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タグ:斎藤龍興

歴史REAL戦国最強の軍師黒田官兵衛と竹中半兵衛 (洋泉社MOOK 歴史REAL)

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羨望術数渦巻く戦国時代、大きな野望を抱き、下剋上という荒波を乗り越え、遂には天下統一を成し遂げた男・豊臣秀吉。
そんな秀吉には二人の軍師がいました。
一人は、若き日の秀吉を支えた竹中半兵衛。
織田信長が認め、家臣にしたがったほどの逸材!!
もう一人は、その半兵衛の後を継ぎ、秀吉を天下人へと導いた黒田官兵衛です。
天下無双の戦術と巧みな交渉術で次々と敵を落としていきます。
清算帽として名を馳せた半兵衛と官兵衛。
二人の天才軍師・・・最強なのはどちらでしょうか?

美濃国・斎藤家に仕えた竹中半兵衛は、1544年に生まれ、細身で色白女性のような面立ちでした。
性格も温和で女性のようでした。
しかし、軍師・半兵衛は、「敵を制すること神の如し」と、軍師・諸葛孔明に例えられ、”今孔明”と呼ばれていました。
黒田官兵衛は・・・半兵衛よりも年下の1546年生まれ、姫路出身です。
軍師としては、戦国一の切れ者と言われました。

①戦術
竹中半兵衛は、豊臣秀吉に仕える前は、美濃国・斎藤龍興の家臣でした。
龍興に対し、クーデターを起こします。
難攻不落の稲葉山城をわずか17人で、1日で落としてしまいました。
1564年稲葉山城占拠事件です。
半兵衛はどうやって難攻不落の城を落としたのでしょうか?
まず、稲葉山城に詰めていた弟・久作に仮病をさせ、その見舞いの為と見せかけて城に向かいます。
酒と御馳走と偽って、長持ちの中にびっしりと武具を詰め込んで!!
一行は、武具を身に着けるや否や、一気に奇襲!!
龍興の側近ら6人を殺害します。
半兵衛の奇襲に龍興は動揺し、家臣らと共に城から飛び出していきました。
どうして半兵衛はクーデターを起こしたのでしょうか?
斎藤龍興は、政務に関心を示さなかった上に、遊興に溺れていました。
この悪政を見かねてのクーデターだったのです。
電光石火のクーデター・・・半兵衛21歳でした。
これに織田信長が驚きます。
自分が長年攻めあぐねていた稲葉山城をわずか17人で・・・しかも1日で落としてしまった・・・。

「稲葉山城を明け渡すならば、美濃国を半分与えよう」by信長

しかし、半兵衛はこれを拒絶し、半年後、反省した主君・龍興に城を返すのです。

この一件で、半兵衛に惚れこんだ信長は、木下藤吉郎をつかって落とそうとします。
渋る半兵衛のもとに足しげく通う藤吉郎。
どうやって口説き落としたのでしょうか?
と、これは、三国志演義を元にしたお話。。。
信長が美濃・斎藤家を滅ぼした後、斎藤家の家臣を自らの家臣団に迎えています。
この中に一緒に家臣となって、秀吉の与力となっています。
与力とは・・・身分は信長の家臣で、軍事行動の際には、秀吉の一員として戦ったのです。

信長が、天下統一を目指す中、同盟を結んでいた北近江の戦国大名・浅井久政、長政親子が反旗を翻します。
起こった信長は、小谷城を攻撃!!
半兵衛は、秀吉と共に小谷城近くの横山城へ!!
浅井は横山城攻略のために・・・
あたかも別の場所に向かうふりをして横山城を通過、これにつられて出てきたところを迎え討とうというのです。
秀吉は、この策にまんまと引っかかり出撃命令を出してしまいますが・・・
半兵衛はこれを見ぬいていました。
出撃を思いとどまらせ、近くの山中に速やかに兵を配置!!
なかなか兵を出さない秀吉軍に業を煮やした浅井軍は、横山城に接近!!
半兵衛はこれを不意打ちして撃退したのです。
半兵衛のするどい洞察力と起点に救われた秀吉でした。

浅井攻めも大詰め・・・小谷城に・・・!!

