでもなく時たま何かをついばんでいた。妻が言うにはよくこんな小さな池を見つけてやって来たものだね。どこに棲んでいるのだろう、この近くに湖もないのにこの池の環境が良くなったから来たんじゃない?と。嬉しい珍客でした。

NO-136 杉と檜の丸太で薪小屋作りです。
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切り倒した木は早めに皮をむかないと虫が入る。
虫が木の中に入り込むと穴が開いてしまい価値がなくなって買ってくれません。
国産の木材は今や外材のせいで値段が安く、切り倒して運び出す労賃が出ないので採算が合わないとか。
自分の山の木を切り出して製材所で板や柱に加工してもらうより外材を買った方が安いのです。それで森林は放置され山が荒れます。
私の住んでいる周りも杉や檜の人工植林された山ばかりで、それでこんな立派な木材がお隣さんから手に入る訳です。
春から取りかかって、まずは地ならし整地からで砕石を敷きランマーでダダダダーとやります。以外と平にするのは面倒でへこみ具合を見てまた砕石を敷きの繰り返しで仕上がり。
さて次に皮むきから始まって、設計、寸法取りと切削はカービンチエンソーに活躍して貰います。材料は整地済みの敷地で寸法取りや組付けなどの作業が楽です。
何年も前に屋根材が手に入ったのだが使い道がというより屋根材の取り付けが困難でそのままになっていた。それが大きな丸太が手に入ったのでようやく使える時が来た。
まずは屋根材に合わせて直径35センチほどの丸太を用意しそれを切削、それを受ける材料の穴開け加工、出来る限り精密にし遊びを少なくして後からカスガイを付けなくてすむようにした。それには木槌でたたいたりユンボやガッチャで柱と柱を組む際に締め付けるなど苦労するがすっきりと仕上がるのは気持ちがいいものでこだわりですね。雨ドイは半円形のではなく塩ビ感をそのまま工夫して使うことにして屋根材の形に横をグラインダーで切り、はまるようにして雨水の入る隙間だけを開けたので木の葉などのゴミが詰まらないようにした。さて組み上がって防腐剤や塗料を塗って仕上がり完成すると妻はなんだか薪小屋にはもったいないと言い出した。やって来るお客にももったいないといわれると、それじゃゲストハウス?半分は薪割り機やのこぎり台を置き手前の半分をバーベキューが出来るように作ろうということになった。
次から次とやることがでてくる田舎暮らしは疲れるけど楽しいのだ。

NO-138 家の周りの前庭と道路のコンクリート打ちをしました。

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昨年、スイスのFIGUを訪れた際、特に目にしたのは、今後ますます自然災害が多く、また巨大化するというのです。その対策としての道路の側溝や要壁をコンクリートで固めて大雨に対しての対策を講じていました。
それに倣って、我が家も家の周りの雨水の流れや道路の改修をすることになりお隣さんと共同で、まずダンプにコンクリートを練るための鉄製の箱を積み込み、それに砂、砂利、セメントそして水を足してユンボで混ぜます。
道路に敷く分は大量になるのでとても人力でできるものではないので機械力でやるしスピードも速い。混ぜ終わった生コンをユンボで掬い取って道路の敷く部分に注ぎそれを人力で手分けしてトンボや草そりでならす。
ダンプを移動させながら順次生コンを敷くという訳です。このように道路を仕上げた後は池との間の側溝を作るが、この時は人力で少しずつ一輪車の中で生コンを練って半円形の側溝の形にするので適当な大きさの薪用の丸太を持って来て、それで側溝に入れた生コンを形成して仕上げた。とくにこの場所は下りカーブになっているので長材の形成枠は役に立たないので50センチ長さの丸太が適していた。後日この側溝を雨水が勢い良く流れたのを確認できた。
そしてまたその側溝と池との間の斜面の土砂流出を避けるための要壁を作るのに丸い川石を、これまた裏の土砂捨て場に行って集めて来たものを生コンとともに埋め込んで形成した。この時は友人に手伝ってもらったのだが彼は仕上がった後で、ここに、あ.る.物.を作りたいといって何やらドイツ語で文字を刻みだした。BEDENKE ALLES IST EINS (すべてはひとつであることを考えよ)と言う意味でビリーの言葉だそうだ。彼はドイツ語を独学で学んでおりなかなか頼もしい。それにしても良い記念碑ができたと感心している。

