日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:北条氏政

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ああ・・・ついに「滅亡」です・・・。

小田原城を、豊臣の大軍が取り囲んだ。
北条軍は、なおも徹底抗戦の構えを見せる。
北条氏説得のため、信繁は小田原城に潜入した。

そうそう、説得したのは黒田官兵衛かもしれませんが、色々あって、信繁も裏でやっていたのかもしれません。
ま、名胡桃城を巡っての当事者ですしね・・・。

「真田源次郎信繁、お久しゅうござる!!」と言ったのは、義兄・小山田茂誠。

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信繁を助けてくれたのは義兄・小山田茂誠でした。


義兄・小山田茂誠は、松が行方不明になった後、所縁のある北条に仕官していました。

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いろいろと話したいことはあるんだけれども、もっと早急のやっつけ仕事が信繁にはありました。

江雪斎がやってきました。
信繁は、氏政の説得に・・・!!

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ああ・・・まさに異形・・・
私の中での異形と言えば・・・

「平清盛」の鳥羽上皇か

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崇徳天皇か・・・

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一応、人間の崇徳にしてみました。
その中に、割って入るほどの形相です。

「殺せ・・・!!」by氏政

真田の息子として殺したいようですが・・・今回は、豊臣の使者として着たことを告げるのでした。
徳川の書状を持ってきたというと・・・殺すのはちょっと待ってくれたようです。

徳川家康が、氏政の命を助けるために奔走していることを告げる信繁。
しかし、絶対に降伏はしないという・・・。

「関東の大名や国衆で、北条に従うものは誰もおりませぬ。
 頼みの伊達政宗も、豊臣に下りました。」by信繁。

伊達政宗に・・・ガーン!!ショック!!な、氏政!!

味方のほとんどの城が落ちたと聞かされた氏政・・・呆然・・・あの因縁の沼田も・・・!!

「引き際をどうか、お考えください。」by信繁

「ついに東国の覇者にはなれなんだ・・・
 返す返すも心残りは・・・

 どうせ秀吉と一戦交えるなら、伊達や徳川と組んで、日の本を分ける大戦をやってみたかったわ・・・!!
 華々しく・・・戦国の世に幕を引きたかった・・・。
 
 秀吉が恨めしいぞ・・・」by氏政

そうね・・・日本人特有の滅びの美学ってとこかしら・・・??
そんな風に思っている男がもう一人・・・真田昌幸って男もいるんだけどね。。。
 
秀吉に頭を下げれば、氏政と氏直の命は助けてくれるという信繁に・・・

「命など、おしゅうない。。。」

と、あくまでも戦いたかった・・・未練な・・・しかし、潔い氏政なのです。


再び義兄・小山田茂誠の元へ・・・
松が生きていたことを知らせます。
上田城にいるとの事・・・大喜びの義兄です。

その蔵で信繁の見たものは・・・

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鉛・・・そこには魚の印が・・・!!


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忍城を任された石田三成!!
殿下のご期待に副ういい仕事ができるんでしょうか・・・??
昌幸・信幸たちは、鉢形城を落とし、八王子城へ・・・!!

しかし、八王子は上杉に任せ、忍城に戻れと殿下のお達しが・・・。
忍城はまだ落ちていなかったのです。

小田原城が落ちていないと聞くと、昌幸は・・・

「氏政も粘るのう・・・
 アヤツは己のための戦をしておる・・・。」by昌幸

と、ちょっと羨ましそうなのです。
そう、こちらもまた戦国時代の古い男なのです。


1590年7月5日・・・ついに氏直が城を出て、秀吉に降伏しました。

が・・・
「氏政は死んでもらおうか。」by秀吉
と、簡単に約束を違える秀吉!!
諫める家康・吉継の話に耳も傾けない秀吉です。

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「五月蠅い!!
 城の明け渡しが済んだら、氏政は切腹!!
 それを見届けて、われらも京へ帰る!!」by秀吉

7月10日髷を落とした氏政は、秀吉の軍門に下りました。

「お命・・・必ずお救い致す・・・」by家康
「生き恥は晒しとうない。」by氏政
「恥は一時でござる・・・生き延びることこそが肝心・・・」by家康
「これ以上関わると・・・貴殿に災難が降りかかる。。。」by氏政
 
ここに・・・戦国最後にして滅びるものと、生き残るもの・・・その考え方の違いがはっきりと見て取れます。

家康以外にも、説得に、景勝、昌幸もやってきました。
説得するにあたり、氏政同様、髻を切り落とすという景勝!!その決意が伺えますが・・・
説得するも、反対に問いかけられてしまいました。

「上杉殿・・・
 むしろあなたに伺いたい。
 秀吉のために生きるのでござるか?
 それでよろしいのか・・・??」by氏政

そう。。。自分のために戦い、自分のために死にたい・・・それこそが自分の人生・・・。

同じことを考えている男がこう言いました。

「死にたければ死になされ。
 されど、生きておれば、まだまだ楽しいものが見られますぞ。
 このまま秀吉の天下が来るとは到底思えぬ。
 ここにいる誰もがそう思っておるはず。
 
 そうではござらんか!!
 もうひと暴れ・・・したいとは思いませんか??」by昌幸

そこにはこの後訪れる関ケ原の戦い・・・そして自分は参加できない大坂の陣・・・それもまた切ない。。。

「お主らの働きぶり・・・あの世でしかと見物させていただこう・・・」by氏政

「ここまで・・・でござるか・・・??」by家康

「ここまで・・・でござる。」by氏政

おお!!一昔前の少年漫画のようです。
まさに、”とも”!!強敵と書いて”とも”!!信頼しているお互いの尊敬を込めた強敵(とも)です。

ちょっと羨ましいと思う昌幸がそこにはいました。

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待っている間の家臣たちはいろいろやきもきです。
が・・・やはり頑固な男・・・氏政でした。

走り去った江雪斎・・・その行方は・・・??
もちろん、生き延びますよ!!

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翌日・・・北条氏政は切腹。
首は京に送られ、聚楽第の橋に晒されたという。。。

最後の汁かけ飯は、一気にいきましたね。
氏政の覚悟が伺えます。

息子の氏直は、出家ののち・・・
この頃の御多分に漏れず高野山へ・・・。

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これによって関東に一代王国を築いた北条は滅びたのでした。
が・・・最後の最後までお家の再興を望んでいた氏直。。。
お家再興を許してもらった時には死がそこまでやってきていました。
氏直が命を救ってもらえたのは、正室が家康の娘であったことが大きい要因となっています。
そういえば、関ケ原の戦いで真田が二つに分かれたとき、昌幸と信幸の助命嘆願をしてくれたのも家康でしたね。
正信の言う通り、結構情に厚い男なのかもしれません。
でなければ、天下人にはなれないというか・・・家臣がついてこないかっ・・・!!


で・・・小田原城で見つけた例のものを吉継に!!

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しかし・・・蔵はもぬけの殻となっていました。
「あぶないところやった・・・」by利休

逃げ出したのは千利休でした。
そう・・・利休はどちらにも武器を・・・まさに、死の商人だったのです。


未だ忍城を落とせない三成!!
夜な夜な堤を崩すので、水攻めにならない・・・
そこに戻ってきたのは昌幸。
全面攻撃をしようという昌幸&三成に・・・
「速やかに開城させて御覧に入れましょう。」by昌幸
使うのは・・・三成の嫌いな卑怯な手・・・
「戦に勝つとは、人の心を制することでござる。
 忠義が邪魔ならそこに付け入るがよろしい。。。
 小田原から土産を持ち帰り申した。」by昌幸

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それは、氏政の兜でした。

城内に持ち込んで・・・血の一滴もついていない兜は、家臣たちを見捨てた証拠・・・と、噂を流します。
卑怯な・・・!!