「城内にいる御位置を救出せよ!!」by信長

信長の妹であり、浅井長政の正室・お市とその子供たちを救出せよという難題でした。
小谷城は、急峻な山城で、攻め落とすだけでも困難・・・その上、救出とは!!
仮に攻め落とすことができたとしても、お市も自害してしまうかもしれない!!
半兵衛は、情報収集に走ります。
反信長は、父・浅井久政で、長政は仕方がなかったという。
長政とお市は織田に城本丸に、父・久政は小丸に・・・と、離れていました。

そこで半兵衛は、本丸と小丸の間にある京極丸を占拠!!
父・久政を攻撃し、長政のもとへ使いをだしお市を説得!!
追い込まれた浅井親子は自害するものの・・・お市と三人の娘は助け出されました。
情勢を把握し、知略を尽くした半兵衛の見事な戦略でした。


黒田官兵衛は、播磨の小寺政職の家臣でした。
1575年、着々と勢力を伸ばしている織田に付くか、西の大勢力毛利輝元に着くべきか??判断に迫られていました。
割れる意見・・・
小寺家の重臣は、今までのことを考えて毛利に付こうという考えの者が多かった中、官兵衛は・・・
「輝元は凡庸な男、一方信長は向かうところ敵なしで、武名を天下にとどろかせている!!」と、重臣たちを説き伏せました。
播磨が信長に味方することを使者として伝えに行く官兵衛。
秀吉に信長へのとりなしを頼みます。
これが二人の初対面でした。
そして、二人は、毛利の中国地方に攻め入ることになります。

城攻めを得意とした官兵衛。
❶1577年福原城攻め・・・囲師必闕
この時福原城には、毛利方1000の兵が!!
これを知った半兵衛は、三方に兵を置き、一方を空けておきました。
どうして一辺を空けておいたのでしょうか?
「孫氏」の戦術・囲師必闕で、四方を囲むと置き込まれた敵が、予期せぬ力を発揮することがある・・・
死に物狂いでかかってくることを生じさせないために、逃げ道を作っておいたのです。
その逃げ道に密かに兵を置いた官兵衛は、城から逃げてくる敵を一網打尽にしました。
リスクを避けて効率よく相手にダメージを負わせる・・・。
合理的な戦術です。

❷1581年鳥取城攻め・・・渇え殺し
毛利に組した山名豊国の重臣と、毛利からの援軍・吉川経家合わせて2000の兵が鳥取城に籠城!!
経家は兵糧の確保に走りますが、一向に手に入らず苦境に・・・
事前に官兵衛は手を打っていました。
1年前の秋口に、官兵衛が派遣した商人が通常の倍の値段でコメを買い占めていたのです。
農民たちは、鳥取城に治めるはずの備蓄米まで売り払ってしまい・・・城下の米の殆どを手にした官兵衛。。。
そして・・・①城下の村々を焼き払い
      ②領民を鳥取城に逃げ込ませます。
      ③2000人ほどだった城内は倍に!!食料は瞬く間になくなり、多くの人が餓死していきました。
非情な渇え殺し!!
たまらず吉川経家は、鳥取城を明け渡したのでした。

❸1582年備中高松城攻め・・・水攻め
この時、秀吉軍は攻めあぐねていました。
高松城は、湿地帯の中にあり、容易に近づけなかったからです。
大軍では近づけない・・・。
官兵衛が選んだのは水攻めでした。
湿地帯の南側に3キロ(高さ8m・奥行24m)に及ぶ堤防を築きます。
土嚢一つを100文(5000円)で買い取ると農民たちに呼びかけて・・・
数百万個の土嚢が集まって、2週間ほどで完成!!
次に官兵衛は、西にある足守川を堰き止めます。その方法は・・・大量に石を積んだ船を空きなく並べ、一気に船底に穴をあけて沈めました。
梅雨の時期だったこともあって、湿地帯の水位は瞬く間に上昇!!
城主・清水宗治は観念して自害!!
毛利と秀吉との間で講和が結ばれることに・・・!!
官兵衛の場合、極力味方にダメージを与えないような合理的な戦術です。


②交渉術

戦は、必ずしも力のある者が勝つとは限りません。
天候、運、不運・・・も関係している??
戦国時代前期までは、占い、呪術を使う軍師が活躍していました。
戦いによい日時を占ったり、勝利を願う儀式を執り行いました。
しかし、後期になると、兵法に長け、策略や外交交渉もこなせる策士タイプが求められるように!!
豊臣秀吉を支えた竹中半兵衛と黒田官兵衛もこのタイプでした。

