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(2019年4月24日)

 別にギリシャもゴールデンウイークというわけじゃなかったんですがね。これ、ご存知ですよね。アクロポリス。ここまで人があふれると悪路ポリス! なんて言いたくなりますがね。大理石の階段はすべるし、まわりから聞こえてくる言葉は、何語なのかさっぱりわからない世界言語の坩堝。

 まあここで滑ったわけではありませんが階段に躓いてまた、おでこから血を吹くホトトギスじゃなかった血染めの老体をさらして。わが健脚の衰えをしっかりと自覚させられて始まったギリシャ旅行だったのでした。
 
 でもって人生最後のクルーズ旅行になるかもしれない今回の13日間のクルーズツアーでしたが、帰国は昨夜もすでに今日になろうとしていたミッドナイト。羽田空港大鳥居駅前の東横インに泊まり目の前のセブンイレブンで買った缶入りハイボールで瞑想にふけったわけです。ツイン部屋ながら簡単な朝食付きで、宿代なんと12000円のお部屋、ゴールデンウイーク料金で少し高めでしたけどね。

でもこの値段、よく考えてみたらアテネはシンタグマ料金でもあった。
つまり今回、まずはアテネの銀座のような街中の中級ホテルであるアマゾンに3泊したんですがね、この宿泊料金も全く同じ12000円。もちろん! どころか絢爛豪華!というほどでもないんですが、朝食ビュッフェ付きですからね。出だしはお得感満載の旅だったのです。

 なんて、旅のガイドブックのようなこんな書き方でいいのかな?
 新生ブログのつもりなのに、こんな話でいいのか迷います。

 それにしてもアテネ。このオーバーツーリズムの権化のような町は、黄色く塗られたタクシーとオープントップの観光バスばかりが大道路や迷路のような路地にまで走り込み。どこからでも町の真ん中にそびえるアクロポリスが見えるような映画の書割のような街でした。
つまり観光客を安心させる仕掛けが出来上がった異邦人には居心地の良い街が展開しているのですね。

 でもねえ。アクロポリスの周囲の広場だけでなく、ブランド物を売る大きなショップの周りには、
20mも歩けば、物乞いさんや花売りのジプシーのオバサン達に取り囲まれる。そんな街でもあるんですね。それもいま欧州で問題になっているような貧困移民?という感じでもなく、ギリシャ系?

 平成元年=クルーズ元年、世界の3大クルーズエリアといえば、カリブ海とアラスカそして、エーゲ海だったわけで僕も最初のクルーズ遠征は、エーゲ海でした。
 今となっては昔の話ですが、エーゲ海クルーズといえばエピロティキとサンライン。アメリカ船社の進出が始まり始めて、この伝説の2大クルーズ会社が合併するという話題から僕の取材もまったという記憶もあります。

 でもその頃は、街に物乞いを見かけるといった、いわば負の部分はほとんど見かけもしないし、話題にとしても意識はしませんでしたね。世界はどこで道に迷い、そして日本は? 平成とはどんな時代だったのだろうか?なんてNHK路線も面白くないよね。

 船は古いが、船上ではギリシャの民族ダンスなどでおもてなしされ、エメラルドをちりばめたようなエーゲ海の島々を巡るしっとりとした船旅が実現していた希望に燃えた平成元年。
 オリーブとワインの美しい島から世界の歴史が産まれ、そして古典的なクルーズも発祥したはずなのに…。
それともテレビ東京型かい?

 このクルーズブログに関しても「つまらんぞ!」の声も聞こえ始めていて、それなりにリニューアルを考えねばという曲がり角に来ています。
エーゲ海から人生最初のクルーズを始めた僕が、今度のクルーズで最後を迎える。そして果たして…。

 今月の雑誌CRUISEも30周年記念の小さなパンフを造っていますし…。まあ私も、節目の生誕70周年を記念する6月30日を目指して、リニューアル目指した記念ブログをしばらく続けましょうかね。
 うまく行かなかったら、70歳を持して…。かな?