2018年09月14日

NO-290 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「*真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

前回のプレアデス/プレヤール人とのコンタクト記録(2)に引き続きコンタクトシリーズ(3)の概要を紹介します。いよいよビリーが宇宙船で宇宙旅行に出かけアポロとソユーズのドッキングに立ち会い、さらには隣の宇宙まで訪問します。
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第29回会見 1975年7月
セミヤーゼ: たとえ他の生命形態があなた方の地球圏に進入し、その一部がここに滞在しているとしても、私たちがあらゆる生命形態の中で進化の最高段階にいるのです。
私たちに次いで高度に発達した生命形態は、全進化において私達より1840年少々遅れています。つまり私たちは現在地球圏で生きているあらゆる地球外生命形態よりも、全進化水準において1840地球年少々進んでいるのです。・・・
第30回会見 1975年7月
セミヤーゼ: フイルムをたくさん用意してくださいね。とても大切なことですから。
あなたは最初の地球人として、あなた方人類にとってとても極めて重大な意味のある場面を撮影することになるのです。フイルムに収めるのはアメリカとロシアの二つの宇宙カプセルがドッキングする様子です。・・・
第31回会見 1975年7月
セミヤーゼ: さあ来てください。私たちは初めにあなた方の太陽系を旅行します。(我々はシップに行き、搬送ビームに持ち上げられて中に入った。わずか数秒後にシップは浮上した。・・・
ビリー: わかったよ。そうすることにしておこう。(金星への飛行はそれほど長くはなかったが、撮影装置をじっくり観察する時間は十分あった。視界ガラスは透明ガラスのように見え、それを通して外部すべて見ることができた。・・・)
ビリー: まるで殺風景で生気がないね、セミヤーゼ。多くの人間がしょっちゅう言っているような第二の月にはとても見えないね。
セミヤーゼ: 私が言ったとおりでしょう。
ビリー:あの下に見えるのは何だい。ほらあの小さな隕石穴のとなりにあるものは?
セミヤーゼ:あなた方の地球から来た探査機です。・・・
セミヤーゼ:次の目的地は水星です。その後であなたも見たことがある大きな惑星をいくつか見ます。・・・
ビリー:(わたしの腕時計の時間で16時30分頃まで、ゾル太陽系のいろいろな惑星に飛行し、またもや何枚かを写真に撮ることができたが、あいにくかなり離れた地点からだった。近接撮影や細部の撮影はセミヤーゼが許さなかったのである。彼女は禁止の理由も詳しく言わなかった。飛行中、我々はいくつか非常に重要な話をしたが、残念ながらそれについて言えるのは、ゾル太陽系の惑星に別の人間のような生命形態が住んでいる可能性についても検討したということだけである。・・・
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・・・16時30分、再び地球の上空に」戻って来た時、宇宙空間にいろいろな物体を見た。地球から打ち上げられた二機の人工衛星と並んで5機の物体を認めることができたが、それらは明らかに地球外の宇宙船だった。しかし、彼女たちに属するのは一機だけで、残り
4機は他の人種の宇宙船であり、アポロとソユーズのドッキングを観察するためにやってきたのだった。・・・
ビリー:この宇宙船の大きさはどのくらいだろう、セミヤーゼ?
セミヤーゼ:大きいというよりは非常に大きい、このクラスでは最大です。これは私たちの技術を駆使して建造した特別のビームシップです。全体としてそれ自体が完璧な世界、つまり飛ぶことのできる世界です。この中には141,000人が住む完全な都市があります。・・・
・・・そこで指揮官があなたを待っています。
ビリー:そいつは素敵だ、セミヤーゼ。で、その指揮官とやらはどんな地位にあるのかね?
セミヤーゼ:あなたの概念ではおそらく総督、それどころか王ということになるでしょう。・・・
ビリー:それは楽しみだ。だが我々はあとどのくらい宇宙を飛行するのかね?
プター:あと30分だ。それから我々は別の遠い系へのトランスミッションを行う。
ビリー:トランスミッション?それは何よりもタイムトラベルということではないのかね?
セミヤーゼ:その通りです。タイムトラベルはもう知っていますね。・・・
プター:ここは我々の宇宙の果てだ。この形象は我々がダル宇宙と呼ぶ別の宇宙に続くゲートを成している。・・・
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アスケット:本当に夢ではないのよ。私たちのもとへようこそ。
あなたにお会いできてとてもうれしく光栄です。・・・
アスケット:では写真を撮りましょう。将来地球上で危険がなくなったらセミヤーゼの写真も撮ることができます。でもそれは数年、それどころか数十年かかるでしよう。私の方は顔が知れても全然問題ありません。当分地球には行かないから。・・・まで次回4号に続く


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2018年08月31日

NO-289 山梨へ移住してから、田舎暮らしの家の周りの移り変わり、5回目2016年から2017年前半まで


NO-238 今時の林業は、木こりの斧とノコギリから様変わりして、チエンソーそして重機へ
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自給自足の一環として薪作りは欠かせない。ここに移り住んでからはいつも薪集めは作業のひとつだった。昨年から隣りの山の伐採が始まり近いこともあって足繁く通っている。チエンソーで木を切り倒し、ユンボでトラックに積み込み家まで運び込む。山で薪にするのではなく長材のまま運んできて暇を見ては一メートルに切って積み上げる。こうして1〜2年乾燥させ薪にするときは50センチの長さに切って薪置き場に積み上げるのだ。
最初から50センチの薪に仕上げて積み上げればいいのではと思われるが、大量の材木を一気に薪に仕上げるのは効率が悪い。とにかく伐採している木を順次運び込むことのほうが先決なのだ。
この山を伐採している林業の業者は重機で作業する。大型のユンボで先ず林道を作り木を運び出せるようにする。次にこれもユンボの大型でその先についているのが、掴む、チエンソーで木を切る、枝払い、そして決めた長さでまたチエンソーで切るのだ。これをすべてユンボの頭に付いている機械が成し遂げるのだがこれがまたすごい。詳しく説明すると立木の根元を掴み、チエンソーで切る、木が倒れる、すると掴んだ内側にイボイボが付いた金属のベルトチエーンが木をしっかり捕らえ木の根もとから枝に向かってチエーンが回るとチエンソーの反対側に付いている刃が枝を削ぎ落とすのだ。枝が払われると4メートルの長さでまたチエンソーが出てきて切るのだ。見ていると掴む、切る、倒れる、枝を払う、決まった長さに切る。さらにそのまま連続して枝を払うとまた4メートルでチエンソーが稼働して切る。こうして一本の木を片付けるのに1、2分程度だ。これらサイズはコンピュータで自動計測するのだと言う。この一連の作業が数十秒でやってのけられるのだから恐れ入った。
このすばらしい機械は頭だけで1,800万、ユンボとあわせ3,600万になるという。この頭部分は外国製で国産もあるが性能が違うそうだ。
切るサイズはいくらでも変えられるというから時代は変わったものだ。
重機が入れないところはチエンソーで倒し、重機で木を道路まで運び出す。
木材を積むのはまた違うユンボで頭にハサミが付いているのを使う。何本かをまとめてはさんでキャタピラー式の搬送車に積み込む、それは結構な早さで運び出し集材所に着く。そこにダンプ式で一気に木材が下ろされる。そしてまた山へと走って行くのだが。集材所からは大型平ボディーのトラックが運び出すのだがここでもハサミのユンボが活躍する。何本かの木材を鷲掴みにするとくるりと立てて地面に片方を打ち下ろすのだがそのときに掴みを緩めて木を揃えている。こうして揃えた木材をトラックにきれい並べて積み上げるのだ。こうして2列つまり8メートルの長さになり積み上げると20リューベになるのだそうだ。それでも木材は安くこれだけでも3万円程度、高いのでも5万円ほどだというからその安さに驚く。これらは火力発電などのチップ材になるようだ。
外国材が入ってくるようになってから国産材は採算が合わなくなり、高値で取引された頃に将来を当て込んで全国的に農地にまで植えられた木は放置され、近年になって荒れた山林を保護しようと間伐が始められるようになった。しかし、そのあいだに多くの製材所は閉鎖されてしまった。
私の住む平林の集落もかつては県外からの出稼ぎなどで林業はにぎわっていたそうだ。多くの木こり、炭焼、炭を焼きそれを背負ったり、馬に積んで運んだ。そして製材所があって、映画館、パチンコ屋などがあり千人ほどの住人がいたというのだ。またいま見える集落の周りの山林はすべて畑や田んぼだったという。いま切り出している山はかつて畑として使っていたのだそうだ、それが炭や木材は外国産が安く輸入され出すと、林業や炭焼きは廃れそれに伴って人々は去って行き、いまでは300人くらいに減ってしまっている。それでも集落の中は建物が混んでおり車を停める場所もない家が多々ある。町や県は人口の減少を危惧し人の呼び込みを行っているが、それが人間の暮らしにとって決して良いことではないことに気がつかないことは残念だ。木こりの時代は斧で木をはつる「コーン」「コーン」そして鋸で木を切る「シュー」「シュー」とかすかな音。山の中のこれらの音に周りの動物達は人間とも間合いを計って程よい距離を保っていた。それがチエンソーや前出の重機の音、バイクや車など何もかもが機械化され騒音を出し、逃げる暇もなく突如動物達に迫る。音はすれど危険がないとわかれば動物達やますます人間との距離を取ることなく迫ってくる。人件費が高騰し割の合わなくなった林業も機械化し効率を上げなければ採算が合わない、大量伐採、効率の良い作業が求められているのだ。増え続ける動物と便利さを求め減り続ける人間とこのままでは混在して生活するなかで混乱を生じ、農林業被害や人身被害が町中でも増えて行くことは間違いない。動物がはびこり支配する逆転した世界にならないことを願う。
NO-244 あれからどうしたお隣さん・・・それぞれの家
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2007年から開始したとなりの家の建築準備。土地の取得、森林伐採、土地の造成、トレーラーハウスを運び込み、作業小屋を建築、車庫建築、母屋の土地造成、基礎コンクリート、足場、仮屋根、壁、床、屋根など延々と作業を続けて9年が経った。その間に3.11の影響で事情が変わってしまい、住まないことになってしまった。
これは我々にとって想定外の出来事だった。それでこのブログでも紹介して住む人を探していたのだった。
そして、この10月にようやく買い手が見つかり人の手に渡った。妻の妹夫婦は、末永くここで暮らして行けるはずだったし、自分でもある建物を建てたいと計画しているのでいろいろ手伝ってももらえるはずだった。そのような思惑も当てがはずれてしまった。もう来ることはなくなり寂しさと家が売れて一件落着で不思議な感覚だ。
新たな住人となる人は東京育ちの独身男性で田舎暮らしがしたいとの想いで購入したという。買い手が決まるまではどんな人が隣りの住人になるかは重大な関心事であった。今後どのような協力関係があるのかわからないが、遠くの親戚より近くの他人とのことわざが効を奏するだろう。
image1これはもう1人の隣人にも当てはまる。それはNO-219で紹介した和枝のことだ。家を建てる予算がないと最低限の基礎と柱と屋根を大工さんに頼んであとは自分でなんとかすると決めていた。しかし彼女に家を建てる知識も経験もなかったのだ、心の支えは例の仙女?美智子だった。彼女の経験と曰く「何とかなるわよ」で始まったのだった。
周りの人は女手で家が建つのか穿って見ていたかもしれない。
ところが和枝の顔の広さと人柄が発揮され、代わる代わる10人ほどの人間が関わることとなった。それも無報酬で自分たちが関わって家を建てることの楽しさを味わっていた。そのほとんどが田舎での生活を求めて都会から移り住んできた者たちだ。誰も専門職の人はいなかったが壁を張る者、床を張る者、階段を作る者、風呂場を作る者、ストーブを設置する者、台所を作る者、玄関や勝手口を作る者、最後には薪置き場ができあがった。お互い遠慮無しの意見が飛び交い施主の意向よりは手伝った者達の意向が上回った作品となった。そこにはそれぞれの思い入れの造作が完成し、調和し家としての機能を発揮しそこに集い食事会や酒宴が催された。薪ストーブもその暖かさは人々の心の温かさとともに増幅され、心地よい時間が流れる。この頃にはお互い面識のなかった人もいつか仲間となっていた。利害を挟まない心からなる人の輪がこの田舎にできあがった。
こうして和枝の長年の希望が最終的に人々の善意の協力によって完成した。
片や事情によって住めなくなった人、代わりにやって住むことになった人、片や長年の希望を叶えて住み着いた人、その誰もがこれからは隣人となって生活してゆく。ここ田舎ではお互いの協力関係が自然発生的に生じるがそうするかしないかは本人次第でもある。しかし誰もが人間関係を大切にしていることは確かだ。お金だけではない心と労力の良好な協力関係がここでは尊い、人々が忘れかけている人間関係が、心豊かな生活がここにはある。

