2015年03月15日

トワイライトエクスプレスの思い出(2)

前回に引き続き、今回もトワイライトエクスプレスの廃止を偲んで、寝台券を紹介しながら個人的な思い出を綴ってみたいと思います。

平成25年3月 大阪⇒札幌 シングルツイン

2503下りシンツイ_トワイライトエクスプレス

前年暮れからの2連続ウヤ(運休)の反動で、往路はB個室シングルツイン、復路はA個室ロイヤルの布陣で臨みました。

ハンバーグステーキ
ダイナープレヤデスにて。料理が冷めないように皿も温めてある

食堂車「ダイナープレヤデス」のランチメニューである「ハンバーグステーキ」です。ハンバーグのメニューは北斗星の食堂車「グランシャリオ」でもパブタイムに設定があって、東西で異なる味わいが楽しめますが、個人的には「ダイナープレヤデス」に断然軍配が上がります。

グランシャリオのハンバーグ
グランシャリオで供される煮込みハンバーグセット

北斗星の「グランシャリオ」が列車内供食を体験できる設備であれば、「ダイナープレヤデス」はレストランと胸を張って言えるほど、お食事がおいしいのです。この食堂車の差が関東在住の私を北斗星派からトワイライト派に傾倒させた大きな要因になりました。

平成25年3月 札幌⇒京都 ロイヤル

2503上りロイヤル_トワイライトエクスプレス

生涯初めてのA寝台に足を踏み入れました。A個室ロイヤルの良さは多くが語られていると思いますので何も触れませんが、私もご多分に漏れずロイヤルの虜になって、キャンセル待ちもロイヤル一本釣りのスタイルになりました。

運転は順調だったものの、朝の富山で常願寺川の風速規制に引っかかったのを皮切りに北陸本線内でずるずると増延。芦原温泉でサンダーバードへの振替が発表されるも、トワイライト自体は運転打ち切りではないことが判明。A個室の乗客を中心にトワイライトに残り、今庄では普通列車にも抜かれ回送状態になって、3時間遅れで京都に到着しました。

2510上りステーキピラフ

「ビーフピラフ」からリニューアルして登場した、パブタイムの「ステーキピラフ」です。上に載る肉がステーキになって更に贅沢な味になりました。

平成25年9月 大阪⇒札幌 ロイヤル  ウヤ 

2509下りロイヤル_トワイライトエクスプレス

キャンセル分を拾って乗車するスタイルをできるだけ貫いてきましたが、10時打ちで取れた唯一の寝台券です。JR西日本の電話予約サービス(5489)では発売開始2〜3分前に運良くオペレータに繋がると、10時打ちをしてもらえることがあります。それでもロイヤルは激戦で取れないことが多かったです。

ところが、前日通過した台風による不通区間が解消せずにウヤとなって涙を呑みました。前日最終の新幹線で大阪入りしたので発券は当日の朝でしたが、早朝の時点で運休が示唆されたため、朝一の新今宮駅で寝台券を受け取りました。すでに心の中では無賃送還で東京に戻ることを視野に入れて、原券を入手しておきたかったという気持ちがありました。

下りロイヤルはこの時が最初で最後の乗車機会だったため、乗車は叶いませんでした。

平成25年10月 札幌⇒大阪 ロイヤル

2510上りロイヤル_トワイライトエクスプレス

平日のパブタイムには私のような1人乗車の男性がいて話をすると、毎月のようにA個室に乗って往復している熱烈な常連客をトワイライトは抱えていることを知りました。「ロイヤル友の会」といったところでしょうか。

私も最後3回の乗車は全てロイヤルで、「ロイヤル友の会」の末席を汚させていただき、毎月キャンセルを拾っては乗車していました。

2510上りパスタ
平成25年10月 - キノコのパスタ

パブタイムのパスタは定期的にメニューが入れ替えられて、乗る度に「ダイナープレヤデス」へ足を運ぶ楽しみがありました。

2511上りパスタ
平成25年11月 - 蟹のパスタ

上りのパブタイムも、青森駅での運転停車を見届けて発車してからゆっくり向かうのが定番でした。食堂車の営業終了は青森秋田県境の矢立峠付近で、碇ヶ関駅の提灯を眺めてから席を立ち、帰りに氷(100円)を購入して自室に戻り、夜景をじっくり堪能するのが常道でした。

