※ 2011年8月7日, 14日 Myspaceブログ投稿分

1996年10月、熊谷徳明氏が脱退したカシオペア…。今回も突然の事でしたので、新しいドラマーをどうするのか?…今後の善後策の検討も兼ねて、カシオペアとしての活動は1ヶ月ほど予定を入れずにメンバーの皆様は休養に入りました。

そんな中、時を同じくして96年10月、野呂さんと神保彰さんが新ユニット「I&Aプロジェクト」を結成しました。元々お二人は以前のお話でも書いてきましたように常時交流がありまして、「その10」で書きました「Top Secret」でお二人が久々に共演を果たした事によって手ごたえを感じ、『またいつか一緒に演りたいね』と思っておられたのがついに実現する事になった訳です。ですので、元々このユニットの件はカシオペアとは一切関係ありませんでした。

野呂さんと神保さんが最初に「I&A」の打ち合わせの為に再会したのは10月初旬でしたが、その打ち合わせが始まった直後に、奇遇にも熊谷氏がカシオペアを脱退したという訳です…。当然、神保さんもこの一報を聞きつけて驚き、野呂さんに「これからどうするの?大丈夫?もし困ったら、いつでも声を掛けてね。」とおっしゃっていたのです。おそらくこの時は神保さんも、どうしてもドラマーが決まらなかった時の「最後の砦」という御親切の意味でおっしゃったのでしょうし、いざとなれば友情出演するくらいの心意気を持ってくださっていたのかも知れませんね。これは野呂さんも心強かったでしょう…。

しかしご承知のとおり、当時の神保さんはパーマネント・バンド「ジンサク」で活動中の身だった訳ですし、他にも多数の仕事の要請が入って超多忙の身だった訳ですから、そのスケジュールの隙間を縫ってとなれば、そう簡単にお願いできない事ぐらいは野呂さんもよく解っておられたでしょう…。ですから96年10月の段階では、神保さんは「最後の砦」として考えられていたに過ぎなかったと思われます。

そして「3人」となったカシオペアが初めて公に姿を現したのは、岡山城の「上天守閣前・築城400年記念イベント」として年末から元旦に掛けて深夜に行われたカウントダウン・ライブでした。このライブでは、カシオペアは「手数王」の愛称で知られる菅沼孝三さんをサポート・ドラマーとして迎えました。元々菅沼さんは、野呂さん向谷さんと同じくヤマハのアドバイザーを務める関係上、お二人とも交流がありました。そして菅沼さんはロック界とフュージョン界の両方で活躍されており、手数だけでなくキックドラムを2つ使用した「足数」も多くて大変演奏技術が高く、世界各国で高い評価を受けているドラマーで、ライブでも違和感無くカシオペアに溶け込んで天才的な演奏を披露されました。演奏曲は「Flowers」の曲を中心に、「Take Me」「Dazzling」「Galactic Funk」等の懐かしい曲も含め、最後は「Trance Evolution」と「Asayake」で締めくくられてステージは無事に終了しました。

しかし菅沼さんは、テクニカルな演奏で知られる「フラジャイル」の正式メンバーである上に、神保さんと同様、方々から多数の仕事の要請があって常に多忙を極めておられた為、カシオペアとしてもそう何度も菅沼さんにサポートの依頼をする事はできませんでした。だからといって、逆に「暇なドラマー」となると、カシオペアの難しいドラミングをこなせるレベルでない事は誰にだって解る話ですし(^^;)、カシオペアほどの壮絶ドラミングを急に代役で参加して上手く溶け込めるのは菅沼さんのような「超達人レベル」の人しか居ないのも事実でした。それじゃ他に「超達人」は誰が居るのか?…限られてきますよね。野呂さんも適任者を探すのに難航して『どうしようか…』と悩まれたようです。

一方、年が明けるとI&Aプロジェクトも再度打ち合わせが行われました。当然、カシオペアの話題も出まして、野呂さんが「今度のアルバムでは、何人かのドラマーをゲストを迎えて作ろうと思ってる。」と神保さんに話したところ、『数名のゲスト』と聞いた神保さんは「それなら僕にもやらせてくださいよ。」と改めて直訴、野呂さんも「それじゃ、やってみる?」と、この97年1月の時点で初めて神保さんが再びカシオペアで演奏する可能性が高くなったという訳です。勿論、この時点では神保さんも「何人かの候補者の中の一人」だった訳ですし、ドラマーが数名で分担するのなら曲数も少なく、それほど責任を負う事も無いですから、神保さんもジンサクの活動に支障をきたす事も無いだろうと気軽に考えてくださったのでしょうね。

