2006年06月11日

丹沢 玄倉川女郎小屋沢(2006/6/11)

日程2006/6/11(日帰り)
メンバー真野(単独)
参考資料丹沢の谷110ルート

とっても冴えない沢の、とっても冴えない1日の記録。

前置き 〜西丹沢・東沢鉱山跡について〜

西丹沢の小川谷廊下といえば、東京近郊の沢登りルートとしては1、2を争う知名度をもつ超メジャールートである。今回の目的地となる東沢は、この小川谷廊下の遡行終了点あたりで合流する小さな枝沢である。モチコシ沢や同角沢といった玄倉川上流部の沢の遡行時に下山ルートとして使われることはあるものの、それ以外の目的でこの東沢を訪れる沢屋はほとんどいないだろうし、僕もつい半年までは、この沢の名前はおろか存在にすら気付いていなかった。

僕がこの沢を意識するきっかけになったのは、当サイトに「東沢 鉱山」という検索ワードでやってきた人がいたこと。山梨県・笛吹川東沢の鉱山ネタが引っかかったのだろう。アクセス解析を入れていると、他人様がどんな単語で検索してそのサイトにたどり着いたのかが分かる。この検索ワードというのは見ていて非常に面白いもので、中には検索している人の強い志向というか、「こいつは僕の知らないなんらかの情報を持って動いているな」と思わせる検索ワードもチラホラと混ざっている。そういうものを見つけた時には、自分でも同じ単語で検索をかけて情報を逆探知してみるのだが、これがけっこう面白いネタの発掘につながる。「東沢 鉱山」はそうしたものの1つであり、検索してみたところ一発目に出てきたのが次のページであった。

丹沢最深部とも言うべき東沢は、武田信玄が発見したという金鉱山があり、明治、大正の時代には抗夫や女郎など200人が住み着き、賭場などもある、一種の町が形成されていた。ただ、この頃はこの付近の一切の立ち入りを禁じていたため、地元の人間も中の様子は出入りする人づてにしか分からなかったらしい。

そして、関東大震災。

丹沢を震源とする大地震は、あっというまに東沢を土石の下に埋めてしまい、200人いたはずの金鉱山関係者が戻ってきたのを見た者はいないという、いわく付きの場所である。
Day Trekker:丹沢最後の秘境【大石山〜東沢 丹沢】

「武田」と「金山」は僕にとっては最強の殺し文句であり、この文章を目にした段階で現地行きは99%確定になった。さらに調べてみると、西丹沢・東沢の鉱山跡は一部のマニアの間では有名な話のようで、関連する情報が次々と出てきた。これらについては、過去に西丹沢・東沢の鉱山跡についてにまとめたので詳細とソースはそちらに譲り、ここでは要点だけを整理してみる。

  • 東沢には、戦国武田氏の時代〜昭和中期まで続いたと思われる鉱山跡がある。
  • 東沢の出合付近にテラス群。かつて金の精錬工場があったとされる。
  • 東沢の源頭付近に鉱山(坑道?)跡。
  • モチコシ沢源頭にも鉱山(坑道?)跡。
  • 東沢の沢底にはかつてレールや車軸が転がっていたが、最近は埋まってしまった。
ルート検討

東沢へのアプローチ方法として最も一般的なのは、穴の平橋から東沢を経由して東沢乗越へと抜ける登山道を利用するルートだろう。しかし、せっかく西丹沢まで来た以上はついでに沢の1つも登って行きたい、そう思うのが沢屋の人情である。やはりここは例によって例のごとく、無意味にハードなルートを経由して目的地を目指すことにする。

沢から攻めようとすると、だいたい以下の4つのルートが候補になる。

  1. 小川谷廊下
  2. 女郎小屋沢
  3. モチコシ沢
  4. 同角沢

このうち、小川谷廊下は目指す東沢と同じ沢筋にあり、一連のルートとして捉えればここから継続するのが最もスマートである。遡行の楽しさと簡単さの面でも、おそらくは小川谷廊下が一番だろう。ただ、ここはすでに遡行したことがある上に、なにより泳ぎの連続する沢である。7月8月のクソ暑い日に来ても「寒い」と感じるくらいなので、時期的にもちょっと厳しいものがある。

