2005年05月05日

奥秩父 丹波川黒川谷〜黒川千軒跡(2005/5/4-5) 後編

戦国時代の金山遺構、黒川千軒。その探索もついにクライマックス! なにげなく登った斜面の上に存在した、驚くべきものとははたして?

5/5(木) 続き

黒川千軒の見取り図

道から15mほど登ったところに忽然と姿を現した、石垣に囲まれた小さなテラス。後ろの壁には、横穴が威圧的に口を開いている。そして、その入口を半ば覆うように設置された、色あせたテントのようなもの。

意味深。

この場所を一言で形容するならば、この言葉を置いて他には無いであろう。


そのテントらしきものの裏側を覗くと、ポリタンク、ビニール袋、シュラフなど、雑多なものが散在している。ここを根城にして、埋蔵金探しをしていた人がいたに違いない。

汚れの程度から判断するに、ずいぶん長いこと放置されているように見える。シートをめくると、その裏側には手がかりとなる文字が書き残されていた。


平成7年9月12日。東京都水道局の巡視員による日付入りの警告文。どうやら10年、あるいはそれ以上の長い年月、放置されていたもののようだ。だがその間、これを目撃した人間は決して多くはあるまい。それにしても、水源管理のためにこんなところまでチェックしている巡視員さんには頭が下がる。

※写真には一部モザイクをかけてあります。


いよいよ穴の中へと突入する。場合によっては、この奥でテントの持ち主の不幸な姿を発見することになるだろう。不安と期待の入り混じった面持ちで、かがめば通れる程度の穴の入口を通過する。

しかし、この穴も4mほど先で完全に埋まっており、その先へは進むことができなかった。


少々ガッカリしながら穴を出た僕であったが、そこで今回最大の発見をすることになる。最初に気付いたのは、前のテラスを囲むように築かれた石垣の特殊性である。

これまでに見た石垣は、斜面の下方に作られた土留めのための石組みであった。だが、ここにあるものは違う。何も無いところに石を積み上げた、正真正銘の石の壁なのである。

隣接してもう1つテラスがあり、そこにはなんと・・・・・・巨岩で築かれた立派な壁が立ち並んでいた。

ものの見事に平らに揃えられた壁の内面。これらが人の手になるものであることは、疑いようの余地が無い。


壁を形成する4つの岩の間には、意図的に作られたと思われる隙間が開いていた。斜面の下、谷の様子をうかがうための覗き穴であろう。その形状は、西洋の城壁に築かれた銃眼をも彷彿とさせる。

素晴らしい。とにかく素晴らしい。テラス群もじゅうぶんに面白いと思っていたが、ここの石組みにはまさに遺跡という雰囲気が漂っている。登山道のすぐ脇ではあるが、多くの人間は気付きもせずに通り過ぎるであろう場所。偶然それを発見できたことに、なんともいえない幸福感がこみ上げる。これこそB級秘境の醍醐味だ。

高台に築かれたテラスに、下にいる者の視線から身を隠すための壁。想像してみるに、この場所は沢沿いに進入してくる外敵に対しての見張り台だったのではなかろうか。同時に、その外敵の目から坑道を隠すための壁でもあっただろう。科学的な年代推定によると、黒川千軒は武田家の支配下に入る前から存在していたそうである。金山衆が独立採算で金を採掘していた黎明期には、こうした外敵の存在は驚異だったに違いない。

一段下の小尾根の先には、これも意図的に設置されたと思われる双子の岩。その間からは谷の様子がよく見渡せた。


道に戻り、斜面の上を見上げてみる。そこには、特徴的な双子岩の姿をかろうじて認めることができた。


なかなかの発見に気を良くしつつ、再び道標のところに戻ったのは13:30。下半分の範囲だけでずいぶんと遊んだものだ。時間を多少気にしつつも、黒川千軒上部の探索に向かう。“黒川金山循環歩道”と書かれた道を使い、つづら折りに斜面を登っていく。