改めて神保さんの「やる気」を再確認した野呂さんは、せっかくなのでライブのサポートも当面の間、神保さんにお願いできないだろうか?とも考えました。やはり演奏面で難易度の高いカシオペアに新しいドラマーを迎えるとなると、『上手く溶け込んでもらえるのかどうか?』を野呂さんも一番心配しておられたでしょう…。その点、神保さんならカシオペアの音楽性を一番理解しているドラマーですので、すぐに溶け込んでもらえる確信が持てたのは何よりも心強かったはずです。

しかし、野呂さんが当初懸念されていたのは、神保さんのスケジュールの問題でした。それでもその後、ジンサクの所属事務所と連絡を取り合って確認したところ、なんとかスケジュールを取れる目処が付いたそうです。カシオペアとジンサクの両方の事務所でOKが出たのであれば、野呂さんとしても神保さんにお願いする上での支障は無くなりましたよね…。こうして野呂さんから神保さんへの「やってみる?」という言葉は「お願いします」へと変わり(笑)、1997年1月末、神保さんがカシオペアのライブとレコーディングの両方にサポート・メンバーとして参加する事が決定しました。

又、この神保さんのサポート参加決定を受けて、カシオペアは当面の間、ドラマーのメンバーを入れずに「正式メンバー3人」で活動を続けていく事を公式に発表しました。勿論、この3人とは野呂さん・向谷さん・鳴瀬さんの事であり、ドラマーはその都度ゲストを迎えてレコーディングやライブを行っていくとも発表されました。ですからこの時点では、神保さんもカシオペアには一時的に参加するだけの立場であり、決して長期的に参加する予定ではなかったようです。あくまでも当時は「ジンサクの神保さん」でしたから…。

当時神保さんも、カシオペアのファンクラブ会員に向けて「カシオペアを辞めた時、すったもんだがありましたが…あれは一体何だったのか忘れてしまいました。自分の音楽性も当時とはかなり変わりましたし、ドラミング・スタイルも変わりました。ですから昔の懐かしい演奏を聴いてもらうのではなく、また新しい形で参加したいと思っています。」と抱負を語られました。

振り返れば神保さんも、たまたま櫻井さんの別ユニットに付き添っただけでカシオペアを離れさせられたようなものでしたから…。カシオペアに対する愛着心はずっと持ってくださっていたのでしょう。それと93年8月に歴代のメンバーで一緒に野外音楽堂で飛び入り演奏してファンから大歓迎の声援を受けた時も、やはり神保さんのキャリアの中でカシオペアは無くてはならない存在なのだと再認識されたかも知れませんねぇ…。

一方、カシオペアでは初めてリズムコンビを組む事になった鳴瀬さんも、神保さんに向けて「俺は櫻井モデルのベースは持ってないけれど、神保を温かく迎えたいと思います(笑)。俺の音も、昔より小さくなりましたよ。耳が厳しくなったので。」と、歓迎のコメントを出されました(笑)。実はお二人はカシオペアでは初めてですが、個人的には鳴瀬さんが83年作の3rdソロアルバム「Base Metals」制作時に神保さんをレコーディングに招いておられました。「How's Your Mammy」で神保さんのドラミングを聴く事ができます。

一方、I&Aプロジェクトも、3月の山野楽器のセミナーでついに公の場に姿を見せました。神保さんがドラム・トリガーを使って色々な音源を同時に鳴らしながら、野呂さんもギターとギターシンセを使い分けて演奏していくという、それまでには無いタイプのユニットとなりました。曲目も「Top Secret」の曲を始め、書き下ろし曲も含めてお互いのソロ作品の中から選ばれました。思えば…I&Aの打ち合わせがあったからこそカシオペアでも神保さんにサポートしてもらえるようになったのは、本当に良かったですね♪

ですから、以上に書きましたように「神保さんのサポート決定」と「徳ちゃんの脱退」は、全く無関係です。I&Aも本当に偶然に同じ時期だったんですよ。それなのに、ネットで『野呂さんが神保さんを迎えたいから徳ちゃんを辞めさせた』とか、デタラメ話を書き込む人が居るのは本当に迷惑な話です…。もし本当に神保さんと密約ができていたのなら、わざわざI&Aなんか結成する必要ないでしょ?神保さんがカシオペアのメンバーじゃなかったからこそ野呂さんもユニットをお組みになったのでしょうし、I&Aも空き時間を利用した「ユニット」だからこそ、双方の事務所も支障が無くOKだったんですよ。そもそも当時神保さんはジンサクに在籍中だったのですから、カシオペアの正式メンバーを追い出してまでお手伝いなんかできる訳ないじゃないですか!所属バンドも事務所も違う神保さんに強引にお願いするよりも、自前のメンバーの方が動きやすいのに決まっています!そんな事も解らないのですかね?…本当のファンなら「変な勘ぐり」をするのはやめていただきたいです。あまりにも情けないですよ…。

