2008年03月01日

ハチャメチャ。

主人は日本に入国して既に30年近い年数を重ねている。

同時期に入国した仲間がアソシエーションを作って、何年になるのだろうか。

昔は子供が産まれた、洗礼だとお祝い事で集まっていたが、昨年に続いて先日仲間の一人が旅立った。

仲間が集まっり仮通夜に出席、告別式は場所が狭いとの事だったが急遽広い聖堂で執り行う事になり、先日送る事が出来た。

改めてお別れ会には仲間でアメージンググレースをみんなで歌い最後の別れをする事になっている。
お祝い事から悲しい事で集まる事が増えて来たけど、異国で暮らし長年助けあって来た素晴らしい仲間達。




さて、このアソシエーションが出来たきっかけは、世にビザのないオーバーステイの人間が溢れ、なりふり構わず仕事場を荒らす、給料を下げて店を乗っ取り、バンドマンにもかかわらずホストまがいの仕事はするのやりたい放題があったからだ。


日給いくら以下の仕事はしない。

バンドマンの誇りを忘れずホストまがいの仕事はしない。

仲間の箱は尊重する。
お互いに困っている時には助けあう。etc



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2008年01月21日

帰れぬ遺品。

06487a1b.JPGある新聞より。

写真のフィリピン女性、外国人登録証明書の名前はマリアユニース・ラチカさん(当時33)
阪神大震災で犠牲になった。
外国人登録証明書によるとミンダナオ島沖にある小島の街、ラミタンの出身で85年に来日、日本人と結婚して女の子をもうけたが、震災の2年程前に離婚して幼い娘を知人の日本人に預けホステスをしながら生活費を稼いでいた。
彼女はその日恋人の元を訪ねて、恋人と共に亡くなった。

彼女の知人達は子供や本国の家族、子供を預けた日本人を探したが見つからず、遺体はフィリピンに移されミンダナオ島に埋葬された。
しかし当時彼女の持ち物だった、バックや外国人登録証明書、財布、元気、お守りetc は遺族が全く見つからないために在大阪領事館に保管されている。
愛称はピンキーだった。


この記事を読んで、かわいそう、異国で震災に合い、亡くなってなお孤独。財布、元気、お守りetc は遺族が全く見つからないために在大阪領事館に保管されている。
愛称はピンキーだった。


この記事を読んで、かわいそう、異国で震災に合い、亡くなってなお孤独。etc

様々な感想をお持ちになると思います。

フィリピンと関わりのある人は「遺族が全く見つからない。」この事でおそらく私と同じ事を考えたと思います。
偽造。

フィリピン領事館と外務省は本気で遺族を探したのでしょうか?

偽造がいとも簡単に出来る国。
出生証明や洗礼証明など、他人もしくは存在しない人の物が手に入る国。

震災と自国のいい加減さの犠牲になったピンキーさん。

今、13年が過ぎ安らかに眠れているのでしょうか?

どこかにいる遺族に一日も早く連絡がつきますように祈ります。


2007年10月24日

又々フィリピンへ。

ad0b960a.JPGボラカイと云う用語に過剰反応してしまう自分がいます。

今回は一人です。
易者さんのお墓参りに行きます。
どなたかご一緒する人いませんか?

12月の繁忙期に渡比する私は自己中そのものです!(笑)
正月仕事します。(笑)
易者さんの好物だったうまか棒って何処に売っていますか?

易者さんが好きだったお酒も持って行きますが、残念な事に私は一緒に飲む事が出来ません。
易者さんにお礼を行って、ご冥福を祈って来ます。

都合着く方メール下さい。
12月8日に易者さんのお墓に行きます。
チケットはtaxなど含めて78640円で取れました。
今迄のエイジェントで一番安いと思います。
JALの午前便です!

田舎に二泊、マニラに二泊して在比のマイミクさん(女性)二人にもお会いして来ます。


そして今年の目標だったダイビングのライセンスを取りにボラカイへ行きます。

主人が一瞬じゃないので、田舎も超短期滞在、義父のお墓参りさえ出来れば問題ありません。

主人の方が日本人気質のようです!「一番忙しい12月に休めるか!」だそうです!(笑)


2007年10月02日

ネットワーク。

昨日主人のバンド仲間からの電話。
仲間の一人の訃報だった。

このネットワークは50人ほどで結成されていて、仕事の情報や新規開店情報など瞬時に駆け回る。
オーバースティが多かった頃など、日給がガタ減りした仲間もいて、結束して店にオーバースティを使わないように申し入れたり、バンドの給料が減らないよう最低賃金を決めその金額以下では引き受けないなどの申し合わせをしている。
リーダーは設けずその時々で先頭に立つ人が決まる。

今回は亡くなった方と寸前迄一緒にいた人が音頭を取って、バンドごとにお香典を出す事にして、仕事終了後に集めにに回って届けてくれたそうです。

異国で暮らす為の知恵と云うか、今回はこのネットワークの結束の強さを改めて実感した。
段々年齢が上がり、こんな話が増えていくんだろうなぁ。

我が家も個人的に付き合いがあったので、お葬式に行こうと思ったらなんと明日フィリピンへそのまま搬送するとの連絡があった。

慌てた主人は今日仕事終了後にお参りに行くそうだ。

華僑のように大きなネットワークではないが、離婚した人達にも心強いネットワーク。

あまり新参者を入れないのはちょっと、と思うがみんなそれなりに苦労を共にして来たからかも知れない。


kuya Piping 安らかに眠って下さい。
寂しくなります。(涙)



2007年09月30日

幸せと感じる時。

人それぞれ幸福感って違うと思う。

生涯使いきれない財産を持ってもまだ足りないと思う人もいるだろう。

私は当初は親から勘当され、国際結婚をし主人は世間から見たら安定していないバンドマン、異国で頑張っている主人を私が守らなくてはとずっと思い行動して来た気がしていた。

勿論差別もあった、そんな事は何とも思わなかったが、矛先が息子に向かった時には、さすがの私もめげた。
それを打消してくれたのは他でもない、息子自身だった。

今更ながら気が付くと守られていたのは私だった。

こんな私の全てを受け止め愛してくれる主人と、私達夫婦の愛情を素直に受け止めてくれている息子。

私はこれ以上何も望む物はない。

幸せ過ぎて怖いほどだ!

