日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:木戸孝允

大政事家大久保利通 近代日本の設計者 (角川文庫 角川ソフィア文庫) [ 勝田政治 ]

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明治4年(1871年)7月14日、日本史上屈指の大改革が断行されました。
およそ、270年にわたり地方の領主だった藩が姿を消し、中央政府が治める県が置かれました。
廃藩置県です。
これにより、日本の政府権力は中央政府に一極集中することになりました。
この廃藩置県は、藩主への事前通達はなく、僅か6日の間に実行された電撃作戦でした。
実行の最後の決断をしたのが、維新三傑のひとり・大久保利通でした。
しかし、大久保は廃藩置県をするかどうか、最後まで悩み続けていました。
出来たばかりの明治政府は、経済力、軍事力ともに決定的に不足し、成功させる実力がなかったのです。
無理矢理断行すれば、諸藩は反発・・・日本は再び血みどろの内戦状態になるかもしれない・・・
躊躇すれば・・・海外からの脅威に立ち向かえないかも・・・??
どちらをとってもいばらの道でした。

薩摩藩、長州藩を中心とする新政府軍と旧幕府軍が戦った戊辰戦争・・・。
およそ1年半の激戦の末、新政府軍が勝利を治めました。
幕府に代わって新しい国づくりを担うこととなった新政府軍の中心となったのが薩摩藩だった大久保利通でした。
その真っ先の課題は・・・中央政権でした。
アジアでの西洋列強の植民地化から日本を守るために、天皇のもと、国を一つにまとめる必要があったのです。
しかし、大久保の前には大きな壁が。。。全国に270あまりある藩でした。
それぞれの藩は、財力や兵力をそれぞれ保有し、それらはすべて藩主のものでした。
中央集権を推し進めるためには、財力や兵力を新政府に集めなければなりませんでした。
長州藩出身の木戸孝允と共に出した案は・・・
版籍奉還(版・・・土地、籍・・・人民)・・・まずは、土地と人民を天皇に返上させようと考えました。
しかし、版籍奉還は、藩主にとっては、既得権を喪失すること・・・諸藩が素直に応じる保証はない・・・。
大久保出身の薩摩藩の反応次第では、血みどろの戦いになるかもしれない・・・。

薩摩藩は、集成館事業を行っていました。
当時の日本の最先端の軍事工場で、大量の木炭を燃料に、大砲づくりを行っていました。
西洋式の産業技術を研究し、大砲や火薬の製造、軍艦の整備なども行っていました。
その結果、薩摩は明治に入っても、強大な軍事力を持っていたのです。
もし明治政府の強引な政策に薩摩が反発すれば・・・またもや戦乱に??
たくさん残る氏族の不平が反乱の元になる事を新政府は恐れていたのです。
薩摩をはじめとする諸藩を刺激せずに穏便に改革を進めるためにはどうすれば・・・??
土地と人民を返上させ、再交付をにおわせることにします。
さらに土地と人民の返上を迫られる藩主には、魅力的な役職を・・・知藩事です。
天皇が任命する地方長官のことで、地方を支配する権限はこれまでと変わらない上に、天皇のお墨付きが就くので、大きな名誉なことでした。
大久保たちの狙いは見事に当たり、版籍奉還に魅力を感じた藩主たちはこれに応じるのでした。
その結果、大きな反発もなく、土地と人民は天皇が所有するものに。。。
大久保たちは、少しずつ江戸時代からの地方のあり方を変更し、中央集権の第一歩に成功したのでした。

政府の発言力を強め、影響を全国に及ぼすためには、強力な後ろ盾が必要・・・!!
大久保は、薩摩藩の力に目をつけます。
カリスマ的な西郷隆盛、藩に絶大な影響力を持つ島津久光。。。
二人を新政府に参画させようと試みました。

1870年1月、大久保は、自ら説得のために鹿児島へ・・・
逆風は覚悟していたものの、新政府への風当たりは予想以上のものだったのです。
久光の説得は難航・・・政府の中央集権に協力すれば、県独自の力が失われてしまう・・・。
久光は、大久保の意見に全く耳を貸しませんでした。
親友・西郷隆盛に至っては、大久保たち新政府を痛烈に批判!!
西郷は、政府の腐敗ぶりに不信感を抱いていたのです。
高額な月収を取り、かつての大名屋敷に我が物顔で住んでいるが、何の成果も揚げていない・・・これでは、泥棒と同じである・・・と。。。

地方のやり方を重視する側からみると、政府のやり方は間違っているのではないのか・・・??
天候不順の上に、政府は財源確保のために、容赦のない取り立てを行っていました。
ふるさと薩摩の痛烈な拒絶・・・
そこで、強制的に藩制を制定。。。
財政のうち・・・10%=知藩事の給料
         18%=軍事費(うち9%は政府に上納)
         72%=藩の運営経費
政府の統制を強化しようとしたのです。

