2017年04月14日

NO-255 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。

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タイムスリップ現代記事———いよいよドームハウスの建築へ———今日は71年目の誕生日です。
 私にとって、未来の建物はどのようなものかとの考察はそれとは気づかずに
8歳の台風災害によってもたらされたのだった。
それは昭和29年9月26日の夜にやってきた。夕刻から風が強まり山鳴りすると、家が揺れガタガタと戸を揺さぶり、ミシミシと屋根を押し付ける。ゴーと風がうなりながら吹き付けるとタタミがフワーと浮き上がる。やがて柾屋根はバラバラと剥がされ飛ばされる。電気は付かずロウソクの明かりを頼りにするがそれも揺らいでたびたび消える。玄関戸が外れそうに歪むので皆で抑える。恐怖で体ブルブル震え歯がガチガチと鳴る、後にも先にもこのときの恐怖ほど凄まじい経験はなかった。それもちょうど父親が留守のときだった。強風で家が倒れそうに玄関の敷居が持ち上がるのでこれは危ないと隣りの下屋に移る。やがてそこも倒れそうになって玄関の敷居が持ち上がった、このまま中にいては危ないと皆でその下をくぐって命からがら外に飛び出した。
外はまともに風を受けるので飛ばされそうになり立っていられず皆で手をつないだ、リンゴの木はもう倒れていたのでそれも頼りにならず、向かえの林の中に逃げ込んだ。私は馬小屋と納屋が倒れていなかったのでそこへ行き屋根裏に積み上げてある稲わらの中に潜り込んだ。まんじりともせず屋根の隙間から空の明かりがちょっと見える。一晩中この台風のことを考えていた。倒れない家とか、リンゴの木が倒れないように畑も守るにはなどと、そしてたどり着いたのは畑も家もすっぽりと入るような透明の建物を考えついた。いまでいうドームハウスだった。そしてあれから60年を経過して、いまそのドームハウスをいよいよ建てようとしているのだ。当初はFRP方式を考えていたのだが、ある本を読んでから考えが変わった。いずれFRPやガラスや金属等によって造られるだろうが、その前に木材を活用することだ。「林業がつくる日本の森林」この本を買ったのは森林資源の有効活用には興味があるからだった。そしてこの本では何を言おうとしているのかを知りたかった。読みはじめるとなかなか興味深い、日本の森林資源は国土面積に対して67%もあるという、そして先進工業国としては一番だというのである。これまで外国材に押されて日本の林業は衰退してきた、製材工場も次々と廃業している。そこでこの森林資源を活用するには総合的な森林の管理と供給そして活用を一体的にしなければならないという、そのためには外国では重要視されている林業に携わる技術者の教育と資格者を育てることが必要であり、なんといっても日本に於ける森林資源の自給率は100%も、あり得るというのだ。また外国では日本のような50年周期での伐採で木材を使うことをせず100年周期とし、これは植林、管理、伐採、供給のサイクルでは経費の面から見て利益率が高いという。つまり50年だと倍の手間や経費がかかる、のを省けるからである。
資源の少ない国にあってこのように森林資源に夢を託すなら、地産地消によって国産材の活用を進めなければならないことは明白だ。つまりいかに木材を活用するかということになる。昔は日本中で薪として炭として、建物、橋、電信柱、土木工事に使われてきた。最近では木材を集成材などに加工して大きな建物を建てる機運が高まっているから今後木材はコンクリートや鉄筋に成り代わって活用されるようになるのは間違いない。
ドームハウスでも木材を使った物がある。三角のパネルを継ぎ足して5角型と6角形をつなぎ合わせドームハウスにした物であり、画期的な建物であることから実際の物を見学したり、見積もりを取ったこともあった。しかしどうも引っかかるのは見た目にゴツゴツと角が目立つことだ。
それを丸く滑らかな一体ものに出来ないかと考えるとどうしても練り物、つまりコンクリートかFRPなどにならざるを得ない。それを敢えて今後の木材の活用への面白い展開への可能性を木材で引き出せる物ならやってみるのも価値があるのではないだろうかと、しかし、参考になる物がないのである。木材で建てる丸い家など世界中のどこにもないようだ。とにかく木材は丸太や柱、板などで出来上がっておりいわゆる直線挽きでありそれが定番なのだ。それをドームハウスにしょうと思えば曲線挽きが出来なければならない。ところが曲線引きできる工具や器具がないのである。せいぜい糸鋸くらいでこれでは柱など曲線に加工できない。製材場にある帯ノコなら出来そうだが曲線に切ることを想定していないので作業台の製作加工からが必要となる。ただでさえ木材不況から製材場は数少なくなっており、わけの分からない夢物語のような曲線挽きの要求など一過性の出来事として、売り上げの増加になるわけでもなく相手にされないだろう。
それから木の弱点は日光や風雨にさらされると長持ちしない耐候性がない点にある。また白アリや火災の恐れもあることで、木肌の良さを出した建物が出来たとしても雨ざらし状態ではすぐに劣化してしまう、それが悩みでなにかよい外壁加工がない物かと考えあぐねていた。しかしあるテレビ番組で聞いたことのない素材があった。後で調べてみるとなるほどすごい。燃えない、腐らない、固くなり虫の害もない、木肌の良さをそのまま出せるという画期的なものだった。しかし、よく考えるとそれは単材にはいいのだが継ぎ合わせの建物の場合木の隙間を埋めなければならない。それをどうするか、そしてまたその最終処理に害はないか、ということまで考えるともう少し研究しなければならないことがわかった。とにかく、試行錯誤を繰り返しながらでも、結局自分がやるしかない、やってみなければ何の説得力もないし、うまくできればその先にはまた新たな可能性が生まれるだろう。何年かかるか分からないが完成の暁にはそこにUFO関係の資料を展示したいと考えている、UFOの形をした中にUFO関係の資料とは一番いいと思われませんか。日本で唯一のUFO資料館ですが、そしてその先には、もしかしたらハウスショップUFOとかやっていたりするかも知れませんよ。

