浦賀船渠といえば、その後の住友重機械の造船部門ですよね。
 今年苦戦する造船会社の中で、唯一造船部門で、まずまずの業績を挙げた会社かな? その後JMUを造ることになる日本鋼管さんと並んで、山谷の大きい造船業の欠点を捉えて、業界の安定を会社方針にしていたような造船所ですね。
 でもって、例の「大正大雑誌」を見ていたら、浦賀船渠の町田豊千代さんという社長さんが出て来て、「物価の騰貴にともなう俸給の上げ方」という「実業の日本」(大正6年)の特集に寄稿しているんですね。

 で、町田さんは、①給料の引き上げは慎重にするべし②しかし物価の高騰は月給取りには気の毒だから、賞与で賄えーーと指摘、そのうえで米の(大量購入による社員への)安価供給、社宅の増築、給与の安い人を多く使うーーなんてことを提案されていて、なんだいまに通じる話です。なかなかの先見性ですね。
 高度成長期を過ぎた日本の賃上げ政策って、まさにこれですもんね。

 というか、僕がお付き合いしたころの、住友重機械の方々の顔が浮かんできたですね。ええええ、今から思えば、この会社の人たちは、みんないい人ばかりでね。まあ原則主義的な物言いが印象に残っていますけど。
 この会社が早々と造船を縮小してしまってから、なんか日本の造船は、筋論を話す人がいなくなって、定見が無くなって来たというか、懐の深さが感じられなくなったというか。
 
 にしても給与の引き上げは慎重に! 引き上げは賞与で! なんてのは、私も、現役の頃そんなことばかり言い続けていた感じで。そうすれば、それだけ社業の方でも冒険や飛躍を目指す必要がなくなって、というか、今から思えば、デフレ社会を招く元凶の考え方だったような…。というかデフレ社会だからそう考えたのかな?
 もちろん、大正の町田さんが書いたインフレ社会のころとは違うんでしょうが。
 結果として冒険をしない会社や社会になって行くようなね。はい。ごめんなさい。

 このところの日本造船業の給与水準は、為替の関係もあるけど、韓国の大手造船所に比べてもむしろ安いくらいですからね。確かに国際競争に勝つには「人件費」。とりわけ、まだまだ人手に係わる作業が多い造船業ですから、人件費を抑圧しなければ、生きて行けない、なんて論議は通りやすいんですが、なんかなあ。この間の客船建造を巡って、日本がまったく伸び切れないなんてことを見てくると、大切なものを忘れて来てしまったような…。

 つまり欧州、ですがね。ここの造船もほとんど壊滅状態にあったんですね。1990年代はね。
 当時、日本も、韓国らの追い上げに直面してやった議論は、旧態依然の「造船の需要見通し」。
 優秀な方々を集めて、将来戦略を練るのに、経済成長率の分析だとか、海上輸送量の見通しだとか、喪失船腹量は、みたいな「計算」でしたし、省エネ技術の優位性でコスト競争力を涵養する、みたいな議論ばかりだったですね。

 もちろん間違ってはいないだんろうけど、「世界の海上人流見通し」なんて予測は、まったく頭になかったですからね。
 このころ、どんどん造船所を閉めていた欧州の造船所が、そんな予測をやっていたのかどうか知りませんが、フィンランドのワルツィラがマサヤードに変わるころ、つまり経営がおかしくなったころでしたが、ヘルシンキの造船所で見たのは、とても想像すらしていなかった大型フェリーの建造でしたし、見せられたのは、次世代客船の設計図というか、すでに電子化しつつあったのかなあ。
 
 まあここまで、この産業が大きくなるとは思いませんでしたが、いまや欧州の造船の売上高は、日韓を抜いているんじゃないですかね。しかも裾野産業が広いですからね。客船建造は。

 でもねえ、一番驚いたのは、フィンランドの造船所で働く人たちのことです。ほとんどセカンドハウスを持っていて、土日はサウナを持ち、湖が近いそのセカンドハウスで過ごすんだ、なんて言っていたこと。ドイツのパッペンバーグのマイヤーでも、造船所に行く前に見せられたのは、造船所の工員さんの一戸建ての家群でした。
 もっと言えばこの二つの造船所とも、屋根付きのドックの中で船を造っていたですね。労働環境を大切に!って、寒いからだろ!なんて反論もあるでしょうけどね。

 多分ここまで書いてきても、「うわ面だけ見て、余計なことを…、」とか「ワルツイラなんてなんどもつぶれているやん」なんて言われそうですがね。
 でもねえ、なんか「譲っちゃいけない」ところを「譲り続けて来た日本!」 のような気がね。当時もぼんやりですが、感じたように覚えています。

 このところ、大正から戦中まで、日本の歴史を遡ってみたんですがね。
 最初から最後まで流れていて誰も疑いを挟まないのが、「持たざる国・日本」「資源小国・日本」という認識です。だから植民地、だから富国強兵。結論はそれぞれに違いますがね。

 でもって造船は、未だに「資源輸送のために」とか「貿易の担い手」という発想でしか話が進まない。
 つまり足りない視点と感じるのは、文化というか人々の人生を楽しむための「ゆとり」というか。
 いまだに、日本では客船は「豪華」客船ですからね。

 何が言いたいんだい? はい。いまや世界には、その「豪華客船」が300隻を超えています。でもって80年代から建造されて来た客船は、いかに息が長かろうと、早晩リプレースの時期が来るんでしょう。加えて中国にも建造機運が…。

 じっくり考えて下さいよ。
 本当にリプレース期が来た時に、指をくわえてみているのは誰なんだろうか、ってね。
 別に某造船所の、客船建造方針の検討を応援したくて書いているのだけじゃなくて、日本造船工業会さん。
 まだ遅すぎないと思いますよ。まずは客船建造の需要予測からね。お願いしますよ!