半兵衛がその力を発揮したのは、浅井の小谷城攻め!!
信長と秀吉は半兵衛を使って浅井家家臣の寝返り工作を進めさせます。
半兵衛の場合、浅井家にも仕えていたのでは??と言われています。
浅井の家臣・堀秀村、宮部継潤など浅井の家臣を寝返らせています。
戦わずして勝つことを理想とした半兵衛は、事前に敵との交渉し、できるだけ戦を避ける戦術をとったと言われています。
外交交渉だけでなく・・・半兵衛のことを快く思わない秀吉の家臣たちとも交渉を・・・
相手を褒めちぎり、褒めた後にアドバイス!!
秀吉の名前を上手く使いました。


官兵衛の交渉術は・・・
1590年小田原城攻めでは・・・
長期に渡り籠城していた北条氏政、氏直親子を、説得し無血開城していますが・・・。
その交渉術は大胆なものでした。
秀吉軍は小田原城を完全に包囲したものの、なかなか落とせずにいました。
そこで、交渉役として官兵衛を遣わします。
城の中の北条方に、酒・二樽、魚・十尾を差し入れます。
北条家はプライドも高いので、礼を尽くし懐柔しようとしました。
その返礼として鉛玉と火薬が出されました。
この意味は・・・北条の降参ととり、交渉に臨んでいます。
礼装に身を包むと、台頭せずに丸腰で、単身で小田原城に乗り込む官兵衛。
礼を尽くし、説得に当たった官兵衛に対し、北条親子は城を明け渡すことを承諾します。
この官兵衛の働きによって天下人となった秀吉です。


③人間力
二人が秀吉の下で一緒に働いたのは4年間ほどでした。
その頃の二人のエピソードから人間力を推察すると・・・??

官兵衛が秀吉について間もない頃、毛利方の大名を次々と織田方に寝返らせたことで、秀吉から感謝状を受け取り有頂天に!!
得意げに半兵衛に見せると・・・その書状を破り捨てた半兵衛は・・・
「こんなものを残しておいても、そなたの物にはならぬ!!」過去の栄光に縋りつくことを戒めた半兵衛は、手柄をひけらかすことを良しとしない愚直な男でした。

1578年織田信長に仕えていた荒木村重が裏切って毛利についたとき・・・
官兵衛は信長から村重を説得してくるように命じられ、意気揚々と有岡城に入りますが・・・
そこで囚われの身となってしまいます。
いつまでたっても戻ってこない官兵衛に、「村重に続き、官兵衛も裏切ったか!!」と思い込んだ信長は、人質に取っていた息子・松寿丸を殺すように秀吉に命じます。
これに断固反対したのが半兵衛でした。

「人質を殺せば、官兵衛は深く恨み、敵となるでしょう。
 そうなれば、大きな損失となります。」by半兵衛

しかし、この信長の直談判は聞き入れられません。
そこで半兵衛は松寿丸を、美濃国にあった自分の屋敷に匿ったのです。
バレれば自分の命も危ういというのに・・・。
しかし、半兵衛は、官兵衛を信じていました。
出会って数年のふたり・・・半兵衛は、軍師としての官兵衛を高く評価しており、自分が死んだ後、秀吉を支えるのは官兵衛だと思っていました。

1年後、救出された官兵衛は、家臣から半兵衛が息子を匿ってくれていたことを聞くと、半兵衛の懐の大きさに改めて感服し、自分を信じてくれたことに深く感謝しました。


④危機管理能力

乱世の世、危険だらけ??
半兵衛は、高価な馬には乗りませんでした。
それは、いつでも捨てて逃げられるように!!

官兵衛は、??
1582年毛利方の備中高松城を落とした秀吉は、毛利との講和条約を結ぼうとしていました。
が・・・衝撃の知らせが!!
本能寺で信長が光秀に討たれたのです。
焦る官兵衛!!
そもそも、毛利が交渉に応じるのは、急速に勢力を拡大している信長に脅威を感じていたから・・・。
しかも、秀吉軍は、信長軍に加勢すべく集まっていた播磨・備中の諸大名の混成部隊!!
信長が死んだと聞けば、秀吉軍は瓦解する可能性があり、毛利から反撃を受けた場合どうなるか・・・大ピンチでした。
おまけに秀吉は、主君・信長の死で冷静な判断ができない状況でした。
官兵衛はどうしたのか??
秀吉の耳元で・・・
「今こそ、貴殿が天下人となる好機ですぞ!!」by官兵衛

この言葉で我に返った秀吉は、官兵衛にすぐさま毛利との講和条約を結ばせ、明智光秀を討つべく、岡山から猛スピードで200キロを進軍!!
光秀がいた京都・山崎に僅か1週間で到着します。
中国大返しです。
この中国大返しを成し得た裏で、官兵衛が動いていました。