NO-246 異常気象!ますますむずかしくなる干し柿づくりと生活のあり方
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毎年、この時期の11月は干し柿づくりをしてきた。ところが昨年は一度作った干し柿が暖かさと湿度でカビが生えてしまった。2,000個くらいが干している最中に近年の温暖化の影響と雨による湿度によってカビが生えて全滅した。あわててあちこちの柿をまた取りにいって、皮を剥いてひもにつるしてお湯殺菌して、それからまた干すという作り直しだった。
例年の気象条件では11月に入ると渋柿の葉が落ち始め黄色く色づくので集落のあちこちにある柿の木がすぐ目につく。この柿をサルはまだ青いうちから狙ってやって来るのだ。そして冬の餌がなくなる頃まで残っている柿はサルやカラス、小鳥、なかにはハクビシンやテンもやってくる。特にサルが食い荒らした跡には柿が下にかじられた状態でたくさん落ちる。奴らは1個をきちんと食べずに途中で投げ落とす。目の前にたくさんあるから次々と目に映ってしまい食べることに集中できないのか、だらしないのか、しつけがなっていない。
ところがこの雑なお食事作法が他の動物の役に立っていることがわかる。落ちた柿は木に上ることができないシカやイノシシやタヌキのごちそうなのだ。いつも恨めしげに見上げていたごちそうが、サルがやってくるとぼたぼたと落ちて来るので棚からぼたもちじゃないけど柿なのだ。これを学習したシカはサルの群れの後を追って、下で待っていると時たま落ちてきた柿が当たって痛い思いもするだろうが食い意地が勝つのだ。この柿が枝に少なくなるとカラスはサルに餌を取られまいとカーカー飛び回ってサルを威嚇する。サルも負けじとギャギャーやり返す。サルとカラスの大騒ぎだ。

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ある時は柿の木の根元にサルとシカの罠を掛けたところシカが掛かった。やはり落ちた柿を狙ってきたのだろう。くくり罠にかかったシカはとどめを刺さなければならない。空気銃や散弾銃でとどめを刺すのだが銃の免許を持たない罠師などは槍などで首を狙って刺すのだ。とどめた後では血抜きのために短刀で首を切り血抜きをする。そして2時間以内に解体するかそうでない場合は土に埋めてしまう。私は有害駆除をやっているので猟期以外は写真と報告書を付けて役場に報告しなければならない。
さて、サルも柿をたらふく食べた後はのんきに夫婦か恋仲か知らないが毛繕いをしている。サルの駆除もやっているのでこのときも距離があったがやっかみ半分で撃ってみた。しかし当たらず逃げられてしまった。いつもそうだがサルは逃げ場を心得ていると見えて必ず来た方向、つまり林から侵入したなら林のなかに逃げ込む。そうしてしばらくするとまたやってきて悪さをすることがたびたびある。
有害駆除の対象はシカ、サル、イノシシだが、なかでもサルが一番厄介だ。
ここの集落も他と同様に電気柵を張り巡らす工事が行われている。他所の事例では電気柵もサルには無効なようだ。というのもサルはサーカスのように巧みに電気の通った線に触れることなく侵入するのだという。というわけで以前視察に回ったときも電気柵で囲まれた集落にサルが出没していたのを目撃したことがあった。そんなわけでたとえこの集落の電気柵工事が終わって周囲を囲んだとしてもサルの被害は覚悟しなければならないだろう。
それは干し柿にする柿をサルと競って穫らなければならないからだ。
いつもは11月になると収穫が始まるが、その年によっては熟の具合によって早める場合もあった。しかし早くとっても干す環境、すなわち温度が下がりカラッとした天候に恵まれなければならないのだがその心配は2〜3年前まではほとんどなかった。この時期はいつも晴天に恵まれ集落や町の行事も心配がなかったからだ。ところが昨年の気象状況はまったく悪く、雨が多く暖かでじめじめしていたものだから干し柿業者は大変な損害を被ったものだった。
そして今年はどうかと思っているとまるで梅雨のような状況でおまけに54年ぶりとか初めてとかの雪が降った。このまま冷えるかと思えば後日雨に変って干し柿に影響が出だしたのだった。業者は扇風機を掛けっぱなしにしてしのぐというので我が家も3台の扇風機を回した。それでも雨が降ったり、霧がかかたり湿度十分というありがたくない条件だ。そしてまたおかしいことにまったく風らしい風が吹かないのだった。干し柿には寒さと日差しと風が必要なのにいったい北風はどこを吹いているのか。まったく異常気象といわれだして久しいがますます狂いが生じているということをこの田舎で生活しているとひしひしと感じる。まず作物が天候不順で育ちが悪い、すると病気にかかったり、虫がついたり、まともな作が穫れないのだ。農家は多額の費用をかけてビニールハウスなどでかろうじて営農しているがそれでも大雪や雹が降ってつぶれたり、穴があいたり被害が出る。このような設備のない畑ではまるでバクチのように天候のご機嫌に掛けるしかない有様だ。また台風や竜巻、大雨、洪水、土砂崩れ、果ては地震までまであって地割れや山崩れで田畑が破壊される。
食料自給率が4割を切ったといわれるが、この食料を確保する条件が非常に厳しくなってきている。この異常気象と自然災害、そしてサル、シカ、イノシシなどの田畑を荒らす有害獣による被害、さらに農薬汚染もこれは直接人体やあらゆる生物に悪影響を与えている。ミツバチの減少も挙げられるがなんといっても農作物自体に農薬や大気汚染や水質汚染が重なって栄養価の少ない食べ物へと変質してきているという。したがって不足する栄養価はサプリメントなどで補助的に取らなければ必要とされる栄養を満たすことはできない。これは次の悪しき事態を引き起こす。つまり免疫機能が低下したり体力低下によって病気にかかりやすい体質になるということが危惧される。実際問題として健康といわれる人はどれだけいるだろうか。先のブログでもガンに罹る人が2人に1人と書いたがなぜこうもガンが増えたのか。一つは犬や猫などペットから(まだ医学では気がついていない)、否定的な思考、免疫力の低下、糖分の取り過ぎ、栄養不足と運動不足による体温の低下などが挙げられる。特筆すべきは甘い物である。むかしはあまり甘い物はなかったし、また贅沢なものだった。しかし、いまやスイーツブームとかで暇さえあれば甘い物を特に女性は食べていませんか。ガン細胞は増殖するために特に糖分を他の細胞の3倍から8倍必要とするそうな。しかしこの糖分を十二分に摂られている人はガン細胞を熱心に育てているかもしれないのです。だからガンに罹っている賢い人は、ガンに餌をやらない、兵糧攻めをしています。それは食事などで糖分を取ったらすぐに体を動かす運動をして筋肉に糖分を吸収させてガン細胞に栄養、すなわち糖分を与えないようにするというのだ。この方法に笑ってしまったがなるほどこれは賢い。体を蝕むガン細胞を知らず知らず育てていたなどあってはなりません。ですからスイーツ大好きの方は十分気をつけてくださいね。それからガン細胞は熱に弱いので体温の低いのは歓迎されるのです。ガンの餌食にならないように!

