日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:徳川家康

井伊直虎 一冊でわかる大河ドラマ・ヒロインのすべて (歴史REAL)

価格:972円
(2017/12/14 18:09時点)
感想(0件)

直虎の意に反して、井伊の名で徳川に仕えた万千代は、小姓となり、遂には初陣を・・・!!
と、頑張って出世しています。

naotora4















戦に出ることを心配する直虎。

万千代の初陣は、武田が治める駿河の田中城攻めでした。
ついて行ったものの・・・みんなの色小姓扱いにちょっとゲンナリ・・・な万千代。

田中城攻めにはせ参じる信康!!

軍事も聞けず、部屋で身の回りのお世話をしながら待っている万千代は、またもや何か考えているようで・・・??

「戻ったら、殿に元服を願い出た方が良いかもしれぬ。
このまま、色小姓扱いされて追っては、寝所に閉じ込められ、俺の徳川勤めが終わる気がする・・・。」by万千代

そうそう、本当は色小姓じゃないもんね、万千代。
そこへやってきたのは、信康&お付きの近藤。
信康にも、「お主らまだ、前髪か・・・」と言われてしまって・・・。
元服できるように口添えしてほしいと頼むものの・・・
信康にしても父は、万千代たちを戦いには出したくないのかもしれない・・・と言われてしまうのでした。

戦に長けた者は他にもいるので、それ以外のことを求められているのでは??と、ヒントのようなものをもらいました。
武功でなく・・・なにを・・・??

ある夜・・・万千代は、殿の寝所に忍ぶ者を見たかも??気のせいか・・・??
翌朝・・・殿にも「気のせいではないか?」と言われてしまいます。

戦いに連れて行ってもらえるように願い出るものの・・・
酒井、本多・・・みんなに昨夜の不審者を見つけておいてくれ・・・。
と、体よく断られてしまいました。
そう・・・万千代は、4年も小姓のままだったのです。

万千代は、陣中すべてを見廻って、罠を作り出しました。
果たして・・・??

疲れて殿の寝所で寝てしまった万千代・・・殿に起こされてもびくともしません。
薬湯を作ってくれと頼まれるも・・・眠ったまま。。。
薬を作れる者を呼んできます。と、戻った万福が連れて来た近藤・・・??
実は万千代は起きていました。

殿に差し出された薬湯を近藤に毒見をするように言うのでした。

「ただの養生薬じゃ・・・
 よいではないか。
 ほれ、毒見してみよ。
 どうした??なぜできぬ・・・??」と。。。

一瞬で近藤は薬湯を投げつけて斬りかかろうとしました。
殿をかばった万千代!!
肩に傷を追ってしまいました!!

「刀を捨てよ!!
 捨てよと言うに・・・!!」by万千代

曲者を捕らえた!!
刀傷を負ってしまった万千代ですが・・・。

「万千代・・・辛いとこすまぬが、曲者の詮議をせねばならん・・・
 あの者のたくらみにどうやって気付いた・・・??」by榊原

「薬箱の留め紐の結び方が違っておりました。
 留め紐は必ず蝶結びにしておりまして、それが、なぜか片結びになっておりました。
 誰かが薬箱に触れたのだと・・・。
 調べてみましたところ、やはり、混ぜ物がしてあり、これは何者かが私が殿を殺したということにして、殿を亡き者にしてしまおうとしておるのだと気づきました。」by万千代

と、何とも細やかで聡明な万千代です。

そう・・・武田に通じていたのか・・・??

「とにもかくにもご苦労だった。
 暫し休むがよい。」by榊原

と、答えたものの・・・痛みで気を失ってしまった万千代でした。
って、ちゃんと答えるところまで頑張るところが万千代の気の強いところでしょう

祐椿尼さまが病気に・・・

naotora5














みんな心配しています。

が・・・そんな井伊に朗報が・・・??

万千代が今回の手柄で1万石を拝領することとなったのです。

「なんじゃ・・・不服か・・・??」by家康。

不服なことなど全くなく、ますます奉公に励むことを誓うのでした。

万千代から知らせが来ず、しのから聞いたおとわは、近藤殿に申し開きに行くことに・・・。
帰ってきたら・・・万千代が井伊谷に来ていました。
おばば様に来てほしいと直々に頼まれたので、来ないわけにはいかないという万千代。
ぎすぎすしたおとわとの関係ですが・・・??

naotora2












この先はどうするつもりじゃ?と、おとわに聞かれます。
要らぬ波風を立てないでほしいとも・・・??

「殿には誇りと言うものがござらんのか??
 近藤は但馬を殺し、ここをかすめ取った当の本人ではないか!!
 井伊のものであったものを、井伊が取り戻して何が悪い!?」by万千代

取り戻したとして・・・何がしたいのか?と問われる万千代。
ないのならば、褒められたいだけなのか?と言われてしまいます。

「それの何が悪い?」by万千代

「悪うはないが、くだらぬ。」byおとわ

武家とはそういうものではないのか?
という万千代ですが・・・くだらぬ連発です。

「そのくだらぬ事すらできなかったのはどこのどなたじゃ!!
 まるでくだらぬ事から、あえて自らは身を引いたようなおっしゃりようじゃが、殿は出来ぬ事から逃げ出しただけではないか!!
 戦いから降りた者が、戦いに口を出すなどもってのほか!!」by万千代

「逃げて初めて見えるものもあるのだ!!」byおとわ
 
「負け犬がたわごとをほざくな!!」by万千代

「さような考えなら、家督は決して譲らぬぞ!!」byおとわ

「望むところです。
 ならば、力づくで引き剥がすまで!!」by万千代

結局、おばば様が作ってくれた機会も仲直りには繋がらなかったのです。

それを知らずに喜ぶ母・・・。

naotora3













出家をさせたり、男の代わりに家督を継がせたり・・・
本当に心が痛い日々だったのでしょう。
自分なら我慢できても子供のこととなると尚更。。。

母としての苦悩をず~っと持ち続けていた祐椿尼だったのです。

亡くなった後には皆への文が残されていました。


殿の元へ帰ってきた万千代・・・
いよいよ1万石を拝領で、升席に加えてくれるようですが・・・
またもや家臣のみんなは、寝所で手柄を立てたと・・・変な噂が・・・。

naotora













「井伊万千代、此度かような寝所の手柄にて、升席を汚すこととなりました。
 以後、お見知りおきを・・・!!」by万千代

って、啖呵きってカッコいいな!!万千代!!