石臼を利用した、ユニークなケルン。


道に沿って、行けども行けども出てくるテラス。そのほとんどが、石組みを持たない簡素な作りだ。「ひょっとして、こっち側がメインだったのか?」とやや心配になるものの、じっくりと見てまわる時間的余裕は既に無い。テラス群を道から眺めるだけで足早に通り過ぎる。テラスの数と特徴のない作り、斜面上方という立地の悪さから判断するに、この一帯は坑夫達の住居が密集していた場所のようだ。やっぱり下側を先に調べたのは正解だったかも、と思い直してどんどん進む。

そのうち道はトラバースするようになり、樹林もまばらになって明るくなる。そのまま小沢を2つほど横切る。途中、道沿いに小さな穴があいていたが、これはさすがにスルー。そのすぐ先で少し斜面を登ると、ついに黒川金山最大の坑道の入口が現れた。

日当たりの良いテラスに面した大きな坑口。最大の坑道だけあって石組みも段違いのゴージャスさだ。坑口前には金網がめぐらされ、奥には木製の格子も見える。なかなかに厳重である。「さて、いっちょう乗り越えますか。」 そう思った矢先、ある意外な事実に気付く。

扉に鍵がかかっていないのである。

やや呆気にとられつつも、遠慮なく正面扉から入場。


こちらは中の木の格子。

これはさすがに突破は難しいか?


と思ったら、これもすんなり開いちゃった。見かけだおしもいいところだ。

鍵も格子も、どこかの不届き者が壊した可能性大、か。


ここまでお膳立てされて入らないわけにはいくまい。ヘッドランプを装着し、中へと突入する。さすがに最大の坑道だけあって、穴はずっと奥まで続いている。天井の高さはかがみながらなら歩けるくらいである。

10mほど進むと、穴は急に狭くなっていた。四つん這いになれば通れるくらいの広さだ。だが、洞窟内で“這う”というのは、なかなかに勇気の要る行為である。坑道内はひんやりとしてガスが立ち込め、ただでさえ陰鬱な雰囲気だというのに。しばし躊躇するも、覚悟を決めて細い通路に体をねじ込む。なんのことはない、狭いのはほんの一瞬だけで、その先には元通りの広い通路が続いていた。


さらに進むと、洞窟は右へ曲がり、ここでついに入口の光が見えなくなる。坑道は、その先で3つに分かれていた。左へ直角に折れる通路は、すぐ先で小部屋状になり終了。右奥へと続くかと思われた通路もやはりすぐに行き止まり。そうか、坑道っていうのはこんな感じで掘り進んでいくものなんだなあ。

さて、残るは真ん中、坑道の左壁下部に開いた穴である。ここも入口が若干狭くなっており、おまけに先はやや下っていく感じ。まるで、奈落の底へと続いているかのような穴である。ここでも進むかどうか悩んだが、さらに奥へと進む選択をする。


再び穴は広くなって一安心。進んでいくと、また左手に小部屋状。いまいち方向感覚があやしくなってきて、どうやれば入口に戻れるか思い出せなくなる。実際には、ここまでほとんど一本道だったのだが・・・・・・・・・不安になり、いったん入口が見えるところまで戻ってみる。道順を再確認し、ふたたび先へと進む。迷わないためには、ひたすら左右どちらかの壁に沿って進む、ウィルオーウィスプ作戦が有効か?

それにしても、坑道の中にはいろいろなものが落ちているものだ。採掘当時からありそうな木材、トレジャーハンターが残したと思われる壊れたスコップ、発泡スチロール、極めつけはビール瓶・・・・・・・・・


坑道は右へと曲がり、その奥でまたまた狭くなっていた。

入口から100mほど奥まで進んだだろうか? そろそろ限界である。これ以上奥に行く理由も見あたらないため、ここで引き返すことにする。


入口へと戻る途中、側壁から分岐する坑道を新たに発見。どうやら完全に見落としていたようだ。あぶねーな、下手したら迷っていたかもしれないぞ。こちらの穴もほんの少しだけたどってみるが、どうやらずっと続いていそうな雰囲気。諦めて、適当なところで引き返す。