城は二日で落ちるという・・・。
7月14日、城を明け渡すと連絡があり、最後の城・忍城も開城されました。

目から鱗の三成・・・
昌幸の策を「好かぬ」というも、
「貴殿のおかげで無駄な犠牲を払わずに済んだ。
 それがしに戦の何たるかをもっと教えていただけるか。。。」by三成

そこはさすが、合理主義者なのね、三成。。。
そうそう、きれいごとばっかりじゃ、戦いに勝ってはいけないのよ。
それは、三成を引き上げてくれた殿下を見てもわかるでしょう??
ほんと、殿下は人好きされるかもしれないけど、怖いお人なんだから。


奥州の覇者・伊達政宗は、すべての所領を差し出しました。
で・・・そこでも昌幸、なんだか一つ考えているようです。
やっぱり伊達、徳川と一緒になって大坂城を攻めたいみたい。
だって・・・あの徳川でさえ、先祖伝来の地を召し上げられ、江戸へと飛ばされたんだから・・・。

「わしは伊達に賭ける・・・!!」by昌幸


が・・・とうの政宗は・・・

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ずんだ餅を作っておりました。
あ・・・ずんだ餅を考案したのは政宗って説もあるんですよ・・・??
料理を作るのが大好きで、家臣たちにも料理を振る舞っていた伊達らしいお話と・・・
「織田がつき 羽柴がこねし天下餅 すわりしままに食うは徳川」をかけているのかしら・・・??
この場面ではついて食べてましたけどね。

そんな秀吉を持ち上げるホスト政宗に、「だめだこりゃ・・・」と、思う昌幸。。。

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で・・・みんなに振る舞うのは片倉小十郎・・・。
昌幸、伊達を取り込むのを諦めたみたいですよ。。。
って、秀吉に頭を下げて上洛するように進言したのは何を隠そうこの片倉景綱!!
なので、取り込もうとしても無駄でしたけどね。。。
ま、伊達も生き残るわけですから、それなりに秀吉に好かれる男でないとダメでしょう。。。

ちなみに私の小十郎はもちろんこちら。
西郷輝彦さんです。

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まさに、伊達家のNo,2・・・直江兼次ポジションね・・・でした。


江戸へと移された家康・・・
しかし、昌幸は、小県は安堵、沼田ももらえるらしいわ。。。
それは・・・それだけ家康が恐ろしかったってことなのよね。。。
小物はガタガタ騒ぐ前に安心させておこうというところでしょうかね・・・??
そして、徳川の与力を離れ・・・徳川を見張れという秀吉なのでした。


ホストな政宗と信繁・・・若い二人の話。。。

「お主の親父、わしが餅をついているのを見てぽかんと口を開けておったわ。。。」
と、ちょっと自虐的・・・
もし・・・北条が先に降参していたら・・・自分の命はなかったかも・・・。
わしの人生綱渡り・・・。
しかし・・・生き残るため!!

「わしだって、どうせ戦国の世に生まれたからには天下を賭けた大戦に望み、何万という大軍を率いて敵を蹴散らしたい・・・お主だってそう思うだろ。。。」と、話し始めました。
「もしわしが、もう20年早く生まれておれば、もうしわしが、もう少し今日の近くで生まれておれば、大広間の首座に座っているのは秀吉ではなくわしであった・・・
 真田の子倅・・・またどこかで会おう・・・!!」by政宗

そうね・・・武田信玄がもう少し後で生まれていたら・・・
伊達政宗がもう少し早く生まれていれば・・・
そうして、二人とももう少し京に近かったなら・・・
それは、歴史において誰もがいう事ですね。

まさに無念!!以外の何物でもないでしょう。


北条の滅亡によって名実ともに戦国の覇者となった秀吉・・・。
時代は、破壊から建設の時代となりました。
関ケ原の戦いまであと10年!!


領民想いの北条が、遂に敗れてしまいました。
この「滅亡」・・・本当に、深いですね。
みんな滅亡しないように、命を懸けて・・・生き残りを懸けて戦っている戦国時代・・・
「滅亡」なんてとんでもない選択のようですが、それも一つの戦国武将の生き方だと思います。
実際、「真田丸」でも北条のことをちょっと羨ましいと思っている昌幸がいるわけですし・・・

ただ、なんとかして生き残るホスト政宗・・・同じような生き残り方を前田もするわけです。
前田の場合は、利長や利常が頑張るわけで、そのおかげで伊達の場合は伊達男とか前田は加賀友禅やお菓子・・・いろいろ文化が発達するのは・・・徳川のホストとして頑張っていたからです。

しかし、時代の流れに乗れなかった・・・そんな北条の滅びの美学は、後の幕末の滅びの美学「新選組」を考えると・・・人気があってもいいのになあ・・・って思うんですけど・・・??


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秀吉はついに、北条征伐を決意する。
全国から総勢二十一万の兵が集められた。
史上空前の対戦が、始まろうとしていた。


さあ!!天下統一に向けての最後の大戦!!
一体どうなることやら・・・??

1589年12月・・・聚楽第にて・・・

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陣立てを任されたのは、石田三成・・・
20万を超える軍勢を、どのように動かすのか・・・??

秀吉としては、実戦経験の少ない三成に、ハクをつけようという親心なんでしょうね。
期待にこたえなければ・・・!!


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総大将は、近江中納言秀次。
彼もまた、実戦経験が少ないので、頑張らせなければならないですね。

家康は、秀次の後見らしいのですが・・・タヌキオヤジかしら・・・??

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今回は、軍勢を二手に分けるという三成。
秀次は東海道から・・・上杉は前田利家と一緒に東山道から・・・。
真田は、今回は、上杉の東山道側に加わるんだって!!
なんとも微妙な立場にある真田ですね・・・。

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この紙(陣立て)には、地図ではなく、どの大名が・・・誰がどれだけの兵を出すか??ということが書かれています。
なので・・・ここに書かれている人数を全部足したら21万になるわけですね。
この戦・・・すべきではないと思っている三成・・・無駄が大嫌いだって、三成。
でもね・・・一番無駄にするのは三成、あなたですよ。

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小田原城・・・秀吉嬢が包囲したのは4月のはじめ・・・18万の兵でした。
秀吉と秀次の率いる本軍は城の西と北を、徳川軍が東を、さらに南側の海は長宗我部・九鬼などの水軍が固めます。
まさに、鉄壁!!
殿下の名に恥じない戦いをしなければ!!と、意気込む三成。。。

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おお!!信繁、本来の馬廻衆の仕事してますよ。
殿下の命令で主将を集めるそうです。
戦いの場であるというのに・・・

「あの辺りは全て桜の木だ・・・
 ひと月早く来れば、満開だったはず。
 さぞ美しかったであろうな。。。」by秀次

秀次は、お公家さんたちとも仲が良くって、和歌をたしなむ風流な勉強家でした。
こんなところにも秀次のにおいを出していますね。
が・・・このドラマではナヨナヨ優しいだけですが、政治もちゃんとできたんですよ??


そして徳川の元にも・・・

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「殿下はまだ・・・このわしをお信じにならぬようだのう・・・。
わしを総大将にはなさらなんだ。」
さすが家康!!殿下というか・・・三成から信用されていないということを見抜いていました。

こんなちょっとしたこと・・・愚痴なんかを聞くのも、馬廻衆だからです。
馬廻衆でもなければ・・・本来の信繁ならば、愚痴ってもくれない関係です。

主将を集め・・・そして殿下は何を話す・・・??

