このところ伝わってくるアメリカからのクルーズニュースを探っているうちに、かつて自分が抱いた? クルーズイメージとの違和感を感じるようになってきました。
 この写真はカーニバルの創始者アリソンファミリーが勢ぞろいし、ニューヨークでカーニバルサンライズの命名式が開かれた時の写真ですね(CINより引用)。

 ケリーアリソンさん。現アリソンファミリーの中心? ミッキーアリソンさんのお嬢さんですね、でカーニバルのイメージを変えるという触れ込みで、大改装したこの船の命名者です。左端には、写真は暗いですが、グループの総帥、ミッキーアリソン氏の顔も見えますね。  

 にしても真ん中の巨大なシャンペン! つまりアメリカのクルーズイメージって、そういうことなんでしょうね。
カーニバルサンライズネーミングセレモニー
 
 実は、一昨日、旧友との再会の前に時間があったので、今年のアカデミー賞の受賞作であった「グリーンブック」を日比谷のシネマで見たんですよ。
 60年代アメリカ。黒人のピアニストが人種差別の坩堝だった南部にわざわざ公演旅行に出かける。そのために雇った運転手が、イタリア系でブルックリン生まれの、教養はない?が、腕っぷしが強い、一本気なプアホワイト。でも、旅を続ける間に二人は…。

 白人と黒人の置かれた立場を逆にしてしまえばドラマなんて成り立たない話だ、なんて最初は思ったけど、まあなあ、このイタリア系の運転手君こそ、トランプの支持層なのかな、と次は考え、そして最後は…。
 いや、トランプを批判する白人インテリ層の建前先行の心根ではなくて、この運転手君こそ、表には出てこない「白人達の良心」、つまりアメリカ人の心なんじゃないか? と。

 で、今朝見たアリソンファミリーの写真。この二つのシーンに、まったく脈絡はないのですが、アメリカ社会の底流を流れる、なかなか埋めきれない分断というか格差というか? をみたような気がしましてね。
 
 話はまったく違うんですがね。このカーニバルさんの記念写真でも感じるのですがね。先日のNCLのド派手な船体塗装。スカーレットレディが実現しようとしているバージンボエッシのクルーズイメージ、そして古くはRCIの巨大遊園地客船。

 アメリカのクルーズニュースを追いかけてきて、今感じるのは、僕が追って来た70年代終わりからの「クルーズイメージ」と、今実現しつつあるアメリカンクルーズの現実とは、決定的に違ってしまっているのではないかということなんです。こんなはずじゃなかった! かな?
 まあ底なしに明るく、デッカイシャンパンを開けて祝うパーティのイメージをドンドン広げて行くアメリカ。当時は、あのままのアメリカンウェイを進んで行けばニッポンも!なんてね。

 でも、船上がいくら楽しくても、僕らの生活感は埋まらないし、とりわけアメリカンスタイルへの憧れは…!
 日本人のクルーズ観って、やっぱり「船旅」イメージから離れたくないのでは、と。
 アメリカンクルーズが、アメリカ社会の、いろんな違和感を埋めることなく、とにかく楽しくやろうぜ!であるのならそれでいいですし、僕だって、これからもチャンスがあれば出かけて行きますよ。
 でも。

 日本のクルーズはそんな風に脱皮しきれない? 演歌やフォークでも聞きながら、ゆっくりと目的地を目指す? そんなんでもないんだけど、なにもアメリカ客船の真似をすることもないよね、と。
 少なくともシャンパンは要らないんじゃない?「グリーンブック」の音楽家が、そうだったように毎日、カティサークを一本。白人の運転手はビールとフライドチキンがあれば…。

 クルーズを卒業して、はい。僕の70年代はフェリーで旅に出ることにしようかと。
 水平線に落ちて行く夕陽の赤を眺めながら、若い同乗者に、リュックに忍ばせたサイコロ2つを記念にあげながら…。

 やっぱり仙台発のフェリーに乗るべきだったかな、吉田拓郎さん。
 いや商船三井フェリーでいいんです。「落陽」を歌ったころ太平洋岸の北海道航路は日本沿海フェリーのイメージだったんだから。

 まず行き先は何度か挑戦して、まだ果たせていない襟裳岬へかな?