相川さんの息子さんが、三菱自動車の社長になったよーーというのは、何年か前に、風の便り、というか業界事情通さんとの飲み屋話で伺ったのを覚えています。三菱重工のトップが、この人を社長に推して…なんて解説も聞きましたが、もう、とんと興味がなかったですからね。詳細は覚えていないです。

 でもねえ、なんでそんな話が酒席の肴に上ってくるかと言えば、相川賢太郎さん。はい三菱が「三重工合併以来」と、ことあるごとに枕詞として使われるんですが、戦後の再出発以来、それこそ史上初めて、そして唯一、社長を6年間やられたのが、賢太郎さんだったからです。
 「不文律を破る」というのは、なかなかねえ。「異例中の異例」という評価より、「自信過剰?」なんて。
 当時は、重工の社長さんとなれば、恐れ多くて、誰も文句なんて言いません。というか、もう事業部の上に君臨する君主のような存在でしたからね。
 だからこそ、この会社には、「任期4年」という不文律が必要だったというか。歴代社長さんは、自らを律したんだと思いますけど…。

 この方、前任の飯田庸太郎さんが、日本郵船の宮岡公夫社長と意気投合して、クリスタルハーモニーの建造に合意、客船建造に乗り出したわけですが、その流れを継いで、飛鳥の建造へと進んだ時の社長さんだったかかな、長崎で何度かお目にかかったことがあります。

 まあ、むりやり三菱の客船史に結びつけることもないですけどね。実はこのころ僕が取材で追っていたのは、賢太郎氏が会長に昇格したあとに表面化したのかな? 「重工の経理操作疑惑」という話でした。
 結局活字にはしませんでしたが、長崎造船所長から重工の社長へと王道を歩かれ、長崎に史料館を開かれた賢太郎氏は、「全製品一流化」「全部門黒字化」--外部から見れば、全軍の兵をまとめて、進軍ラッパを吹くような感じで、格好良くてわかりやすいスローガンを掲げたのです。

 でもね。各事業部にはそれぞれ事情がありますからね。 
 はい、ここからは確証がつかめなくて、つまり記事にはしなかったし、噂話だけの世界のことかもしれませんがね。当時、今東芝を経営危機に追い込んだと同じ話を聴きましたです。つまり業績改善を強いられた、各部門が業績の水増しに進んでしまったというーー。
 「全事業部黒字化」などと言われた各事業部は、「どうせ四年間の社長任期なんだから、その間だけでも」なんて感じで、お化粧して…。
 それがなんと、相川さんは、任期4年の不文律を破ってしまって。事業部は慌てたとか、それで、傷を深くしたとか。
 彼の退任後、三菱重工の業績が一時的に悪化したのを覚えています。つまり、一気に膿み出しをしたからだと…そんな話だったですね。

 ちゃんと活字にしておけば良かったと、今は悔やみますね。ことの真偽はいまや薮の中。

 で何が書きたいのか、ですか? 
 つまりこの人は現役時代から、ピントが外れてというか、流れを読めてないんですよね。今日「週刊新潮」を買おうと思いますが、なんで今頃、つまり88歳にもなって、ノコノコ出て来て、「(三菱)自動車は潰さない」とか「燃費なんて誰も気にしてない」なんて 語るんでしょうか? いまだに三菱グループ金曜会の相談役でもやっているつもりなんでしょうね。きっと。
 それとも、未だに、「息子かわいや、ほーやれほ」なんでしょうか? 

 今、週刊誌に話すことで、三菱のレピュテーションを落としまっくていることに気が付かないんでしょうか。
 現場の苦労を理解しようとしないのは、三菱グループに貫かれた経営のマインドなのかと疑ってしまいますね。
 それにしてもこの会社、お客のことより、内向きというか。社内の成績なり、審査や評価ばかりを気にしているんでしょうかねえ。

 客船、MRJ、米国の原発。そして自工の経営危機、さらには豪州向け潜水艦の失注。今日の新聞は三菱さんのニュースで溢れかえっていますが、ここまで来るとなんか、いやですね。

 まさか、三菱グループの本丸ーー重工の経営問題、まで話が突き進んで行く? 
 「米国原発訴訟の結果は、そんな9000億円の賠償、なんてありえないよ!」ーー巷では、そんな多寡を括った評論も聞かれます…。
 僕も、これまではそう信じていましたが。もしかしたら…。