NO-250 薪ストーブの取り扱いが自給自足にどのように使われているか
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 自給自足を目指して田舎に移り住もうと思っていた頃から薪ストーブは計画のなかにあった。
 まず人間はどのような環境に住むべきかと考えた場合に原点、すなわち人間本来の生活はどうであったかを考えるのです。それは現在の人間の生活形態が余りにも混雑した住まいや騒音や汚染や不自由な状態に置かれているからです。
自分もかつては北海道の自然豊かな山の中の農家に産まれた。山や川そして海での遊びは掛け替えのない出来事や経験であり思い出です。次男の私は兄が農家を継ぐことから他の兄弟と同じように田舎から街に出ました。それは兄弟に分け与える土地が余っていなかったからです。そして札幌の自動車会社に就職しました。結婚して子供ができ周囲の子供達と遊ぶことはできていましたが私が経験したような山や川での遊びができるところはなく、休日に郊外の田舎に連れ出して遊ばせたものです。
やがて都会の街中では外で子供が遊ぶ姿が見られなくなりました。ゲームの普及や住宅街には遊び場がないことが原因であることがわかり同時にメガネをかけている子供が多くなりました。子供が自立する頃には田舎に移り住もうと考え、昔の田舎での生活のように畑を作り鶏やヤギを飼い薪ストーブの生活を求めて、結果として山梨の山の中に住みました。
きれいな空気、美味しい水、森林に囲まれた畑で作物を得る。薪を確保して薪ストーブで暖をとることも。そして、この本題のストーブはたくさん種類があるのです。カタログを集め研究の結果ダッジウエストのフェデラルコンベクションヒーター世界で初めてキャタリティックコンバスターを搭載に決めました。
理由は薪の燃焼効率です。普通の薪ストーブは燃料となる薪の50%ほどしか熱を取り出せないのですが、このストーブは75%取り出せるというのです。つまり2次燃焼室があってそこに蜂の巣状の丸いキャタリテックコンバスターが入っていてそこを煙が通過する時に燃焼させる仕組みです。車の排気ガスの2次燃焼も同じですね。日本と西洋では薪ストーブの歴史が違うのだとか。
次にデザインでした。家の居間の構造としてベランダから薪を運搬車に積み込んで、そこからガラス戸を開け、部屋に運び込んでストーブの扉を開いて薪をくべるという一連の動作にストーブのドアの位置は重要です。これが反対側だと具合が悪いのです。またストーブによっては天板の後ろ寄りに煙突が付くのがあってこれも具合が悪いと考えました。湯を沸かしたり何か調理をするには天板は広い方が良いと考えたのです。それから灰の取り出しですが前方の大きなドアを開けて取り出すのがありますがこれは面倒でしかも取り出した灰が周りに散らかる恐れがあります。このストーブでは下のドアを開けると引き出しがあってそこに上から灰が落ちて溜まるようになっています。ですからそのまま引き出して灰捨てができるようになっています。とにかく薪ストーブを使うには薪の調達があり、幸いにも我が家の周りで手に入ることとチエンソーや薪割り機とユンボや車を使って確保できています。以前は薪置き場から軽トラに積み込んでベランダまで運び積み上げていましたが、いまは薪置き場から土砂などを入れる1トン袋に放り込んでそれをユンボでつり上げベランダまで運び込みます。後は袋から薪を運搬車に積み込むだけですがベランダに薪を積み上げるという行程が省かれました。これによって薪に着いているゴミがこぼれずに袋の中に残るのでベランダが汚れません。以前は軽トラの荷台とベランダの掃除が必要でしたが、これも一つの進化です。これまでの経過ではこのような高性能?の薪ストーブを持つと修理と部品代がかかります。まずキャタリテックコンバスターは消耗品で2〜3年で壊れます。1個2万5千円ですからバカになりません。以前はセラミック製で周りの金属の熱膨張で押しつぶされよく壊れ、いまではステンレスに改良されましたがそれでも寿命は変りません。これが壊れなくするために温度調整が必要ですがちょっと目を離した隙に燃え上がって温度が上がり過ぎ内部の部品が壊れやすくなるのです。
このストーブでは左側に丸い調整フタがありコンバスターの温度が上がりすぎないよう調整しなければなりませんがこれがなかなか難しいのです。この時代自動調整ができないものかとまだ改良の余地有りですね。
次にストーブは鋳物性ですが熱で劣化や変形しますからそれも交換しなければなりません。高い部品は7万円もするのでこれまで部品代は17年間で40万円くらいですがもしストーブ屋さんに頼んで修理して貰ったならもっとかかったでしょう。薪は一束700円くらいですが、我が家で計算するなら11月から3月までとして、実際は10月から4月くらいですが少なく5ヶ月と見積もって一日4束として2,800円でひと月に8万4千円×5ヶ月は42万円となります。これは北海道での部屋のように暖かくするためですから一概に比較できないかもしれません。
薪ストーブは自然の木を熱エネルギーとして利用するために労力や苦労をいとわず楽しみながら生活するのですから損得だけではありません。
焚き付けの確保も必要ですが、我が家では時たま今の時期に風によって杉の葉が落ちます。これを集めて新聞紙で巻いて置き使います。またほとんどはガストーチのストレートタイプを使っていきなり薪に火を付けます。1〜2分で火が着きますからとても便利です。費用?1本300円以内で2ヶ月ほど使えますしまたほとんど火を絶やさないように夜は薪をくべて吸入口を閉じておくと朝まで火が残っておりフタを開けると火が燃えだしますから薪を足すだけで、部屋も暖かいのです。我が家はなるべく割らずに直系20センチ、長さ50センチまでの丸太がくべられますから火持ちがいいのです。DSCF1262
なんといっても薪ストーブの魅力はその炎と遠赤外線による暖かさですね。このストーブでは下敷きは買ったものの裏の射熱板はレンガを買ってきてコンクリートボンドで加工しました。この裏側には壁に断熱材張り、天板にもこの断熱材を加工と塗装をして設置しました。材料費1万5千円位で仕上がりました。使っている間にあることに気がつきました。それは薪ストーブの構造上、部屋の空気を吸って円筒を通じて外に吐き出します。これは暖かい部屋の空気が減少することを意味しさらには他の部屋からは冷たい空気を運んで来るのです。ですから足下が冷えるのです。従って頭は熱いのに足は冷たく感じます。石油ストーブではFF方式といって外から空気を吸って外へ吐き出し部屋を匂いや汚れを出さずに熱だけ出すのです。これをやろうとして壁に穴をあけストーブにつなげ冷えた空気を暖めて吸入口から吸わせることにしました。
DSCF1258これは冷たい外気を部屋に出さないことを目指しています。また廊下や2階からの冷気が居間に入り込むのでその改善としてサーキュレーター長さ70センチ(製造中止)を手に入れ廊下の天井に取り付け回すとエアーカーテンとなり天井を伝って逃げる熱を真下の廊下に向かって吹き下ろすのです。そうすると冷たい空気に押されて居間に戻されるので暖かさが逃げずらくなります。つまり暖かい空気が居間を循環する形になるのです。このような工夫もエネルギー(薪)の使用量を節約に繋がりますし、同時に労力の減少にもなります。ほかには当然ですが隙間からの冷気を塞ぐためのテープを貼ります。また見落としがちなのはガラスやアルミサッシの熱伝導を遮断することでこれにもフイルムを張ったりフエルトテープを張ります。また簡易2重窓としてアクリルボードを窓の大きさに切ってはめ込み取り外しができるようにする。ストーブの熱で部屋が乾燥するので当然な措置として蒸発皿や器に水を入れておかなければならない。体温は乾燥よりも湿度が上がることによって暖かさを感じることができまた同時に喉の乾燥を防ぎ風邪予防にも寄与するのです。
薪ストーブを扱うには十能や灰の掻き出しやグローブなど付属品も欠かせない。
薪を安全にストーブにくべるには耐熱をかねるグローブが必要だがこれも消耗品である。我が家では17年間使い続けているがこれは耐久性があるというのではなく革製品なのでヒビができて破れてきます。それでセメダインのスーパーエックスを塗って補修して使い続けています。我が家では最も使う接着剤で活用幅は広く助かっています。まだ注意すべきとして石綿を各ドアや天板などの間に使っていますがそれが取り外しやドアの開閉時に飛び散る恐れがあり極力それを吸わないようにしなければなりません。薪ストーブのその豊かな熱量を有効に利用するのに、このストーブの上に網状の物干を付けました。これもちょっとした洗濯物や食物の乾燥などにも重宝します。
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快適で自然な暖かさを得るにはとても多くの労力と手間や手入れが必要です。それゆえ自分たちだけでなく来客にもその暖かさがごちそうとなり喜ばれるのです。

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2018年08月14日

NO-288 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「*真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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前回のプレアデス/プレヤール人とのコンタクト記録(1)に引き続きコンタクトシリーズ(2)の概要を紹介します。
第10回会見 1975年3月26日
セムヤーセ 地球人の意識の発達と霊の発展にとって非常に重要な事柄についてお話しすべき時がきたようです。
人間は一つの霊の担い手です。霊は死ぬことがなく、人間が深い眠りの中にあってもう常に目覚めていて全ての思考と感情を記録します。人間が霊に耳を傾けることを身につければ、自分の想念が正しいかどうか真理が教えてくれます。・・・
第11回会見 1975年4月15日
セムヤーセ さて、またあなたの使命についてお話ししなければなりません。
あなたは真理を広める仕事をとてもよくやっていると思います。でもあまり進展がないし、成果も乏しいものです。何もかもあなた自身でやっていて、遅々として進んでいないことを残念ながら私たちも確認しました。ですから啓蒙活動に専心し熱心に遂行するグループを結成することがどうしても必要です。すぐこのようなグループを結成するよう努めなさい。時は切迫しています。新時代に霊の教えと真理を広めるために、そしてあなたの全ミッションのために協力して活動することを前世の定めにより義務付けた人々が加入できるように、そうしたグループを設立することは極めて重要だからです。・・・
第12回会見 1975年4月20日
セムヤーセ 30分前にあなたとあなたの友人数人に、また私のビームシップの写真を撮るチャンスを与えました。・・・
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第13回会見 1975年4月25日
 セムヤーセ 役所や軍隊は私たちのビームシップに非常に関心があり、研究や調査を行なっているにもかかわらず、その事実を躍起になって否定しています。ですから彼らは、宇宙船その目撃、着陸など関するすべての情報も、自分たちがビームシップの着陸現場で密かに行なっている探索や調査も認めようとしないのです。・・・
第14回会見 1975年4月25日
 ビリー 意識豊かな気分転換が無性にしたくなったので、想念を送って君を呼んだのさ。セムヤーセ。
とても嬉しいです。でも、あなたの身近で真摯に語り合える人はいないのですか。
ビリー 残念ながらいない。こうした分野に関心なる人は皆遠くに住んでいるし、それに日々の仕事に追われているからだ。彼らは私がするように労働時間を分割することになれていない。だから我々はせいぜい2週間か3週間に一回集まり、霊的分野のことを話し合ったり、考えを巡らしたりしているのだ。
第15回会見 1975年5月1日
 セムヤーセ 結局のところ私たちは人間です。たとえ異なる世界からやってきて意識的霊的な段階が異なるとしても、基本的に同じ種類の生命体であって、それぞれの進化の道を進まなければならないのです。だから私も決して誤りを犯さないわけではありません。そのことをあなたの友人や知人に理解してもらいたいのです。・・・
第16回会見 1975年5月3日
 セムヤーセ その現場というのは特にあなたが私のシップの重要な撮影を行った二つの場所です。私たちの側の不注意によって生じたこの危険はあなたにとって大したことではありませんが、私たちの仕事自体にとって重要であり、また重大な学術的知見ともかかわっています。その知見とは地球の科学者それ相応の研究をすれば手に入れることができるでしょうけれど、現在の発達段階にある地球人にとっては好ましくないものです。・・・
第17回会見 
 セムヤーセ ジョージ・アダムスキーは友人や知人に暗示をかけ、存在しないものを見たり体験したりしたように思い込ませました。アダムスキーが暗示をかける力に優れていたことは、ごく限られた少数の人間にしか知られていませんでしたし、彼もまたそのことを自分の利益のために秘密にしていました。彼はその極めて強い暗示力で友人や知人に影響を与え、空想的な事物を信じこませたのです。そして彼らはそれを宣誓によって『真実』として証言したのです。この事実をあなた方のグループによって広めてください。それは重要なことですから。・・・
第18回会見
 セムヤーセ 今日は他の事柄について話す前に、霊の教えを続けたいと思います。それはあらゆる事柄の中でも最も重要なものですからです。人間は、創造という言葉もしくは名称に対して、非常に美しいものや善いものが話題にされる時のように反応しなければなりません。そうすることによって自分の感覚の中に変化が生じるように心がけなければならないのです。それがなされない限り創造を真にあるがままの姿で認識したとは言えません。
しかし、もし人間が絶えず繰り返し創造の本質について考えることがなかったなら、創造という言葉や名称が人間にとって非常に深い意味を獲得し、人間の精神的な全行程様式、情緒的な知覚、生命感情、そして反応の仕方に変化が生じるなどということがどうしてあり得るでしょうか。だから人間よ、創造の本質について当てはまる特定の属性名称、例えば「全能」「偏在」「全知」などを、そのまますぐに創造という言葉もしくは名称と結びつけるように心がけなさい。日常生活に埋もれた人間や、いわゆる無神論者、利己主義者や物質主義者、無知な者などの人々は創造という言葉に一番関心が少ない人々です。それはなぜでしょうか。・・・
第19回会見 
セムヤーセ Wに住むF・オーベルリの人物に関して、あなたの希望に添うのはわけのないことでした。私は数時間にわたって彼に取り組み、必要な限り彼の中に侵入しました。・・・
第20回会見
セムヤーセ では説明しましょう。最高法院は、あなたが意識水準の高い生命体とコンタクトを取るのに十分な知識を備えているだけでなく、それよりもはるかに高い霊体、すなわちすでに転生を超えて進化した純粋な霊形態とも通じあえるほどに成熟していると判断しました。ですから私たちはこのことを霊水準の存在に知らせ、そして彼らがあなたとコンタクトを取ったのです。この事実は私たちに謎を投げかけるものであり、あなたにまつわる私たちには解くことのできない秘密に再び思いを至らせます。・・・
第21回会見
 ビリー とにかく君と会って話がしたかったのだ。今も自宅で仕事に掛り切りで休む暇もない。一日中タイプライターから離れずにアラハト・アテルサータが私に伝えたメッセージを書き記している。・・・
第22回会見
セムヤーセ 地球で産出するすべての結晶、準結晶、宝石、準宝石、その他色々な鉱物は質量がかなり大きかったり高カラットであったりすると、人間の感情の刺激や想念エネルギーを受容し伝達します。種類によって多い少ないの差はありますが、それらの鉱物はこうしたエネルギーを蓄積します。そのエネルギーは持ち主のもとで集中的に放出されて、持ち主に強い影響を与えます。現在の地球圏は、人間の否定的な想念の波動によって。極めて否定的な力のエネルギーの段階にあります。・・・
第23回会見
 セムヤーセ イマヌエルの母マリアも、何らかの霊的な力や「精霊」によって受胎したわけではありません。彼女は天孫ガブリエルによって身ごもったのです。それは、当時地球人の幾つかの種族を支配していた天孫の指導者、イシュヴィシュと呼ばれた神の高度な命令によるものでした。
時として、男性の生殖能力が決定的な役割を果たしたわけではないのに、女性生命体が受胎することがあります。しかし、これらの場合も何らかの霊的な力によって生殖が行われたのではなく、単に女性のホルモン代謝における制御および調節が狂ったということなのです。こうした事案においては、それ以外にも望まない生殖やコントロールできない生殖を招く要因があることを考慮しなければなりません。人間および他の多種多様な生命体の精子は、製造期間を離れてから数日間にわたって生き続けることがあります。これらの精子は適切な場所に落下した場合、受胎を引き起こすことが可能な領域へと侵入できるのです。・・・
第24回会見
 セムヤーセ 最後にもう一度だけ、あなた以外の人物といかなる形であれコンタクトを取る事はまったく不可能であることについて説明します。それは以下に挙げる理由からです。
1) 私たちがある地球人とコンタクトを取る場合、その地球人がそれまでの数十年間にわたりあらゆる分野で研鑽を積んでいることが条件です。・・・
第25回会見
 セムヤーセ すでに講演の準備を終えている場合は発言内容を変更して。いくつかの新しい事実を盛り込んでください。最も重要な新しい要素は、オゾン層破壊の事実です。現在オゾン層は急激な勢いでますます破壊されています。・・・
第26回会見
 セムヤーセ つまり、アメリカ合衆国とロシアの両国が、共同で様々な重要な要素を解明するために宇宙ステーションで共同作業を行おうとしているのです。これに対して私たちは最大の注意を払い、監視を強めています。なぜなら、これに関している者たちが、地球の科学者や権力者として処理しきれない以上の知識を得ることがあってはならないからです。・・・
第27回会見
 セムヤーセ 多分そういうことなのでしょう。そのうえあなたは水瓶座の生まれですからね。自分の感情の動きを非常に正確にコントロールできるのです。土星まで飛行しようかと考えています。そのためには2時間半必要です。あなたにそれだけの時間があるのなら。・・・
第28回会見
 セムヤーセ 彼の名はクウェッツアル。この名は前に一度あげたことがあります。太陽系にある私たちのすべての基地の最高責任者です。彼の話を聞く用意はありますか。
ビリー もちろんだ。だが偉いボスが私ごとき人物とコンタクトを取るとは、この私が一体全体何をしでかしたというのだ?・・・
                                         ・・・3号に続く
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2018年07月31日

