※ 2011年7月4日, 10日 Myspaceブログ投稿分

1994年2月、カシオペアはハワイ・オアフ島の「Audio Resource Honolulu」で新作のレコーディングを開始しました。ハワイが選ばれた理由は『今まで行った事が無くて見過ごしていた。』という理由でした。エンジニアは、「Active」での仕事ぶりに絶大なる信頼を得ていたロス・コックルがオーストラリアより呼び寄せられました。特にロスはドラム等のアコースティック系な音を録る時に、自然な残響を得る為にマイクの距離感を調節する技術に秀でていたのです。

実は前年末、野呂さんが現地を下見に来た時は、ピアノは一応音が鳴ったものの、コンソールに不安を感じたそうです…。それでも「TUBE」や「ヒューマン・ソウル(清水興さんのバンド)」も使用していたと聞いた為、野呂さんは大丈夫だろうと思われたそうですが……やはりその不安は的中したと言うか、想像以上に大変な環境が待ち伏せていたのです…(^^;)

レコーディング初日、いきなりハプニングが発生しました。エンジニアのコンソールと演奏ブースとがラインで繋がっていなかったのです(笑)。そのため急遽、壁にドリルで穴を開ける工事がなされ、なんとかラインが繋がりました。しかしまだまだ問題が…。

向谷さんがアコースティック・ピアノを弾いたところ、調律が全然合っていませんでした。これはギターで言えばネックが曲がっているようなもので、調律不可能な状態でした。しかも向谷さん、このピアノでトリル(=ンタ・ンタと2音を交互に弾く奏法)すると、危うく指を切りそうになったそうです(苦笑)。海外レコーディングではいつもピアノが受難しますね(^^;) こんなピアノが使える訳ありませんので、急遽、向谷さんの知人が勤めるヤマハのハワイ店より、店内展示品の新品ピアノを借りる事になりました。

ハプニングはまだこれでは終わりません(苦笑)。先ずはドラムのレコーディングを開始したところ、ギターを弾いていないのにギターの音が聴こえるのでメンバーもおかしいなぁ?と思って外を見たところ、なんと外でマネージャー氏がギターを試し弾きしている音がスタジオ内部にまで聴こえていたのです(笑)。つまり防音効果ゼロのスタジオだったんですね…。と言うか、ただの家ですね、これは(^^;) しかもスタジオの隣には自動車修理工場があって、ガガガガーと大きな騒音を出すので、騒音が出る度にレコーディング中断を余儀なくされ、1日待たされた事もあったそうです(苦笑)。

まだまだハプニングは続きます(苦笑)。スタジオのコンソールは「ニーヴ」という70年代に製造されたヴィンテージ・モデルなのですが、これが時々故障して音が出なかったりしたそうです(苦笑)。エンジニアのロスも当初はフラストレーションが溜まったでしょうね…。それでもロスがコンソールを叩くと、なんと音が出たそうです(笑)。もうメチャクチャですよね…。

しかしこんな環境の中でも、逆にセッションはスムーズに進捗したそうです。騒音の問題もコンソールの問題も『今録音しなければ、いつ録音するのか?』という強迫観念により、緊張しながら「それっ!今だ!」という状態でレコーディングしておられたそうですから…(笑)。そのうちメンバーの皆様もこのハプニングを楽しむようになられたそうで、それどころか全然そんな事を感じさせない素晴らしい曲が出来上がりました!

何と言っても、メジャー調の曲「Set Sail」「A Fine Day」がアルバムの最初と最後を飾る事によって、アルバム全体を輝かせているところがありますね。「Pal」も含め、3曲ぐらいこのような伝統的な作風の曲が入っていると心地良いです。(^^)

特に「Set Sail」は旧メンバー時代の曲をヒネらずにそのまま演ったって感じの爽快な曲ですね♪ これもきっと旧時代と新生時代の垣根が無くなった影響でしょうね(^^) エンソニックの鋭いブラス音が入っていないのでそう思うのかも知れませんが…(^^;) 正直エンソニックはパパッと細かく刻むよりも、「A Fine Day」のイントロのように長く伸ばした方がカッコイイと思います…(^^;)