「この度の戦、わしらの相手は北条だけではない。
 伊達政宗、未だ臣従を誓おうとしない陸奥出羽の大名共、奴らもこの強大な軍勢を知れば、いずれ必ず頭を垂れて参る。

 それを待つ!!
 それゆえの長い戦じゃ!!
 あっさり勝負がついてしまっては意味がない!!

 まあ、うちらが負けるわけ、にゃあでね、ゆっくりやるでよ。
 みんな、戦と思いやすな。
 骨休めじゃ。

 という訳で、わしは茶々を呼ぼうと思っておる。
 お前たちもあれだったら、身内を呼び寄せても構わんぞ。
 以上じゃ!!」by秀吉。

ということで、なんだかんだとちゃんと考えている秀吉です。
そう・・・伊達がどうするのか・・・??
それ次第では、家康も寝返るかも・・・??


そんな家康を・・・つれションに呼び出す秀吉。

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「徳川殿・・・
 この戦が終わったら、お主に北条の領地全てを任せようと思っておる。
 ここから見えるところ全てお主のものじゃ!!」by秀吉

「ありがたき事でございます。」by家康

「今後もわしのために働いてくれ。
 江戸はわかるかな・・・??」by秀吉

ということで、関八州をやる代わりに江戸に移ってもらうから・・・!!と言われてしまいました。

「駿河や美川はもう要らんだろ。
 江戸も良い所らしいぞ。」by秀吉

ああ・・・やられてしまいました。

これって、信長の・・・出雲、石見に国替えされそうになった明智光秀みたいですね。。。
結局、みんな同じようなことをやっているのに・・・
例えば光秀の国替えと家康の国替え・・・前田利家の裏切りと小早川隆景の裏切り・・・
他にも、神をも恐れぬ寺の焼きうちなんかは織田信長、松永久秀、伊達政宗・・・いろいろ同じようなことをやっている人が多いんですが、どうしてそれがいろんな風に卑怯者呼ばわりされ後世に残るのか・・・??
そこはやっぱり歴史は商社の歴史ってところが関係しているのかもしれませんね。

その頃小田原城の北条氏政は・・・
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戦が長引けば・・・自分たちについてくる人も出てくるんじゃないか・・・??と、思っていました。
希望の星は伊達政宗!!

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しかし、江雪斎は、ご隠居様が秀吉を甘く見ていると氏直に進言!!
軍議を開くこととなりました。

上杉率いる東山道軍は・・・松井田城・鉢形城・忍城攻略!!突き進んでいました。

あとは忍城・・・!!
忍城攻めを信幸に任す昌幸・・・
ここでも世代交代が起こっていました。

5月に入った小田原城では、毎日のように軍議がなされていました。
籠城か・・・撤退か・・・??
まさにこれがホントの小田原評定です。

そんな中・・・蹴鞠に興じる氏政・・・そんな父が分からなくなってきていた氏直・・・。

「ご隠居様・・・
 板部岡江雪斎を侮られては困り申す。
 戦を忘れ、蹴鞠に興じるは誰より戦のことを気にされておられるから。
 薄化粧は、やつれたお顔を隠すため。
 お部屋に立ち込める香は、体のにおいを隠す役目。
 この季節、ひと月も湯浴みもされぬというのは尋常ではございませぬ。」by江雪斎

ああ・・・ここに、氏政のことを誰よりもわかってくれている人がいるじゃないの・・・??

「もしも、湯につかっている間に敵が攻めてきたらと思うとな・・・
 わしが誰よりもおびえていたら、家臣たちの指揮に障るでな。。。
 上に立つものの辛さよ・・・。

 降伏はせぬ。。。」by氏政

「この戦、負けを先延ばしにできても、もはや勝つことはできませぬ。」by江雪斎

「いずれ伊達が来る
 伊達さえ来てくれれば・・・!!」by氏政

最後まで誇り高き北条!!
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そんなことはお構いなしの秀吉。
茶々がやってきましたよ。
阿国まで・・・戦を楽しんでいる秀吉。

茶々は・・・
退屈だからと千利休の元へやってきました。
流石、豪商!!
ここでもせっせと働いているのかしら??
珍しい唐物がいっぱい!!

「戦はいつ始まるの??」と、信繁に聞く茶々。
「これが戦??浮かれ騒いでいるだけに見えるけど。
 折角来たからには、城が焼け落ちるところまで見ておきたいわね!!」by茶々
 
この”これが戦??”には、どんな意味があるんでしょう??
父が・・・兄が・・・義父が・・・母が・・・命を懸けて戦った戦とは全然違う!!
ふざけているのか・・・??と、怒っているように聞こえたのは私だけでしょうか・・・??

6月に入り・・・
一向に落ちない忍城・・・イラつく三成。。。
「戦は机の上の軍略通りには運ばんものじゃ!!」by吉継
そうね・・・無駄の嫌いな三成には、わかんない事ばかりの戦場です。

6月9日・・・ついに東北の雄、伊達政宗が秀吉の陣を訪れる

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おお!!白装束で伊達政宗劇場の始まりです。

パフォーマンス好きの秀吉のツボに、はまったみたいで、今回は許してもらえそうですよ。

伊達さえも秀吉に膝まづく・・・
茶々は、世の移り変わりを感じずにはいられませんでした。
滅びゆく北条の小田原城・・・それは、かつての小谷城・・・北ノ庄城ではなかったか・・・??

衝撃的な知らせは氏政の元にも・・・!!
ゆっくりとする意味も無くなった秀吉は、遂に小田原城を攻めるか!!

「北条方でほかに残っている城は、忍城、鉢形城などあとわずかでございます。
 そちらを先に落とすのはいかがかと。。。
 さすれば、北条は進退窮まり小田原城も開場と相成りましょう。」

と、吉継が北条を想って進言し・・・家康もこれに賛同!!
しかし、忍城はまだ落ちず・・・三成が戦場で采配を振るったことがないので、忍城を落とさせようと考えます。

「降伏するぐらいなら・・・城に火を放ち、わしは腹を切る。
 愚かであっても誇り高き死をわしは選ぶ。
 今更、秀吉に頭を垂れるつもりはないわ!!」by氏政

「ご隠居様は、かの早雲公以来代々の名家・北条を滅ぼされるおつもりか・・・・・!!」by江雪斎

「従いはしよう・・・ だが、今後北条は、上杉と同等の扱いとされるべし。
 本領は安堵、以後も豊臣家の重臣として丁重に扱うように。
 それならば、頭を下げよう。」by氏政

そうでなければ、城を枕に討ち死にを・・・!!
まさに、孤高の戦国大名な北条です。

この条件をもちろん飲まない秀吉です。
なんとか北条を守ろうとする家康や吉継たち・・・
「お前らは北条びいきか・・・!!」by秀吉
と、茶々と箱根の温泉に行ってしまいました。


真田昌幸、信幸、上杉景勝、直江兼次・・・彼らは未だ忍城近くにいました。
どうして先に進まないのか・・・??という三成。
既に、三成の計算から15日も遅れていました。
一日遅れことがどれだけの無駄になるのか・・・??
20万の兵の兵糧を取り上げて説教しますが・・・

小ばかにしたような昌幸、無表情の信幸、絶対だめだこりゃと思った兼次!!
「もうわかった!!」と、怒り出した景勝。。。

鉢形に向かうように言われます。
そして忍城は自分に任せろという。
忍城を、殿下の望み通りに水攻めにしようという三成。
どれだけの時間がかかるか・・・??本能的に感じている昌幸。
意見も聞かず、4日で落ちるという三成に・・・お手上げ状態の4人です。

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小田原の大谷吉継の陣にやってきた信繁。

家康の使者が、小田原城に入ったようです。
氏直は降伏に乗り気ですが、ご隠居は頑な・・・。
吉継に、小田原城に入り、氏政を説き伏せてくるように言われる信繁・・・。

??この人も、行ってましたけど・・・??

