2006年08月14日

奥秩父 笛吹川東沢ホラノ貝ゴルジュ(2006/8/14)

日程2006/8/14(日帰り)
メンバー真野(単独)
参考資料奥秩父・両神の谷100ルート

東沢の最後の砦・ホラノ貝ゴルジュ。人工登攀技術を駆使する上級コースと思わせて、適度に泳げて適当に登れる、超オススメのお気楽極楽コースでした。敗退覚悟で臨んだのに(笑)

前置き

「沢登りの王道」なんて言うと、各方面からいろいろと反発をくらいそうではある。だが、もし沢登りに王道があるとすれば、千畳のナメの写真に魅せられて東沢・釜ノ沢を目指し、その道中に垣間見た支沢のスラブ群、あるいはホラノ貝ゴルジュを次の目標にしてステップアップしていく、というのは極めてそれに近いものではなかろうか。少なくとも、僕はまさにこの道をたどってきたし、それはごくごく自然ななりゆきだったと思われる。

東沢本流下部・ホラノ貝ゴルジュ。釜ノ沢、鶏冠谷、ヌク沢、東のナメ沢と順調に押さえてきて、東沢で残すのはもうここだけになった。上部のスラブの支沢にはもっと難しい場所がいっぱいあるのだが、僕は沢登りらしい沢登り以外にはあまり興味がないので、このホラノ貝ゴルジュが事実上、最後の課題であった。

素晴らしいゴルジュの少ない首都圏近郊にあって、ほぼ唯一、その価値を認められている本物のゴルジュ(参考:ゴルジュ突破やろうぜ! - 魂に響くゴルジュ・険谷登攀リファレンス)。公共交通機関を利用しての交通の便も抜群によい。そんな場所になぜ今まで手を出さなかったのか。答えは単純、突破が非常に難しいからである。

最大の難関は、ホラノ貝ゴルジュの入口にかかる4mの滝。両岸ツルツル、通常は右壁のリスを利用したアブミトラバースで突破するという非常に素敵な代物である。困ったことに、僕はこのアブミを使用したことがなかった。独学で、おまけに単独メインでやっている以上、そうそう出番がある道具ではないからだ。この手の技術的な壁は、乗り越えるのがけっこうしんどい。僕自身は登攀よりも泳ぎのほうがずっと好きであるにもかかわらず、大滝登攀が売りのヌク沢や東のナメ沢よりもここが後回しになってしまった原因はこのへんにあった。

世の中にはフラットソールを持ち込んで、ここをフリーで突破する猛者もいるようだが、これまでに何度となく観察した範囲では、それはとてもじゃないが人間業ではないように思われた。だいたい、人工登攀のルートをフリー化するなんていうのは、僕にとっては雑誌で目にするだけの世界、雲の上の世界のできごとである。

こうして、なかなか踏ん切りがつかないままに月日だけが流れていたのだが、いいかげん近郊で行きたいと思えるような日帰りの沢も残り少なくなって、あとはほぼ、このホラノ貝ゴルジュを残すのみとなった。「行くしかないな」という思いは、日増しに強くなっていった。

そして7月初旬。とりあえず、使い方も分からないままにテープラダー式のアブミを2セット購入してみる。技術書を読み、基本的な部分を勉強してみるものの、まったく経験のない分野だけにいまいちピンと来ない。実際にトライ&エラーで使ってみるしかないと腹をくくる。

その後、何度かの週末に突入を予定するが、どれも悪天候により流れる。そうこうしているうちに梅雨も明け、8月も半ばになって、「このままでは秋になってしまう!」と徐々に焦りだす。最後のチャンスと考えていた8月12日、13日の週末も、なぜか山梨県だけが悪天候で流れてしまった。そして8月14日、個人的には休みでもなんでもない日であったが、その日1日だけ晴れマークがついているのに我慢ができず、仕事をサボっての突入を決意。2組のアブミとありったけのハーケン、ついでに前日に衝動買いしたカムも3つほど引っさげて、意気揚々と出発したのであった。

8/15(月) 晴れ

8:20 西沢渓谷入口バス停→8:55-9:20 東沢出合(入渓点)→10:35-10:55 ホラノ貝入口→12:40 山ノ神手前(折り返し点)→14:00-14:55 東沢出合→15:30 西沢渓谷入口バス停

