2017年07月

 ブドウの房の袋かけ作業

  昨日今日と、全天に雲が出て厳しい陽光を遮り気温が25℃近くまで下がって風も吹いている。やっと外に出て草むしりや果樹の手入れをする気になった。
 今年のぶどう(巨峰)の栽培はこれまでになくうまくいっている。冬間に肥料をたっぷりと施し、黒痘病発生を防ぐ薬をこれまで2回散布したこと、コガネムシ襲来に対処するために防虫網を張ったこと、摘花摘粒をやったことなども手入れが効いたのだろう。
 今朝は、まだ緑色をした房の中に一粒だけが色づくいわゆる「飛び玉」が始まったので、およそ30房に袋かけを行った。あとは9月の収穫を待つだけだ。それまで台風が襲来しないことを願っている。DSC_0113DSC_0118DSC_0142DSC_0138DSC_0145

溶けた氷河から75年前遭難の夫婦遺体発見…スイス・アルプス

  スイス地元紙「ルマタン」が18日、スイス南部バレー州の標高2615メートルのアルプス山脈のスキーリゾート地の近年後退が進んでいる氷河から、先週の13日、男女の遺体がミイラ化した状態で発見されたと報じた。

 地元のバレー州警察によると、リゾート地のレ・ディアブルレに近いツァンフルロン氷河の標高2615メートル地点にあるスキー場のリフト付近で、氷河の割れ目に一部が埋もれた中で寄り添うように並んでいた2人の遺体をスキーのリフト会社「グレーシャー3000」の保全作業員が偶然、見つけたという。遺体は凍っていたため保存状態も良かった。第二次世界大戦期の服装を着た男女だった。

 地元警察は体のそばにあった身元を特定する証明書と荷物とDNA鑑定の結果から、2人が75年前の1942年8月15日に行方不明となっていた当時40歳の夫と当時17歳の妻の2人と確認されたという。た夫婦であると特定したと発表した。この一帯は標高約2600メートルの山腹で、現在はスキー場やホテルが並んでいる。

 同社幹部のベルンハルト・チャネンさんによると、夫婦の遺体は第2次世界大戦時の服装をしており、近くに2人のリュックサックやガラス瓶、本、腕時計、ブリキのおわん、いくつかのバックパック、男性用と女性用の靴が一緒に見つかったという。
 地元警察の発表やリゾート企業の代表の話によると、夫婦が誤って氷河の割れ目に落ちて死亡し、そのまま凍結したが、最近氷河が後退したので表面に出てきたとの見方を伝えている。

 夫婦は靴屋を営んでいたマルスラン・デュムランさんと、教師であった妻のフランシーヌ・デュムランさん。牛を放牧していた牧草地へ乳しぼりに出かけたまま行方が分からなくなった。
 
 夫妻の7人の子供たちは当時4~13歳だった。現在も存命なのは娘2人のみで、上の娘のモニーク・ガウチーさんはAFPの取材に対し、警察当局が19日午前に最終的な検査結果を電話で知らせてくれたと語った。
 スイスの公共放送RTSとのインタビューでは、両親がいなくなった朝のことを振り返った。「天気の良い日で、2人は歩いて谷へ向かった。父は歌を口ずさんでいた。母親が父親とこのような遠出をすることはまれだった。間隔をあまり置かずに妊娠しており、険しい土地でもあったためだ」と語った。またガウチーさんは、葬式が22日に行われると明かした一方、「2人を抱擁するために、その前に会えれば」と述べた。

 一番下の当時4歳だった娘で現在79歳のマルセリーヌ・ウドリ=ドュムレンさんは地元ローザンヌのル・マタン紙に対し、「75年待ったニュースだ。わたしたちは両親が行方不明になって以来いつか見つかると信じてずっと探し続けてきた。氷河には3回登った。この知らせを待ち続けて75年がたった今、私を深く慰めてくれて心の奥底から平安が得られたと言うことができる。葬儀を行えるとは思ってもみなかった。これでやっと長らく待たされた両親の葬儀ができる。黒い喪服は着ないつもりだ。白の方がいいと思います。私が一度もなくさなかった希望を表しているから」と語った。

