また一ヶ月が過ぎてしまった、、本当に恐ろしいスピードでときが進んでいるぜ、、、



と言う事で、チャコです。



最近、俺的に大発見だった事、それは「愛情は、人間が一人居れば成立する」という事だ。

例えばお人形に愛情を抱いていたりだとか、アニメキャラに恋心を抱いていたりだとか、要するに愛情の矛先が、自分自身に対して何ら愛情や関心を抱いていない場合、人はそれを「バカ」だの「アホ」だの呼ぶと思う。

逆に、人間同士が愛し合っているストーリーを人は美しいと感じ、前者の愛情とは完全に違うものとして考えているはず。


でもこれって、実はどちらも全く一緒なのではと、最近の俺は思う。



要は人間は、仕組みがより複雑なものに対して愛情を抱きやすいのだと思う。

仕組みが複雑とはつまり、いかに自分の脳に、それが複雑に絡みついてくるかがポイントのように思う。

そしてその愛情は、常に一人の人間による一方通行の感覚なのだと思う。



例えば、ティッシュに対して愛情を抱く人は極めて少数だが、自分のバイクやギターなんかに愛情を抱いている人は少なくないだろう。

どちらも命をもたないものだけど、バイクやギターなんかは、その日の条件等によって微妙に表情や調子が違ったり、複雑なパーツの組み合わせ方だとかで印象が変わったりと、何か人を飽きさせない奥深しさがあるのだと思う。


人間同士の愛情はその極みのようなもので、複雑な脳同士が複雑なコミュニケーションを繰り返し、その時間を重ねれば重ねるほどに記憶や経験が複雑に絡み合い、何か絶対的なように思える存在になっていくのだろう。



それ以外には、超大量生産品で個体差が無いティッシュよりも、経年変化等による個性をもったギターやバイクの方が愛されるように、オリジナル性というのも、愛情を抱くに値する説得力になる要素だろう。



愛情と聞くと、どこか神聖というか、何か神がかった特別な何かのように思えるけど、ただ単純に人間の脳がそういう仕組みになっているだけなのだと思う。


人間がこういった希望を抱く最大の原因は、人間は、地球上で人間だけが、何か特別で選ばれし生命体だと信じて疑わないからだと思う。


例えば、もしライオンが犬や猫を見て「俺はあいつらとは違う、ワンランク上の生命体なんだ」と信じて疑っていなかったら、はっきり言って失笑だろう。

確かに筋力だとかの力の差はあるかもしれないけど、基本的に対して差は無いというのが事実だろう。


人間もそれと全く一緒だと思う。他の動物よりも脳が高性能で知力が高いという特徴があるだけで、根本を辿れば犬も猫も人間も、全く同じ地球上の、いち生命体なだけだと思う。



こないだ、嫁さんや子供など、自分が深い愛情を抱く人達に囲まれてベッドの上で死ぬという夢を見た。

死にゆく時に俺はとても幸せで、自分はなんて恵まれた人間で、恵まれた人生を辿れたのだろう!と幸せを感じながら死んでいくんだけど、

ハっと気づくと、自分は真っ暗闇の自分一人の世界に居て、誰の声も聞こえず、その瞬間俺は「あっ」と気づいた。

自分は生まれてから今日まで、ずっとこの真っ暗な世界で一人ぼっちで暮らしてきた事に気づいたのだ。



人間は、何か神話のようなものがとても大好きだ。

自分は選ばれし人間、そして神に与えられた運命、その運命の中で出会った愛すべき人達、などなど、

当たり前だけど、そんなのある訳無いし、人間が自分に都合が良いように考えた大嘘だ。

空を舞う小蝿も人間も、ザックリとカテゴリ分けをすれば全く同じフォルダに格納されるという事は、極めて当たり前の事実だと思う。



けど、複雑で高性能な人間の脳は、そういった事実を受け入れられないのだと思う。

だからこそ神を信じたり、何かに夢中になったり、極めてボンヤリと暮らしたりしないと、生きていく事が困難になる不思議な動物だ。



一般的に「幸せな人生」と呼ばれるルートは、基本的に全て「幻を幻では無いと信じて疑わずに済んだルート」なのではないかなと思う。

温かな家庭や、夢だとか理想だとか、その全ては常に、真っ暗な自分一人の世界の中に映っている幻のような映像だと思うが、それを何か運命のような、絶対的な何かで繋がっているように感じる「オカルト理論」に浸れるかどうかが、幸せになれるかどうかの分かれ目だろう。