早朝、出発の間際にバスの時刻を確認した僕は、塩山―西沢渓谷入口間のダイヤが大改正されている事実に気付き、かなり大きなショックを受ける。始発のバスの到着時刻は1時間ほど遅くなり、最終バスの発車時刻にいたっては、なんと2時間も早くなっているではないか。登山者にとって、これはとんでもない大改悪である。過去、東沢の沢を遡行し、登山道を足早に駆け下って、ここの最終バスには何度も滑りこみセーフで飛び込んできたものだ。今回にかぎっては非常に短いルートだから問題はないものの、今後、ヌク沢や西のナメ沢のような沢を日帰り遡行するのはほぼ絶望的な状況になってしまった。個人的には行きたいところはすべて行きつくした後なのが救いだが、それでも大きな痛手のように感じる。(※実は現在、山梨市駅―西沢渓谷入口間のバスが走っており、これを使えば始発到着9:48、最終発車16:25となって多少はマシになります。)

それでもまあ、行きは他の登山者を集めて、タクシーの乗り合いをすればなんとでもなる。そう考えて、予定通りお茶の水駅から始発の電車に乗り、塩山駅まで行くことにする。電車内では爆睡し、一度は塩山駅を通り過ぎてしまうが、一駅先の東山梨駅で折り返して20分くらいのロスで塩山へと戻る。

塩山のバス停には、年配の男性登山者が1人いた。近づいていくと、向こうから「一緒にタクシーに乗っていきませんか」と声をかけてきた。皆、考えることは同じのようで話が早い。3分ほど待つと次の下り電車が到着し、さらに何人かの登山者が下りてきた。それを件の男性が手際よくまとめてくれて、あっという間に5人の集団が形成される。そのままタクシーに乗りこんで、西沢渓谷入口まで移動する。料金は、6,000円の頭割りで1人あたり1,200円。バスの運賃の1,000円より額面上は高くなるが、大幅に時間を短縮できることを考えると安いものだろう。

8:20に西沢渓谷入口に到着し、例の年配男性と一緒に入渓点へと向かう。話を聞くと、この人は沢登りのほうもかなりやられるそうだ。今日は釜ノ沢西股を遡行して両門の滝あたりで1泊し、大弛峠の小屋でもう1泊した後、金峰山を越えて下山する予定らしい。今回は写真撮影が主目的のようで、大判のカメラを持ってきているとのことだった。ザックの横にはごっつい三脚をくくり付けている。僕が「ホラノ貝ゴルジュに行く」というと、彼は「あそこは単独では難しいかも」と答えた。どうやら例のアブミトラバースの最後の部分で、1人ではアブミが回収できないらしい。「まあ、なんとかしますよ」と答えてはみたものの、やはり経験者の言葉というものは重く、先行きが少し不安になってくる。その他にも男性はいろいろと沢の話をしてくれたが、僕のほうはといえば徹夜明けでかなり脳みそが寝ていて、あまりまともな受け答えができなかった。少し失礼なことをしたかな、と後になって思った。

東沢下部の明るい河原を進む。

吊り橋を渡って東沢の河原へと降り、入渓準備を整える。同行の男性は、一足先に用意を済ませて入渓していった。10分ほど遅れて、僕も遡行を開始する。出合の河原では単独の人が幕営しており、また鶏冠尾根を降りてきたと思われる、3人組の登山者ともすれ違った。

鶏冠谷の出合を過ぎると、間もなく周囲は暗くなって淵が現れる。沢筋が左に直角に屈曲すると、目の前に深い釜を持った5mの滝が姿をあらわす。

「ドドドドド」と轟音を響かせながら垂直落下する、見た目ツルンツルンの滝である。水線右には大きなチョックストーンが鎮座して、滝の頭を押さえつけている。この滝の姿は登山道の上から何度となく目にしてきたが、一度として登れそうなどと感じたことはない。いくつかの記録を読むと左壁に一筋のクラックがあり、それを利用して登るようだが、それがフリーで行けるものなのかどうかはよく分からない。左から高巻いている記録も数多い。

とりあえず、遊び半分で空身で取り付いてみることにする。残置シュリンゲの垂れ下がった左手前の壁の裏側を覗き込んでみると、なるほどそこには斜上するクラックがあった。しかも、想像していたような垂壁に走るクラックではなくて、どちらかというと2つの大岩のあいだの隙間みたいな感じだ。右の岩はリッジ状で、ある程度は立ち込めそうな凹凸もある。これならなんとかなるか?