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2017年03月31日

NO-254 予知学、あるいは予防、予測学、あらかじめ知るために学ぶことのお勧め。

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もし、これから起きることを予測できたら。これから失敗しそうなことをあらかじめ防ぐことが出来たらと考えたことは誰しもあるはずだ。
この世の出来事はすべて原因結果の世界である。良い原因は良い結果を生み出し、悪い原因は悪い結果を生む。そこで起きてしまったり、失敗したりする前にその悪しき原因を予測して取り除くことは、その後の生活を順調に過ごすためにも大変重要なことだ。
しかし、何が良い原因で、何が悪い原因であるかを知らなければ何の役に立とうか。「無知は罪悪である」の格言は何を示しているのか。
人は産まれた時から、その始まりは母親に抱かれる接触と授乳によって肌身の暖かさとともに乳を飲む心地よさを感じながら、排泄や体の具合の状態によって泣いたり笑ったりと表現も増えてくる。
そして見たもの、聞いたもの、臭いを嗅いだもの、触ったもの、味わったもの、心地よさや悪さを認識して行動に変化が出てくる。
始めは母親を、そして父親や家族を、さらには周りの人々と関わる。この時の3歳までの成長過程がその人の生涯に及ぶ人格に影響を及ぼすというのだ(三つ子の魂100まで)と言われるように。つまり愛情豊かに恵まれた幼児期を過ごすことが望ましいのだが。すべての子供がそうであるとは言いがたい。
つまり子育ての教育を得ていない母親や父親によって十分な養育を受けられない子供の悲劇は幼少期から青少年期、そして社会に出てからも精神的な不満足とともに他人への思いやりや配慮に欠けたり、自己本位な行動とともにいじめや犯罪へと駆り立てられる可能性がある。
この場合は親による影響であるが、それから保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と教育過程を経て知識や集団生活に於けるマナーを学んで行く。
この他にそれぞれに漫画を含め興味のある分野の本を読むようになる。これらの教育を経て一人前の社会人として巣立ち、大人として責任のある生活へと移って行く。当然ながら、これらの教育が十分であれば社会ですべての人間が生き甲斐や、喜びや、愛や恋によってパートナーを見つけ家庭をもち、子を儲け立派な社会人として生きて行けるはずなのに、なにかおかしい。
周りには独身が多い、男女ともにである。恋人いない、結婚できない、しない、したくない、めんどうくさいなどと。開き直りなのかあきらめなのかいろんな人がいる。ようやく結婚したかと思うと、早々と離婚もあり、バツイチ、バツ2も珍しくなくバツ3もいるからこれはもう自慢の域だ。さらに複雑なのが同性婚だとかLGBTの権利を認めよとか。夫婦別姓の権利を要求するありさま。
大学は出たけれど、就職できない、引きこもりもあり、就職してもブラック企業だったり、過剰な労働を強いられ体を壊したり、果ては自殺まであり得るのだ。人間関係もいじめやパワハラ、セクハラで悩む人も数知れず、万引き、詐欺、詐称は個人のみならず企業までがあくどい仕事を利益追求の具にして稼いでいる。今時の若者は疲弊している、まともな生活ができていないといわれる。貯金も少なく、とても結婚できる資金もないという若者の事情を漏れ聞くと暗澹たる気持ちになる。未来に夢と希望をもって生きるはずの若者がまともな生活すらできない現状があることによって格差社会とも言われる。政府は少子化対策に税金を投じるがどれだけ効を奏しているのか疑問だ。日本の人口は最大数から減少に転じていることは自然の成り行きだったはずだが、それを無理して人口を下支えすることによって返って人々を苦しめることになっているように見える。
社会は増々複雑化し、混乱し、様々な問題が噴出しその対応が追いつかない。危険な原発を導入しても安全であると過信し、いまやどう収拾するのかさえ先はまったく見えず、いつまでも汚染物質はその捨て場さえまだ決まっていない。あらゆる事件事故は起きてからその解決や対策や対応を取っている。犯罪も起きてから犯人を捜し解決を計ろうとするが、起きて犠牲となったものは被害者であり、殺人などは取り返しのつかない問題だ。いくら犯人を捕まえたからといっても被害者にとって取り返しのつくものではない。
もういいかげんに、このような後追いの生活を見直さなければならないのではないだろうか。起きる前にあらかじめ知る。つまり予知としての知識を学ぶことである。そして予防するのだ。起きる前に手を打ち、起こさせない、起きても対応できるようにするということだ。人間が学ぶべきはあらゆる知識を身につけるべきだが、その知識が学校教育だけでは十分ではない。十分でなかったと気づいている人はどれだけいるだろう。また社会に出てからの学びも十分でなかったのは明白で、それゆえこの日本でも際限のない事件事故、自殺や犯罪や人間の尊厳を害する出来事がそれを証明しているのではないか。誤った知識、思い込み、大丈夫だろうという安易な判断、みんながやっているからと付和雷同、自分の意見や主張を持たない、日和見、いい加減、無責任、人任せ、責任をなすり付ける。悪いのは他人で、自分は悪くない。と言った見解を持つ人が多いように見える。
冒頭の「無知は罪悪である」はこれによって際限のない問題が発生する。賢い者は「知らないことを知っているが」無知な者は「知らないということを知らない」と言われる。つまり自分は何を知り、何を知らないかを知っている、つまり認識しているかということだ。
知らないと何もできない。知らないとだまされる。知らないと損をする。知らないと不幸になる。知らないと生きることも出来ない。知らないと自分の価値も分からない。このように生き方にしてもどのように生きるかを知っている人と、知らない人とでは雲泥の差となる。健康一つとっても暴飲暴食と節度ある飲食によっても結果は大きく分かれる。病気を抱えての生活は仕事にとっても負担となりまともな生活もままならない。人間は健康で一人前だが不健康であるよりはあらゆる可能性を秘めた健全な肉体を維持することは何よりも大切なことだ。一瞬の不注意が重大な事故を引き起こすことがあり、命に関わることでもあるから長寿の人はその注意や知識が優れていることは伺い知れる。予防医学で病に罹らない知識を得て長生きを目指すようにあらかじめ人間が生きるために必要な知識を貪欲に求めることは決して悪いことではない。それどころか優れた生き方を知ることは何よりも自分の進化成長を確認できて、生き甲斐を感じるものだ。毎日生きていることが楽しいといえるように、転ばぬ先の杖として知識を獲得しようとするのは賢い選択だ。それゆえ社会人になってからも大いに学ぶべきでそれは一生涯続けられるのが望ましい。なぜなら人間が学ぶ知識はこの短い人生ではとても足りないからである。来世も、再来世も学ぶほど教材はあり、また人間としての成長も進化も簡単にはいかないからだ。
人間が何のために生きているのか、この宇宙はなぜ出来て存在しているのか、未来はどうなるのか、生まれ変わりはあるのか、善悪の判断は何を基準にするのか、真実の教えはどこにあるのか、誰がこの世とあの世のすべてを知っているのか。あらゆる難題に答えることの出来る賢者はいるのか、誰がこの世界に責任を持っているのか。誰が愛、平和、自由、調和によるすばらしい世界へと我々を教え導いてくれるのか、なぜ、なぜと考えてみる価値はある。もしそれを見つけられたら自己学習で自己教育し弱者でさえ強者になり、1人の健全な自立した人間として権利と義務を果たすことに努力するだろう。
そのような人々は、残念ながらひとえに本人の自覚にかかっているので誰でもあらかじめ知ることの知識を学ぶことは非常に困難な道であるのだ。




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2017年03月14日

NO-253 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。

29)
通告 1980年3月29日 (宇宙空間より)
19時27分
青い惑星地球に、宇宙からところどころ白い光線が落ちる。ゾル系太陽は明るい光を放ち地球を照らす。ビーム船と宇宙船はその数を増やし、地球を頻繁に訪れる。西暦3千年紀の終わり頃には、太陽系をより多くの地球と宇宙のビーム船、宇宙船が目に見えて動く。地球の船は宇宙空間を飛ぶ。多様な観点から、プレアデス星と地球の関係は再び存在する。
19時34分
青い惑星、地球は¬¬¬−−−−はるか遠い昔に似て−−−−新しい美の中に輝いている。
19時40分
より接近飛行すると、森、野原、小川、河川の美しさが認められる。昼は永遠に輝く空。夜は暗青色の空に輝く星が認められる。
19時44分
背後に、ずっと昔から響くように永遠のIHWHの声がする。それは絶対的真理と、創造に適った法則の威力を想起させる。
19時45分
かつて均衡を失った地球は、再び創造の法則に組された。それによって創造の法則と調和した生命が再び可能となった。
1980年3月31日
4時20分
青い地球が宇宙空間の暗い背景の前に輝く。そのきらめきは北アジア大陸ないしはソ連領域に落ちる。南方の全境界線に沿って東西に方向に広がり爆発が起こる。それは宇宙空間から観察される。これは核戦争を問題としている。
暗黒の夜空に突然牡牛座の星が明るく輝く。