NO-139 いまどき石積みによる石垣づくりです。
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家の周りの整備はここに越して来て13年を過ぎてもまだ終わらない。
6月に薪小屋が完成してから思案していた。以前に石垣イチゴをかねて素人積みの石垣を作ってあったが、あちこち崩れたりしていたので石垣と家との間が狭くリヤカーに薪を積んで運び込んでいた。それを今度は軽トラで運び込めるように広げるのと、またこれからますますひどくなるといわれている自然災害に対応するためにも、もう一度作り直すことにした。
まったくの自然石は石選びや加工に手間取るのでなるべく石積みに適した石を探さなくてはならない。幸い自宅の近くに残土捨て場がありそこには様々な石も捨ててあり、そこの持ち主からいつでも好きなだけもって行っていいといわれているので有り難く頂戴するのだ。ちょうど以前石垣に使用していたであろうと思われる割石がたくさんあったのでそれをダンプで乗り付け、ユンボには以前から道路脇の石垣積みで活躍した自家製のハサミを取り付けて石をつまんでヒョイヒョイとダンプに積む。これがユンボのバケットですくい込むのと違って格段に速いのだ。
また、このハサミはダンプから石を取り出す際にも効果を発揮し、積む所定の位置に置く時にも都合がいい。
石積みには石の顔を決めなければならない。つまり、表に出る部分を決めてその次に周りの石との相性を考えなければならない。表に出る部分はなるベく平で凸凹していないのがいい、そして積んだ石との相性を見なければならないがこれが一番むずかしい。置いた時に安定していることそして背中つまり上面の部分が後方に下がっていること。これはその上に次の石を積む時に前にづれ落ちて来ないことを保証しなければならないからだ。石垣全体の表面は後方に倒れる形にしなければならないので一個一個の石も前面に傾くことがないようにする。それぞれの石は決して同じ石はなくそれらが組み合わさって石垣を形成する。形の悪い一見使い道のないような石でも必要になる場合があるからそのような石も集める際には必要になる。欠点が長所になることがあるのでなかなか面白い。お互いが補い合って出来上がるのは人間関係にも共通する。そして忘れてはならないのが、一個の石を積むとその後方の下や脇や後ろに小さな石で安定するように支える。つまり石で石を支えるのであるが石垣の後ろに隠れる石も重要な石垣の要素である。
私が石を積み妻が裏方の石を詰め込むのが流れとなる。微調整にはバリを使い石を動かすのだが手で動かすことも頻繁になるので、20〜80Kgの重さはなかなかの重労働だ。また石割りハンマーで石の形を整えたり、割って支え石を作ったりするのも欠かせない。熱いさなかでの重労働を少しでも回避しようと作業場所にテントを張り直射日光を遮らなければならなかった。
傾き角度を決めるためにあらかじめ地面に糸を引き石垣のラインを決める。次に上面、石垣の高さと傾きを設定しその位置に糸を引きそれを目安に一個づつ積む地道な作業だ。今回はすべて石のみではなく上面はセメントと砂で生コンを作り塗った、目地の不安な部分にも生コンを詰め強度を高めた。奥には畑に上がるための階段を作り、このようにして完成したが出来映えは素人にしてはよく出来たと思っている。いつも思うことだが周りにこのような、ただ(無償)の石の材料があること、そしてダンプやユンボなどの機材があることによって成し遂げることができるのが嬉しい。しかし、頑張りすぎたせいで妻は体調を崩すし私もバテ気味で少し休養しなければ、といいながら次は裏道路のコンクリート打ちがあるねと妻が言う。やれやれ・・・