ところが・・・激しく拒絶したのは薩摩藩でした。
薩摩の代表は、鹿児島へ帰ってしまいます。
更に大事件が・・・薩摩藩士の横山安武が、政府の批判を書状に認めて自害!!
これが世間を騒がせ、さらに政府への風当たりがきつくなります。
そして、国外にも衝撃を与えます。

大久保は、再度薩摩藩を説得しようと試みます。
1870年12月、再び鹿児島を訪れます。
さらに関係は悪化していました。
ところが・・・薩摩藩は意外な・・・政府への協力を約束したのです。
西郷隆盛の新政府への参画、3000人の薩摩藩士族たちが御親兵として供出されることが決まりました。
どうして薩摩藩は態度を変えたのでしょうか??
御親兵・・・御親兵の生活費は、政府が保証することで、薩摩藩の財政負担が軽くなったのです。
戊辰戦争から帰ってきた士族たちは、やることもなくくすぶっていました。
彼らに新しい役割を与えると・・・沈静化もされる・・・一石二鳥のことでした。
大久保は、政府と薩摩藩双方に、メリットのある方法を見つけ出したのです。
薩摩藩の協力を得た新政府は、中央集権化に向けて大きな力を得ることに成功したのです。

強力な後ろ盾を得たにもかかわらず、なかなか先に進めません。
中央集権に向けての改革と関係のないところで、大久保と木戸が激しく対立。
大久保は、政府の組織改革を提案・・・しかし、木戸は大久保の案を激しく批判していたのです。
その上、政府の人事案においても二人は対立!!
度重なる対立に、大久保は爆発寸前・・・!!

「動かすべきを動かさずして、動かすべからざるを御動かし、ムチャクチャの御裁断
 なにぶん今日の姿にては、奮発する気も全く失せ果て申し候」

両者の対立はひと月ほど続き、政府は分裂の危機を迎えていました。
その結果、中央集権に向けた改革は置き去りにされてしまいました。

そのことで、大久保が追いつめられる悪循環が発生します。
軍事運営の現場に近い中級官僚による突き上げが始まったのです。
彼らは、政府内の混迷で中央集権が棚上げされることで、軍事・経済の改革が止まることに危機感を強めていました。
今すぐに廃藩置県を断行しなければ・・・!!
そうすれば、廃藩置県を行えば、中央集権が一気に進む??
もし、廃藩置県が断行されれば、藩は無くなりその兵力と財源は国のものとなる・・・これを天皇の命令の元に一気に・・・!!
木戸孝允、井上馨がこれに共鳴!!
そして、まさかの西郷隆盛までもが廃藩断行に同意したのです。
中央集権が足踏みのまま、現状でいる事には西郷も限界を感じていたのです。

「私情においては忍びがたいが、廃藩は天下の世運であり、この流れは最早、人の力では止めることができない」

木戸と西郷、廃藩断行に同意し、残るは大久保のみ・・・
西郷は意見を求めますが・・・ゆっくりと慎重に進めるべきだと考えて来た大久保にとっては、青天の霹靂でした。
どうする・・・??

中央集権が進まぬ今、無策でいては、国の存続すら危うくなってしまう・・・!!
大久保はついに決断します。
「篤と熟考 
 今日のままにして瓦解せんよりは、寧ろ大英断に出て瓦解いたしたらん」
大久保は廃藩置県断行に同意する決意を固めたのです。
7月9日・・・早速断行に向けた密議が・・・出席者は、大久保をはじめとする薩長出身の一部の官僚たちでした。
この計画は、明治維新に貢献のあった諸藩や岩倉具視にさえ知らされることはありませんでした。
実行に当たっての懸案事項は・・・諸藩からの反発!!
井上馨は・・・
「多少の動揺はあると覚悟せねばならぬ
 その時は、兵を用いる必要が生じるかもしれない
 その覚悟はよろしいか」
西郷は・・・
「兵は、我々が引き受ける」
場合によっては血が流れても仕方がない・・・軍事力の行使もやむ負えない・・・。
大久保も不退転の決意で大改革に臨むことになりました。

1871年7月14日、諸藩の知藩事に対し、廃藩置県の勅令が下ります。
天皇の命令という強制力を伴った通達でした。
その結果、全国に260余りあった藩はすべて廃止・・・。
県が置かれることになりました。
密議からわずか6日・・・疾風迅雷のごとくの電撃作戦でした。
急転直下の改革劇に諸藩は・・・??