女郎小屋沢、モチコシ沢、同角沢の3つの沢は、すべて玄倉川本流の枝沢にあたる。この順に玄倉バス停からのアプローチが長くなり、同時に難度のほうも増していく。このうち後ろ2つに関しては、残念ながらシーズンの初っ端から「モチコシ大滝60m」だの「同角沢・遺言棚45m」だのを登れる気は全くしない。よって、これらも今回はパス。

残る女郎小屋沢は、名前はちょっとアレな感じだけれども、以下の2つの点で今回のルートとしてふさわしい。1つ目は、沢としての遡行のしやすさ。アプローチが1時間20分、遡行自体も2時間30分と短めで、ガイド本をみると内容的にもけっこう手頃っぽい。“丹沢の谷110ルート”からプロフィールを全文引用させてもらうと、まあこんな感じ。

丹沢の沢の核心部、玄倉川右岸の沢だが、沢幅が狭い地味な沢である。4段45mの野猿棚をもつが、45mの大滝というより10mの滝が4つ続いているという印象である。野猿棚の全貌を見渡せる場所はないようだ。野猿棚に期待していくと、失望するかもしれない。入渓する人が少ない小さな沢の静かな遡行である。
丹沢の谷110ルート

「地味」だの「失望する」だの「人が少ない小さな沢」だのと、なんかひどい言われようだが、「圧倒的威圧感の野猿棚45mは遡行者を容赦なく跳ね返す」とかよりはいくぶんかマシだろう。これぐらいの沢のほうが、たぶん僕の身の丈にはあっている。

そしてもう1つのポイント、それは女郎小屋沢というアレな名前自身に隠されている。名前がポイントと言っても、別に「女郎小屋沢は気持ちよかった」みたいないかがわしいギャグが言えるとか、そういう話ではない。

重要なのは、「ここがなぜ女郎小屋沢などと呼ばれているのか」である。

ここでもう一度、冒頭にあげたDay Trekkerさんの文章を引用してみる。

丹沢最深部とも言うべき東沢は、武田信玄が発見したという金鉱山があり、明治、大正の時代には抗夫や女郎など200人が住み着き、賭場などもある、一種の町が形成されていた。
Day Trekker:丹沢最後の秘境【大石山〜東沢 丹沢】

ここ東沢の鉱山街には、黒川千軒と同じように坑夫慰安のために働く女郎達がいた。とすれば、東沢から至近に位置するこの女郎小屋沢には、まさに名前の通り女郎小屋があったのではないかという推測が成り立つ。女郎小屋沢を詰めれば、そこで何かしらの痕跡を発見できる可能性もあるわけだ。

最後に

以上の構想をもとに、女郎小屋沢経由、東沢探索の計画を実行したわけだが・・・・・・結果を先に言っておくと、今回はとくに何の発見もなかった。この先は本当にただの遡行記録なので、そっち方面の期待をして読んでも無駄である。本来ここは沢登りサイトなので、ただの遡行記録で全然OKなはずだけれども、変に煽っちゃったので念のため、ね。

6/11(日) 雨

8:05 玄倉バス停→9:10-9:40 女郎小屋沢出合→10:40 F1上→12:15 F7野猿棚上→13:10-30 大タル丸-女郎小屋乗越の間の小ピーク→14:30 東沢乗越→15:25-45 小川谷との出合→16:50-17:00 穴の平橋→18:10 玄倉バス停

この日はとにかくツイていなかった。出発前に体重計に乗ったら、前年比+7.0kgの大増量だったのがケチの付きはじめだった。自転車に乗ろうとすれば画鋲がささってパンクしているわ、玄倉行きのバスに乗った直後に雨は本降りになるわ、おまけにそのバスの中にプラティパス(水筒)を置き忘れて水筒無しの山行になってしまうわで。もう何度、中川温泉に直行して1日優雅に過ごそうと考えたことか。そして、ここで温泉に行ってしまったほうがどれほどよかったか。