「本能寺で無念の死を迎えた信長公の仇を、秀吉さまが討てば、秀吉さまが天下人となる。
 此度手柄を立てた足軽は侍大将に、侍大将は大名になれるであろう。」by官兵衛

出世欲を刺激された兵たちは走りに走ります。
こうして、空前絶後の大移動が完成したのです。
本能寺の変の時点で、信長の部下がどこにいるのか?それを官兵衛は把握していました。
なので、一早く、秀吉に光秀を撃たせるために!!
信長の死を、秀吉のチャンスに変えたのです。
これがなければ、秀吉は天下をとれなかったかもしれません。


⑤秀吉からの信頼度
軍師・竹中半兵衛最後の戦いは、1578年播磨三木城主・別所長治の三木城攻めでした。
兵糧攻めに出るも、粘る別所軍に思わぬ持久戦に・・・。
長く陣を張り、待つ中で、半兵衛は病に倒れてしまいました。
京都に戻って養生するも、一向に回復せず・・・。
死を悟った半兵衛は・・・
「どうせ死ぬのであれば、戦場で死にたい・・・」
望み通り、戦場に戻ると36歳の若さで亡くなりました。
秀吉はその亡骸に縋りついて泣き崩れたといいます。
病弱だった半兵衛は、私利私欲のない男でした。
いかに敵を攻略するかだけを求めた、生粋の軍師でした。
なので、野心のない半兵衛は、秀吉にとって信頼できる数少ない家臣でした。


中国大返しの後、官兵衛は四国征伐、九州征伐で武功をあげ、秀吉の天下統一に大きく貢献していきます。
しかし、秀吉から与えられたのは・・・豊前12万石の小国でした。
どうして官兵衛の印象は少なかったのでしょうか?

酒の席で・・・
「わしが死んだなら、誰が天下をとると思うか?」by秀吉
家臣らは、徳川家康や前田利家など、有名武将の名をあげたといいます。
すると秀吉は・・・
「官兵衛こそが、天下を取るであろう!!」と言ったと言います。

数々の戦で絶妙の判断・・・多くの信頼を寄せていたものの、あまりの切れ者ぶりにいつしか恐れを抱くようになったのではないか??
天下人の座を官兵衛に奪われるのではないか??
これを伝え聞いた官兵衛は・・・
「某は、恐ろしい者と目されているようだ。」
自分がいると秀吉にお家を潰されてしまうかもしれない・・・と、44歳で隠居。
切れ者過ぎたことで、秀吉に疑念を抱かせてしまった官兵衛でした。

秀吉の軍師、竹中半兵衛と黒田官兵衛・・・どちらが最強でしょうか?
どちらか一人ではなく、二人いたからこそ、秀吉は天下をとれたのです。
 


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秀吉の軍師として有名な竹中半兵衛。
はじめは美濃国の斉藤家に仕えていました。
1564年、半兵衛は突然、斎藤龍興の稲葉山城を占拠してしまいました。
理由は藩主が不甲斐なかったから???とも言われています。
目を覚ましてくれた藩主に、半年後城を返します。
その後、近江の浅井長政に仕えます。

1567年に信長が美濃を平定。
半兵衛は、信長の与力として羽柴秀吉に仕えるようになります。
秀吉の智将として各地を転戦し・・・しかし、播磨国・・・三木城攻囲の陣中で、病死してしまうのでした。

そんな半兵衛の晩年・・・
敵方の有岡城の牢に幽閉されてしまった黒田官兵衛。。。

信長は、官兵衛が寝返ったと疑い、官兵衛の嫡男で人質となっていた松寿丸を殺すように秀吉に命じました。
半兵衛はこの時、「官兵衛に二心なき」と、信じて密かに松寿丸を匿ったのでした。

後に官兵衛の疑いが晴れて釈放された時、信長は半兵衛の計らいによって問い違いを犯さずに済んだと深く感謝したそうです。

半兵衛が病没した時、息子の重門はわずか7歳。。。
重門は元服後、秀吉に仕えます。
1588年4月の聚楽行幸の際は、従五位下丹後守に叙任され、諸太夫に列せられました。