大久保たちの心配をよそに・・・反発は起きませんでした。
どうして廃藩置県を素直に受け入れたのでしょうか??
廃藩を積極的に受け入れた藩もあったのです。
七戸藩は・・・東京からはるか遠方にあり、不毛の土地がおおく、年貢もあまり集まらない・・・。
このうえは七戸藩を排し、他藩の管轄下に入れて欲しかった。。。
廃藩置県になると、借金は国が肩代わりしてくれました。
抵抗があったものの・・・名より実をとった藩が多かったのです。
廃藩置県を受け入れると・・・知藩事は収入が保障され、安定した生活が得られます。
華族の称号が与えられる・・・武士から見たら、憧れの公家と同じ称号がもらえる。。。
反対する理由はありませんでした。
渡りに船だった可能性も・・・??
多くの知藩事たちが、廃藩置県を厳粛に受け止めるように藩士たちに説いています。

私情を捨て、日本という国に報いる・・・
明治の人は流血を避け、中央集権を成し遂げる重要性を一人ひとり深く理解していたのです。
大久保は、この時の心境について何も残していません。
この反応をどのように受け止めたのでしょうか??
明治政府は悲願だった中央集権の実現に成功し、これを足掛かりに地租改正、徴兵令と、改革が進み、日本の近代化が一気に幕をあけます。



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1866年、京都のとある場所で・・・密約がなされました。
薩長同盟です。
あまりにも有名な伝説・・・
西郷隆盛と木戸孝允、面子を気にして同盟を切り出せない二人を坂本龍馬が一喝!!
同盟成立に導いたというストーリーですが・・・
近年、歴史は見直されつつあります。

ひとまず幕府に従うべきだという西郷、これ以上過酷な処分は受けないといいはる木戸・・・。
意見は食い違い、薩長は決裂寸前となっていました。
暗礁に乗り上げた交渉をまとめ上げたのは・・・龍馬ではない・・・もう一人のキーマン・・・小松帯刀!!
薩摩藩の若き家老です。

「薩摩での人物はまず小松である」by龍馬
「私が一番知っている日本人で、一番魅力ある人物」byアーネスト・サトウ
「薩摩藩の製作は、ほとんど小松が立案している:by海舟

万難を配し、長州との同盟に踏み切った帯刀、知られざるその構成期とは・・・??

小松帯刀・・・帯刀本人が愛用した薩摩琵琶。
帯刀は、若い頃、寝食を忘れてこの楽器に熱中しました。
心配した家臣が、先祖の功績に恥じぬ生き方をせよと忠告すると、涙ながらに琵琶をしまい、二度と手に取ることはありませんでした。
藩主・島津家に並ぶ名門に生まれた帯刀・・・幕末の動乱へ・・・!!

1853年黒船来航

開国を迫ります。
圧倒的な武力の前に、開国に踏み切る幕府。
この先・・・欧米諸国とどう向き合うのか・・・??
薩摩藩は、他国に先んじて、富国強兵に乗り出していました。
藩主・島津斉彬は、反射炉を建設し、大砲鋳造に乗り出します。
21歳の帯刀は、斉彬の隣で産業育成に関わります。
この経験が、帯刀の目を開きました。
壮大な造船業、製鉄業、紡績業が、鹿児島に次々に生じていきます。
日本を変えていくためには殖産興業・富国強兵だ・・・!!
自立しながら日本全体を守っていかなくては!!

斉彬の後、権力の座に就いたのは弟・久光でした。
久光は、帯刀を僅か28歳で家老に昇進させます。
家老になる1年前・・・1861年には藩命により長崎へ・・・異国人から蒸気船を学びました。

当時アメリカでは・・・1861~1865年まで南北戦争によって品薄となっていた綿・・・これに目をつけて、西国諸藩から綿を買い取って輸出!!
売り上げは18万両にのぼりました。
その利益を手に、海軍の建設に乗り出しました。
この年、薩摩藩は、5隻の蒸気船を購入しています。
同じ頃、運命的な出会いが・・・坂本龍馬です。
神戸海軍操練所の閉鎖に伴って行き場を失っていた龍馬を、帯刀は薩摩に引き取ります。
顔が広く、抜群の政治センスを持つ龍馬は、帯刀の元で、薩摩外交の一翼を担うようになります。
彼らの共通の理想・・・それは、雄藩連合です。
これまで幕府では、一部の譜代大名が政治や外交を独占!!
外様はカヤの外でした。
薩摩は、有力大名が手を組む雄藩連合を構想、実現に向けて動き出していました。
帯刀は久光の代理として京都での工作を任されます。
そこで直面したのが長州をめぐる政局でした。
その頃長州は、異国を打ち払うべしとし、外国船への砲撃を決行!!
一部の公家と結びつき、通商条約の破棄を工作していました。
幕府側は激しく反発し・・・その中心が、禁裏御守衛総監・一橋慶喜、京都守護職・松平容保、京都所司代・松平定敬でした。
薩摩はこの時幕府側について、長州と蛤御門で戦い、撃退します。
慶喜はこれに乗じて、長州排除に動きます。15万の征討軍を動かし、長州国境に迫りました。
第一次長州征伐です。

ところが・・・ここに及んで薩摩は態度を一変!!
1864年10月、上京した帯刀は、慶喜に征伐中止を宣言しています。
「ここで内乱を起こすことは、植民地化を狙う諸外国の思うつぼ・・・!!」
この薩摩の方針の変更は、京都におけるパワーバランスによるものだと思われます。
一会桑は、有力藩を国政運営に加えたくない・・・
薩摩は加えたくない・・・??
勢力との深刻な対立。。。
長州を敵に回すのではなく、恩を売っておくほうが得策なのではないか・・・??