皮肉っぽくて、はっきり言ってこんな事ばかり考えている自分を、自分自身別に好きではないのだけれど、要するに様々な事柄を、いかに自分にとって都合が良いように解釈出来るかどうかが、幸せと感じる人生を歩む為のコツだと思う。



とは思うのだけど、やっぱり俺はあくまでも「事実」にしっかりと耳をあてて、その冷たい鼓動を常に感じながら一歩一歩生きて行きたいと思う。

うそ臭いオカルト理論なんかでは、どうにも俺は腑に落ちないし、やはり納得がいかないのだ。

前回のブログ更新から約1ヶ月、と言う事でやるかな。


どうも、チャコです。



最近、AI、いわゆる人工知能の本を読んでいる。囲碁のトップ棋士に勝ったとかで話題のアレですね。

昔から人工知能って話題はあったと思うんだけど、何故最近それがまた熱いのか。

端的に言うと、最近のAIは、人間がプログラミングをしなくても勝手に知恵をつけるようになっていて、それがスゲーっつって騒がれているのです。



例えばパックマンみたいなゲームをAIにプレイさせると、ルールを教えなくても回数を重ねる毎にどんどん上達していくんですって。

囲碁のAIも、囲碁の対局棋譜を3000万局くらいAIに流し込んで、そのサンプルからより良い手を自ら編み出し、人間にも思いつかなかったような新しい手を打ったりして世間を驚かせたそうです。



で、その本の中にあった話なんだけども、

人間の脳ってのは記憶とかのメカニズムを辿っていくと、最終的にはシナプスっていう300億くらいある細胞が、くっついてるか、くっついてないかだけで全てを管理しているらしいんだ。

それは丁度、コンピューターの二進法のように、0か1かだけで管理されているんだって。



要するに、

「01000101001」 = 「好き」
「01000101011」 = 「嫌い」

みたいなイメージね。



で、2018年くらいに出るCPUだかなんだかは、その0or1ってのを300億個くらい管理出来るらしく、要するにスペック的には人間の脳とほぼイコールになるらしいんだ。



そういうテクノロジーもすごいし、非常に関心があるんだけど、やはり1点ひっかかる事が、



人間の心って、0か1かで管理されてるの?って事ですよ。



例えば家族など、好きな人って居るじゃないですか。

俺は今までそういった感情を、何か絶対的と言うか、紛うことなき真実、得も言えぬ手ごたえを感じる感情だなと思っていたんだよね。

そういう人達の為なら命も惜しくない、身を挺して守りたい存在だなと思っていたわけさ。

でも、そういった感情も、0か1かで管理されているんだってさ。



結論を言うと、そういった得も言えぬ手ごたえっていうのは、はっきり言って全て幻なんだと思う。

この世に絶対的な感情、絶対的な存在ってのはあるわけないし、唯一あるとしたら自分自身だけだと思う。いや、それも怪しいな、、



俺は今まで、音楽だの仕事だの、そして恋人だの、常に何か絶対的な物を求めて生きてきたんだと思う。

絶対的に心から打ち震えるような音楽や、仕事に絶対的な情熱を捧げたり、何を犠牲にしても守りたい絶対的な恋人だったり、そういうのを探して生きてきた。



でも無かったよね、見つからなかった。多分、というか間違いなく、これから先も見つからないんだと思う。



心が打ち震えている音楽のような気がしたり、仕事に燃えているような気がしたり、何を犠牲にしても恋人を守りたいと言う気がしたりした事はあったけど、

もっとドライに、事実という部分で話をするなら、そんなのあるわけない、幻だよね全部。



よく、人間は色々な体験をした方が良いみたいな話を聞くけど、あれは大嘘だと思う。

もっと限られた地域の中で、限られた人や知識の中で生きて、そして死んだほうが、遥かに幸福度は高いと思う。



「この街に生まれた事も運命、君に出会えたこともそうさ、そして君の腕の中で死ねる僕は世界一の幸せ者だぁー!」

なんつって何も疑わず、俺も死んでみたいもんだ。



外の世界、外の知識、外の人間は非常に魅力的で、色々な事を考えさせられるものではあるのだけれど、特にこの平和な日本で生きていくのであれば、知らなくて良かったものばかりだと思う。



