日々徒然~歴史とニュース?社会科な時間~

大好きな歴史やニュースを紹介できたらいいなあ。 って、思っています。

タグ:織田信長

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「私、信長様の忍びになります!!」本格戦国ギャグアニメ!はじまりはじまり~
原作は、重野なおきさんによる4コマ漫画です。

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ということで、先日から夜中にやっていたアニメです。
どんなものか全くわからず、それでも面白ければ・・・と思ってみました。
久し振りの私にとっての初めて見るアニメ作品です。
さて・・・どんなのでしょう?

1555年──世はまさに戦国の時代!!ひとりの青年がでっかい夢を抱いていた。
うつけと呼ばれる彼こそ後の…、そう、織田信長である。
そんな青年を慕う少女がひとり・・・名は千鳥。
信長の夢に魅せられた彼女は笑顔で言った。
 「私、信長様の忍びになります!!」目指すはひとつ、天下布武のみ!! 
ど天然帰蝶、パシリ秀吉、ツンデレねね、ツッコミ光秀、死にかけ半兵衛、脇を彩る豪華キャラと共に、本格戦国ギャグアニメ、はじまりはじまり~!!

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ということで、このお茶目で可愛い忍び・千鳥が主人公です。
で・・・殿がこちら。

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もちろん信長様です。

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他のキャラクターはこんな感じで、簡単なキャラに見えますが、一度見ると納得の「そんな顔かもなあ・・・」と思えるキャラクターデザインになっています。

本格戦国ギャグアニメと銘打っているのも納得です。
キャラクターの顔が私たちの思う顔と結構リンクしているし、その性格もきっとこんな風だろうなあ・・・って思える性格になっています。
いい声優さんも沢山出ていますしね。

で・・・この作品を見て思ったのですが・・・
5分のギャグアニメ・・・それでも、その世界観は戦国だし、そのキャラクターの思想はかっこよく書かれています。
そうであってほしいと見る側が思うように書かれています。
そう・・・5分のアニメであっても・・・。
次のシリーズが4月10日からBSフジでやってくれるそうです。
とっても楽しみ!!

だからこそ、大河ドラマには見る側の夢を壊してほしくないんだよ~~~!!って思ってしまいました
ああ・・・西郷どん・・・どうにかしてくれ~~~

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松永久秀 歪められた戦国の“梟雄”の実像 [ 天野忠幸 ]

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戦国時代、室町幕府の権威は地に落ち、大名や武将たちによる熾烈な戦いが繰り広げられていました。
暗殺や裏切りが当たり前の時代・・・この時代にも、悪人と呼ばれる男がいました。
松永久秀です。

応仁の乱からおよそ70年・・・京の都はいまだ混乱のさ中にありました。
この頃、幕府のj権威は失墜しており、実権を握っていたのは管領細川氏の家臣・三好長慶でした。
1550年長慶は、将軍・足利義輝を攻め追放、周辺に勢力を広げ、畿内を支配していきます。
この長慶の腹心として活躍したのが松永久秀です。
久秀は、出自も経歴も謎・・・武将としてだけでなく、行政面でも辣腕を振るっていました。
1560年、朝廷より弾正少弼に選ばれ、松永弾正が通り名となり、翌年には従四位下を賜わり、更に主君・三好長慶と共に、足利の紋と同じ桐を使うことを許されます。
当時、日本を訪れていた宣教師は・・・
「さして高い身分ではないが、その知力と手腕によって、家臣であるにも関わらず、公方様(将軍)と三好殿を掌握していた。」といっています。

1559年三好長慶の命により、久秀は大和へ侵入。
当時の大和国は大名の支配しない特殊な地域でした。
他のところは、細川氏、畠山氏・・・足利一門の武士が、その国の守護という役職を与えられ、支配していました。
大和は足利一門は入れず・・・興福寺が大和の国を支配し、武士たちを支配していました。
その大和に侵入した久秀の前に立ちはだかったのは、興福寺の配下として大きな力を持っていた筒井順慶でした。
久秀は、順慶を二度の戦いで打ち破り、大和を我が物とします。
しかし、その後も順慶は久秀への攻撃を繰り返し、二人は宿命のライバルとなるのです。
1561年、久秀は大和の中心・奈良に本拠地となる城・多門城を築きます。
多門城からは、東大寺や興福寺・・・大和の主だった寺を見下ろすことができました。
興福寺に代わる新しい支配者を示す城でした。

この城を訪れたポルトガル人の記録が残っています。
「これだけの優れた建造物は世界にもない。
 すべての城や、塔の壁には漆喰が塗ってあり、かつて見たことのないほど白く輝いていた。
 この中を歩いていると、まるで天国に来たようだ。」と。