今日主人が仕事に出掛ける前にふっと言った一言「俺よりも先に逝くなよ!」
何気なく言った一言だったのだろうけど、私は号泣してしまった。
一言に主人の愛情が詰まっていたからだと思う。
いくつになっても心ある一言は相手の心を穏やかに、そしてまたもっと大切にと思わせる事を感じた。


愛しています。
貴方に出会えた奇跡に感謝しています!



2007年09月17日

家族でカラオケ。

主人が息子の歌を聞きたいからと家族でカラオケへ繰り出しました。
息子が主人とデュオをやりたい曲を二、三曲、主人が息子とやりたい曲を四、五曲。

私はいい気持で聞いていて、時々主人か息子かどちらのパートを歌っているのか、わからない程声質がそっくりなのにはびっくりでした。
主人も自分の若い頃の声に似ていると、大満足。
しかしプロ「声はいいけど、腹から出す練習をしろ、まだまだ練習不足。」との厳しい言葉。

さすが親子と思った時は、コーラスになると、ばっちりあっていました。

親子ってやはり声質も似るのですね!

最後は私のために、ローリングストーンズでまとめてくれました。
なんと優しい主人と息子なんでしょうか、家族で楽しい時間を過ごし、楽しい休日でした。
主人が息子に発声方法を指導していました。
親子デュオか出来ますように!


2007年06月30日

バブル再来。

少し前の六本木のフィリピンパブは生き残りを掛けてしのぎを削っていた。

現在は生き残った何件かは、バブル再来を思わせるように、連日連夜満席状態だそうだ。
勿論タレントは一人もいない、アルバイトのみ。
お客も充分承知しかも45分ワンセットで一万以上。
飛び交うチップも万札のみ。

ここまで来ると、ちょっと怖いものがある。
バブル崩壊を知っているベテランのハズ達は危機感もあり、練習に余念がない。

なんとかなるさ「BAHARA NA 」という言葉が大嫌いなハズ、「なんとかなるなんて事はありはしない、なんとかするのが人間らしい生き方だ!」

「フィリピンはチャンスを捕まえる人が微々たるものだから、なんとかなるさ〜の開き直りもわかるが、ここは日本自分の技術と実力でなんとかしなければならない。」

仕事から帰っても最低三時間は練習している。

年齢はいっているが、その下の年齢層がほとんどいなく、若い子はダンスは出来ても音を出せる子はまずいない。
こんな事も幸いして、あちこちから声がかかる。(ありがたい事です。)

この歳になってまだ妥協を許さず、上を目指すハズを誇りに思う。m(__)m


2007年05月27日

フィリピンフェスタ、´07 。



あるサイトで偶然見つけました。

七月十四、十五日。

場所は代々木公園だそうです。


興味がある方は是非足を運んで、南国を味わってみてくださいねー。

日程的に梅雨明けしてないような気がするのが、ちょっと引っかかっますが・・・。



2007年04月13日

義妹がおばあちゃんになった。



12日に、昨年結婚した姪が女児を出産した。

分娩台で「ママ、ママ、痛いよ〜」と叫んで致そな!

フィリピンは低年齢での出産はちっとも珍しくないが、「ママ、ママ」には、我が家も大爆笑だった!


GWチケットあるんだよね〜。

姪の娘の顔をみながらボラカイへ行こうかな〜〜

一人旅になりますが真剣に悩んでいます。


ボラカイが私を呼んでいるのか?
フィリピンが私を呼んでいるのか?

はたまた私に浪費癖が付いたのか〜

どうしようかな〜〜



2007年04月02日

欲張り婆さん。

義母の弟が危ないと義妹がら連絡があった。
この時代では珍しい三人兄弟、すぐ下の弟は数年前に他界、この義叔父は65歳。

生涯一度も働いた事のないという兵。

義父の生前は実家に立ち入り禁止状態だったほど。

しかしその上を行くのが義母、カインタ迄(亡くなった叔父の家)「もうすぐだからと、香典の先払い」を求めに遠路はるばる出掛けたそうな。

私達としては見舞いの請求と思いたいが、妹に言わせると、集金後危ない弟の家にずっと居座って、家も自分が貰うと言っているそうな〜

情けない。

叔父の面倒をずっと見て来た、従姉妹との争いは避けられそうもなさそうだ!

80近くなって、毎月アパートの収入を全て自分の小遣いにして、まだお金が欲しいものなのか???

妹は今から頭が痛いと嘆いている。

仲裁にハズに帰省して欲しいとの事、ハズは「俺には関係ない。」と連れない返事。

生涯仕事もしないで、周りに迷惑かけたのだから、最後位は争いを起こさせないよう、静かに逝って欲しいと思ってしまう。