地球人類への説明
1、 地球人類が近いうちに地球政府を築かなければ、人類は不可避な自己破壊を迎える。観察される肯定的な時代傾向は、地球上の破壊を脅かす危険を防ぐためにわずかに貢献する。
2、 現時点に於いては、いわゆる二つの世界権力の前線が形成されている。
東半球、その名を世界征服の意図によって築かれるソ連と西側、すなわちアメリカ合衆国、もしくは全ヨーロッパ大陸の間でヨーロッパ大陸は時が進むにつれ、迫る危険をゆっくりと認識し始める。
3、 東半球を暴力的に支配する目的を持つソ連の覇権意欲は、次の結果を伴い中国に侵略する。その際、目下存在している核兵器を持って導く戦争となる。
4、 いずれにしても、異なった策略的手段を持つ暴力的な侵害による緊張状態の意図的強化は戦争対決への第一歩であり、それは人工的に引き起こされた。
5、 どんな世界権力の意図も霊的に遅れ、白痴化された物質主義に相応する。
6、 現在の軍事手段を用いて起こされる戦争は、長いあいだ惑星に放射能汚染を残す結果となる。遺伝的疾患や突然変異が大規模に生じ、地球人類にはほとんど予測不可能な結果となるだろう。
7、 地球は銀河系の最極端にある。その位置のために、自らが原因となって起きる地球の破壊は連鎖反応を引き起こし、銀河系内の他の星系も破壊の巻き添えを食う。これは他の惑星の生命体の破壊をも意味する。
8、 より高く進化した生命体が、地球人類の愚かさと無知により、たびたび破壊されることがあってはならないし、それは許されないことである。
9、 進化した生命体のそのような危険は、宇宙的に有効な正当防衛の法則に基づき、地球がその前に消去されることを意味するだろう。
10、 今までの地球の歴史において、戦争や同様の暴力行為はおよそ抵次元への逆戻りとなった。それによって地球人類は、自らを無数の低俗状態への逆戻りを体験する立場へ導いた。一方、他の惑星の文明は霊的、学問的、技術的進歩をさらに確立したが、それに追い着くには何千年もかかる。
11、 何千年も前から今日に至るまで、地球人類は絶えず繰り返し低俗段階に戻した二つの要素がある。それは政治と宗教である。特に全宇宙ににおいて地球にだけ存在する宗教は、何千年来、世界支配欲に満ちた人々の暴力的権力行使の目的に役立った。宗教は地球に定着し、堕落し、退化した存在がそれに露命をつないだ。それによって地球人は、その自然で進化に適った霊的進化を妨げられた。政治は経済的所有と権力の利益を追求するもので、別の暴力行使である。崩壊した国家の政治システムにより、危機と戦争状態の危険が絶えず与えられる。今までの地球の歴史において、主に政治は異なる権力システムの維持に役立った。それは政府または支配者によって変化した。従って政治は決して継続的価値を持っていない。
12、 上に掲げた要因は地球が最も人間に敵対する惑星の一つとなるよう導いた。
13、 地球の人口は間もなく50億の境界に達するだろう。
14、 それに対して地球の規模は最高5億人を維持できる。
15、 絶えず上昇する可能性のある高い人口によって、資源をめぐる戦争にエスカレートする危険が生じる。近い将来、全人口に対して資源補給の確保は足りなくなる。
16、 さらに不均衡なほどの資源採掘により、一連の地震が地球の根底を揺さぶっている。それは過去にない規模で起きている。
17、 人類は多様な方法で地球を破壊し、それによって自らの絶滅を押し進めようとしている。
18、 近い将来、地球人類は次の選択を迫られる。地球上の破壊と自分自身をさらに破壊するか、地球政府による共通の平和に達するかのどちらかの選択を。
19、 地球人には、霊的な非政治的地球政府が継続的平和達成への唯一の道であることを認識する、ほんの僅かな時が残されている。
20、 ついに霊的水準に達し、それに基づき生命の平和な共存が可能であることを証明する可能性が、まだ地球人には与えられていない。
21、 平和のための資格は、人類の霊的全進化状態が決定する。
                       エドウアルト・マイヤー

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2017年02月28日

NO-252 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。-現代編−

訃報
馬場信行画像

信行  
1954年4月17日生まれ、2017年2月23日逝去、享年62歳

 終戦後、親が満州から引き上げたのち青森県八戸市で8人兄弟のうち、双子として生まれる。
中学校時代に聖書に出会い、東京大学時代や株式会社リコーに勤務時代も含め
宗教研究の遍歴をした。
1985年、小桜良枝氏に会い、彼女が「ビリー」・エドウアルト・アルベルト・マイヤー氏の本を翻訳出版するため、本の買い付けにスイスへ同行した。その際、ビリーに結婚の立会人をしていただいた。後年、二人の娘に恵まれる。
1987年、日本から15人のツアーに参加し、再度スイスを訪ねビリーを始め多くのメンバーの歓迎を受けた。また、ギドーとブルーニーを囲んで多くの質問も行なわれ有意義な旅であった。
1991年、FIGUスイスの一般会員となる。
1991年11月1日、 FIGUスイスの認可によるFIGU-JAPANの設立に関わり議長に就く。その後、東京での勉強会を立ち上げた。
1997年、日本におけるセンターを目指して山梨県南巨摩郡富士川町平林の山の中に移住し、2年後に山野井英俊、涼子もとなりに移住した。
2001年、FIGU-JAPANメンバーとの意見の違いによってFIGU-JAPANから除名される。
後日、ビリーとプターの会見で、この理不尽な除名についての見解が直接FIGU-JAPANに伝えられた。
2001年、山梨での勉強会の立ち上げに関わる。
2012年12月8日、正式なFIGU山梨研究会の設立に関わる。
以後、FIGUの会合や活動に、東京の勉強会に、そしてドイツ語の勉強会にも参加してきた。
追悼文
 このように、彼の人生の大半がビリーとの出会いから始まる日本におけるミッションの遂行に向けられ、FIGUスイスのようなセンター構想を抱いてビリーの助言をもとに、彼とともに全国を探し山梨での生活に移りました。スイスのセンターを手本にし、共同で鶏やヤギを飼い、畑を作り、地域の活動にも参加し、信頼を得ていました。彼の幼少から社会人まで、そしてFIGU-JAPANでも人間関係に悩み、さらには自宅の焼失など過酷な人生であった。しかし、忘れてならないのは何よりも妻の献身的な支えがあり、二人の娘に恵まれた。彼を慕う多くの友人とともに、私にとって最も信頼する特別な友人として、彼とともに長きにわたって活動してきたことは喜びでした。しかし、道半ばにして不幸にも膵臓ガンに冒され、62歳の人生を閉じたことは、まだまだFIGUのミッションを遂行し続けたいと願っていた彼にとっては無念であったと思います。私は2001年、FIGU-JAPANの三俣常彦が亡くなり、土葬にできなかったことがきっかけで、ほとんど火葬になっている日本で土葬の会を発足した。しかし、私より若い彼を土葬にすることになろうとは思いもしませんでしたが、土葬をかなえることができたことは、私のせめてもの慰めです。彼の功績は尊く、後に続く我々の励みとなり日本に於けるミッションの礎になることを願ってやみません。 
                    FIGU山梨研究会 山野井 英俊
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2017年02月14日

NO-251 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。

53)