その城を一目見ようと、奈良中の人が見物にやってきたといいます。
今まで興福寺や東大寺しか立派な建物を見たことのない人々が、武士でも作れる・・・
寺の時代は終わって、武士の時代が来ることを見せつけていきます。

多門城は・・・
昭和22年、小学校が立てられて、城の遺構は無くなってしまいました。
しかし、校舎の周囲には、その痕跡が残っています。
多門城には、それまでの城にはない4階建ての櫓もありました。
瓦葺・・・当時は瓦葺は寺院建築にしか用いていませんでした。
内装は、絢爛たる襖絵に彩られ、金色の柱が並んでいました。
城の中には、いくつもの茶室があり、久秀は頻繁に茶会を開いていました。
千宗易などの超一流の文化人が集まっていました。
松永久秀は、戦で領地を争うだけの武将ではなく、優れた築城家であり、教養人でもあったのです。

多門城が作られたころ、久秀の支配地は、南山城にも及んでいました。
しかし、久秀の大和支配に暗雲が立ち込めます。
長慶の死と共に動き出したのは・・・将軍・足利義輝でした。
長い間、長慶に実権を握られていた義輝は、三好をたたき実権を取り戻そうと謀ったのです。
不穏な気配が・・・先手を打ったのは三好側でした。
1565年5月、長慶の後を継いだ三好義継、久秀の息子・久通らは、およそ1万の大軍で将軍御所を攻め、義輝を亡き者にしようとします。
義輝殺害!!
その首謀者とされたのが久秀でした。
ルイス・フロイスによると・・・「謀叛人の筆頭者は弾正殿」
「さらに、久秀が絶対的君主となり、将軍義輝への気遣いなどをしなくても良いように、暴虐な方法を用いて権勢の最高位にのぼろうと決意した。」とあります。

ところが将軍を暗殺してまで権力を守ろうとした三好家の中で内紛が勃発!!
1567年久秀と対立する三好家の武将たちが1万の軍を率いて大和に侵攻・・・。
興福寺や東大寺に陣を構え、久秀と対峙しました。
小競り合いが続くものの・・・決着は尽きません。
半年後、久秀は東大寺に陣を敷いた軍に夜討ちをかけ、遂に打ち破ります。
しかし、この時大仏殿に火が付き全焼・・・大仏の上半身がとけ落ちてしまいました。
一方、久秀は新しい動きも・・・大和の地侍たちに手紙が届いていました。
「近々、足利義昭を奉じて上洛するので、義昭に対する忠節と、松永久秀親子といっそう懇意になることをお願いしたい。」
差出人は、織田信長でした。
なんと、久秀は、上洛前の信長と手を結んでいたのです。

1568年、義昭を奉じて信長上洛!!
久秀は、直ちに義昭と信長の元を訪れ、大和の支配を認めてもらいます。
この時、自慢の「付藻茄子」を信長に送っています。
効果は絶大!!
宿敵・筒井順慶が久秀の城を奪った時も、信長の2万の援軍で奪還に成功しています。
久秀は、信長との同盟で、大和支配を強固なものにしていくのです。

信長上洛から3年後、久秀の大和支配を脅かす事態が・・・。
将軍・足利義昭が、久秀の宿敵・筒井順慶に娘を嫁がせ姻戚関係となったのです。
更に順慶は、信長の家臣になることも認められます。
筒井氏はもともと興福寺の有力な衆徒のひとりでした。
以前から、大和国内に勢力を持っていたのです。
義昭は、将軍になる前、興福寺の一条院門跡でした。
なので、興福寺の勢力は何たるかを知っていたのです。
大和をおさえる一つの手立てだったのです。
怒った久秀は、筒井順慶と組んだ義昭の家臣を攻撃!!
それは、信長に対する反逆でもありました。
その後、織田軍と各地で衝突を起こします。
そんな久秀に吉報が・・・
甲斐の武田信玄が、打倒信長に動き出したのです。
信玄の軍は、三方ヶ原の戦いで、信長・家康連合軍と大激突!!大勝利を治めます。
久秀はこのことを珍重と喜びます。
時を同じくして、将軍・義昭も信長に反旗を翻します。
窮地に陥った信長・・・あとは、信玄の上洛を待つだけでした。
しかし、信玄が都に現れることはありませんでした。
三方ヶ原の戦いの後、病で亡くなっていたのです。
勢いを取り戻した信長は、将軍義昭を追放。
久秀の多門城を取り囲みます。
信長が突き付けた降伏の条件は厳しいものでした。

・多門城の引き渡し
・支配地の没収
・孫を人質に差し出す

1573年12月26日多門城開城。
久秀の14年に及ぶ大和支配は終わったのでした。
その後、信長から大和の支配を任されたのは、宿敵・筒井順慶でした。
順慶は、多門城の破却を久秀の息子に命令!!
大和の支配者・久秀のシンボルは、跡形もなく消されたのです。
多門城を明け渡してから4年・・・久秀に再びチャンスがやってきます。
大坂本願寺・武田・宇喜多・毛利・・・各地の大名が打倒信長に立ち上がったのです。
足利義昭の呼びかけによるものでした。
この時久秀は、織田の一武将として本願寺攻めの最前線にいました。
義昭たちと手を結んで信長に背くか、信長を支え続けるのか・・・??
どうする??