NO-141 山の中でも自給自足の一環でモロコの池づくりです。
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もう10年ほど前に友人と共同で買った田んぼがあってほったらかしにしてあったが、その有効利用として何が良いかと考えていた。
この山では農作物や山菜は手に入るが、魚は手に入らない。そこで田んぼに池を作ってそこで飼えないかと考えた。その場所は田んぼに使うには周りが林に囲まれているので日当りが良くないのだ。
3年ほど前に庭の池に、この平林で育つかどうか試すために下の町で養殖業をしているところからモロコの稚魚を買ってきて放したことがあった。というのは、モロコは水温が低いとえさをあまり獲らず育ちも良くないのだそうだ。どうなるかと見ていると、秋口には泳いでいるのが見えたが冬になると姿が見えなくなった。死んでしまったのかと思って分けてもらった養殖屋さんに聞くと、それは隠れているのだという。うちの池は周りに石をたくさん敷き詰めて中に崩れないように作ってあるのでどうやら石の隙間にいるらしい。果たして棒で石の間を突っつくと魚が見えた、モロコだ。えさも食べに出ることなくじっと冬を越すのだろうか。春になっても姿が見えなかったが5月になると泳ぐ姿が見えるようになった。ちゃんと育って、それどころか昨年はこの池で自然孵化して稚魚がたくさん生まれた。そして今年も5月頃から池のふちでパシャパシャと水音をたてて産卵していた。それが今では2センチほどの大きさになっていっぱい増えている。
それで大きなモロコの親を、時たま釣り糸を垂れて釣って楽しみ、唐揚げにして食べるのだ。これが、なかなか脂が載っていてうまい。琵琶湖でも獲れる魚で高級魚だそうで、それがこの山の中で食べられるのだから有り難いものだ。
このモロコをさらに増やそうと、昔の田んぼ跡地には木や草が生えて鬱蒼としていたのを、ユンボで掘って池づくりを始め、大きな桑の木はそのまま残すことにしてその周りを1メートルくらい深く掘り魚が越冬できるようにし、さらにその中には掘り出した木々の根ごと放り込んでおく、そうすると越冬のためと鳥やイタチなどの外敵から身を守るのに都合がいいのではないかと考えてのことだ。つぎに沢から水を引き池に注ぐ。この水が漏れなく保水されるかを確かめなければならない。そして順調に溜まったと思ったらあるとき半減している。どこからか漏れているようで、モグラの穴かなにか分からないが土手の下から水が噴き出している。埋めては漏れ埋めては漏れを何度も繰り返して最近ようやく落ち着いたので、釣り上げたモロコを早速放流。ここで来年まで越して果たして自然孵化をするかどうかを見ましょう。通常のモロコの養殖は春に稚魚を仕入れて毎日えさ与えそして10月頃出荷するという。しかし、ここでは今、2センチほどの大きさがあと1ヶ月ではとても出荷できる大きさにはならない。しかし、私はありのまますなわち自然孵化を目指したい。そして2年目のモロコを待ってもいいのではないか、うまくいったら山の魚屋さん。

シカの燻製 干し柿 イノシシ 保存食 うまいベー
毎年、11月の干し柿づくりと並んでイノシシやシカの薫製を作ります。
北海道の友達が狩猟をするのでシカを捕ると送ってくれます。
また地元の狩猟仲間がイノシシやそして今年はシカを一頭分もくれました。
もう、解体が大変で2日かかった。
むかし、中学の頃は北海道でウサギを捕ってその料理をしていたので要領は得ているのだ。
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まず肉はある程度の塊に取り分けると、それからは奥さんが砂糖、塩、セロリー、ローレル、パセリ、粒胡椒、ニンニク、ショウガ、タイムパウダー、人参、タマネギのツケ汁に1週間浸け、それを取り出し水に一晩浸けて塩抜きをする。
その後は私の出番で肉のスライサーで1センチの厚さで切る。
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そして網かごに入れて天候にもよるが2日ほど干す。
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それを燻製器「うまいベー」これは北海道弁、に並べて何段にも入れる。
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燻煙材サクラやヒッコリーを使うが、オオカミ協会の丸山会長が、伊豆の家の周りにオオシマザクラがあるからそれで燻製にすると良いと言って、わざわざ送っていただいた。その材木を電動カッターで削って燻煙材にして使う。時間は350°で3〜4時間かける。どちらかというとしっかり燻煙が効いていたほうが好きなので。これはほんとにうまいぞーなのだ。P1121325