まことにすべての地球人は、絶え間なく霊力の謎と取り組んでいる。彼らが限りない懐疑家であろうと疑い深い人であろうと、知ったかぶり者、情報通、論争家であろうと。
そしてこれは今日だけに限られるのではない。ずっと過去の時代においても絶えずそうであったように、未来もそうなるからである。
すでに述べたように今日もそうである。例えばこれが多くの人々によって論争されようとも。彼らはこの事実の論争によって、より優れた状態にあると信じている他の倒錯した愚かな人々より、進歩し啓蒙されていると思いまったく良く知られた地球人類の歴史により、地球人は彼らの説明不可能なある一定の隣人達の霊的能力に、いつも極めて深く魅了されると同時に狼狽している。
これは遠い過去に於いても可能でなかったように、また遠い未来において可能とならないように、20世紀を終えようとしている今日ですら、論争されない事実なのである。
近代において地球の科学誌者は複雑なテストをおこない、ずっと複雑な理論を打ち立てたが、それは結局のところ何ら実用的な結果をもたらさなかった。
したがって、依然として霊力に関してはすべてが暗闇の中にあり、相変わらず秘密のままなのである。すくなくとも地球人においては。彼は真理の広野より邪悪な礼拝宗教の倒錯した信仰の中で活動するのがずっと好ましいのである。
さて、どんな人間も毎日が昨日とは異なっていると感じる現象を熟知している。しかし、それによって人間は、それについて熟考する限り、誰もが次のことにぶつかり確信するのである。
すなわち彼の中にエネルギーがまどろんでいることを。それは今日まで、ただ彼の中で消されなかったものである。しかし彼はそれを自己の中に展開させたかったものである。しばしば大抵の人々は身の上に霊がかかっているように感じている。それは彼らの習慣的な鮮明さ、または決定時の明確さ、論理的で理性的な思考に於ける確信、または決心における決断を覆い隠している。
 このように人間は、ある程度なかば夢うつつである。
彼の情熱は低下し、彼の緊張感は弱められている。しかし、それによって人間は自分の霊的、物理的、精神的(プシケの)力を認知し要求する。地球人が一度、全体を徹底的に熟考してみるなら、彼は突然次のことを認識する。すなわち人間的個体は非常に緊張した限界の間を漫然と暮らしていることを。それは彼にすべての限界を開く様々な種類の力を所有しているにもかかわらず。
力:それは普通利用されない。そのため、それはこの限界内に挟まれている。従ってそれは、あらゆる最大の利用以下のところで活動し、最善の状態よりずっと低く生きている。それらすべてにもかかわらず、それは幸せを感じ、人生は最善の状態で初めて真実の満たしを見出すという認識も意識もない。
別の言葉を用いれば次のように言える。すなわち彼は、日々の使命を遂行するのに、ある一定の隠れ蓑的境界を持っていると。それはセントラルヒーティングのサーモスタットのような働きをするものである。ある一定温度に達するとサーモスタットが自動的に働き温度の上昇を抑えるように、この人間もそうなのである。
例えば彼の疲労がある一定の疲労度に達すると、彼は簡単に「スイッチ」を切り広がる受け身状態になるのである。つまり、ある程度サーモスタットに似たやり方で自動的にそれをするのである。
さて人間の体の中に危うく危機が生じると、この肉体はもはやそのような受動性を許さない。例えば突然生命の危機に陥ったり、絶対絶命状態になると、肉体は突然警報を発し、瞬間的に最上のコンディションになるのである。
今まで受動的疲労と怠け状態で生きていたにもかかわらず、肉体は突然、再び完全出動準備をし、疲れは跡形もなく消え失せるのである。まったく単純に肉体はそれを忘れるのである。ある意味で肉体は単純にサーモスタットを再び働かせ、温度を上げるためにスイッチを入れるのである。これは温度がプログラムに組み込まれていた最善の状態より下がった時にセントラルヒーテイングが行っていることである。しかし、人間がそのまま調整せず、肉体を受動的疲労に追いやるならますます受動状態は急速に増大し、それによって肉体の疲労度は無限に上昇する。従って、次の意味は完全に明白となるのである。つまり人間はこのために霊力を投入し、単に肉体に支配されないことを望むだけで無限の、そしてほとんど無尽蔵の能力の蓄えを持っているのである。どんな人間も段階的に疲労に征服されているが、普通、彼はそれに対して真実に立ち向かうことなく、単純に、仕方なしに、習慣的に疲労に自己をゆだねている。しかし、どんな人間もこの疲労の限界をさらに押し広げ、本格的により高い能力の水準にある自己と完全に一致して生きることを意味するなら、それができるのである。それには神秘もオカルトもない、どんな人間も自らのなかに飛行機の自動操縦に例えられるメカニズムを持っているのである。
まことにその意義は、絶えず反復される一連の任務を克服することにより人生を容易にし、進化させることである。まことにすべてのことは、かなりの努力、作り出す意志、適当な集中を要求するものである。しかし、一度その能力が得られ、それを支配するなら、人間の「ロボットメカニズム」が指導権を握り、人間がかつてこれを意識的にしていたときより、すべてのことがもっと速く、活発に、精密に正確に行うのである。ただその時の大きな危険は、人間の中の「ロボット」が非常に活発になることができるということである。もしこの危険が早めに阻止されなければロボットが全生涯の本質的部分を引き受けてしまうのである。人間がそのことに注意せずロボットのように生きるなら、彼は肉体が何も要求しないのに、まったく自動的に飲んだり、食べたり、寝たりする。そしてすべては、自動的な習慣のみの行動となる。しかし、人間はそれに対して用心しなければならない。
———いつかすべての生命は失せるとも真理は存続するーーー
                                ビリー



