客船練磨のクルーズブログ  船知めん太

現役をリタイアする前に飽きるほどクルーズしちゃった筆者の「食い改め」ブログ

EC

現役をリタイアする前に飽きるほどクルーズしちゃった筆者の「食い改め」ブログ

ギリシャクルーズ史? ECへの参加から始まった船社の不幸

  昨日付けのohbune さんの書き込みを拝見していて、思い出しちゃったですよ。
 ギリシャはEUに加入する直前、だったと思うんですが、カボタージュを厳しく実施して。そうでしたね、マルコポーロのような外国船によるギリシャクルーズを認めない、みたいな政策を取って、ピレウスに入港させない事件があったのを思い出しました。ギリシャも必死だったのか? それともEU参加条件を有利にしたかったのかはわかりませんが。

 昨日、ピースボートに乗るために初めてギリシャに行きました、と書きましたが、その後だったか、エピロティキの船に乗るために、ピレウスに行っていますね。私。このときエピロティキの本社も取材で訪問しています。このころエーゲ海クルーズといえば、エピロティキさんとサンラインの2社による国内クルーズ。つまり3,4泊の島々巡りというのが相場で、これに外国のロングクルーズの船が時々やってくるというのどかな時代が続いていた。エピロティキの船はトリトン、と言ったかな? 5000トンぐらいで、ミコノスにも当時珍しかった直接接岸できましたし、あこがれのロードスにも行きましたよ。船内では、クルーによるショーなんかが行われていて、しかもお客は、アメリカの学生がお勉強旅行みたいな感じで、たくさん乗っていたですね。古き良きクルーズ時代の原風景みたいな感じでした。

 ところがEUに加わることで、カボタージュがなくなるというか、外国船がドドンとエーゲ海クルーズに参加して来る。実際コスタクルーズが伸びたのは、イタリア発のエーゲ海クルーズを始めてからですからね。
 というんで、ギリシャ政府はエピロティキとサンラインを統合してひとつの会社にして迎え撃ったのですが…、あえなく。いまやエーゲ海は定期船を除いて、外国船社の海になってしまった、わけですね。
 この過程で、どんなやり取りがあったか知りませんが、そういえばギリシャのクルーズ会社であったチャンドリス、つまりセレブリティクルーズもロイヤルカリビアンの軍門に下ったわけですが、カーニバルと違うのは、コスタにしろ、プリンセスにしろ元の会社の経営陣を残したのに対して、ロイヤルカリビアンには、チャンドリスの残党なんていなかったんじゃないでしょうか? RCIに問題があるのか? それともギリシャ側の諦めが早いのか? 分かりませんね。

 でもって、日本です。日本伝統の日本籍客船によるクルーズを展開していた「ガラクルー・ニッポン」、ええガラパゴスのようなクルーズという私の命名ですがね。ガラクルーで平和に生きてきたところに、アメリカ巨大資本のクルーズ会社がドドンと侵略してきて。ギリシャにとってイタリアに当たるのかな? 中国さんと共同で日本近海の制海権を支配しつつある! これって似てないですかね。
 日本船社は郵船さんだけが、新造船で対抗! とぶち上げていますが、未だに…。
 このあとは、日本船社の集約とか、合併により運営会社を統合し? でしょうかねえ。

 でもねえ、いくら日本全国に世界遺産を作っても、って変か? 指定してもらっても、日本人マーケットだけを相手にしていたんじゃあ、無理だよね、外国船との戦いは。中国でも欧米客にでも「美しい日本を見せる」そんな発想で、組立て直さないと、と思いますね。

 えっつギリシャですか? EUから離れて、カボタージュを極限まで強めて、ギリシャ国籍以外の船は、複数の島々に寄らせないとかね。あるいは外国籍船に対して、入港料をべラボーに高くするとか。つまりギリシャ人は働かなくても、官僚さんの管理労働だけで儲けようにするとかね。当時もギリシャ政府観光局は実権を持っていたですよ。そういえば、単なるPRセンターというだけじゃなかったもの。
 ああああ、そうか、でもピレウス港はもう中国のものになるのかな? それじゃあ、ちょっと遅すぎたかな? 