信長に背く??
このまま信長に従っていても、大和が手に入ることはないだろう・・・
筒井順慶に大和を与え、多門城も壊されてしまった。
断じて許すことができない・・・!!
大和を再び我がものとするためには、義昭さまの呼びかけに応じて信長を討つしかない!!
毛利をはじめ、多くの武将が立ち上がっている今、信長に勝ち目はない??
今、手柄を立てておくべきでは・・・??

信長を支える??
自分の力を認めてもらう???
上杉、武田、毛利・・・義昭さまの呼びかけに応じたはいいが・・・いつ裏切るかわからない・・・。
武田信玄は病で亡くなったではないか・・・??
何が起こるかわからない!!

大和を再び支配するためには・・・??
どうする??

安土日記には・・・
大坂本願寺を攻める天王寺の砦に、松永久秀と息子・久通を入れておいたが、
8月17日、松永親子は謀反を企て、砦から退去して大和の信貴の城に立て籠った。
とあります。

信貴山城は、河内と大和の国境にそびえる信貴山にある城・・・。
信長に背いた久秀は、信貴山城に籠りました。
城からは、大阪平野・奈良盆地を見渡すことができました。
平野部で戦いを挑むと、兵力の差から久秀は負けて、殺されてしまうので、兵力差を補うために信貴山城に立て籠り、援軍を待つ方が、戦略的に生き延びられると判断したのです。
しかし、事態は久秀の思惑通りにはいきませんでした。
越後の上杉軍は、一度は織田軍を撃破するもまもなく撤退・・・
武田勢も、徳川家康と国境の城を取り合いを続けて進むことができません。
久秀は孤立・・・信長は使者を派遣し、久秀に謀反の真意を問います。
久秀は使者に会おうともしませんでした。
信長は、大軍で信貴山を包囲して攻撃!!
挙兵から1か月半後の10月10日・・・追いつめられた久秀は、城に火をつけ切腹しました。
こだわり続けた大和を見下ろす地で70年の生涯を閉じたのです。

久秀が亡くなった後、人々の間で噂が・・・
久秀は、死ぬ間際に大切にしていた茶釜平蜘蛛をたたき割ります。
平蜘蛛を欲しがっていた信長に渡るのを嫌ってのことだという。
戦国史に数々の逸話を残した久秀・・・その死にざまも、悪人らしい死にざまでした。


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天を衝く〈上〉―秀吉に喧嘩を売った男・九戸政実

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日本各地の山々に残された不思議な建造物・・・それは、戦国時代の山城です。
その数およそ5万!!
山城は、戦国武将たちにとって、生き残りをかけた知恵の結晶でした。
戦国最後の戦い・・・奥州・九戸政実の乱!!

1590年7月、関東の覇者・北条氏が滅亡!!
しかし、秀吉は、これで天下統一を成し遂げたわけではありませんでした。
天下の覇権を目指す秀吉の飽くなき野望はとどまることを知りません。
出羽、奥州、東北の果てまで攻略し、仕置きをせよ!!
奥州仕置・・・それは、秀吉の天下統一最後の総仕上げです。
しかし、東北各地では、反乱の火の手が拡大!!
これに対し秀吉は、苛烈な命令を下します。

「百姓以下に至るまでなで切りにせよ!!」by秀吉

戦いの最後の場所となったのは、岩手と青森の県境にある九戸城・・・戦国武将・九戸政実の居城です。
秀吉軍総勢14万VS九戸軍5000!!
圧倒的な兵力差の中、政実はどうやって戦ったのでしょうか?