NO-287 屋上のベランダが経年劣化で補修も大変!それで大幅に改修し快適になりました。

image3NO-286 屋上のベランダが経年劣化で補修も大変!それで大幅に改修し快適になりました。
我が家は北海道仕様の建物になっていて屋根に雪が積もっても屋根を滑り落ちるのではなく、屋根に載ったままで溶けて雨樋から流れ落ちる構造です。
そのため屋上が割と平らな状態なのでここに大きなベランダを設置してもらっていた。
屋上には薪ストーブの煙突を掃除するためと、同じく屋上に設置した太陽熱を利用した温水器を備え付けるのでその点検と保守のために屋上に上がらなければならない。それともう一つはついでに屋上で夜空の観察やUFO観察もできるようにとの考えもあった。image2
また雪が多く積もればそれを下さなければならないし、温水器に雪が積もれば効果がなくなるのでその雪払いも必要だ。ついでに屋上に出るために小部屋を屋根につけてここは唯一私の自由になる部屋でひとり本を読んだり瞑想をしたりと過ごす時間だ。
しかし10年も経過するベランダの板などが腐食してきてなんども塗料を塗ったり、腐食した板を交換したりと手間がかかるようになった。そして19年も経過すると修理しても全体的な痛みが進み安心して歩けない箇所も出てくると、妻はベランダをそっくり取り払ったほうがいいと言い出した。何とおっしゃるうさぎさん?ではないがせっかく作ってこれまで活用してきたベランダを取り払えとは何ということだ。まあ広すぎるので管理が大変だし、老体化していく我が身を考えるといつまでも修理をやってられないとも思う。そこで妥協案としてベランダッ全体を半分に縮小して煙突と衛星アンテナの支柱としてその部分の枠を残し、煙突掃除をする際の通路とそれから反対側の温水器の点検保守のための通路、それも寝っ転がれるサイズで残し、傷んできたベランダに上からコンパネを敷き詰めビス打ちした。
しかもその上に防水シートを張り、さらにその上には人口芝を敷き詰めることにした。
こうすればベランダの土台や板材が雨に濡れず長持ちするのではないか、今後手間もかからなくなるのではないかと見ているのだが。問題は一番上の人工芝だったがその耐用年数が気になったので色々調べると5年くらい持ちそうだった。値段もそんなに高くないので劣化すれば張り替えるだけでそれも周りをステンレス板で囲って止めているだけだ。
このステンレス板は買えば高いだろうが丁度お隣さんの家を建てた時の余りがたくさんあったので間に合ったのだった。
この作業をはじめるにあたって運良く、いつも遊びにやってくる例の篤史君が手伝ってくれた。一人ではとてもできない作業だったし、天候の合間を縫って屋上での解体と、それをロープで吊り下げて下におろし、使う材料を屋上にロープで吊り上げたり、コンパネに至ってはとても人力で揚げられないのでユンボに梯子を加工して取り付けその先にコンパネを3枚ずつ載せて屋上に向けて持ち上げ、それを彼が屋上で一枚ずつ取り上げて、こうして運び上げることができた。image4
こうして完成してみると妻もあまりお金がかからなかったことと屋上に緑の人工芝がある景観が良かったのか、それとも篤史と二人して好きにやって満足して屋上での快適な生活を楽しんでいると見ているのかは知らない。
それでも夕食を終え屋上に上がって寝ころんだりして、周りは林に囲まれその先には富士山や空を見ている時間が彼もとても気に入って、ここは静かだし最高ですねと言ってくれたのは嬉しい。
ところがこの話にはまだ他に問題があって、それは妻が屋上に出る出口に屋根をかけるようにと言っていたことだ。将来出口から雨水が漏れ天井裏に出てくることを心配してのことだった。
なんと面倒なことだと試行錯誤していて屋根を掛ければ景観が悪くなるし、出入りにも邪魔になる。どうしたものかと考え、入り口だけを雨水から防ぐことにして、外に出る階段部分にはスライドの蓋、ドアの開閉部はドアに軽量パネルのプリカーボネートを取り付けドアを閉めると自動的に蓋となって雨の侵入を防ぐようにした。image6
こうして漸く妻の心配事を解決したのでした。めでたし、めでたし。
さてこれからは、この屋上には寝湯があればいいなと考え始めています。寝っ転がってはいる屋上の露天風呂ですね。
以前の板を敷いたベランダと比べると人工芝の屋上は快適さが全然違う、緑の景観に座ってよし、寝っ転がってよし、野宿じゃなく屋上宿もできますので寝袋ありますから、ご興味のある方は夜空を見ながらおやすみして見ませんか。



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2018年07月14日

NO-286 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

26
この本は私にとってまさに人生を変えるものでした。宗教に見切りをつけ離れていた頃、それでもUFO研究は続けていました。そしてUFO仲間が持って来たこの本を手にし、初めてこの内容を目にした時、これこそ自分が求めていたものだと驚愕と確信をしました。それというのも宗教や哲学の中に、そしてその他の文献のなかにもこのような人間の進化段階と生まれ変わりやその最終到達点に至る真実の教えと思われる明瞭な説明のある書籍や文献はなかったからです。そしてこの本のなかに真実を見出し、ビリーの本の出版に関わろうと決意しました。その後も彼の多くの著書や教えから学び、一つは土葬の会の発足にもつながったのです。

プレアデス/プレヤール人とのコンタクト記録(1)
「ビリー」エドゥアルト・アルベルト・マイヤー著 2,000円

すべてはどのように始まったか 1941年2月3日、ビリー4歳…………………………………………4
私の初めてのUFO目撃とそれに続く初期の会見、ビリー5歳…………………………………………11

スファートの説明 人間の最大の問題は、創造とその法則および掟に関して無知なことです。……26
セミヤーゼとの最初のコンタクトに関する導入説明 1975年1月28日 ………………………………50

第1回会見 私の名前はセミヤーゼ、プレアデス星団から来ました。私たちは地球人と同じように人間なのです。
第2回会見 ニセのUFOコンタクティで最大の詐欺師は、カール・ミヒャレクと名乗る男でした。これに勝るとも劣らないのが、ジョージ・アダムスキーの名で世界的に有名になった男です。
第3回会見 公衆の前や各国の政府と接触しない理由、地球上の政府は例外なく権力欲と金銭欲に凝り固まった人間で占められています。
第4回会見 セミヤーゼ、1ヶ月でドイツ語を学び会話する。ビームシップの二つの推進装置で超空間を突破。地球人は自分たちの祖先が人類全体と地球そのものを破滅の淵に追い詰め、一部の者は地球から逃亡したことを心に刻みつけておくべきです。
第5回会見 太古の人類史。巨大彗星がノアの洪水を引き起こし、金星や月を地球に移植。常に全てを知っていると言い張る地球人はその実、地球の原生林の猿類よりも無知です。
第6回会見 人間の生の発展と転生。その始まりから最終目標まで主要な7段階と、主要な段階はさらに7つの段階に分類。1段階の状態を精神病(意識病)あるいは白痴などと呼ばれるが、ただ未発達であるに過ぎない。平均的地球人の段階は2の6に相当。
第7回会見 宇宙船の撮影許可。タルムード・イマヌエル(別名キリスト)の生存中にイスカリオテのユダが書いた書物の発見。人間は猿から進化したのではない。オゾン層破壊への警告。
第8回会見 物質は理念が具体化したもの。超空間飛行とタイムトラベル。本当の精神病は存在せず物質的な意識の病気です。
第9回会見 地球の人類史、入植者アールスよるムーとアトランティスの破壊。水瓶座時代「黄金の時代」とも呼ばれ、それは巨大な進化をもたらす革命の時代、新しい時代、偉大な時代、奇跡の時代なのです。
     ・・・2号に続く
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2018年06月30日

NO-285 まだ続く家の周りの整備として擁壁ブロックの埋設工事

image1のコピー
地元の土建屋さんから頂いていた擁壁用のブロックがたくさんあります。
家のすぐ近くに土建屋さんの資材置き場があってそこに積み上げてあった、その土地の売買にともなって不要となったものだ。それを以前に貰い受けていたのだったが
これまでの石垣工事には自然石がいいだろうと考えブロックは使わなかった。しかし、いつか使うことがあるだろうと家のそばに積み上げて置いてあった。
しかし、いつか使わなければと思い、整地してある家の前の土地と斜面の境界に埋めることにした。それは仕切りにもなるが雑草が整地してある敷地に入り込んでくるのを防ぐことを狙った。通常このブロックは斜面の擁壁として斜めに積み上げるものだがその面、つまり顔を空に向けて並べて埋めることによって役に立つに違いない。また整地部分に敷き詰めてある砂利が漏れ出さないことも考慮した。
こんなアイディアもやっぱりユンボがあるからやろうと思うのであって、手掘りで埋設しようとすると最初から無理と考え行動しないはずだ。つまり力仕事を手助けしてくれるユンボの存在が大きい。それを使って掘り進み溝が出来上がると糸を埋設位置に張って水平を取り、そのラインからブロックの高さに合わせて掘り下げる、深さが決まったら運んで来たブロックをその位置に収めるのだが、これが人力では何度も調整のために動かさなければならなくなる、経年の力作業の影響で腕や肩がすぐ痛くなってくる。それでいい方法はないかと考えた。ロープでブロックに巻きつけて吊ると傾くし、設置が決まったとしてロープを外すのに手間取る、それを考えるとやはり上面で傾かずバランスをとって吊る以外にない、そんなうまい道具は持っていないので何か代用はできないかとあれこれ探し回る。そして木工用のクランプを使うことにし、その中央にロープを取り付け、クランプでブロックの顔を挟んでユンボで持ち上げてみた。するとこれが意外にうまくいった。
image1
クランプの背中部分の中央にロープを掛けて吊るので反ってクランプのハサミ付けを強くする効果があり、一個40Kgもあるのが難なく吊り上げられる。それを掘った穴に合わせて下ろし高さ調整にもすぐにそのまま持ち上げられるのでとても楽だった。こうして並べ終え土を間に詰める。普通はこれで終わるのだが、ちょっとまた考えが浮かんだ。それは木を植え替えるとその周りに土を入れてさらに水をかけて土を根の細部にまで流し込むという方法だ。土を盛っただけでは根の細部に土は行き渡らず空間ができ木が枯れる恐れが出てくる。これと同じようにブロックを埋めて土を周りに詰めてもどこかに空間ができる。そうすると何ヶ月かして穴ポコが顔をだすことが想定できるので、水道ホースの水で土を解かしながら隙間に流し込んだ。
image2これで埋設したブロックが今後安定した状態を保つと思われる。しかしこのような上面を空に向けて埋めるというブロックの使い方は見たことがないし、通常の使い方ではない。またそのような使い方を目的ともしていないが、まあ余り物を有効活用したということになりますね。

