実は、書くタイミングを失っていたんですがね。実は、私め、例の松山刑務所・大井造船作業所というのを、昔々取材したことがあるんです。

 27歳だかの受刑者が脱走したというニュースを見たものの、どうせ、すぐに捕まるさと思って…。ネタに出来るかなあ!なんて思っていたんですがね。全然捕まりませんで…。そのうちブログに書くタイミングを失って、今日まで…。なんてどうでもいいか?

 この作業場って、かつて「四国の大将」とか「再建王」の異名で呼ばれた坪内寿夫さんが、自分の造船所である大西工場の中に造ったわけですが、彼もフェイクニュースではないにしても、数々の伝説を作り上げた「名人・偉人」でしたからね。

 佐世保重工を初め、経営危機にあった造船所を幾つも引き受けて、傘下に収めて「再建」と称していたわけです。
 僕が大井作業場を訪れたのは、佐世保再建が軌道に乗らずというより労組の反発にあって、迷走し始めたころだったかな?
 そのうち、グループ傘下の東邦相互銀行も経営危機に遭遇し…、と神話が崩れて行く。でもって、側近さんから「工場を見てよ」と招かれて、大西工場を訪れたんです。

 工場の目の前の海域には日本高速フェリーだったかな? の係船中のフェリーが沢山浮かんでいて、タクシーの運転手さんに「いつ頃から、こんな風なの?」なんて、尋ねたことを思い出しますね。
 ええ、そのころは、生意気にも松山空港から今治までタクシーで取材旅行をしていたんだよねえ。古き良き時代や!

 この大井作業場を見た時も、「受刑者の更生のために」なんて説明を聞きながら、そんな風に考えずに、「安い労働力を確保したかったんだろう」なんてね。
 素直じゃないよね、私も。その後、もう少し暖かい目で見るべきだったかな? なんて反省しましたけどね。

 まあいいや。実は今度の事件で一番驚いているのは、そっちの話よりも、逃げ込んだ向島の話ですよね。芸者さんのいた東京は向島(むこうじま!)じゃなくて、瀬戸内の「むかいしま」のことですけどね。
 逃亡した平尾受刑者の、この島までの足跡は分かっているのかな? でもって、警察が捜索に入っているわけですが、なんと向島に空き家が1000軒もあって、捜索が難航? 隠れるところは沢山ある、とテレビで解説していることですね。

 実は、来島どつくだけじゃなくて、このあたりは四国側や尾道側とか、付近の島々には小さな造船所が沢山あって、尾道市の対岸のこの島には、日立造船の向島工場やら、向島ドックやら、かつては造船工場があって、尾道などの対岸や因島も近いですからね。本土側からも人が行き来していました。
 でも大造船不況を経て、造船所は閉鎖、あるいは大きく縮小。中には船体ブロックと呼ばれる船の部分を下請けで建造するような仕事していた工場もあったし、尾道の造船関連会社のベッドタウンみたいになっていたという話を聞いたりしていたんですがね。

 空き家が1000軒ですか? まあ調べに行ったわけではないですが、そうした造船産業の衰退が、この島にも逃亡犯の隠れ家を提供するといった、皮肉な寂れよう、ということなんでしょうかね。
 この島は、しまなみ海道の広島側の最初の島で、陸路で尾道だけでなく、今治まで行くことができるようになっていますし、僕も何度か車で渡っています。
 島々を高速で結ぶことで、この橋ができたころには、島々の観光化プランが沢山あったのですがね。でも、昔からある耕三寺とかいくつかの観光地を除いてはあんまり! というより、むしろ、昔はフェリ―・ターミナル周辺に小さな町があったりして人々の息遣いが感じられる町だったんですがね。

 今の造船業の苦境を見ていると、10年後、20年後ははこんな人の住まない町が、瀬戸内やら長崎やら…、という具合に生み出されてゆくんでしょうか?
 というより、今更ながら思うのは、三本も掛けた本四架橋って何だったんでしょうかね?
 このあたりに、「瀬戸の花嫁」じゃないけど、連絡船が結ぶ鄙びた港町が残してあれば、瀬戸内海クルーズの絶好のアイランズになることも出来たんじゃないかなあ! なんてね。

 やっぱりこの話を取りあげるんじゃなかったな? 話が面白くないぞ!

 はい、すみません。49万アクセスになかなか到達できません。明日かな?
 でもって、この先50万までは2週間以上かかりそうだなあ! クスン。