群雄割拠の戦国時代の東北・・・北奥羽では、九戸氏と南部氏が台頭。
この九戸氏の当主が九戸政実です。
残された資料も少なく、その素性も定かではありません。
ところが・・・室町幕府の有力大名を列挙した記録に織田信長、北条氏政・・・全国の名だたる大名が居並ぶ中、九戸政実の名が・・・!!
政実の実力が、室町幕府に認められていた証です。
北奥羽で勢力拡大を図る政実の運命を大きく変えたのが・・・
小田原の陣の後に行われた、豊臣秀吉による”奥州仕置”です。
仕置きとは・・・大名の領土の確定を行う国分、検地、刀狩りを実施する事です。
国分により多くの大名が領地を没収、転封を余儀なくされました。
奥州の雄・伊達政宗は大きく減封、周りに豊臣政権(蒲生氏郷・最上義光・木村吉清)の支配地が置かれ、東北の勢力図は一夜にして書き換えられました。
秀吉の命令は苛烈を極め、もし命令に背く者があれば、城主であればその城に追い入れて断じ、一人残らずなで斬りにせよ・・・!!
百姓以下に至るまでことごとくなで斬りにせよ!!
後世、”撫で斬り令”とされる欧州仕置きの基本です。
東北各地で反乱が起き始めたのは、仕置きを終えた秀吉軍が帰国してすぐの事です。
出羽国で始まった仙北一揆を皮切りに、庄内・葛西・大崎・和賀・稗貫でも一揆が立て続けに起きます。
どうしてこれだけ拡大したのでしょうか?
秀吉が東北地方に進軍を始める7月・・・北条を攻め落としてから間がありません。
秀吉配下の武将たちは、本州北端まで土足で行って検地・刀狩りをする・・・秀吉体制を強制していっていました。
大きな歴史的変化をたった2か月でやろうとしたのです。
秀吉政権の検地の目的は、全国統一の基準で田畑の広さを図り、土地の耕す権利の明確化にありました。
その結果、年貢の徴収権を持っていた地侍や寺社勢力など、村々の有力者権利は剥奪されていきました。
それが一揆となって爆発しました。
この頃の一揆は、一種の内乱で、葛西・大崎一揆、和賀一揆などは、城に籠って籠城戦を展開していました。
兵対兵の戦いだったのです。
こうした一揆鎮圧のために、あらゆる手段を使う秀吉軍・・・村々から人質を取っていました。
その人質のリストが残っています。
人質の殆どが、老人や子供でした。
東北の一揆の人々が頼りにしたのが、九戸政実でした。
政実の宿敵・南部信直は、北条降伏の翌日・・・1590年7月6日に秀吉に謁見。
その傘下に入りました。
信直に続いて、東北の武将が、つぎつぎと秀吉の軍門に下っていきます。
南部信直の安堵状には、
「南部の七郡はすべて信直に任せる。
 家中の者共の城をことごとく破却し、その妻子はことごとく人質にせよ。
 以上、背けば豊臣政権が成敗する・・・」
一枚の書状によって、九戸政実は、宿敵・南部の配下に入らざるを得なくなります。
政実にとって到底受け入れられるものではありませんでした。

1591年1月、九戸政実蜂起!!
すぐに豊臣政権の知るところとなります。
3月、九戸軍は、南部氏の居城を襲撃!!勝利を得ています。
政実の元には、秀吉に不満を持つ東北各地の武士が集結!!
その数5,000!!
6月20日、秀吉は諸大名に仕置きを命じます。
奥州再仕置です。
この、政実討伐こそ、奥州再仕置の目的でした。

これは、豊臣秀吉よる新しい国家建設の仕上げでした。
目指していたのは古代の律令制にあるような公地公民制・・・
すべての土地は天皇家のものであって、その下の官僚たちが治め、天皇家の代わりに秀吉が関白となって全部差配する・・・という体制です。
これに対して、東北は、非常に古い体質で、厳しい土地柄をみんなで協力して生活していました。
つまり、上下関係や従属関係が厳しくなかったのです。
みんな一緒に暮らし、みんな一緒に生きていくという思想が強かったのです。

九戸政実は、どのようにして秀吉の大軍と戦ったのでしょうか?
九戸城・・・圧倒的な土壁です。
防御の特徴は、その独特の土壌にありました。
火山灰に由来する土壌で、垂直の断面です。
石垣よりもスゴく、守るには理想的でした。
城の総面積は、36ha・・・東京ドーム7個分の広さです。
九戸城は、城の外郭を川で防御した河岸段丘に築かれた強大な城郭でした。
東北の中でも、屈指の大きさのお城でした。
武士だけの城ではなく、いざという時には地域の人たちも一緒に逃げて来て一緒に戦う・・・地域の人の安全保障をする施設・・・それが、東北の城でした。
戦場では、放火、略奪、乱暴狼藉・・・ありとあらゆる暴力が行われていました。
城は、領民にとっての安全な避難場所でした。