平成25年11月 札幌⇒大阪 ロイヤル

2511上りロイヤル_トワイライトエクスプレス

JR北海道の電話予約センターでもトワイライトの寝台券が予約できたため、上り列車で重宝したことがあります。最近までJR北海道のMV端末は熱転写のMV30型端末で、5489では個室寝台券をみどりの券売機(MV端末)で受け取ることができなかったため興味深い例にもなっています。

2511上りスペアリブ

私がパブタイムで好きだった一品料理は「スペアリブ」でした。「ステーキピラフ」やパスタは小皿で提供されていましたが、「スペアリブ」は大皿料理で非日常感を演出していました。

平成25年12月 札幌⇒大阪 ロイヤル

2512上りロイヤル_トワイライトエクスプレス

この時がトワイライトへ最後の乗車機会となり、11枚寝台券を取って3回が運休となり8回乗車(シングルツインとロイヤルを4乗車ずつ)することができました。以降、廃止発表が出てからは一切キャンセルを拾うことはできませんでした。

ツアーの団体客が入らなければ平常時は空気を運んでいたBコンパートも、廃止発表が出ると最後はプラチナチケットになってしまい満席が続きました。

ツアーの団体客を良く思わない人もいるかもしれませんが、トワイライトの運行を日頃から支えていたのはツアーの団体客だったように思えます。食堂車の片側にあるA個室(スイート、ロイヤル)は、廃止発表以前から常に満席が続いていましたが定員も少なく、採算性はツアー客が満席にしてくれるBコンパートが一番良かったのは間違いありません。

また、A個室の寝台券がオークションで再販されていた理由の一つとして、料金設定に疑問があるように思います。ロイヤルの寝台料金は3万円以上でも売れたのではないでしょうか。個室単位での発売なのに1名乗車より2名乗車したほうが高くなる料金設定などは、定員に満たない人数の場合に貸切料金を収受するフェリーの上級船室に比べて不思議でした。

プレヤデスサラダ
プレヤデスサラダ

ともあれ、多くの人に愛されたトワイライトエクスプレスは運行を終了してしまいました。殊に単身者にとって、A個室ロイヤルは最後の楽園になっている感じすらあります。とても寂しいですが、青函トンネル世代として、北斗星とトワイライトエクスプレスが消えると、一つの時代が終わってしまうような感覚もあります。

最後の1年間に集中して乗車した恰好になりましたが、私らしい取り組みだったと思います。そんな取り組みを振り返ることで、私なりのトワイライトエクスプレスへの送辞とさせていただきます。

※文章中の写真は時系列を混在して掲載しています。
  

2015年03月13日

トワイライトエクスプレスの思い出(1)

始発駅3月12日発をもって、トワイライトエクスプレスの運転が終わってしまいました。近鉄の補充券に関する記事の連載中ですが、今回は同列車の廃止を偲んで、寝台券を紹介しながら個人的な思い出を綴ってみたいと思います。

平成12年3月 札幌⇒京都 シングルツイン

1203上りシンツイ_トワイライトエクスプレス

初めてのトワイライト乗車は、上りシングルツインB個室でした。はまなす+白鳥に乗る予定で指定券を確保していたのですが、トワイライトの個室に空席が残っていて乗変してしまいました。今から考えると、この時は白鳥に乗っておくべきでした。白鳥を全区間(青森〜大阪)乗り通す機会は、この先巡ってきませんでした。

平成24年10月 大阪⇒札幌 シングルツイン

2410下りシンツイ_トワイライトエクスプレス

平成12年に初乗車した後、トワイライトに乗車する機会は、大阪在住時代も縁がなく12年間もブランクが開いていました。その間、私の寝台熱?北海道熱?は北海道フリーきっぷで道内夜行の開放B寝台に乗車したり、ぐるり北海道フリーきっぷを利用して北斗星のB寝台1人用個室ソロで往復することに注がれていました。