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ま、どちらにせよ、この秀吉を語るうえで、北条攻めがキーポイントであることに違いない事を語ってくれています。

氏政の心を動かさねばっ!!
吉継&家康の想いの手紙を胸に、小田原城へ!!

江雪斎と共にまずは氏直に・・・
降参したい氏直。。。
城と最期を共にしたい氏政。。。
信繁に頭を下げる氏直と江雪斎・・・最後の説得に向かう信繁。
しかし、反対派に襲われてしまいましたっ!!
信繁、大ピンチ!!

そこへ佐助登場!!
逃げる信繁!!

そんなドタバタで出会ったのは・・・??

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義兄上でした。

この回の新キャラは・・・伊達政宗でしたね。
政宗・・・三日月の前立て、黒づくめでカッコいい!!奇天烈なパフォーマーな政宗ですが(それは、渡辺謙政宗・・・??)、本当は、とっても細やかな気遣いのできる男でした。

おまけに秀吉とは親子ほども年齢も違うので、あんな感じ・・・つまり、ちょっとひよっこ感があっても当然だと思います。
若さあふれる暴れん坊だった政宗も、この白装束で、生き延びる道を選びました。

それと対照的なのが、氏政ですね。
年齢的なものがそうさせるのか・・・今まで生きてきた歴史がそうさせるのか・・・
頑なな氏政。。。誰もが秀吉にひれ伏する中、孤高を貫くのでした。

そんな氏政、もっとかっこよく描いてくれている文献があってもいいのになあ・・・。




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北条氏がついに上洛を承諾。
しかし、沼田城を真田から取り戻すという条件付きであった。
沼田の真の主を定める 「沼田裁定」が始まる。

ということで、いよいよ北条攻めに入ってきましたよ!!

そのもめ事の種はもちろん”沼田”でした。

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北条:板部岡江雪斎
真田:真田信繁
徳川:本多正信
各大名家の名代が集まって、いかに沼田が大事な土地か!!
自分のものであるのか!!を、主張しあいます。
「裁定」・・・まさに裁判ですよ!!
時代もちょっと戦国から抜け出してきましたね。

「そもそも沼田城は、上杉のものであったところを、天正6年御館の乱の際に、我が北条が奪い取った城でござる。
よって沼田は北条の城であることは明々白々。以上!!」by江雪斎

「それにつき真田の言い分はいかに?」by三成

「確かにかつては北条のものでありましたが、天正8年、城は武田の手に渡っております。
 以後、織田に引き渡すまでの2年間、沼田城は真田の支配でございました。
 何故北条殿が、おのが城と言い張るのか、全く解せませぬ!」by信繁


「面白い!!」by秀吉

でも、わかんない秀吉のために、片桐且元のプレゼンが始まりました。

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「沼田城を築いたのは上野の国衆・沼田顕泰にございます。
顕泰は上杉に近く、しかし、ココが面白いところですが、家中に騒動が起こりまして、なんと家臣が上杉方と北条方、真っ二つに分かれ、その時騒動を鎮めたのが・・・」by且元

「長いっ!!」by秀吉

「はっ!!
 上杉謙信ということでございます。以上!!」by且元

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「で・・・何故皆、この城にこだわる・・・??」by秀吉

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またもや新しい地図登場!!
「沼田城は、上野と越後の国境にございまして、関東の最北に位置します。
 利根川と片品川に挟まれた絶壁上にあり、天然の要害とも申せます。
守るにやすく、攻めるに・・・」by且元

「沼田がいかに大事な城化はよう分かった。
 続けよ!!」by秀吉

つまり、沼田は交通の要所であり、天然の要害の城ってことで、みんな欲しがるんですよね。
ああ・・・常に中間管理職な且元です。
胃に穴が開いちゃうんじゃないかしら・・・??

ということで、プレゼンは打ち切りとなって、裁定が再開しました。

もともと上杉、北条、真田が三つ巴で争っていた沼田、織田が奪い取った・・・
その織田から誰が奪い取ったのか・・・??
織田を追い払ったものか?

いろいろ言っても言ったもん勝ち??
水掛け論ですが・・・??

「おっしゃる通り!!だまし取り、かすめ取り、勝ち取りました!!」by信繁

暫し休廷となりましたが・・・
ここまで何も言っていない正信、気になりますね!!
ああ・・・家康も、彼を見習ってタヌキオヤジ化したのかしら・・・??

「これは、戦だとわしは思うておる。」by江雪斎
「私もそう存じます。」by信繁
「戦は勝たなくては意味がない。
 容赦はせんぞ・・・!!」by江雪斎
「望むところ・・・」by信繁
「こうしてわれらがやりあうことで、真の戦をせずに済む・・・」by江雪斎

そう・・・江雪斎も、氏政との板挟みで、ここ何回も苦労してきたんですよね。
やっとこの場所に立てた・・・氏政に立たせてもらったからには、ぜひ、勝って帰りたいものでしょう。
その言葉を聞いて、目から鱗な信繁・・・江雪斎からも何かを・・・新しい戦わない戦を学ばせてもらったようです。

おお・・・徳川の二重の約束登場!!
ほんと、だれの二枚舌なんでしょう??
江雪斎は、徳川と密約を結んだときに、沼田を真田から北条に引き渡すと書かれた起請文を渡された・・・と、現物を証拠提出します。


「佐渡守殿、それに間違いはないか・・・」by三成

「おおむねは・・・」by正信
っと、とぼけております。

「真田側の言い分はいかに・・・??」by三成

「天正10年、つまり同じ年に、我が真田も徳川と盟約を結んでおります。
 この時徳川は、真田に対し、沼田の安堵を約束しております。
 未来永劫、沼田は真田のものだと徳川様がおっしゃったのです。
 その時の起請文です。」by信繁

と、信繁も証拠を提出しました。

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お捨てを抱きながら・・・やっと理解理解の秀吉です。

maru6












ま、秀吉にとっては、沼田の重要性などどうでもよく、本当はこの裁定事体にしか興味がなかったのかもしれませんね。
そう・・・このもめ事を・・・紛争をどう利用するかを・・・!!

そこでぐずったお捨・・・退出しちゃいます。
この場を任されたのは、秀次でした。

真田と北条・・・条約の重さ・・・格を持ち出す江雪斎と、日にちを持ち出す信繁・・・

「徳川殿は、居並ぶ双方の家臣たちの目の前で、はっきりと沼田を北条に譲り渡すと申された。
 貴殿は徳川殿を、嘘つき呼ばわりされるか・・・!!
 二枚舌の卑劣漢と罵るか・・・!!」by江雪斎

ああ・・・江雪斎の罠にかかってしまいました。
卑劣漢なんて言ってないんですけどね・・・。
大ピンチ!!信繁!!

「はてさて・・・合点がいきませんなあ・・・。
 我が主、三河守がそのようなことを申すはずはござらん。」by正信

おお!!ドキドキするわ・・・なんて〆る・・・??