玄倉バス停からのアプローチはけっこうな雨の中、気分転換にオカリナを吹きながら歩く。だが、プラスチック製の安物は音が悪く、くわえて腕も悪いため、むしろ余計に気分が滅入って終了する。

バス停から1時間ほどで目印の看板のある場所に着く。看板の間から伸びる踏み跡をたどると、玄倉川の河原に降りることができる。


玄倉川の河原は広さの割に水流がとぼしく、ジャンプで飛び越えられるほどの川幅しかなかった。例のキャンプ事故の映像が印象的だったからか、玄倉川というとものすごい濁流の川のイメージだったのだが、どうやら普段はそうでもないらしい。ちょうど雨が小ぶりになってきたので、玄倉川本流と女郎小屋沢の間にある中洲状のところで遡行の準備をする。


そこにあった人工特徴物。慰霊碑か何かだろうか?

とりあえず手を合わせておく。


マッタリと準備をしていると、後ろから2人組の遡行者がやってくる。茅ヶ崎のブロッケン山岳会の方達だそうで、今日はこっちへ2人と、中川温泉のほうの沢(マスキ嵐沢かな?)にたくさんで入っているという。今日はたぶん誰にも会わないだろうと思っていたので、少し意外な感じだ。さすがにキチンとした会の人々は準備が早く、ササッと準備して先に入渓していった。少し遅れて僕もそのあとに続く。

女郎小屋沢の足元は少しヌルヌル度合いが強く、ヌルヌルに弱いアクアステルスの沢靴がいまいち馴染まない。いやーな感じだ。すぐに左手に枝沢を分けると、本流には遡行図に記されていない堰堤が2つ現れる。1つ目は右から簡単に越えられるが、2つ目の右からの巻きは少しきわどい。足元が崩れやすい砂の急斜面のうえ、つかめそうな植物が全部トゲトゲのイバラだったりするからだ。これはなにかの嫌がらせに違いない。この難関を頑張って越えたところで、実は堰堤の右側にハシゴが設置されていたことに気付く。やっぱり今日はどうにもツイてない。

少し進むと、小さな釜を持った2mの小滝。

全般的にあまり見せ場がなさそうな沢なので、こういう小さなところも頑張ってみる……がたいしたこともなく、簡単に右から越えられる。


沢はいったんゴルジュ状になって、最後に4mトイ状の滝。ここは左右のツッパリで越える。


遡行開始からほどなくして、F1-15mに到着する。

この沢における、最初にして最大の難関か。遠目にはけっこう壁が立っているように見える。実際の高さは12mくらいだと思うが、見た目にはそれ以上の迫力があって、「本当に登れるんかな?」と不安になってしまう。


F1には先行の2人組が取り付いており、ちょうどリードの人が登り終え、これからセカンドが登攀を開始するところだった。右壁の直登で、中間あたりでライン右から2つ支点を取っている。その支点のあたりが核心部になっているようで、登るのにほんの少し手間取っているようだ。それでもたいして苦労はせずに越えていったので、「まあ、なんとかなるのかな」と考え、僕もフリーソロで直登することにした。


とりあえず中間までは問題なく登る。しかし、そこから先の部分であまりしっかりとしたホールド、スタンスが得られずに詰まる。中間部分には残置ハーケンがいくつかあり、そこにセルフビレイをかけて休憩できるのでまだ余裕はあるのだが、逆にこの安心感が邪魔をするのだろうか、そこから先の難しい部分へと乗りだす踏ん切りがつかない。たぶん「行ってしまった者勝ち」なのだろうが、一瞬でも躊躇してしまったらフリーソロなんてだいたいそこでおしまいだ。

しかたないので、いまさらながらメインロープをだして単独登攀システムに切り替えようと考える。しかし、開始支点が残置ハーケン1つでは心細い。このため新たにハーケンを打ち足そうと試みるが、ハーケンを打ちこむと岩が剥がれて落ちていくようなリスばかりであった。