ちなみに神保さんがカシオペアにサポートで復帰する事になったのを櫻井さんは心情的にどう思っておられたのか(^^;)…神保さんが話すと「ん~、そうか。」という程度の反応だったそうで、そんなに嫌だとは思っておられなかったようですよ(^^;) 当時は櫻井さんも野呂さんとの交流が戻っていましたし、この後も現実にカシオペアのステージに何度か参加されましたからね…。


そして神保さんのカシオペア・ステージ復帰の初披露は、97年4月の名古屋・神戸・東京の3箇所に於けるミニツアーでした。…と同時に、鳴瀬さん&神保さんの新旧混合リズムセクション初披露のライブでもありました。当日、東京の会場では年配層の観客が多かったとか…(笑)、いかにオールドファンが神保さんに注目していたのかが伺えますね。(^^;)

オープニングの3曲は「Fightman」「Passionate Voltage」「The Sky」でした。そうなんです♪ これらは新生カシオペア最初のスタジオ盤、即ち神保さんが抜けて最初のスタジオ盤「Fullcolors」からの3曲が選ばれたという訳です。まるで失われた時間を取り戻すかのごとく…意義深い演出でしたね。(^^)

全体的な曲目は「Flowers」が中心でしたが、当然、懐かしい曲も多数演奏されました。でも鳴瀬さんが「昔の曲の神保はファンの皆さんもよく知ってるだろう。それより神保が最近の曲をどのように料理するのかが注目だ。」と語っておられたように、やはり新しい曲でのドラミングが一番注目されたでしょうね。当初神保さんは名古屋と神戸では一応手元に譜面を用意されていたそうですが、実際に演奏してみると全く必要なかったので、東京では完全に全曲暗譜で演奏されました。さすがですよね。(^^)

何といってもこの復活ライブの特筆事項は、1989年以来、8年ぶりに「Super Sonic Movement」が演奏された件です(^^) ファンクを得意とするメンバーが脱退したので「元祖」ファンク曲を出してきたという訳でもないのでしょうが…(笑)、これ以前はポリドール時代は「暗黒時代」のように言われていた部分もあり、避けられていた節もあったのではないか?とも思えましたね。8年も演奏されていなかったんですよ。色々ありましたからね(^^;)……。しかしそれがこのツアーで、神保さんの復帰と共についに解禁となった訳ですよ!これは目出度い事でした。勿論、鳴瀬さんは初めての演奏でした♪

そして復活のステージを大喝采の元、無事に終えた神保さんは、「8年間のブランクが突然無くなって繋がったような気がしました。薄情な言い方に聞こえるかも知れませんが、Asayakeなんかを演奏すると、もっと感慨深いものがあるのかと思っていたのに…意外とあっけない感じでした。本当に昨日まで演奏していなかったのかぁ?と不思議に思います。」と、ファン涙モノのコメントを残されました。更に神保さんは、鳴瀬さんについても「参加されて良かったと思うんですよ。(ジンサクの立場でこうおっしゃったのに爆笑!) 音楽面でも、普段のコミュニケーション面でも、両方ともに空気の流れが良くなりました。」と感想を述べられました。


そういえば話は変わりますが…当時鳴瀬さんはちょうど「野獣王国」を結成したばかりでしたね。97年1月に1stアルバムとなる「野獣王国LIVE」が通信販売でBLACK BOX社より発売されました。(YJOK-001~002) これは以前より鳴瀬さんが「是方スーパープロジェクト」で活動されていた中、ドラマーの東原力哉さんをフューチャーするユニットを組んだところ面白かったので、それを機に結成されたようです。その後、鳴瀬さんはカシオペアと野獣王国を平行して活動されていく事になりました。 http://www.amazon.co.jp/dp/B00005IIK6


そして1997年は、カシオペアは「結成20周年」となりました。そもそも10周年は1986年だったのに、1年ズレてしまったのはなぜ?と言いたいところですが…。(^^;) まぁそれは「その1」で書きましたように、起算点が1976年から1977年に変更されたのが原因のようですね。現実に旧メンバー時代のバイオグラフィーでは76年結成とされていたのに、新生以降のバイオグラフィーでは77年結成と書き換わったのは事実です(苦笑)。