「そもそも我が主には、沼田を譲り渡す気はござらなんだ。
 北条に伝えたのは、”奪い取るなら好きにせよ”という事。
 ”奪い取るなら好きにせよ”でございます。
 起請文にも、そう書かれているはず。
 そこに”手柄次第”とありませぬか??
 おのが手で、沼田城を奪い取るなら徳川は邪魔はせぬ、という意味でございます。」by正信。

おお!!江雪斎のぎゃふんという声が聞こえてきますよ!!
二枚舌どころじゃないんですよ、徳川は!!
これでこそ、最後に天下を手にする男の参謀・・・ブレーンです!!

そこで秀次・・・どうする・・・??

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「江雪斎・・・
ずっと気になっていたのだが、”譲り渡す”にせよ”奪い返す”にせよ、それは沼田が真田の城である事を、暗に認めていることにはならないか。
もともと北条のものであるなら”取り返す””奪い返す”というべきである。

これは何より、北条は沼田を真田のものと思っている証拠じゃ。
”語るに落ちる”とはこのこと。違うか?江雪斎」by秀次

おお!!見事な大岡裁き!!な秀次です。

江雪斎、ピンチ!!

「ここまでだな・・・治部。」by秀次

「双方の言い分は聞き尽した。
 後ほど殿下のお裁きを申し渡す。」by三成

正信にお礼を言いに行く信繁。。。

「必死で戦うておる若者を見たら、手を差し伸べてやるのが年寄りというもの。。。」by正信

??本当に??二枚舌な徳川が・・・??

隠れている父・正信に報告しに行く信繁、喜ぶ二人の前に・・・

maru8












三成登場!!
怒ってますよ!!
「余計なことをしてくれたな!!
 お主のおかげで算段が狂った。
 気持ちはわかるが、安房守殿。これでは困るのだ。

 殿下にとって何より大事なのは、北条を上洛させること。
 そのためなら、沼田はくれてやってもいいと思っておられた。
 
 すんなり北条に沼田を渡しても良かったが、それでは真田の立場がないと思い、それゆえの今日であった。
 安房守殿、ここは折れてくれぬか・・・??」by三成

沼田を諦めないという昌幸・・・

「真田と北条の戦だけでは済まなくなる!!
 日の本中を巻き込む大戦になるは必定!!
 その沼田が火種となるのだ!!
 理不尽なのは承知の上・・・この通りだ。」by三成

頭を下げる三成・・・
信繁言っちゃいました。

「石田様、お手をお上げください。
 沼田は引き渡しましょう。

 一つだけ望みがございます。
 沼田の外れにある名胡桃には、我が真田家の代々の墓がござる。
 あそこだけは渡すことはできません。」by昌幸

「ならば名胡桃城は、そのまま真田に残そう。」by三成

「あとは殿下のご上意に従うのみでございます。」by昌幸

転んでもただでは起きない昌幸、本当に名胡桃に墓はあるの・・・??

そう・・・名胡桃はひときわ高い場所にある・・・
沼田は丸見え・・・なのだ!!

ということで、沼田領のうち、沼田城を含む、石高2/3が北条の・・・名胡桃城を含む1/3が真田のものとなりました。


こうして・・・沼田裁判は目出度く終了・・・??

maru9














「名胡桃なんぞに真田が居座ったらどうなる・・・??
戦になった時、われらの動きが全て悟られてしまうではないかっ・・・!!」

と、こちらも沼田にこだわる氏政も名胡桃の重要性をわかっていたのです。

「ご隠居様・・・京へ参りましょう。
 関白殿下はご隠居様の上洛と引き換えに、沼田をくださったのです。
 今はとにかく京へ・・・!!」by江雪斎

「うぬは誰の家来だ・・・!?」

と・・・氏直に、沼田に1万の兵を置き、裁定に不服があると示すように命令するのでした。

「秀吉公は、城の受け渡しの際は、千人以上の兵を動かしてはならぬと仰せられました!!」by江雪斎

うぬは誰の家来だ!!と、すでに起こっている氏政は・・・これ見よがしに
「2万にしよう。」と、氏直に命じるのでした。

秀吉の思惑通りに事が運ぶのかしら・・・??
その頃、上野・沼田城では・・・
信幸が、叔父・矢沢頼綱の説得をしていました。
沼田を明け渡すように・・・と。
今までこの城のために、どれだけの血が流されたというのだ・・・。
その無念を考えると、やすやすと沼田を明け渡す気にはなれないのです。


が・・・裁定通りに一安心・・・??

1589年11月・・・
名胡桃城が、沼田城に入った北条家家臣・猪俣邦憲に攻め込まれ・・・奪い取られたのです。

これでは・・・秀吉の裁定が・・・!?

城を取り戻す・・・??

「今すぐ兵を!!」というたまたまいた本多忠勝!!
先陣をとるという忠勝。

しかし、信幸は・・・??
「舅殿は、口を挟まないでいただきたい!!」
あんなに怖がっていたのに・・・一喝!!です。

たまたま稲のところに来た舅・・・

「ならば、稲のところへお戻りください。
 ここは真田の軍議の場でござる!!
 あなた様は徳川のご家来。
 速やかにお戻り願いたい!!」

と、びしっと言ってしまいました。

「婿殿・・・よう言うた!!」by忠勝

「佐助、このこと、すぐに京の父上に知らせろ!!
 京へは何日で行ける?」by信幸

「5日あれば・・・」by佐助

「4日で頼む!!」by信幸

「はっ!!」by佐助

「悔しいのう・・・俺も同じだ!!」by信幸

おお!!覚醒しましたね、信幸!!
流石最後まで生き残る真田ですよ!!

maru10













猪俣邦憲の行為を、愚かな・・・と表現する江雪斎・・・
このことが、北条攻めの口実になるのでは・・・と、危惧していますが・・・それは事実!!

しかし、この北条と真田のいざこざに、どうして秀吉が出てくるのか・・・??
それが理解できない氏政なのです。
時はもう・・・戦いで決着する時代では無くなったのでは・・・??
やはり、都から遠かった・・・時の流れに乗れなかったのが悪かったのかもしれません。
でも・・・都に近かったら、すでに滅ぼされてるかもしれないしなあ・・・。

しかし、ここにも時代の波に乗れない男・昌幸です。

意趣返しをしようという昌幸に・・・
「時代が変わったのです。」と、殿下にお伺いを立てるべきだという信繁。

そして・・・名胡桃城奪回の許しを得るために、殿下に会うのでした。
しかし・・・預けてくれという殿下・・・。


戦えない父・・・戦国を生き抜いてきた男が・・・!!

が、今回は、城を奪われても手をこまねいてみていなければならない・・・
何のために、秀吉に従った・・・??
自問自答する昌幸なのです。

無念・・・その言葉に尽きる・・・時代が変わろうとしていました。

で・・・いよいよ北条攻め!!
討伐の口実が出来てしまったのです。

止める三成&信繁・・・しかし、やはり秀吉も古い男なのです。

「さんざんわしは救いの手を差し伸べてきた!!
 それを、氏政は拒んだのだ。
 あとは戦しかない!!

 大名共に触れを出せ。
 見たこともない大軍で北条の度肝を抜いてやる・・・!!」by秀吉

誰も止めることはできない・・・しかし、そうやって天下を統一してきたのも事実!!

「秀吉が攻めてくる・・・
 子の小田原城がある限り負けはせぬ。。。」by氏政

「上杉、徳川、真田に加え、中国四国、九州の大名たちまで・・・。
 見たこともない大軍勢でございます。」by氏直

「望むところだ!!
 こちらと手、奥羽の伊達との盟約がる!!
 
 江雪斎!駿府へ行け!!徳川だけは押さえておこう」by氏政

「今から徳川を味方につけるのでございますか?」by江雪斎

「まだ時はある。
 説き伏せよ・・・!!」by氏政

時すでに遅し・・・もう・・・流石の家康も、助け舟を出せる状況ではなくなっていました。

maru11














この時から・・・関東の名門北条家は滅亡に向かって突き進んでいく・・・!!