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2018年06月14日

NO-284 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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1991年11月1日FIGU―JAPANの設立となって活動を開始したが、はじめに設立に至るまでの経緯を詳細に報告する必要性があった。というのも、ただ単に日本におけるFIGU、「ビリー」エドウアルト・アルベルト・マイヤー氏の著書の翻訳出版の権利を得て活動を開始することになった。ということに止まらない様々な問題があったからだった。
そして「フイグ・ヤーパン通信」第1巻 第2号の発刊することになった。
第2号の発刊によせて
「私たちが昨年の11月1日に、ビリーの指示に基づいてフイグ・ヤーパンを設立してから、早くも一年が経過しました。この間私たちは皆様との情報のかけ橋である『フイグ・ヤーパン通信』を発刊するとともに、翻訳者を探してまいりました。そして、すでに現在では本格的な翻訳作業に取り掛かっています。FIGUの最初の翻訳書をお届けできる日もそう遠くないと思います。
さて、今回の『フイグ・ヤーパン通信』では、皆様に事実関係を正しく認識していただくために、コンタクト記録やFIGUスイス本部から公開を許可された書簡などの資料に基づいて、フイグ・ヤーパンの設立に至った経緯を詳しく紹介しています。
これまでの活動を通じて、私たちは一つの認識を得ることができました。
以前の「翻訳をすすめる会」による翻訳、出版活動はほとんど一人の人物によって運営されてきました。そのため必然的に起こる問題点を小さな芽のうちに解決できなかったと思います。しかし、ここで改めて会則に基づいた、法人としてのフイグ・ヤーパンを設立することによってはじめて、あらゆる問題をメンバー全員による民主的な話あいによって解決するという体制を確立できました。この重要なポイント、すなわちなぜFIGUが共同体として運営されなければならないのかという点については、書簡の中でビリー自身も明確に述べています。私たちは日本で創造の法則や真実の知識を普及するという、大きなテーマを与えられました。
さらにこの翻訳出版活動は多くの皆様の協力が不可欠であります。どうか私たちと共に支え合い共に学んでゆかれますよう心からお願いします。」

この報告書は150ページに及ぶものでありここでは詳細について掲載できませんが、真実に出会い真実を学び真実を実践していたであろう人物が真実に反し、真実を捻じ曲げ、自説を唱えだすという不可思議な行動を見ると、何のために行動をしてきたのかと理解しがたい思いにとらわれます。
真実をそのまま伝えることの難しさ、困難さを痛感するとともに、人間が正常に判断し公平に行動することの難しさも思い知らされました。
また、背景には地球人類の否定的な思考の影響、そしてビリーの活動を妨害する宇宙的な存在もありそれらもやはりビリーとの会見者である宇宙の協力者によって常時警戒されていることが判明しました。さらに宇宙においても地球においても真実を好ましく思わない存在があることも認識させられました。
次号からは出版本の紹介などを掲載したいと思います。

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2018年05月31日

NO-283 山梨へ移住してから、田舎暮らしの家の周りの移り変わり、4回目 2013年から2015年まで

NO-161 石垣づくりと地中の貯蔵庫は快適空間なのだ。
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今年は昨年に引き続き家と畑の境に石垣を造ることにした。
昨年は夏の暑いさなかに作業をして夏バテしそうになったので今年は早くからつまり涼しいうちの4月からやることにした。例によって石は裏の石置き場へ行って石積みに都合の良い割石を見繕って、ユンボのバケットにハサミ(自家製)を取り付け、ダンプにヒョイヒョイと2トンダンプの荷台が下がってパンクしない程度に積載オーバー気味に積む。公道を走る訳ではないので・・・
それと貯蔵庫も造ろうとしたが必要ないとの妻の反対を押し切って(後できっと感謝されるに違いないと見込んで)造るのでその適当な長い割石を使うことにする。それから石積みには欠かせない小さな石も集めなければならない、これはいわば縁の下の力持ち陰の主役なのだ。表面に石を積むのだがそれは少し後ろに傾斜させ、前に倒れないようにし裏で支えるのが小さな石の役割で、これがない土のみだと経年で安定を欠き崩れる原因となる。これは今までに大丈夫だろうと積んだ石垣が二度も崩れたという苦い経験に基づいているし、それに懲りてプロの石積み職人を頼んでその積み方を見習っての知識だ。妻も心得たもので率先して石集めに励むのだ。
まず貯蔵庫を造ってからになるのでユンボであらかたの目安で土を削り取り、
型枠を設置しサイドに長い割石を立て、生コンを練ってサイドと上面に塗り計測して下石の位置を決め糸を引く、そして今度は上段の位置と傾斜を決め糸を引く。こうして石垣の高さ傾きを特定し、糸に沿って大きく安定した石を一番下に置き並べそしてその上には少し小さめの石を順に重ね上げるのだ。そしてそれらの石を支えるための裏石を入れて行く。これを繰り返しながら上の線んで位置が決まると隙間に小石を入れて上面を滑らかにする。これら一連が終了すると生コンを練ってその上に塗り均す。石垣が終わると今度は地面に生コンを敷き雨水を流す溝を造り今後地面から草が生えて草取りに苦労しないようにするためだ。もうすでに老後を見据えての対策です。この作業中に暑い日があり休憩に貯蔵庫に入って見るとその涼しいこと、壁に背中を付けると急に冷えてなかなかいいのだ。地熱は、夏は涼しく冬は暖かいのだから家も半地下にすると省エネで環境に優しいとなるはず。縄文時代の家はそうなっていたので知恵があったのですね。その後、貯蔵庫の妻の評価は?来たお客さんに自慢してます。

NO-186 我が家の畑を守る苦労の策、5度目の獣害対策をご覧あれ!
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移住して15年が過ぎた。自給自足を目指して畑を作り始めた頃は何事もなかったのだったが、数年するとサルが畑を荒らすようになった。
周りの林から木を切り出して柵を作りブルーシートをかけて侵入を防ごうとしたが風が吹くとシートが巻き上げられて役に立たなくなった。次には柵にモルタル用の金網を張って柵の上にまで延ばして対策したがいつのまにかその金網の上に乗っかって入って来るようになった。その次は3メートルの支柱を立て高さ2メートル程に網を張り巡らした。しかしそれでもクソザルは下から潜って入ったり支柱をよじ登ってサーカスまがいに入って来た。ザーッと音がして黒い陰が畑を走ったので驚いてみるとクソザルがカボチャを抱えてツルを引きずりながら走ったのだった。畑の隅まで行くとカボチャをかじってやがる。
なんと図々しいやつだ。ロケット花火で追い払ってもまた来る始末だ。
しかし今度はハンターになったので畑に侵入する前に見つけて撃つのだ。町では有害獣駆除を奨励していて補助金が出る。こうして私は賞金稼ぎ?になったのだが、何年か続けていると私の姿を見つけるとギャーギャー鳴いて逃げて行く。こうなると敵もサルもの逃げ足の速いこと。走って追いかけても追いつくものではない。近くだと木の上を伝って逃げるが少し離れると木から降りて走り去る。
昨年は新たな畑の守り策としてカプサイシン入りのネットを第4弾として取り入れた。これは強烈な匂いと舐めると辛いのでサル、シカ、イノシシが近寄れないはずだった。何しろ張っている最中は匂いで鼻水はズルズル、くしゃみが出る始末で効果が期待された。
しかし、今まで入って来なかったイノシシが網の下から潜って入ったらしい。ごそごそ夜中に音がするので窓を開けてライトで照らすとドドドッと音がして向かいの林に逃げ込んだ。そしてこちらに向かってフーフーと威嚇するのだ。
盗人猛々しいとはこのことだ。
翌朝見ると網が破られている。逃げる時に破ったらしい。すると翌日は網を破って侵入した。一度網を破ることを覚えたらまた破ったと思ったが。後日イノシシが他でも網を破ったとわかった。網が役に立たないとメーカーに報告すると全国のあちこちで同じように網破り事件が発生しているというのだった。
どうも大胆な行動を動物達が取るようになったと考えられる。学習と人慣れおいしい農作物に病み付きになっているようだ。
山に帰らずに昼間は畑の近くの草わらで寝ていて夜になるとさっそうとやって来ては畑を荒らす。
そしてついに第5弾の策。トタンを畑に張りことにした。サルが飛びつけない高さ、もし飛びついたとしてもトタンは薄いので手をかけるとイテテとなるはず、そしてイノシシに畑を覗き込まれないように、また下から掘ろうにもトタンは30センチほど地面に埋めてあるのでそう簡単には掘られないはず。そうまだ「はず」なのだ。奴らは寝ても覚めても食べることばかり考えているのでとても熱心に突破を試みるから侮れないのだ。
とにかくいまできる最善策を講じたつもりなので無事作物の収穫ができることを願って、苦労してトタンを張ったのだ。作物作るよりも対策で疲れる近年ではある。