でも普通なら公式のバイオグラフィーで結成年度が訂正されるなんて有り得ない話なのに、何故変更されたのでしょう?(笑) それはおそらく76年のカシオペアEastWest初出場メンバーが野呂&櫻井&小池&鈴木の四氏だったのに対し、77年は野呂&向谷&櫻井&佐々木の「レコードデビューに繋がる四氏」が出場しましたので、これに合わせられた可能性もありますよね。単なる記憶違いでなければ…(苦笑)。ちなみに「1989年」は、アルバムが出なかっただけの話であり、12月に旧メンバーのライブを終えても翌年1月に新生でリハーサルを始めたのですから、この年はブランクは無かったはずです。

とにかく97年はカシオペア結成20周年となりましたので(^^;)…当初の複数ドラマーをゲストに迎える構想の中で、20周年に相応しいビッグ・ゲストを迎えようという事になりました。メンバーやスタッフが企画を練りながら『ドラムに変化が欲しいので、海外のミュージシャンを起用しよう…それじゃ誰がいいかなぁ~?』と話し合っていたところ、向谷さんが「ハーヴィー・メイスンがいい!」とおっしゃったのです(笑)。

ご承知のとおり、ハーヴィー・メイスン氏は、旧メンバー時代のカシオペアと縁が深かった人です。最初は1980年のL.A.録音作「Eyes Of The Mind」でハーヴィーがプロデュースを務め、若手時代のカシオペア・メンバーがビシバシ厳しくシゴかれた……あっいぇ鍛えられた人です(^^;) 向谷さんも著書に書かれてましたね…「ノーノー。キーボードをそんな高い音程で弾いたら、ギターが聴こえなくなるじゃないか!」と言われた向谷さん、ハーヴィーに手をバシッと叩かれて捕まれて、低い音程部分に手を強引に移動させられた……あのお話は有名ですね(笑)。そして翌81年にはハーヴィーは来日、「Cross Point」でも宮住俊介プロデューサーと共同でプロデュースを務め、自ら「Any Moment」と言う曲も提供しました。更に翌82年末にもハーヴィーは、リー・リトナー、ドン・グルーシン、ネイザン・イーストとで構成される強豪バンドを率いて「4×4」のレコーディングでカシオペアと総勢8人による豪華なスタジオ・セッション・バトルを展開しました。
「Eyes Of The Mind」 http://www.amazon.co.jp/dp/B00005TOLD  
「Cross Point」 http://www.amazon.co.jp/dp/B00005TOLE  
「4×4」 http://www.amazon.co.jp/dp/B00005ULJ4

つまりハーヴィーは、かつてはカシオペアを厳しく指導した「先生」だったのです…。しかし、あれから長い年月を経まして、色々な経験を積み重ねてきた現在のメンバーの力量であれば『もうハーヴィーと対等のセッションができるのではないか?恩返ししたい!』という気持ちをメンバーの皆様も強く持っておられたようです。

いてもたってもいられない向谷さんは、ハーヴィーに自ら直接電話を掛けました(笑)。ハーヴィーも「オー、ミノ~ル!」と迎え(笑)、向谷さんが「レコーディングに参加していただけないでしょうか?」と要請すると、ハーヴィーは「レコーディング? ノー・プロブレム!(問題ないよ) でも俺の曲も演ってね。」と、条件付きながら二つ返事でOKしてくださったそうです。そして後日、カシオペアがハーヴィーの曲のデモテープを受け取って聴いたところ、なんとそれはハーヴィーが在籍する大御所バンド「フォープレイ」が演奏した音源でした(笑)。なんて贅沢なデモテープでしょう!…フォープレイのアウトテイクかも知れませんけどね(^^;)

こうしてカシオペアの20周年記念作は、最終的にはハーヴィー・メイスン氏と神保彰さんの二人の強豪ドラマーをゲストに迎えて制作される事になりました。タイトルは「Light And Shadows」とレコーディング前に決まっていたそうで、『音楽にも光を感じる部分があれば、逆に影の部分もある』というコンセプトを如何にサウンドで表現していくかという事になりました。

そしてミニツアーを終えたカシオペアは4月下旬、いよいよ神保さんと共にスタジオ・ジャイヴ入りし、本番レコーディングに先駆け、プリプロダクション(リハーサル的な録音)を行いました。最初のプリプロ曲は「Chain Reaction」で、先ずは神保さんのドラムが録音された後、メンバーはプレイバックの音を聴いていました。すると、誰からともなく「これが本当にデモなのか?凄いね!」と声が上がり、他のメンバーも頷きました。神保さんのドラミングがあまりにも完璧すぎて、これをそのまま本番のマスターにしてレコーディングしても全然おかしくないほどのクオリティだったのです。やはり神保さんがカシオペアの音楽に一番マッチしたドラミングができる人なのだと痛感したメンバーは、急遽プリプロを中止し、そんなものは必要ないという事で(笑)、いきなり本番レコーディングに望む事になりました。