数枚の岩のフレークを剥がしたところで支点作りをあきらめ、再度フリーソロで上を目指す決意をする。セルフビレイを外して、もう一度しんどい部分にトライ。先ほどよりは少し上に登るが、やっぱりあと1mほど怖い区間がある。ホールドも、スタンスも、あるにはあるのだが・・・・・・やや外傾、おまけに少しヌルヌルの、ようはアクアステルス殺しの状況でしんどいことこの上なし。あーでもない、こーでもないといろいろ試しているうちに、足にも徐々に震えが来はじめる。

限界が来る前に後退することにする。念のため、目の前のリスにハーケンを打ち込んで長めのシュリンゲで確保をとるが、打ちこんだ瞬間に明らかにリスが広がるのが見えて気休めにもならない。ソロリソロリとクライムダウンして中間部分まで戻り、足元の残置支点にセルフビレイをかけようと身をかがめた瞬間、上のシュリンゲが長さいっぱいになってテンションがかかり、そしてハーケンごとすっぽ抜けて落ちてきた。本当に気休めにすらなっていなかったようだ。落っこちなくてよかった。

ここまでで精神的にずいぶん消耗してしまった。もうなりふりかまっていられる状況ではないと判断し、中間点から上部は壁の右のほうに垂れ下がった残置シュリンゲ2つを利用してのA0で越えた。最上部は再びフリーで慎重に登り、なんとか無事にF1上に到着する。この滝の登攀に費やした時間は30分で、気が付くと降っていた雨もいつの間にかあがっていた。ひさびさに生きた心地のしない登攀だった。

気を取り直し、周囲に注意を払いつつ進む。特に何かがありそうな気配はない。

しばらく進むとF3-15mに行き当たる。これも実際には10mあるかないかで、“丹沢の谷110ルート”のスケールは全体的に大きく取りすぎている感じだ。傾斜の緩い左壁を登るが、あいかわらず外傾ぎみのヌルヌルで、高さと傾斜の割にはいやらしく感じる。F1でかなりビビリが入ってしまったせいもあるだろう。いったん怖い思いをすると、けっこう後まで尾を引いてしまう。


すぐ上のF4-約4mを越えて、またしばらく進む。

前のほうに連なった滝が見えてきて、一瞬「野猿棚?」と思うが、どうやら手前のF5、F6の連瀑らしい。


手前のF5はフリーで登るのは難しく、右壁に下がったシュリンゲを使ってA0で越える。支点はやけに太い鉄の杭で、昔はここに鎖がついていたようだ。女郎小屋沢には地図測量のための小屋があったらしいので、その頃の作業道の名残りか何かだろうか。(ネタ元は2ch登山板:丹沢が好きのレス647。ここにある女郎小屋沢の名前の由来には同意しかねるけど。)

上はナメ滝状になっていて、残置ロープが水流右に2本、左に1本、だらしなく垂れ下がっていた。そんなに難しいところでもないと思うがなんだろう。高巻きルートがないからか?

ここは水流沿いを登った気がする。続くF6は右から小さく巻いたかな? 実はどっちもあまり良く覚えていない。まあ、苦労した記憶がないのだけは確かだ。


今度こそ本物のF7-45m野猿棚。

このあたりから再び雨が降り出して、ついでに霧も出始める。


1段目は5−6mくらいの直瀑。水流右に残置シュリンゲがかかっているが、A0ばかりでも情けないのでここは無視。立てかけられた丸太を利用して1段上がり、シャワーをかぶりながら凹角状のところをツッパリで這いあがる。


上部にはしばらく傾斜の緩いナメが続き、その先に逆くの字になった15mくらいのナメ滝。このあたりが2段目と3段目にあたるが、区切りがどこなのかはいまいちはっきりしない。15mナメ滝は水流右から登り始め、途中でいったん左に移って最後はまた右へ。ここもやっぱり滑りやすく、難しくはないが気が抜けない。


最後の4段目(7mあるかないか?)は逆相だが凹凸のはっきりした左壁の直登を試みるが、上部が少し難しく感じたためあっさりと引き下がる。水流右にある小ルンゼ状のところを詰めて野猿棚の登攀は終了する。


