※ 2011年7月31日 Myspaceブログ投稿分

これまでのお話をご覧いただいた皆様の中には、既にカシオペアの「一定の法則」にお気づきになられた人もいらっしゃる事でしょう。当時のカシオペアは毎年2月~3月にレコーディング、5月に発売というパターンが定着していました。ところが1996年は、「その10」でもお話しました韓国ライブや野呂さんのソロ「Top Secret」の発売等、色々な仕事が同時期に重なった為、カシオペア本体のレコーディングは6月に順延される事になったのです…。

そして96年6月、カシオペアはオランダの「Wisseloord Studios」にて新譜のレコーディングを開始しました。オランダが選ばれた理由は、今までレコーディングで訪れた事がない国の中で、どこが良いかを検討した時に、かつてカシオペアが旧メンバー時代にライブで訪れた事のあるオランダに対して野呂さんの中で良いイメージが残っていた事が決め手となったようです。しかもこのスタジオは、大変設備が整った素晴らしいスタジオでした。トレイン・シミュレータのドイツ版の制作で先に訪欧していた向谷さんのみ、現地で他のメンバーと合流しました。又、本作でもエンジニアは既に「海外専門要員」となりつつあったロス・コックルがオーストラリアより呼び寄せられました。ナチュラルな音像を持つロスは大変信頼されていたのです。

本作の特徴ですが…先ず野呂さんが久々にギターシンセを使用しました。具体的にはヤマハの「G10」というギター型コントローラーを弾いて、そのログを「G50」でMIDI信号に変換してシンセの音源を鳴らすという手順です。野呂さんがギターシンセをお使いになった事で有名な曲に「ユーフォニー」収録の「Solid Swing」がありましたね。あのトランペット風のメロディがそうです。久々にギターシンセを使用した理由としては、野呂さん曰く、昔のギターシンセは低音部分で音が遅れる難点があり、それが解消されて性能がグンと良くなったからだそうです。本作では「Blooming」と「Trance Evolution」でそのギターとシンセのミックス音が聴けます。

そして野呂さんはレコーディング期間中、たまたま現地の楽器店に立ち寄ったところ、運命の出会いがありました。それは「ギットラー」という不思議な形をしたギターもどき(?)の弦楽器で、ギターで言えばボディが全く無い状態で、ネック部分と周囲に骨組みがあるだけの奇妙な楽器でした。しかもこの楽器はユダヤ人によって開発されたそうで、野呂さんも「"ユダヤ発、ギットラー"って、危ない雰囲気ですね。」とおっしゃていました(笑)。

実は野呂さん、1987年に「プラティナム」のレコーディングでニューヨークを訪れた際、一度現地の楽器店でギットラーを初めて観て興味を持ったそうですが、その時のは状態がかなり悪かったので購入は諦めたそうです。すると今回、オランダで再びギットラーを見つけた訳で、今度の物は状態が大変良かった為、野呂さんももうこれは買うしかないと思って即日購入なさったのでした。

そして野呂さんは、ギットラーを早速レコーディングで使用されました(笑)。「Mystic Lie」でそのサウンドが聴けます。私もあまりギターには詳しくないですが、ギットラーはボディが無いのでいわゆる「弦だけの音」で、通常のギターより響きが少ないタイトな音が出せると言うか…そんな感じのようですね。野呂さんも購入当時、本体に何かケーブルを接続するコネクターが付いているものの、何の為に使うのかよく解らなかったそうですが(笑)…きっともう判明したでしょうね。

向谷さんも本作では意識して新たな音作りに挑戦したようです。以前のアルバムでは聴いた事のないような音色が続々登場します(笑)。その代表的なのは「Aberdeen」で、"ヨォォォォ~"と言っているのか、何と言っているのか聴き取り難いヒューマン・ボイスですね(笑)。他の曲でもヒューマンボイスは結構使われていて、「Blooming」もそうですし、「The Mind Quake」もよく耳を澄まして聴くとメロディの裏で"ウ~~~"と、コード的な役割のボイスが聴こえますでしょ(笑)。機材で比較的新しいものはYAMAHA W7やRoland JV-1080とかがありますね。勿論、本作でも向谷さんのアコースティック・ピアノは健在で、特に「Mystic Lie」後半のピアノソロは鳥肌モノです。