 存命の2人のめいで、夫婦の孫にあたる女性はAFPに対し「おばたちは、ようやく両親の死を悼むことができて満足している」と語った。

 デュムラン夫妻が行方不明になってから2カ月の間に、残されたきょうだいは別々の家族に引き取られ、その後、年月と共に連絡が途絶えてしまったという。

 バレー州のアルプスや河川では、1925年以来この夫婦を含め280人が行方不明登録されている。州の法医学責任者は公共ラジオRTSに「氷河が縮小し続けていることから、今回のような発見がさらにあると予想される」と語った。

 参考記事
  ①AFP BB NEWS 2017年07月19日
  ②ロイター  2017年07月19日
  ③NEWS JAPAN 2017年07月19日
  ④東洋経済ONLINE 2017年07月18日
  ⑤JIJI COM 2017年07月19日
  ⑥NHK NEWS WEB 2017年07月19日
  ⑦YOMIURI ONLINE 2017年07月19日
  ⑧朝日新聞デジタル 2017年07月19日
  ⑨日刊スポーツ 2017年07月18日
  ⑩Sponichi Annex 2017年07月18日

 関連記事
  ①「アイスマン」
    アイスマンは、1991年にアルプスにあるイタリア・オーストリア国境のエッツ渓谷の氷河で見つかった
   約5300年前の男性のミイラの愛称でエッツィの愛称でも知られる。
    1991年9月19日、アルプス登山のルートから外れたイタリア・オーストリア国境のエッツ渓谷(海抜3,210
   メートル)場所を歩いていたニュルンベルクからの観光客、ヘルムートとエリカのジモン夫妻は、溶けた雪の
   下からミイラ化した遺体を発見した。約5300年前の男性のミイラであった。
  ②「第4次南極観測越冬隊員遭難」
    南極地域観測隊昭和基地で第4次越冬隊福島紳1960年(昭和35年)は他の隊員1名とともに作業のため
   にブリザードの中を海岸に向かったが福島隊員だけが激しいブロザードの中で方向を見失って遭難した。
    第4次越冬隊が捜索するも発見できず死亡が確定された。7年後の1968年暖冬の年で雪が解けて埋もれ
   ていた福島隊員の遺体が現れた暖冬の年で雪が解けて埋もれていた福島隊員の遺体が現れたところを第
   9次越冬隊に発見された。
  ③「マッターホルンで45年前の遭難者の遺骨発見」
    2015年9月、1970年8月に消息を絶った千葉市の男性(当時22)と東京都墨田区の男性(同21)の遺体が
   マッターホルンの標高約2800メートルの氷河付近で見つかった。遺族と連絡を取り、DNA鑑定した結果、及  
   川さんと小林さんの遺体と確認されたという。
    遭難当時の報道によると、2人は1970年8月、マッターホルン北壁から登頂を目指し、標高約4200メー
   トルまで達した後、天候の悪化の中で消息を絶っていたが、昨年9月に標高2800メートル付近の氷河付近
   で登山者が遺体と遺品を見つけた。

農薬散布

   日中の外気温が35℃近い日が続いている。陽が高くならないうちに犬の散歩を終えようと5時前には家を出る。しかし、日の出から半時も過ぎているのでギラギラの陽光が真横からあるいは真正面から容赦なく射してきて犬はたちまち喘ぎ始める。

 7月14日は稲の農薬散布の日で、田んぼではラジコンヘリコプター2機が飛んでいた。周防氏は慣れた能動では操縦士がヘリコプターを稲から数メートル上を巧みに移動させて農薬液を1面にすばやく散布していた。ほかに監視誘導者と農薬液調合補給者など数人が軽トラの周りに待機していた。

 10年ほど前には有人ヘリコプターによって現在よりも上空から散布していたが、周辺住の新興住宅の住民から農薬の流入や騒音の苦情が相次いだ。折からラジコンヘリコプターによる散布が普及し始めこれらの苦情の対応策として有効であることが実証されると徐々にレジコンヘリによる散布に変わっていった。