陽が射せば・・・必ず影が・・・
その影は、万千代の手柄の先・・・
徳川家最大の悲劇が待っていました。


ということで、万千代が主人公になってから、とってもサクサクとお話が進んで楽しいです
まだまだ出世する万千代・・・いえいえ、直政をどこまで見ることができるのかなあ~~~??

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ

井伊直虎と戦国の女100人【電子書籍】[ 川口素生 ]

価格:700円
(2017/12/14 18:10時点)
感想(0件)

切腹の日本史 (じっぴコンパクト新書)

新品価格
¥823から
(2017/12/8 13:57時点)



井伊の木で作った馬除けの柵が活躍し、武田との戦いに勝利を治めたこと&万千代が兵糧や武具を丹念に用意していたことを家康は見てくれていました。
色小姓だから取り立てたのではないですよ・・・??
色小姓になったら、いやがらせも減るよ??と、家康に言われていましたが・・・どうでしょうね??
常の小姓にはしてもらえました

でも・・・仕事をもらえない・・・もらえない・・・
割り込める隙もありません。
が、そんな嫌がらせにもめげることなく、何かと仕事を見つけては頑張る万千代です。

仕事をくれるように殿に直談判!!
戦の手柄改めをさせてもらうことに。
沢山の人が押しかけてきて・・・

naotora3












みんなを手際よくさばいていく万千代。

井伊谷では・・・たくさんの雨が降っていました。
「山の神がお怒りになっているかも・・・??」と、甚兵衛。
山崩れが起こっていました。そして川に土砂が流れ、底があがってしまいました。
異変は木を伐り過ぎたためなのか・・・??
その差配をしていた頃・・・。

家康はやっぱり戦改め
まあな・・・これをしなければ、下級武士はおまんまにありつけず・・・
そして、手柄を認め、褒美を取らすのは家康の仕事なのです。
報いるべきところに報いなければ・・・

naotora5














疲れた家康に薬を持って参上の万千代。
家康は、万千代の薬を毒見もせずに、何の疑いもなく飲んでくれました。
認めてくれたってことですね

naotora6











そんな夜遅くまで忙しい家康の手伝いを申し出る万千代。
手柄改めを表にし出しました。
朝まで家康のもとで寝てしまった万千代。。。
しかし、その表の見事さに感嘆する家康!!

naotora1












朝から家康の寝所を出てきたことで、勘違いされてしまったかも??

naotora2












どうする??万千代。

薬を取り寄せて、家康に気に入られるようにと考える万千代。

井伊から土砂止めの指図をして欲しいと言ってきました。
その代わりに薬を手に入れようとする魂胆な万千代です。

万千代が作ってくれた表を基に、褒美を考える家康ですが・・・
家臣の間でのバランスが崩れているという・・・
浜松と岡崎では活躍が・・・武功が違うのです。

武功が第一という榊原。
濱松の士気が一番大事という榊原・・・。
ああ・・・伏線ですね、これ!!
信康の一件の・・・!!


万千代は得意の絵を使って地図を書きます。
おとわに隠していたものの・・・六左にはバレバレな絵なのです。
そんなこんなで薬を手に入れた万千代。

近藤殿に土砂止めの普請を願い出るおとわ。
やってくれなければ、信長にもらった茶碗を売ると言って近藤殿を脅すおとわです。
「かの高僧・臨済禅師の説話に・・・」と、もと尼さんらしいお話でなんとか説き伏せるのでした。
この土砂止めをしたことで、子々孫々近藤家が語り継がれるとかなんとか・・・??

手に入れた薬を殿に・・・と、寝所に向かう万千代。
毒が入っていたら・・・??と、他の小姓たちともみあいになりましたが・・・ここで一言!

「それがしは、殿のご寵愛をいただいたぞ!!
 見たであろう、そなた。この間の明け方に・・・。」by万千代。

ビックリ仰天の兄小姓たち・・・??

「嘘をつくな!!殿は衆道はたしなまぬ!!」by兄小姓

「それは、そなたらのような武骨者しかおらなかったからではないのか?
 俺や万福に手を出してみよ、殿のお怒りが・・・及ぶぞ・・・!!」by万千代

ということで、めでたく色小姓となったのでした

「なんじゃ・・・結局・・・色小姓ということにしたのか。」by家康

ということで、全部お見通しの家康ですが、万千代の持ってきた薬にも、万全の信頼を置いています。
もちろん、井伊から取り寄せた薬であることはわかっています。
そして、その薬をも信用する家康。
どうしてそんなに信用するのか??という万千代の問いに・・・
「無欲じゃからの・・・」と、答える家康でした。

そうね・・・やっぱり欲のない方が強いのよね。
自分を守ることよりも、民のことを守ろうとするおとわのことをわかっているのです。

色小姓ということにした手前、すぐに寝所を後にするわけにも行かず・・・
と、家康が問いかけます。
「岡崎の処遇をどうするのか?」と。。。
 
「首をとった城を攻め落とした・・・そういう類の武功で見ると、岡崎は浜松に比べると大変淋しい手柄となっておりましたかと・・・」by万千代
「然しながら、此度織田が数多の援軍をよこしたのは、日ごろの岡崎の働きあってのことじゃ。」by家康

「殿が、方々の働きをすべてご存じと伝えるのが肝要かと・・・
 誰も知らずとも、殿は見ていてくださると知るのは心強いものにございます。」by万千代

悩む家康でしたが、このことで万千代を岡崎に派遣することにしました。
小姓なのに城を出ていいの??
瀬名の縁戚なので、挨拶をしてくると・・・岡崎を探ってくるように命じられます。
大役なのに、「そなたじゃからよいのじゃ・・・」と、密命です!!