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2017年01月31日

NO-250 薪ストーブの取り扱いが自給自足にどのように使われているか

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 自給自足を目指して田舎に移り住もうと思っていた頃から薪ストーブは計画のなかにあった。
 まず人間はどのような環境に住むべきかと考えた場合に原点、すなわち人間本来の生活はどうであったかを考えるのです。それは現在の人間の生活形態が余りにも混雑した住まいや騒音や汚染や不自由な状態に置かれているからです。
自分もかつては北海道の自然豊かな山の中の農家に産まれた。山や川そして海での遊びは掛け替えのない出来事や経験であり思い出です。次男の私は兄が農家を継ぐことから他の兄弟と同じように田舎から街に出ました。それは兄弟に分け与える土地が余っていなかったからです。そして札幌の自動車会社に就職しました。結婚して子供ができ周囲の子供達と遊ぶことはできていましたが私が経験したような山や川での遊びができるところはなく、休日に郊外の田舎に連れ出して遊ばせたものです。
やがて都会の街中では外で子供が遊ぶ姿が見られなくなりました。ゲームの普及や住宅街には遊び場がないことが原因であることがわかり同時にメガネをかけている子供が多くなりました。子供が自立する頃には田舎に移り住もうと考え、昔の田舎での生活のように畑を作り鶏やヤギを飼い薪ストーブの生活を求めて、結果として山梨の山の中に住みました。
きれいな空気、美味しい水、森林に囲まれた畑で作物を得る。薪を確保して薪ストーブで暖をとることも。そして、この本題のストーブはたくさん種類があるのです。カタログを集め研究の結果ダッジウエストのフェデラルコンベクションヒーター世界で初めてキャタリティックコンバスターを搭載に決めました。
理由は薪の燃焼効率です。普通の薪ストーブは燃料となる薪の50%ほどしか熱を取り出せないのですが、このストーブは75%取り出せるというのです。つまり2次燃焼室があってそこに蜂の巣状の丸いキャタリテックコンバスターが入っていてそこを煙が通過する時に燃焼させる仕組みです。車の排気ガスの2次燃焼も同じですね。日本と西洋では薪ストーブの歴史が違うのだとか。
次にデザインでした。家の居間の構造としてベランダから薪を運搬車に積み込んで、そこからガラス戸を開け、部屋に運び込んでストーブの扉を開いて薪をくべるという一連の動作にストーブのドアの位置は重要です。これが反対側だと具合が悪いのです。またストーブによっては天板の後ろ寄りに煙突が付くのがあってこれも具合が悪いと考えました。湯を沸かしたり何か調理をするには天板は広い方が良いと考えたのです。それから灰の取り出しですが前方の大きなドアを開けて取り出すのがありますがこれは面倒でしかも取り出した灰が周りに散らかる恐れがあります。このストーブでは下のドアを開けると引き出しがあってそこに上から灰が落ちて溜まるようになっています。ですからそのまま引き出して灰捨てができるようになっています。とにかく薪ストーブを使うには薪の調達があり、幸いにも我が家の周りで手に入ることとチエンソーや薪割り機とユンボや車を使って確保できています。以前は薪置き場から軽トラに積み込んでベランダまで運び積み上げていましたが、いまは薪置き場から土砂などを入れる1トン袋に放り込んでそれをユンボでつり上げベランダまで運び込みます。後は袋から薪を運搬車に積み込むだけですがベランダに薪を積み上げるという行程が省かれました。これによって薪に着いているゴミがこぼれずに袋の中に残るのでベランダが汚れません。以前は軽トラの荷台とベランダの掃除が必要でしたが、これも一つの進化です。これまでの経過ではこのような高性能?の薪ストーブを持つと修理と部品代がかかります。まずキャタリテックコンバスターは消耗品で2〜3年で壊れます。1個2万5千円ですからバカになりません。以前はセラミック製で周りの金属の熱膨張で押しつぶされよく壊れ、いまではステンレスに改良されましたがそれでも寿命は変りません。これが壊れなくするために温度調整が必要ですがちょっと目を離した隙に燃え上がって温度が上がり過ぎ内部の部品が壊れやすくなるのです。
このストーブでは左側に丸い調整フタがありコンバスターの温度が上がりすぎないよう調整しなければなりませんがこれがなかなか難しいのです。この時代自動調整ができないものかとまだ改良の余地有りですね。
次にストーブは鋳物性ですが熱で劣化や変形しますからそれも交換しなければなりません。高い部品は7万円もするのでこれまで部品代は17年間で40万円くらいですがもしストーブ屋さんに頼んで修理して貰ったならもっとかかったでしょう。薪は一束700円くらいですが、我が家で計算するなら11月から3月までとして、実際は10月から4月くらいですが少なく5ヶ月と見積もって一日4束として2,800円でひと月に8万4千円×5ヶ月は42万円となります。これは北海道での部屋のように暖かくするためですから一概に比較できないかもしれません。
薪ストーブは自然の木を熱エネルギーとして利用するために労力や苦労をいとわず楽しみながら生活するのですから損得だけではありません。
焚き付けの確保も必要ですが、我が家では時たま今の時期に風によって杉の葉が落ちます。これを集めて新聞紙で巻いて置き使います。またほとんどはガストーチのストレートタイプを使っていきなり薪に火を付けます。1〜2分で火が着きますからとても便利です。費用?1本300円以内で2ヶ月ほど使えますしまたほとんど火を絶やさないように夜は薪をくべて吸入口を閉じておくと朝まで火が残っておりフタを開けると火が燃えだしますから薪を足すだけで、部屋も暖かいのです。我が家はなるべく割らずに直系20センチ、長さ50センチまでの丸太がくべられますから火持ちがいいのです。DSCF1262
なんといっても薪ストーブの魅力はその炎と遠赤外線による暖かさですね。このストーブでは下敷きは買ったものの裏の射熱板はレンガを買ってきてコンクリートボンドで加工しました。この裏側には壁に断熱材張り、天板にもこの断熱材を加工と塗装をして設置しました。材料費1万5千円位で仕上がりました。使っている間にあることに気がつきました。それは薪ストーブの構造上、部屋の空気を吸って円筒を通じて外に吐き出します。これは暖かい部屋の空気が減少することを意味しさらには他の部屋からは冷たい空気を運んで来るのです。ですから足下が冷えるのです。従って頭は熱いのに足は冷たく感じます。石油ストーブではFF方式といって外から空気を吸って外へ吐き出し部屋を匂いや汚れを出さずに熱だけ出すのです。これをやろうとして壁に穴をあけストーブにつなげ冷えた空気を暖めて吸入口から吸わせることにしました。
DSCF1258これは冷たい外気を部屋に出さないことを目指しています。また廊下や2階からの冷気が居間に入り込むのでその改善としてサーキュレーター長さ70センチ(製造中止)を手に入れ廊下の天井に取り付け回すとエアーカーテンとなり天井を伝って逃げる熱を真下の廊下に向かって吹き下ろすのです。そうすると冷たい空気に押されて居間に戻されるので暖かさが逃げずらくなります。つまり暖かい空気が居間を循環する形になるのです。このような工夫もエネルギー(薪)の使用量を節約に繋がりますし、同時に労力の減少にもなります。ほかには当然ですが隙間からの冷気を塞ぐためのテープを貼ります。また見落としがちなのはガラスやアルミサッシの熱伝導を遮断することでこれにもフイルムを張ったりフエルトテープを張ります。また簡易2重窓としてアクリルボードを窓の大きさに切ってはめ込み取り外しができるようにする。ストーブの熱で部屋が乾燥するので当然な措置として蒸発皿や器に水を入れておかなければならない。体温は乾燥よりも湿度が上がることによって暖かさを感じることができまた同時に喉の乾燥を防ぎ風邪予防にも寄与するのです。
薪ストーブを扱うには十能や灰の掻き出しやグローブなど付属品も欠かせない。
薪を安全にストーブにくべるには耐熱をかねるグローブが必要だがこれも消耗品である。我が家では17年間使い続けているがこれは耐久性があるというのではなく革製品なのでヒビができて破れてきます。それでセメダインのスーパーエックスを塗って補修して使い続けています。我が家では最も使う接着剤で活用幅は広く助かっています。まだ注意すべきとして石綿を各ドアや天板などの間に使っていますがそれが取り外しやドアの開閉時に飛び散る恐れがあり極力それを吸わないようにしなければなりません。薪ストーブのその豊かな熱量を有効に利用するのに、このストーブの上に網状の物干を付けました。これもちょっとした洗濯物や食物の乾燥などにも重宝します。
DSCF1261
快適で自然な暖かさを得るにはとても多くの労力と手間や手入れが必要です。それゆえ自分たちだけでなく来客にもその暖かさがごちそうとなり喜ばれるのです。

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2017年01月15日

NO-249 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。

19)霊(Geist)のシンボルマーク
 人間の霊                   1979年・NO27
人間独自の霊は、彼に最も数多い最大の謎を提出する。科学と研究により彼は知らされる。全宇宙に於けるすべての生成、成立、消滅、振る舞い、摂理、知識は絶対不変かつ恒常的な自然の法則によって定められている。

この知識にもかかわらず、日常生活は次のことを示している。すなわち、科学によって納得できる定義付けがなされず、その保守的な態度では挑戦できない不可解な出来事がある。これら非常に多くの説明不可能な出来事や過程は、危機状況において起こる。従って危険、不安、緊迫する死の瞬間に、人間の直接、他の人間の霊と接触したりする---しばしば膨大な距離のあるそれ(霊)と。
また、日常生活の中にもたくさんの説明しがたいことが起きている。
例えば非常に愛している誰かの事を思うと、次の瞬間に電話が鳴る始め、よりによって彼の声を聞くというように。まさに、それを彼に要求したかのようである。または将来の出来事を夢で見せてくれることもあろう。

それに対して次の質問がなされる---人間はこれらすべての事柄、彼には説明できない現象に対してどのような態度をとるべきであるかと。
人間の霊は、それらの現象によって物質的肉体を遥かに越える形態を人間の本質に与えているのである。それは総合体験を教える同じ霊であるが、ただ狭い範囲でのみ活発となる。
まことにある一定の人々は、全人類の中で平均的人間をずば抜けて凌駕している。なぜなら、これらの「特別な人々」は他の人々より大規模に、自分の霊力を利用する事を心得ているからである。しかし、それらは謎めいてい思える---科学がそれらの現象に対して何ら納得のいくまたは、十分な説明をしていないからである。そのような現象は(人間が霊力の認識と利用について十分な知識を得るなら、真実にはそれは現象ではない)、全人類の歴史について遡及的な追求をさせる。異なる文化圏に於いて、そのような現象を述べたり、生じさせる人々は知恵者、物知り、消息通として高く崇められている。今日ですらなお
一方、合理的西欧世界では、全てに大きな懐疑、頑固な拒否、また一部ある一定の好奇心をもって扱われるのである。
全体に次の質問がなされる。私達はそのような現象能力を持つ人間から何を体験するか、またこれらの能力は、地球人類にそもそも役に立つのかどうかと。
そして、そのような現象能力を測定する科学的方法がそもそもあるのか?
すなわち霊力は測定できるのか?または人間の霊の世界は何かの形によるどんな測定も行われないほど閉ざされているのか?
人間の霊の世界は、人が自らこれを想像する以上に、たぶんもっと謎に満ちているのではないかと。これが、それ自体に非常に秘密に満ちたものを隠し、同時に極端に誘惑的な質問である。普通の人間は今日一人として次の事を否定しない。すなわち宇宙は、その定義が一般的に認められる自然の法則によって、これを人間に証明しているように見える以上にずっと異様なものであることを。
地球人は好んでそのような思考を排除する。なぜならそのような考え方は人間が万物の霊長であるという誇大妄想的見解と合わないからである。しかし、突然、人間がすべての物理的法則にしたがっていると信じている事を簡単に魅しできるような力、すなわち見たところ、超自然的力を多くの隣人が自由処理できる事を確信すると、大抵単純にそれについて深く考えることを好まなくなるのである。彼は、そのための安易な解説を何ら持たないからである。あるいはまったく単純かつ臆病に頑固な拒否と、すでに不具合な懐疑を盾に取り、熟慮の責任と事実と真理の認識の責任を回避し、またそれから自由にさえすることができるからである。まことに非常に簡単な事なのである。