出来上がったのをお裾分けするのだが生肉も燻製にしてしまうと3分の1位に小さくなってしまうから、貰う側は、何だ少ないな、と思うかも知れない。
また、このようにたくさんの肉が手にはいった時は冷蔵庫に入りきらないので燻製にすると保存しやすいので保存食にもなる。
燻製も干し柿も冷蔵庫に入れておけば一年も持つが早めに食すのが、カビなどが生えてむだにすることも考えられるので無難だ。


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2018年04月14日

N0-280 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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ここに「トランプ大統領への公開書簡」十数ページがある。
そこには、2029年4月13日に地球に小惑星アポフイス衝突の回避として
この発行人はアメリカのハリー・リア氏によるものであり、FIGUスイスの広報に掲載されFIGUの会員仲間による和訳である。それを要約してお知らせしたい。
彼は大統領のみならず関連する政府関係、NASA、多くの科学者、そしてビリー・マイヤーにも送っている。
彼の履歴はペンタゴンとサイゴン、SSDでベトナムMACV HQ、ACSI、特別安全保証隊、幕僚情報のアシスタントチーフ、トップシークレット暗号EONOFORN、他の分類の特別なアクセスコードー1965〜1967年米軍。
なお彼はNASAによる地球接近物体(NEO)の2029年4月13日に小惑星99942(アポフイス)の軌道計算がPi=3.141592654・・・という誤った値を用いて計算されていると指摘。
彼によると自身が発見した新しい数値3.144605511・・・よって計算されるならば、NASAがアポフイスは32,000Kmの接近で2029年4月13日に地球のそばを通過するとしているがそのままでいいのか?という問いである。
次に、興味深い要因として
アポフイスは1981年にビリー・エドゥアルド・マイヤーというスイスの個人が予測し2029年4月13日に地球に衝突すると予言していたものである。
その25年後の2004年に地球の天文学者達がアポフイスを発見した。
マイヤーはプレヤーレンと呼ばれる地球外の人間と75年に渡り接触しており、天文学や他の情報を出版している。ビリー・マイヤーとプレヤーレンはアポフイスを「赤い流星」と呼び、彼らの計算ではアポフイスは(北イングランド)から黒海(ウクライナ近く)の地殻プレートに沿ったどこかで地球に衝突するだろうと予測していた。
またFIGUのコンタクトノート(誰でもインターネット上のfigu.orgでこの情報を見ることができる)にPiの間違いについての記載があり、彼(ハリー・リア)も、ずっと見ていたが最初は無視していた。その後Piの研究に興味を持ち、確かに数値が間違っていることを突き止めた。
彼はその情報を数学者やジャーナリストに送ったがそれは無駄だった。なぜなら彼は数学者ではなく、門外漢だったからだ。
彼はスイスへ旅をし、チューリヒ近くに住むビリー・マイヤーを訪ねた。その折にビリー・マイヤーは彼のPiの数値が完璧に正しいと教えてくれた。そしてそのことをFIGU広報の第77号で公表すると彼に伝えた。FIGUの広報は29,000人の科学者やその他関係者が登録しているが、その理由はマイヤーとプレヤーレンが以前より一貫して正しい天文学やその他の、すべての科学者が大いなる興味を持つ科学的情報を提供しているからで、
彼はその時点で小惑星アポフイスの地球衝突の予測について知らなかった。
そのことは彼のPiの数学的証明を読んだ科学者が教えてくれたのだった。
マイヤーとプレヤーレンによるアポフイスが地球に当たる予測では、それはユーラシア地殻プレートを割って、北海から黒海のラインに沿って二つの大陸に引き裂かれる。さらに複数の火山が噴火し、多くの溶岩や噴石、さらに致命的な亜硫酸ガスを吐き出し、それは北米大陸を横断し世界中に運ばれる。明らかにこれが起きたならば世界中の何億人もの人々が死に、私たちの将来の作物の収穫に多大な影響を受けます。
彼はトランプ大統領に、NASAが間違ったPiの数値によるアポフイスの軌道計算を正しいPiの3.144605511・・・にもとづいて計算すること、そしてアポフイスの地球衝突を予測しているビリー・マイヤーとプレヤーレンの予測が証明されるなら、次に地球規模の大惨事を回避するためにアポフイスの軌道を変えるための対策を取るようにと要請している。
                               ・・・ここまで。
このアポフイスをめぐる話題はやがて世界的なニュースになるだろう、そしてビリーとプレヤーレンのUFO存在とその言動が注目を集め世界中にビリーが知れ渡るだろう。
このことは予言されており、その通りになるだろう。
現在でもすでに国連加盟国の多くの国の首脳はFIGUのホームページからビリーの著書や広報を読んでいることをプレヤーレンは調査しており、ビリーもそれを知っている。