翌年美濃不破郡で5000石、さらに1594年には河内の大方郡・安宿郡で1000石加増され、6000石を知行しました。

文禄・慶長の役は、幼少のため参加が許されませんでしたが、関ヶ原の合戦でははじめ西軍に属していました。
しかし、岐阜城落城後、東軍に加わるように説得したのが黒田長政・・・かつて半兵衛に助けられた松寿丸だったのです。

重門は、合戦で西軍が敗北後、小西行長を捕え、その身柄を家康に引き渡した功により、竹中家は領地を安堵されました。

その後、子孫たちも徳川家の旗本として、明治維新まで存続しました。
そして、両家の信仰も、末永く続いたといいます。

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岐阜県岐阜市・・・難攻不落の岐阜城の城下町です。
織田信長が天下統一を掲げた城下町。。。
四方を山に囲まれて・・・長良川の流れる城下町。
天空にそびえる白亜の城です。

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美濃を代表する戦国武将は斎藤道三、そして織田信長。
岐阜城のある金華山は、戦国時代には稲葉山城と呼ばれ、斎藤道三の居城・稲葉山城がありました。
この道三によって、城下町の基礎がきずかれましたが、1567年・・・斎藤龍興の時代に・・・
難攻不落の稲葉山城は信長の手によって攻略。
この地を平定した信長は・・・井口という地名を・・・中国の故事に習って岐阜と改めました。
斎藤道三・織田信長・・・ふたりの偉大な戦国武将の地です。

標高329mの金華山山頂にそびえる岐阜城・・・
天守閣からは、眼下に濃尾平野の絶景を望むことが出来ます。
信長は、この岐阜から天下布武を掲げ・・・野望実現に向かったのです。

今は昭和31年に再建された岐阜城ですが。。。
信長の建てた岐阜城とはどんなものだったのでしょうか?

信長の屋敷跡は、今も発掘調査が行われています。
今からおよそ440年前に、信長が築いた岐阜城・・・
金華山の麓には、信長の居城があったと言われ。。。
昭和59年から、居館発掘調査が行われています。

2013年に、この居城から発掘された瓦・・・
牡丹と菊花紋は、金箔がはられていました。
従来の定説からは、金箔は安土城が最初・・・と言われていましたが、その始まりは岐阜城からだったのです。

時は戦国時代・・・防衛よりも・・・
守りに徹する武骨な城よりも、敵方にも存在を誇示するような”見せる城”で・・・。
迎賓館としての役割・・・外交の拠点もあったようです。
楽市楽座も発祥の地で・・・信長統治下の岐阜を訪れたルイス・フロイスは・・・
「まるでバビロンの町のよう。。。」
と言い、当時は京に次ぐ繁栄を極めていました。
信長が、天下統一を果たすために築いた新感覚の城下町だったのです。

長良川沿いには・・・古い町家が残っていて・・・道三の時代から水上運送による市場があり、商業が発展していました。
岐阜団扇は室町時代から生産され、その材料は、地元の竹、美濃和紙が長良川によって運ばれてき。。。
提灯や和傘づくりも盛んに行われてきました。

金鳳山正法寺には大仏があります。

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この大仏は・・・真鍮を通して・・・主に木材や和紙で作られた日本一の乾漆像です。
奈良大仏・・・14.98m
岐阜大仏・・・13.63m
鎌倉大仏・・・11.31m
と、引けを取りません。
竹や和紙で作られた岐阜大仏は、岐阜産業の集大成とも言えます。
岐阜の城下町ならではの大仏様なのです。

1300年前から行われている古の漁法・・・
夏の風物詩は、長良川の鵜飼い・・・古事記にも描かれている伝統の漁法です。
江戸時代は、尾張藩の保護によって娯楽へと発展していきます。
松尾芭蕉は・・・
「おもしろうて
 やがてかなしき
       鵜船かな」
と、詠んでいます。

この句は、当時の鵜飼の姿を伝えています。

戦国の梟雄達が自らの野望を実現する為に争った岐阜・・・
しかし、それは、長い歴史の中の一コマなのです。

人々は、いつまでも変わらない長良川と金華山に誇りを持っている・・・
そんな城下町でした。

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先週・・・おたつはきっと幸せになると言って・・・浦上に嫁いで行ってしまいました。。。

この同盟に反発する赤松が・・・室津城に兵を進めます。
1564年、赤松は婚礼の日に室津城を攻め。。。
それは・・・おたつと浦上清宗の婚礼の儀のまさに最中でした。

清宗は、すぐにおたつを逃がします。
官兵衛と武兵衛が駆けつけた時。。。室津城はすでに荒らしつくされ。。。
婚礼が行われていた部屋は血の海。
おたつは???おたつは・・・???

