昨日、思うところありて、遺書を書きました。いやいや遺書じゃなくて遺言でしたね。
 死に至る病に際して、延命的な治療は行わないこと、葬儀は坊さんなしに、こじんまりと。で、墓はいらないので、目の前の海、つまり相模湾に散骨して欲しいこと…。
 まあ財産なんてないですからね、そっちも書いたけど、揉めることはないだろうからね。
 つまりは、僕の墓は海だよ! と言いたかっただけですけどね。

 昔々、湘南の海の見える家で余生を過ごした沢村貞子さんは、確か目の前の相模湾に散骨してもらうよう言い残して、亡くなったというエピソードをどこかで読んだ気がしますしね。
 このところ、墓をどうするか考えていて、ようやく決意を固めた、というわけですが。
 そう思った、もうひとつの理由は、真鶴半島発の海洋散骨サービスがあるというのを見つけましてね。
 これだね。ですよ。つまり我が家から見える海で、海の藻屑になりたいかな?なんてね。 
 85歳まであと16から17年。まあその間にね。というわけです。

 ですがね。昨日ちょうど、わが愛すべき相方さんがね、体重計が壊れたというので、ヘルスメーターを買って来ましてね。「体内年齢が分かるから、あなたも…」なんていうので、今朝乗ってみたんですよ。身長、年齢などを打ち込んで…、おもむろに体重計に!
 な、な、なんと。体力には全く自信がない、どっちかと言えば「長生きできない知性派」だと自認していたのに、体内年齢はなんと、53歳!だっていうじゃないですか。あらら。でしたね。

 嬉しいと思う一方で、なんかなあ。まだ53歳かよ。「死亡目標年齢85歳としても、この調子じゃ、まだ32年もあるわ」とそっちの方でびっくり。
 ちょっと変な計算ですがね。逆にそれだけ蓄えが持つかな? の方、つまり金がないなあ!と思い至ったのでした。

 そうか、53歳なら、まだ働けるね。就職活動でもしましょうかね? って、言っても、手に技術?なんてないしねえ。コンビニのレジのバイトたって、さっさと動けるわけでもないし…。新聞配達は、もっとつらそうだし。
 こりゃあ、遺言よりも遺書に書き換えた方がいいかな? なんて思っちゃたですよ。

 でね。人間の耐用年数って、どんな風に決まるんだろ? なんて、思い至りましたね。DNAにあらかじめ書き込まれている? いや神がお決めになっている? なら、海洋などと言わずに…。なんて急に宗教心が芽生えたりしてね。 
 はい、暇です。

 というか、続いて。ちょっと無理筋ですがね。客船の耐用年数って? まあ飛鳥2もにっぽん丸も建造されたのは、1990年から91年ですからね。東京五輪時には船齢30年を迎える。 
 私が商売にしていた海事業界で、商船で想定した耐用年数って、物理的なものよりも経済的な陳腐化の年齢をリタイア年齢にしていましたからね。長くても15年くらい。
 それが客船では…。
 まさに物理的な耐用年数が問題にされる、なんて思ってもいなかったですよ。まさに想定外だったわけですが。

 でもって、昨日の話じゃないけど、カーニバルクルーズがクルーズ船大型化の先鞭をつけて建造したファンタジーも、就航は1990年なわけで、日本船だけが古いわけでもない。
 もちろん「そろそろリタイア」なんて言われ続けて、10年くらいは経っているような気もするんですが、こうなりゃ引っ張れるところまで引っ張って欲しいような。つまり、物理的な耐用年数をギリギリまで追求して欲しいとね。
 そう、「同期の桜」を見続けたい! ような気もしています。

 さてどっちが長生きするんだろうか? なんて。
 自分と比べてどうするの? 
 だけど、やっぱり私が看取るべきなんかなあ? なんて、どうでもいいか?