三河・岡崎城にやってきた万千代。
そこに居たのは、瀬名と聡明な信康でした。
何もかも見透かされている万千代です。
恩賞の件か・・・??と、見透かされてしまっていました。
もちろん、強者の殆どは浜松勤めであることは信康もご存じ!!
武功を元に考えれば、岡崎は一文もない・・・ということも。

「日頃の岡崎あってのことと・・・今川勢に諏訪腹城を与えるということでどうか?
 若様も、奥方様も今川のご縁戚。
 今川が一家として徳川に根を下ろすことは、必ずやお二人の力。ひいては、岡崎の力になろう。
 これから駿河を切り取っていくにあたり、地の利のある今川勢を手厚く遇しておかねばならぬ。
 そういう理屈ならば、酒井さまや本多さまにこの仕置きをごご納得させることができる」との事を伝えます。

「徳川の先行きのため、岡崎は耐えます。
 しかしながら、後々には地味な働きをしている岡崎の衆にも直に報いてくださいませ。」そう伝えてくれ!!by信康

かしこいですね、信康。
だからこそ、家康は悔いて、悔いて、悔いるのです。

その頃・・・松を植えている井伊谷の人たち。

naotora4
















そして、万千代は信康の答えをもって浜松へ・・・。

「岡崎は、堪えてくれると・・・・?」by家康

「”まあ、いずれは俺の家になる。
 これは俺の為じゃ。”と、最後は笑っておられました。」by万千代

「良い男じゃろ?わしの息子は・・・??」by家康

「はい。おおらかで頼もしく、人の上に立つために生まれたような趣をお持ちです。」by万千代

「のにゃすに譲るまで、せいぜい後10年ほどか・・・
 主従として年の釣り合いも良いかもしれんの。
 信康とそなたは・・・。」by家康

「では、若のお役に立てまするよう、殿のもとで精進いたしとう存じます。」by万千代

「はあ~、上手くまとめるのう。」by家康

と、万千代は、いよいよ家康の信頼も厚くなってきたようです。

諏訪腹城を今川勢に与えるということをしぶしぶ飲んだ浜松勢・・・
このことに、万千代が一枚かんでいると思っているみたい・・・。


甚兵衛も亡くなってしまいました。
万千代と万福の初陣が決まったので、髪を下ろすことにしたなつ。。。
そして時は流れ・・・

ということで、万千代が・・・菅田将暉君が出て来てから、ちょっとギュッと締まった作品になってきましたね。
でも・・・やっぱり戦国時代にあって、戦わないわけで・・・
おとわが近藤殿を手玉に取るようなシーンがありましたが、近藤殿、素直過ぎると思いませんか?
もう少し、駆引きを見てみたい気もする大河ですが、面白くなってきましたね。

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ










戦国武将 死ぬ前の3日間をどう過ごしたか (impress QuickBooks)

井伊一族 - 直虎・直政・直弼 (中公文庫)

新品価格
¥756から
(2017/12/8 13:58時点)

豊臣秀頼 (歴史文化ライブラリー) [ 福田千鶴 ]

価格:1,836円
(2017/12/5 15:17時点)
感想(0件)



天下人豊臣秀吉の居城・大坂城!!
三国無双と称えられたこの城で、400年前悲劇のプリンスが自害し果てました。
秀吉の息子で後継者の秀頼です。
追いつめたのは、江戸幕府を開いた徳川家康。
どうして家康は豊臣家を潰さなければならなかったのか・・・??

太閤豊臣秀吉には、心配事がありました。
秀頼のことです。
溺愛する息子はまだ6歳。。。
秀頼のために遺書を書きます。

「返々 秀よりこと たのみ申候 
 五人のしゆ たのみ申候

 此ほか にわおもひのこす事なく候」

ここで秀吉の補佐を頼んだ5人とは・・・
徳川家康・前田利家・毛利輝元・上杉景勝・宇喜多秀家・・・
豊臣政権を支えていた五大老です。
彼らに遺言を託した秀吉は、1598年8月18日にこの世を去ります。
その後、前田利家は秀吉の言う通り補佐につき、家康は伏見城に於いて豊臣政権の政務を行います。
しかし、最古参の前田利家が亡くなると状況が一変しました。
家康が天下取りに動き出したのです。
当時、大名同士の婚姻は、秀吉によって法律で禁止されていました。
しかし、家康は、自らの勢力を強めるために・・・蜂須賀家、福島家、伊達家・・・婚姻を結びます。
反家康派の家臣たちは激怒し、関ケ原の戦いが起こるのです。
徳川家の東軍と、豊臣家家臣の石田三成の西軍との戦いで、およそ20万が・・・!!
家康側には反石田派の豊臣恩顧の大名も加わり、豊臣家家臣団の内部分裂の側面でもありました。
しかし、秀頼をはじめとする豊臣家は参戦せずに中立の立場を取ります。
戦は半日で決着!!
徳川家の勝利により、家康の天下が近づきました。

徳川家康は大坂城へやってきました。
秀頼に対面してから西の丸に入ります。
これに先立って、家康は、秀頼と淀殿に・・・
「豊臣家は今回の戦には全く関係ないから安心してください。」と伝えていました。
しかし、豊臣家に気付かぬように・・・戦後処理として豊臣家の所領を勝手に分配・・・
秀頼の領地は、摂津・河内・和泉の三か国・・・65万7400石あまりとなってしまいました。
秀吉時代の1/3でした。
その家康が、秀頼の何を恐れていたのでしょうか??