外の小屋で・・・武兵衛が見たのは白無垢姿のおたつ。。。
虫の息でした。。そして・・・官兵衛を待っていたかのように。。。

kan1












「一緒に帰ろう・・・!!!」

官兵衛の手の中で、こと切れたのでした。

御着城では。。。今後のことを思案しています。

「怖れながら申し上げます。
 今こそ赤松を攻めるべきでございます!!
 お味方の浦上が・・・当主、嫡男共に撃たれたのでございます。
 このまま赤松を放っておくは部門の恥!!
 今すぐ兵を挙げ、赤松を討つべき時と存じます!!」by官兵衛

仇討ちしたい一心でした。

「実の姉ではなくて良かったではないか。。。」by左京進。。。

あまりの苛立ちに、飛びかかっていく官兵衛。。。

おたつを・・・あの時手放さなければ良かった・・・??
絶望のどん底に突き落とされる官兵衛がいました。



天下を狙う信長は、美濃攻略に苦戦を強いられていました。
稲葉山城を龍興から落としたのは、軍師として仕えていた竹中半兵衛。。。
見舞いに行くと見せかけて・・・
しかしその”長持ち”の中には武具が・・・!!
そうして稲葉山城を奪取したものの・・・
その目的は、殿を諌めるためだったのです。

おたつが亡くなってからというもの、何事にも身の入らない官兵衛。。。
赤松が鉄砲を手に入れたという情報が入り、官兵衛は父から堺へ行って鉄砲を買い付けるように命じられました。

『「怒りはまた喜ぶべく 憤りはまた悦ぶべきもの
 亡国はまた存すべからず 死者はまた生くべからず」by孫子

 一時の怒りや憤りで戦を起こしてはならぬ。
 死んだ者が再び生き返る事もない。
 今のお前には解るまい。。。

 今のお前は黒田家の恥だ。』by父・職隆

父にそう言われてしまった官兵衛・・・海を見ながら何を思う???
官兵衛の祖父・重隆は。。。

おたつの最後の言葉を聞いていました。

「悔いはありません。
 ただ・・・お聞きいただきたいことが。。。

 私は・・・官兵衛さまをお慕い申しておりました。
 でも、このお話をお受けした時に、その想うはきっぱり捨てました。
 私は・・・黒田の娘となり、官兵衛さまは弟です。

 これで胸のつかえが取れました。」 

仇討ちのことを諭されます。

この後、黒田家の礎を築き、官兵衛を育てた祖父・重隆は世を去るのでした。


そうして鉄砲の買い付けに向かう官兵衛と武兵衛、善助。

山賊に襲われる官兵衛を助けた男。。。
荒木村重です。
汚い恰好ですが・・・そう、この頃はまだ浪人でした。
そう、官兵衛の今後を左右する男

荒木村重によると・・・13代将軍・足利義輝が暗殺されたとのこと。。。
松永久秀と、三好三人衆の謀反でした。

乱世もここに極まれり!!
畿内一円が戦場と化していると聞くのでした。

荒木村重は、歩き回って情報を集め、一国一城の主になる機会を・・・下剋上をうかがっていたのでした。

道中は・・・いたる所に戦禍が広まり・・・悲しみが憎しみを生み・・・また戦となっていました。

が、堺は富みで発展していました。
まるで異国のようです。
この堺で一番力があるのは会合衆といわれる商人たちでした。

堺で鉄砲と言えば、豪商・今井宗久。
宗久から織田信長がたくさん買ったことを聞かされます。
買い付けに来たのは・・・木下藤吉郎!!

町を歩いていて・・・鐘の音に導かれるようにやってきた場所では・・・
ルイス・フロイスがキリスト教を説いていました。
もしかすると、おたつに導かれたのかも知れません。。。

kan2












「世界は広い・・・とてつもなく広い・・・
俺には・・・解らないことばかりだ・・・。。。」

爽やかですね・・・官兵衛・・・もとい、岡田くん!!
これから腹黒くなってくれるのか???と思いきや、もう、キリスト教に目覚めちゃうの・・・???

