※ 2011年8月21日 Myspaceブログ投稿分

カシオペアの話の前に、先ずはジンサクの節目話です…。

1990年の結成以来、コンスタントに活動してきたジンサクは、野呂さんもゲスト参加した95年発売の「BLAZE OF PASSION」を最後に長年在籍したポリドールを離れ、それまでの「バンド形式」も解消し、文字通り櫻井さんと神保さんのお二人だけのユニットとして活動を継続していました。

そして1997年、当時神保さんは「ドラムン・ベース」というジャンルに凝っておられまして、ご承知のとおりドラムン・ベースではドラムマシンが使われていたのですが、そこでジンサクは『ドラムン・ベースを生のドラムで演奏すれば一体どうなるか?』という実験的アプローチをコンセプトに「MEGA db」と言うアルバムを制作しました。前半4曲が櫻井さん作曲、後半4曲が神保さん作曲という振り分けですが、櫻井さんが弾いたベース以外のパートは全てドラム・トリガーでシンセ音源を鳴らしたものです。
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私も「MEGA db」を聴いて、それまでのジンサクとは180度変わったようなサウンドに驚きましたが、個人的にはシンセを多用したサウンドなので結構好きでした。でも結成当初のラテン・スタイルからのファンの皆様はこの種のサウンドを受け入れてくれるのだろうか?と心配はしましたね(^^;) 特に「Flash Back」なんかシンセが凄いビヨビヨでしょ?(笑) これだけ極端なアルバムを作ってしまうと、きっと次回作は困るだろうなぁ…と正直思いました(苦笑)。だって今更、もう一度初期のラテンメンバーを召集するのも気まずいですし(^^;)、「お二人だけの演奏」というのも何年間も続けていけるほど、ネタの増産はできないでしょうからね…。

すると、やはり「Mega DB」はジンサクのラスト・アルバムとなってしまいました…。これはカシオペアの旧メンバー時代同様、もうアイディアを全部出し尽くした感もあったかも知れませんし、事実上のネタ切れだったのでしょうか?(^^;) 現実にお二人は各々のソロ活動も活発になっていた訳ですからね…。

ジンサクも最初のバンド・スタイル時代はサポート・メンバーも各々所属事務所が別々な中で「大所帯」で活動していくのも色々と大変だったでしょうし、ポリドールを離れた後も「DISPENSATION」発売はBMGビクター、「MEGA db」発売はファンハウスと、レコード会社が1年ごとに変わっていた訳ですから、スタッフ間の「意思の疎通」も結構大変だったと想像されます。その上、95年にはお二人の懐刀だったはずの「衝撃マネージャー様」も事務所を退職された訳ですから(度々御登場いただいてすみません…^^;)、もしかしてスタッフ同士で意見が合わなかったのかなぁ~?とか色々考えられますでしょ?ですからジンサクのお二人も、おそらく本当に限界になるまで精一杯活動されたのだと思います。

以前に「分裂」の章でも書きましたので、ある程度はご理解いただけるかと思いますが、仮にメンバーのお二人が仲違いしたとしても、職業音楽バンドの場合はそれによって即、解散なんて事には成り得ません(苦笑)。具体的には事務所社長、マネージャー、スタッフ、レコード会社等を巡る様々な人間関係の中で、どこかの部分で問題が発生してそれを如何に補っていくか、あるいは補うのが困難だと判断された場合にいかに苦渋の決断をするか…という繰り返しだった事でしょう。ですから、お二人が『如何に自分達のやりたい音楽をやるか』という希望とは別に、それ以上に職業音楽家として『如何にビジネスとして成立するか』という事も一番に考える必要があったでしょうし、このままジンサクとして活動するよりも、別々に活動した方がビジネスとして活動しやすいと判断されたのかも知れませんね。お二人もボランティアで音楽をされている訳じゃないですから(笑)。

カシオペアの分裂当時は櫻井さんも、神保さんを自分と一緒に離別させてしまった以上、何としてでもジンサクで成功を収めたかった事でしょう…。その結果、あれだけ多数のアルバムをリリースできたのですから、その義務は十分達成できたと判断されたのかも知れませんね。櫻井さんも他に活動したい事がおありだったでしょうし、神保さんが再びカシオペアに参加してファンから大歓迎を受けている光景を櫻井さんが見ても『もう無理してジンサクを続けなくてもお互い大丈夫だな』という安堵感と言うか、無理して続ける理由が無くなったと判断する材料程度にはなったかも知れませんね。決して喧嘩したとか言うのじゃなくて(^^;) お二人で話し合われて「もうそろそろ、いいんじゃない?」と納得し合われた事には間違いないようです。