1591年8月6日、九戸征討軍の総大将・豊臣秀次、徳川家康が日二本松に到着。
蒲生氏郷をはじめ、名だたる武将が参陣しました。
その数14万!!
対する政実軍・・・5,000!!
1591年8月、秀吉軍14万は、二本松で軍を分け、蒲生氏郷軍を主力(浅井長政・井伊直政)に北上を開始。
時を同じくして出羽方面から秋田実季が、青森や北海道の武将たち・・・津軽為信・松前慶広・・・総勢6万5000の大軍勢!!
戦いの激戦地となったのは、九戸政実の宿敵南部信直が布陣した城の北東部でした。
城内の一見平たんに見える台地上には、大きな堀を巡らせることで、それぞれ独立した曲輪が築かれていました。
敵が場内に進入した場合、四方にある曲輪の上から堀の中の敵を狙い撃ちにすることができました。

9月2日、九戸城に対し、秀吉軍の一斉攻撃が始まりました。
しかし・・・大軍勢で九戸勢を侮り、城の堀に力づくで登ろうとし、城内の手練れに弓矢鉄砲で倒され手数を負うこととなります。
戦線は膠着状態に・・・!!
圧倒的な兵数で勝る秀吉軍なのに、九戸城を前になすすべなし!!
そこで・・・政実の菩提寺・長興寺の住職を城内に向かわせて、降伏を勧告します。

「早く降伏し、天下に対し逆心無きことを都に上り申し開きすべし。
 そうすれば、一族郎党の命は助かり、また、九戸の武勇が関白のお耳に入れば功名となり、領地が与えられるはずである。」

しかし、政実の家臣たちは、降伏勧告に対して強硬に反対します。
果たして降伏を受け入れるのか?否か??

秀吉軍にとっての大問題は兵糧でした。
豊臣家の重臣・浅野長政の書状にも・・・
「九戸城へ上方軍の大軍が殺到すれば、兵糧の手配は各々で準備させなければならない。」とあります。
戦国時代、武士の兵糧至急は、1日5合。
現地に派遣された豊臣兵・・・6万5000となると、1日325石が必要・・・米俵にして812俵、運搬するのに400頭以上の馬が必要でした。

あとひと月すれば雪が降る・・・上方の兵は、とてもこの寒さには耐えられない・・・。
日本国中を敵に回して戦い・・・後詰もない中、どう終わらせるのか・・・??

1591年9月4日、政実は降伏を決断します。
頭を丸め、秀吉軍の前に出頭します。
しかし、秀吉軍の大将・蒲生氏郷はこう命じます。
「城から落ちるものがあれば、女子供と言えども、一人残らず切り捨てよ!!」by氏郷
約束を反故にされ、捕らえられた政実は後に斬首・・・享年56と伝わっています。
城内になだれ込んだ秀吉軍は、乱暴狼藉の限りを尽くし、籠城した九戸勢は城の二の丸に押し込められます。
四方より火が離され、そこから逃れようとした者はすべて斬殺されたと伝わっています。

九戸城落城の後、豊臣政権は城の名を「福岡城」と改めさせますが・・・
昔から地元の人は、愛着を込めて「九戸城」と呼んでいます。
お城があって、武士がいて・・・一緒に地域のことを考えて、みんなで決めていく。
しかし、強力な豊臣政権による地域での個々の争いを無くすことの平和。
秀吉の天下統一は、「九戸の乱」「北条氏の戦い」の犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけません。

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明智光秀から信長暗殺を誘われ、戸惑う家康でしたが・・・
なんと、おとわの一言で、決心しました

安土城へ向かうことに・・・!!

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そのことを井伊谷に説明しに来た万千代です。
そんな暇、あんのか??と、突っ込みたいのをこらえて見ました。

でもって、その後、戦に巻き込まれずに三河に帰る道をつけてほしいというのです。
それも、茶屋四郎次郎と一緒に・・・。
って、だから、それなら・・・

iga

















こんな事にはなんないよね。
老い先短いBBAなおとわなのに、そんなこんなをする体力も時間もないでしょう。
第一、この頃の時間はゆっくりと流れているので、井伊谷に井伊に来る時間が勿体ないような気がします
先日も、六左が道をつけてたじゃん!!
って思うよね。
主人公を、どうにかこうにか、絡ませようとしているのが見て取れるわ・・・。


安土城で・・・饗応役は明智光秀!!

でもっておとわたちは、京へ向かいます。
ああ・・・どう若く見ても、すでに40歳は越えているであろう(46歳)老体に鞭打って、道をつけるためにやってきたおとわです。
茶屋四郎次郎と打ち合わせ・・・って、この頃は、地の利ってのがとっても重要で・・・地の利のないおとわに道はつけられないわよね・・・と思っていたら、堺へ・・・

naotora4















そこで、懐かしい面々も!!
船商いの与太夫の話から、堺から海路で・・・そして、船から港の下見に・・・!!
って、めっちゃ元気じゃん、直虎!!