トワイライト下りの発車風景

あるとき思いついて、JR西日本の電話予約サービス(5489)で問い合わせてみると、シングルツインの空席が見つかって衝動的に購入したのがトワイライトとの再会でした。廃止発表の以前からA個室はプラチナチケットでしたが、シングルツインは平日を中心に比較的取りやすい状況にありました。

パブタイムのビーフピラフ

食堂車「ダイナープレヤデス」のパブタイムで戴ける「ビーフピラフ」です。末期は「ステーキピラフ」と名前を変えてリニューアルしましたが、「ビーフピラフ」の時代は上に載っている肉が小間切れでした。パブタイムの食事では定番の人気メニューだったと思います。

平成24年12月 大阪⇒札幌 シングルツイン

2412下りシンツイ_トワイライトエクスプレス

個室寝台では乗車前に食べ物を買い歩くのも大きな楽しみです。大阪では阪神百貨店の地下、札幌では大丸や東急の地下、エスタ大食品街が定番になっており、普段より少し良いものを選んでしまいます。お酒は飲まないのですが、車内でコップがあると便利なので、カップ入り氷も必ず購入しています。大阪では桜橋口ラッチ内のハートイン、札幌では西改札側北口のサンクスでいつも入手しています。

私は熱転写券に絶対的な拘りは持っておらず、まだまだ関東では縁が薄かったMR52型端末の太くて濃い印字が新鮮でした。

トワイライトエクスプレスのミックスフライ

下り列車でしか味わえないランチ営業を楽しむのも醍醐味でした。その中でも、宮脇俊三氏の「時刻表昭和史」で戦時中の急行1列車稚内桟橋ゆきに乗った氏が鮭フライ定食を食べたエピソードを読んでから、食堂車で供される揚げ物に関心があった私にとって、「ミックスフライ」は一度食してみたいと思っていたメニューでした。

「ミックスフライ」は公式サイトでランチが「肩肘張らない昔ながらの手作りの洋食」と紹介されるに相応しいメニューでしたが、末期ではメニューから消えています。

2503下りディナー準備
ランチ営業の終了時刻が近くなるとディナーの準備が始まる

下りのランチ営業は、北陸トンネルを抜けてからゆっくり訪問しても空席が目立っていました。最後は私だけになって、食堂車クルーがディナーの準備をしている姿を見ることができました。

平成24年12月 札幌⇒大阪 ロイヤル  ウヤ 

2412上りロイヤル_トワイライトエクスプレス

雪害が予想された運転日のA個室ロイヤルにキャンセルが出て発作的に購入するも、天候が回復する願いが敵わず結局ウヤ(運休)になってしまった残念な寝台券です。これまでA寝台への乗車経験がない私が初めて手にしたロイヤルに乗車できなかったことが、翌年になってロイヤル乗車に執念を燃やす火種となったように思います。

平成25年1月 大阪⇒札幌 シングルツイン  ウヤ 

2501下りシンツイ_トワイライトエクスプレス

顛末は以前の記事で少し書きましたが、翌年のトワイライト一発目もウヤで始まって、2回連続で乗車できない残念な結果となりました。

ラストラン直前も3月9日と10日の2日連続して暴風雪で運転できず、冬季の厳しい現実が突きつけられましたが、運休にならずに催行するかという点が、トワイライトへ乗車する旅客への最後の試練でありながら、最大の山場となっていました。近年はLCCの欠航・遅延リスクなどを話題にしたこともありましたが、最も催行率が低かったのはダントツでトワイライトだったわけです。(続く)

※文章中の写真は時系列を混在して掲載しています。  
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2015年02月06日

近畿日本鉄道の補充券(27)

鶴橋駅の出札補充券で、窓口番号は71です。この出札補充券は設備されている場所が思い当たらないかもしれません。

近鉄・鶴橋駅の補充券出札(71)