それにしても、おそろしく充実感がなかった。ガイドでさんざん貶められていたので野猿棚には期待しないで来たのだが、それでも「これはどうよ?」って内容だ。「10mの滝が4つ続いているという印象」すらない。この沢では、どう見てもF1のほうが核心部だろう。

野猿棚の上部で沢は二俣に分かれる。遡行図に記載は無かったが、地図を見るのもなんだか面倒だったので、切れ込んだゴルジュになっている右側に当たりをつけて入っていく。すぐに水流が消えて乾いたゴルジュになるが、目の前には転々と挟まったチョックストーン(CS)群が見え、まだまだ遡行終了の雰囲気を感じさせない。


5mほどのCS滝が現れる。F8だろうか。

ガイドに「穴をくぐるようにして越える」とあるので、CSの下に潜り込んでみるがどこにも穴は見当たらない。崩落で埋まってしまったのだろうか?

CSの手前に残置シュリンゲが束になってかかっているが、使わなくてもなんとかなりそうだったので無視の方向で。CSの手前をバックアンドフットで這い上がって登りきる。


さらに少し進むと、前のよりも大きなCS滝が現れる。どうやらこっちが本物のF8っぽい。

ふたたびCSの下に潜り込んで抜け穴を探す。だが、やっぱり長い年月のあいだに穴は埋まってしまったようで、光が差し込む程度の小さな隙間しか見当たらない。左右の壁のツッパリから右壁に上手く乗り換えられれば越えられそうなのでチャレンジしてみるが、もうあと一歩がどうしても届かない。


あきらめて巻き道を探すことにする。といってもゴルジュ内なので左右とも厳しめの壁だ。とりあえず左岸の壁はほぼ垂直なのであり得ない。かといって、右岸も登れそうで登れないくらいの絶妙な傾斜だ。少し引き返しながら様子を見る。すると右岸に、立ち木を頼りになんとか登れそうな場所があった。そこから登りはじめるが、斜面をトラバースして沢床に戻るのも難しそうだったのでそのまま一気に尾根上まで登り、残りは尾根をたどることにする。この尾根はちょっとした薮漕ぎはあるが危険な場所はなく、明瞭な踏み跡もあって歩きやすい。

20分ほどで主尾根線上にたどり着く。現在地確認も兼ねて、ここでしばらく休憩する。

いまいち場所が分かりづらかったので延々と地図と現地を眺め、ようやく現在地を1,031mピークと女郎小屋乗越の間だと確定する。


女郎小屋乗越のほうに向かって歩き出すと、すぐに急な下り斜面になって、その先に切り立った峠の女郎小屋乗越が見えてくる。

大タル丸側からみた女郎小屋乗越。

右手の女郎小屋沢も、左手の東沢へと続く枝沢も、急角度で切れ落ちたものすごい峠だ。女郎小屋ノ頭へと続く正面の尾根なんかは、もう完全な壁である。

だが一番すごいと思ったのは、この峠の尾根線沿いに登行用の固定ロープが張られていることだ。ここを縦走する人がいるとは・・・・・・なんて物好きな。


このありえない急斜面を東沢方面に下る。歩ける角度ではないので尻で滑って降りるが、下は砂なのでけっこう快適だ。

そのまま沢沿いに下っていくと、ほどなくして東沢の本流へ。

このまま帰りたい気もしたが、また来るというのも非常に面倒だ。ここは当初の予定通り、東沢上部を探検していくことにする。


東沢は傾斜の緩いとても穏やかな沢で、天気さえよければ気持ちのよさそうなところだ。遡行開始後すぐに出てくる二俣は、東沢乗越方面を目指して右へ。沢の左右に細心の注意を払いつつ進むが、これといって面白いものは見当たらない。やがて少し開けた感じのところにさしかかると、そこに東沢源頭の湧水点があった。

沢の左手にある、土斜面の穴から流れ出す東沢の湧水点。そばにはコップが2つ備え付けられている。土崖の穴から、というのは湧水点としてはちょっと珍しい感じだ。この奥に坑道があって、そこから流れ出しているじゃないかとついつい想像してしまう。