「A Fine Day」は、実は野呂さんが『6個の音しか使わない』というコンセプトの元で作られた実験作だったのですが、野呂さんのギターの音色もハワイアン風な上に、本物のウクレレも弾いておられます。ドラムのイントロでのタムの多用も実はハワイ音楽を意識したものだそうです。このようなアレンジも似合っていますよね。私は「A Fine Day」も伝統的な名曲としてもっと認知されるべきだと思います。そもそもカシオペアの名曲を定義付けるのに『1989年以前か以後か』という期間だけで勝手に差別するのはやめてほしいですよね。80年代の曲と比べても全然劣っていない後期の曲って結構多いですから。

本作ではマイナー調の曲にも懐かしく感じられる部分があったりします…。「Warning」は「Black Joke」を彷彿とさせるシブイ系の曲ですね。鳴瀬さんの超低音がズンズン響いてきます(^^) 実は当初このベースラインを録音しただけでは、まだ野呂さんは満足していませんでした…。何か物足りないと思われたのでしょうね。すると鳴瀬さんが、別途ディストーションを歪ませた"ギューオ、ギューオ"という音を各小節の頭に付け加えたところ、これが見事に迫力のある曲へと変貌を遂げました。 

本作での向谷さんの機材は、例のピアノ以外については、普段使っておられたヤマハSY85やエンソニック等のシンセを殆ど持ち込んだそうです。その問題のピアノの代わりに現地で調達した新品のピアノも良い状態だったようで功を奏し、「Previous Matters」でその音を聴く事ができます。「Mr.Dungeon」で弾かれているオルガンっぽい音もSY85です。この曲は幾何学的で作曲したつもりが、実際に演奏するとジャズっぽくなってしまったそうですが…(^^;)

「Dynamic Road」は間奏部分でドラムが止まり、ギター&キーボード&ベースがギミック風にユニゾン(同じ音程)でフレーズを弾くシーンがあるのですが、これも「Space Road」を彷彿とさせてオールドファンの心をクスぐりますね(^^;) 向谷さんも当時「Space Roadのシャレ」だと語られていました(笑)。

「Surf's Up」は前作「Shocking Function」に引き続いて熊谷氏の2曲目となるファンク曲で、きちんと4人のソロもフューチャーされています。益々「Super Sonic Movement」に近づいた感がありますね(^^;)。これもオールドファンの心をクスぐります(^^;) さすがに野呂さんも彼に「今度は違うタイプの曲を書いてきてごらん。」とおっしゃたそうですよ(^^;)

勿論、鳴瀬さんのファンキーなベースラインは本作でも「Living Things」や「Surf's Up」で健在です!そして本作の鳴瀬さん自身の新曲は、前作「Life Goes On」に引き続いてソフトな曲調で高音部のメロディが美しい「Cool Rain」で、やはり野呂さんのカシオペア風の調理を経て完成しました。当初のタイトルは「Cool」だったのですが、レコーディング途中で野呂さんが「雨のしずく」の音がするオモチャを買ってこられて、この音をイントロに入れた為、タイトルも「Cool Rain」に変更したそうですよ(^^;)本作でパーカッションを努めたマイケル・ムルドォーンのボンゴ・コンガのポコポコサウンドもイイですね(^^)

実は野呂さん、鳴瀬さんが「Cool Rain」というバラード系の曲を持参された事に驚きました。なぜなら前年、お二人で話し合っていた限りは鳴瀬さんが本作用で激しいビートの曲を持ってこられると野呂さんも予想していたからです。それならと野呂さんは、鳴瀬さんとカブってはいけないと出すのを控えておられた「取って置きの曲」を急遽レコーディングする事にしました。その曲こそが「Take Courge」でした。

激しいロック調の「Take Courge」…"ドコドコドコ…"っていう高速のツーバスドラムを聴いていると「Solid Swing」を思い出しますね(^^;) ベースの"ンペ・ンペ・ンペ…"という上下に振り続けるパターンは鳴瀬さんが昔から超得意にされていたフレーズですね(^^)

以上のようにしてハワイ・レコーディングは終了しました。結局カシオペアはこのスタジオでトラックダウンまで仕上げた最初のグループという事になりました。他は最後まで仕上げたグループは無かったんですね。一部のサウンドを録るだけだったそうですから…。

