何故ベトナムに魅かれたのか?

今となって冷静に考えてみると、特にリーマンショック以降の日本国内における、弊社をとりまく様々な環境の変化に起因するところが大きいように思う。

街並み


実は弊社(株式会社C−UNIT SQUARE)におけるIT事業は、本格的に参入を開始してから正味2年半といったところである。
(IT分野に足を踏み入れた経緯に関しては、それはそれで話すと長いのでここでは割愛させて頂く。)

ただ、2年半の中で、新参ながらもお客様方々に対する弊社のサービス(哲学)の確かな手応えと、今後の事業展開に必要であろうと予測された技術的な経験値を、意図的に獲得してきたという自負があった。

そんなときにリーマンショックが起こった。個人的にはトヨタ系の株で大損もしたが、弊社の数字にはさほどの影響もなかった。
(何故数字に影響が出なかったかに関しても、理由があるがあえて割愛する。これも話すと長いので。)

資料


むしろ、私は事業の拡大には稀に見る好機であるように捉えていた。それは主に「人事」という視点においてであった。

単純に、多くの企業から人材市場に、IT分野における優秀な人材が流れ出ると考えたのだ。

確かに多くのIT関連の人材は流れ出した。
そして実際に多くの採用面接を行った。


私はこの時点になってようやく大きな過ちに気が付いた。いや、正確にはそれに気付く直前に大きな勘違いをしていたことに気付いたのだ。

『日本におけるITという分野の職業は、決してクリエイティブではない。』

ミーティング


私は、自分自身が技術者ではなく、また自社内におけるシステムエンジニアやプログラマーくらいとしか、ほとんど密に接したことがなかったため、実のところ「技術者=作業者」という考え方を持ち合わせていなかった。そして、「優秀な作業者」を弊社は欲しているわけではなかった。

行った数々の面接の中で最も多かったのはこんな感じだ。

「〜はやったことがあります。」
「〜はやったことがないのでわかりません。」
「やろうと思えばできると思います。」

基本的に質疑応答の受動型。つまり「〜がしたい。」とか「〜がやりたい。」とかそういう将来に関する積極的な話はほとんど皆無だった。ただ、「何でもやるから雇ってほしい。」という人はいたが、これも何か違うと感じた。

私が欲しいのはクリエイティブなスタッフで、未来に貪欲なスタッフだ。

雑誌


弊社では、企画担当と技術担当の議論、口論は当たり前である。

時には夢想家とも言える企画担当のぶっ飛んだアイデアに、リアリストな技術屋が怒って噛みつくシーンもしばしば見受けられるのだ。

そうしたやり取りのレベルはともかく、完全に受動的なのはまずい。

誤解のないように付け加えると、入社後そういう人材になるよう育てればいいじゃん、というような意見も一理あるように思われるかもしれない。

しかし、現にそういった環境に当たり前のごとく何年も浸かり育ち、一端のエンジニアまで成長した人間の価値観を塗り替える位なら、まっさらなキャンパスに絵を描いた方が早いうえに、潜在性が高いと考えるのもまた道理である。

何よりも、小さなベンチャー企業におけるスタッフ間の根本的な価値観の相違はリスクが大きい。

結局、この局面では弊社が「完成度の高い優秀さ」を選択することはなかった。

PCと地球儀


それでも弊社の今後の動向のために、物理的なリソースの確保が必要なわけで、とりあえずお願いできそうな外注企業を探そうとしたのだが、ここでもやはり、今度は危惧していた通りの事が起こった。


(次回に続く)