今日は真っ直ぐ家に帰りたくない気分だったので、溝の口にて途中下車。

溝の口と言えば駅前のガヤガヤしたイメージしかなかったけど、ちょっと歩くと結構雰囲気の良さそうな店がポツポツとあった。

中でも、デンと重厚な門構えのオーセンティックバー、ボデガに本日は入店。

マスターに話を聞くと、溝の口で唯一葉巻を置いてるバーらしい。

物静かで、かつ気さくなマスターも良い感じで、店内も非常にシャレオツで、今日の気分にピッタリだった。

驚いた事に、2号店が最寄り駅の宮崎台にもあるらしく、帰り道に入り口だけ覗いたけど、かなり良さそうだった。

今度、通うことになるかも。

こんばんは、チャコです。



何の予定も無い三連休、何か結局ダラダラと暮らしてるわ、、、いまいち集中力が持続しないんだよなぁ~、、


最近の俺のやる事リストは、

1、作曲&動画作り
2、バンドのホムペ作り
3、英語の勉強


こんな事を頑張って、一体何の意味があるのか。まあ、意味という角度で考えれば全く意味は無いんだけど、

今、この30歳という年齢で、こういう事を頑張っておけば、


例えば自分のイメージ通りの何らかの作品が作り上げられて、それでもって多少の評価を得られたら、今度はメンバーを集めたりして、ライブが出来たりとか、

今のバンドも、もっと宣伝して色々人脈なりお客さんがついたりすれば、もっとでかいイベントでライブやれたり、

英語喋れるようになったら、行動範囲が一気に拡大して、イギリスでもアメリカでも行けるようになったり、




そう、マジで30歳って何だって出来るんだよな。

逆に、今、諦めたり、ダラけたりしたら、想定通りの退屈な日々が、淡々とやってくるだけだ。



今の会社作る前も、思い返してみれば「こんな事を頑張って、果たして意味はあるのか?」みたいな努力の連続だった。

だけど、結果、本当に頑張って良かったなと思う。あの努力があったからこそ、今、仕事に関しては何の不満もなく過ごせているのだ。



昔、ラッキーマンって漫画があったけど、あれで言えば俺は完全に「努力マン」だと思う。

だから、努力しないといけないのだ。逆に、努力マンじゃない人は、別に努力は必須ではないと思う。


天才マンは、自分の才能をフル活用して生きていけば良いし、友情マンは、人脈をフル活用して生きていけば良いし、

実家が金持ちとかのラッキーマンは、環境に甘えてのらりくらり生きていけば良いし、スーパースターマンは「目立ちたい」という欲求に貪欲に突っ走れば良い。


つまり、別に努力しなくとも、毎日楽しく暮らしている人もたくさんいるのだ。

だから、別に努力=正義ではないのだと思う。



なんか話が反れたけど、要するに、人生努力が必須では無いんだけど、俺の人生に限って言えば必須だと言う事だ。



自分の人生を振り返ってみると、俺は「普通の人」が頑張ってる事を、全然頑張ってこなかった。

それは、面倒な人付き合いだったり、常識人として生きる事、学校の勉強も何もかもやらず、ただただ自分勝手にやりたいことだけをやりながら生きてきた。

だから、気づけば努力必須なハードモードなルートを歩んできてしまったのだと思う。



けど、このルートがやっぱり俺には一番しっくりくるよな、来るべくして来た感があるし、向いているという実感もある。



逆に、周りに気を使いながら、様々な事を我慢しながらという友情マンみたいな暮らしは、俺にはとても無理だろう。向いていない。



なので、努力しないとなぁ~、、俺が何にもしなくなったら、マジで燃えかすみたいな暮らししか待ってないわ、、



けど、今日はもうダイハード見て寝よっ

こむばむわ、チャコです。


今日はバンドのスタジオ練習、からの飲み。とりあえず眠い、、、


明日からは三連休、しかも予定は一切無し。最近はオフの日は何かと出掛けてばかりだったから、久々に家にこもって色々予定していた事をこなしていこうと思う。


とにかく、無意味な時間を極力減らして、日々淡々と、冷徹に、やるべき事をこなしていこう。

こんばんは、チャコです。

よし、有言実行、早速更新してみるか!久々の会社PCからの更新です。