①豊臣ブランド
関ケ原の戦いから4か月後の1601年1月29日、大坂城は賑わっていました。
9歳になった秀頼のもとに、公家や僧侶の中でも地位の高い豪華なメンバーが新年のあいさつに来ていました。
徳川の力が強まっても、彼らは変わらず豊臣家に敬意を払っていました。
庶民たちはもっと豊臣贔屓・・・。
家康が将軍のなる際には・・・
「内府様、将軍になれせられ
 秀頼様 関白に御成之由候
 目出度御事にて候」
と、家康が将軍になるのなら、秀頼はもちろん関白になると考えていたのです。

上方の豊臣人気の理由は・・・。
秀吉が天下人となってから、豪華になり、京都は再び活気を取り戻します。
秀吉が死んだ後も、秀吉に贈り物などして関係を築いていました。
当時日本に来ていたオランダ人も・・・
「大坂の城にいる秀頼さまは、前皇帝の子であり、日本の正当な皇帝である。」
そして、経済都市大坂を領地としている秀頼には豊かな経済力がり、諸大名や庶民から絶大な信頼を得ていました。
秀吉が作った城下町は、商人たちにとっては住みやすい町でした。
再び豊臣の世が戻ってくることを誰もが期待していました。
いまだに人気の豊臣ブランドなのです。
それを、家康は恐れていました。
豊臣家の象徴である秀頼をどう扱うのか・・・??
細心の注意を払う家康です。
なので、年始の挨拶も忘れず、素直に代わらぬ振る舞いをしていました。

その一方で暗躍します。
1600年に公家の九条兼孝が関白になります。
家康が、秀頼を関白にさせないために、仕組んだのです。
関白を武家から返すはじめということ・・・
これは秀吉の意志であったと・・・!!
関白を摂関家に返して、新しい武家関白の誕生を阻止したのです。
征夷大将軍は官位五位相当の役職で、関白は官位一位相当の太政大臣の上位に置かれる役職です。
家康は関白になれるのか・・・??
関白は摂関家でなければなれません。
秀吉は、摂関家になっているので、秀頼には関白になれるチャンスがあるからです。

家康が征夷大将軍になった年、秀頼は関白には慣れませんでしたが、正二位内大臣となりました。
一説には豊臣方をなだめるために家康の計らいだったとか・・・。
そして、この年、秀頼は結婚。相手は、家康の孫であり、淀殿の妹・お江の娘・千姫でした。
この婚姻は、もともと秀吉の遺言でした。
しかし、家康はこの婚姻に協力的ではありませんでした。
薩摩の島津家には、結婚祝いの上洛は無用と伝え、細川家には使者は無用としています。
それでも秀頼の元には多くの祝いの品が届きました。
太閤殿下の御威光はまだ残っている!!
衰えない豊臣人気!!


②豊臣家の財産
豊臣家の居城・大坂城には莫大な金銀が蓄えられていました。
金の量は、国全体の2/3もあったと言われています。
この莫大な財産こそ、家康が恐れていました。
打倒徳川の軍資金となるからです。
そこで家康は豊臣家の財産を減らす策に出ます。
寺社造営です。
家康は秀吉の菩提を弔うと称して自社の造営や修復を勧めます。
秀頼と淀の方は、秀吉が寺社造営を進めていたこともあって、家康の言葉を素直に受け入れます。
積極的に出雲大社をはじめ、名だたる神社仏閣の修復や造営を始めます。
その数およそ100!!
かなりの財産をつぎ込んでいきます。
その一方で、それは、改めて豊臣家の権威を見せつけることとなったのです。

この頃から家康の態度が変わってきます。
毎年行っていた年始の挨拶を止めます。
秀頼に来るように・・・と。
1605年、将軍職を秀忠に譲ります。
これは、将軍家は徳川家が世襲することを示していました。
政権を戻すつもりはない!!と言っているようなもの。
そして、秀忠の将軍就任に際して、秀頼に上洛するようにと言ってきました。
淀殿は、上洛せよというなら秀頼を殺して自分も死ぬと断固拒否!!
我が子秀頼を命がけで守ろうとしました。

まだ13歳の秀頼はどう思っていたのでしょうか??
幼いころから武芸、和歌、漢詩、兵学、儒学・・・あらゆる学問を当第一の学者に学んでいた秀頼は、14歳の時に明王朝の帝王学の教科書「定鑑図説」の和睦本を出版します。
優秀なブレーンアが要ることを示しています。
ひ弱でマザコンと言われる秀頼ですが、聡明で、強い自我と行動力を持っていました。

「自分こそが秀吉の後継者である!!」という強い思いが・・・!!

そして、その意志は住吉大社の造替工事にも見受けられます。
ここはかつて秀吉の母の大政所の病気平癒と延命祈願をした場所です。
住吉大社を建て替えることで、秀頼は豊臣家再興を願ったのです。
そんな秀頼に、牙を剥き出す家康・・・
駿府城三の丸の工事を始め、他の外様大名と同じように、秀頼にも労働力を差し出すように命じてきます。
しかし、秀頼は冷静で・・・年始や七夕には人を遣わして挨拶をします。
人々はそんな秀頼を”年長ずるに従い知勇加わる”と言いました。
豊臣家当主として年々頼もしくなっていく秀頼・・・!!

ある日・・・京の町に落首が・・・
”御所柿は 一人熟して 落ちにけり
          木の下にいて 拾ふ 秀頼”
御所柿とは、駿府城に隠居し大御所となった家康の事。
老いていく家康が自然と地に落ち、その政権を秀頼が拾うと・・・
二人の年齢差を皮肉り、豊臣家の復活を望んでいるのです。


③秀頼の若さ
1611年、家康は後陽成天皇の譲位の儀式のために、今日に上ります。
そして、秀頼を二条城に呼び出すのです。
秀頼は、それに応じ3月28日午前8時、二条城に到着。
一説には庭まで出迎えたという家康。
最後にあったのは11歳の時でしたが・・・19歳の秀頼は、身長197センチの大男に成長していました。
家康に続いて城内に入った秀頼に対し・・・
「ささ・・・お先に。」家康は秀頼を先に会見の場所に通し、対等の立場で話そうというのですが・・・。
秀頼はそれを頑なに断り、家康に上席を譲りました。