う~ん、スイーツ大河まっしぐらなのだろうか・・・??
来週から光が出て来ます。

失った人をふりきる展開・・・早くない???
っていうか、そう思うと、”おたつのエピソード”が必要だったの???
ってことになっちゃうのだけれど。。。

う~ん・・・おたつのポジションは微妙です。
先日、実在しなかったと書きましたが。。。
御師の娘・おたつはともかく、本当は官兵衛には妹がふたりいて・・・
その一人が浦上家に嫁いだとか、でも生き残って子を生したとか・・・とも言われています。

ま、当時の女性はほとんど資料が残っていないので、わからないのが現状です。

でもね、妹がいたかも???ってことは、”妹”で良かったんじゃね???ってこと。

スイーツ路線に走ってますよね。。。
おまけに、あんなに好きだったのに、次回から光の登場です。
だ・か・ら・・・”妹”でも怒りはあっただろうし、「仇討ち!仇討ち!」言っても良かったのよ。。。


視聴率が今一つとも言われていますが、その一因に人物が多すぎる!!というのがありました。
最近の大河って、すぐ大人になっちゃいますよね。
昔は子役・少年役で2か月以上は持たせたんじゃないかなあ???
ま、2時間ドラマでも10分以内に殺されないと視聴率が悪いなんて言われますから
早く岡田くんに切り替えたかったのかもしれませんが、もっと一人一人を大事に描いてくれたら、多すぎる人物も理解できると思うのですがどうでしょう???

早く、腹黒い岡田くん観たいなあ・・・

あ・・・今思いました。
スイーツ大河になるためには、早く大人にならないと駄目なのか・・・!!!

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 今回は・・・お話的には良い感じで大好きでしたが・・・
本当にこの副題で良いのですか???
「忘れえぬ初恋」で???

もっと大事なことがたくさん表現されていたと思うんだけどなあ・・・

先週元服した官兵衛です。
父と、今の黒田家・・・小寺家の立場を話しています。

そして・・・父の言うには
「我らの役目は、西の赤松から御着を守ること。。。
 御着の家中は、先祖代々の結びつきがことのほか強い。。。
 我ら外様が生き残るには、人一倍働くことだ・・・!!」

と。
で・・・あの殿に、身を粉にして仕えて何かいいことあるのかしら???


1561年・・・外様の黒田家から、官兵衛が人質となります。
これは、戦国の武士の家に生まれた宿命。。。
しかし・・・”出る杭は打たれる!!”

ま、色んなことを勉強するんでしょうが、中には今川義元の家で人質だった家康は・・・太原雪斎に勉強を教えてもらったり・・・お客さんのようなところもあるのですが。。。

この小寺家はちょっと違うようです。

”目薬屋の三代目””余所者”として中傷されることも・・・!!


・・・殿には勝負事に勝ってはならない事。
なのに・・・囲碁で殿に勝ってしまいました。
「職隆だったら・・・わしに勝ちゃあせん・・・
 飼い主の手は噛んではならん・・・(笑)戯言じゃ・・・!!」

立派に初陣に出る官兵衛・・・どうなるのでしょう???
そして・・・官兵衛を見守るおたつ。。。

先鋒に加わりたいという櫛橋左京進。
殿はその心意気に感心しています。
が・・・官兵衛は・・・??
左京進は・・・官兵衛に対抗心を燃やしているようです。

kan1
良いですね。。。
この戦い方。
まるで戦闘中・・・
もとい、農民の戦いです。
っていうか、戦国時代のみんながみんな、甲冑つけて・・・みたいなのはありえないですよね。

実際秀吉も、もともと農民で・・・そんな恰好で足軽だったんだから・・・
華やかさに欠けるかもしれないけれど、こちらの方がしっくりきます。

子供の頃に遊んだ場所で・・・官兵衛にとっては庭のような場所。。。
武兵衛と物見にでます。
「震えているぞ・・・!!」
「若も・・・」
と、初陣で緊張~!!

父や叔父は・・・そして左京進も戦っています。
が・・・何か察する官兵衛。。。

「誘ってる・・・???
 罠だ・・・!!」

官兵衛の機転から、なんとかピンチを脱した味方。。。

「やりました!!
 この左京進、兜首をあげましてござりまする!!」
父に報告するも、浅はかさを叱られてしまう左京進。。。
「余計なことをするな・・!!目薬屋!!」
嫌味を言われるも、自分が戦で何もできなかったことに呆然とする官兵衛でした。

そう、こんな四面楚歌な外様状態で、頑張っていたのですね、官兵衛。。。

kan5













そんな針のむしろな官兵衛。。。
姫路に戻ってひと時の安らぎでした。。。
きっと・・・おたつが好きだ・・・そんな気持ちに気付いたひと時でした。

kan2
そんな官兵衛に家臣が・・・!!
栗山村の善助です。

黒田家が、生まれが賤しいものでも実力があれば使ってくれるといううわさを聞いてやってきたのです。

kan3


ま、武兵衛は黒田家家臣だし、側近だからいいのか・・・?