こうしてジンサクは「発展的解散」が決まり、翌1998年2月にお二人最後のツアーの中で解散の旨を発表し、その8年間の歴史にピリオドを打ちました…。ジンサク解散によって当然お二人は別々の道を歩む事になりまして、櫻井さんはそのままジンサクの事務所に残留してソロ活動を継続、一方の神保さんは新たに設立した事務所へ移籍する事になりました。お互いにそれぞれ専属のマネージャーやローディー等が必要になりましたから…。お二人も、喧嘩はしていなくとも『お互い気まずい空気になった』という事ぐらいはあったかも知れませんね。どこのバンドでも、終わる時はいつもこんなものです。(^^;)

するとジンサクの解散は、結果的にはカシオペアの活動に追い風を吹かせる事になりました。


前年97年にカシオペアが神保さんにサポートをお願いした際は、『カシオペアのスケジュールに毎回参加できる確約は無い』という状態でしたが、この年、神保さんが新事務所で独自にスケジュールを決められるようになった事から、神保さんはカシオペアの全スケジュールに帯同してくださる事になりました。つまり神保さんは、97年は「スペシャル・サポート」扱いだったのが、98年より晴れて「ノーマル・サポート」へと格上げ(?)となったのです。特別サポートから標準サポートへ…いわゆる準メンバーみたいなものですね。毎年撮影されていたカシオペアの宣材写真も、前年は3人だけだったのが、この年より神保さんも交えた4人で撮れるようになったのです。ちなみに新事務所でスタートした当時の神保さんは、カシオペアと熱帯ジャズ楽団のサポート、更に御自身のユニット「JOG」をそれぞれ兼任して活動されていました。

そして4月下旬、カシオペアは「ノーマル・サポート」の神保さんと共に、スタジオ・ジャイヴで新作のレコーディングを開始しました。野呂さんは「前作(Light And Shadows)が落ち着いた雰囲気だったので、今度はちょっと昔に戻って、懐かしいものを演りたい。新しいタイプの曲も混ぜて、過去のカシオペアと現在のカシオペアの接点となるようなアルバムを作りたい。」という方針を打ち出し、野呂さん自ら昔のカシオペアのCDを聴き直して、リズム・アレンジも昔やっていたものを思い出して再現されたそうです。ちなみに今回もプリ・プロダクション(デモ録り)なんか必要ないと言う事で、いきなり本番レコーディングに入ったそうです(笑)。

野呂さんが書き上げた新曲の譜面をメンバーに手渡したところ、鳴瀬さんは譜面を見た瞬間、その事がすぐに解って「これは昔、お前らがやっていた、キンキン、カッカッカッだな?」とおっしゃって(笑)、野呂さんも「そうそう。」と答えました(笑)。これは以前の章でも何度か書きましたとおり、タテノリとシンコペーションを交互に繰り返すリズムの事で、まさに「Dream Maker」と「Third Possibility」がそれに当たり、もろに旧メンバー時代そのままの曲となりました。鳴瀬さんが常々「櫻井と神保は、こういうのを弾かせると本当に上手かったよな~。」とおっしゃっていたのを、まさに再現する事になったのです。

看板曲となった「Dream Maker」は、一小節のドラミングがハイハットで言えば"チキチキ・チキチキ・チリリリリリリ・ンパンパ"となっていて、1、2、3拍目がタテノリで、4拍目の"ンパンパ"のみシンコペーションとなる…このパターンをずっと繰り返していく訳です。ハイハットのビートが「16・16・32・16」…これは旧メンバー時代で言えば「Eyes Of The Mind」のテーマメロディや「The Soundgraphy」のサビ部分でもおなじみでした。昔リズムを刻んでいた同じ人が刻んでいますので、完璧に決まっていますね(^^) サビのメロディなんかも完全にシンコペーションで出来ていますし♪ 又、サビに入る前の部分でギターが同じリフを繰り返す部分がありますが、ここでステレオ左右にシンバルの逆回転みたいな音がパーカッシブに聴こえるのは、神保さんのエレクトリック・ドラムかも知れませんね。

他の野呂さんの曲でも懐かしい要素が色々と散りばめられています。「The Purple Bird」はデビュー当時を彷彿とさせるジャジーな曲ですし、「Treasure」もピアノが「Take Me」で有名な「ジョージ・シアリング・スタイル」で演奏されています。ラストの「Inner Child」では、黒人コーラスグループ「R.P.M」のゴスペル調のコーラスも聴けます。