 とにかくEUに加わった時から、この国の不幸は始まっているような。 
 

 

<ドイツ編>僕の町は戦場だった? のですね。

なんだかBSの町歩き番組風になってきましたけど、ドイツで見かけた風景です。別に飼っているわけではないんでしょうが、スワンはラインのそこここで見かけましたし、訪れた町々は、ある意味観光用の工夫を様々に凝らして、観光客を誘います。
 写真は撮らなかったんですが、でも、私が心地よさを感じたのは、船側が用意した、っておかしいか? 用意しなかった「何にも無い日」。つまり午後フリーのシステムです。 午後はたいていフリーになるか、有料のオプショナルツアーにあてられていましたね。
 日曜日の午後だったかな、バンクに広がる公園に出てみると、家族連れがたくさん憩いでるわけです。子供達は水遊び、親たちは犬連れで散歩したり。まあ日本でも田舎の地方都市の公園辺りで同じような光景を見ることが出来るのかな? 美しく整備された木陰のある公園で芝生に寝っころがり…。空気を胸一杯吸い込みたくなる午後でした。
 また少し歩くと本当の田舎の町に出会います。小さなスーパーと小さなドイツ風のレストランやビアホール。住みやすそうな町々でしたね。町のどこも手入れされていて、手抜きしていない感じというか。
 
 ただ、ドイツに感じたこととは、そうした自然の中に生きる瑞々しい生活、とはちょっと違う、狭さというか緊張というのかなあ? 良くは書けませんが、川向こうはフランスですからね。国境から10キロとか数十キロのところに住むことによる緊張ってあるんだろうなあ? の匂いですね。
 ここがいわば世界史で習ったラインラント。常にフランスとの係争の種になった場所ですね。
 たしかにこんな豊かな町並みや野山を見ていると、つい70年前まで領有権を争い、戦場にもなったという話が夢の世界の話か、という一方で、ようやくそれなりの安定を享受しているのか、なんて思いますね。
 でもねえ異民族、異なる言葉を話す人々が橋の向こうには住んでいるわけですからね。
 ナポレオンだってヒットラーだって、という「英雄」を生み出しちゃった、というのには、根っこがある。というか、どこかに残っているではないだろうかとも思いますし。でも、きっと、彼らはそれらを克服したんだろう、あるいは克服しつつあるんだろうと思いたいですね。

 それにしても、ギリシャ問題ってなんなんでしょうかね。
 通貨の発行権を共同体に供出してしまったギリシャからすれば、ドイツの支配に市民生活が委ねられるような感じがするんでしょうか? 経済が不振、だったら緊縮しなよって?? 
 ドイツからすれば、再び経済的な利害から、欧州域内での戦争が起るなんて、まっぴらな話で、共同体の結束を強めて行くことが…、そんな感じでしょうかね。
 出かけてゆく前以上に、欧州域内での利と害の感覚が輻輳している、というイメージを今持っています。
 というか、そんな中で、結束なり協調なりを模索する欧州はやっぱり尊敬に値すると思いますね。
 
 まあほんの70年前には、「僕の村は戦場だった」わけで、瓦礫と化した。ガイドがどこでも強調したのは、「地元の人々が自分達の手で復旧させ」古い町並みを復元したんだ、という言葉ですね。
 そして船上でよく聞かれたのは、「福島はいまどうなっているんだい?」でした。
 うん、どうなっているんでしょうね。説明できなかったのは、英語力の不足だけではなかったですね。
 

IMG_2473
IMG_2589IMG_2610

<オランダ編>ホテルに酒なし、移動は路面電車で完璧!

 錦織君は、棄権してしまったそうですね。今年はなんだか、日本のアスリート達は良くないですね。大リーグはほぼ全滅。錦織君もゴルフの松山君も冴えないし、今日のなでしこはどうなんでしょうかね。
 なんてね。でもって、今日はオランダ編です。写真は相変わらずの順不同。一番上がアムステルダム駅、ついで風車群、下はアムスの路面電車車内です。

 オランダと言えば、安楽死、大麻解禁なんて言葉が浮かぶわけで、街中に対してはちょっと警戒! なんて気分もあったんですがね。まあ2泊3日の旅ではそんなこと全然感じませんで、アムスも綺麗な町でしたね。で宿泊は、空港からも車で10分ぐらいの郊外のベスト・ウエスタン・クチュールという新しいホテルにしたんですよ。路面電車の駅が近いと、ネットで出ていたんでね。でもって、行ってみたら駅は眼の前。ホテルでチケットも買えるし、やったね。の気分でした。すでにロスバゲ事件は起きていまして気分は落ち込んでいたんで、ちょっと持ち直したんですが、さらに落ち込む話が待っていたんですね。まったく。

