僕の書棚に「船造り一筋 喜寿 檜垣俊幸」(発行今治造船、編集制作海事プレス社)という豪華上製本があります。平成17年刊行ですから15年ほど前に発行された本ですが、総ページ数354ページの一部カラー写真入りの書籍です。今治造船の社史、というよりも同社3代目社長檜垣俊幸氏。つまり現在の檜垣幸人社長の父君の自伝と言った方がよい本かな。

 俊幸氏は同社3代目社長ですが、現在の形の今治造船を作り上げた事実上の創業者といっても過言ではない方。そのスタートは、精々1万重量トン台までの小さな船の建造ができたに過ぎない今治市小浦の湾内で創業した、ほんとうに小さな造船所からでした。

 その後、破綻したり経営危機に遭遇した瀬戸内の造船所10社余りを引き受けて、瀬戸内の雄として成長させる。そんな成長の苦闘、いわば「創業の史」と言える本です。
 その今治造船が、ついにJMUを飲み込んで、日本の造船シェアの50%を握る企業体へ。そんな発表が一昨日行われました。

 ただ、メディアは「伸び行く中韓と闘うための造船集約」と。この30年間、彼らは「造船」と言えば、ほとんど同じフレーズでこうした合弁のニュースを書いていますが、私の印象を言わせてもらえれば、「本当ににそうなの?」なんですけどね。
 まあ指導官庁も大手造船企業もおんなじ発想だから、メディアも企業のサイズだけをクローズアップした、産業政策論で合弁や集約を書くんですかね?
 
 この合弁会社の目的について発表では、「LNG船を除く商船、海洋構造物の設計、営業」としていますが、なぜLNGを除く? はい、今造さんは、すでにLNG船の営業会社として三菱重工との合弁企業を設立していますからね。三菱とJMUの関係を配慮して?
 まあそうなんでしょうが、すでに日本造船業として、ボリュームゾーンになりそうだったLNG船については韓国との競合は無理、そんな諦めから科目に入れなかった?んでしょう? このことは、あの三菱重工と今治の共同受注会社がうまく機能しなかった、という例が目の前にあるのに、今度はJMUと「他の船種で」ですか? という印象しかもてないんですけどね。

 まあいいや。これらの一般メディアの記事で基本的に欠落しているのは、この合弁が51%対49%の出資という比率、しかも社長をJMU出身の前田明徳氏が務めるという構成を配慮してか、まるで対等合弁のような書き方をしていることです。が、実は経営に行き詰まり親会社のJFEから最後通牒を突き付けられたJMU側が今治に救済を求めて成立した合弁であるということが、本当のところなんですね。

 まだJMU側のメンツを配慮してのこうした報道のようですが、今造と造船大手との関係でいえば50年以上続き、かつては役職員まで受け入れていた三菱重工と今治の関係を考えれば、なぜJMUなの?と簡単に思いつくはずなんですが。記者さんは突っ込んで書かないんですかね。

 でもって日本鋼管(NKK)と日立造船、ぞしてIHIという親会社から見捨てられたかつての、造船大手の捨て子の寄せ集めだったJMUがなぜ行き詰まっていったのか?の総括も活字にならない。 
 まあメディアに本当のことが書かれたからといって、「日本造船業の巻き返し・再生?」ができるわけでもないでしょうが、そうした総括に突き進まぬまま、この合弁ニュースを書いたところで「中韓への巻き返し」などできるとは、思えないんですけどね。

 でもって冒頭に書いた「船造り一筋…」に戻ります。檜垣さん一族の創業史とも言えるこの本を紐解いてわかるのは、今治造船という会社のビジネスモデルが、世界に類例のない造船業であるということです。すばらしい独創性ですよ。

 今造のことをよく「造船専業」と呼称します。つまり「大手重工」会社との対比ですね。他の製造業分野、飛行機やロケットや車両、産業機械などの分野を持たない「専業」というわけですが、今治さんは確かに製造業としては「専業」ですが、実は他にも…。

 それは、もしかしたら日本一の船主業ともいわれる船会社・正栄汽船というシップオーナー業を傘下に抱えていることです。
 この会社は今治造船グループで建造した船、とりわけ、船造りで一番難しく、試行錯誤も多々あるといわれるシリーズ建造第一船の所有者となることから船主業を確立していった。いまや商船三井や川崎汽船、あるいは日本郵船などの運航者へ「用船」という形で、船を貸船している。

 少なくともこうした船主業としては日本一であり、愛媛地区に林立する他の中堅の船主群をも育成し、時には助けながら仕事を拡大して来た。
 つまり、この会社は「造船専業」なんかでは決してなく、「海事専業」「船隊提供専業」会社なんですね。

 果たして、船造りしかしていないJMU にそんな真似はできるのでしょうか? 私は、このまま今造に城を明け渡し、その会社が海事専業会社としてブラッシュアップした時に、初めて世界と戦える日本最大の「船腹供給業者」は誕生すると思いますね。

 幸いに日本にはまだ世界で活躍する海運会社がいくつか残っています。
 彼らの仕事は優秀でコストの安い船を仕入れ、オペレートするというビジネスモデルですが、今造がどちらといえば「(技術的に)優秀ないい船」という部分での信頼感というか、多少の弱点が指摘されてきたわけで、極端に言えば、「手持ち資金なしに船を提供できる」究極の低コスト船を供給する今治モデルをJMUでも実現できるようになれば、日本造船業は立ち行くことができるかも、そんな風に思います。

 でもねえ。もうひとつ。日本造船業の前に横たわる大きな川というか溝というか? その話は後日。船の産業は一体何を運んで行くことになるんだろう? という問いかけへの答えはまだですか?、と思うんですが。