 しかし、周辺住民の苦情が完全になくなったわけではない。たとえば稲穂が出始めると里山から野鳥が飛来して穂先をついばむのでカーバイトやプロパンガスによる破裂音を出す爆音機で威嚇する対応をしている区画では早朝時の騒音に苦情が出ているという。
 農薬散布の苦情に対しては無農薬稲作が試みられている区画があるが完全無農薬は相当の困難が伴うらしい。

 いずれにしても田畑は何百年も前からあったのだが、山が削られ、田が埋められて田の周りを囲い込むように新興住宅が次々と建てられ一方では就農者の高齢化による人手不足が進み、農家の人たちは昔では考えられないような苦情の対応に苦慮しているようだ。DSC_0092DSC_0081DSC_0086DSC_0083DSC_0091DSC_0074DSC_0071DSC_0133DSC_0131

夫婦、先に逝く方と残った方とどっちがつらいか

 「夫婦どっちが先に逝くべきかって考えなかった?夫婦先に逝く方と残った方とどっちがつらいか。残されるほうが絶対つらいよね。かみさんに先に逝かれたら俺寂しくてとても生きてゆく気がしないよ」

 テレビ朝日系列『帯ドラマ劇場』で放送中の「やすらぎの郷」(倉本聰脚本)第71話(7月10日月曜日放映)で、かつてのテレビ美術界の職人茅野大三郎が50年ぶりに遇った脚本家菊村栄に語った言葉である。

 このセリフを聞いた途端に昨年9月に逝ってしまった妻の1年半に及ぶ闘病生活そしてその後今日に至るまでの気が抜けたような張り合いの無いを日常生活を重ねて「そうだよなあ}とひとりごちた。

 妻は居宅から近い「やすらぎパーク」という墓地に眠っている。

*「やすらぎの郷」は昭和世代にテレビの世界で活躍した俳優や歌手、ミュージシャン、脚本家などの人物だけが入れる特別な老人ホームで老人の男女が繰り広げる悲喜劇を描くユーモラスかつシリアスな連続ドラマ。 主演は石坂浩二で、浅丘ルリ子、有馬稲子、加賀まりこ、五月みどり、野際陽子(先日逝去された)、八千草薫、藤竜也、ミッキー・カーチスら昭和を代表する俳優が共演している。

 新盆を前にして

  
    ここ数日、九州福岡、大分両県ではいわゆる「線状降水帯」による記録的大雨が降り続いていて甚大な被害が発生している。毎日、テレビ画像で朝から夜まで何度も被害の状況が映し出されており胸が痛む。一方で東日本、北日本では連日30℃を超える真夏日に見舞われている。なかでも北海道帯広市の日中の気温が35℃だったとの報道には驚かされた。50年ほど前の8月に滞在したことがあるが、日中でも屋内では薪ストーブを焚いていた記憶がある。気が付けば異常気象はもはや異常ではなく単なる気候変動にすぎなくなってきている。
 ここ房総中央部のうぐいすの里では、早朝は裏山からその鳴き声が響き渡るが日が高くなる7時ころには暑苦しい静寂に変わる。居宅の狭い庭には見るのも嫌なほど雑草が生い茂っている。明日こそ刈り取ろうと思いつつ暑さにかまけて今日に至っており、その繁茂状態を目の当たりにして最早刈り取ろうとする気持ちが消えかかっている。しかし、背丈のある、栗、柿、かりん、ぶどうなどの果樹だけは冬場から手入れを怠っていなかったので小さな実をつけて日々大きくなってきているのが嬉しい。DSC_0048DSC_0035DSC_0033DSC_0042
  もうすぐ亡き妻の新盆がやってくる。あの世とか天国とかは全く信じてはいないが、妻の存在の名残が少しでも感じ取れるならと玄関で迎え火と送り火の真似事をやってみるつもりだ。
  
  

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