なぜ、誠実な努力により誠実な解説を求めるのか。なぜなら、そうでなければ地球人の生活を多くの人間の愚かな見解によって、すでにあるよりもっと、ずっと複雑にするだけだからである。彼らはこの世で十分に安定した人生をおくてはおらず、やがて過ぎ行く人生に於いて、人類の群徒に押し流されなくとも惨めに破滅してしまうからである。従ってなぜこれらのすべての事を熟孝しなければならないのかといえば、まことにそうしなければ全人類の生命をただとてつもなく複雑にするだけであるからである。
なぜなら、人間の知る世界に於ける人間の感覚と安全にすべてがあまりに妨害的な働きをしているからである。
まことに、今や人間はあらゆる問題と根本的に取り組んでいるか。いつも説明、真理、錯覚を探し求めているのであり、すべては彼の意見通りであらねばならないと思い、その通りの証明を見つける。すると彼は、自分の知識を現象的に拡大する多様な事柄と認識に突然出くわすのである。
しかし、いつか彼は落ち着いて、自分の愚かで厚かましい態度に戻り、もはや万象について何の心配もしないのである。そして再び、無気力と停滞の大海に沈むのである。     次回へ


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2016年12月31日

NO-248 我々の祖先はどうしてこの日本の地を選んだのか。

26)




一昨年末のテレビで日本を取り巻く海の生態系の豊かさを紹介していた。
世界の海洋学者によって世界中の海洋を調査した結果、日本の海の生物は34,000種にもおよぶというのである。何とその多さは世界一であるという。
いったい、この多様性はどこから来るのかその原因を探る番組であった。

ご存知のように日本列島は、世界一の広さを持つ太平洋に面し日本海を挟んで世界最大の大陸であるユーラシア大陸に隣接している島国である。陸地の形状として北は北西に南は南西に伸びる3,000Kmの長さによって海水温の差が20度と大きいこと。南から来る海流は黒潮、北からは親潮と呼ばれる海流がありそれが日本列島の太平洋沿岸で交わることによりプランクトンが発生する。それを小魚から始まる大型魚までの食物連鎖的に魚が集まるのだそうだ。また海水には通常鉄分は含まれていないのだが、なぜか日本の沿岸では海水中にこの鉄分がありそれが海藻や植物性プランクトンを育て世界一の海洋生物の多様性を生み出している。その海流はなぜ日本の沿岸で交わるのかというと、地球の自転により発生する偏西風によって赤道の北半球を西へと進みそれがフイリピン列島にぶつかって北へ進路を取り日本海と太平洋へと分かれ、しかも太平洋側では深い日本海溝で、深海魚に至るまでの多様な魚が生息することになり、またこの深さによって水深1000メートルに達する植物性プランクトンの渦が出来上がるという。
ではどこから鉄分が運ばれて来るのかというと、ロシアのアムール川だという。しかし、鉄分は重いので日本列島まで流れ着くことが出来ない。だがアムール川がオホーツク海に流れ込み塩分が低下すると結氷し流氷となる。この流氷が植物プランクトンとともに鉄分を含みオホーツク海へと運ばれる。冬に接岸した流氷は春になると解け植物性プランクトンは一気に増殖しこれを餌とする動物性プランクトンも増えオホーツク海の魚場を豊かにする。こうしてオホーツクの沿岸に達し海水に解け沈殿しながら千島列島に達するのだが、そこでせき止められてしまうのだ。このままだと日本列島の沿岸に鉄分を含んだ海水が届くことはできない。ところが千島列島の間の一カ所だけが深くなっているところがあり、そこを通ってオホーツク海から太平洋へと流れ出て、それから北海道の釧路沖を通って南下する。これらの絶妙な条件が合わさって鉄分を含んだ海水は日本の沿岸でこの親潮と北上してくる黒潮と合流し、潤され世界に例のない漁場を生み出しているというのだ。

さらに特筆すべきは、日本の沿岸の海は世界中の海の条件がすべて揃っているというのだ。北は流氷が打ち寄せ、日本海溝という深海、瀬戸内の潮の流れ、南の珊瑚礁、このほかに日本の四季ははっきりと春、夏、秋、冬を刻み陸上の生物の多様性も豊かである。生物も人間も、多様な変化があればあるほど様々な刺激を受け、よって進化成長出来るのは疑いない。日本人の勤勉さはこの日本が世界でも稀な多様性をもたらす風土であるが故に変化に対応し、順応するという古来、培われた要素であろうと思う。
資源のない国ともいわれ、それゆえ加工貿易国として発展してきたと捉えられるがそれは人口過剰によってこの海洋資源や森林資源、農業による農作物なども食料自給率40%という有様に低下した。それでも潜在的な日本の資源は見方を変えれば豊富にあるのである。

この海洋の魚介類を始めレアメタル、メタンハイドレード、海洋深層水、などの海底資源は豊富と見積もられ、陸地に目を転じると、先進国として希有な森林率67%といわれる。いまはまだ外国材の価格に押され活用は不活発であるが先は明るい。また地熱エネルギーは世界第三位を有しながらも、世界一の地熱発電技術を持ちながらも原子力発電の陰に隠され開発はおぼつかない。このエネルギーによって電気に関する問題は解決されると助言されているにもかかわらずにである。

ここで更なる日本のすばらしさを論じるつもりはないがそれらは「世界が驚く日本」とパソコンで打ち込むだけでも驚く数のすばらしさに出会う。
日本の国のみならず世界がどのように日本を見ているかを知ることができるのである。
さて、そもそもこの島国日本に縄文人が住み、そしてその後から弥生人が住みだした。しかしその詳細はわかっていないが、ある情報では今から26,900年前に外宇宙からこの日本に住み着いたと最新情報で知り得た。なぜ日本の中心ではなく南の端であったのかとの疑問には、当時の日本列島はまだ氷河期が残っていて南の九州辺りが移住に適していたらしく、そこにたどり着いたとすると、天孫降臨の神話であるが宮崎県の高千穂に降臨したといわれているのが符号するのではと思われる。
我々日本人の祖先は「ニーパ」と呼ばれ「キンテン」と呼ばれた今の中国人とともにこの地球にやって来たのだった。そうしてこの地球の、この日本の地に私たちの遠い祖先が住む選択をした先見の明のすばらしさに、いまは感心せずにはおれないのである。

島国であるが故に他国からの侵略に晒されることなく平和への道のりを歩み続けるならば世界の中の日本として、平和へのシンボル世界貢献国家としてはまだ更なる時間がかかるとしても、それにしても時間の問題であろう。