家康の二条城に秀頼が赴くということは、既に秀頼は家康より下の立場から・・・なのに、家康も対等に・・・と思うのですが、この時点では、家康の方が位が上でした。
秀頼の方が下に座るべきであろうと秀頼は家康に正しい礼を取ったと言えます。
先に秀頼を家に通そうとした家康の罠で・・・先に秀頼が入っていれば、礼節をわきまえない無礼な男として非難されるところでした。
そんな家康の策にはまらず、冷静に、自分の立場をわきまえて対応します。
2時間に及んだ会見で、合間には食事も・・・。
家康は、豪華なものでは遠慮がちになると吸い物だけを振る舞います。
ここでも秀頼に気を遣っているようで・・・会見の最後に家康は言い放ちます。

「太閤殿下の遺言では、秀頼殿が15歳になったら天下を治めていただく約束だったが、先の関ケ原の戦いで我を退治せんとし、起請を破ったのは秀頼殿であるから、約束を反古にされても仕方が無かろう」by家康

関ケ原の原因は秀頼側にあると難癖をつけ、成人した秀頼に天下を渡さないことを宣言。
自らの行為を正当化したのです。
改憲の後、家康は秀頼のことを・・・

「大変かしこい人なり。
 他人の臣下となって、その命令に従う人物にあらず。」by家康

19歳の賢く頼もしい男・・・それに引き換え自分は70歳・・・。

二条城会見の数日後・・・大阪の秀頼の元へ、家康の子供たちが進物を携えてやってきました。
二人に対し秀頼は心のこもった返礼をし、家康にお礼の手紙を送ります。
この手紙は・・・家康に宛てた秀頼の挑戦状・・・??

「次にお会いしたときにお礼をします」と書いています。
その品を直接会って・・・つまり、返礼品が欲しければ、家康が直接会いに来るように・・・との事なのです。

二条城会見を外から見れば、家康に対して礼節を尽くした・・・ですが、家康に対して自分の方が上位であるという手紙の書き方をしているのです。
それは、秀頼と家康の間にしかわからない失礼な手紙でした。
秀頼はかしこい人だ・・・そう思う家康でした。

再建中だった方広寺の鐘・・・。
「国家安康」・・・家康という名が分断され、呪っていると難癖をつける家康。
これが、戦のきっかけになってしまいます。
徳川と豊臣の対立・・・もはや戦は避けられない・・・と、戦の準備が始まりました。
1614年10月、秀頼は莫大な資金を投じ、大坂周辺の米を購入。
武具などを城内に配備するだけではなく、大坂周辺にも壁を築き、籠城の準備をします。
さらに、秀頼は豊臣方について戦ってくれるように早い時点で諸大名に手紙を送っています。
それは、秀吉恩顧・・・毛利、島津、伊達にまで及んでいました。
結局誰一人、秀頼の求めには応じませんでしたが・・・どうして大名は、秀頼方につかなかったのでしょうか?
 
熊野権現の起請文・・・
家康は方広寺の事件以前に起請文を諸大名から取っていました。
徳川家に忠誠を誓う・・・なので、大坂の陣で豊臣方に協力しなかったのです。
結局、秀頼に着いたのは、関ケ原で戦って敗れた浪人たちだけ。
その中には、真田信繁、長宗我部盛親、後藤又兵衛、木村重成、毛利勝永・・・といった名高る武将もいました。
11月19日、戦いの火ぶたが切られます。
徳川方20万に対し、豊臣方10万!!22歳にして初陣の秀頼!!
しかし、それは荒々しい面構えで、総大将として堂々たる立た住まいずまいでした。
かつての秀頼の姿を見て涙する者も・・・。
秀頼は広大な城の各陣を馬で回って兵士たちを激励!!
また戦果を挙げた者には即座に褒美を与え、士気を上げます。
豊臣方は、兵の数では劣りながら善戦!!
巨大な大坂城を前に攻めあぐねる家康。
真田丸らの戦いで、甚大な被害が!!
しかし、徳川方が放った砲弾が大坂城の天守に命中。
その被害を目の当たりにした淀の方が、弱気になり・・・
12月19日和睦成立。
この時、家康が出した条件は、大坂城にいる浪人たちの追放のほか、城の堀の埋め立てでした。
和睦の際の取り決めでは、三の丸の堀と外堀は徳川が埋め、二の丸は豊臣が埋めることになっていました。
しかし、家康はその取り決めを破り、全ての堀を埋めてしまったのです。
本丸だけを残し丸裸となってしまった大坂城!!
徳川軍が退去した後、秀頼はすぐに堀の復旧と戦の準備を始めますが・・・
家康はそれを理由にまたもや出陣!!
行く当てのなかった農民たちが大坂城にいました。
まだ戦うのか・・・??
今度は、秀頼の到着を待ちます。
秀頼は、兵糧や材木を大阪城内に集めます。
火薬を作る準備も!!
豊臣対徳川・・・最後の暑い夏が始まります。

豊臣方5万5000VS徳川方15万!!
圧倒的な兵力差がありました。
それでも秀頼は総大将として本丸正門に陣を構えます。
その姿は、大いに豊臣方の士気を高めましたが、秀頼が出陣することはありませんでした。
この時、秀頼の元へ知らせが来ていました。
戦っていた豊臣の者たちが寝返って、秀頼が出撃すればそれを討つと・・・!!
秀頼は動くに動けなくなって、出陣の機会を失ってしまいました。
しかし、これは、家康のデマで・・・家康の策略にまんまとはまってしまったのです。
豊臣方の形勢は悪化・・・。
真田信繁らの有力武将などが次々と討ち取られていきます。
もはやこれまで!!
秀頼は、出撃し、戦場で討ち死にしようとしますが、周囲に止められ城に留まります。

そして、炎に包まれる大坂城で、母・淀の方と共に自害するのです。
1615年5月8日・・・家康が恐れた男・豊臣秀頼・・・このときまだ、23歳でした。 

焼け落ちた大坂城に秀頼の首はありませんでした。
あったのは、金2万8000枚と、銀2万4000枚・・・。
豊臣の財力を削ごうと暗躍した家康でしたが、その財力は、家康の想像をはるかに超えていました。
そして、この戦の後、京や大坂でこんなわらべ歌がはやりました。