滝上から見た斜上クラック。

釜に飛び込み、1mほど泳いでクラックの下部に取り付く。そこからクラックに手をかけて左壁を斜上していく。実際に取り付いてみると、このクラック沿いの岩はガバの宝庫みたいなもんで、これがけっこう楽しく登れる。腕力はそれなりに必要だが、ジャミング等の高等テクはいっさい必要ない。上のほうにスタンスがない部分が一箇所あり、ここは60度くらいのツルツルの壁を蹴りながら、クラックにかけた腕とのオポジションで移動した。

長い間、眺めるだけの対象だった滝を登れたことに気分を良くしつつ、チョックストーンの上から滝壷に飛び込んで荷物のところへ戻る。やや斜めに着水したため微妙に尻が痛い。荷物を担いだ状態で登るのはさすがにしんどい気がしたので、今度は高巻きでこの滝を越えようとする。だが、少し戻って探してみても、良い巻きルートが見当たらなかった。結局、「高巻きで変に怖い思いをするよりは」と、荷物を背負った状態で再びクラック沿いを直登することにする。先ほどよりはさすがに少し苦戦するが、今度もなんとか上へと抜けられた。

上部に連続するいくつかの淵は、丸太渡りをしたり泳いだりしながら楽しく越えていく。水勢はひじょうに穏やかで、どこも余裕の平泳ぎで通過していける(注:僕は泳ぎがかなり上手いです)。

この区間で唯一、苦労らしい苦労をした、清兵衛沢手前の淵。淵の奥には2mのCS滝がかかり、まっすぐに抜けることはできない。滝のそばまで泳いでいくと、右手が凹角状になっていたので、ここから上がることにする。出だしの部分が少し難しく、クラックの奥に挟まった岩をつかんだり、左右の壁をつっぱったり、「あーでもないこーでもない」と試行錯誤をした末になんとか這い上がる。そのままクラック沿いに少し登り、岩のシワに沿って斜めに下降して、CS滝の真横へ移動する。

淵の奥にあるクラックと凹角。

ここが再び悩みどころで、沢筋へ戻る部分を岩がふさいでいるためすんなりと沢筋に復帰できない。岩の手前には1人ぶんくらいの隙間が空いており、足元はやや斜め、そこへうまいこと滑りこめばなんとか体を止められそうな感じに見える。成功確率は五分五分といったところか。

意を決して滑りこむ! そして華麗に失敗。足を滑らせ、膝を強打した後、見事に釜に逆さ向きに転落する。凹角を登るところからやり直しである。

めげずに再び岩の手前まで移動する。足を伸ばせば岩まで届くことに気付き、あとはこの岩を上から乗り越える。

右手から大きな滝となって出合う清兵衛沢を見送り、さらに少し進むと、沢はいったん河原状になる。そして、ずいぶんと見慣れた光景のところに到着する。核心部、ホラノ貝ゴルジュの入口である。

笛吹川東沢の奇観・ホラノ貝。

何度みても、ここの水の色は本当にきれいだと思う。このすぐ奥に灰色の景色があることを知っているのは、東沢を遡行する人のなかでも物好きなごくごく一部の人々だけだろう。

まずは河原で日光浴をして体力と気力を回復させる。さらに、いいかげんTシャツでは寒くなってきたので、雨具の上を着込んでゴルジュ内での泳ぎに備える。20分ほど休憩をとった後、気分を引き締めてホラノ貝の内部へと突入する。もう少しで、長年の野望がまた1つ実現する。心の中は、そんな興奮で満ち満ちていた。

まずは泳いで中へと進み、左の岩に這い上がる。ここは過去に何回か遊びで泳いでいるが、最初に泳いだときがいちばん厳しかった気がする。あの時は空身でそうとう必死に泳いで、ようやく奥まで到達することができた。今日はそれほどでもない。荷物を背負った状態でも、余裕の平泳ぎで越えられるレベルだ。

そして核心部の4m滝へ。

左壁および水流沿いは、人類の力ではいかんともしがたい、完全無欠のツルツル壁である。右壁もたいがいであるが、手前のリッジ上部からほぼ水平に伸びる一条のリスが突破へのわずかな手がかりを与えてくれる。