薩摩は事態収拾へと動きます。
禁門の変を主導した長州の三家老を処刑し、幕府へ謝罪するように打診・・・。
長州がこれを受諾したことで、第一次長州征伐中止。
振り上げた拳の行先の無くなった慶喜は、苦々し気に吐き捨てます。
「芋に酔うのは酒に酔うより甚だし」と。

薩摩への警戒を強める慶喜、再起へ虎視眈々の長州、その中で京都での工作に励む小松帯刀・・・
幕末は、いよいよ風雲急を告げる・・・!!
1865年、幕府側の巻き返しが・・・
三家老の処刑では処分は済んでいないとし、将軍家茂率いる15万の軍が大坂へ・・・!!
第二次長州征伐です。
長州は、開戦を覚悟しました。
しかし、幕府は諸外国に対し、武器を売らないように要請します。
長州は、絶体絶命の窮地に陥りました。
この時の、帯刀の決断とは・・??

薩摩名義で7,300丁もの銃を購入し、長州に斡旋したのです。
長州の使者に対して・・・
「幕府の嫌疑など意に介していない。
 如何なることでも尽力する。」
この時帯刀は、幕府を排除した新しい政治体制を模索していました。

薩摩は長州との更なる提携の道を探るべく使者を派遣!!
うけて翌年、長州藩・木戸孝允が上京!!
交渉の場は、帯刀の宿舎・御花畑・・・藩邸を避けたのは、幕府に嫌疑を起こさせないための薩摩側の配慮でした。
1866年1月・・・交渉が始まりました。
帯刀の元で交渉を担当したのは西郷隆盛!!
西郷は、幕府側に対する武力も辞さない強硬派として知られていました。
しかし、会談の冒頭に発したのは・・・
「ここはまず、幕府の処分を甘んじて受け入れよ」でした。
この時点で、幕府は長州に対し藩主親子の隠退、領地10万石削減・・・を通告する見通しとなっていました。
過酷な処分を受け入れよという西郷・・・
そこには、国父・島津久光の意向がありました。

久光は、京都藩邸に使者を送り、藩士たちに厳しく自重するように命じてます。
西郷と帯刀は、長州に対して朝敵の汚名を晴らす政治工作はできても、幕府への武力行使はできない状況に追い込まれていたのです。
しかし、長州は既に臨戦態勢・・・更なる条件など受け入れられない・・・。
三家老の首級で住んでい入るはずでは・・・??
軍事支援か?政治的解決か・・・??
薩摩に置いて、久光は絶対でした。

交渉を打ち切るか・・・??
同盟締結に向かう・・・??

1866年1月20日、暗礁に乗り上げた交渉は・・・思わぬ展開に!!
きっかけは龍馬!!
御花畑に到着し、薩長両藩に交渉の継続を求めます。
龍馬の働きかけで交渉は続けられ、後は帯刀次第・・・
「私の思いが小松、西郷に通じた。感謝に耐えない・・・」by孝允
帯刀は、処分を突っぱねて、幕長戦争に突っ走る木戸の主張を受け入れたのです。
ここに、薩長同盟が成立!!

木戸の書簡には、6か条にわたって盟約の詳細が・・・

若し、幕府と長州は戦争となった場合、薩摩は二千の兵を上京させ、京都、大坂を固める!!
薩摩は朝廷に働きかけ、長州の朝敵の汚名を晴らすべく尽力する!!

ここまでは、久光にとっても許容範囲ですが・・・

第五条には・・・
一(橋)会(津)勢力総勢力がこれまでのように、長州の復権を遮る場合は決戦に及ぶ・・・
つまり、決戦条項です。
久光の指示に反するかのような条文・・・そこには巧妙なロジックが隠されていました。

一会桑・・・つまり、幕府とは一言も言っていません。
薩摩が生き残るためには、長州を絶対滅ぼしてはならない!!
軍事同盟ともそうでないともとれるこの密約は、帯刀苦心の結晶でした。

1866年6月、幕長開戦!!
ついに戦闘状態に・・・!!
帯刀のあっせんした最新兵器の威力は凄まじく、長州は四方からの15万の幕府軍を撃退!!
1867年5月、京都・二条城に将軍・慶喜と久光ら有力諸侯が集まり、長州の戦後処理について話し合われました。
帯刀の書簡には・・・久光の言葉が・・・
「三家老の首級を差し出したことで、謝罪は済んでおります。」
同盟交渉の場での、木戸孝允の言葉を久光が口にしたのです。

同盟締結から1年余り・・・帯刀がいかに久光を説得したのか・・・その真相は全くわかっていません。
しかし、この時、確かに歴史は動いたのです。

薩長同盟は、その後の歴史を大きく変えました。
1868年1月3日、鳥羽伏見の戦い・・・薩長中心とする新政府軍と旧幕府軍が激突!!
新たな国家を作る戦いが始まりました。
しかし、そこに帯刀の姿はありませんでした。
この頃、持病の足の痛みが悪化し、鹿児島に戻っていました。
戦いを遠くから見守ることしかできませんでした。