花のよふなる秀頼さまを
鬼のよふなる真田が連れて
退きも退いたよ加護嶋へ

真田信繁が、秀頼を鹿児島へ連れていったというのです。
大坂の地を経済都市として栄えさせてくれた秀吉に恩を感じていた町人たちは、彼の愛した息子にはどうか生きていてもらいたい・・・と願っていました。
豊臣人気も、家康の想像をはるかに超えていたのかもしれません。


↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ

敗者の日本史(13) 大坂の陣と豊臣秀頼 [ 関幸彦 ]

価格:2,808円
(2017/12/5 15:17時点)
感想(0件)

ここまでわかった!大坂の陣と豊臣秀頼 (新人物文庫) [ 「歴史読本」編集部 ]

価格:864円
(2017/12/5 15:17時点)
感想(0件)

赤備えの鬼武者 井伊直政

新品価格
¥1,944から
(2017/11/24 17:52時点)



今回は、やっと歴史の表舞台が出てきます。
長篠の戦いです!!

前回、材木の手配の仕事を願い出た万千代でしたが・・・丸太の調達は近藤殿がすることとなり、万千代は浜松城で留守居役となりました。
そう・・・歴史の表舞台、長篠の戦いには行けないのですよ・・・??
だから、ドラマの方でもほとんど書かれず・・・??

井伊の材木を携えて、長篠へ向かった徳川軍!!
留守居の者たちは、武具・兵糧の更なる用意をすることに・・・!!

皆が無事に戻ることを願うおとわ。

その頃・・・万千代は草履棚を作り直していました。

naotora6













「丸太で失ったものを、留守居で取り戻す!!」by万千代

その頃家康は・・・長篠城の近くの設楽原に布陣!!

信康は信長に会見・・・信長の目論見は・・・??
そこへやってきたのは家康!!

織田の策とは・・・??
鉄砲を用いたいとの事!!
徳川がいまだ武田に勝てないのは、武田と同じやり方で戦おうとするから・・・
と、信長の勧めでした。
助っ人の織田に勝手に決められて、徳川の面目丸つぶれ・・・と、怒る家臣たちも。
しかし、今大事なのは、長篠を武田から救うこと!!
と、本多忠勝がみんなをまとめます。

そんなピリピリな中、万千代は草履棚を製作中!!
他の小姓に頼まれて・・・いじめのような・・・槍の手入れをすることに。
怒りながらも、武具の手入れを始めた万千代と万福。

「押し付けたことを後悔させてやるわっ!!」by万千代

槍の手入れを完璧にする万千代。
日の本一の留守居を目指しています。

そんな中、戦しつらえが始まった長篠・・・

naotora5












彼らもいますよ??
なんか、材木が足りないみたい・・・
この材木は自分達が伐り出した・・・と、足らない材木を伐りに行きたいと申し出ます。
柵を立てるために、伐り出しに向かいます。

naotora4















信康と家康は、久しぶりの碁。
とっても聡明な信康です。

信長の命による大規模な普請が完成!!
それを受け、酒井忠次率いる別動隊が武田勝頼を背後から攻撃!!
織田、徳川の大軍が待ち受ける設楽原に突撃をかける武田勝頼!!

信長の立てた策は、絶大な戦果を挙げ、長篠は織田・徳川軍の大勝利に終わりました。

織田信長に呼び出された直之と六左!!
暗がりの中にいるのは恐れ多き殿・信長!!
「面をあげよ」そう言った信長は、血のような赤いワインを飲んでいました。
キンチョーの二人・・・


その頃、武具をたくさん・・・1か月も作っていた万千代&万福!!
長篠は大勝利で、遠江の武田の城まで攻めるから武具がたくさんいるという!!
兵糧と武具を届けよ!!との事で、喜ぶ万千代ですが・・・。

「お持ちしました!!
 かようなこともあろうかと、昼夜を徹し!!」と、あの万千代たちをいじめていた小姓が自分が作ったの如く振る舞う始末!!
手柄を取られてしまいました。

「おやめなされ、行っても無駄にございます。
 あれは酒井の一門!!
 立場が悪うなるだけにございます!!」byノブ

「向こうが徳川での権勢を誇る家の子を強みとしてくるなら、こちらは今川の国衆の、しかも潰れた家の子であることを強みとしてはいかがですか?」byノブ

「潰れた家の子の強み??」by万千代

「はい・・・あれは、潰れた家の子にしかできぬ。
 さすがは潰れた家の子!!
 いや、あっぱれ!!そういわせるのです。」byノブ
 
ノブは・・・流石は裏切り者と言わせる働きをするつもりだ・・・恥知らずだ・・・と言われるような働きをいつかすると言う。

「あ・・・しかし、井伊の殿様がまさにしておられることではないですか?
 潰れた家を利用するというのは。」by万福

今は無理かもしれないけれど、必ず意味がある・・・殿を信じてその時を待て!!
というノブ!!
殿は信じて良いお方だと・・・!!


戦いで亡くなった近藤の者たちはいないと安堵するおとわ。
なんと、直之と六左が信長から褒美をいただいたとか!!
それは、城一つにも値する茶碗!!

その茶碗を寺に寄進をするという。。。

naotora3















戦で亡くなった者たちを偲んで読経を始めるおとわ。

しばらくして・・・家康たちが浜松に戻ってきました。
どんちゃん騒ぎのお城!!
そんな中でも、万千代、万福、ノブは働いていました。

榊原様に殿の寝所に呼ばれてしまった万千代。
どうして寝所・・・??
もしかして・・・そういうこと・・・??

あたらしい褌を締めて戦闘準備完了!!