鳴瀬さんも本作では今まで使った事のない5弦ベースを中心的に使ったそうで、今までのよりもビブラートが付きやすいそうです。ベースの事をあまり知らない私だとこの程度しか話せなくてすみませんが…(^^;) 本作のベースは腰太な音が多いと言うか、結構パンチが効いていますね。そして本作の鳴瀬さんのオリジナル曲「Secret Messege」は、なんとジャズの4ビートです!(笑) 全然違和感ないですよ。本物のジャズメンみたいです。(^^)

熊谷氏の曲「Super Sence」はまたもやファンク系…(笑)。しかし今までの曲とは違い、リズムが複雑ですね(^^;) 何拍子の曲なのか私も解りません(苦笑)。だから結構楽しいですよ。ベースも太いですし(^^) やはり徳ちゃんはファンクが一番似合ってますね♪

そして本作は、何よりもエンディング部分に盛り上がりのピークが来ていると言っても過言ではありません。

ラストから2曲目の「Trance Evolution」は7分に渡る長編作ですが、イントロからいきなりプログレ風のアレンジですね(^^) ギターは上記の通りにギターシンセと重ねて使われていますし、曲の途中で何度も転調がキレイに決まり、リズムもスパッ、スパッと変化するのがカッコいいですね♪ キーボードもアクセント的にオーケストラ・ヒットが使われたと思えば、全音符(長く伸ばす音)を効果的に使われたりして魅力が一杯ですね♪ それまでのカシオペアのあらゆるテクニックが凝縮された曲とも言えますね。私もこの曲がカシオペアの歴史上で最強の曲だと確信しています。ところで、カシオペアをよく知らない皆様…決して「Asayake」が代表曲だと思わないでくださいね(笑)。まぁそれは極端な例ですが…(^^;)

「Trance Evolution」が終わると、ラストの「Candle Light」へ続く…この締め括り方もたまりません(^^) この曲もカシオペアの歴史上、色々存在したバラード曲の中で最高峰の曲と言えるかも知れません。ギターメロディの美しさは勿論、バッキングを務めるアコースティック・ピアノとストリングスとのアンサンブルが完璧ですからね♪ 素晴らしいエンディングでした。

そして本作も各曲のミックスダウンを終えると、ロス・コックルが自ら最後のマスタリング業務まで行う事になりました。それまでのカシオペアの海外レコーディングを振り返ると、LPレコード時代の「Sun Sun」や「Platinum」の時は、レコーディング、ミックス、マスタリングの全ての作業段階をニューヨークで一気に仕上げる事ができましたが、媒体がCDに完全移行してからは、毎回ミックス段階までは現地で仕上げていたものの、それを日本に持ち帰ってマスタリングするのが定番となっていました。それが今回のスタジオは、最後のマスタリングまで可能なほど設備が充実していた為、ついにロス・コックルの手でマスタリングされる事となったのです。

しかし皮肉な事に…カシオペアとロス・コックルとの縁は、この「Flowers」の仕事が最後となってしまいました…。新生カシオペア以降、海外レコーディングで最後のマスタリングまで行ったのは本作が初めてであったにもかかわらず、実はそれは同時にカシオペアにとって最後の海外マスタリングという事にもなってしまったのです。ロス氏も海外専門要員として大変ご活躍してくださいましたね…。

元々本作は野呂さんの「全部の曲を極端に作りたい」という方針により制作されたのですが、オランダの自然の美しい環境の中で過ごした影響が各曲に現れたのを受けて、その美しさを花に例えて本作のタイトルは「Flowers」と名付けられ、9月20日にポニーキャニオンより発売されました。 http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FRDL

実は当初は「Flowers」も「Top Secret」と同じように「CD-PLUS」として色々コンテンツを収録する事が検討されたそうですが、結局は実現しませんでした…。

