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社会復帰して2週間が経ちました
体調は良くも悪くも変化なしといったところ
まだ土曜ぐらい休みたいとも思いますが、結局【現実】というスイッチが入ってしまうと、あれこれ熟してしまう性分は変わらないようだ
オレはタフなんだろうか・・? 自分ではそう思っていなかったんだけどなぁ^^;

火曜日は通院日でした
血液検査とグロブリン輸血
数値上も大きな変化はない
白血球数がちょっと少なめなのは、ベナンバックスの吸引をやめて、かわりにバクタの服用を再開した影響と思われます
大量の薬を服用していくのも継続してますが、早く解放されたい
これが無くなって本当の治療終了と言えるはずだが、そんな日が来るもんなのだろうかよく解らん

ところで・・・ちょっと堪える、哀しい情報がありました

オレには【オートバイ】という趣味があります
オンロードだろうがオフロードだろうが、でかいバイクだろうがカブだろうが
2つしかタイヤがない、何か支えがないと転倒してしまう不安定な原動機の付いた乗り物が大好きです
カスタムも好きだし、自分であれこれ整備することも、ピカピカに磨き上げることだって好き
でも、何よりもそいつらを駆って走ることが大好きです
若い頃は、今ほど機能性の高いウェアーもなく、夏場に疾走らせることが多かったわけですが(乗らない方はバイク=夏のイメージが大きいと思いますが)、今では逆に真夏以外いつでも乗ります
昔と違って、安全性の高いヘルメットやウェアーを常に身につけて走るとなると、灼熱の日差しと股ぐらから立ち上るエンジンの熱で、真夏は本当に不快だからです
それに、やっぱイメージ先行の人達もこの日本には大勢いるので、夏は鬱陶しい連中で混む(笑)
で、今は氷点下の真冬の早朝にガクガク震えながらも、ワクワクしながら房総や伊豆へ走りに行ったりするわけですが、ま、そういう時は路面の凍結を避けなきゃいかんわけでどうしても海岸線を走ることが多いわけですね
まだ暗いうちから走り始め、突き刺すような冷気を正面から受けながら湾岸線を飛ばしていく
2時間ほど走ったあたりで朝陽が昇り始め、空が明るくなってきた頃、バイクを停め、缶コーヒーで悴んだ指先を温めながら、海を見ながら一服する・・
至高のひとときなわけです(ナルシズム満開ですが男なんてそんなもんですww)

でね、ふと海を眺めるとね、必ず居るんですよ
人が乗ってなきゃ不安定な、ただの板っペラをなんとか乗りこなそうと、操ってやろうと藻掻くサーファーという名の同じようなアホが・・(笑)
このクッソ寒い時に、なんで好き好んで海に入っているのかと
サーフィンなんて真夏にやりゃいいじゃん! 凍えて死にゃしねぇのかと
見てるこっちがサブくなるわ!!ってね
で、そんな話をサーファーでもある友人に以前話したことがあるんです
したらこう言われた
「オレたちも海の中から見て思ってたよ・・このクッソ寒い真冬の海岸線をバイクで疾走してるアホなバイク乗り居るなぁ・・ってwww」
なんかいいでしょ?この感じ(笑)
まったく別の趣味ではあるけどさ
本当に好きな連中はこういうもんなんだと
やってることは違ってもね【にわか】とは違う、同じ種類の男の匂いがプンプンするわけですね

でね
今回、治療を開始して
あらためて、ブログを更新し始めて、自然と他の治療者の方の闘病ブログも覗くようになって
今はオレがこのブログを開始した当時と比べても、さらに多くの人がブログとかSNSとかやってるでしょ?だから全部というわけにはいかないんだけどさ
やっぱ自分にピタッとくるっていうか、ピンっとくるっていうか
そういう人のブログは定期的にチェックとかしてたわけです
そんな中のひとりにずっと気になっている人がいた
年の頃もほぼ同じ、病種も同じ、住まう場所も近い、家族の構成も同じ、子供たちのの年齢層もほぼ同じ、治療してる病院も同系列、治療方法も同様、目指すところも同じ、仕事への取り組み方も同感することが多く、異常にポジティブなところも、ブログでの発言内容も・・・そして見た目の雰囲気ですら・・
オレかよ!って思ったことも多くあった

そんな彼が先週亡くなった
ブログの更新が1ヶ月前から止まっていて気にはなっていた
ただ、そろそろ移植か?とも思えるタイミングでもあったので、今頃身体的に辛いところを乗り越えてる最中だと思っていた
彼にとっては悪性リンパ腫は初発だった
去年の1月より治療を開始して、R-CHOP8発、その後CHASER、骨髓採取、R-ESHAPとオレの経験したすべての治療を熟してきた
それでも彼の身体にあった悪性リンパ腫は消えなかった

彼は何よりも子供たちを、家族を愛していたように思える
無理をしてでも一時帰宅をして、僅かな時間でも家族との時間を、我が家で過ごすことを楽しみとしていた
そして、彼はサーファーだった
週末の海を、仲間たちを求めていた

彼の大好きだった、南房総の海岸線で
いつの日か、海の中と、道の上で
笑いながら手を振りたかった
「お互いよく頑張ったべ」ってね

死は誰にでもやってくることだし、それが何時なのかなんて誰も解らない
けど・・なんか理不尽だ
自分の死を受け入れる覚悟はとうに出来てる
悲しいかな、他人の死を受け入れる覚悟なんてのは簡単ではないな
彼とオレの違いは何なのだ!?
誰か、明確に論理的に教えて欲しいもんだ

ちょっと個人的にではあるけれど
とってもショッキングな出来事だったので記してしまった
んーーーー! 会ってみたかったなぁ・・・