入口から地上の光が射し込む。

生還。

たいした冒険をしたわけでもなかったが、ふとそんな単語が頭をかすめた。


循環歩道の残りの部分を小走りで駆け抜けると、あっという間に木橋へと戻る。時刻は14:40、かなり遅くなってしまった。長い山歩きに備えて軽装に着替え、下山ルートを検討する。山道づたいに三条新橋へ戻り、丹波へと引き返せばギリギリ最終バスに間に合うか。だが、行きと同じ道を戻るのではつまらないことこの上ない。山は反対側に抜けてなんぼだ。時間的にはかなり厳しいが、大菩薩峠登山口へ下りよう。そう決めて、沢で水を汲み荷物を担ぐ。と、そこに1人の男性が現れる。やや驚きつつ話を聞くと、今ちょうど黒川金山を見て来たところらしく、山菜を少し採ってから下山するのだという。どうやら、僕が穴に潜ってる間にすれ違ったみたいだ。車で三条新橋あたりに乗り付けているのだろうが、その平然とした様子を見ていると、下山できるかどうかと心配していた自分がバカみたいに思えてくる。

15:00、下山開始。先ほど駆け下りてきた道を登りなおす。

途中、鶏冠山とソバカド山の間の鞍部を眺めると、そこには顕著な崖がそそり立っていた。あの岩壁の下にも坑道はあったりするのだろうか。


ノゾキノタワを越えて鶏冠山の南面を回り込み、横手山峠へ。よく整備された歩きやすい道だったが、予想以上に時間がかかる。横手山峠でかなり遅めの昼食を取りながらルートの再検討。尾根沿いの道で下山したいところだが、それだと山中での日没を避けられそうにない。本意ではないが、柳沢峠で国道411号線へ出て、その先は車道を歩くことにする。

途中、六本木峠で金色のタヌキ?に遭遇したり、生まれてはじめてキツツキのドラミングを耳にしたりと小イベントをはさみつつ、柳沢峠に無事に到着。


ここで、大菩薩峠登山口の最終バスの時間を1時間も勘違いしていたことが判明。頑張ればギリギリ間に合いそうだが、できれば大菩薩の湯で風呂にも入りたい。「携帯がもしつながったらタクシーを呼ぼう」、そう心に決めて携帯を取り出すがやっぱり圏外、au弱し。歩いて大菩薩の湯まで下ることにする。ちなみに柳沢峠にはドライブインがあるので、その気になればタクシーを呼ぶことは可能。歩いて下るのはただの趣味だ。

あとはひたすら車道歩き。急斜面の車道だけに、無駄にクネクネしていてとにかくダルい。車やバイクの人には、さぞや物好きな奴だと思われていたに違いない。


途中、地図にない巨大なループ橋が出現。どうやら昨年に完成したものらしい。明らかに歩く人用ではないこの道のど真ん中を、我が物顔で歩いてみる。気持ちいい・・・・・・でも少し虚しい。


結局2時間ほどの車道歩きとなり、ふもとに着いたのは日没後の19:30。これで大菩薩の湯が閉まっていたらぶっ倒れるところだったが、21:00(入場は20:00まで)と遅くまでやっていたので助かった。時間が時間だけに客もまばらな風呂でくつろぎ、大好きなマッサージチェアを堪能してからタクシーで塩山駅まで。呼び出しに10分、駅までも10分で2500円。21:11、ピッタリのタイミングでやってきた電車に飛び乗り、東京への帰路へとついた。

黒川千軒の遺構は、スケール、奥深さともに文句無し!! 首都圏からほんの目と鼻の先に、しかも誰にでもアプローチできるような場所に、これほど面白い物件が潜んでいようとは、正直、驚きでした。1人の人間が1日を投じたくらいでは、とてもじゃないけど全容をうかがい知る事などできません。今回のレポートの内容は、この遺構のほんの氷山の一角。今回、個人的に確認できたテラスの数は60そこそこですが、過去に行われた大規模な調査では、300段を越えるテラスと20数箇所の坑口が確認されているとか。さらに、いたるところに散在する石臼など遺品の数々。パッと見は地味ではありますが、ここを訪れた人の数だけ新たな発見がある・・・・・・・・・そんな感じの素敵な遺跡です。ここを訪れる方には、ぜひとも道から踏み出して周囲を探索してみることをおすすめします。立ち入り禁止ばかりのケチくさい遺跡とは違い、隅々にいたるまでを自由に堪能できちゃいますから。ただし、せっかくの保存状態の良い遺跡、石臼の持ち去りなどくれぐれも荒らさないようにお願いします。季節的には、植物が生い茂っていない春や秋の頃が見通しが利いて良いかと思われます。

B級秘境マニアを自負する方々には、二番小屋尾根、大久保尾根、寺屋敷尾根といったいわくありげ名前を持つ周辺部の探索もオススメです。藪の中、ぽっかりと開いた坑道の奥に・・・・・・・・・もしかすると、武田信玄の埋蔵金が眠っているかもしれませんよ?