そして本作は「Answers」と言うタイトルで5月25日にシングルCD「Take Courge」(ALDA-201)と同時にアルファ・ミュージックより発売されました。(社名変更の件については、また後ほどの章で…)
[再発盤] http://www.amazon.co.jp/dp/B00005V4H7
そういえば私、この「Answers」に限ってはタイトルの由来を知りませんねぇ…(苦笑)。どこかの媒体でも語られたのを聞いた記憶が無いのです…すみません(^^;)

ちなみに「Set sail」と「Fortunate Breeze」はテレビ東京の番組「モーターランド2」のオープニング/エンディング・テーマ、「Take Courge」はテレビ東京の「ダイヤモンドサッカー」のテーマ、「Living Things」はWowWowの番組「リングス」のエンディング・テーマにそれぞれ採用されました。

「Answers」はとにかく若さで満ち溢れたアルバムでしたね。実際にはマイナー調のメロディも結構多いのに、全体的にはそのように感じさせない明るい雰囲気が出ています。もう旧時代と新生時代との垣根が無くなり、17年間で築き上げた音楽要素の全てを使っちゃおう~という開き直りの境地に達されたのかも知れません(^^;メンバーの皆様も色々試したい事もおありでしょうし、昔と全く同じ構成のアルバムよりも、本作のように部分的にちょこっと懐かしい要素が含まれている方が面白いでしょうね。野呂さんが「1枚ごとにその作品のイメージを強力に出したい。」とおっしゃったとおり、本作ではハワイのトロピカルなイメージが強烈に出ました。

そして本作は「環境」の影響も大きかったでしょうね。勿論、湿気の少なさがサウンドへ与える好影響もあったでしょうが、気持ちの上でも寒いオーストラリアの時とは違って、ハワイの気候の暖かさの影響もあったでしょうね。ビーチで太陽の光を浴びながら昼寝して、その後スタジオへ行っていたそうですから、こんなのは日本では考えられませんね。最初色々トラブルがあったものの、この素晴らしい大自然の中だと、メンバーの皆様も全てを許す気持ちになれたそうですよ(^^;)

メンバーの皆様もオフの日にはよくビーチへ行かれたそうですが、徳ちゃんは海ガメと泳いだり、4時間ビーチでドラムの練習をしたそうで、周囲から不思議がられたでしょうね(笑)。向谷さんもゴルフ三昧だったそうで、ハワイが強風が凄いですから、アゲンストの風だとなかなかボールが前に飛ばなくて、逆にフォローだと信じられないくらいに長距離を飛んだそうですよ(笑)。


帰国後、カシオペアはテレビ東京の番組「タモリの音楽は世界だ」で、T-スクエアと初共演を果たしました。意外にも両者はこれが初共演だったのですね…。両バンドが共同で演奏したビートルズの「ゲット・バック」では各人のソロ演奏も聴けました。又、トークも面白く、安藤さんが「メンバーチェンジの多さ」でタモリさんにツッコまれたり(^^;)、熊谷氏と則竹氏がラジコン仲間だった事が判明したりと、面白い話が満載でした(^^)

実は私、この番組で一つだけ腑に落ちない事がありました。それは、カシオペアの音楽を「ポップ・クリエイティヴ・サウンド」だとボードで紹介してくださった時、観客の皆様が一同にワハハと大笑いされたのです。なぜ笑うのですかね?そんなに面白いネーミングですか?真剣な話だったのに、信じられない…。野呂さんのお顔もアップになりましたが、笑っていませんでしたよ(^^;) あの場所で笑った皆様、野呂さんに謝罪してください!(笑) 直接謝罪はできませんので、ライブに行くとかCDを買うとかで(笑)。


1994年、ハワイで「Answers」を制作したカシオペアでしたが…実はこのレコーディングの際、別途「企画盤」の為に演奏収録していたテイクが2曲ありました。

話は前年に遡ります…。当時、東京音楽大学の客員教授を務めておられた(現在も勤務中です)鳴瀬さんと野呂さん……お二人の帰り道での話ですが、鳴瀬さんが「なぁ、アンプラグドって知ってるか?」と野呂さんに尋ねた事が全ての始まりでした。この「アンプラグド=unplagged」とは、文字通り、ロックバンドがプラグでアンプを通して音を出す事を一切やめて、完全にアコースティック楽器ばかりの編成で演奏する事です。エリック・クラプトンのステージでも有名ですね。当初野呂さんは、仮にアコースティック編成のライブをするとなると、それに対応できるギターを持っておられなかった事が原因で、アコースティック編成には消極的だったそうですが、この時、鳴瀬さんの話を聞いてみると『面白そうだからやってみよう』と思い直されたそうです。