私たちは、あとの歴史を知っています。
だから、氏政のしたことは無謀だとか、時代が読めないとか思われがちです。
でも、日本地図・・・もし、徳川と伊達が味方に付いてくれていたとしたら・・・??
ハーフ&ハーフな戦いが出来たと思います。

戦いに行き、戦いに死ぬ・・・戦国大名・北条氏政の死は、そこまでも愚かなものではなく、あの時代・・・戦国大名の誰も彼もがたどった道です。

今、私たちの時代と価値観なんて全然違う・・・
だいたい、切腹なんて誰もできないもの・・・
そんな時代の人の何を語ることが出来るのでしょう??
誇り高く生き抜く北条氏政・・・次の回でもその誇り・・・見せてくれるでしょう。



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北条氏綱と戦国関東争奪戦

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後陽成天皇の聚楽第行幸を実現させた秀吉。
その翌年、茶々が男子を出産する。
望むものをすべて手に入れたかに思えた秀吉であったが・・・。

いよいよ北条攻めの前哨戦・・・??

maru












「北条がまたもや上洛を断ってまいりました。」と、三成が報告しているのに・・・
秀吉の腕の中には捨が・・・

北条を討ち滅ぼすかどうか、家康と思案中の秀吉です。
じっくりと腰を据えて戦った方がいい・・・と、家康も三成も、歯牙にもかけませんが・・・。

「一刻も早く、天下統一を果たしたいのじゃ!!
 お捨のためにも、早う日の本から戦を無くしたいのじゃっ!!」by秀吉

と、52歳の秀吉は焦っていました。

北条攻めを急ぐ秀吉・・・
もしかして利休の入れ知恵・・・??


まさに、「私的な事は千利休に、公 の事は秀長に頼め」ですね。。。
この頃の秀吉は、千利休に夢中だったのです。

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みんなで捨の話でもちきりです。

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茶々はお世継ぎを生んでから自信を持たれたようで・・・と、家康に報告する阿茶局。
やっぱりみんな腹の底は隠してスパイですよ。

あちらこちらに火種が出てきたという本多正信・・・。
それは・・・茶々と共に秀次のことも・・・。
和歌が生まれて心中穏やかではないのでは??と、推測しています。

が・・・とうの秀次はお捨のために風車を制作中・・・。
お捨が生まれたことでホッとしているときりに告白します。
ああ・・・そんな言葉を・・・聞くと切ないなあ・・・。
あの最期を想うと・・・。

「そもそも私は跡継ぎの器ではない・・・
 それくらいのことはわかっておる。
 だからお捨が生まれて胸をなでおろしたという訳じゃ。
 
 とはいえ・・・お捨が元服するまでは、私が気張らねば・・・
 身が引き締まる想いとはこのことじゃ。

 叔父上様がおられなければ、私はただの百姓の子倅・・・
 感謝の気持ちしかない。」by秀次


ああ・・・ほんと、悲惨な最後だからなあ・・・。
殺生関白・・・冷酷に描かれがちな秀次ですが、実際の秀次は、この秀次のように、気が弱かったのかどうかわかりませんが・・・
今に残る綺麗なたたずまいの近江八幡を作ったのは彼に他なりません。
政治的手腕もばっちりだったので、秀吉が不安になったのかもしれませんね。 

豊臣秀次~秀吉に捨てられた後継者~はこちら

その頃上田城では・・・。
稲が、食事の味付けが濃いと・・・塩味がきつすぎるので食べられない・・・などと、信幸を困らせています。

心を開かない稲に困っているところに・・・舅・本多忠勝が来たという。

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おお・・・新しい家臣ですね。

先日も会いに来たというのに、またやってきたという。

父娘で楽しくみかんを食べてます。
そうして、しつこく稲のことを頼むという。

おばば様の様子もなんだか弱々しく・・・。
でも、お世話をしているこうは、お粥や古漬けを持ってくるなど、元気になってきたようです。

伊豆・韮山で狩りを楽しむ氏政・・・

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板部岡江雪斎が氏政に、本多正信が会いにやってきたと報告しています。
なんとか、仲を・・・と思うものの、家康本人ならまだしも、家来などとは会えないと突っぱねました。

しかし・・・そこにいたのは・・・??

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家康でした。

「”長いものには巻かれよ”とは決して卑怯者の方便ではござらぬ。
 生き延びるための知恵と心得られませ。」by家康

この人のこの言葉は、ほんと、重みがあるわ。
この頃の家康は、天下人に・・・というよりも、生き延びよう!!って思いが強い頃だと思います。
ま・・・そりゃあ戦国時代・・・下剋上の時代・・・
もともと武士である家康が、秀吉の下につくには鼻持ちならないことだったとは思いますが・・・
でも、そこは生き延びるため・・・の家康なのです。

が・・・力をつけた秀吉に、対抗するために、北条を味方につけたかったのかもしれませんね。。。
あの最初の情けない家康から随分とグレードアップしています。
天下に近づいているってことですよね。

「上洛し、形だけでも秀吉に頭を下げる・・・
 それだけの事。あとは何も変わらぬ!!
 わしも、上杉も、真田も、皆そうしてまいった。
 北条の家と領地を守るため!!

 それでも上洛を拒まれるのであれば、残念ながらわれらの間も考えねばなりませぬぞ。
 手切れとなれば、氏直殿に嫁がせた、我が娘も返していただくつもりでござる。」by家康

これは・・・家康が自分に言い聞かせるために言った言葉のように聞こえてなりません。
そう・・・農民の子倅に・・・足軽なんぞの下についてしまった自分に・・・!!

説得を続ける家康に・・・氏政は・・・??

上洛の件を、もう一度持ち帰って考えるという氏政・・・
しかし、いずれは秀吉を討つという覚悟を”口にする氏政”!!

秀吉を討つ・・・その言葉を、どんな気持ちで聞いていたんでしょうね・・・家康。。。


北条には滅んでもらった方が助かるが・・・しかし、心底救ってやりたくなった・・・と、正信に言う家康。
本当は、慈悲深い・・・本当は、秀吉の方が怖い・・・その差が、江戸250年となったのかもしれませんね。

氏政は・・・
真田との問題・・・沼田を真田から取り戻したら上洛すると秀吉に伝えます。

ここがなあ・・・沼田、沼田でやられちゃうんですよね・・・氏政。。。

秀吉は怒るものの・・・三成は、これを利用しようと考えたようです。
秀吉が沼田の問題を解決するということは、今まで戦って勝ち取ってきた土地を・・・惣無事令で戦えなくなった今、秀吉が解決する!!
それは、天下が誰のものであるかを示すに足る事実です。

上田城でも・・・
沼田の一件で、父・昌幸はまたもや大坂に行かなければならなくなりました。
おまけに、秀吉に子供が出来たことで不穏な動きが出てきたことを察知!!
いつか秀吉を討ちたいなあ・・・と、やっぱり考えているようですが・・・相変わらずです。

どうして呼ばれたのか??
真田屋敷で事の真相を信繁から聞かされた父・昌幸。。。
しかし、北条の上洛の条件は、沼田の返還なのです。

父は・・・やはり奪いとりたいなら力づくでやって来い!!と、怒るのでした。


北条と真田を引き合わせて、殿下の前で話し合いで決着させようという吉継・・・
まさに、秀吉が裁判官というところでしょうか??


これが新しい形の戦だと、父・昌幸に願う信繁・・・!!