港によらずに一気に行きたいとか・・・南蛮の船を借りる手はないか??と言い出しました。
頭登場!!

懐かしい再会・・・嬉しそうな龍雲丸。

naotora2
















のはずが、直虎は利用しに来ただけですよ??

「私に異人と添えと??」byおとわ

あ~、興ざめです


その頃家康たちは・・・信長の歓待を受けていました。
信長を殺す計画だったのに、急に中国に羽柴秀吉が援軍を欲しいと言ってきたので、出陣せざるを得なくなる光秀!!
って、ここでボサボサしているから足蹴にされるという設定でした。

信長暗殺計画が、頓挫してしまう!!

焦る光秀、焦る家康!!

そうして、この一年やってきたように、策を練るのではなくごちゃごちゃ話が始まりました。
ホント、わかりにくいのよね・・・。

でもって、光秀の代わりに信長が膳を運んできました。
演出が過ぎるだろ・・・が・・・不気味!!


「こんなに美しい人を見たのは初めてです。」by外国人

ということで、いきなり褥と外人とBBAな尼のシーンとなりました。
その言葉、25年前に言ってやれよ!!って感じです。
もう見てられない・・・ってところで、龍雲丸の吹き矢で助けてもらうのです。
あ~、ヤダヤダ、男に助けてもらうばっかりに主人公はっ!!

毎回書いていますが、おとわはすでに尼だったし、”女”を見せる必要ないと思うんですよね・・・。
私も、峰不二子が大好きで、カッコいいなあ~~って思います。
利用するならカッコいいんですけどね??
でも、今回も、最終的に龍雲丸に助けてもらうくせに、”女”を利用もできないのに”女”を出す必要ないと思うんですよね。
クレオパトラの魅力も、美人ではなくその言語力と明晰な頭脳だというし・・・
もっと、魅力的に書いてほしいと思うんですけどね・・・

ほんと、妙に”女性である”ことを出すことに興ざめしてしまいます。

そして、どうなるのかビクビクしている家康ですが・・・。
信長は、本能寺で家康のために茶器を選んでいました。

「三国を治める海道一の弓取りとなったというのに、あやつはかようなことにとんと無頓着じゃ・・・
 箔をつける・・・ということを、覚えさせぬとのう・・・」by信長

決行する光秀!!

「敵は、本能寺にあり!!」by光秀

船を用意して待っていた直虎でしたが・・・万千代は京へ向かうと行ってしまいました。

どうして・・・??それはこう!!

「そもそも、織田様がわれらを殺すという策などないのではないか」by家康

「織田様は、ただわれらを招いただけ。
 その機を利用し、織田様を殺せると思うた明智が、我等に「殺すつもりだ」とささやいたということにございますか。」by榊原

「うむ・・・」by家康

「殿はなぜそのようなお考えに・・・」by万千代

「確たる理由はない。
 ただ長い付き合いじゃ・・・
 なにをするかわからぬお方じゃが、此度の織田様がわれらに殺気を抱いているようにはどうも思えぬ・・・
 このまま京にて、茶を飲めば、話しは済むのではないか?」by家康

と、京に向かったというのです。

手持ちの銭を・・・と、からお金を取り上げる直虎

「何をおっぱじめるつもりでごぜえますか?」by龍雲丸

これで一芝居打つ・・・
ということで、

「頭、この銭で、人を頼み、一芝居打ってほしいのじゃ。
 徳川が招きに応じようとするのは誘いを断れば、後々咎め立てされるされるからじゃ。
ならば、徳川が戻らざるを得ぬようにしてしまえばよい!!」byおとわ

・・・何言ってんのか・・・わかりにく~~~!!
っていうか、そんなこんなをして歴史がそうなるとそんな方向に行くのか??
と思っていたら、常慶がやってきて、「明智に急襲されましてございまする!!」と、そんなこんながまことになりました。
う~ん・・・必死に主人公を絡めようとしているように見えて仕方がない・・・。
穴山梅雪も勿体ない・・・

そして、そこを立ち去るために、猿芝居を打つ龍雲丸と万千代&みんな!!

三河に帰って参陣する!!と、茶屋四郎次郎の案内のもと・・・伊賀越えへ!!
穴山梅雪は・・・本多正信によって命を落としたみたい・・・。

岡崎城に帰り着いた一行ですが・・・。
伊賀越え全くなし!!
ほんと、寂しい限りですが・・・
去年のこともあって、

iga

















これを思い出すだろうから、無い方が良かったかもしれない・・・。
おとわは骨折り損・・・でしたね。
ていうか、史実に絡められたからいいのか??