とっても可愛い勝負服の万千代です。

naotora1














??呑気にお菓子を食べるとのですが・・・??
「かような契りは結んだことはございませぬ故・・・」by万千代

「何の契りじゃ??」by家康

と、キンチョーしていたのに、笑い飛ばされてしまいました

「あの・・・槍弓を整えたのは、そなたと万福か。
 いつもよりずいぶんと細かく手入れされておった故・・・
 弓や槍は磨き込まれ、矢は寸分の狂いもなく真っすぐに・・・。
 新しくあつらえたのかと言うものもおった。
 
 小五郎がやったと言うておったが、以前はさようではなかった故、新しく入った者がやったのではないかと思うてな。

 草履棚も様変わりしておったし。。。
 そなたの事じゃ。 日の本一の留守居と言われたら、日の本一の留守居を本気でやろうと思うたのではないのか?」by家康

「誰も・・・気付いてなど下さらぬと・・・
 取り乱し、失礼いたしました。」by万千代

そう・・・家康はすべてをわかっていたのでした。

「いっそ、まこと、色小姓としてしまうという手もあるか。
 万千代!!
 ここはひとつ、まことそういうことにしてしまわぬか??」

naotora2














そんな万千代を可愛いと思ってしまったのかしら・・・??

そうね、色小姓・・・そういう説もあるぐらい、家康は直政を可愛がったといわれています。
だって、三河武士でもないのに徳川四天王だもんね

この時、直政は15歳です。
草履番をしていたのか??それは多分していないでしょうけど・・・
15歳の直政がどうやって活躍し、家康の目に留まるのか??
それは、15歳では、武功ではなかなか難しいんじゃなかったかと思います。

とにかく、直政の子供の頃の境遇は、家康の子供の頃に似ています。
家康は子供の頃、ず~っと人質生活でした。
今川にやられ、織田にとられ、嫁は今川の息がかかった女性で・・・
そして、直政も・・・子供の頃は、親元を離れ、寺での生活を余儀なくされていました。
強い大名に惑わされながら生きて来た弱小な家・・・自分の非力さを痛感する時期が長かったと思います。
そんな二人の似た境遇が、家康が直政を可愛がり、直政はご恩に報いるために命を懸ける!!そんな関係になっていったんじゃないかな??って思います。

いい感じ。
やっぱり大河ドラマは男性じゃないとね!!って思っちゃいます

↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ

誉れの赤 (講談社文庫)

新品価格
¥929から
(2017/11/24 17:53時点)

井伊軍志 ― 井伊直政と赤甲軍団 ―

新品価格
¥47,667から
(2017/11/24 17:53時点)

天下を汝に―戦国外交の雄・今川氏真 (新潮書下ろし時代小説)

中古価格
¥4,621から
(2017/11/14 11:28時点)



「天正の草履番」ってことで、前回の続きです。
15歳の少年に、戦場や陰謀を・・・とは思いませんが、なんとも戦国時代にしては華のない内容になっていると思います。
副題も、「天皇の料理番」だろうしね・・・
ほんと、オリジナルをリスペクトできていないというか、バカにしているんだろうか・・・??
だって。。。このあまりにも盛り上がりに欠ける内容・・・。

井伊万千代として出世の一歩を歩み出した虎松ですが・・・草履番です。

浜松城の玄関で、草履番をする万千代&万福。

naotora4















松下ではなく、井伊として家康に仕えたこと・・・それを焚きつけたのは和尚ではないかと、怒って乗り込むしの!!

井伊の再興を嬉しいと思わないのか??という南渓和尚。
井伊を再興する気はないと・・・面倒だと言い出すおとわ。
しのに賛成のようです。
う~ん、家が一番の時代、だからこそ正室以外に何人もの女性がいて、子供を作ることは絶対だった価値観の時代に、どうしてこの考え方になるのか・・・本当に興ざめだ・・・。

その頃、草履番として奮闘する万千代。
常慶は井伊として仕えたことを怒っていました。

松下が万千代の件で家康に訴えてきました。
近藤殿も、疑心暗鬼に陥っています。
それでも、井伊を再興する気はないといいはるおとわ。
本当ならば、万千代の方に当時の常識や正義があるのに、おとわも意固地にも程があると思っています。
常慶が、「井伊にとり迷惑だ」と、万千代を諫めてほしいと言ったので、浜松へ行くこととなったおとわ。


そして・・・この頃、男前の氏真は・・・優雅に京を楽しみ、歌を詠んでいました。
そんな呑気な氏真に文が・・・凍り付く氏真。
「尾張のうつけが、余に蹴鞠をせよと・・・」by氏真
父を殺し、今川を没落させた張本人に・・・どうする??氏真!!

その頃、万千代は、草履の棚を作っていました。
そこへやってきたのはおとわ。

「亡き御方たちは確かに喜んでおるかもしれぬ。
 じゃが・・・生き残っておる者たちにとっては、ありがたいとはいいがたい・・・
 これは、誰も望んでおらぬ行いではないのか??」byおとわ
「何故、今更そなたに指図されねばならんのだ??
 そなたはもう、当主でも何でもないただの百姓ではないか??
 ただの百姓に、なぜ、俺が説教されねばならんのじゃ!!」by万千代

そうね・・・ほんと、その通り!!

ということで、当主とはなんだ??
生き残りが望んでもいないのに、生きているものを困らせ、悲しませるのが当主なのか??と、おとわに言われ、怒る万千代ですが・・・。
本当に誰も望んでいないの??
私にすれば、この脚本家の意固地な思いが望んでいないように持って行こうと必死にしているように思えて違和感Maxです。

naotora3















来たのが直虎と知って、話し合いを持つ家康。
家康には、井伊に対して負い目があるので・・・。

「此度の事、井伊の生き残りといたしましては、松下に顔向けできぬ上に、井伊谷に住む上でもやりにくい事この上なく・・・」byおとわ

「近藤の手前ということか・・・」by家康

「井伊を再興せぬということで、中野や新野を召し抱えてもろうております。
 加えて潰れた家の者であるからこそ、通る話が多くございます故・・・」byおとわ

何を言っているのか全くわかりません。
戦国時代から文治政治となったのが赤穂浪士の時代です。
あの頃までは、平気で人を殺して・・・みたいな感じでした。
綱吉公は、犬を大事に・・・とは言いましたが、それだけではなく、人間や動物の命を大切にするように説きました。
そんなころまでは、お家が一番大事で、お家再興は本当に悲願だったんですよ・・・
ま、戦国時代と江戸時代、違うとは思うけど、みんなお家再興のために・・・明智光秀だって、宮本武蔵だって、貧乏浪人しながら仕官を望んでたんですよ・・・。