この記事をブログに書いている私の誕生日は4月14日であり、アポフイスが地球に衝突するのは2029年4月13日である。果たして2029年の誕生日を私はどのように迎えるだろうか?まさに世紀の出来事を目撃できるのだろうか?


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2018年03月31日

NO-279 日米オオカミフォーラムから、オオカミを絶滅させ再導入したアメリカ。絶滅させたままの日本。その後の異変は雲泥の差が!

3月10日山梨新報2面記事 (1)
この度、アメリカイエローストンの公認ガイドを招いてのフォーラムは今後の日本にとって非常に参考になるものでした。関心の高さか、両日で140名の参加、特に中谷国会議員、県会議員、南アルプス市長、市議も参加された。
また新聞2社、NHK,YBSでも取材、広報、放映されました。「イエローストーンの成功例と日本の今後」
というのも、日本もアメリカもオオカミを絶滅させた経緯がありますが、しかし、アメリカは22年前にオオカミの必要性に迫られ導入に踏み切った。一方、日本はいまだにオオカミ導入の検討も行われていない。
その結果イエローストーンではシカが増えすぎて荒れ果てていた生態系が回復し自然が豊かになり多くの動物、小鳥などが増えて来た。オオカミ目当てにやってくる観光客が増え経済効果は1兆円を超えるという。
日本はどうか、増え続けるシカ、イノシシ、サルなどによって農林業そして交通、人身被害が増え続けている。山は頂上から荒れはじめ土砂崩れなどが引き起こされる。電気柵を張り巡らし、有害駆除の補助金を加えるとそれらの費用は莫大なものになる。農業被害200億、林業被害?交通?人身被害?電気柵800億、有害駆除費用、ジビエ補助費用?これらは今後全てを洗い出し、オオカミ不在によるデメリットとして計上する必要があり、さらに考慮すべきはオオカミが居ることによる観光および生態系の回復などによる経済効果も計上されなければならない。このような視点はいずれオオカミ導入が真剣に考えられる前に検討資料として提供されるべきである。かつてアメリカで10年かけて調査報告したことを考えるならば、もはや日本では待った無しに資料作りをしなければならなくなるだろう。有害獣の被害が叫ばれ出して15年で電気柵が全国に張り巡らされた。さて動物はどうするか?今まで里に降りて来て餌を漁っていたが、これからは電気柵の外で集中的に餌を漁るだろうから今まで以上に、それも急激に山が森林が食い荒らされ破壊されるだろう。あと15年も待っていられない深刻で危険な状態なのである。
国が行動を起こさないとなれば誰が動かなければならないのか、人間の義務とは何か、座して待つのか、それとも行動か、それは一人一人の人間にかかっているのである。
人間が生存する基盤の自然生態系が取り返しのつかない状態へと破壊され続けていることを報告しておきます。スティーブ・ブラウン氏を櫛形山の麓にある氷室神社の大杉へと案内した。彼は言った、「これは素晴らしい、観光客がたくさん来てお金になりますと、また山にこれほど木が多くあることは重要だ、イエローストーンには12種類の木しかないと。」
人間では守れないこの自然。最終的解決策はオオカミ導入以外に決して道はないのです。