本番でも「Chain Reaction」は一発OKだったそうです。ピアノのテーマメロディの切れ目で、一旦ドラムだけになって"ドゥルルルルルル~スパン!"という「キメ」の瞬間を初めて聴いた時、私も鳥肌が立ちまして(^^;)、これは神保さんだからこそ短い部分でもキレイにキメを入れる事ができるのだなぁと痛感しました。私も決して徳ちゃんを批判しているのではありませんよ(汗)…でもやはり「本家」は別格ですよね。そしてピアノメロディの出だし部分とドラムのスネアが"タタン・タン・タタン"とシンクロしているところも如何にもカシオペアらしいと言うか、息がピッタリ合っていますよね♪ 神保さんが「お互いに呼吸を覚えていたのが大きい。」とおっしゃるのがよく解ります(^^) 間奏のピアノソロに入る手前の部分でも、ドラム&ベース→ギター→キーボードと順々に重ねて盛り上がっていくフレーズも鳥肌が立ちますね。もう鳥肌だらけの曲で~(笑)。

5月に入ると、カシオペアは神保さんとのレコーディングを一旦中断し、今度はハーヴィー・メイソンとのレコーディングに望む為に、メンバー三人とスタッフとで渡米しました。そしてカシオペア御一行は5月5日にロサンゼルスに到着。野呂さんと向谷さんはハーヴィーとの再会を喜び合い、更に向谷さんはハーヴィーに鳴瀬さんの事を「複弦を弾いて面白いサウンドを出す、日本で最も有名なベーシストです。」と言って紹介なさったそうです(笑)。

そしてカシオペアはハリウッドの「Sunset Sound Recording Studio」でハーヴィーとのレコーディング・セッションを開始しました。曲は野呂さんの「Golden Waves」「Speeded Age」、そしてハーヴィー持参の「The Tease」の3曲でした。レコーディング・エンジニアは、ロスで一番のエンジニアだと評判だったドン・マレーが担当しました。

「Speeded Age」はリズムが跳ねている上にビートが不規則に連結された構成となっていますので、演奏難易度が高く、エンジニアのドンも「クレイジー!」と声を上げたそうです(笑)。間奏のベースソロに続いて入るハーヴィーのドラムソロは圧巻ですね。私もアルバムの中ではこの曲が一番好きです。「Golden Waves」は、アルバム1曲目に据えられて当然と言えるほど壮大なアレンジの曲でした♪ 「The Tease」はジャズ・テイストですが、向谷さんのピアノテーマも野呂さんも裏メロディもシブい味を醸し出して、もうフォープレイの曲ではなく(^^;)、すっかりカシオペアの曲に変貌していました。

難易度の高いドラミングも難なく自然にこなすハーヴィー♪…鳴瀬さんも「ハーヴィーのドラムはゴムマリみたいに弾力性があって、左右にコロコロ転がるのに安定した流れがある。」と絶賛、「仮にハーヴィーが神保のドラムセットで叩いたとしても、ハーヴィーの音が出るだろう。』ともおっしゃっていました。確かに腰太で安定したハーヴィー独自のサウンドは、他のドラマーには真似できませんよね♪

レコーディング・セッションを終えたハーヴィーは、「最初に会った時、カシオペアは既に卓越したバンドだった。メンバーも達人揃いだし、他のバンドとは何か違うものを持っていた。今日一緒に演奏してみたら、彼らは一層『グルーヴ』と『スペース』を学んだようだね。」と語りました。これ以上無いほどの褒め言葉ですね♪「新しいグルーヴ」だと絶賛されたのには、鳴瀬さんも照れておられたそうですが(^^;) 向谷さんも「ハーヴィーに『こんなに成長したんだよ』と見せ付ける事ができてよかった。」と語っておられました。

ハーヴィーとのレコーディングを無事に終えたカシオペアは、5月11日に日本に帰国。再び神保さんとのレコーディングを再開しました。

実際にレコーディングした順番とCDの曲順は違いますが、CDでは「神保さん復活」の扉を開く事になったのが「Forbidden Fruits」です。ローテンポの曲であってもこれだけ引き締まったドラミングができる神保さんのグルーヴは一味も二味も違いますね♪ ギターソロ手前のドラムとベースの掛け合いソロも際立っています。

