千葉県の私鉄小湊鐵道では、11月15日(日)からSLが牽引する「里山トロッコ」列車の運行を開始した。計画では11月初日から営業運転を開始することになっていたが9月の大雨による月崎~上総中野間の土砂崩れの影響で運行開始が2週間ほど遅れたようだ。トロッコ列車の運行区間は年内は上総牛久駅~養老渓谷駅のおよそ18.5km。
 
 「里山トロッコ」は新しく設計製作されたSL機関車1両と客車4両の5両編成。SL機関車は外見はSLだが動力がディーゼルエンジンだから正しくはSL型ディーゼル機関車だ。この機関車は大正14年から昭和24年頃まで小湊鐵道で運行していたドイツ製のC形コッペル蒸気機関車(4号機関車)を再現したものだ。写真左下がC形コッペル蒸気機関車(ZATTA-はてなブログ)、写真右下が里山SL機関車(筆者撮影)。
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 初運行日の11月15日、私は2歳(女)と4歳(男)の孫と娘夫婦、家内を連れて6人で上総牛久駅発11時33分の「里山3号」に乗車した。SLを見たことのない列車好きの4歳孫のためという名目で11月早々に予約していたのだ。
 定刻に 牛久駅を発車した里山3号は時速30kmほどのゆっくりとした速度で養老渓谷駅に向かった。客車は4両編成で中央の2両は側面が吹き抜けで窓ガラスがない「展望車」だ。孫が喜ぶと考えてこの展望車に乗り込んだが、昨日からの雨が小雨になったとはいえ、寒気を伴って吹き抜けの車内にまで入り込んできたのであわてて孫にフード付の防寒服を着せることになった。
 客車の天井はガラス張りなので雨空ながらも車内は明るかった。天井ガラスはUVカットの強化ガラスで、天井に設置された室内燈はレトロ調の電球だがLED発光とのこと。二人がけの椅子は木製で対面設置。もちろん床も木製。このように車内は明るく木製仕立てなので何となく心が和むような雰囲気になってくる。運行初日のトロッコ列車は機関車も客車も車体がピカピカ。

 紅葉が始まったばかりの里山風景の中を里山3号機関車は煙を吐き汽笛を幾度も幾度も鳴らしつつゆっくりゆっくり進んで鶴舞駅、高滝駅を通過。このあたりに来ると秋色濃い田園風景が楽しめた。
 小雨の中、沿道至るところで地元住民の方々が手を振って迎えてくれ、カメラを構えた人たちがずらりと並んでいるのには驚かされた。
 車内放送で、小湊鉄道は市民グループと協力して沿線の花壇整備など里山の景観づくりに取り組んでおり、来春にはトロッコ列車で花畑などを楽しんでもらえるとの案内があった。

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煙突から吐き出される煙は煙室内に納められた舞台用の発煙材と発煙装置で発生させた模擬煙で、汽笛は五井操車場の倉庫に保管されていたB10形の汽笛を利用し空気で鳴らしているとのこと。煙は本物ではないが汽笛とともにわくわくさせられた。客車がガタガタとぎこちなく横揺れするのも計算づくの設計だろうが心地よい揺れであった。
 
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 里山駅で一時停車。ホームには紅白の幕が張られ祝いの花が飾られて、ピンクのジャンバーを着た地元スタッフの人たちや住民の方々が両手を挙げてわれわれを迎えてくれた。
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 5分ほど停車した後、里山3号は終点の養老渓谷駅を目指して出発。 
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 次の「飯給(いたぶ)」駅は通過したが車内放送で飯給という地名の由来の案内があった。672年の壬申の乱に敗れてこの地に落ち延びた弘文天皇(大友皇子)一行にこの地の人々が食事を捧げたことから、弘文天皇の3人の皇子が「飯給」の名を与えたとのこと。
 この頃には雨が止んでしっとりとした初秋の景色の中を列車は汽笛を鳴らしながらガタガタと進んで行き月崎第一、第二トンネルを抜け、もっとも長い大久保トンネルに入ったら突然車内の電灯が消真っ暗闇となった。心憎い演出であった。

 牛久駅を出発しておよそ1時間で終点の養老渓谷駅に到着。
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 この里山3号列車は里山4号列車として12時46分に養老渓谷駅から折り返して上総久駅まで行く。養老渓谷駅やほかの駅に機関車の方向転換をする設備がないので上り列車は機関車が後ろから押す推進運転となる。下りで最後尾であった客車が上りでは先頭車両になるためこの車両には運転台が付いている。
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帰りの里山4号では車窓の紅葉の里山風景を見ながら孫たちとともに用意しておいた食事を楽しんだ。孫よりも自分が堪能した往復2時間ばかりの小旅行であった。