その代わりにという訳でもないでしょうが……本作のレコーディングの最中は、ずーっとメンバーを追いかけるようにビデオ収録がなされていて、ドキュメンタリー的な映像ソフトも制作も進行していたのです。この映像作品は「Detail Of Flowers」と言うタイトルで10月2日にLDとビデオで発売されました。(PCLP-00619) これは「メイド・イン・メルボルン」以来、4年ぶりの映像作品でもあり、熊谷氏が加入して初めての公式映像作品でもありました。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FVOQ

映像の中身は、先ずロス・コックルのサウンド・チェックの様子から始まります。やはりプロフェッショナルの雰囲気が漂っていますね(^^) そこへメンバーが次々登場し、リハーサル、そしてレコーディングする様子が観れます。野呂さんがギットラーを弾く様子も、シェイカーを振る様子も観れますよ(^^) 勿論、鳴瀬さんのレコーディング姿も(^^) 熊谷氏は自らのドラムセットをパーツ別に1枚ずつ叩いて、それぞれがどんな音が出るのかを解説してくださっています。(^^)

すると映像は向谷さんが電話に応対する場面に切り替わります。これは何かと申しますと…実は7月12日から14日に掛けて、現地では「North Sea Jazz Festival」という世界最大規模のジャズフェスが実施される予定となっていたのですが、カシオペアがオランダにレコーディングに来ている事を主催者が聞きつけて、出演オファーをしてくださったのです。かつてカシオペアも旧メンバー時代に二度出演した事がありました。それで向谷さんが「リハーサル無しだよ。」と言うと、鳴瀬さんは「そんなの駄目だ。出演を断ろう。最終決定権は堀内だ。」と、ローディーの堀内氏に責任転嫁をするような冗談をおっしゃる場面もあって、爆笑ものです(^^) あっ当然ながら、出演オファーは快諾されましたよ♪

勿論そのジャズフェスにカシオペアが出演した際の映像も、少しだけですが「Detail Of Flowers」に収められました。実際の演奏曲は「Set Sail」「Fightman」「Galactic Funk」等、バラエティに富んでいましたが、本作はポニーキャニオンからの発売ですので、大人の事情によりこれらの曲はカット(^^;)…結局はダイジェスト式にライブ初公開の「Just One Way」と鳴瀬さんのベースソロ、そして「Trance Evolution」の最後の部分が一瞬だけ観れます(苦笑)。でも現地の観客もかなり盛り上がってくださっていますね♪ カシオペアが出演したのは14日でしたが、他にもハービー・ハンコック、B.Bキング、グラハム・セントラル・ステーション、マーカス・ミラー・バンド、ジョー・サトリアーニ等等…ジャズ・フュージョンファンにとってはたまらない顔ぶれが一同に会していて、野呂さんも「B.Bキングに会えたのが一生の思い出」と振り返っておられました…。

更にこの「Detail Of Flowers」には、CDの「Flowers」とは違うアレンジによる4人のスタジオ・ライブ・シューティング映像も収められています。曲は「Just One Way」と「Seasons」と、先に私が最強の曲と述べた「Trance Evolution」の3曲です。「Seasons」も楽器を持ち替える事によって全然違うアレンジに変身しています。CDで重ね録りしているサウンドと一発録りのスタジオライブのサウンドは、やはり雰囲気が違いますね(^^)

「Detail Of Flowers」もドキュメント作品として素晴らしい作品でした。それなのに、未だにDVD化されていないのはちょっと残念ですね…。


そんな中、話は急展開します……。

96年、アルバム「Flowers」で最高のエンディングを演出したカシオペア…。この傑作アルバムを携えて、カシオペアは10月1日から18日まで全国ツアーに廻る事になりました。ところが…この4人のメンバーにとっては別の意味でもエンディングを迎える事になってしまったのです…。

またもや突然でしたが…事務所の公式発表によれば、「カシオペアの進む方向」と「熊谷氏が目指す音楽性」の食い違いについて話し合った結果、熊谷氏が「一度カシオペアを離れてやってみたい。」と申し出たため、カシオペアは彼の申し出を承諾したとの事でした……。

