今度は翁長さんですか!
 67歳というから、私のひとつ下というより同世代ですね。すい臓がんと伝えられ、今秋の知事選に病院のベッドから出馬されるとお聞きしていたのに! 残念ですね。
 
 彼の人生を掛けた最後の闘い。つまり辺野古への基地建設阻止闘争というのは、僕からすれば、合法の枠内で進め得る最後の闘いであると見ていたんですがね。
 別にこれで終わったと思う必要もないのですが、反基地闘争も非合法の枠から…。という展開になってゆくような気すらします。あるいは新しい段階かな? 沖縄独立運動?なんてね。
 とにかく翁長氏が命を削って訴えたこと、日本政府に要請して行ったことの欠片も実現していない。さぞや無念な死だろうと思いますね。
 
 翁長さんはどうだったか知りませんが、僕らが大学に進んだころはまさに「70年安保」の真っ盛り。同じころ、彼はあの騒乱の地、飯田橋・お茶の水界隈。つまり法政大学に学んだようですね。
 まあ団塊の世代なんてくくりで、この時期のことを振り返ることは、出来れば避けて通りたい話なんですが。でも、「沖縄」と言えば、このころのことが浮かんで来ます。
 
 70年安保闘争というのは、条約改定が争点のように見えましたがね、実は条約自体は、自動延長ですからね,争点化したわけでもない。
 60年の条約改定とは違い、ベトナム戦争で疲弊していた米国と佐藤政権は、安保それ自体を争点化させることなく、沖縄の施政権返還による日米軍事同盟の高度化を図ったんですね。
 当時、日米安全保障条約の意義を捉え直すいい機会? なんて中途半端な意見を語る人もいましたけど、実は安保条約それ自体よりも、沖縄の返還による日米同盟の機能の強化にこそ、政治的な意義があった。
 その後日本と沖縄で何が行われたかと言えば、沖縄の米軍基地の近代化と極東の軍事力の肩代わり。つまり本土の沖縄化です。それも施政権をもつ日本が主体的に取り組む格好での一体化だった。本土は空軍と艦艇の基地、沖縄は海兵隊という実戦部隊の前線基地化?ですね。

 僕は、沖縄は今大きく変わり得る節目に来ていると思うんです。数年前、全日空が貨物輸送部門のハブとして那覇を活用して行く方針をとった。
 東アジアでハブ機能と言えば日本と韓国、中国の主要な経済地域の真ん中でシームレスに物流を高度化すること。となれば、その真ん中の位置するという沖縄が、最良の場所であるわけで、そんな方針を聞いて全日空の英断を頼もしく感じたことを思い出します。
 
 でもってもう一つは観光化です。
 このところ、アベノミクスの失敗が相次いで明らかになりつつあり、日本銀行の失敗はこの先、地方銀行の経営難という格好で、問題化してくる。そんな中でも、アベ政権の経済政策で唯一、「成功」と評価されているのは、観光です。つまりインバウンド、外国からの観光客の流入は確かに前年度比プラスを継続しています。
 
 でも本気で観光を国是にして行くのであれば、日本本土よりも沖縄への誘客こそ本気で取り組むべき課題だろうと思うんですよね。
 とりわけクルーズ産業では、最初に実現するべき課題だと思います。
 那覇がマイアミと同じ緯度に立地し、台湾や中国本土への近さを考えると、現代型クルーズの東アジアの観光ハブとして絶好の位置にあります。

 つまり、いまこそ非軍事の旗を掲げて、沖縄は東アジアの中心として発展するチャンスを手にしていると思うんですがね。
 にも拘わらず辺野古の美しい海を埋め立て、ここに新たに合理化された米軍基地を造る?? 中国が南シナ海に人工島を建設し、ロシアが択捉に空軍を常駐させるーーそれらの軍拡のきっかけを提供しているのは実は沖縄の軍事力強化が引き金になっているって、思いませんか?

 沖縄人民にとって、まったく利にならない政策を強いる! ばかりか新たな崩壊への火種を作り出していく。こう考えると何も沖縄が日本政府の統治に留まっている積極的な意義などないわけで…。
 中国や北朝鮮の軍事的脅威、もし米中が闘う、いや北朝鮮と一戦? になんてなったとして、その最前線は、何のかかわりもない沖縄?ですか。

 我が同世代の活動家の死で、僕にも思うところは沢山ありますね。
 沖縄を返せ! 当時社共が掲げたスローガンです。でも日本に施政権が戻されたにも拘わらず、沖縄の状況は何も変わってなんか行かなかったじゃあないですか。
 むしろ米軍政の肩代わりをしているようにしか見えない。何も変わっていないどころか、ますます状況は悪化している。
 
 すくなくとも。
 このまま翁長さんの冥福を祈って、1年間ぐらいは辺野古の工事を止めて、喪に服したらいかがでしょうか?