NO-192 自給自足の生活もさらにモロコやドジョウという魚が加わりました。
P5020652以前このブログで田んぼをから池づくりを紹介しましたが、今年の連休は札幌から息子達がやって来ました。待望の彼女を連れて来たことも幸いでした。
池を作ってからはモロコの稚魚と併せてドジョウも岐阜の長良川産のを取り寄せて一部は試食、そして他はこの池に放流しました。
モロコは本モロコともいい、京都の料亭などでは高級魚として重宝されているそうです。ここ富士川町では5年ほど前から農協が養殖を、そして養魚場でもモロコを養殖していてそこから最初のモロコを家の前の池に放したのだった。平林は標高750メートルもあり水温があまり上がらないので発育は良くないだろうと言われた。しかし商売ではなく自前の食料補給と考えればそれは問題ではなかった。通常は稚魚を5月頃仕入れて日に4〜5回も餌をやって10月には出荷できるようにするそうだ。やはり池のモロコは一日に1回か多くても2回しか餌をやらないこともあって育ちは良くなく10月になっても3センチほどにしかならなかった。したがって一年後に成魚になったのを食することになる。また居残りの3年4年ともなるとメタボのように丸まると太って10センチくらいになるのだ。なるほど唐揚げにすると脂がのっていてとてもおいしい。またドジョウは関西方面では特に食されているようで、金沢では串刺しにしたドジョウが居酒屋などで好評だとか。北海道では子どものころ川に掬いに行って良く食べたものでした。昔はこの集落の田んぼにもドジョウがいたと聞いたこともあってここでも育つと確信したし、このドジョウ一匹がうなぎに匹敵する栄養価があると知って俄然乗り気になった。山梨は新鮮な魚が内陸のため手に入りづらい。だからなおさら山の中で魚が出来るとならば好都合なのです。この池でも一昨年放流したモロコやドジョウが卵を産んで稚魚が育っているので十分期待できます。早速息子達に釣らせると面白いように次から次とモロコが釣れました。以前はこの上の釣り堀に連れて行っていたのですが今や自前の無料釣り堀です。51)
この池には水生生物のおたまじゃくし、マツモ虫、ゲンゴロウ、ヤゴ、ミズカマキリ、そしてカエルやヘビ、トンボ、アオサギ、カルガモ、シカなどがやって来ています。やはり水辺には様々な生き物が水を求めて、そしてヘビやアオサギは餌を求めて寄って来る。大きなカエルを飲み込もうとしているヘビ、池を覗き込んでじっとしているアオサギ、水草を急がしそうには食んでいるカルガモなど。
アオサギは魚を食べるので厄介な鳥だが、こんな山の中までやって来てせっかく養っている魚が食べられるとなると心中穏やかではない。サルやシカ、イノシシの作物被害だけでも頭が痛いのに魚を飼うと今度はアオサギ?勘弁してほしい。街には振り込めサギが横行し、山の池にはアオサギか。
それで池の中に木の枝を沢山放り込んで魚の逃げ場を確保するとともにアオサギの魚を捕る行動を防ぐ対策をした。
昨年は日照りが続き渇水で池の水が十分に確保できなかったこと、また雨が降ると増水で土砂が溜まって取水できなくなり度々整備をしなければならなかった。それで、今年は山の水を友人に手伝ってもらってホースで引いて直接池に入れるようにした。
このおかげで水に関しては一安心となった。ところが7月の末から札幌に行っている最中に水が出ていないとモロコの餌やりを頼んであった知人から電話があった。よりにもよって留守中にこんなトラブルが起きるとは。すぐには池が枯渇はしないだろうからと思っていると、すると集落の人から連絡が来て原因がわからないかと聞かれたが雨が降った様子も無いのでわからなかった。
翌日また連絡が来て原因がわかったという。なんでもホースの中に木の根が詰まっていたというのだ。札幌から帰ってその木の根を見たが、まるで水耕栽培のような細い根の集合で、なんでこんな1メートルもある木の根がホースの中にあったのか。小さな根だけがホースの途中で引っかかってそこで育つことも考えられないし、ホースの取水口には網を掛けてあるので川から流れ込むことは考えられず木の根がホースの継ぎ目から入り込んで何10年か掛けて育ったとしか考えられない。これは実に不思議な現象だった。すると同じようなことが他の集落の水道ホースでも以前にあったそうだ。
これも想定外のことだった。まったく自然界ではいろんなことが起きるから油断ならない。これだから田舎暮らしをのんびりとなどと考えるなら、とんでもない思い違いなのだ。この根は詰まったところを探し当てて取り出したそうだがまだ他にも根が密かに育っているところもあるのかも知れない。
ともあれその後は順調に水が来ているので魚は毎日の餌を沢山食べて育っている。連休の頃よりは大きくなっているので来客があれば池でモロコを釣らせている。時にはそばでカルガモが泳いでいるときもあり、のどかなひと時を過ごすことが出来る。そして、それを唐揚げにして振る舞っている。美味で評判がいいので何よりだ。これもまた条件さえ整えればそこで魚が育ち新鮮な食材として食卓を飾る。このように日々自然の恵みを享受して生きることに喜びと感謝の念が沸き起るのです。池の中島には桑の木があってそれが良い日よけとなって快適な環境となっています。ぜひお越し下さい。

NO-194 山梨の田舎物件、田舎暮らし物件1戸建て、富士川町平林のお隣さんの家を売ります。
P1010817何度かこのブログで紹介しましたが、妻の妹夫婦は自分で家を建てたいとの思いから私も手伝ってきました。4年の歳月をかけて今年完成を目指していました。しかし昨年、並行して事業の社屋ビルを住宅兼用に建てたことから利便性が良くなり、わざわざ石川県から山梨に越す必要性が無くなったとのことで田舎暮らしを断念することになってしまったのです。
また別荘としての用途もありますがもし欲しい人がいるのなら手放しても良いとの意向です。私もこれまで建築に関わって来たことからとても残念ですが、このたび新たな居住者を探すこととなりました。まだ未造作の部分が有りますが入居者の希望に合わせて造ることも出来ます。またご自分で造作されても良いでしょう。現状では母屋の他に大きな倉庫もあります。お風呂は富士山を眺めながら入れるように建てられ隣接してサンルームも有ります。
P1010818
平屋建てでバリヤフリー、お風呂も広く障害者や介護にも対応しています。
ツーバイフォー方式で建て主の意向は一度建てたら後から手のかからないように、またメンテナンスもやりやすいようにと設計しているので建築には大変な手間が掛かっています。
屋根断熱、壁断熱、床下と屋根裏との空気循環方式で夏は涼しく冬は暖かです。
お風呂と居間は完成しており寝室とサンルームと他の2部屋分、玄関と勝手口は未造作ですが寝室とサンルームの材料は有ります。他に居間にエアコンそれから薪ストーブ用に煙突取り出し口、台所、トイレ2カ所などで建坪はおよそ59坪、倉庫は25坪で土地は500坪ほど有りますから広い駐車場や庭、それに畑もできます。水は共同井戸を掘って使っているので天然ミネラル水といったところでおいしい。また組の水道も利用できます。
家が大きいので数家族でも住めると思いますから様々な使い方を、つまり1家族で住むには広すぎるでしょう。田舎体験ハウスとしての宿泊所、気の合う仲間との共同生活、何かの学校、会社と住宅兼用などなど考えられます。
この住宅の奥には他の住宅はありません。普段は奥のキャンプ場への客、狩猟者や土建屋の車が時折通ります。この程度ですから普段は静かな雰囲気のなかで生活できます。冬は南側に林が隣接しているので時間帯で日陰になり日当りは良くありません。またサル、シカ、イノシシが出て来て畑の作物を荒らします。現在集落を取り囲む電気柵を周囲に廻らす工事に入っていますから来年辺りには電気柵によって被害は減るものと思われます。
田舎に居ながらにして町までの道は整備され、中部横断道が通り、そのうちリニアまで来るのです。東京まで車は1時間半、電車でも同じくらい、新宿までの高速バスが富士川町で停まります。平林にはヘリポートもできました。病院や町までの買い物は15分程度で行けます。
インターネット環境はNTTの光、ケーブルテレビもあり環境の良い田舎に居ながらにして日本や世界につながり事業などの展開もできます。
平林は標高700メートルにあり櫛形山の麓に位置します。集落の最上部にある神社には樹齢1,200年の大杉があり、この地が自然災害から守られて来たことが証明されます。また棚田や富士山の景観が素晴らしいと観光客やカメラマンなどがやってきます。このため平林に住みたいと望む人が非常に多いのですが貸家がなく建て売りもありません。これから建てるならいくらか分譲地はあります。
今のところ不動産屋の仲介は頼んでいませんので、ご興味が有ればお問い合わせください。平林集落や富士川町に何らかの形で貢献していただける方、社会貢献のアイデアや夢をお持ちの方は歓迎されます。

NO-213 モロコ池と田んぼが共存して本来の田んぼが生まれる?はず。池田とはこのことか。
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以前、田んぼ用地であったが長い間放置されていた。というのもその周りは人工林が密集していたからだ。むかしこの集落でヒノキを植えたためにそれらが成長して日光を遮るようになった。それで田んぼに十分な日光が当たらなくなっていたので稲作に不向きとなっていた。それを買い取り有効活用として田んぼがむりなら池にしてモロコ(琵琶湖などではおいしい魚として捕れる高級魚)なそうな。それを飼おうと2012年9月に池を造りむかしから田んぼに生えていた桑の木を残し中島にしたのです。桑の木の葉が秋には落葉し池に沈下すると魚の隠れ家になり腐乱すると植物プランクトンの発生にも寄与するであろうと考えた。そしてモロコを放流し、またどじょうもいた方がいいのではないか、どじょうはうなぎにも匹敵する栄養があるといわれるのでそれを飼えるなら、この山のなかで魚の自給自足は好都合。インターネットで調べると長良川どじょうがあった。食用と放流用に購入しまずは試食、そして放流したのです。
その後は順調に育っており時折来客や息子が北海道から来たときに釣らして楽しませ、そして食べたものです。ところが、このまま池の状態であるはずでしたが、あるときテレビで米問屋が扱う日本一高い米が紹介された。なんと5kg1万5千円もする。何でも主人が全国を回って自ら米を探しまわって仕入れているという。果たしてその高い米はどのように作られているのか、俄然興味をそそられ見入ってしまった。それによると専業の米農家ではなく脱サラで新潟県の十日町に住み着いて米作りをしているという。その作り方が変わっている。耕さない、肥料をやらない、農薬を使わない。水は貯めっぱなし。従来よりも植える間隔を空けそれぞれ30センチとしている。機械は使わず手押しの除草機、それから竹ぼうき5本並べてそれを稲の間を引き回す。水を溜めたままにしておくと微生物が繁殖し栄養豊富となり植える間隔を空けることで根が十分に張り養分をよく吸収するのだそうだ。こうして育てた稲は病気にもならず元気に育つのだという。それにしても従来の稲作とはかけ離れた育て方がおいしい米になるとは、自然界はなんとすばらしいのか。機械化、大量作付け、農薬、肥料、除草剤を使った米が一般的なのにである。
確かにむかしの田んぼは馬で耕し、堆肥を施し、タニシやドジョウが田んぼにいたものだ。そのような自然に恵まれた田んぼ、それならうちの池でもできるのではないかと考えた。もともと田んぼのなかに池を作ったので浅い部分を田んぼにし稲を植えてみようか。そう思い日当りの良さそうな場所を整地して水の位置を調整した。
苗の当てもないのに何とかなるだろうと田んぼ作り、山の水は冷たいのでそれを直接入れるとその辺りは苗の育ちが悪いことは知っていたので田んぼの外周りにユンボで深さ50センチ幅40センチくらいの溝を掘った。そこを水がぐるっと回って直接池に入るようにし、田んぼには池からの上水が入るようにした。こうすることによって冷たい水は溝の底を通って池にと注がれ田んぼには池で暖まった上層部の水が田んぼに満たされるといった計算だ。
さて今度は苗だが心当たりを訪ねるとやはりありました。最初遠慮して少なくもらってしまい後で足りなくなって再度お願いに行った。すると余ると捨ててしまうので使ってもらうならありがたいと言われた。こうしてちゃっかり手に入れた苗は田植機用の箱に植えられたもので泥ショイという害虫の予防剤が根元に敷かれてあった。無農薬を目指しているのでこれは水で洗い落として植えることにした。30センチ四方の間隔を取るために型を作らなければならない。通常は30センチ幅で奥行き15センチで植えるのだが例の新潟方式をやるので型を作ってそれをパタッパタと倒して次々に一株当たり3〜5本で植えた。おおついに我が家初の田んぼができたのだ。この田んぼは池を田んぼにするという実験なので妻は関与せず、代わりに篤史が時々手伝ってくれるのだ。
この篤史が本当に楽しんで作業にいそしみいつも感動の言葉を発する。まだ28歳の若造なのに大人みたいな感想や言葉を発する。何にしても我が家も喜んで手伝ってもらえることは何よりありがたいものだ。田植えの後にも相変わらずカルガモがやってくる。魚が食われないかと心配するがまあ多少はいいかと見ている。時にはザザザーと植えたばかりの田んぼに降りてくるので苗がなぎ倒されるのではないかとこれも気になる。魚を狙う大物はなんといっても体高80センチもあろうかという青サギだ。これは明らかに魚を狙ってやってくるので対策として黒いナイロン糸を田んぼや池の周りに張り巡らした。図体がでかいから何度か糸を切られる。それでもそのうち来なくなったので安心だ。稲が少しずつ大きくなると今度はシカが心配だ。苗を食いにやってくるからだ。それで田んぼの回りに網を張り巡らした。なおかつ夜になるとピカピカ光る電飾を設置し不法侵入を防ぐ措置をとった。最近は稲の成長も良くなって田んぼにはタニシ、オタマジャクシ、イモリ、ミズカマキリ、マツモ虫、カエル、ドジョウ、モロコが泳ぎ回る。時には蛇もカエルを追ってかやってくる。トンボが飛び交い何ともいわれぬほど豊かな田んぼ風景だ。毎日この田んぼと池に通いモロコやドジョウに餌をやり、田んぼを見回るのは楽しいし生き甲斐を感じる。というのも小さなモロコの稚魚の誕生から日々大きくなる様、またドジョウの稚魚もここで自然繁殖し田んぼの中を泳ぎ回っている。このドジョウは土に潜り込むのでいつも田んぼは濁っている。そしてドジョウが土をかき混ぜるせいかとても土が柔らかい。むかしの原風景がここにはある。素人の私でも環境さえ整えれば自然界は良くしたもので絶妙なすばらしさを人間に知らせてくれる。もちろん田んぼに肥料はやっていない。にもかかわらず稲の成長は良い、また緑色が濃いのだ。他の田んぼと見比べると確かに緑色が濃いのである。これにはモロコやドジョウの糞が効果を発揮しているのかも知れない。また農薬も使っていない。最初2〜3株に泥ショイが付いたが手で取り除いてことなきを得た。今後の草取りが課題だがこれまでほんのわずかしか生えなかった。まあ小さな田んぼだから手が入れられるがこれが大規模になるとどうなることか。耕さない、肥料なし、農薬なし、天日干し、おいしい、安心安全といわれる米がこのやり方、まさに自然農法で採れるなら断然このやり方を続けたい。しかし、忘れてならないのはこの田んぼや池に水を供給することでそれが維持されるなら、先に言及したように様々な生物がその恩恵を受けそこに生息し繁殖し多様な生態系へと変わっていく。さながらそこに小宇宙を見る思いがする。かけがえのない我々の世界もこの池田のように絶妙なバランスに支えられて存在しているに違いない。生命の水とはよく言ったもので水が来なくなればこの生態系は破壊され、ただの草地になるだろう。このようにこの豊かさは食べることはもちろんだが、これほど感動し自然の恵みを享受する稲作は本当に生きる価値を高めてくれる。いずれにしてもあと数カ月でこの実験結果が出る。素人の自然農法が果たしてどのような米ができるのか。待ち遠しい限りだ。しかし、この多様な生態系を育む自然農法の田んぼは日本にはほんのわずかしかないのである。残念ではあるが。