ちなみに今回は、ゴルジュ対策として三脚を持参したため、手ブレ写真はいっさい無しなのだ。

ここの突破の仕方は、大きく分けて3通りである。1つ目は、この横リスにハーケンを打ちこんで、そこをアブミを架け替えながら横断するアブミトラバース。残置ハーケンがなければ、A2のグレードがあるというハイレベルの人工登攀ルートである。2つ目は、このツルツルの右壁をなんとフリークライミングで抜けるという鬼ルート。過去の記録によれば、フリーのグレードで5.10a/bくらいの難度になるらしい。僕はフリーは全くやらないので、デシマルで自分がどれくらいのを登れるのかはさっぱり分からないが、たぶん5.9が登れるかどうかといったレベルだと思うのでやや荷が重いか。だいたい、見るからにここをフリーでというのは無理そうだ。そして3つ目は、滝の上にまたがった倒木めがけての投げ縄作戦である。ハンマーをくくりつけたロープを投げて倒木の上を通し、あとはそのロープを利用して滝を登るというものだ。3つ目はかなり邪道なので最後の手段として取っておくとして、問題は前者2つのうち、どちらの方法を選択するか、である。

とりあえず右壁から張り出すリッジ上に登り、壁に近づいてルートを観察してみる。だが、見れば見るほど、方法がどうこう以前に突破自体が無理なんじゃないかと思えてくる。過去、ここに立つたびに、何度もそう思ってきたように。

このツルツルのどこをどう、フリーで行けというのだろう?

だが、意外にも、心はすぐに決まった。決め手は残置の多さである。ルート沿いにはシュリンゲが4-5本ほどだらしなく垂れ下がっており、リスの手前のほうには残置ハーケンもいくつか打ち込まれているのが見える。どうも「残置が多いとアブミトラバースは簡単(というか台無し)」というのがここの定説のようである。僕自身はアブミを使ったことがないので、実際に簡単なのかどうかはよく分からない。しかし、他人様が簡単だと言うようなものに、わざわざ手を出すのもなんだか馬鹿馬鹿しく思える。世の中的にも「人工よりはフリー」という風潮であるし、ここは男1匹、フリーで勝負してみようじゃないか。

リッジ上に荷物を置いて、荷揚げ用にロープの一端を結びつける。ロープのもう一方の端を体に結んで、ギアラックだけを身に付けて挑戦を開始する。とはいっても、どこをどういうふうに移動していけばいいのかがさっぱり分からない。なんせ、観察すればするほど「人力では無理」という思いが強くなるルートである。しかたないので、とりあえず取り付いて、あと現場で試行錯誤することにする。

最初はリスに手をかけての横移動。なにやらリスに2ヶ所、ちょうど良い感じに指が4本かかる幅の穴があいている。ハーケンの打ちすぎでリスが崩壊してこうなったのか、フリーで越えるために誰かがチッピングしたのかは定かではないが、使えるものは使うしかない。そこから上の岩ヒダをつかんでバランスを保ちつつ、一段下に見える外傾スタンスに下りる。遠目に見ていた限りではとても人が立てる代物じゃないと思っていたが、これが意外としっかり乗ることができる。このへんはアクアステルスのフリクションさまさまか。

だが、順調に進めたのはここまでだった。このすぐ先でホールドもスタンスも全くない区間が現れて、二進も三進も(にっちもさっちも)行かなくなる。いや、難しいのは次の一進のみか。少し頑張れば、先にはまたホールドが見えているのだが…………

フリクションでなんとか壁に立ちこめないかと努力してみるが、さすがにアクアステルスでも限界を越えているようで、足元はズルズル滑って落ちていく。「それでもなんとか騙し騙し……」と思うがやはり無理なものは無理なようで、最後は完全に足が滑り、手もホールドから引き剥がされて釜の中へと落下する。そして、そのままリッジのところまで流れに押し戻される。

いやいや、やはりそう簡単には越えられないか。だが、この最初のトライのおかげで、1つだけ分かったことがあった。この壁の突破は、見た目ほどには超人的な代物じゃあない。あと何度かは落ちるかもしれないが、そう遠くないうちに抜けられる時がきっと来る。その感覚には、なかば確信に近いものがあった。

間髪いれずに2度目のトライ。先ほどと同じところまで進み、今度は足は動かさずに強引に先のホールドをつかみに行ってみる。左手で行くと壁から体が引き剥がされそうなので、体をひねり、腕をクロスさせて右手で先のホールドを取りにいく。体を目一杯に伸ばして、あと少し、あと少しと腕を伸ばしていくと…………届いた!! これが体重を預けるのにもじゅうぶんなガバホールドで、おまけにそれを右手でつかんでいるのだから後のムーブはあっと言う間であった。これで一気に核心部を越え、あとは予想以上に豊富なホールドとスタンスに助けられてすんなりと落ち口まで。最後の部分がツルツルで悪いという噂だったが、アクアステルスのフリクションだと落ち口あたりは普通に立って歩けてしまった。