鳴瀬さんのオリジナル曲「Movin'」は初期バーボンレコード時代のソロアルバムを彷彿とさせるファンキー・ナンバーで、野呂さんがカッティングで「合いの手」を入れるって珍しいですよね(^^;) この曲の神保さんのドラムがまた凄いんです♪ キーボードのヒューマンボイスに絡むように叩かれ続けるラテン風のアドリブ・ドラミング…これはまさにジンサク経由の「新しい神保さん」のスタイルだなぁと興味を持ちました♪ これを聴いて私も『鳴瀬さんと神保さんの愛称もなかなか良いなぁ~』と感動しました。ネットで悪口を書く人達も、イメージだけでお二人が合わないと勝手に決め付けないでほしいですよね(^^;)

ちなみに神保さんは「Chain Reaction」「Dont Leave Me Alone」「The Smile Of Tender」の3曲ではパーカッションも叩いたのに加え、カシオペアがロスでハーヴィーと録音して持ち帰った3曲についてもパーカッションをダビング演奏しておられます。ですので、ハーヴィーと神保さんは顔こそ合わせていませんが、実は共演しているのです(^^;) 「Speeded Age」もよく聴くと、ステレオ左右にティンバレスやシェイカーやカウベル等の音が聴こえますでしょ?

こうして完成したカシオペア結成20周年記念作「Light And Shadows」は、9月3日にポニーキャニオンより発売されました。当時野呂さんは「抑えているように見えるけども、実は内部に凄いパワーがある。…それが今回の狙いです。」と語られていましたが、全くその通りだと思います。落ち着いた曲が多い中でも、大変強いパワーを感じるアルバムに仕上がりました♪ http://www.amazon.co.jp/dp/B000007VYR

又、このアルバム発売に先駆けて、「Golden Waves」と「Forbidden Fruits」を収録した12インチ・アナログ・シングル・レコード盤も8月20日に先行発売されました。(PCJA-00023) これが一応カシオペア最後のシングル盤という事になりますが…。実は私、未だにレコードの封を開けていません。勿体無かったので(笑)。CDでも聴ける事から、急いで聴く必要が無かったというのもあるのですけどね…(^^;)

結局「Light And Shadows」での神保さんは、8曲でドラムを叩いて、残りの3曲でもパーカッションを叩かれましたので、最終的には全曲参加してくださいました(笑)。9年ぶりのカシオペアのレコーディングを終えた神保さんは、「ブランクを全然感じなかったですね。今回はメンバーじゃなくてお手伝いでしたから、気分が楽でした。」と語られました。なるほど、その気楽な点が好結果に繋がったところもあったでしょうね。結果として、野呂さんが神保さんとハーヴィーメイスンをサポート・ドラマーに迎えた事は最良の選択でした♪

本作で改めて神保さんのドラミングに魅了された私は『もっと神保さんに注目しておけばよかった…』と後悔の念が沸き出し(笑)、『こんな素晴らしいドラミングをされるのなら、もっと早く帰ってきて欲しかった』とも思いました(苦笑)。正直言えば私も、旧メンバー時代は野呂さんと向谷さんばかりに注目していましたので(^^;) そして私は、本作を聴いて間違いなく神保さんが最強のドラマーだと確信しました。昔はそれほど注目していなかったのに、私も身勝手ですねぇ…(苦笑)。だって旧メンバー時代は「SIMMONS」というエレクトリック・ドラムを使われたり、ゲート・エコーを思い切り長く掛けられたりしていましたので、ドラムの息遣いまでは聴こえなくなって「正味の音」が聴けなかった事も影響していると思うんです…と、苦しい言い訳をする私でした(苦笑)。

そもそも神保さんのドラミングの凄さは、「音と音との間」の微妙な空間にあると言えば良いのでしょうか…?細かい単位での音のずらし具合と言うか…そういうのをナチュラルに表現できるのが神保さんです。例えば…ハイハットがタテノリで"チーチー"と入るよりも、シンコペーションで"ン、チーチー"と入るほうが引き締まって聴こえますでしょ?そういう細かい技が多く見られ、並のドラマーとは一味も二味も違う訳です。特にカシオペアでの神保さんは、メリハリを付けて叩く事を心がけておられましたので、そこには一層、立体的な空間が生まれると言っても過言ではないと思います。つまり神保さんにしか出せないノリ……この頃から私も神保さんのドラミングの中に「Groove(グルーヴ)」というものを初めて意識するようになりました。