幸せな人生、不幸な人生、人それぞれ色々と価値観はありますが、俺は日本に日本人として生まれてきた時点で、かなりハッピーが確定されていると思う。

とは言え、やはり中には耐え凌ぐ事もしんどいようなジャパニーズストーリーがあるわけで、人生バッドエンドの時は、とことんバッドエンドなのだろう。

バッドエンドの定義は、金だの愛だの色々な要素があるけれど、要は己の脳が「これはバッドエンドだ」とジャッジしたら、つまりはバッドエンドなのだろう。

意外と、金のあるなしや、パートナーのありなしという、それ自体は問題ではないと思う。



俺は、人生をハッピーエンドで締めくくる自信がかなりある。これは、ビジネスの成功やら何やらを言っているんじゃなくて、己の脳を「これはハッピーエンドだ」という意識に持っていく自信があると言う意味だ。

例えば足が無くなったら、国の障害者手当的なものをゲッツしつつ、日々車いすで自伝とかを書いたりするのもナイスかもしれない。

自分の行動を自分の意思で決められる自由がある限り、俺は人生なんてどうにでもハッピーに導けると思う。

逆に、足を繋がれた奴隷みたいな感じになっちゃったら、俺的にはかなりバッドエンドだ。




だから、別に俺は俺自身の人生がハッピーエンドになるかどうかというのは、ある意味であまり関心が無い。というか、どう転んでも基本的にハッピーになるんだろうなという気でいる。

からこそ、他人の人生がアンハッピーになるのではないか、というような予感を感じたりする方が、何ていうか心が揺さぶられる。



例えばソープランドのお姉さんが、いつかは素敵な旦那と結婚し、子供も出来て、幸せで温かな家庭や、人生を築きたいと考えていて、

そんな夢を描きながらも、日々風俗街に通い、何人もの男どもの下の世話をして、

どんどん時が進み、年齢を重ね、どんどんおばさんになって、

ソープランドでも働けないほど女性としての価値が無くなって、他に出来る仕事も無くて、当然結婚なんて出来るわけもなく、

誰にも関心を抱かれず、誰にも必要とされず、ただただひっそりと隠れるように生きる人生があったとしたら、



なんだかそんな事を考えると、涙が出てしまうんだよなぁ

新年、あけましておめでとうございます。
どうも、チャコです。

今年も相変わらずのドイヒーな暮らしが待ち受けているかと思われますが、皆様どうかお見守り下さいますよう、何卒よろしくお願い致します。


で、話は変わりますが、

年末年始に、すごい久々に当ブログを読み返していたんだよね。

いやー、何か結構面白いよねー。あの頃はあんな事があって、あんな事考えていたんだなーとか、

何があったとかは割とどーでも良いんだけど、自分の過去の精神状況を改めて振り返ってみると、何て言うか得るものがあるわ。



今年の俺の抱負は、色々考えていたんだけれども、

「1日1日を丁寧に生きる」

これです。



会社が黒字転換してからと言うものの、思い返してみれば、日々をかなり雑に消化してきてしまったと思う。

漠然と目標みたいなのは仕事もプライベートも色々あるんだけど、掲げているだけで、いまいち前進出来なかったように思う。

だから、未来の事を思い描きつつも、まずは今日を、今日だけを頑張るスタイルにしようと思う(by班長)

基本だけど、今日1日の小さな目標を常に意識して、それが達成出来たかどうか、常に考えながら暮らそうと思う。

目標と言っても、別に何かを頑張るとかだけじゃなくて、思いっきり楽しむとか、思いっきりダラけるとか、そういうのも、ちゃんと1日の始めに決めて行動したいよね。

頑張ろう頑張ろうと思って、結局ダラダラしちゃうみたいな、プランの無い時間を極力減らしたい。



というのもあり、ちょっとこのブログの更新頻度をもうちっと上げようかなと考え中。

1日三行でも良いから、思った事、考えた事を記録していこうと思う。



って感じかな、本日は。

では、シーユーネクストタイム。

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