どこをどうすれば、お家再興を望まない当主がいるというのか・・・
あ・・・おとわは百姓でした

しかし、納得した家康は・・・

「井伊を助けたかった。
 直親殿の時も、井伊に攻め入った時も・・・。
 じゃが、助け得るだけの力がなかった。。。
 わし自身、その思いから解き放たれたかったというのが一つあるかの。
 
 瀬名の願いというのも大きいかの。
 わしは、瀬名を泣かせてばかり・・・
 
 じゃが、一番の理由は、その方が万千代が武将として大きく育つと思うたからじゃ。
 松下の跡取りとすれば、皆の目は温かい。
 今川の国衆の子、銭で潰れた家の子、あるのは家格だけ。
 なれど、あの子は叩かれれば叩かれるほど、奮い立つような気がしての・・・違うか??

 この先、万千代が手柄を立てれば、わしはそれなりの処遇をするつもりでおる。
 少し大袈裟かも知れぬが、それが、今後の徳川の生き残りをわけることになると思う。

 徳川の所帯も大きゅうなってきた。
 三河者でのうても実力次第で出世が望める・・・
 そう言う歌風を作らねば。。。
 万千代は、その先駆けとなる力を秘めておるような気がする。
 わしは信玄公のように戦に長けておるわけでもなく、信長公のように天武の才があるわけではない。
 その分、人は宝じゃ。大事にせねば!!」by家康

おお!!
家康の懐の大きさが伺えます。
そうそう・・・これを素直にドラマ化してくれればいいのに・・・裏をかいて裏をかいて・・・
本当にわかりにくくなって困るわ・・・

naotora2
















少し前に、万千代の真意を知っていた万福。
「亥之は、このまま奥山を名乗るつもりなのか。
 俺は、徳川に井伊を再興してもらうつもりだ!!
 誰かのためにするのではない。
 己があの日、そう誓ったからだ!!

 いつかのう・・・井伊を見事に再興し、ゆるぎない大きな家とし、その時殿にこう言ってやるのだ。
 間違いだったといった殿は、間違っておりました。
 なれど、殿がおらねば、虎松は今日の日を決して迎えられなかったでしょう。」by万千代

そんなこんなをおとわに話します。
本当に、単純明快じゃないよね・・・この作品。
年寄りたちは面白いと思うんだろうか・・・。

「後押ししてくれとは申しませぬ。
 せめて、静かに見ていてくれませんか?
 殿は我らに、思うように生きよとおっしゃったのですから・・・!!」by万福

それにしても、万福、本当にいい家臣ですね。
この万福がいたからこそ、万千代が大成功するのだという確信は出来ました
万福に、一本取られたな・・・おとわ。
ほんと、最近は、お家再興は望んでいないと叫ぶだけの主人公に成り下がっていたからな・・・
15やそこらの万福の方が大人だわよ・・・。

やっと草履番で努力していることを認めてくれるおとわ・・・ほんと、大人げないわ・・・。
結局何もできなかったことを家に帰って話すおとわ。
なにしに行ったんだか・・・。
常慶も諦め・・・
「話がおかしい」というしのですが・・・
「もうかまわん」と許してくれる源太郎です。
ほんと、みんないい人です。
しのが一番、当時の常識ある人だと思います。
しのは筋を通せと言いますが、許してくれる源太郎なのです。

よくできた優しいかただと、ほっこりするおとわですが・・・
今回も何もしなかったな・・・主人公なのに!!

なのに、突き詰めれば、おとわが蒔いた種となってしまっていました。
主人公を持ち上げ!!ですが、何が蒔いた種なんだか・・・それすらよくわかりません。


その頃、万千代は万福のおかげで必殺技を考案しました。

naotora1













必殺!!草履手裏剣!!
っと、この技は本当にあったようなので、「え~~~!!」とは、思ってはダメですよ??
日の本一の草履番です。
なので、新しい者を育ててくれということで、やってきたのは松下源太郎でした。
松下の働きを


「井伊の方と今、話しをしおってな。
 そなたに代わる跡継ぎを探しておる。
 こうなったら、井伊と松下、一体となり進んでいくがよかろうと・・・
 これからは、一蓮托生になる。
 よい働きを頼むぞ!!
 井伊万千代殿!!」by松下源太郎

なんていい人なんでしょう、松下の父上!!

そして・・・仇・・・織田信長の前で舞う氏真・・・。

「織田殿は、徳川の力強き味方じゃ・・・せめてこれくらいのことはせねばのう・・・
 これを機に、織田殿の懐に入れればしめたものではないか・・・。
 何も、戦ばかりが仇の取り方ではあるまい・・・??」by氏真

おいたわしや・・・と家臣。

信長の前で・・・

「はい・・・心得ましてございます。」

と、華麗に舞う氏真なのでした。

ほんと、カッコいいですね、氏真!!
今まであまり書かれていなかった氏真ですが・・・
去年の武田勝頼も、この今川氏真も、2代目・・・ていうか、強い父に対してお家を没落させてしまった張本人のように書かれがちですが、今年の大河の一番いいところは、この氏真のカッコよさを書いてくれている事かな??っと思います。

ま、万千代はまだ15歳ですから・・・何でもありでしょう
ただ、徳川四天王となり、西側の目付として彦根に留まる・・・そんな井伊家の基礎ができ始めてきましたよ~~~!!


↓ランキングに参加しています。
↓応援してくれると励みになります。

にほんブログ村

戦国時代 ブログランキングへ

負け組の日本史 蘇我氏、平家、南朝、足利家、関ケ原西軍……その後どうなった? (じっぴコンパクト新書)

中古価格
¥149から
(2017/11/14 11:29時点)

<今川氏と戦国時代>今川氏崩壊 (歴史群像デジタルアーカイブス)

このページのトップヘ