落ち口の上からロープをたぐり、釜越しに荷物を引っ張り上げて、核心部の滝の登攀も無事に終了する。所要時間は約10分。思っていたよりも、ずいぶんあっさりと片がついてしまった。正直、あっけないという感じさえもする。難度としては、最初の5m滝に少し毛が生えた程度だろうか。まあ、一度は落ちている手前、たいして大きなことは言えないのであるが。

ここから先は、僕自身にとっては完全に未知の領域である。4m滝の上は、ツルツルの側壁に囲まれた深い淵になっていた。初めて目の当たりにする本物のゴルジュの風景に、ちょっと感動してしまう。

あそこのテラスが目標地点。

ここではまず、何も考えずに左壁沿いに泳いでいこうとするが、ここは水流が直撃するため前に進めず押し戻される。いったん4m滝の落ち口に戻って荷物を固定し、空身で偵察へと向かう。今度は右壁沿いに泳いでみると、こちら側は水流の影響をほとんど受けず、らくらく奥へと到達できた。そこから左右の壁を足で突っ張りつつ、一段上の残置ボルトのあるテラスへと這い上がる。奥の様子を確認したのち、今度は荷物とともにテラス上へと戻ってくるが、わずかな荷物の重さの増加がけっこうシビアにきくようで、2度目のツッパリでの這い上がりには少し苦労をした。

残置ボルトをありがたく利用させてもらって荷物を固定し、再び空身で先を偵察する。テラスの右前方には幅1mほどのゴルジュ最狭部があって、トイ状の流れとなったそこへどう降りるかが次の課題である。残置ボルトの位置的には振り子トラバースで抜けるようにも見えるが、なんとなくトイ状部分の底には足がつきそうな気配もある。失敗しても流されるだけだろうと考えて、とりあえずテラス上からトイ状部分へと滑りこんでみる。すると、思ったとおりそこには普通に立つことができた。ちなみに、このトイ状部分にはどうも不思議な巻き返しの流れがあるようで、滝上から滑り台をしてみても釜のほうへは流されず、なぜかトイ状の途中で止まってしまった。

荷物を取りにテラスへと上がり(この時はリッジ部分から登ってみたが、こっちからも行けた)、トイ状の最狭部を大股開きで越える。記憶ではたしか、このへんにショルダーあるいは下をくぐって越える2mのCS滝があるはずなのだが、そんなものはどこにも見あたらない。下をくぐれそうな1mに満たない岩ならあったが、そこは大股開きのツッパリで上から越えておいた。さらに4mくらいの幅広のナメ滝を越えると、わずかに日が射しこむ河原状の場所にでた。

デジカメの調子がおかしかったので、ここで休憩をとりつつ原因をさぐる。どうもメモリーカードの書き込み不良が起こったらしく、新規のデータを取り込めなくなってしまったっぽい。メモリーカードを新しいものに入れ替えてやると無事に復帰したが、最後に撮った十何枚かはどこかに行ってしまったようだ。三脚を立てて撮った写真も全部ダメかと思って内心あせったが、それらは帰宅後なんとか取り出すことができた。でも、メモリーカード自体はそのままお亡くなりになってしまった。

気を取りなおして遡行再開。とはいっても、この先にはもう、たいした見せ場は残っていなかった。適当に泳いだり突っ張ったりしながら進んでいくと、やがてゴルジュを抜けて河原状になり、左岸を大きく高巻いていた登山道も沢筋へと合流してくる。時刻は12:40、昼食は持ってきたがまだ空腹でもなかったため、入渓点へ向かってそのまま沢筋を引き返すことにする。

下降時に見るゴルジュの様子は、遡行の時とはまた別の味わいがあるなぁと感じる。遡行中の低い視線は、おもに正面の滝や水面をとらえて沢の厳しさを際立たせる。いっぽう、下降時の高みから見下ろす視線には、ゴルジュの奥行きや側壁の美しさがよく映る。

泳ぎと滑り台を繰り返しつつ進み、あっという間に4m滝の上へ。

ホラノ貝ゴルジュの核心部。おそらく、次は2分とかからずに越えられるだろう。しかし、初めてこの滝を目にしてから、実際に登るまでにはじつに5年近い月日を要した。少なくとも昨日まで、僕の中ではこの滝の上と下には別世界ほどの開きがあった。そのぶんの重みが、ほんの少しだけここから飛び降りることをためらわせる。