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2018年05月14日

N0-282 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」*へと続く心の旅人の道であった。 *クラディーナ・アイカリーナ11歳の少女による命名

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これまでFUJI日本として一人の女性によって自費による出版が行われて来た。ビリーの情報を早く知る手段として興味を持つ読者にとってはまさに待望の出版本であった。またそのことによって全国の各地に読者のグループも誕生した。
同じ情報を共有しかつ話し合いの場であり、会報が発行され、多くの読者の意見が掲載され、感想が共有され励みとなった。
しかし、やがてその主催者が持論を唱え読者に説くようになると、書籍に書かれている内容との相違が明らかになり、間違いを正そうとの動きが現れて来たのは当然なことであった。
それはやがてスイスFIGUのビリーの知ることとなり、正式な組織を日本に作るようにと事態を危惧する有志に指示が伝えられた。
すなわち、正式な会則に則った組織の設立だった、それは9人の理事を含む12人のメンバーであった。FIGU-JAPANフイグ・ヤーパン(フライエ、インテレッセン、ゲマインシャフト、フユア、グレンツ、ウント、ガイスティス、ビッセンシャフテン、ウント、ウーフォーロギー、シュトウディエン、フユア、ヤーパン)という正式組織名で多分日本で最も長い社名であろう。(精神科学、境界科学、UFO研究のための自主共同体)という意味である。
非営利での運営であるが、日本では当時社団法人は設立できず、やむなく有限会社の形態をとった。
19991年11月1日の登記であって、そこに至るまでの苦労を振り返り当時馬場氏と東京のレストランにてビールでささやかに祝杯をあげたのだった。
まさに日本におけるFIGUの書籍が新たなる船出を迎えることになったのだ。
その経過は翌年の6月に『フイグ・ヤーパン通信』創刊号として会報が発行された。
プロフイールとして
「FIGU-JAPANはスイス国の非営利法人FIGUが発行する書籍を日本語に翻訳し、日本語に翻訳し、日本国内において出版・販売する任務を担う法人組織です。
すでに1991年10月21日をもちまして、著作権所有者「ビリー」エドウアルト・アルベルト・マイヤー氏より、日本国内においてスイスFIGUの書籍や文書を翻訳、出版、販売する独占的な利用権を許諾されております。」
この設立は世界に先駆けて日本にFIGUスイスの会員による組織として誕生することになった。



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2018年04月30日

NO-281 山梨へ移住してから、田舎暮らしの家の周りの移り変わり、3回目 2010年から2012年まで


NO-99 年末に、かねてより計画していた井戸を掘りました
135c2066.JPGここに越して来たときから組の水を使わせていただくことになっていた。組では昔より共同で水を確保しており移住による新参者は組に入るか入らないかを決めなければならない。組に入り地域に融け込んで仲良くやっていきたいとの考えだったので組に入り水の使用権金を支払う。この水利権は重要な物であり小川の水であれ勝手に使用することは許されない。一例を挙げると土建工事屋がやって来てその水を使うとなればその水利権者を訪ねて了解を得るか何らかの謝礼をしなければならない。しかし断られることもあるのでその場合はもちろん使えないことになる。また水を上に住む者が頻繁に使って下流の者の水が減って風呂や炊事洗濯に事欠くとなると険悪になるなど田舎では水の争いはよくあることなのです。さて我が家は最も水道下流なので注意して使わないと水圧が掛かっているのでいくらでも水が出るがそうなると上の連中が騒がしくなる。私はこれでもこの組では若い方なので水の係を仰せつかったがこれがまた大変。水源からうちまで2キロはあり山林の中をずーっとパイプを引いてあるのだ。それがいったん組の水槽に入ってそこから各戸に分配されている。雨が降ったり凍ったりして水が出なくなるとずーっとたどって原因を探さなければならないが年に10回くらいは出動しなければならない。あるときはどうにも原因が分からず倒木の下を掘ってみると何カ所もホースがつぶれていたり、ホースをつなぎ止めてある木が太ってホースを締め付けていたり、冬期間は凍結防止のために水を少し出しておくのだが、出し忘れていて土中のホースまで凍らせてしまって解かすのに何日も掛かったりと、時と共に原因が変化するのだ。
若い内はいいが老いてくると道なき山肌をよろよろと歩き回っていて途中で倒れるかも、水水・・・と言いながら?
さて町水道はあるのだが数年前に聞くと本線からうちまで500メートルほどあるので水道局では金が掛かりすぎると言って引いてくれない。
そのうちにもう一軒お隣さんが来ることになって3軒になるので再度頼もうかと思ったが、ちょうどそのころ知人が井戸を掘りたいと言うことでいろいろやっていたが10メートルで岩盤に当たってギブアップ。ついに業者に頼んで掘ってもらって80メートルで出たが、それを見ていてさすがの私?もこれでは自分達でやるのは無謀だと悟り、3軒共同で掘ることにしたのです。果たして何メートルで出るか、出なくても支払いは生じるので戦々恐々、一応50メートルを想定して予算したが、遠くの宇宙のことはわかっても地下のことは見えないのでむずかしいとは井戸屋さんの弁、日頃の行いと運に掛けるしかないと場所を決めここはどう?と聞くと、掘ってみなけりゃわからないと、そっけない。周りの湧水などの状況から30メートルくらいで出るのでは、と踏んでいたがどうやら地表近くを走る水脈を探すのとは違うようだ。エアーハンマー方式の掘削機とエアーを送る大型のコンプレッサーだがこちらは数千万もするらしい。
直径15センチのパイプを入れていくのだが最初は切り込みを入れたパイプ、つまり水がパイプの中に入るようにしてあるのだが先端ドリルを右回転させ掘削部を横にはみ出させてパイプを引っかけ穴を掘り進むとパイプがそれに追従する。250センチほど掘り進むとパイプとドリルシャフトをセットにしたのをクレーンで吊って継ぎ足し先のシャフトに新たなシャフトをねじ込み次にパイプを溶接し再度掘り進む。この繰り返しでカンカンカンと小気味良い音と掘った土砂が、シャフトの中を通って先端から吹き出しパイプを伝ってエアーと共にパイプ上部から吹き出す。
掘り始め5メートルほどで一時、土に粘りが出たがその後は変わりなし、途中で青い粘土が出てその後はまた同じ土に戻り30メートルほどまで、40メートルあたりになると土が粘ってドロドロの水が出始めた。その後はスムーズに掘り進み粘土と砂状に変わると水量が多くなった。粘土とやがて小石が出るようになったので54メートルで終了。見ていると石に当たって回転が変化したり音が出たり、ホコリも出たり、また出てくる土砂の色や形、様々な地下の層の状況が伝わってくるがそのような地中を水が流れていることは不思議な感じがする。
翌日、仮のポンプを入れて汲み上げて水量を調べると予想以上あり1分あたり250リットルの計測曹から溢れてしまった。3軒で使うには十分である。あとは水質検査、ポンプの設置等々で安心の水を得ることになります。まずはめでたしめでたし。
NO-133 池にやって来た珍客カルガモの親子?
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一昨日、外で作業をしていると突然バサバサと羽音をたてて池に舞い降りた鳥がいる。見るとどうやらカルガモらしい、少し泳ぎ回るのを注視するともう一羽いる。それは少し体型が小さいので親子だろうか。それにしてもこんな小さな池にやって来るとは。さっそく妻を呼んでしばし観察しカメラを持ち出し撮影した。
今回初めて目撃したが今までにも来ていたのだろうかと気になる。時たま池が濁っていることがあるので何者かがやって来ているのかも知れない。
翌日、やはり外で作業しているとまたやって来た。また来たの、と妻がカメラを持って来て10メートルくらい近づいて写している。逃げられるのではないかと思ったがその様子もなくくつろいだ様子で泳いでいる。なかなかいい風景だが鯉は無理としてもモロコを食べるのではないかと伺うがそうでもなく時たま何かをついばんでいた。妻が言うにはよくこんな小さな池を見つけてやって来たものだね。どこに棲んでいるのだろう、この近くに湖もないのにこの池の環境が良くなったから来たんじゃない?と。嬉しい珍客でした。