 到着は、ロスバゲで手間取って、夜遅く10時ごろだったかな、でもまだ薄明るいんですよ。
 でもってホテルに到着してチェックイン。疲れてましたからね、「バーはどこ?」と、ホテルでドリンク&軽食で済まそうかと思って、尋ねたら、「バーはここよ!」とフロントの脇のレストスペースをさす。「でもお酒は無いわよ」。にわかには理解しがたかったですね。
 オラの英語力では聞き取れなかったのかと思い、「じゃあビールでも」と聴きなおすと、「ビールも無いのよ。政府の許可が出ないの」だと! 「何故、何故?」 とこっちは、酒がないことが信じられないというつもりで聞きただしているのに「政府に聞いてよ!」だって。
 でも、もう失望には慣れていますからね。「じゃあどこに行けば買えるの?」に「電車どおりの次の駅にナイトショップがありますから」というんで、寒空の下、ってアムスは風が強くて寒かったんですよ、のこのこと5分歩いて、ショッピング。ワインとビールとハーフメイドの中華料理風を買ってきて、最初のディナーでした。経営者は中国人、ショップには見あげるばかりの背高労働者さんが屯していましたっけ。
 そう出足は、あんまりいい印象じゃなかったですよ。

 でもねえ、翌日は晴れて、ええ、路面電車の旅。街中を縫うように走りますからね。結構面白かったですね。でもってアムス駅まで行って、眼の前の川から遊覧クルーズが出ているので、乗ろうかと思ったんですがね。早すぎてまだ走っていない。仕方ないから町歩きで、先日もお知らせしたチーズ屋さんなんかでチーズをどっちゃり買って、あとはパンツがないですからね。H&Mで、パンツを買って…。
 でもって、姉をホテルにおいてきましたからね。またホテルに戻り、姉を拾ってもちろん路面電車でゴッホ美術館。昼食はその前の屋台で、ホットドック! ですよ。まああんまり印象に残りませんでしたけどね。ゴッホ美術館では並びましたし、疲れたんで、観光は終わり。夕食はホテル近くの中華料理屋へ。中国人はどこにでもいるんですね。この経営者は香港人だったけど、調子のいいやつだったですね。
 まあ、アムスは遊覧船もいいけど、この町は路面電車をマスターすればどこにでもいけますね。便利だよ、はい。番線と駅名を覚えておくのが要諦ですけどね。でないと帰れなくなる。

 風車は、クルーズに乗ってから最初の寄港地のキルテンダイクというところなんですが、オランダの人たちは自転車でこの周りを走り回っていたりで、のどかでしたね。なんか生活を楽しんでいる。
 でも一番驚いたのは日本人の小学生かな? 団体が来ていて、昔懐かし日本語が耳に飛び込んで来るのが心地よかった。でも一番うるさいのは先生でしたけど…。でもって聞いてみると「ブリュッセルの日本人学校の遠足」だとか? えっつブリュッセルかよ、ベルギーじゃん、なんて言ったら、「そうです。バスで朝出てきた」んだって。そうなんだよね。狭いんですよ。ベネルックス! で、国境なんて言ってられないよね。国境を意識しないぐらい関係ない話なのかも。いや日本って結構広い国ですよ。ほんと。ドイツよりもイギリスよりも人口は多いしね。
 でもってECなあ。確かに結束が揺らいでるけど、分裂はないでしょうよ。大体見ていてもオランダ人もドイツ人も聞いて見なけりゃ、わからんし。いまに言語の統一なんて話も出てくるんじゃないかなあ。英語圏に対抗する欧州語みたいにね。
 まあ文化が違う!なんていうけど、薩摩と会津ほどの差じゃないのかなあ?

IMG_2370IMG_2426IMG_2382
執筆・講演承ります!!

どうぞお気軽にお声がけください。 船のことならおまかせください。

名前
メール
本文
ギャラリー
  • さんふらわあさっぽろ、どうしたんですかね? エンジントラブルですか? 新造船なのに。
  • 太平洋上に、あらら「さんふらわあ」です! 晴れて完成したんでしょうか?
  • ミサイル反対! 70歳以上は北海道に強制移住 人間牧場っていかがですか?
  • 女性活躍社会はどうなったの? 種牡馬と母馬!どっちがいいかな?
  • 女性活躍社会はどうなったの? 種牡馬と母馬!どっちがいいかな?
  • あらら、にっぽん丸じゃないですか!
  • 人ひとピッチャン!でした。凄い熱気ですね。
  • ちゃんちゃん、ちゃんちゃか、ちゃっちゃ! って、軍艦マーチのつもりですが。
  • 今日は、シーライオンになった気分で…。ね。
LINE読者登録QRコード
LINE読者登録QRコード
livedoor プロフィール
カテゴリー
カテゴリ別アーカイブ
  • ライブドアブログ