例えばカシオペアのバンドスコアにしても、単純に「最小公倍数」の音と言うか、クオンタイズ(補正)したものを音譜に起こしているだけですので、スコアには書かれていない「神保さん独特の"間"」をコピーしようとすると、自身ではコピーしたつもりでも、実際に本物の音源と比較してみれば解りやすいでしょうが、結局はガチガチのサウンドになってしまう訳です。徳ちゃんでさえ、そうだったかも知れませんし…。ですから、神保さんのドラミングはそんな簡単にはコピーできないのです(苦笑)。

97年9月、カシオペアは「Light And Shadows」を携えての国内ツアーを行いました。CDではハーヴィー・メイスンがドラムを叩いた「Golden Waves」や「Speeded Age」も、ライブでは神保さんのドラミングで新たに聴ける点が注目されました。すると向谷さん、MCで神保さんに「ハーヴィーっぽく叩いて下さい。」と要請し(笑)、神保さんがハーヴィーの特徴について尋ねると、向谷さんは「本来はハイハットとスネアはピッタリ合っていなければならないのに、ハーヴィーはハイハットとスネアが微妙にずれてるんです。」とおっしゃいました(笑)。言われてみれば確かにそうなのですが(笑)、そこにハーヴィー独特の暖かい音の秘密があったのかも知れませんね。実は81年の「Cross Point」ツアーの際、ハーヴィーと神保さんのツイン・ドラムで全国ツアーが行われた事もあったのですが、この時もハーヴィーが微妙にずれるので、神保さんも合わせるのに苦労したそうですよ(苦笑)。

当時、野呂さんは「熊谷君の時代は若返りを図っていましたが、現在のメンバーでは"年相応"と言うか、その年代にしか出せないサウンドを作っていきたい。」と語られました。つまり、無理に若返りを図る必要はないと判断されたのかも知れませんね。それで野呂さん、この年から再びおヒゲを蓄えられるようになったのですかね?えっ、それは関係ないですか?失礼いたしました(^^;) とにかく若返りであろうが、年相応であろうが、どちらでも確実に楽しめるのは、それまでのカシオペアの作品でもきちんと実証されてきた訳ですからね♪


神保さんのサポート復帰でグレードアップしたカシオペア…。それならば、いっその事『カシオペアとジンサクで共演してくれればいいのに!』と願ったファンも多かった事でしょう…。すると、その願いが本当に実現する事になりました。

97年8月、櫻井さんと神保さんが進行役を務めていたスカイ・パーフェクTVの番組「THE MINT CLUB」に、カシオペアがゲストで登場しました。内容はスタジオ・ライブとトークが交互に繰り広げられる構成です。

スタジオ・ライブの方はカシオペアと神保さんの4人によって新曲「Golden Waves」を始め、「Super Sonic Movement」「Trance Evolution」でもパワーアップした演奏が披露されました。そして「Juicy Jam」では鳴瀬さんと櫻井さんのダブルベースによる5人での演奏となり、ビートルズの「Get Back」も5人でカバー演奏しました。そして驚く事に、「Halle」は旧メンバーの4人だけで演奏されました。懐かしい光景でした。

一方、トークも爆笑モノで、デビュー前、旧メンバー時代、鳴瀬さん加入時等、それぞれの時代のカシオペアの思い出話や裏話等が次々に聞けて、もう笑いっ放しです(^^;) 例えばカシオペアの昔のLPレコードのジャケットを皆で眺めながら、鳴瀬さんがメンバーの風貌を突っ込んだり(笑)、「Down Upbeat」でPVを撮影した時のエピソードで、まだ撮影シーンが残っているのに櫻井さんがうっかり髪を切ってしまったので、カツラを着用して未撮影部分を撮ったものの不自然さが拭えず、結局PVはお蔵入りしたとか…(爆笑)。

メンバー5人で円卓を囲んで話していると、鳴瀬さんも「なんだか俺がカシオペアの元に遊びに来たみたいじゃないの。昔はこんな感じだったよね。」とおっしゃって(笑)、櫻井さんも「僕も不思議な感覚でカシオペアが演奏するのを見つめていました。」とおっしゃいました(笑)。そして神保さんが「鳴瀬さんは大事な存在です。」とおっしゃると、櫻井さんが「それじゃ、私は大事じゃなかったの?」と突っ込まれて(苦笑)、神保さんが「そういう意味じゃないです。」と補足されたり…(苦笑)。でも和気藹々としていて皆さん楽しそうでした。

後にこの番組は、2001年に「The Mint Session」というタイトルでDVD化されました。但し「Get Back」だけは大人の事情でカットされていますが(苦笑)、もうそんな事はどうでも良いというか、演奏面でもトークでも両方で楽しめるDVDとなりましたね。 http://www.amazon.co.jp/dp/B00023BNHY