特に恋人に関して、俺が考える「絶対的な恋愛感情」の定義は、二人が運命みたいな何かで実際に繋がっている事が条件だと思う。

運命でつながっている気がするんじゃなくて、リアルに赤い糸で結ばれていたりだとか、寿命がコンマ一秒ずれずに同じとかね。



但し、「素晴らしい恋愛」は、そんな条件は必要無いと思う。例え道半ばで離れ離れになってしまったとしても、それが素晴らしい恋愛だという事に変わりは無いはず。



で、俺はつまりは今までその「絶対的な方の恋愛感情」みたいなのを探していたような気がする。




何か話がまたまとまらなくなってきたけど、、今俺の脳内には非常にネガティブな心とポジティブな心が同居している。

「この世に確かな物など何も無い」と絶望している心と、

「素晴らしい夢に素晴らしい恋人、それらに感動しながら素晴らしい人生を過ごそう!」みたいな心ですね。




絶望派の心は、確かに言っている事には筋が通っていて、妙に説得力があるんだけども、実は基本的にこいつも間違いだと思う。

例えその感動が0と1の羅列で表現されたものだとしても、心が震えて涙が出た事は事実であり、少なくともその瞬間に頭の中で「これは0100101101・・・・の配列だ!意味なし!」なんて考えてないし、もし考えているやつが居たとしたら相当アホだと思う。




俺が今まで間違っていた事は、絶対的なものを探そうとしていた事だと思う。

そういった不動の何かを追い求めるのではなく、もっと流動的で、今日しか味わえないような時間や感動を、今日その瞬間に味わうという事を、繰り返していく事が最も重要で、素晴らしい人生を過ごすためのコツだと思う。



だから、今まで感じてきた心震えるような音楽や、仕事の情熱や、愛情を捧げた恋人だったりというのは、ひとつとして幻では無く、確かにあの瞬間は俺の心に存在していて、俺の心を震わせて感動させた素晴らしいものだったのだと思う。

それらはもう二度と返っては来ないけれど、きっとこれからまた訪れるであろう何かに感動し、その心の震えを楽しみながら生きていけば良いのではなかろうか。



これからは絶対的な何かを探すのではなく、感動や関心にアンテナを向けて生きていく、それが豊かで幸せな人生を歩んでいく為のコツではないでしょうか?


おわり

こんばんは、チャコです。



いやー、お久しぶりですね。約2ヶ月ぶりです。

前回の日記を見返していましたが、さっそくですが彼女とは既に別れました( ☌ω☌)

あのブログを書いた数週間後に別れてしまったので、約1ヶ月半前くらいなのですが、何だか遥か昔の事のようです。

俺が切り出したには切り出したけど、振った振られたという感じでもなく、早い段階で正しい選択をしたって感じだと思う。たぶん。

後悔は無く、楽しかった思い出と、ちょっとの寂しさを残し、それらも既に記憶の底へと沈んでいってしまいました。



で、最近ですが、はっきり言ってゴミのような暮らしをしています、、、

いや、彼女と別れた寂しさからとかではなく、何だかなー、相変わらず燃えないんだよなー、



ブログ更新しなくなったのも、漠然と主張したい事が何も無いからなんですよね。

はっきり言って、何もかもが平和すぎる、、



今は仕事は順調だし、バンドも楽しくやってるし、それ以外にもバイク買ったりだの、かなり悠々自適に暮らしていると思う。

確かに数年前まで、そんな感じの生活を目指して起業とか頑張ってきたのだけれど、正直、達成する前の方が色々と充実してた気がする。



最近は要するに、コレって言う目標が無さ過ぎるんですよね。

家族を持って家を建てて~だとか、プロ野球選手になるだとか、人それぞれ「こうなっていたら幸せだな」って言うビジョンみたいなのがあると思うんだけど、とにかくそれが全然思いつかない。

いや、むしろ今の暮らしが既に理想のビジョンそのものなんだよな。



基本的に人間は、飯を食って糞をして、交尾をして子供を産んで、そんな暮らしの先にある死を目指すだけって言う、クソつまらんループが人生の基本システムだと思う。

それだけでは退屈だからっつって、例えばスーパースターしか立てないデカいステージだったりとか、クソでかい車や家だとか、そういうサブクエスト的なイベントを人間が自分達の手で用意したんだと思う。

愛だの恋だのも、俺はそういう感情はロマンチストなので大好きだけど、やっぱり基本的には幻だと思う。

一人の人を一生愛すとか、恋愛に関して色々と「こうだったらいいな」という理想や美談はこの世に溢れているけど、人って言うか動物は、そんな風な機能は基本的に無いと思う。

一夫多妻みたいな感じで、一部の優れたオスだけが生殖活動をして、残りは童貞っていう形が最も自然だと思うし、だからこそ生きていくという事は、オスメス共に爆裂孤独だと思う。