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2016年12月14日

NO-247 何のために生きるのか、真実を求め!やがてUFOとかかわりそれは「真実の静かなる革命」へと続く心の旅人の道であった。

宇 宙
1982年・NO.40 ビリー著
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宇宙の源と運命は、いずれの点においても地球人の想像力の彼方にある時間空間のなかにはめ込まれている。にもかかわらず、地球の科学者は誇大妄想にも創造の手相を見ることができると信じているし主張している。特にハップルの発見は近代の科学者をこうした誇大妄想へと誘った。彼は次のように説明したからである。
「我々が夜空を見上げると、すべての銀河は我々の位置から離れて行く動きをしている。我々の位置から遠方にある銀河ほどその逃避は速く行われている。」
 距離と速度の関係は、天文学者が「ハップルの定数」というほどに正確なものとされている。科学者達は、この定数のなかに宇宙の神秘を解く鍵が隠されているというのである。そしてさらに「宇宙の星や銀河は、宇宙大爆発の爆発力にブレーキをかけるために重力に十分な「作動面」を見せるから、これをハップルの定数で読み取る」
 このように完全に誤った規則に従って計算しているにもかかわらず、地球の科学者は事物の意味も理解せずに語っているのである。
そして彼らがハップルに従って、銀河は地球から遠ざかれば遠ざかるほどその逃避を速く行うと説明する時、彼らは事物の経過を理解していないだけでなく、創造の存在が持つ法則と掟の理解と把握に欠けている。
事実は、なぜ銀河の逃避速度が絶えず大きくなればなるほど地球から遠い距離にあるのか、また遠くなるのか、その根本的な認識が科学者には欠けているのである。
科学者達は光の定数299,792.5Km/秒が、ただ現在定数を提示しているだけで、それはある一定の半減期に減少することを知らない。
これは地球とともに、ゾル・システム(太陽系)が非常に遠くにある銀河系、また遠ざかっている銀河系とは完全な別の光定数-関係のなかに浮遊することを意味している。従って例えば宇宙大爆発の近くにある銀河は、太陽系よりずっと高い光の定数と逃避速度を示している。
すでに太陽系は宇宙爆発から見ると過去に戻り、それに応じて逃避速度を失い、現在非常に低い299,792.5Km/秒という光の定数を示しているだけであるが、宇宙大爆発の膨張は絶えず1秒間に4406万9千497Kmの速度で膨張しながら疾走している。したがってそれは、すでに非常に減速された太陽系の光の定数299,792.5km/秒の147倍の速さを絶えず保っているのである。
しかし、地球の科学者はこれらすべてについて何もわかっていず、他方こうした真理の次元において計算するだけの悟性にも達していない。彼らは単純に、誇大妄想とその偏狭さと独断と傲慢のために真理を受け入れる能力がないのである。確かに、彼らに帰せられる功労は決して否定されるべきではない。しかし、もしこれらの科学者に絶えず繰り返し彼らの過ちが示されなかったとしたら、地球人類は今頃どこに迷い込んでいたであろう。
失敗があったからこそ、彼らはついに再び実際の現実的地盤を見出したのであり、なかなか現れなかった研究結果を見事に完成させたのである。
地球人が50億光年離れた銀河を観察した場合、その銀河の光は我々の銀河の50億年前に該当する状態である。なぜならその遠く離れた銀河の光は地球に到達するのに50億年かかるからである。これは地球の科学者の論理に従って計算されたものである。この場合、真実はいくらか異なる。従ってこの点に於けるすべての科学的言明には最も多くの注意が払われねばならない。
しかし、我々は科学者自身の主張と論理に留まろう。100億光年、またはそれ以上に地球から離れている物体に発見に成功するなら、研究者や観察者等は若い宇宙の通告を受けたことになる。すなわち、当時は巨大な宇宙大爆発の爆発力はまだ妨害されずに働いていたといわれている。しかし、その間にブレーキはかけられたので「隣」のまた、わずか数百万光年離れた銀河は遠くのまた遥か彼方の遠くの恒星や銀河とは異なったハップル定数を示さなければならないのである。科学者達はその煩わしい調査と観察のなかで再びいくらか真理に近づいてきたが、まだ相変わらず真理とずっとかけ離れている。
1960年にサンダージエが恒星状星雲を発見した時、天は自ら科学者達を助けた。これは天文学者達を驚異的な一歩へと導いた。この恒星状星雲の多くは地球から莫大な距離にあり、大抵望遠鏡では小さな星のようにしか見えないこの巨大物体は、全太陽系(銀河)のように大きいのである。従って、それが全銀河を示すエネルギー力を持って輝くことを考えるならそれは比較的小さいのであり、非常に小さいといえる。
多くの天文学者がその研究と論理において、この恒星状星雲は若い宇宙の知らせに違いないこと、そしてそれは地球から何十億光年も離れたところでさらに重要な結果に達したことは驚くべきことであろうか。
しかし、これらの科学者は如何に正しいのだろう、たとえ彼らがさらにそれ以上のことを知らないとしても、なぜならこれに関しても関連する真理が彼らに隠されているからである。従ってこの恒星状星雲が創造すなわち宇宙の変化もしくは変換帯域の噴出産物であることは彼等にまったく知られていない。その帯域は7つの創造/宇宙の輪/帯の一つとして純粋エネルギーから物質エネルギーへの変換を行っており、そこから何百、何十億年、過程を辿り、具体的な物質、銀河、システム、太陽、惑星、月が形成される。
そうなのだ、地球の天文学者達は宇宙の秘密に至る鍵を見つけたのである。
しかし、彼らは鍵を差し込み、これを開ける鍵を見つけことができない。すなわち、天文学者、物理学者、数学者等のすべての計算、論理、ひな形は余りにも不正確なのだ。そして彼らが恒星状星雲正確な場所をしっかりと定め、必要な正確さをもってハップルの定数の変更を決定し確立するには、すべての天文学的距離決定は余りにも不正確すぎるのである。
世界中のすべての国々で絶えず試みがなされているが、いつも通り科学者は当座の結果に於いて一致していない。だから彼らは、計算の単位を論争しているのである。しかしながらその間、決定的に明白となったのはすべての計算が共通性を内在しており、宇宙は解放しているに違いないということである。すべての数字がそれを示しているからである。しかし、すべての研究者はとりわけこの結果に満足した態度をとっていない。
結果的に秘密を探り、さらに謎を解くもう一つの可能性がある。その条件はとりわけ「不足している質量」がどこに隠れているかを発見することである。いったいどこに、この「不足した質量」に関して科学者は意見を異にしている、さらに彼らは、目下この「不足した質量」のある一定の最低部分しか証明できていず、またこれを見つけ出すこともできていない。銀河の質量を立証し見積もるためには秘訣があり、天文学者もそれを用いている。適当な精密機械で、銀河の光の入射により対象物の質量測定と決定は可能である。そのときは勿論、人間の目には見えないすべての光が測られ、評価されねばならない。例えば赤外線、紫外線、X線その他である。
いま、天文学者は銀河の大きさや質量を決定するために、この質量決定と測定の秘訣を用いている。従って天文学者は銀河の光の入射を測定しているのであるが、その際、すでに説明したようにX線、紫外線、赤外線、その他も計算に入れているのである。科学者は光線の総量から相応する光を生むに必要な物質の量と質量を見積もるのである。しかし、この物質量の測定と決定の秘訣は、科学者に最終的な結論をもたらさなかった。なぜなら、どのみちこの種の計算にはまだ多くのことが説明されていないからである。また、この計算と予測の秘訣は何ら正確な結果をもたらしていない。なぜなら科学者にまだ知られていない、あまりにも多くの宇宙の要因が考慮されていないからである。例えば宇宙の異なる時間と空間領域である。また全宇宙に統一していない様々な光の定数である。(例えば時間帯や時流等々、それについて地球の科学者は予感すらしていない。)次にまだ距離の要因がある。地球の科学者はそのなかで手をこまねき、それが10または、15光年超える遠い距離を扱っているとなるとまったく偽った仮定を免れない。それが現実である。
 さて、現代の地球の天文学者は次のことを認識しなければならない。宇宙、特に銀河は次々に彼らをからかうので、彼らが今まで仮定としてきたものとはすべて根本的に異なっていることを。そして彼らは別の、またいつものように、はじめは倒錯した仮定であったにもかかわらず、宇宙の彼方の空間にある銀河は巨大な大群団、いわゆる銀河団となっていることを発見した。天文学者はすでに何十年も前からこれを観察しているが、この宇宙事象の謎解きは今までなされなかった。銀河団の合流に関して何十年も続いた科学者の観察により、この銀河団は天文学者、物理学者、数学者にとって説明できないダイナミックさ(動態)を示していることがわかったし、わかっている。すなわち銀河は互いに予想もつかぬ勢いで疾走しているのである。それは、この銀河の質量、引力自体も説明できない勢いであり、いままで知られた質量、距離、そして地球人に知られた299,792.5km秒の光の定数からも出ない説明不可能な勢いである。個々の銀河のより正確な調査によって、科学者達は次の予測を立てている。すなわち、巨大かつ莫大な星の集合体のなかに想像もつかぬ物質の質量と量が隠されているが、それは非常に微弱な光を放つため、地球人に知られた「光の計算」や光の見積もりのなかにほんのわずかしか、またはまったく現れてこないと。しかし、これは今まで地球の科学者達が一つも鍵を見出さなかった数多くの謎のただ一つに過ぎない。科学者は教授を受けることが嫌いなのである。特にいわゆる素人からは、たとえこの素人が科学者よりももっと多くを知っているとしても。

