前妻の麗との場合

 

「わあ。外見てごらん。」和彦は頭を振って言った。「今日はとんでもない一日になりそうだよ」「そうね」彼の愛する22歳の妻の七海は答えた。「嵐が直撃するみたいじゃない」「そうだね。」和彦はにやりと笑いながら、今にも降りそうな雨を防ぐため上着を掴み、ドアのほうへ向かいながら言った。「どっちかが休みを取って、家にいたほうがいいかもしれないな」「ちょうど、そうしようかと考えていたところよ。」七海は微笑んでいった。「買い物があるんだけど、朝早いうちを済ませちゃうわ。そうすれば、雨の降らないうちに家に戻って、湿気のない乾いた部屋で過ごせるわ。」「それじゃ、行ってくるよ、七海」そう言って軽くキスをして仕事に出て行った。すでに風は少し強くなってきているようだった。七海は早く買い物を済ませなきゃと思った。朝食の洗い物をすばやく済ませて、着替えに二階へ上がっていった。

 

七海はジーンズを履き、Tシャツを着て、テニスシューズを履いた。そして上着を掴むと急いで車に向かった。まだ暖かく気温も25度近くあったが、嵐は近づいており、雨が今にも降り出しそうでひんやりしていた。念のために上着を後部座席に投げてから、車を運転した。七海はショッピングモールでいくつかの買い物をする予定だったが30分以内に済ませ、家に帰ってリラックスするつもりだった。運転しながら空を見上げると、明らかに嵐が近づいて空は暗くなり、ますます風が強まっていた。でもまだ雨は降っていなかった。七海はなんとか嵐が来る前に家に戻ろうと心に決めていた。


七海は左足でリズムをとりながら、ラジオにあわせて歌を歌っていた。そしてモールのすぐそばに来たとき、それは起こった。他のレーンを走っていた車がいきなり彼女の車の前に割り込んできたのだった。衝突しそうになったので思わず急ブレーキを踏んだ。「この、馬鹿やろう」そしてクラクションを鳴らした。普通ならそれでその件は終わりになるはずだった。しかし次の展開で最悪の方向へ進んだのだった。七海が怒ってその車を見ていると、割り込んだ車にいた黒髪の女性がいきなり窓を開けて、腕を出して、真ん中の指を立てて、「くそったれ」と七海に見せた。


七海はすぐにクラクションをまた強く鳴らしてから、窓を開けて、大声で叫んだ。「あんたこそ、くそったれよ。馬鹿女」黒髪の女はこちらを振り返らず、運転し続けていた。七海は前の車を睨み続けていると、ブリンカーを示して、自分が向かおうとしているモールのほうに行こうとしているのがわかった。七海はにやりと笑ってからその後についていった。たぶん、ちょっと時間を食って雨にぬれるかもしれないわ、と思ったが、でもこの生意気な女に一言言って満足するつもりだった。


黒髪の女は駐車場の奥まで車を進めて、やっと開きスペースを見つけたようだった。七海はそのすぐ横のスペースに、運転席のドアが開けられるだけのスペースを残して車を止めた。七海は、まだ相手の女性がシートベルトを外そうとしている時に、すばやく車から出た。そして黒髪の女がこちらを向いた瞬間、自分が相手にしている女が誰だか七海は気がついた。

 

身長165cm60kgぐらいの黒髪の女性は、間違いなく麗だった。和彦の前の妻で、とんでもない馬鹿女だった。「麗、このクソアマ」七海は叫んだ。そして黒髪女のほうに近づいた。彼女は七海と同じようにTシャツにジーンズ、そしてスニーカーを履いていた。「くそったれ。馬鹿七海」麗は自分の車のトランクの後ろに立ち止って、胸の前に手を組んで、怒鳴り返した。七海はまっすぐ和彦の前妻のそばまで近づき、腰に手を当てて立ち止まった。七海は麗より3歳ほど若く、数センチ小さく、体重も少し軽そうだった。七海は怒りながら麗を指差し、「またあんたなの、ほんとうんざりだわ、この性悪女」「そう。だったらなんとかしたら」麗は意地悪く笑って言った。

 

七海は和彦のために何とか怒りを抑えようとしていた。和彦は自分の前妻と今の妻がいがみ合ってもめていることには辟易しているようだった。なので、目の前のクソ女を殴り倒したい強い気持ちはあったものの、深呼吸して、頭を振って言った。「馬鹿女。あんたなんか、喧嘩する価値もないわ」そしてその場を離れようとした瞬間、右頬に強烈なビンタを食らった。その一撃は七海を驚かせた。少しよろめいた後、少し動揺した顔を麗のほうに向けた。「どう、お嬢さん」麗は意地悪い笑顔を見せながら言った。「わたしのような本当の女性と争うとどうなるか教えてあげたのよ。」

 

七海はあまりの怒りで何も言うことができなかった。突然頭を下げると、そのまま麗に突っ込んでいった。そして腰のあたりにタックルをして、駐車場の硬いコンクリートの上に二人は重なるようにして倒れこんだ。二人はすぐに両手で相手の髪を掴んだまま、そのコンクリートの上を転がり回った。七海はすぐに麗の上になると、麗の顔に強烈な右のパンチを叩き込もうとした時、自分の手が掴まれたのを感じた。そして体が持ち上げられた。七海はまだ必死になって下にいる麗を蹴飛ばそうとした。七海は後ろからガードマンに体を抱えられ、そして反対側に下ろされた。麗はすぐに立ち上がり、七海に掴みかかろうとした。が屈強なガードマンは二人の女性の間に体を差し入れた。

 

「いいかげんにやめなさい」ガードマンは厳しく言った。「もう十分でしょう。公共の場所で喧嘩なんかしてはいけませんよ。お二人にお願いします。車に戻ってお帰りください。もし私の言うことを聞いて頂けなければ、警察を呼ばなくてはなりません。判りましたか?」「わかったわ。」吐き捨てるように七海は言った。「あなたはどうですか」ガードマンは、先ほどの争いで怪我はしていないが、髪が乱れている麗に問いかけた。「ごめんなさい。」麗は笑顔をふりまいて言った。「彼女が急に殴りかかってきたの。私は自分を守ろうとしただけで。。」「あんたが先に手を出したでしょ。このうそつき女」七海は喚きながら麗に飛びかかろうとしたが、ガードマンに体を強く抑えられた。

 

ガードマンは麗に言った。「どうぞ車にお戻りください。こちらの女性を捕まえておきますから、これ以上トラブルを起こさずにここからお引取り願います。」「どうもありがとう。」麗はガードマンに笑顔をふりまきながら優しく言った。七海に睨まれながら、ゆっくりと自分の車に戻ると、車の中に入り、そしてゆっくりと車を動かした。七海とガードマンは麗が車を動かして駐車場を出て行くのを黙ってみていた。ガードマンは七海のほうを見て、「あなたも車に戻って、お帰りください。さもないと警察を呼ぶことになりますよ。」「いいわ。」七海は敗北感を感じながら、もう一度そう言った。彼女は自分の車に戻り、バタンとドアを閉めた。そしてエンジンを掛けると猛スピードで駐車場を後にした。