日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

カテゴリ: 歴史の豆知識

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金・銀・銭って、どういうふうに分けたのでしょうか?

現金による給与・賞与にしても、上級武士は金貨、下級武士は銀貨、庶民は銭貨で受け取るのが普通でした。
でも・・・大工は銀建てで手間賃を決めることができました。

買い物でも、お茶は銭貨で売買し、砂糖は銀貨で売買するのが通例でした。
大まかにいうと・・・農産物は銭、加工品は銀だったのです。

また商取引も、「江戸の金づかい、上方の銀づかい」と言われ、上方は銀を中心に経済が回っていました。
上方に旅行に行くときは、途中の宿場で換金しました。

このような複雑な経済で現れたのが、両替商でした。両替商のおかげで便利になりましたが、兌銭という手数料がとられました。金一両を替えるのに、8~12文の手数料をとられたといいます。


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初物・走り物大好きな江戸っ子。
初鰹は、当時の職人の1年分の手間賃に匹敵したとか???
せっかちな江戸っ子は、気短で・・・食の世界にも新しいものをたくさん作りました。

上方から伝えられたのは押し鮨でしたが・・・
待たされるのを嫌う江戸っ子から握り鮨ができました。
発明したのは花形与兵衛。
醤油を付けて食べるのが評判となり、押し鮨はなくなっていくのでした。

天ぷら、うな丼・・・そして、そばの食べ方。。。
代表されるのは、夜鷹そば。
そばが渡来したのは8世紀ですが、ポピュラーとなるのは江戸時代。

すでに寛文元年に「暮れ六以後は、饂飩・そば切りの荷売り(屋台)は、火を持ち歩いてはならない。」という御触れが出されています。かなり古い頃からあったようです。
この”二八”は、かけそば1杯が16文だったことから”2×8=16”二八そばとなったという説もあります。
もう一つは、つなぎの小麦粉2に対し、そば粉8だったという説もあります。

お魚は・・・
魚河岸は、関東大震災で築地に映るまでは日本橋北詰にありました。
江戸中期には、芝居、吉原と並んで日に1000両の金が動くと言われました。

魚河岸の起源は、摂津出身の漁師が漁業権を得て、佃島で獲った魚の上納分の余りを日本橋で売り出したことに始まります。
その後家康は、江戸繁栄策の一つとして三河国人に魚類専売の利権を与え、定住させ、元禄の少し前には魚河岸になってきていました。

江戸に送られる魚は、下等なものを除いてはすべて魚河岸に集められ、ほかで売ることは禁じられていました。
さんまは下魚というのは今でも納得??いえいえ、昨今は高級???
でも、鮪・河豚も下等な魚とされていました。
高級魚とされたのは、鯛・鮃・鱸・真魚鰹そして、その下に位置していたのは、今では蔑まれている鰡だったのでした。

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江戸時代、大工の親方になるにはどうすれば???

先ずは12歳ぐらいで親方に仕え始めます。
請書が作られ・・・手付金を納めます。
そして、徒弟として工房に入り、3~10年の年季奉公を住み込みでするのでした。
衣食住は面倒見てもらえますが、基本的に無給。。。たまに小遣いをもらう程度でした。
休みも盆と正月だけ。。。
親方は、技術を教えてやっているので・・・家の用事も言い付け放題です。

でも・・・辛抱できなくて・・・逃げてしまう徒弟もあって・・・
そんな時は、請書に署名した保証人が、それまでの衣食住その他の費用を支払わなければなりません。

年季を終えると、独立⇒鑑札⇒住み込みの平職人or通い職人です。
しかし・・・親方になるためには、仲間株を取得する必要がありました。
難関を突破した職人は、気位も高く・・・
「細工は流々、仕上げをご覧じろ」というような自負心・責任感・・・職人気質を持つようになるのです。

江戸の”三職”と呼ばれたのは。。。
大工・左官・鳶職は、結構恵まれていました。

大工は江戸で1日銀三匁~五匁。
1855年の江戸大地震直後では1日銀三匁に弁当代銀一匁二分とあります。
小粒に換算して・・・1日420文程度の収入となりました。
100文で米が7合買えた時代。。。
しかし、大火、大地震直後には2~3倍・・・下手をすると5~6倍になることもありました。

おまけに大工は・・・朝四ツの小休止、昼食、昼八ツ(おやつ)を引くと、労働時間は短い時で1日4時間程度でした。
早出や残業には割増料金がついたので・・・十分すぎる生活ができたのでした。

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江戸時代、隠れキリシタンを見つけるために、行われていた踏絵。。。

このキリシタン禁制は、家康以来の大法として外国人にも適用されました。
実際、江戸時代初めに、外国人宣教師たちが棄教を迫られ拷問されたり、殉教したりもしています。

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しかし、これはもちろん外交問題に発展しかねません。
外国人が崇拝するものを侮辱するのですから。。。

そこで、出島のオランダ館・館長ドンケル・クルチウスが、長崎奉行・川崎対馬守に踏絵の廃止を勧告。対馬守もこの案に賛成し、幕府もそれに同意しました。

そこで・・・1858年1月・・・日米修好通商条約の結ばれる頃に、長崎奉行管内で廃止されました。
230年目のことでした。

しかし・・・長崎以外では残っていて、日米修好通商条約の条約議定の会議でハリスが問題にしています。
結局、日本全国から消えたのは、宗門改めが廃止となった1871年のことです。

太政官布告で、キリシタン禁制が正式に解除されたのは、その2年後のことです。
では・・・踏絵そのものはどうなったのでしょうか?

長崎県に引き継がれ、1874年に教部省に。
事務移管に伴って、内務省の博物館へ。

その後・・・1947年文部省管轄の東京国立博物館へ。。。
その地下倉庫に眠っているようです。

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鉄砲は、戦国時代に種子島に伝わりましたが・・・
実は、戦国時代末期、日本は世界で有数の鉄砲保有国となっていました。

わずか13年で全国に30万丁の鉄砲があったと言われています。
大名たちは、キリスト教とともに・・・こぞって鉄砲を手に入れたのです。

特に鉄砲が勝敗を決した戦いとして名高いのは、1575年織田信長が3000丁の鉄砲部隊で武田勝頼を破った「長篠の戦い」で、この頃になると、30万丁を越えていたと思われます。

そんなにたくさんになった鉄砲。徳川の太平の世にはどうなったのでしょうか???
各藩は、10万石で350丁・・・など、石高に応じて既定の数の鉄砲をを常備するように義務付けられていました。
また民間でも、猟など盛んに鉄砲が用いられていました。

1687年5代将軍綱吉が、「諸国鉄砲改め」を行いました。
それによると、各藩とも何千丁という鉄砲が民間に行きわたっていたようです。

島原の乱の時には、鎮圧のために約2000人が出兵した筑前秋月藩の黒田家は、鉄砲218丁を携えていました。
幕府は鉄砲だけではなく、オランダから20門の大砲を買い、西国の諸大名に数門の大砲を提供さ、原城を攻撃させました。

幕末、大塩平八郎の乱においても、砲術家の大塩は大砲を用いて・・・対する幕府側も大砲を用いています。

そう、江戸時代にもたくさんの鉄砲があったのです。
しかし、太平の世なので、実践に使われた回数は少なく・・・
そのせいで、技術的進歩もなく、幕末には西洋に後れを取ってしまうことになるのです。

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