先ず野呂さんは、カシオペアの通常のライブのワン・コーナーとして、4人で数曲アコースティック・スタイルによる演奏を試みました。当初乗り気ではなかった野呂さんも、いざやってみると結構面白いと手ごたえを感じられたそうです。するとスタッフより「アコースティック・アルバムを作りましょうよ。」と提案を受けたりしたので、ついにカシオペア史上初のアコースティック・アルバム制作のプランニングが始まりました。普段はカシオペアのアルバムの中で1曲だけ珍しい曲を演奏するケースならありましたが、そればかりではメンバーの皆様も面白くないでしょうし、ダビング一切無しでアルバム1枚作ってしまおうという計画が実現される事になったのです。

年が明けて94年、カシオペアはハワイでレコーディングを開始したのですが、「その16」で書きましたように地元のヤマハより新品のアコースティック・ピアノを借りる事ができましたので、いずれ制作するアコースティック・バージョンのテストも兼ねて「Dazzling」と「Magic Ray」の2曲がレコーディングされ、「Answers」の音源と共に日本へ持ち帰られました。

先ず最初に「サウンド面でのコンセプト」をどうするか考えたメンバーは、既存の他バンドのアコースティック作品を追随する事にだけはならないように、カシオペアのオリジナルのアコースティック作品を作る事に決定、結局はハワイで録音した2曲に雰囲気を合わせて他の曲も音作りされる事になりました。スタジオ・ジャイヴのエンジニア様が大変だったそうですが…。

そのハワイ録音の2曲ですが…とにかく残響がイイですね♪ 勿論、ロス・コックルの腕前なのですが。「Dazzling」も従来ライブではボコーダーで弾かれたメインパートも、ギターとピアノで交互に弾いておられます。ベースなんか4ビート入ってますよ(^^;)「Magic Ray」はピアノで刻むコードとドラムのリムショットのコンビネーションが限りなくレゲエっぽいですね(^^) この曲はオリジナル・バージョンではフレットレス・ギターで弾かれていますので、アコースティックギターだと音が伸ばせなかったりして色々制約もあったでしょうが…その分、色々工夫して表現しておられたのですね。(^^)

3月、ハワイから帰国した野呂さんは、すぐにアコースティック・アルバムの為の既録音2曲以外の曲作りに取り掛かり、新たにヤマハの「ATX-46DST」というアコースティック・ギターを購入しました。この機種は、ボディを持った感触がエレクトリックギターに近くて弾きやすかったそうで、これならアコースティック・アルバムを作るのに最適だと思われたでしょうね。

向谷さんは普段のアルバムからアコースティック・ピアノを弾いておられて、「音の強弱は、鍵盤を弾く強さだけじゃなく、音の長短によっても強弱を付ける事ができる。シンセよりもアコースティックピアノの方がより人間の感性に近い。ダビングが多い普段のカシオペアのアルバムよりも音がハッキリと沢山聴こえる。」と語られていました。やはりアコースティックピアノはシンセサイザーのように「音のバリエーション」が無い分、演奏の変化でバリエーションを付ける事を心掛けられたそうです。

ハワイの2曲の録音の際はピアノはマイクを2本立てて録ったそうですが、スタジオ・ジャイヴではピアノ自体の反響とピアノの遠くで聴こえる音を両方マイクで拾えるように設置した上に、ピアノの上蓋を取り払ったそうですから、一層全体的な音の膨らみを得る事ができたようです。

鳴瀬さんは、通称「もくべえ」というTune社のフレットレス・ベースをレコーディングで使用しました。「Low B」の超低音が時々キメにド~~ンと入るのがイイですね。アップライトベースをほうふつとさせるものがあります。