Posted by まの at 23:59 │Comments(5)TrackBack(0)B級秘境 探検記録

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この記事へのコメント

ムネヲ  2005年05月27日 18:34 
こんにちは、ムネヲです。
黒川千軒、ハラハラドキドキしながら全部読ませてもらいました。
流石、真野さんですね!
真野さんの行動力と洞察力はもう感心しきりでございます。
Blogの文章も構成も流石ですね・・。
ドンドン引き込まれるように読み切りました。

私は決して閉所恐怖症だったり、特に臆病者ではないつもりなのですが、独りで洞窟に入ったり、亡霊が出そうな心霊スポットで独りで寝るなんて絶対に出来ません。(結局、臆病ってことか・・。w)

私は自称、“下山家”でございまして、登る体力はもうありません。w
駅からタクシーで峠まで上がり、ひたすら下りるのが専門でございます。w
これはMTBの話ですが・・。w
最近は山歩きからも遠ざかっていましたが、又、行って見たくなりました。
つまらんコメントでお許しください!
まの(管理人)  2005年05月28日 02:07 
どうも、某所ではいつもお世話になっております。
ヨイショしてもらっても茶菓子の1つも出ませんが・・・・・・w

単独での沢登りとか洞窟探検とかは、
やってる本人も正直「ヤバイなー」と自覚しながらやっております。
臆病とか勇気があるとかとは、また別の性質のものでしょうね。
「俺はここまでやったぞ、どーだ!」みたいな卑しい見栄というか、まあそんな類のものかと。
ただ、あんまりそっち方面に走り過ぎるといつの日か確実に死の一線を踏み越えちゃうんで、
適度に自制しながら、実力に応じた無茶をしようと思う今日この頃です。
まの(管理人)  2005年05月28日 02:08 
ところで、黒川千軒のオカルト関係で1個だけ新ネタ発掘。
2chの「発掘調査にかかわる怪談 」スレより。

12 名前: 日本@名無史さん 投稿日: 2001/08/25(土) 20:22
山梨県の黒川千軒の調査の際に、宿舎の外で鈴の音がしたとか、
朝になると発掘機材の位置が変わっていたり、
バスが道を踏み外して谷底に転落しそうになったという話しがある。
(今村啓爾『戦国金山伝説を掘る』)

僕の体験したのとは異なりますけど、やっぱりなんかあるんですかね?
科学者としては、霊とか実在するならぜひ見たいんですけど。いやマジで。
柴田  2009年05月26日 18:24 
はじめまして、私は某出版社に勤めている者です。
突然のご連絡でたいへん恐縮なのですが、ブログに
ご掲載のお写真を書籍に掲載させていただけないかと思い、
ご連絡させていただきました。

ご検討いただけるようでしたら詳細をご説明させていただければと
思いますので、お手数ですがご連絡先をお教えいただければ幸いです。
まことに勝手ながら、どうぞよろしくお願いいたします。
小西  2013年08月21日 23:42 
はじめまして、(今頃)はじめて読ませていただきました。
もともと気になっていた遺跡というか、最近になり、黒川金山に妙に興味が沸きましてコメント欄へ投稿させていただきました。
探索内容はとても分かりやすいので、面白いです。
ですが残念なことに、画像が×印の為に閲覧できません。
もう何年も前の記事ということなのでしょうか?
それとも、この記事により管理人さんに何かあったのでしょうか?
一番の気になることは、
もしかして、もう一度黒川金山に入っているのではないでしょうか?
なんか、この記事の管理人さんなら・・・と思っています。
私も、是非にも本当の近いうちに、この金山へ宿泊してみたいです。