これはツアーが終わりに近づいた頃の発表でしたが…ファン倶楽部会員への連絡ハガキの消印が10月8日になっていましたので、関東のファンの多くの皆様は10日のNHKホール開演前にこの事実を知ったようで、複雑な思いを持ちながら観賞された事でしょうね…。このNHKホールのライブは、カシオペアの歴史上、初めてのインターネットでのライブ中継となり、当時は画期的な事でしたが、それが皮肉な事に熊谷氏最後の東京ライブという事になってしまいました。又、逆に言えば、このハガキが送られる以前の各会場(大阪、名古屋等)で観た人は、まだこの事実を知りませんでしたので、これが最後だとは知らずになにげなく熊谷氏の最後を見届けてしまったという訳です(一同・苦笑?…^^;)

そして10月18日には、熊谷氏にとって本当に最後のライブが彼の地元の「札幌ペニーレーン」で行われました。曲は「Flowers」からの曲が中心ですが「Looking Up」「Eyes Of The Mind」「Misty Lady」「Domino Line」「Galactic Funk」等の懐かしい曲も演奏、本編は当然「Trance Evolution」で終了し、アンコールの最後の曲は熊谷氏の新たな船出を残りのメンバーで讃えるべく「Set Sail」が演奏されてライブは終了しました…。この日を以って熊谷徳明氏はカシオペアを脱退、新たな道を歩み始めたのです。と同時に「年配の鳴瀬さん」~「中堅の野呂さん向谷さん」~「若手の徳ちゃん」と連なった「三世代型バンド時代」も、これにて終焉を迎える事となりました。

そもそも熊谷氏が当時カシオペアと平行して「他のバンド」を二つ掛け持ちで活動していた事を知っている人は、一体どれだけ居られるでしょうか?…一つは「ARTISTECH(アーティスティック)」と言うユニット、もう一つは「Emotion(エモーション)」と言うユニットでした。

アーティスティックは笠原康弘氏、大坪稔明氏、下野ヒトシ氏との4人からなるカシオペアと同じ編成のバンドで、エモーションは熊谷氏の旧友でベーシストの池沢氏と「Jim-Take-Saku」でキーボードを担当した加藤一弘氏との3人編成でした。ですので、ライブハウス中心とはいえ結構本格的に活動しておられたんですよ。

そもそも熊谷氏が他のユニット活動を始めた経緯は私もよく知らないのですが、当時私は一ファンとしてその「必要性」を感じる事ができませんでした…。なぜなら、元々彼はカシオペアに憧れて、カシオペアの音楽を演奏したくて入ったのでしょ?一流ドラマーと呼ばれるにはおそらく10年位掛かるでしょう。神保さんだってそうでした。それなのに何故って言うか…熊谷氏の場合はプロデビュー3年程度でいきなり「別ユニット」をお組みになった訳ですから、正直私は『一体何してんの??』と思いました(ゴメンナサイネ…苦笑)。ですので徳ちゃんには申し訳ないですけど…正直私はこれらの別ユニットが作られた瞬間『危ないな…』と思っていました(^^;)

勿論私も、熊谷氏がカシオペアに加入してから心境の変化が起こった事も理解できますよ。早く言えば「当時のカシオペア」とは違う音楽をやりたい気持ちが強くなったという事でしょ?それにはやはりアーティスティックとエモーションの活動を兼務する中で、彼自らがバンドのリーダーを務める事に手ごたえを感じて彼なりに自信を付けたのかも知れませんし、この2つのユニットの影響も全く無かったとは言えないのではないでしょうか?

結局カシオペアでは熊谷氏の曲は「Shocking Function」から「Super Sence」まで、最終的には5曲採用されたのですが、実は当時、これ以外にも熊谷氏が作曲したものの不採用になった曲も多数存在したそうです。これらの曲も含まれているかどうかは定かではありませんが、最終的に熊谷氏が個人的に作った曲は20曲にも上り、それらは全てアーティスティック用に廻されました。

熊谷氏も、野呂さんの要求どおりに違うタイプの曲を作ってもなかなか採用されなかった事に関してはきっと悩んでおられたでしょうが、逆に言えば、毎回カシオペアでファンク曲が採用されるという事は、ファンクが熊谷氏に一番似合っていたとも言えます。しかし、この様子だと…きっと今後も彼の曲は毎回ファンクばかり採用される事になっていたでしょうし、カシオペアの将来以上に「熊谷氏個人の将来」を考えると本当にそれで良いのかどうか…案じられる部分はきっとあったでしょうね。現実にアルバムでも、毎回彼の曲がスタンダードすぎて浮いていましたからね…(^^;)