「天下の大事に後れたこと、実に残念でならない。」

しかし、討幕戦争のさなかにも、帯刀は新政府の構想を・・・
より装飾性の高めた薩摩焼を作り、欧米の人にも賛美されるように・・・
薩摩焼は、1867年のパリ万博に出展されています。
その機を逃さないように・・・!!
繊細な薩摩焼は、ヨーロッパの上流階級に珍重され、ジャポニスムの潮流を巻き起こします。
宮殿などの装飾品として注文が殺到!!
当時、ヨーロッパでは日本の陶器はすべて薩摩と呼ばれるほどの人気でした。
殖産興業・・・帯刀の夢が、世界に飛翔した瞬間でした。

しかし、その夢の実現を帯刀が見ることはありませんでした。
1870年7月20日・・・病のために36年の短い生涯を閉じたのです。
維新の大業のために、命を燃やし尽くした帯刀・・・顧みられることのなかったその功績に、近年、ひかりが当たりつつあります。



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とりあえず・・・ショックでした。
この副題も・・・ほとんど書き終えたところで全部消してしまったことも・・・。
なので、書く気が失せてしまいました。
ごめんなさい。。。

私は女性が好きと思われている昼ドラや渡る世間はダメなんです。
ちなみに少女漫画やレディースコミックも・・・。
あ・・・でも、今回の朝ドラ、とても面白いですよ。

なので、さすがにこの展開はどうもなあ・・・突っ込む気も失せました。

hana2

















普通・・・県令なら宿の他の者を同部屋にしてでも一人部屋を用意するでしょう・・・。

阿久沢様の言う通り・・・責任とってください。

ちなみに船津伝次平に会いに美和が行っていますが、どうして行ったのか??まったく伏線がなくっておかしいですよね。

hunatu本当は、あんな野蛮人ではなく(良純さんごめん。。。)こんな感じ。


ちゃんとした賢い人ですよ。。。


船津伝次平と素彦を美和が引き合わせたかのようになっていますが、そうなのかもしれませんが・・・ドラマなのでそうしてくれてもかまいませんが・・・


あまりにも唐突すぎるし、これってこれ1回で終わりそう。。。

なんかこの作品って書いては書きっぱなし!!
みたいな感じで、紀行で回収してるように思います。

ほんと、誰にでもその人生にはドラマがあって、名前が挙げられるだけその功績は大きいと思うのに、このぽっとだされての放置プレイ・・・

花燃ゆはそんな感じが多いですよね。

なので、感情移入できないんでしょうね。。。

木戸も西郷もほとんどナレ状態で死んじゃって・・・
松子様なんか、旦那様がなくなったのに辰路に「せわあない」って言われる始末・・・。
人の旦那が亡くなったのに、なにが「せわあない」だ!!



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ああ・・・もう、どんな風に書いても、不満しか出てこないんじゃないかと思ってしまいますが・・・。
ほんと、歴史に忠実に・・・なんてドラマに思わないですが、どうか、面白いドラマにしてください。

前回1回で萩の乱、終了・・・。
杉家にも、吉田家にも、楫取家にも影が・・・
そりゃあ・・・OPから先週の終わりのこれじゃあなあ・・・。

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どんな運命の糸をつなげるんでしょうか??

楫取家ではすでに美和が妻のようです。。。
ああ・・・見つめ合うとかいらないんですよ。。。気持ち悪いんだから・・・。

阿久沢様のおかげ様で群馬は成り立っているようで、ま、この頃は当然と言っては当然でしょう。

「侍の世は昔話。これからは商人の世。。。」という阿久沢に、「勉強が大事だ」と返す素彦・・・。
目の上のたんこぶのように東京に出張に行けと言われることに、眉を顰める素彦でした。

楫取邸にやってきたせい・・・。寿のお見舞いに、みんなで作ったという焼きまんじゅうを持ってきました。
この大河は、本当にスイーツが好き??
と、食べるんかい??の美和です。
お・・・思い出しました。
そういえば、あの最低と謳われる「江」も、食べては子供を産んで、子供を産んでは食べていましたね。。。
女性とくると、こういうことしかしていないと思っている・・・??
思い浮かばないんだろうか・・・??
それこそ思い込みの男尊女卑・・・。


いまだに美和を”お手伝いさん”呼ばわりするせいですが・・・
これは伏線なんでしょうが・・・しょうもなさが目立ちます。
焼きまんじゅうを持ってきてのお見舞いは口実で・・・字を教えるなどと言いに来るなとくぎを刺されるのでした。

「道楽でそんなことされても困る・・・」と。
そうですね・・・この時点では、道楽以外の何物にもないようです。

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そして、野村靖が楫取邸にやってきました。
幕府の要職にず~っとついていたこの人も、けっこう暇なようです。