「Let It Rain」は向谷さんの久々の明るい調の曲ですが、エンディング部分でアナログ的なシンセのソロが聴ける中、神保さんのツー・バスドラムがドコドコドコ~と高速で炸裂しながらフェイドアウトしていくのも珍しい光景です。プログレッシブでイイですね(^^) 「Final Matter」も超高速曲で、あまりにも演奏難易度が高いので、他のメンバーから悲鳴が上がったそうですよ(^^;) 実は向谷さんは、以前の章で何度か登場した「MIDIレコーディング」を、本作を機に取りやめられました。その理由を向谷さんは「一度インターフェイスを通すと、音の抜けが悪くなるのが分かった。データに負荷が掛かるんです。」と語られていました。

本作での鳴瀬さんは、ディストーションを封印し(^^;)、各曲でかなり丁寧に弾いておられます。やはり旧メンバー時代の曲調再現というコンセプトに気を遣われたのでしょうか?(^^;) 何も知らない人はYouTube等の動画投稿サイトで鳴瀬さんがソロでガシャガシャ過激に弾きまくる映像ばかり観て、あれが鳴瀬さんの全てだと勘違いしておられるようですけど…(苦笑)。

その鳴瀬さんの曲「Yours Lovingly」は、フルートとベースの掛け合いが美しく、聴いていて癒されるバラード曲です。当初メインのメロディを歌にするのか?フルートにするのか?で迷ったそうで、「もし歌うのなら鳴瀬さん御本人に歌ってもらいますよ。」と野呂さんがおっしゃった事が原因かどうかは解りませんが(笑)、結局フルートの方が良いと判断されました。それで鳴瀬さんが「フルートを誰に頼んだらいいのかな?」と言ったところ、神保さんが「赤木りえさんが良いと思います。」とおっしゃった為、赤木さんに急遽スタジオにお越しいただいたそうです。ちなみにカチャポコ鳴っているのは、神保さんのエレクトリック・パーカッションです。

パーカッションと言えば「Hole Heartedly」「Third Possibility」「The Day Of Selection」等でもコンガやボンゴ等が聴けますが、これらは全て大儀見元氏によるものです。実はパーカッションを誰にするか?と話し合った際も、神保さんが「大儀見君が良いと思います。」とおっしゃった事によって決定しました。なんだか神保さんが決定権を握っていたような雰囲気ですね(笑)。ちなみに大儀見氏は、かつてオルケスタ・デラ・ルスのメンバーとして1991年に「Full Colors」のレコーディングでもパーカッションを叩いておられましたので、7年ぶりのカシオペアのレコーディング参加となりました。

そして本作では、神保さんのオリジナル曲が1988年の「Solid Swing」以来、実に10年ぶりに収録されました。その曲「Night Breeze」は、レコーディングしている最中に「ここにボイスを入れようか?」という話になり、野呂さんが仮歌のスキャットを入れたところ、神保さんからOKが出たとの事です(^^) この曲はピアノソロもダイナミックで凄いですね。そういえば神保さんの曲は、「Halle」収録の「Touch The Rainbow」でも野呂さんのスキャットが入っていましたね。(^^)

こうして完成した新譜「be」は、9月18日にポニーキャニオンより発売されました。「be」の意味は、その名の通り「存在する」と言う意味で、野呂さん曰く「カシオペア、ここに居ますよ~」というそのままの意味でした(笑)。ちなみに「All The Time」はテレビ東京「モーターランド2」エンディング・テーマ、「Hole Heartedly」はNHK「サンデースポーツ」エンディング・テーマ、および朝日放送「もうすぐ夜明けABC」オープニング・テーマにそれぞれ採用されました。 http://www.amazon.co.jp/dp/B001GM7IHE

アルバムを完成させた野呂さんは「今までの歴史を紐解くようなものを匂わせることができた。」と大きな手ごたえを感じておられましたが、全体の比率的にここまでメジャー調の曲が多いアルバムは「The Party」以来でした。しかもそのメジャー調の曲郡は懐かしいリズムも持ち合わせていて、あの80年代の黄金時代が復活したと言っても良いくらいです。えっ、何ですか?…80年代ほどレコードが売れていないですって?(笑)。いやいや80年代はもちろん演奏技術もありましたが、当時はバブル全盛時代でしたから、アルファレコードが音楽以外の雑誌や新聞等、色々な媒体でかなり高額の宣伝広告費を費やしていた訳で、広告が多くの人の目に付いた分、ある程度の売上が保障されていて当然だったのです。しかし90年代後半の「リストラ時代」は、宣伝広告費なんて全然使えなくなりましたし、強いて言えば音楽雑誌の一部媒体のみという状態で、アルバムの発売自体をなかなか知ってもらえない現状もあったのです。ですから、単純に売上枚数やライブ観客動員だけで80年代と90年代の実力を比較評価してはいけません(笑)。ここで言う「黄金時代の再来」とは、「楽曲のクオリティ」そのものを指して言っているんです。(^^)