1997年のカシオペアの旧友同士の再会…そういえば、もう一組ありましたね。6月には野呂さんが楠木勇有行さんと一緒に「KUSU-NORO BAND」と名乗ったライブを行ったのです。これも驚きですよね!「Platinum」以来ですので…10年ぶりですね。曲は「その2」でも書きました野呂さんプロデュースの1stアルバム「Choose Me」の収録曲や、「Jive Jive」収録の「What Can't Speak Can't Lie」等が楠木さんのボーカルによって演奏されました。楠木さんの力量ならば、野呂さんの歴代のボーカル曲のどれを歌ってもOKでしょうね。確かに素晴らしいボーカリストです♪

そして97年の旧友再会は、メンバーだけではありませんでした。神保さんがサポート復帰したのと時を同じくして、なんとあの「衝撃マネージャー様」もカシオペアに復帰されたのです!(驚)

この衝撃マネージャー様とは、「その3」でも書きましたとおり、1989年に「今年は衝撃の年にしたい」とおっしゃった、あの名マネージャー様の事です(笑)。ご承知のとおり、衝撃マネージャー様はカシオペア分裂後はジンサクの事務所でマネージメントを担当、その後独立を経て、晴れてカシオペア・インターナショナルに所属する事になりました(^^;) 勿論、分裂当時とは違う事務所ではありますが、8年ぶりにカシオペアのマネージャーに復帰する事になったという訳です。人生って……本当にどうなるか解らないものですね(^^;) そういえば以前の章で何度か登場した「敏腕マネージャー」様は、既に二代目の社長となられていましたので、この年からは衝撃マネージャー様がチーフ・マネージャーとしてカシオペアを支えてくださる事になりました(笑)。


97年9月には、カシオペアは結成20周年記念ツアーを行いました。なんと1曲目からいきなり旧曲メドレーで(笑)、「Black Joke」から「Super Sonic Movement」まで歴代の名曲が演奏されました。しかも向谷さんは久々にヤマハのショルダーキーボードKX5を肩から下げて登場されましたし、ボコーダーVP-330も再登場しました(^^)

ツアー最終日のNHKホールでは、事前の予告通りに櫻井さんがゲストで登場、あの「Mint Club」に引き続いて「Juicy Jam」や「Fightman」で鳴瀬さんとの激しいベースバトルを展開しました(^^) そしてベースソロの後、鳴瀬さんがステージの脇から掃けて行かれると…ステージ上は旧メンバーの4人だけとなって「Halle」が演奏されました。この時鳴瀬さんは、かつてのEastWestで審査員を務めてステージ脇からカシオペアを見つめていたのを思い出したそうですよ(^^;) 観客の皆様も大喜びですね。これは「メンバーチェンジした後も引き続きカシオペアを応援してくれた皆様」にだけプレゼントしてくださったのでしょう。逆に言えば、新生以降のカシオペアを嫌がってライブに足を運ばなった人達は、旧メンバーの演奏も二度と観れなかったという事です。(キッパリ)

そしてこのライブではビッグ・アナウンスもありました。事前に打ち合わせされていなかったそうですが(苦笑)、向谷さんがMCで「来年も神保君にドラムをお願いしてもいいですか?」と唐突に質問した為、神保さんは「はい」と回答、観客一同盛り上がりました(笑)。そりゃここで「いいえ」とは言いづらいでしょう(笑)。でも神保さんも翌年以降のスケジュールが未定だったとはいえ手ごたえを感じておられたでしょうし、出来れば続けたいという意向はお持ちだったでしょうね。それにしても既成事実を作るかの如く、上手な演出でした(^^;) 後でこれを聞いた私も嬉しかったです。肩書きがサポートでも何でも良いですから、来年も絶対にサポートしてほしいと思っていましたので(^^;)


97年11月には、今度は櫻井さんの「バースデーライブ」が開催されたのですが、カシオペアからも野呂さんと向谷さん、そして神保さんも参加して、またもや旧メンバーの4人が揃い、櫻井さんのカシオペア曲「Sailing Alone」「Red Zone」を始め、「Halle」「Space Road」「Asayake」も演奏されてオールド・ファンにはたまらないライブとなりました。

そして翌98年2月に発売されたKOJI-12000(今田耕司氏のユニット)の2ndアルバム「ディスカスティング」では、カシオペアはなんと矢沢永吉氏の「時間よ止まれ」をファンク・アレンジでカバーしました。勿論、ドラムは神保さんです。ボーカルを抜くとまるでカシオペアの曲みたいですね。(^^;) http://www.amazon.co.jp/dp/B00005HDL8

(その13へ続く)