滝上で最後のひとときを楽しんだのち、ひときわ大きくジャンプして釜の中へ。水中から岩に這い上がると、そこにはいつもの慣れ親しんだ景色があった。

斜めに走る岩間を抜けて、ホラノ貝の外へと吐き出される。

さらに何度かの泳ぎを繰り返して、5m滝の上へ。1回目の反省を活かし、できるだけまっすぐに飛び込もうとするが、やっぱり不思議と尻から落ちる。どうも、釜の中心めがけて大きく跳ぼうとすると、体勢が崩れやすいようだ。かといって、落水点付近の泡立っている部分は隠れた岩がおそろしいし、なんかいい手はないものだろうか。

14:00に東沢出合の河原へ到着する。あまりに天気がいいので、昼食を取った後、濡れたものを乾かしながら少し昼寝をする。陽射しは温かく、それでいて風は涼しくて、まさに最高の一時だった。僕は本当は、ゴルジュや泳ぎよりも、日光浴のほうが好きな沢屋なのかもしれない。「明後日からの早出川はアブがいっぱいで、こういう楽しみはないんだろうなー」などと考えながら、そんなふうに思った。

河原で1時間ほどマッタリと過ごしたのち、西沢渓谷入口バス停へ移動する。15:40と劇的に繰り上げられた最終バスに乗り、塩山駅の少し手前の仲沢バス停で下車する。ここから塩山温泉へのアプローチは分かりにくいが、今回はそこそこすんなりと行った。毎度おなじみの宏池荘へ行って温泉につかった後、夜に少し仕事があったため、めずらしく酒を飲まずに直帰した。

ちなみに、駅の売店でみた夕刊紙に「東京大停電」と書いてあり、いったいどういうネタだろうと思いながら眺めていたのだが…………家に帰ってからニュースを見て、実際に大停電があったことを知って驚く。山にいると、下界でなにが起こっていてもさっぱり分からない。たとえ日本以外全部沈没していても、きっと気付かないんだろうなぁ。

何年越しかの夢とともに挑んだホラノ貝ゴルジュ。感想は「案ずるより産むはずっと安し」でした。さも難しそうに書いている他人の記録を、少し真に受けすぎたのかもしれません。真剣勝負のゴルジュ突破がしたい人は、あるていど増水した日に来てください。普通の水量だと、ボルダリングと水泳の愉快な1日になります。水根沢谷が埋まり、小川谷廊下も泳ぐところが激減したと噂される昨今、首都圏の水遊びコースとしてはここが最適かもしれません。登攀の難度的にも、小川谷廊下を攻め攻めルートで登った時と大差ないように感じました(核心部のフリートラバース含む)。

遊べるポイントは最初の5m滝、清兵衛沢手前の淵の凹角の出だし部分、核心部フリートラバースの3箇所で、ほとんど差はありませんがこの順で難しくなるようです。必携アイテムはアクアステルスソールの沢靴、フェルト底だとさすがに苦戦するでしょう。他のギア類はいっさい不要、変に高巻きしなければプロテクションもいらないので(落ちてもドボンですむ)、西沢渓谷入口か東沢出合に余計な荷物はデポしておいて、空身で往復するのがいちばん楽しいんじゃないかと思います。

Posted by まの at 23:59 │Comments(2)TrackBack(0)遡行記録

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この記事へのコメント

たけし  2006年08月24日 22:21 URL
またまた拝見させていただきました!
単独で突っ込むとはスゴイです!尊敬です!
私もまのさんのレポを参考にいつか行ってみます。

 私の方は、川棚沢アップしました。
 ホラガイのゴルジュレポに比べるとかなりショボイですが・・・
 
P.S
そういえば、水無川真沢に行かれるとの事ですが、
私と相方のmoto.p氏も狙っていたんです。
行くとしたら単独と書かれてありましたが、都合が合えば
是非ご一緒させてください。。。
(小生単独で行く勇気はありませんです(^^)ヾ

まの(管理人)  2006年08月24日 23:11 
ホラノ貝ゴルジュ、たしかに突っ込むまでは覚悟いったんですが、
行ってみたら「アララララ」ってな感じでした。
ここは間違いなくイメージだけが先行してます。
僕の印象だと、川棚沢のほうがだんぜん難しそうですよ。

水無川真沢は、ちょっと考えて、メールで返事を出しますね。
いくつか記録を読むとどれも40m近い懸垂下降をやってるようで、
単独で行くとしたら最低でもバックロープ持参かなぁ、
それもめんどくさいなぁ、と少し悩んでいたところです。

でもそのメンバーは怖いなぁ。
単独で行ったほうが安全なんじゃないかとすら思えます(笑)