で・・・斎藤龍興の稲葉山城を攻めている織田信長・・・
痛い目に遭う訳ですが・・・その痛い目に遭わせたのは・・・この男。。。
kan6

竹中半兵衛です。







あ~、信長の弟を暗殺するシーンですが・・・回想シーンです・・・
あれでいいの???ホントに???
っていうか、必要ですか???
解らない人には全く解らないんですけど・・・???
goe

そして・・・
さる(秀吉)⇒信長も・・・
別に必要ないような・・・





おまけに信長さん、五右衛門にしか見えません。。。

この竹中半兵衛が、黒田官兵衛を軍師に導いていくわけですが・・・そう、ナレーションは間違っていないのですが。。。

私のイメージとしては、病弱で戦えずおまけにいつ死ぬか分からない身なので、褒美ではなく、戦略を立てることが生きがいの半兵衛と知り合った官兵衛が・・・
今まで自分は功名ばかりを望んでいたと・・・反省して覚醒してほしかったのですが、すでに岡田官兵衛兄さんは、出来ているというか、ブラックな部分が全くなし・・・

その頃播磨では・・・
浦上との縁談を決めた小寺。
人質として・・・誰かを嫁に出すことに・・・

殿の正室お紺・・・お紺もまた、元は人質でした。
政職を・・・想いながら・・・官兵衛に説くのでした。

「官兵衛は・・・好きな女子はいますか?
 いるなら・・・手を離さないことです。
 一生悔いて生きることになりますよ。。。」

あ~、これが副題の伏線になるわけですね。。。

思いを継げに来た官兵衛・・・でも、何だかおたつは変・・・???

・・・選ばれたのは”おたつ”。
お年頃の女性がいなかったので・・・黒田家の養女となり、黒田家の為に嫁ぐことになっていました。

「こちらからお願いしました。
 それが・・・おたつにとっても一番良い道・・・
 もし、おたつがあなた様に嫁いだとしても・・・これは相応しゅうございません。
 身分がつりあいませぬ・・・。
 おたつも肩身の狭い思いをいたしましょう。。。」
「おたつはなんと・・・」
「おたつは父の頼みを快くうけいれてくれました。」

止めることも・・・思いを告げることもできない官兵衛。。。

「本当に・・・良いのか・・・?」
「はい。。。
 御恩のある黒田家のお役にたてるのですから・・・
 官兵衛さまは・・・人質でも幸せになれると言いましたよね。。。
 たつは・・・きっと幸せになります。。。」

輿入れするおたつ・・・何もできない官兵衛。。。

これを機に、赤松は動きます・・・!!
攻めるのは小寺ではなく・・・嫁ぎ先の浦上・・・!!
祝言の最中に攻めようという魂胆です。

強気者だけが生き残る時代・・・
おたつの為に馬を飛ばす官兵衛です。

今回は続く。。。

”官兵衛おたつ”と思っていた人には申し訳ないのですが、いいストーリーでしたが・・・おたつは物語なので、フィクションなようです。
最近の大河ドラマは、恋愛が絡んでくるのどうもな自分がいます。
あ・・・自分が女であることを忘れている・・・

でも・・・いろいろ見てみると・・・廣峯神社は黒田家と関わりがあったのは本当ですが、この神社自体が天平から続いているということ。吉備真備のお墨付きということ・・・なんかを考えると、黒田家とはお世辞にもつりあわない・・・
ってことは、黒田家>廣峯神社ではなくって、廣峯神社>黒田家ってなると、黒田家の養女になるのもおかしいし・・・。
ま、そこはフィクションということで。。。
1話目で官兵衛を紹介して、2話目で女性の視聴者をぐっとつかもうとしたのかも知れませんね。

個人的には、本当に農民に毛が生えたような身分なのに、これから”黒田二十四騎”の核となる善助が出てきたのに・・・!!
おまけに・・・竹中半兵衛も出てきたのに・・・!!
50回ぐらい放送するんだから、ぜ~んぶ今回に詰め込む必要あったのかしら???
って思ったので、今回の副題「わすれえぬ初恋」に???がつくのでした。

歴史大好きの岡田くんは、”歴史好きが見ても面白い作品にする”と言ってくれているので・・・
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