NO-136 杉と檜の丸太で薪小屋作りです。
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切り倒した木は早めに皮をむかないと虫が入る。
虫が木の中に入り込むと穴が開いてしまい価値がなくなって買ってくれません。
国産の木材は今や外材のせいで値段が安く、切り倒して運び出す労賃が出ないので採算が合わないとか。
自分の山の木を切り出して製材所で板や柱に加工してもらうより外材を買った方が安いのです。それで森林は放置され山が荒れます。
私の住んでいる周りも杉や檜の人工植林された山ばかりで、それでこんな立派な木材がお隣さんから手に入る訳です。
春から取りかかって、まずは地ならし整地からで砕石を敷きランマーでダダダダーとやります。以外と平にするのは面倒でへこみ具合を見てまた砕石を敷きの繰り返しで仕上がり。
さて次に皮むきから始まって、設計、寸法取りと切削はカービンチエンソーに活躍して貰います。材料は整地済みの敷地で寸法取りや組付けなどの作業が楽です。
何年も前に屋根材が手に入ったのだが使い道がというより屋根材の取り付けが困難でそのままになっていた。それが大きな丸太が手に入ったのでようやく使える時が来た。
まずは屋根材に合わせて直径35センチほどの丸太を用意しそれを切削、それを受ける材料の穴開け加工、出来る限り精密にし遊びを少なくして後からカスガイを付けなくてすむようにした。それには木槌でたたいたりユンボやガッチャで柱と柱を組む際に締め付けるなど苦労するがすっきりと仕上がるのは気持ちがいいものでこだわりですね。雨ドイは半円形のではなく塩ビ感をそのまま工夫して使うことにして屋根材の形に横をグラインダーで切り、はまるようにして雨水の入る隙間だけを開けたので木の葉などのゴミが詰まらないようにした。さて組み上がって防腐剤や塗料を塗って仕上がり完成すると妻はなんだか薪小屋にはもったいないと言い出した。やって来るお客にももったいないといわれると、それじゃゲストハウス?半分は薪割り機やのこぎり台を置き手前の半分をバーベキューが出来るように作ろうということになった。
次から次とやることがでてくる田舎暮らしは疲れるけど楽しいのだ。

NO-138 家の周りの前庭と道路のコンクリート打ちをしました。

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昨年、スイスのFIGUを訪れた際、特に目にしたのは、今後ますます自然災害が多く、また巨大化するというのです。その対策としての道路の側溝や要壁をコンクリートで固めて大雨に対しての対策を講じていました。
それに倣って、我が家も家の周りの雨水の流れや道路の改修をすることになりお隣さんと共同で、まずダンプにコンクリートを練るための鉄製の箱を積み込み、それに砂、砂利、セメントそして水を足してユンボで混ぜます。
道路に敷く分は大量になるのでとても人力でできるものではないので機械力でやるしスピードも速い。混ぜ終わった生コンをユンボで掬い取って道路の敷く部分に注ぎそれを人力で手分けしてトンボや草そりでならす。
ダンプを移動させながら順次生コンを敷くという訳です。このように道路を仕上げた後は池との間の側溝を作るが、この時は人力で少しずつ一輪車の中で生コンを練って半円形の側溝の形にするので適当な大きさの薪用の丸太を持って来て、それで側溝に入れた生コンを形成して仕上げた。とくにこの場所は下りカーブになっているので長材の形成枠は役に立たないので50センチ長さの丸太が適していた。後日この側溝を雨水が勢い良く流れたのを確認できた。
そしてまたその側溝と池との間の斜面の土砂流出を避けるための要壁を作るのに丸い川石を、これまた裏の土砂捨て場に行って集めて来たものを生コンとともに埋め込んで形成した。この時は友人に手伝ってもらったのだが彼は仕上がった後で、ここに、あ.る.物.を作りたいといって何やらドイツ語で文字を刻みだした。BEDENKE ALLES IST EINS (すべてはひとつであることを考えよ)と言う意味でビリーの言葉だそうだ。彼はドイツ語を独学で学んでおりなかなか頼もしい。それにしても良い記念碑ができたと感心している。

NO-139 いまどき石積みによる石垣づくりです。
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家の周りの整備はここに越して来て13年を過ぎてもまだ終わらない。
6月に薪小屋が完成してから思案していた。以前に石垣イチゴをかねて素人積みの石垣を作ってあったが、あちこち崩れたりしていたので石垣と家との間が狭くリヤカーに薪を積んで運び込んでいた。それを今度は軽トラで運び込めるように広げるのと、またこれからますますひどくなるといわれている自然災害に対応するためにも、もう一度作り直すことにした。
まったくの自然石は石選びや加工に手間取るのでなるべく石積みに適した石を探さなくてはならない。幸い自宅の近くに残土捨て場がありそこには様々な石も捨ててあり、そこの持ち主からいつでも好きなだけもって行っていいといわれているので有り難く頂戴するのだ。ちょうど以前石垣に使用していたであろうと思われる割石がたくさんあったのでそれをダンプで乗り付け、ユンボには以前から道路脇の石垣積みで活躍した自家製のハサミを取り付けて石をつまんでヒョイヒョイとダンプに積む。これがユンボのバケットですくい込むのと違って格段に速いのだ。
また、このハサミはダンプから石を取り出す際にも効果を発揮し、積む所定の位置に置く時にも都合がいい。
石積みには石の顔を決めなければならない。つまり、表に出る部分を決めてその次に周りの石との相性を考えなければならない。表に出る部分はなるベく平で凸凹していないのがいい、そして積んだ石との相性を見なければならないがこれが一番むずかしい。置いた時に安定していることそして背中つまり上面の部分が後方に下がっていること。これはその上に次の石を積む時に前にづれ落ちて来ないことを保証しなければならないからだ。石垣全体の表面は後方に倒れる形にしなければならないので一個一個の石も前面に傾くことがないようにする。それぞれの石は決して同じ石はなくそれらが組み合わさって石垣を形成する。形の悪い一見使い道のないような石でも必要になる場合があるからそのような石も集める際には必要になる。欠点が長所になることがあるのでなかなか面白い。お互いが補い合って出来上がるのは人間関係にも共通する。そして忘れてはならないのが、一個の石を積むとその後方の下や脇や後ろに小さな石で安定するように支える。つまり石で石を支えるのであるが石垣の後ろに隠れる石も重要な石垣の要素である。
私が石を積み妻が裏方の石を詰め込むのが流れとなる。微調整にはバリを使い石を動かすのだが手で動かすことも頻繁になるので、20〜80Kgの重さはなかなかの重労働だ。また石割りハンマーで石の形を整えたり、割って支え石を作ったりするのも欠かせない。熱いさなかでの重労働を少しでも回避しようと作業場所にテントを張り直射日光を遮らなければならなかった。
傾き角度を決めるためにあらかじめ地面に糸を引き石垣のラインを決める。次に上面、石垣の高さと傾きを設定しその位置に糸を引きそれを目安に一個づつ積む地道な作業だ。今回はすべて石のみではなく上面はセメントと砂で生コンを作り塗った、目地の不安な部分にも生コンを詰め強度を高めた。奥には畑に上がるための階段を作り、このようにして完成したが出来映えは素人にしてはよく出来たと思っている。いつも思うことだが周りにこのような、ただ(無償)の石の材料があること、そしてダンプやユンボなどの機材があることによって成し遂げることができるのが嬉しい。しかし、頑張りすぎたせいで妻は体調を崩すし私もバテ気味で少し休養しなければ、といいながら次は裏道路のコンクリート打ちがあるねと妻が言う。やれやれ・・・

NO-141 山の中でも自給自足の一環でモロコの池づくりです。
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もう10年ほど前に友人と共同で買った田んぼがあってほったらかしにしてあったが、その有効利用として何が良いかと考えていた。
この山では農作物や山菜は手に入るが、魚は手に入らない。そこで田んぼに池を作ってそこで飼えないかと考えた。その場所は田んぼに使うには周りが林に囲まれているので日当りが良くないのだ。
3年ほど前に庭の池に、この平林で育つかどうか試すために下の町で養殖業をしているところからモロコの稚魚を買ってきて放したことがあった。というのは、モロコは水温が低いとえさをあまり獲らず育ちも良くないのだそうだ。どうなるかと見ていると、秋口には泳いでいるのが見えたが冬になると姿が見えなくなった。死んでしまったのかと思って分けてもらった養殖屋さんに聞くと、それは隠れているのだという。うちの池は周りに石をたくさん敷き詰めて中に崩れないように作ってあるのでどうやら石の隙間にいるらしい。果たして棒で石の間を突っつくと魚が見えた、モロコだ。えさも食べに出ることなくじっと冬を越すのだろうか。春になっても姿が見えなかったが5月になると泳ぐ姿が見えるようになった。ちゃんと育って、それどころか昨年はこの池で自然孵化して稚魚がたくさん生まれた。そして今年も5月頃から池のふちでパシャパシャと水音をたてて産卵していた。それが今では2センチほどの大きさになっていっぱい増えている。
それで大きなモロコの親を、時たま釣り糸を垂れて釣って楽しみ、唐揚げにして食べるのだ。これが、なかなか脂が載っていてうまい。琵琶湖でも獲れる魚で高級魚だそうで、それがこの山の中で食べられるのだから有り難いものだ。
このモロコをさらに増やそうと、昔の田んぼ跡地には木や草が生えて鬱蒼としていたのを、ユンボで掘って池づくりを始め、大きな桑の木はそのまま残すことにしてその周りを1メートルくらい深く掘り魚が越冬できるようにし、さらにその中には掘り出した木々の根ごと放り込んでおく、そうすると越冬のためと鳥やイタチなどの外敵から身を守るのに都合がいいのではないかと考えてのことだ。つぎに沢から水を引き池に注ぐ。この水が漏れなく保水されるかを確かめなければならない。そして順調に溜まったと思ったらあるとき半減している。どこからか漏れているようで、モグラの穴かなにか分からないが土手の下から水が噴き出している。埋めては漏れ埋めては漏れを何度も繰り返して最近ようやく落ち着いたので、釣り上げたモロコを早速放流。ここで来年まで越して果たして自然孵化をするかどうかを見ましょう。通常のモロコの養殖は春に稚魚を仕入れて毎日えさ与えそして10月頃出荷するという。しかし、ここでは今、2センチほどの大きさがあと1ヶ月ではとても出荷できる大きさにはならない。しかし、私はありのまますなわち自然孵化を目指したい。そして2年目のモロコを待ってもいいのではないか、うまくいったら山の魚屋さん。

シカの燻製 干し柿 イノシシ 保存食 うまいベー
毎年、11月の干し柿づくりと並んでイノシシやシカの薫製を作ります。
北海道の友達が狩猟をするのでシカを捕ると送ってくれます。
また地元の狩猟仲間がイノシシやそして今年はシカを一頭分もくれました。
もう、解体が大変で2日かかった。
むかし、中学の頃は北海道でウサギを捕ってその料理をしていたので要領は得ているのだ。
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まず肉はある程度の塊に取り分けると、それからは奥さんが砂糖、塩、セロリー、ローレル、パセリ、粒胡椒、ニンニク、ショウガ、タイムパウダー、人参、タマネギのツケ汁に1週間浸け、それを取り出し水に一晩浸けて塩抜きをする。
その後は私の出番で肉のスライサーで1センチの厚さで切る。
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そして網かごに入れて天候にもよるが2日ほど干す。
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それを燻製器「うまいベー」これは北海道弁、に並べて何段にも入れる。
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燻煙材サクラやヒッコリーを使うが、オオカミ協会の丸山会長が、伊豆の家の周りにオオシマザクラがあるからそれで燻製にすると良いと言って、わざわざ送っていただいた。その材木を電動カッターで削って燻煙材にして使う。時間は350°で3〜4時間かける。どちらかというとしっかり燻煙が効いていたほうが好きなので。これはほんとにうまいぞーなのだ。P1121325

出来上がったのをお裾分けするのだが生肉も燻製にしてしまうと3分の1位に小さくなってしまうから、貰う側は、何だ少ないな、と思うかも知れない。
また、このようにたくさんの肉が手にはいった時は冷蔵庫に入りきらないので燻製にすると保存しやすいので保存食にもなる。
燻製も干し柿も冷蔵庫に入れておけば一年も持つが早めに食すのが、カビなどが生えてむだにすることも考えられるので無難だ。


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