確かにスピードの速い曲に限れば旧メンバー時代に劣っているのかも知れませんが、逆に「安定度」で言えば神保さんサポート復帰後の方が勝っているはずです。何でもテンポが速い曲ばかり揃えれば良いというものではありませんからね…。旧メンバー時代は体力勝負で気合で乗り切った部分もあったでしょうし、特に昔エアチェックしたライブ・テープなんかを聴き返すと、時々雑な部分も見え隠れするでしょ?後期カシオペアでは、その雑な部分が無くなって一層スマートに演奏されるようになったと思うんです。いずれにしても昔のカシオペアとそんな滅茶苦茶に極端に変わっていた訳でもないのに、動画投稿サイトでやたら「昔の時代は神だ。新生は不要だ。」とか書いている人達を観ていると呆れると言うか…ちょっと大袈裟すぎますよね(苦笑)。とにかく「be」は、旧メンバー時代のアイデンティティを最も強く継承したアルバムである事は間違いないです。

98年10月、カシオペアは「be」を携えて全国ツアーを行いましたが、前年の「Super Sonic Movement」に続いて、本年はなんと「Doo-Loo-Do?」が9年ぶりに解禁演奏されました♪ 勿論、向谷さんはボコーダーVP-330です(笑)。考えてみれば、この「Doo-Loo-Do?」もターニング・ポイント的な曲でしたね。ライブ演奏の際、野呂さんがサビ部分でディストーションをかけてガーーーンと長く伸ばす音を弾かれましたが、旧メンバー時代ではあんなのは初めてだったでしょ?つまり「Doo-Loo-Do?」は、新生カシオペアのロック調全快に向けた布石のような曲だったのかも知れませんね。ちなみに東京の会場ではゲストにソウルマティックスと本田雅人氏が登場、総勢キャストで演奏された「Dazzling」は圧巻だったようですよ♪

又、カシオペアの演奏と言えば、この年は向谷さんが手掛けたトレイン・シミュレータの「名古屋鉄道編Vol.1」が4月に発売、「阪神電鉄・梅田~高速神戸編」が7月に発売されまして、これ以前のトレイン・シミュレータのBGMは向谷さんだけのサウンドだったのが、この2作品でついにカシオペアが演奏したサウンドがBGMとして収録されました。当然、評判も上がったそうです。各曲のタイムは短いですが、改めてカシオペアのメンバーで長めのサイズでレコーディングし直したバージョンは、後に「鉄道ゼミナール音楽編」というCDに収録されました。 http://www.amazon.co.jp/dp/B001KWMAYQ

98年12月には、野呂さんと安藤正容氏と是方博邦氏のギタートリオ「OTTOTTRIO」も10年ぶりに再結成され、3枚目のアルバム「Triptych」が発売されました。三人が各々3曲ずつプロデュースして合計9曲が収録されていますが、バック・メンバーもギタリスト各々が別々に揃えておられまして、野呂さんの担当曲「Watch It」「Sunny」「Flash Out」については櫻井さんがベースを弾いておられます。当然、ベースソロもワンポイントで聴けます。「Watch It」と「Flashy Out」は野呂さんのオリジナル曲で、「Sunny」は「Boney M.」という黒人グループのヒット曲をカバーしたものです。ちなみに「Flash Out」で聴けるシェイカーは、野呂さん自らがシャカシャカ振ったものです(^^) 三人でハモるギターのメロディも面白いですね(^^) http://www.amazon.co.jp/dp/B002UGMF2I

翌99年1月には、櫻井さんの2ndソロアルバム「21世紀の扉」が発売されました。「You Can Do It!」では野呂さんがギターを弾いておられ、「A Estrela Namorada」では神保さんがドラムを叩いておられます。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005EVTP

99年2月には、毎年恒例となっていたカシオペアのファンクラブの集いが行われたのですが、前年、神保さんの新しい事務所で発足したファンクラブ「ドラムン・ドーナツ」との初めての共同開催となりました。恒例となったメンバーが各々別の楽器を演奏するコーナーも当然ありましたが、それよりも一番面白かったのは、メンバーが回答する「イントロ・クイズ・コーナー」で、旧メンバー時代の曲が次々登場するのに、野呂さんや向谷さんがタイトルを全然思い出せずに苦戦する一方、なんと神保さんが「シャンデリア」とか次々正解を連発されたのです!(爆笑)。神保さんもなんて記憶力がいいのか~と、ファンに大受けしていました(笑)。

(その14へ続く)