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2018年03月14日

N0-278 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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FIGU、ビリーの情報は日本において「翻訳をすすめる会」その後「FUJI日本」
によって、書籍として、また機関紙「水瓶時代の声」によって紹介されてきた。
これらの書籍は一個人(K女史)の私財と読者からのカンパによる自費出版の形で行われた。その出版物は会見記録「セムヤーゼ」シリーズとして20冊以上、他に「開かれた言葉」「愛の法則」「オーム」シリーズ。「ビオトープ」「生と死」「アラハトアテルサータ」「創世記」「十戒」「精神」「訓令」「瞑想」「重要な知識」などなど。そして他にUFO写真集も出された。これらの出版物は自分も含め数千人の人々に驚きと感動を与えた。宗教、哲学でも解明できなかった人間の生き方、存在の意味、宇宙、創造など全てが明らかにされていくからだ。まさに驚愕の知識がそこにあった。
やがて中心的存在であったK女史に変化が現れ出した。瞑想が話題になってから妄想を唱え、瞑想によってそれが可能だと言い出したのだ。当時私は札幌にいて最初に皆でスイスのビリー訪問をしたのちに、彼女はその時に通訳をしてくれた女性を伴って札幌へ遊びにやってきた。以後何度かやってきたのだが、そのうちに様子が変わってきたのだった。
それは札幌のみならず東京の会合でも同じことが起きていた。
また、出版においてはFIGUのビリーとの協定で翻訳者と校正者2名によってドイツ語併記との規定であったがそれが守られていなかったことが判明した。
つまり一人の翻訳者によって翻訳されたものをそのまま書籍にしていたのだった。「ビリー」エドウアルト・アルベルト・マイヤーの著書に興味のある読者にとって、それらの約束が果たされていない誤訳による著書の今後の出版には大いに不安があった。ビリーの著書は原文併記と外国語に訳す場合は2名の翻訳者による翻訳と校閲が出版条件とされているのである。さて、本の翻訳に問題があって彼女は変節したのであろうか、いやそうではないとの意見が読者の間に広がった。
1989年、彼女は徳間書店より「宇宙人がくれた21世紀の聖書」を出版した。この本はFIGU、ビリーとは関係のない本であり、ビリーの本の内容が聖書であるとの誤解を与えるものであった。このような経緯を踏まえて、そうした状況を危惧する仲間たちによって、準備会が結成され受け皿作り、新たな組織としてのあり方などが検討されるようになった。

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2018年02月28日

NO-277 国会でUFOに関する質問が登場した。

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前回のブログで触れたが、日本政府がUFOについて情報収集、研究しているのである。しかしこれは公にされていないようで政府の答弁はありきたりのものである。「UFOは安全保障の対象外である」「UFOの存在を確認したことはない」と答弁した。アメリカでは長年調査が行われてきており、同盟国の日本が無関心であるはずがない。
しかしたとえそうだとしても、今や秘密保護法なるものがあることから出てこないことは予想される。かつてアメリカではCIAを相手取って裁判を起こしUFO情報の開示を迫ったことがある。それらの一部は黒塗りであったり、またはアイズオンリー(見るだけ)との注意書きがあった。この情報はUFO研究者の間には知られたことである。いずれ明らかになることではあるが時間の問題だけである。

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