ああ・・・何の盛り上がりもない伊賀越えでした。
万千代も参加の少しの家臣と一緒に越えた伊賀越えは、「神君伊賀越え」と言われる伝説となるエピソードです。
それなのに、こんな感じは嫌だなあ・・・って思うんです。

それに光秀に対しても・・・光秀の暗殺に乗る体だったのなら、謀反を起こしてくれたのに賛同しないのはどうしてよ??と、矛盾に思えるんですが・・・どうなのかな??

光秀と家康が組んでいたという説は、光秀の重臣の娘である春日局を家光の乳母にしたことからも考えられ知ている説でもあります。
だから、いいんですけど、家康がいい人過ぎるというか・・・
光秀をも家康は裏切ったという方が、しっくりくるし、命を懸けて服部半蔵と伊賀越えをすることで、伊賀同心が出来るんだよ~~~!!
私の好きな、頭を出してほしかったわ~~~!!

kage













そういえば・・・最近活躍の息子の目が、若い頃のお父さんにそっくりだと懐かしく思うBBAな私です。
なので・・・

makkennyuu











真剣佑君が演じてくれたら話題性もあったろうに!!
最後の盛り上がりになったかもよ??

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あああ・・・
この副題のなんと緊張感のない事かっ!!
「桐島、部活やめるってよ」と、なんか通じるものがあるのかっ!!
ま、神木隆之介君は、私のお気に入りですが・・・。
これから天下統一に向けて盛り上がろうってときに、テンション下るわ~~~!!

織田に従い、無実の妻と息子の首を差し出した家康・・・
武田攻めでも織田に計略を潰され・・・
それでも耐えに耐え、武田の滅亡とともに、駿河を手にしました。

naotora5













お祝いムードの徳川家臣たち

そこへ、織田からの火急の使者が・・・!!

ご用命とは・・・??
「織田様は、まだ甲斐におられ、これから終わりに戻られるそうです。
 その折に富士を拝みたい。」らしい。
ついでに、遠江・三河の名所も楽しんで戻りたいと・・・。

つまり・・・
「ご遊山の旅じゃ」
粗相をすることなく、織田様をもてなさなければ!!

道を広げたり、陣屋を設けたり・・・

naotora









六左は大忙しですね

万千代も奮闘中です

織田が浜松にやってくる・・・
氏真は・・・「われもいよいよ取り入らねば!!」
ほんと、最近の私のお気に入り、食えない氏真大爆発です。

naotora4
















やってきましたよ、信長!!
ひれ伏す家康&家臣たち。

「此度は、駿河・遠江までわざわざのお出ましいただき、まことに恐れ入ったる次第でございます。」by家康

そこへ、祝賀のためとやってきた氏真。。。
祝い事には楽しい男であろう・・・と、家康との挨拶中にもかかわらず、氏真を引き入れるのでした。
ま、必死に接待する家康にとっては助け船になったかな・・・??

やってきた氏真・・・
よくよく考えたら、氏真は父を殺されお家は無くなり、お家は残ったものの家康は正室と嫡男を殺されている・・・
凄いメンバー

「上様、徳川様、此度の武田との戦の事、おめでとう存じます。
 当今川家にとっても、武田は積年の仇敵・・・上様、また徳川様のお骨折りには、ただただ感謝しかございません。
 よろしければと、一つ、お祝いの座興を用意いたしてまいりました。
 ここのところ、上様に置かれましては、こと、相撲をお好みと伺いまして・・・
 三河の美丈夫どもを集めて参りました。」by氏真

と、相撲が始まりました。
そこには、直之も・・・相撲に出さされたことに納得のいかない直之ですが・・・。

小さいのに頑張る直之を見て、桶狭間の頃の私と被るという信長。

naotora3















「徳川殿・・・
 道中のもてなし、実に見事であった。
 そなたの真心、信長、いたく感じ入った。
 徳川殿の働きにて、武田攻めのために備えた兵糧八千俵も使わずに済んだ。
 あれを汗をかいた皆に遣わそう。
 これからも頼むぞ、弟よ。」by信長

何を考えているのか??信長!!
そして氏真は何を思う??

naotora2











井伊谷に迷い込んできたのか??
この少年は誰・・・??
村の子供でもないらしい・・・。
というか、百姓の子にしては、作法もしっかりしている・・・武家の子ではないか??
その名前は自然!!

何事もなく帰っていった信長・・・。

たくさんお金がかかってしまったと怒る万千代ですが。

そしてまた・・・信長からの手紙が・・・。
せんだっての徳川のもてなしに対し、織田ももてなしを持って返礼としたい。
安土、京や堺などを案内したい。との事でした。
しかも、家臣たちも・・・。
何か怪しい??