現代は、法律によって強引にオスメスをワンペアにして、なるべくあぶれる個体が出ないようにしてるんだと思う。

で、もっともらしいラブソングやラブストーリーを世の中に氾濫させて、あたかも一人の人と一生一緒に居る事が最高の人生、というように、人々を洗脳してるようにすら思う。

金もそう。本来は強烈なカースト制度みたいなのが最も自然な形だけど、税金やら何やらの法律で、強引に全員に平等に富が行き渡るようにしつつ、かつ競争する気力が湧くくらいの差もつけつつ、絶妙な感じでバランスをとっているんだと思う。



現代の日本では餓死みたいな結末はほとんどなく、人生の下限はかなり高くなったと思うけれど、その反動で逆に上限は凄まじく下がったのだと思う。

最近は、自分がそういう高い下限、低い上限という狭い世界で生かされているのだなと痛感してしまう。

今まで目指してきた夢だとかも、実は「低い上限」を煙に巻く為の幻だったんだなとすら思う。

今は自分の会社を経営しているけど、「安全の保証が無い高野を走っている風」の状況を、国が用意してくれているだけのように思う。結局はどう転んでも、俺は死ぬことは無い。



ってな感じで、最近は要するに「くっそーーーつまんねーーーー何か面白い事無いのかよーーーマジで!!!」ってな感じで、ジタバタしてます。


でも、これ以上楽しいことってなると、たぶん他人の命や人生を巻き込んだ何かになるんだと思う。

例えばそれは戦争だとか、奴隷だとか、妾だとか、何かそういう類になるんだと思う。

だから法律はこの辺りを上限に定め、戦争やらなんやらは悪っていう「偽の常識」を蔓延させているのかなとも思うし、俺もそれはとても正しい判断だと思う。




様々なリミッターを外して、俺が本当にやりたい事は何かと聞かれたら、、、、


、、うーん、さすがに引かれるから文章にはしないでおこう。。。

どうも、お久しぶりです。チャコです。


いやーー、放置したなーー、

前回らへんの記事を見直したら、何か更新頻度を上げるだの何だの言ってましたが、一体あれは何だったのか。。



と言うことで、たまには更新しようと思う。



実は最近、突然彼女が出来た。いやー、良い人だと思う、本当に。

今まで、パパとママと息子と娘に猫一匹みたいな、テンプレ通りの幸せ家族など微塵も憧れが無かったけれど、ママが彼女だとしたら、それはかなり幸せだなあと思う。


ていうか、一応「結婚を前提に、、」的な、まさかあのドイヒーなチャコさんが口にするとは思えない言葉でお申し込みをしてるので、突然俺が振られない限り、本当に結婚しちゃうと思う。


マジで急展開だよなー、まあ、まだ付き合ったばっかだし何が起こるか分からないけれど、俺は得も言えぬ手応えを感じているよ。




そんなメシマズな話以外なら、パチンコ&スロットに激ハマりして、そして飽きました。

約1ヶ月ちょっとのブームでしたが、当時は仕事帰り毎日ホールに通い、休日も朝から並ぶ始末、、なんかすげー楽しかったんだよなー、凱旋、ハーデス、まどマギ辺りがね。でも飽きました。



あとは、スロットきっかけで、まどかマギカというアニメに激ハマりしましたね。漫画も色々買ったし、ゲームも買いました。




結論を言うと、最近はマジで何一つ頑張っていません、、、まあ、普通に仕事はしてるし、バンドとかもやったりしてるけど、はっきり言って圧倒的堕落です。

2年前のブログを読み返すと、何か仕事に音楽に、情熱を持って日々頑張っていたようですが、今は本当に燃えかす状態です。



はーーー、まあいいや、逆に別にいいや。

頑張る気力が無い時期に無理に頑張っても、どうせ大した成果は得られないだろうし、こうなったらとことんだらけます。

今日は真っ直ぐ家に帰りたくない気分だったので、溝の口にて途中下車。

溝の口と言えば駅前のガヤガヤしたイメージしかなかったけど、ちょっと歩くと結構雰囲気の良さそうな店がポツポツとあった。

中でも、デンと重厚な門構えのオーセンティックバー、ボデガに本日は入店。

マスターに話を聞くと、溝の口で唯一葉巻を置いてるバーらしい。

物静かで、かつ気さくなマスターも良い感じで、店内も非常にシャレオツで、今日の気分にピッタリだった。

驚いた事に、2号店が最寄り駅の宮崎台にもあるらしく、帰り道に入り口だけ覗いたけど、かなり良さそうだった。

今度、通うことになるかも。

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