野村がやってきたのは・・・

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留魂録・・・
松陰が小伝馬町の牢で、沼崎吉五郎に預けたものでした。

ちなみに・・・この留魂録。。。結構謎なものです。
野村が楫取に持ってくる前から、楫取はこの留魂録の存在を知っていたようです。
ま、そこはいろいろあってでも、ドラマなので、とやかく言うのも無粋かなあ・・・とも思うんですけどね。

相変わらずラブラブの二人です。

やっと明治10年だということがわかりましたよ。
ちょうど、緋村剣心が神谷薫と知り合った頃です。

楫取邸に年賀の挨拶に来る職員たち・・・
お世話をしているのは美和一人・・・
一人だと、まるで奥様のようですが・・・きっと、こんなところだと使用人の一人や二人はいたことでしょう。

教育で群馬を日本一にするという素彦にな美和がそこにはいました。

職員たちは、学校設立に反対!!
でも、どちらにも熱意は感じられません。

素彦は、一生懸命自分の足で村を回って状況把握に・・・
そして美和もまた、女工たちに勉強をさせようと努力しますが・・・
ろくでなしの亭主を抱えて寝る間も惜しんで一生懸命働いているんだと、せいに言われてしまいました。

ま、群馬の男性全員がろくでなしのように聞こえますよ。。。

家の手伝いをしながら学校に行けるように、近場に通える学校を作ろうと言い出す素彦ですが・・・。
実は群馬、たくさんの寺子屋があったんですよ。
だから、そこを利用すればいいのにねえ。。。
それに、本当に貧しいところを回って説いていますが、貧乏暇なしなんだから拒否られるのは明らかです。
明治時代の一番の教育は・・・まずは教育者を作ることだったんじゃないかな??

例えば、「坂の上の雲」の兄・秋山好古は、松山藩士でした。
頭は良かったのですが、薩長土肥が政府要人を占める中、上には上がれない・・・と思ったので、まずは学校の先生となって・・・陸軍軍人となります。
そう、司馬遼太郎先生も書いてるんですよ・・・
薩長土肥以外の人間が、うえに上がっていくためには教育者か軍人しかない!!と。
学ぶ余裕のある人からまず勧誘しないとね。。。
だから・・・真実味がなく見えてしまいます。


寿は母に対して手紙を書いていました。
自分では旦那様の力になることはできないと、いきなり始まりました。
そして唐突に・・・「今の旦那様の力になれるのは美和です。。。」と。

滝と亀が話しています。
「美和がようやってくれているから感謝しとる。。。」
「そうでございますか・・・よかった。。。」
って、違うやろ・・・!!

寿が死にそうやから、美和と再婚させてって言ってんだよ。。。!!
寿が死にそうとか言ってんのに、寿の心配しなさいよ・・・!!

学校を作ろうと、いろいろ頑張る素彦と美和ですが・・・みんな今一つです。

そのころ・・・明治政府は西南戦争に対峙していました。
おお・・・いきなりですが、木戸さん、調子悪そうですよ・・・。
「たいがいにせい・・・西郷!!」と言って倒れてしまいました。
で・・・終わっちゃった??

話は賭場に・・・。
本当に、群馬の男性たちは、まったく働いていないかのような書かれようで・・・
女たちは、苦労して生糸を紡いでいます。
本を読んでもらおうと必死な美和ですが・・・。

別に、ここだけで勧誘しなくってもいいのになあ・・・と、思うんですよ。

ぶつくさぶつくさ寿に文句を言ってたしなめられる美和・・・。
美和より4歳年上だってことですが・・・杉家一番の常識人かもしれません。
あ・・・梅兄も常識人・・・・?

東京に名医がいるということで、寿は東京に行くことになりそうです。
粂次郎のいる東京で、女中を雇って・・・
そう、姉が!!寿が!!美和は素彦のところにいてほしいそうな!!
ああ・・・もう、天下御免の不倫となってしまいましたね。

ちなみに・・・史実の美和は、同居してないし、東京へも看病に通っています。

ああ・・・寿が行ってしまった・・・。

東京では粂次郎が・・・
「あねぇにやつれて・・・」と、父に不満タラタラです。

・・・このまま、フェイドアウトしてしまいそうな勢いです。

ほんと、この大河ではずーっと寝ているだけの寿ですが、いろいろやってるんですよ、ほんとは!!


