やっぱり20年という月日はそれなりなんですね。情報の風化ですか? 今朝の新聞を、といっても東京新聞だけですけどね、パラパラとめくっただけですが、はい9・11を巡る記事は、一本もありませんでした。
今日は9月11日。新聞はきっと明日付けの記事でニューヨークのセレモニーなんかを伝えるのかな? つまり歴史のというか、記念日という枠の中に閉じ込めて、記憶の彼方にこの事件も忘れさろうとしているんでしょうか?
数年前にニューヨークを訪れたとき、崩壊した貿易センタービルの跡地の目の前にあるヒルトンに宿泊を取りました。グランドゼロから、歩いても数分で行けるホテルで、もちろんホテルから、モニュメントにもウロウロと。寒くなり初めのころでも、人は沢山歩いていて、アメリカの大きさを実感したというか。
まあニューヨークには、その2年前に出かけて行こうとして、ハリケーンサンディにやられて、クルーズ船は入港できずで悔しい思いをしまして。
この散々な、ニューイングランドクルーズを締めきれずに。リベンジ訪問では、自由の女神だとか、五番街だとかエンパイヤステートビルだとか、お上りさんの観光コースを歩き回って。
前日だけど、グランドセントラル駅で、クラムチャウダーを食べて、地下鉄の構内で、ビートルズのコピーバンドを眺めて、なんてまさに定番の旅行をしました。
というかそうするために、このホテルを予約したんですがね。
で、ニューヨーク市内をガイドしてくれた日本人ガイドさんが、最後にお土産として数ドルかの写真集を持ち出してきたんですが、まさに9・11の惨状を撮影した写真集で、このヒルトンもぶっ壊れたのかな? ロビーにがれきが散らばる光景が写っていましたね。
まあ、こんな光景は観光写真で売るもんじゃない! と僕は買わなかったですがね。きっと買っても書棚の奥に置き去りにされて、今は、埃にうずもれているんだろうと思いますが…。
で、僕らが訪れたのは、土・日曜日の夕だったのかな? ヒルトンのホテルの辺りは人影もなく、とても寂しい場所だなあ!という感じも残っています。
ホテルでディナーを取るほどの元気も予算もなく、でも小腹が空いたので、ストリートの対岸にあった小さなコーヒーショップで、サンドイッチって、あんなのがサンドイッチ? なんて感じのパンを買って、夕食を済ませたんですがね。クリスマス商戦入りする寸前の五番街の賑やかさと、町はずれの場末のコーヒーショップの寂しさを同時に味わったのを思い出しますね。
ニューヨークって、こんなものなのか?なんて。
こんな一瞬の光景だけで刷り込まれることもないだろうけど…。アメリカ人の心の多様さというか、スパッと割り切れないものがあることを、なんだか実感したというか。
まあねえ話は、大坂なおみさんが、ニューヨークで起こした事件に繋がるんですがね。いや事件というより、偉業かな。この話も世界中を巻き込んでいますね。
セリナが、「女性差別」と審判を詰った? でもってビリージーンキングさん、テニス協会の会長さんかな? も「セリナは差別されている」って。
いくら報道や彼女たちの言っていることを、そういう視点から読んでみようとしても、そんな心情は全く理解の出来ませんけどね。アメリカ人の甘えの感覚しか見えて来ないなあなんて、とまどいながらこのニュースには接しましたけどね。アメリカは理解できないよ!な。
ただ、理解できるのは、1998年生まれのこの少女が成し遂げたことです。人種差別の終焉?
いやこの少女が女性として生まれ変わって行く瞬間を見ているような情景を眺めていること。むしろ、なんか、幸せな感覚を味わうという複雑な心境でいるんですけどね。
でも、彼女たちが生まれたころに起きた9・11。でもって、未だにアラブ世界とアメリカの争闘は続いている、なんて。
それに差別という言葉で表現される人々の感覚や屈託の持つ不快さの意味は、このまま問われ続けていくんですかね。
もう2度とニューヨークには行かないだろうと思っていたんですがね。やっぱりあと一度くらいは行ってもいいですね。全米オープンも、ヤンキースの田中も、いや大谷君の姿もニューヨークで見たくなりました。
今度はクルーズは諦めて! ですかね?