「Asian Dreamer」の時も、特に旧メンバー時代の曲は神保さんのドラミングのイメージが強烈に刻み込まれていますので、カシオペアを聴いてきた熊谷氏もどうしても神保さんに近いドラミングをしてしまうのは当然ですし、それを意図的に変えるのも結構大変だった事と想像されます。場合によってはこれが逆効果となって、熊谷氏が益々悩んでしまった事も考えられなくはないです…。しかし、カシオペアで「神保さんのコピードラマー」を育成しても、結局それは熊谷氏の将来の為にもならない訳ですから、野呂さんが「神保君ソックリに叩かないで」と指導された事は決して間違っていなかったと思われます。

思えば熊谷氏も、レギュラーグリップの日山さんの後任として加入した時からライブステージに於いても試練の連続で大変だったでしょうね…。例えば「Fightman」でメインテーマが"ジャジャッ"と鳴った瞬間、ドラムは一旦完全に止まって、その直後に唐突にタムのフィルインをドロロロロッと入れる背筋ゾクゾクな瞬間がありますが、あれはレギュラーグリップの日山さんにしかできない技でしたし、熊谷氏はこれをマッチド・グリップで再現する為に、その少し前から止まらずに助走を付けてタムのフィルインを入れて乗り切っておられましたので、私もさすがだなぁと思いましたよ。

もしかすると熊谷氏も、カシオペアのメンバーになれた時点で「人生の目標」を達成できた感も既にあったかも知れませんね…(^^;) しかし彼のような才能ある人でも、本当ならメンバーになってからが本当の勝負であり、かつて神保さんがカシオペアと共に成長されたように、彼もまだまだ技術を磨いていく義務があったと思うのですが、それこそ『これからどうすれば良いのか』目標の定め方が難しかったのかも知れませんねぇ…。やはり仕方が無い事なのかも知れません。オランダの仕事にしても上に書いたとおりに過密スケジュールでしたし、彼も「かなり疲れた…」と語っておられましたので…。

それにしても熊谷氏が最後に出したコメントが「カシオペアを卒業します」だったのには、私も驚きました(^^;) それじゃまるでカシオペアを続けてるメンバーの方が落第生みたいじゃないの~なんちゃって(苦笑)。でも他に適当な言葉が見つからないのなら、やむを得ないでしょうけどね。それでも彼の意思を尊重なさった野呂さん達は、よほど大らかな人達だったんだなぁと思ったりして…(^^;)

そもそも熊谷氏も、プロデビュー4年生ながらベテランメンバーと「音楽性の食い違い」について話し合えるなんて、ある意味「大物」ですよね(笑)。この時点で既に凡人じゃなかったのかも知れません(^^; 色々迷いもあったかも知れませんしねぇ…。彼にもどうしても譲れない事があったのかも知れませんし。まぁいずれにしても、熊谷氏が迷いながらカシオペアを続けておられても、お互いに良い影響が出ないのは明らかですから、彼の『一度、離れてやってみたい』という意思を尊重してあげるのは当然の事だったのでしょう。「一度」という事は、彼もいつか復帰するつもりだったのかな?と解釈できなくはないですが(笑)。結局彼は、カシオペアに飽きてしまったのかも知れませんね(苦笑)。コピーバンドでも散々演奏した事でしょうから(苦笑)。

その後熊谷氏も、自らグループを率いて格段に成長なさって、今でも現役で活躍しておられる訳ですから、当時の事は「若気の至り」だったという事で水に流してもいいんじゃないでしょうか?(苦笑) 結局彼は、ある意味、独立志向が強かったのかも知れませんね。きっとそういう事ですよ。ですから、ネット上で『熊谷氏よりも野呂さんの方がドラムが上手なのに嫌気がさして辞めた』とか、くだらない冗談を吹聴している人達、お願いですから、あまりデマばかり流さないでくださいね(苦笑)。

(その12へ続く)