湧き水のそばというのは集落を作るにはうってつけの場所でもあり、頑張って湧水付近の斜面を登って探してみるが、成果はなし。


さらに沢を詰めてみるが、けっきょく東沢乗越までの間にこれといったものは無かった。


東沢乗越で引き返し、今度は斜面を巻き気味につけられた登山道を使って下ってみるが、特に何も見つからないままスタート地点に戻ってきてしまった。その後の下りでも何も見つからず、レールや車軸はおろかテラスすらもよく分からないままに小川谷との出合へ。やっぱり台風でぜんぶ埋まってしまったのだろうか。残念なことである。

お腹が空いたのでここで少し昼食休憩を取り、その後に下山を開始する。小川谷からの登山道区間では雨が土砂降りになるが、林道に出る頃には完全に止んでくれたので助かった。穴の平橋の駐車スペースで靴を履き替えた後は、長い長い林道歩き。ここを歩くたびに、ローラースケートかスケートボードを持ってくれば楽だろうなと思う。今度くる時にはマジでやってみようかな。

玄倉バス停には18:10頃に到着する。この日はツイてなさは尋常ではなく、ここでも毛虫に刺されたりする。最終バスに乗って新松田駅まで戻るが、時間が遅かったので今回は謎のマニラ食堂に寄るのはあきらめ、鶴巻温泉の弘法の里湯に寄ってから家に帰った。それにしても不毛な1日だった。せめてシーズン本格化前の体力トレーニングくらいにはなっているといいのだが。

今回のF1での行動には反省点が多い。後にして思えば、開始支点が残置1つの単独登攀でも、いっさい保険なしのフリーソロよりは全然マシだった。でも、登っている時にはなぜかそういう頭の切り替えができず、「支点がしっかりしてないとマズイ」というほうにばかり頭がいっていた。こういう意味不明の行動は、死亡フラグの1つに成り得るから要注意だと思う。メインロープをザックにしまっていたのが、準備の面倒臭さにつながった部分もある。すぐに使える状態にしておけば、端を支点に固定して登るだけだったはず。このへんは次の遡行からは改善していこうと思う。せっかくのロープも、ザックから取り出さなければただのオモリだから。

女郎小屋沢の感想。“丹沢の谷110ルート”の酷評は伊達じゃないな、と。他に行きたい沢があるなら、そちらへ行ったほうがたぶんマシだろう。

そして東沢鉱山跡の探索は・・・・・・後は誰かに任せた(笑)

Posted by まの at 23:59 │Comments(1)TrackBack(1)遡行記録B級秘境 探検記録

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西丹沢・東沢の鉱山跡について とにかく沢登り:丹沢 玄倉川女郎小屋沢(2006/6/11) の続報。例のごとくアクセス解析を逆探していたら、ものの見事に下記の記録にぶちあたった。これは
人生 沢あり谷あり  2006年11月10日 21:08

この記事へのコメント

任された人  2008年09月04日 12:47 
もう時効で、あなたが覚えていないと思い書きます。

ストーカーじゃありません。たまたまの偶然です。
あの時天気が悪かったのですが、きっと探しに行くなと思いました。
電車に乗ったら代々木上原で、まさかのあなたが乗ってきました。
あなたとの面識はありませんが、直感で判りました。

同じバスに乗り玄倉でおり、雨の中を途中まで同じコースを
たどりました。直接東沢に入るものと思ってましたが
あの雨の中 女郎小屋沢をやるとは さすがですね!

私は、ひよって直接中ノ沢経路から東沢を詰めました。
あの湧水地点にコップが二つありましたが
その内の一つは、そのとき私が置いたものです。

湧水地点の周辺を探し回ったようですが、惜しかった
ですね。私は鉱山跡を堪能してきました。
14:00ごろまで現場で待ち構えていたのですが
お会いできなくて残念です。

これもシンクロニシティーになせる業ですかね
(エセ科学かもしれませんが)

なぜに今頃書き込んだか理由はわかりません。