今日は9月11日。新聞はきっと明日付けの記事でニューヨークのセレモニーなんかを伝えるのかな? つまり歴史のというか、記念日という枠の中に閉じ込めて、記憶の彼方にこの事件も忘れさろうとしているんでしょうか?
数年前にニューヨークを訪れたとき、崩壊した貿易センタービルの跡地の目の前にあるヒルトンに宿泊を取りました。グランドゼロから、歩いても数分で行けるホテルで、もちろんホテルから、モニュメントにもウロウロと。寒くなり初めのころでも、人は沢山歩いていて、アメリカの大きさを実感したというか。
まあニューヨークには、その2年前に出かけて行こうとして、ハリケーンサンディにやられて、クルーズ船は入港できずで悔しい思いをしまして。
この散々な、ニューイングランドクルーズを締めきれずに。リベンジ訪問では、自由の女神だとか、五番街だとかエンパイヤステートビルだとか、お上りさんの観光コースを歩き回って。
前日だけど、グランドセントラル駅で、クラムチャウダーを食べて、地下鉄の構内で、ビートルズのコピーバンドを眺めて、なんてまさに定番の旅行をしました。
というかそうするために、このホテルを予約したんですがね。
で、ニューヨーク市内をガイドしてくれた日本人ガイドさんが、最後にお土産として数ドルかの写真集を持ち出してきたんですが、まさに9・11の惨状を撮影した写真集で、このヒルトンもぶっ壊れたのかな? ロビーにがれきが散らばる光景が写っていましたね。
まあ、こんな光景は観光写真で売るもんじゃない! と僕は買わなかったですがね。きっと買っても書棚の奥に置き去りにされて、今は、埃にうずもれているんだろうと思いますが…。
で、僕らが訪れたのは、土・日曜日の夕だったのかな? ヒルトンのホテルの辺りは人影もなく、とても寂しい場所だなあ!という感じも残っています。
ホテルでディナーを取るほどの元気も予算もなく、でも小腹が空いたので、ストリートの対岸にあった小さなコーヒーショップで、サンドイッチって、あんなのがサンドイッチ? なんて感じのパンを買って、夕食を済ませたんですがね。クリスマス商戦入りする寸前の五番街の賑やかさと、町はずれの場末のコーヒーショップの寂しさを同時に味わったのを思い出しますね。
ニューヨークって、こんなものなのか?なんて。
こんな一瞬の光景だけで刷り込まれることもないだろうけど…。アメリカ人の心の多様さというか、スパッと割り切れないものがあることを、なんだか実感したというか。
まあねえ話は、大坂なおみさんが、ニューヨークで起こした事件に繋がるんですがね。いや事件というより、偉業かな。この話も世界中を巻き込んでいますね。
セリナが、「女性差別」と審判を詰った? でもってビリージーンキングさん、テニス協会の会長さんかな? も「セリナは差別されている」って。
いくら報道や彼女たちの言っていることを、そういう視点から読んでみようとしても、そんな心情は全く理解の出来ませんけどね。アメリカ人の甘えの感覚しか見えて来ないなあなんて、とまどいながらこのニュースには接しましたけどね。アメリカは理解できないよ!な。
ただ、理解できるのは、1998年生まれのこの少女が成し遂げたことです。人種差別の終焉?
いやこの少女が女性として生まれ変わって行く瞬間を見ているような情景を眺めていること。むしろ、なんか、幸せな感覚を味わうという複雑な心境でいるんですけどね。
でも、彼女たちが生まれたころに起きた9・11。でもって、未だにアラブ世界とアメリカの争闘は続いている、なんて。
それに差別という言葉で表現される人々の感覚や屈託の持つ不快さの意味は、このまま問われ続けていくんですかね。
もう2度とニューヨークには行かないだろうと思っていたんですがね。やっぱりあと一度くらいは行ってもいいですね。全米オープンも、ヤンキースの田中も、いや大谷君の姿もニューヨークで見たくなりました。
今度はクルーズは諦めて! ですかね?