2005年05月23日

文武廟

文武廟1「文武」という名のこの廟は、文字通り文を司る文昌帝と武を司る関帝を奉っています。

この伝説の神たちはかつて人間であったと言われており、生来の叡智と高潔によって称賛を得、当時の人々に尊敬されていました。聖人と崇められ、後世の皇帝たちによって神格化されています。文学の神である文神は元々チュン・アーツェ、別名ツェトゥンと呼ばれていた人物で、西暦287年陳朝時代に生まれ、政府高官の運命を左右する司法権を持っていたと言われています。後世、元朝皇帝によって文昌帝の位が授けられました。

『三国志』で関羽として知られる武神、関帝は、魏、蜀、呉の三国時代の西暦160年に生まれ、自らを蜀の国のために捧げた人物でした。戦いに優れた才能を発揮し英雄となった関羽は、忠誠と正義の化身と言われ、明朝皇帝により「天命による忠の尊にして国の守護神」の肩書と共に神格化され武神となったのです。清朝の間、文神と武神はそれぞれ孔子の寺院の両側に建てられた廟に奉られ、毎年春と秋、皇帝自らの奨励により王朝のいたるところで捧げ物を贈る祝祭が行なわれました。農業の盛んな中国では人々が春に豊作を祈るのは自然な習慣で、祈りが適えられると秋に感謝のしるしとして捧げ物が提供されたのです。

文武廟2香港の文武廟はハリウッド・ロード(荷李活道)にあり、この種のものでは香港でも最大級の廟です。その起源は定かではありませんが、廟内の真鍮の鐘に刻まれた碑文には「清朝皇帝タオクァン時代27年(西暦1847年)」と記されており、廟の起源は少なくとも一世紀以上前だと考えられています。

廟の中にある二つの箱型の椅子は「文神」と「武神」の像を祭列の際に運ぶためのもので、一つは1862年製、もう一つは1885年製です。精巧な彫刻と純金のめっきが施された椅子は、廟を訪れる観光客にとっても見所の一つとなっています。

文武廟は、歴史的な由来とは別に地元の人もよく訪れ、神の慰めと精神的な充足を求め祈りを捧げる場所となっています。また言うまでもなく、世界中から集まった観光客にとっても人気の名所です。

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