熊谷氏は当初このレコーディングでは戸惑いを持ったそうで…「普段のカシオペアのライブでは、腕の振りを大きくして大きな音を出していた。それが急に繊細な演奏をしなければならなくなったので、最初は体がついていかなかった。」と語っておられました。つまりアコースティック向けに叩くドラムの音は基本的に小さいですから、ちょっとした強弱の違いが露骨に現れてしまうんですねぇ…。

本作の選曲に関しては、新曲に加えて野呂さんのストック曲も発掘されました。

「Pleasure」は、なんと野呂さんが「ユーフォニー」制作時に作曲したストック曲で、楽譜を書いてそのまま寝かせていた曲だそうです!(驚) これもアコースティックだからこそ日の目を見たのでしょうね。ギターのメロディが複弦っぽく聴こえますが、これはいわゆるオクターブ奏法と言われるもので、野呂さんが下の音をピックで弾くと同時に1オクターブ上の音も中指で摘むように弾いておられるそうです。

「Shining Voyage」は、「Active」の時に一度やろうとした曲だったそうですが、その時はアレンジを思い通りに工夫できなくて、結局お蔵入りさせてしまったそうです。しかし今回、野呂さんが『1曲ぐらい、ストレートな曲があってもいいや。』と考え直された事から、この曲をアコースティック・バージョンでレコーディングする事になったそうです。でも実際聴いてみると、「Pleasure」もそうですけど伝統的な流れを持っていて、アルバムでも重要な存在になっていますよね♪…そういえば「Justice」は、3拍子っぽく聴こえますが、実は8分の6拍子だそうですよ。

「So Long」は、元々鳴瀬さんの83年発売の3rdソロアルバム「Base Metals」に収録されていた曲のリメイクです。鳴瀬さんも以前より昔のソロ曲をカシオペアで演奏できればいいなとは思っておられたそうですが、本作はアンプラグド・アルバムという事で、通常のアルバムよりも演りやすいだろうから演ってみようと思われたそうです。アレンジは野呂さんに任せたそうです。ギターソロがラテン風味でイイですね(^^)

こうして4人だけで作られたアコースティック・アルバムは、「Hearty Notes」というタイトルで8月24日にアルファミュージックより発売されました。タイトルを日本語に直訳すると「心からの贈り物」というニュアンスになるそうです。
[再発盤] http://www.amazon.co.jp/dp/B00005V4H8

3月に制作を初めて8月発売って…かなりのインターバルがありますが、これはおそらく「Answers」とブッキングさせない為だったのかも知れませんね。ちなみに「Sweet Vision」と「Pleasure」は、「テレコムワールド」のオープニング&エンディング・テーマに採用されました。

このアコースティック・スタイルは「Answers」発売記念ツアーでもワン・コーナーで披露され、当時まだ未発表だった「Sweet Vision」「Somblello」「Justice」「Dazzling」が演奏されました。ちなみに鳴瀬さんは、レコーディングではフレットレスベース「もくべえ」を使用しましたが、ライブでは新たにアップライト・ベース「BSX 2000」を購入して弾いておられました。管弦楽でよく使う、縦に長くて大きいベースです。鳴瀬さんは「俺がアップライトを弾くなんてシャレだよ。」とおっしゃったそうですが…(笑)。

実は「Hearty Notes」の発売を前にして……メンバーの皆様にとって大変悲しい出来事がありました。

6月5日のNHKホールのライブのアンコール時に、向谷さんがMCで「カシオペアの事務所の社長様の訃報」を御発表なさったのです…。「Answers」ツアーが始まる前だったそうですから、5月だったようですね…。そして向谷さんが「天国の社長にこの曲を捧げます。」と言って「The Sky」が演奏され、ライブは終演しました…。

かつてはスタジオ・ジャイヴも建ててくださった地主の社長様…カシオペアの旧メンバー時代から時々スタジオに遊びに来られてはメンバーを激励してくださったそうです。お酒がお好きなので常時酔っ払っておられたそうですが(^^;) そして新生カシオペア発足時も新事務所の設立に尽力してくださいました…。メンバーの皆様にとって無くてはならないお方でした…。

よって「Hearty Notes」のライナーノーツには、「このアルバムを社長(実名)に捧げます。」と英語で記載されているという訳です。一層、深い意味での「心からの贈り物」となってしまいましたね…。