「沼田を守るために・・・!!」by信繁

しかし、秀吉の言いなりにはならぬという氏政・・・

「上洛はせぬ・・・!!」by氏政


当主の氏直は、この状況がヤバい!!とは思っていても、父上の言葉にたてつくことが出来ません。
おまけに、自分が代わりに京に上れば・・・万が一のことがあればどうすればいいのだ・・・!?
で・・・江雪斎が名代として京に上ることになりました。


「ばかにするな・・・っ!!」by昌幸
北条が名代なので、自分も出ない・・・と、怒る昌幸!!
しかし・・・これはチャンスでは??という出浦昌相!!
ひとりの兵を失うこともなく、沼田を自分のものとできるかも??

そう・・・戦になれば、きっと、未曽有の大戦になる・・・
惣無事が無に帰し、乱世逆戻り・・・!!と、思いのたけを吐き出す石田三成!!
そうそう、三成の「大一大万大吉」に反するものね。
そう思うと、三成も、武士ではなかった・・・貧しく寺の小姓だった・・・末端の人々の生活のために、なんとか頑張りたかったんじゃないかなあ・・・
足軽を駒なんて思ってなかったんじゃないかしら・・・??
そう思うと、関ケ原で三成隊の致死率が異常に高かったこと(御屋形様のために死んでもいいとおもう家来が多かったという事)も、理解できます。

やっぱり、今の人に好かれない三成像は、徳川家が作ったのかなあ・・・??

父を説き伏せられない場合は、信繁が名代になれ!!と、三成&吉継に言われちゃいました。

で・・・江雪斎&信繁の、名代同士での会議となりました。

そこへやってきたのは・・・本多正信!!
ああ、一癖も二癖もありそうですよ。

ちなみに昌幸パパは、近くの納戸に隠れています。
意地っ張りな子供のような父ですが、そこにはやっぱり戦国を生き抜いてきた意地とプライドがあるのでしょう。

信繁は、父の言いつけ通りに正信を味方につけようと頑張ります。
そこへ・・・秀吉登場!!

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新しい戦の形・・・
真田・北条・徳川・・・・そして豊臣の威信をかけた戦いが始まったのです。

戦って勝ちたかった北条や真田は滅び、生き残ろうとした徳川はその通り生き残る・・・さすが家康です。

戦いの仕方も代替わりしてきたようなそうでないような・・・混沌とした時代を終わらせようとしているのが、調略の天才秀吉と、戦いの天才??家康です。
そんな微妙な時代・・・やっぱり終わらせた家康は、天才なんでしょうね。
やっぱり戦国時代は面白い!!



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1590年7月・・・室町から戦国にかけて東国を支配した北条氏が滅亡しました。
5代100年にわたって隆盛を極めた北条氏、基礎を作ったのは初代・早雲でした。

神奈川県小田原市にそびえる小田原城!!
かつて難攻不落と言われた城・・・この城を治めたのが北条氏です。
次々と領地を広げ、東国で強大な力を持っていた北条五代・・・。
その繁栄の礎を築いたのが北条早雲でした。
1432年に生まれたとされる早雲は、素浪人から大名になったと言われてきましたが・・・
現在では伊勢平氏の一族で、室町幕府の要職に就いていた名門出身だと考えられています。
本来の名は、伊勢盛時で・・・北条ではなく・・・宗瑞庵早雲も出家後に名乗ったものです。

早雲は、室町幕府高官の立場を利用して東国に進出していきます。
56歳で幕府の命によって駿河今川氏の家督相続に介入・・・その功績によって、駿河と伊豆の国境にあった興国寺城を手に入れます。
すると早雲は・・・堀越公方に奇襲をかけ、一気に伊豆の支配を目論みます。
幕府の出先機関を倒したこと・・・それが、下剋上の魁と言われる所以です。
隣国・相模にも進出し、小田原城を攻略!!
上総にまで進出!!
まさに戦国の夜明けでした。

そんな早雲の野望を受け継いだのが氏綱です。
氏綱は伊勢から北条へと名前を変えます。
その理由は、早雲たちが他国の逆徒、国盗人と、忌み嫌われていたからだと言われています。
自分たちの支配を正当化させるために改姓したのです。
目を付けたのが、かつての鎌倉幕府執権の北条氏。
北条氏は代々相模守・相模守護職の一族だったので、関東を支配しようとする氏綱にとってはうってつけのせいでした。
朝廷に正式に改姓を願い出、認められます。
戦国・北条氏の誕生・・・現在では、鎌倉幕府の北条と区別するために、後北条と言われています。

そして小田原城を本拠地としたのも氏綱で、関東進出の足掛かりにしました。
小田原城は、室町時代・・・1454年に築城された平山城でした。
もともと大きくなかった城を、北条が城の整備を行い、東国最大の城郭にしていったのです。
北条氏の黄金時代を築いたのが三代・北条氏康です。

1530年16歳で初陣を遂げてから亡くなるまでのおよそ40年・・・合戦に臨むこと36回!!
一度も敵に後ろを見せることなく、9カ所の傷はすべて向こう傷だった猛将と言われています。
家督を継いだとき・・・周囲には武田信玄・上杉謙信・今川義元・・・強豪がひしめいていました。
1554年駿河・今川義元、甲斐・武田信玄と婚姻関係を結び、三国同盟を結び、互いを侵略しないように約束しました。
この同盟・・・北条に攻め入ろうとしていた上杉憲院の備えでもありました。
そして・・・1561年・・・上杉謙信の10万近い軍勢が、小田原城へ!!
これに対し氏康の策が籠城戦でした。
領地の兵糧を全て城内に入れ、立て籠もったのです。

小田原城が要害堅固だったことと、当時の上杉軍が寄せ集めだと見抜いていた・・・
氏康は知略家だったのです。
氏康の読み通り、上杉軍は小田原城を攻めきれないと判断し、僅か1週間で帰っていきました。

桶狭間の戦いで今川義元が討たれてしまいました。
信玄が同盟を破棄し、今川に攻め入ります。
1569年・・・その矛先が北条へ!!
2万5000の武田軍に、再び包囲されてしまいました。
しかし、この時の信玄の目的は、北条へのけん制で、数日で撤退していきます。
こうして戦国最強の上杉と武田が兵をひいたことから、難攻不落の小田原城となったのです。
領地を拡大していく北条・・・
そんな氏康の心配は、息子・氏政でした。
北条氏政は、長期的展望に欠けた愚将・・・彼が北条の滅亡を招いていきます。

1571年三代氏康が死去・・・その後を継いだのが四代・氏政です。
氏政は本当に愚将だったのでしょうか??
氏政は、北条の悲願だった関八州の支配に邁進します。
1574年関宿城攻略を皮切りに、北条氏最大の領地を手に入れていきます。

すると氏政はある男と同盟を組もうとします。。。織田信長です。
織田信長は、領土を拡大し、最も天下に近い男とされていました。
時の風を読んで・・・もはや同等の同盟は望むまい・・・と、苦渋の選択をします。

「関八州を信長公の御分国として差し出します。」by氏政

手に入れた領土を手放してまでの服従・・・北条家始まって以来のことでした。
本当は・・・先を見る目があったようです。
後に徳川家康や伊達とも同盟もし・・・情勢判断ができる外交政策に長けた武将だったようです。
しかし、43歳という若さであっさり家督を息子に譲ることとなります。
隠居してしまった氏政・・・
信長に対して従属し、信長の娘を息子・氏直に娶るはずでした。
そうなると、隠居して氏直にはくをつけるためだったようです。
それほど信長の存在が大きく、北条家にとって重要だったのです。