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2016年11月30日

NO-246 異常気象!ますますむずかしくなる干し柿づくりと生活のあり方

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毎年、この時期の11月は干し柿づくりをしてきた。ところが昨年は一度作った干し柿が暖かさと湿度でカビが生えてしまった。2,000個くらいが干している最中に近年の温暖化の影響と雨による湿度によってカビが生えて全滅した。あわててあちこちの柿をまた取りにいって、皮を剥いてひもにつるしてお湯殺菌して、それからまた干すという作り直しだった。
例年の気象条件では11月に入ると渋柿の葉が落ち始め黄色く色づくので集落のあちこちにある柿の木がすぐ目につく。この柿をサルはまだ青いうちから狙ってやって来るのだ。そして冬の餌がなくなる頃まで残っている柿はサルやカラス、小鳥、なかにはハクビシンやテンもやってくる。特にサルが食い荒らした跡には柿が下にかじられた状態でたくさん落ちる。奴らは1個をきちんと食べずに途中で投げ落とす。目の前にたくさんあるから次々と目に映ってしまい食べることに集中できないのか、だらしないのか、しつけがなっていない。
ところがこの雑なお食事作法が他の動物の役に立っていることがわかる。落ちた柿は木に上ることができないシカやイノシシやタヌキのごちそうなのだ。いつも恨めしげに見上げていたごちそうが、サルがやってくるとぼたぼたと落ちて来るので棚からぼたもちじゃないけど柿なのだ。これを学習したシカはサルの群れの後を追って、下で待っていると時たま落ちてきた柿が当たって痛い思いもするだろうが食い意地が勝つのだ。この柿が枝に少なくなるとカラスはサルに餌を取られまいとカーカー飛び回ってサルを威嚇する。サルも負けじとギャギャーやり返す。サルとカラスの大騒ぎだ。

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ある時は柿の木の根元にサルとシカの罠を掛けたところシカが掛かった。やはり落ちた柿を狙ってきたのだろう。くくり罠にかかったシカはとどめを刺さなければならない。空気銃や散弾銃でとどめを刺すのだが銃の免許を持たない罠師などは槍などで首を狙って刺すのだ。とどめた後では血抜きのために短刀で首を切り血抜きをする。そして2時間以内に解体するかそうでない場合は土に埋めてしまう。私は有害駆除をやっているので猟期以外は写真と報告書を付けて役場に報告しなければならない。
さて、サルも柿をたらふく食べた後はのんきに夫婦か恋仲か知らないが毛繕いをしている。サルの駆除もやっているのでこのときも距離があったがやっかみ半分で撃ってみた。しかし当たらず逃げられてしまった。いつもそうだがサルは逃げ場を心得ていると見えて必ず来た方向、つまり林から侵入したなら林のなかに逃げ込む。そうしてしばらくするとまたやってきて悪さをすることがたびたびある。
有害駆除の対象はシカ、サル、イノシシだが、なかでもサルが一番厄介だ。
ここの集落も他と同様に電気柵を張り巡らす工事が行われている。他所の事例では電気柵もサルには無効なようだ。というのもサルはサーカスのように巧みに電気の通った線に触れることなく侵入するのだという。というわけで以前視察に回ったときも電気柵で囲まれた集落にサルが出没していたのを目撃したことがあった。そんなわけでたとえこの集落の電気柵工事が終わって周囲を囲んだとしてもサルの被害は覚悟しなければならないだろう。
それは干し柿にする柿をサルと競って穫らなければならないからだ。
いつもは11月になると収穫が始まるが、その年によっては熟の具合によって早める場合もあった。しかし早くとっても干す環境、すなわち温度が下がりカラッとした天候に恵まれなければならないのだがその心配は2〜3年前まではほとんどなかった。この時期はいつも晴天に恵まれ集落や町の行事も心配がなかったからだ。ところが昨年の気象状況はまったく悪く、雨が多く暖かでじめじめしていたものだから干し柿業者は大変な損害を被ったものだった。
そして今年はどうかと思っているとまるで梅雨のような状況でおまけに54年ぶりとか初めてとかの雪が降った。このまま冷えるかと思えば後日雨に変って干し柿に影響が出だしたのだった。業者は扇風機を掛けっぱなしにしてしのぐというので我が家も3台の扇風機を回した。それでも雨が降ったり、霧がかかたり湿度十分というありがたくない条件だ。そしてまたおかしいことにまったく風らしい風が吹かないのだった。干し柿には寒さと日差しと風が必要なのにいったい北風はどこを吹いているのか。まったく異常気象といわれだして久しいがますます狂いが生じているということをこの田舎で生活しているとひしひしと感じる。まず作物が天候不順で育ちが悪い、すると病気にかかったり、虫がついたり、まともな作が穫れないのだ。農家は多額の費用をかけてビニールハウスなどでかろうじて営農しているがそれでも大雪や雹が降ってつぶれたり、穴があいたり被害が出る。このような設備のない畑ではまるでバクチのように天候のご機嫌に掛けるしかない有様だ。また台風や竜巻、大雨、洪水、土砂崩れ、果ては地震までまであって地割れや山崩れで田畑が破壊される。
食料自給率が4割を切ったといわれるが、この食料を確保する条件が非常に厳しくなってきている。この異常気象と自然災害、そしてサル、シカ、イノシシなどの田畑を荒らす有害獣による被害、さらに農薬汚染もこれは直接人体やあらゆる生物に悪影響を与えている。ミツバチの減少も挙げられるがなんといっても農作物自体に農薬や大気汚染や水質汚染が重なって栄養価の少ない食べ物へと変質してきているという。したがって不足する栄養価はサプリメントなどで補助的に取らなければ必要とされる栄養を満たすことはできない。これは次の悪しき事態を引き起こす。つまり免疫機能が低下したり体力低下によって病気にかかりやすい体質になるということが危惧される。実際問題として健康といわれる人はどれだけいるだろうか。先のブログでもガンに罹る人が2人に1人と書いたがなぜこうもガンが増えたのか。一つは犬や猫などペットから(まだ医学では気がついていない)、否定的な思考、免疫力の低下、糖分の取り過ぎ、栄養不足と運動不足による体温の低下などが挙げられる。特筆すべきは甘い物である。むかしはあまり甘い物はなかったし、また贅沢なものだった。しかし、いまやスイーツブームとかで暇さえあれば甘い物を特に女性は食べていませんか。ガン細胞は増殖するために特に糖分を他の細胞の3倍から8倍必要とするそうな。しかしこの糖分を十二分に摂られている人はガン細胞を熱心に育てているかもしれないのです。だからガンに罹っている賢い人は、ガンに餌をやらない、兵糧攻めをしています。それは食事などで糖分を取ったらすぐに体を動かす運動をして筋肉に糖分を吸収させてガン細胞に栄養、すなわち糖分を与えないようにするというのだ。この方法に笑ってしまったがなるほどこれは賢い。体を蝕むガン細胞を知らず知らず育てていたなどあってはなりません。ですからスイーツ大好きの方は十分気をつけてくださいね。それからガン細胞は熱に弱いので体温の低いのは歓迎されるのです。ガンの餌食にならないように!

carshopufo at 12:59|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)
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