城ががら空きになってしまう・・・。
罠なのか・・・??
しかし、断りたくても断れない??

そこへやってきたのは、氏真でした。
その理由は・・・??

「今日、安土から招きが来たようじゃの。
 何故知っていると思う?
 わしは、招きに応じた方が良いと思うぞ。」by氏真

と、家康に耳打ちしました。
その内容は・・・??

いきなり場面は変わって井伊谷??っていうかおとわ。
太守様に子供のことを白状するように迫ります。

「彼は・・・織田の家臣・明智の子供じゃ・・・」by氏真

苦虫をかみつぶしたような顔で、白状しました。
祝と称して徳川にやってきたのは、光秀との密談の為でした。

「太守様・・・共に信長を殺しましょうぞ・・・!!」by光秀

ということで、光秀によると、徳川のもてなしに感動したふりをして、京へ招いて家臣もろとも暗殺しようとしているらしい・・・!!と、おとわに密談?するのでした。 
その饗応と暗殺を任されているのが光秀で・・・それを反対に信長を殺す機会にしようと氏真に相談したのでした。
そして、その証に息子を人質に出したのだそうだ・・・。

「井伊殿・・・桶狭間で死んだ井伊の者たちの仇・・・ 
 瀬名の仇・・・討ちとうは無いか?
 わしは討ちたいぞ・・・!!
 フッ・・・そうか・・・そなたからすれば、わしも仇か・・・」by氏真

「故に、仇は誰かと考えぬようにしております。
 それで、その話に徳川殿は乗ると・・・??」byおとわ

このままでは、徳川は織田に消される・・・家康もそうなる前に、風向きを変えたい・・・とは、思うのでは??
自分が家臣たちに裏切られた経験から・・・そうして、家康の経験からそうするのでは??
と、おとわに投げかける氏真。。。

実のところ家康は、迷っていました。
そして・・・おとわと対談する家康。

「私は、徳川様に、織田にとって代わってほしいと望んでおります。
 私は、徳川様に、いつかこの日の本をまとめる扇の要となっていただきたいと・・・!!
 心ひそかに望んでおります。」byおとわ

「わしなどに何故・・・」by家康

「さようなことをお考えになったことはございませぬか。
 世を動かしたいと・・・!!」byおとわ 

「わしは此の世が嫌いじゃ・・・
 戦や、謀や、首や・・・さようなことばかりで物事を決する・・・昨日までの味方が、今日よりは敵になるような・・・
 一年かけて育てた稲が一日で焼かれるような・・・
 一体誰が望んでかようなことになっておるのかの。
 変えられるものならば、変えたいに決まっておる・・・」by家康

「戦を無くされたいと・・・」byおとわ

「戦という手立てがこの世にある限り、武勇が自慢の者たちは、そこに訴える!!
 ならば、あらかじめ、戦を起こせぬような仕組みを敷いてしまうがよい。
 そんなことを考えたりはする・・・

 出来ると思うたことは・・・ないの・・・ない!!」by家康

「なれど、やってみねばわかりますまい!!
 おやりになっては下さいませぬかの。
 私はさような世が見てみとうございます。
 子は預かっておきます。
 お心がお決まりになりましたら、お知らせくださいませ。
 ささやかながら、お力になれる事はあるかと・・・。」byおとわ
 
自然の味方であると自然を安心させるおとわ・・・。
自然を預かることは運命・・・直親も、虎松も、よその寺で守ってもらっていた・・・
此度は、私たちが守る番では・・・??
と、思うおとわなのでした。

そして・・・迷っている家康の背中を押したのは、瀬名の「出るときはでる!!」という言葉でした。

う~ん・・・戦うにあたって、家康のテンションが低すぎるのがなんだかなあ・・・盛り上がりに欠けるような気もします。
瀬名と信康の弔い合戦のような感じで主だった面々は、京都へ旅立つことに・・・!!
その裏では・・・万千代がおとわのもとへ・・・。
理由は・・・徳川を日の本一にするために・・・!!

とりあえず、創作な感じですね。
ま、ドラマなのでいいんですが・・・信長を討ちに行くのなら、あんなに少人数で上洛しないだろうし、逃げ方も考えていたろうから必死に伊賀越えする必要ないなあ・・・と、去年の真田丸を思い出していました。

iga

















この家康もビックリしましたが、”命からがら感”が出ていてとってもいいと思うんですよね。
だからこその神君伊賀越えですし、だいたいから伊賀者が活躍して半蔵門を守るまでになるのになあ・・・??

あんなこんなはどうなるのか?
ま、戦うシーンへの期待は皆無なので、どうなるのか?
楽しみにしています


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