1582年本能寺の変で信長が自害しました。
その後台頭してきたのが・・・光秀を討った羽柴秀吉です。
天下取りを目指す秀吉に対抗するために、親子は1583年徳川家康と同盟を結びます。
その証として行われたのが・・・氏直と家康の娘・督姫との婚姻でした。
しかし、その間にも秀吉が四国・九州を平定!!
そして朝廷から関白に任ぜられるとまつりごとの実権を握り、秀吉の許可ない争い事を禁じる惣無事令が出されました。
着実に天下統一に進んでいく秀吉・・・
秀吉の臣下となるかどうか・・・??
大名たちは揺れ動いていました。
そんな中、家康が・・・1586年氏政に会談を申し出てきました。
会談は二度行われ・・・その酒宴の席で・・・
家康が秀吉との和睦を告白します。
家康は、秀吉の配下になったので、北条に攻め入ることは絶対にないと、武将解除の証に兵糧1万俵を送りました。
10月・・・家康は上洛し、秀吉の臣下となったのです。
天下統一に王手をかけた秀吉・・・。
残る敵は北条のみとなりました。

氏政は秀吉の進軍に対する防衛体制を強化します。
①領国内の拠点となる城郭の普請
②軍事力の強化
③小田原城の普請
その時造られた城郭は・・・巨大なもので、惣構は全長9kmにも及びました。
城下町も中に入っています。

難攻不落の小田原城・・・その鉄壁の守りとは・・・??
惣構に沿って作られたのは深い堀でした。
幅25m以上深さが10m、角度は60度・・・堅固なものでした。
小田原城は、周囲9kmの惣構えと障子堀で守られていました。
籠城も・・・惣構えの中には、城下町、田畑もあり、自給自足が可能でした。
鉄壁の小田原城・・・これが氏政の慢心を引き起こすのです。
氏政は、武田も上杉も落とせなかった小田原城の守りを堅固にし、秀吉に備えます。
しかし、その一方、このまま戦うか、臣下となるか・・・迷っていました。

1588年、遂に、家康を通じて秀吉の臣下となることを申し出ます。
これに対し、秀吉は上洛を要請!!
北条氏としては、秀吉にひれ伏す必要はないのではないか・・・??
臣下となることはよくても、秀吉に頭を下げたくはない屈辱だ・・・と、上洛せずにいました。
業を煮やしたのが家康・・・一通の手紙が届きました。
自分は北条を攻める気も秀吉の味方をするつもりもないが、上洛したほうがいい・・・というものでした。
しかし、その最後には・・・
”秀吉への出資を拒否する場合は、督姫を離別してもらいたい”とありました。

それはまさに、家康からの最後通告でした。
この書状に対応したのが五代・氏直!!
すぐに秀吉に書状を出します。
「叔父を上洛させる・・・すべて秀吉の意に従う」と・・・。
1588年8月・・・叔父の北条氏規が上洛し、秀吉に謁見しますが・・・
これだけでは終わりません。
氏政・氏直どちらかの上洛を命じられます。
北条はこれに対し条件を出しました。
沼田領の問題を解決することでした。
この時、沼田城の受け渡しを拒否していたのは真田昌幸。
秀吉はこれを快諾し、北条に沼田の2/3を割譲し、1/3を昌幸にすると解決して見せました。
これを受けて氏直は、父・氏政を12月上旬までには上洛させると約束します。
その後・・・氏政の上洛延期・・・そんな中事件が・・・。
10月、沼田城主となった北条家臣・猪俣邦憲が真田に残されていた名胡桃城を奪ってしまったのです。
これは、秀吉の惣無事令に反するモノ・・・激怒する秀吉!!
北条への宣戦布告状をしたためると、全国の大名にまで送りつけます。
秀吉を完全に怒らせてしまった北条・・・
どうして上洛延期??どうして名胡桃城奪取・・・??
名胡桃城は、上杉の攻撃に備えるためだったようです。
上洛の延期は・・・氏政が京都に抑留される危険性があったので慎重だったようです。
北条内が、秀吉の家臣となることでまとまっていなかったと言えます。
おまけに普請をしていたので、氏政を上洛させるための資金が不足していたようです。

もはや避けられない秀吉との直接対決!!

1590年4月・・・
小田原城は、秀吉軍22万の大軍勢に包囲されてしまいました。
対する北条軍5万!!
圧倒的不利の中、北条最後の戦いが始まりました。
が・・・この時、氏政・氏直親子の考えには大きなズレがありました。
父・氏政は、上杉、武田を撃退した=小田原城に籠城すれば、秀吉に勝てる!!と考えていました。
息子・氏直は、そんな経験もないので・・・戦いに消極的で、秀吉に降伏したかったようです。
結局父・氏政の意見が通り、籠城戦で迎え撃つこととなります。

巨大な秀吉軍は、兵糧が足りなくなるはず・・・!!
城内で囲碁を打つ余裕な北条軍ですが・・・開戦から2か月・・・氏政の予想は外れ、秀吉軍は一向にひく気配がありません。
長期戦になると見た氏直は、戦に疲れても秀吉側との交渉には応じないように・・・と、気を引き締めさせます。
しかし、出城が次々と攻略されていきます。
秀吉側に寝返る者たちが続々・・・秀吉側には、徳川・上杉・前田・最上・・・有力武将たちが参戦し、北条は孤立してしまいました。

そして秀吉の驚くべき策・・・
小田原城の西にそびえる石垣山・・・そこに大坂から職人を呼び、その指揮下に6万人を動員し、僅か80日で巨大な城を作り上げました。
これを見た北条軍は・・・完全に戦意を喪失!!
もはやこれまで!!開戦から3か月・・・ついに氏直は開城を決意し・・・城を出て投降しました。
北条氏の敗因は・・・
①援軍の寝返り
この時北条は、同盟を結んでいた伊達政宗の援軍を待っていました。
しかし・・・政宗は既に秀吉に寝返っていたのです。
②秀吉の籠城戦対策
秀吉は長期戦に備えて万全!!
兵士の確保!!当時の兵は農民も兼ねていたので農繁期には農業をしていました。
が、秀吉は兵農分離を徹底し、戦に専念できるものを採用し、最後まで兵の数が少なくならないようにしました。
戦の際の兵糧も・・・太閤検地によって正確、確実に年貢を徴集し、兵糧の計算が立ったのです。
この戦のために用意したコメの量は、20万石!!
秀吉は22万もの兵で1年間の籠城に対抗できる兵力を持っていたのです。
完ぺきな布陣でした。

そうとは知らない氏政の過信が、小田原城陥落へと導いたのです。
氏直は秀吉に、一族・家臣の助命を嘆願し、自刃を申し出ます。
それを聞いた秀吉は。。。神妙・・・と、褒め称えました。

氏直は早くから秀吉への従属の意を示し、戦を望んでいなかったので、命は助けられましたが・・・
北条氏の領地は全土没収!!
さらに父・氏政は戦に及んだ責任を問われ、切腹を命じられたのでした。
落城から6日後・・・氏政は自刃します。

ここに100年にわたり、東国で隆盛を極めた北条氏が滅亡したのでした。

天下統一を目指す秀吉の勢いに、勝つことが出来なかった北条・・・
一方、北条を倒したことで名実ともに天下人となるのでした。
北条早雲の登場によって幕を開けた戦国時代・・・北条の滅亡によって幕を閉じたのでした。
生きながらえた氏直は・・・翌年病に倒れ、30歳の若さで亡くなります。
その亡骸は、先代たちと同じように箱根町の北条氏の菩提寺に埋葬されました。


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