毛利元徳は、第十五国立銀行頭取に就任し、パーティーが・・・。
そこに孝允や素彦がやってきました。
が、素彦のほうが偉そうですよ。。。
ああ・・・第十五国立銀行の設立は明治10年5月21日で・・・木戸孝允の命日は5月26日・・・
あともう少しで意識朦朧の昏睡状態です。
天皇陛下と京都へ行っているときに、昏睡状態に陥って・・・京都の別宅で亡くなるんですけどね・・・。
だから今も死にそうなのか・・・??
だいたい木戸と伊藤しかいないからこんな感じになっちゃうんだよ・・・。

ここでも銀姫と松子のガールズトークでは、美和が秀次郎の養育費を払っていることを話し始めました。
ああ・・・みんな持ち上げていますが、その美和が支払っているお金はどこから出ているのでしょう・・・??
働いていないのに・・・。

「今度は美和が何をしでかすか楽しみじゃ・・・」by銀姫
しでかすかって・・・養育費を支払っていることがしでかしてるんですか・・・??
と、上げ足も取ってしまう。。。

女工たちのもとには、やくざまがいの男たちが取り立てにやってきていました。
娘を奉公にだせという・・・

女工は聞いてもいないのに、「私たちには証文は何かいているかわかんないから・・・」と、暗に勉強しないといけないよねみたいなムードを作り出してきました。
そこへやってきたせいは、証文と引き換えにお金を立て替えます。

「それでええんですか??
 同じことの繰り返しで慣れっこになってしもうて・・・このままで本当にええんですか??」by美和
ま、そうなんですか。。。

「おぼこいお手伝いさんが、私に意見しようっつうんですか??」

「はい!!言わせていただきます!!」って、「マザーゲームか・・・!!」

と、演説し始めました。
自分の言いたいこと、できないことはない・・・やればできる・・・文章も読めるようになる・・・
これからは、自分で人生を好きに生きていける・・・そんな時代になったんです。
だれでも夢見てええんです!!
でも、そのためには学ばんと!!
それが生きる力になります!!
生きる力を身につけんと!!



「気に入った!!」byせい

何が気に入ったのか・・・で・・・こっぱずかしいが・・・ここで・・・
「お手伝いさん・・・いいや美和さん・・・。」
と、認めてもらいました。

hana












ということで、お勉強の時間ですよ~~~!!

あ・・・だからってねえ・・・この勉強の時間の間、生糸の生産はどうなるのか・・・??

そして、楫取の活躍で、学校がたくさんできそうです。
ほんと・・・こういうところをちゃんと大河してほしいわ・・・。


最近私の中では、紀行に違和感を感じています。
??本編に違和感か・・・??
だって、紀行でやってること、本編で全くしてくれないんだもん。

ボロカス言われているけど、きっと、楫取素彦の功績は、大河に選ばれるだけあってたくさんあると思うんですよね・・・。
だけど、やってくれないからこんなにブーブー言われちゃうんだよ。。。

坂本龍馬だって、司馬遼太郎が「竜馬がゆく」でかっこよく書くまでは、「そんなん誰??」って感じだったんです。
本当の龍馬は、「竜馬がゆく」とまったく違うともいうし・・・。
やっぱり、フィクションであっても面白く、かっこよく・・・というか、フィクションなんだから、かっこよく書いてあげてほしいんですよね。。。

紀行によると、本当の素彦は・・・
教育政策に情熱を注ぎ、学校の設立を奨励。
群馬県は就学率が飛躍的にあがり、全国でもトップレベルに!!
道徳の教科書「終身説約」を編纂させ、子供たちの教育に力を注ぎます。
この教科書は、全国で採用!!

明治11年には衛生所を兼ねた医学校を新設。
後には当時少なかった女学校の校舎となります。
先進的な教育環境を整え、人材の育成に努めたということです。

これでは、大河に選ばれた損みたいです。


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花燃ゆいよいよ萩の乱をやってくれそうですが・・・

まずは群馬の生糸作り。
生糸は明治の代にあって重要な輸出品でした。
ここまで生産性の高い働き場がすでにできているので、なかなか賢い人たちがいる素地はあるようです。

hana2











美和は、その工場で母と一緒に働いている小さな少女が働いていることに気を留める。。。
少女の名はおキク。。。
でもね、このころ子供が働いているのは当たり前だと思うのよ・・・。
kokoro
















今やっている「5→9私に恋したお坊さん」の三休・・・寺田心君のほうが、学校行かなくっていいの??って思っちゃいますが・・・。今の時代、小坊主さんはいないでしょ??

そしてトメの夫は博打で借金をこさえて、こさえて・・・の人でした。
国定忠治な人がたくさんいたのかもしれませんが・・・。
上州は、舘林藩もあるし、戊辰戦争時は、遅参して・・・金2万両を献上したことによりこれを許され、政府軍の一員として奥羽征伐で軍功を挙げたと言われています。
なので、県としてもお金の面では不安定だったようです。

この頃の男たち・・・士族階級は、・・・薩長土肥が政府を牛耳っているので、出世の道も閉ざされていたり・・・
農民たちも戦いで疲れ果てていて・・・政府に絶望し・・・これが現状だったのかもしれません。
群馬だけではないということです。

映画でもありますが、娘が郭に売られたり、女工として売られたり・・・そんな世の中でした。
女の子が産まれると喜んだといいますから・・・。
食べていくためには仕方がなかったのかもしれません。
しかし、そこは学問に明るい美和は、勉強することで人々の底上げをしようと考えます。