しかしカシオペアも、決して立ち止まる事はできず、また新たなステップを踏み出していかなければなりませんでした。


話は変わりますが、「Answers」と「Hearty Notes」の初版CDの帯を見ると、レコード会社名が「アルファレコード」から「アルファミュージック」に変わっている事にお気づきいただけると思います。そうなんです。カシオペアがこの2枚のアルバムを制作していた裏側で、アルファは大きな変化を遂げていました。

元々アルファレコードの株主構成は、外車ディーラー「ヤナセ」が大株主として位置していました。これは元々ヤナセの二代目会長・梁瀬次郎氏がアルファ初代社長・村井邦彦氏の学校の先輩だった事が縁だったそうです。ところがご承知のように、バブルが崩壊した影響はどこの企業にも打撃を与えましたので、レコード会社の経営も例外ではなく、ヤナセはアルファへの経営参加より身を引きました。するとこの影響で、アルファの経営状態は悪化し、結局は「アルファレコード」としての法人組織は解散となり、4月に東芝EMIが資本主となった新たな法人「アルファミュージック」が発足、旧アルファレコードの全業務を引き継ぎました。

よって、もう既に存在しない「アルファレコード」の名義で発売したCDは全て廃盤となり、全タイトルが「アルファミュージック」名義で再発売されました。当然ながら、前年に発売されたばかりの「Dramatic」や「Tickle the Ivory」までもが番号を変えて再発売される事態となったのです。なんて早い再発売なのかと…(^^;) アマゾンのリンク先が「94年発売」となっていたのも、こういう事情があったのです。

この件はカシオペアのその後の意思決定にも大きな影響を及ぼしたでしょうね…。レコード会社も経営者が変われば経営方針も180度変わったでしょうし、旧アルファの社員全員が新会社に引き継がれたかどうかは定かではありませんが、例えばカシオペア側が書面で契約していなくとも、信頼できるディレクターと今後の方針について決めていた事までもが白紙に戻ってしまったかも知れません。新会社にとっては『知ったことじゃない』のかも知れませんし…。

とにかくカシオペアとしては、レコード会社との契約条項を一から詰めなおす必要があったでしょうね…。しかし東芝EMIも一流企業ですから、早く言えば「経営破たんした会社」を受け入れた立場である以上、当然コストにもシビアだったでしょうし、当時のような「コスト縮小・軽減」の風潮だと、アーティストに対してもあまり良い条件や環境を提示できなかったかも知れませんね…。そんなに甘い事を言っていられない立場なのは私も理解できます。しかしカシオペアとしても、素晴らしい作品を制作する為には今までと変わりなく全面的なバックアップが必要だったはずです…。

そんな時、新たなレコード会社として「ポニーキャニオン」の存在が浮上しました。

元々カシオペアは、東南アジアでも大人気を博しており、「その5」でも書きましたように、主にアルファ時代の旧譜が「シンガポール・ポニーキャニオン」より公式に発売されていました。この件の絡みもあって、カシオペアは日本のポニーキャニオンともお付き合いがあったのです。しかも聞くところによると、東南アジア現地のファンが、旧譜じゃなくて「現行メンバーによる新譜」を熱望している実態が判明したそうです。そもそも根本的な話として、国内と海外で同じ系列のレコード会社に所属した方が、アーティストにとっては動きやすいというのはあるはずです。これだけ奇遇にも好条件が一致すれば、もうポニーキャニオンに移籍するしかないですよね…(^^;)

こうしてカシオペアは、アルファミュージックとの契約期間を終え、1994年秋にポニーキャニオンに移籍しました。とにかくレコード会社が一度清算されるという事が、いかにアーティストの活動に影響を及ぼすのか…という事でしょうね。カシオペアもアルファに復帰したばかりだったのに、結局僅か2年で去らざるを得なくなるとは、なんとも無念ではありましたが…敏腕マネージャー様もアルファの経営破たんまでは予測できなかったでしょうから、仕方の無い話だと思います。(^^;)

又、かつてカシオペアが旧メンバー時代に数々の名作をレコーディングした芝浦の「スタジオA」も、翌95年に閉鎖されてしまいました。これも寂しい話ですね…。

(その10へ続く)