これは駅営業所に設備されている出札補充券になります。駅営業所とは、近鉄の主要駅にある旅行商品などを取り扱う窓口で、立派な店舗を構えている場合や、駅事務室への入口を兼ねた閉ざされた窓のない扉が入口になっていて、入るのに少し勇気が要る場所もあります。

津駅の駅営業所
名古屋線・津駅の駅営業所

窓口番号は全て70番台で揃っているのが特徴で、私は阿部野橋で窓口番号78の出札補充券を偶然入手してから、その存在に気がつきました。

近鉄・大阪阿部野橋駅の出札補充券(78)

JRで言えば、旅行センターにも発行箇所常備の出札補充券が設備されているわけです。褒め言葉として、近鉄は頭おかしいと感じると共に収集意欲が湧いてきます。

宇治山田駅の駅営業所
山田線・宇治山田駅の駅営業所

発券端末の有無などもあり、営業体制が全ての駅営業所で同じではなく、出札補充券の設備も統一されていない様子で、設備されていない駅営業所もありました。

名張駅の駅営業所
大阪線・名張駅の駅営業所

伊勢志摩ライナーのサロンカー(定員2名、4名)を「まわりゃんせ」(往復の特急料金込み)と無割引の特急旅客の組み合わせで利用する場合に端末が対応しておらず、出札補充券が必要だったそうです。現在は「しまかぜ」関連でも補充券が必要になるケースもあるかもしれません。

新田辺駅の駅営業所
京都線・新田辺駅の駅営業所

以前の記事で、「特殊補充券に関しては、改札補充券として改札に設備されていたり、全種収集に関して非常にチャレンジングな要素が多く、収集意欲が沸いてきます。」と書いたのは、特急券窓口や駅営業所に設備されている出札補充券の入手が難しいことを異図したものです。

下市口駅の駅営業所
吉野線・下市口駅の駅営業所(どこ?)

改札補充券と特急券窓口や駅営業所の出札補充券の入手には、一度で購入に至らずに再訪したり、特に苦労が大きかった面がありました。次に来る収集家も購入できるよう、配慮のある収集をお願いします。

次回はこれらを踏まえて、鶴橋駅にある特殊補充券7口座の答え合わせをしてみたいと思います。  
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2015年01月30日

近畿日本鉄道の補充券(26)

鶴橋駅の出札補充券で、窓口番号は10です。前回の記事で、鶴橋駅には特殊補充券が7口座あったことを紹介しました。この中で、収集が難しいと思われる口座を今回と次回でご紹介します。

近鉄・鶴橋駅の補充券出札(10)

この出札補充券はラッチ内下りホームにある、特急券窓口に設備されていました。難波と同じく特急券を購入する旅客が絶えず、購入のタイミングに相当の配慮が必要です。  
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2015年01月27日

近畿日本鉄道の補充券(25)

鶴橋駅の改札補充券です。窓口番号は04で、環状線外回り(天王寺方面ゆき)への乗換改札に当時設備されていました。片道では趣味発行のお許しが出ず、再収受証明で購入?しています。

近鉄・鶴橋駅の改札補充券(04)

この再収受証明書では、有効日数欄に「1か年」と記入しています。以前の記事で紹介したことがありますが、再収受証明書の有効期間は、民法で期間計算を翌日起算することを根拠にして(初日不算入の原則)、「翌日から起算して1か年」(旅客営業規則167条)が正しく、この記入方では有効期間が1日不足することになります。

近鉄では、他の駅で再収受証明書を発行してもらった際も、有効日数欄に「1か年」と記入していたため、そのように指導しているのかもしれません。

鶴橋の橋がゴシック体

小ネタですが、右下の発行箇所を見ると鶴橋の「橋」だけがゴシック体になっており、ちょっとした誤植ミス券になっています。

近鉄・鶴橋駅の改札補充券(04)-2

平成23年1月に再度購入した時点では、まだ1号冊が使われていました。現在も同じ冊が使われているかも知れません。



なお、環状線内回り(京橋、大阪方面ゆき)の改札には、窓口番号02の改札補充券が設備されていました。

近鉄・鶴橋駅の改札補充券(02)