ちなみに上州は・・・

文化・文政期頃からは藩校や寺子屋の普及によって学問・文化活動が盛んになり、儒学・国学・蘭学などの分野で多くの学者や文人を輩出しています。

さらに赤城・榛名・妙義山などへの社寺参詣や湯治などを目的とした庶民の旅も一般化し、草津・伊香保などの温泉地を訪れた江戸の文人・画人らとの交流し、和歌・俳諧などの庶民文芸も各地に広まっていっました。

なので、美和が勧めなくても文化的にも発達していたようにも思えるんですけどね。
働かなければならない低所得者がいるのです。

美和が、世間知らずなお嬢様に見えてしまいますよ。


萩ではきな臭いことが起こりそうな雰囲気です。
が・・・どうしてそうなっているのか??とか、まったくわかりません。

おまけに、突然でまったくわかりませんが・・・前原一誠から美和宛に、乱を予想させる手紙が届くのでした。

hana












いきなり、萩の乱です。

木戸と伊藤しかいない政府は、たもとを分かった元同士と戦わなければなりません。
その苦悩もまったくなし!!

政府が鎮圧を・・・!!

それもやっぱりナレーションで終了・・・。

梅兄の長男の吉田小太郎がこの乱に参加しているのに、ナレか??ナレなのか・・・??
「無事で生きて・・・!!」と、亀が井戸で水をかぶり願掛けしています。

萩に向かおうとする素彦、それを止める寿が倒れてしまいました。
粂次郎も萩に向かおうと・・・結局粂次郎についていくのは美和でした。

品川弥次郎が、萩の乱が鎮圧したと、素彦に報告に来ます。
報告に来る必要があるほどの人物かどうかは疑問だよ・・・。
当時の政府は忙しくっててんてこ舞いなはずだから。。。


萩に帰ってきた粂次郎と美和。。。

小太郎が亡くなった事を知ります。
ああ・・・なんで、どういう志で死んだのか、全くわからないわ・・・。
叔父上が、小太郎の東京行きを止めなかったら、巻き込まれずに済んだと、亀が言っていますが、ま、いろいろ会議にも参加し、賛同していたでしょうから、こうなることはわかってたと思われるのに、普段の生活が”せわあない”と、のんきなもんだから、ひとこと言ってしまうのです。

「小太郎が命をかけようとしているのに、みんなしらんかったんかい!!」と。。。
そう、叔父が東京へ行かせてくれなかったからではないですよきっと・・・。

第一、塾生がたくさん参加してるんだから、率先しても知らないわけないだろう!!

兄上・松陰の言う”志”が、みんなにはあったはずだよ!!

hana3











そして・・・叔父の切腹も、回想で終わっちゃったよ。。。
ちなみに、みなさん書いていますが、叔父・玉木文之進がこの萩の乱に塾生がたくさん参加していたことで、責任を取って切腹した時に、介錯したのは美和の長姉・千代です。
このドラマでは亡霊のようですが・・・

ああ・・・責任とった叔父上・・・書きようによったら、萩の乱の西郷に書き上げることができたのに・・・。

ちなみに・・・忘れられていますが、杉家長女・豊子の夫・玉木正誼(なんと乃木希典の弟)もこの戦いで戦死していますが、そんなこともスルー・・・。

当時の女性は家を守ることがしごとでした。
政治もろくに書いてくれないのに、杉家をメインに描くのではなかったのか・・・??
ホームドラマにしたかったんじゃないの・・・??

粂次郎は傷心のまま東京に帰りますが・・・やっぱり美和は帰らず。。。
ここら辺も、受け入れられませんわ。。。
親族に三人も犠牲者が出たというのに、美和が自分の作ったご飯を食べろというのも無神経なもので・・・。

前原一誠が斬首されたというナレで、萩の乱終了!!


ぽかんと穴の開いた杉家・・・。

家族が泣き明かせるように、家事を一切する美和。。。
ま、昔はそうでした。
葬儀の時は、家族は泣いているだけでいいんです。
そう、故人のために泣いてあげなければならないから・・・。




群馬では、せいが楫取家を訪問。
美和が病人をほったらかして長い間家を空けていることを暗に批判してます。
ごもっとも!!

そうなんです。
この”せい”、悪者というよりは、当時の気風の言い女性の普通のような気がします。
なので、こちらも今一つインパクトが少ないんですよね。

「とうとう最後まで、あの子に泣き言の一つも言わせんでおくりだしてしもうた・・・」と滝が言っていますが、美和にそんなに泣くことがあったのか・・・??
自分の息子も、婿もを亡くしてないじゃないか・・・??

と思ってしまう私は、血も涙もないんだろうか・・・??

そして・・・その悲しみは・・・義兄が受け止めてくれたのでした。

hana4











めでたし、めでたし・・・??

そんなバカな!!な光景です。

当時、”男女七歳にして席を同じうせず”ではないのか・・・??

寿がかわいそうです。

そうか・・・不倫ドラマだったんだ・・・。
そんな大河はいらん!!

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