出札、改札別、さらに窓口番号に拘ると、当時の鶴橋駅には特殊補充券が7口座設備されており、近鉄で一番集め甲斐のある駅でした。

京成の補片・補往が成田スカイアクセス線開業に伴って、発行箇所補充になってしまい、最近では東京メトロの図補も発行箇所補充が主流になってきているようで、発行箇所常備、発駅常備の補充券が好きな私としては非常に残念です。近鉄さんには、最後まで発行箇所常備を貫いて欲しいと願うところです。  
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2015年01月23日

大阪⇔桜ノ宮の2等普通回数乗車券

昭和40年5月に大阪駅で発行された、大阪⇔桜ノ宮の2等普通回数乗車券です。

当時の国鉄初乗り運賃は3kmまで10円(2等)で、大阪環状線外回り(京橋、鶴橋方面)の再遠駅である桜ノ宮が着駅になっています。2等の回数旅客運賃は現在と同じく、2等片道旅客運賃の10倍で100円でしたが、有効期間は現在と異なり1ヶ月となっていました。

大阪⇔桜ノ宮の2等普通回数乗車券

さて、現在の制度から考えると、最終券片の案内文一行目にある「4券片までは同行者とともに同時に使用ができます。」との記載が異色を放ちます。かつて、国鉄の回数乗車券は同時に使用できる人数の制限が課せられていました。当時の条文を引用します。
(回数乗車券の同時使用)
第163条 回数乗車券は、同行する旅客のある場合には、2等用にあつては最終券片、1等用にあつては表紙を所持する旅客とその同行の旅客とをあわせて、4券片に相当する人員分まで同時に使用することができる。(後略)
この人数制限の意義について、「旅客営業規則解説」(平林喜三造著、中央書院刊、昭和37年7月発行)では次のように解説しています。
1 回数乗車券の同時使用
 回数乗車券は、10券片以上の券片によって構成されており、家族その他2人以上のグループが同時に使用する場合に適しているので、同時に使用することのできる人員を1冊につき1人と限定することは、回数乗車券のもつ特性を殺すことになる。しかし、同時に使用できる人員に制限をつけないと、団体割引等の他の割引と均衡がとれないので、本人と同行3人を目標に1冊について4券片分に相当する人員まで同時に使用することができることとしている。(後略)
つまり、現在では時々目にする団体乗車券を購入するいとまのない旅客が、回数乗車券を購入して代用する行為が禁じられていました。この4券片までの制限は、昭和40年10月に撤廃されています。

条文を読んで更に気になるのは、2等の回数乗車券では「最終券片」を、1等の回数乗車券では「表紙」を所持する旅客…と差異があることですが、これは回数乗車券の様式や券片数そのものが1等と2等では異なっており、1等の回数乗車券は22券片の冊子式となっているためでした。

203条常備回数乗車券
旅客及び荷物営業規則第203条 常備回数乗車券の様式(抜すい)

それでは、なぜ1等の回数乗車券が22券片だったのかという疑問も生まれますが、同解説書では「2等定期乗車券を以て1等の不正乗車を企てる旅客が1等回数乗車券をその手段として利用することを防止する一部の措置としているものである。」と解説しています。

使用開始後の払戻しは当時できなかったものの、2等の倍の券片数があった1等の普通回数乗車券は、有効期間も倍の2ヶ月間あり、不正乗車防止の実効性は如何ほどだったのでしょうか?

きっぷ収集の観点から見れば、収集が活発になった時代では、乗車券類のナマ買い(収集用に購入して使用しないことを言う。)は珍しくないのですが、時代が古くなればなるほど、特に回数乗車券や往復乗車券が綺麗に全券片揃って残っている例は少なくなり珍重されるようになります。切れ端はいっぱい見るのですが…(苦笑)。

(参考)
旅客及び荷物営業規則並びに同細則(旅客編) 日本鉄道図書運輸研究会 昭和36年10月15日現行
旅客営業規則解説 平林喜三造著 中央書院刊 昭和37年7月発行  
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