こんにちは!佐渡の本間です。

 11月24(土)午後は、羽茂・大崎の大崎活性化センターでの「大崎そばの会」でそばを食べ芸能を楽しむ。

 午前中は、両津からバスで真野で乗り換え椿尾で下車し、そこから石仏を探しながら椿尾→小泊→中山→村山まで歩いた。予定は中山→大崎であったが、村山に三体仏や双体道祖神があると事前に知り、ついでだから歩こうということにしたもの。ところが、三体仏などが見当たらず中山へ引き返そうとしたが、時刻は既に12時を回っていた。これから大崎へ歩いても着くのは午後1時過ぎ、芸能は始まっている、既に3時間歩いて疲れも出ていたのでタクシーを呼んだ。ケータイはつながらず、戻って行くと小村郵便局前に公衆電話があったので助かった。運がよいことには運転手さんが双体道祖神のある場所を知っていた。三体仏は、問い合わせてくれたが不明で、やむを得ない。双体道祖神は、道から外れたところにあり、地元の人でないとわからない。また、ここがその昔金銀を運んだ相川街道であるということを教えてくれた。(相川街道について、前回記述)

 さて、3ヶ月ぶりに大崎活性化センターへ行ったが、駐車場ではおさまらず道路上に車が並んでいる。多摩ナンバー・長野ナンバーの車もあった。

 予約制で受付では、座席番号札と「祝 三十周年 大崎そばの会」の記念タオル、手造り小冊子「大崎ソバの会の三十年をかえりみる」が手渡された。料金、2000円。そば会8

 多目的ホールに入ると、会場は賑(にぎ)わっていた。一つのテーブルに3人ずつそれぞれ向かい合う形で座席が決められ、テーブル単位で並べられた大きな皿に料理が盛り込まれ、6人で好きなものを取って食べる形式である。私は、30分遅れで来たから、舞台から奥の席となり自分の席が直ぐにわかった。

 前羽茂町長の挨拶があった。当センターを建設するに際し、貢献した方らしい。印象に残った話は、次のとおり。

 ①本物にこだわって30周年を迎えている。参加者は年々増加し、今日は220名の人が来て満席。明日も同じく予約が満席。

 ②今日は「新蕎麦(そば)」が、いただける。地元で採れた蕎麦の実を石臼で挽(ひ)いてつくったもので、「十割蕎麦」(100%そば粉と水でつくったもの)以上の蕎麦だと思っている。

 ③ここ大崎には、古い芸能が今日でも残され演じられている。内容は、変わりばえしないが、ますます上手になってきていると思う。

 なお、料理の紹介が、その前に主婦の方(「そばの会」メンバー)からあった。

1.料理

 (料理の中身について、後でその方にメモがあればと尋ねたところ、メモは既にゴミ箱に捨てたということで、探してもらったところ見つかり、「読めない字があると思いますが」と言われたが、有り難くいただいた)

そば会1①緑の皿:そうめん、南瓜(かぼちゃ)の酢の物、菊の酢の物、かぼちゃ大学、ごぼうキンピラ、椎茸の揚げ煮

②青い皿:カブの酢の物、大根菜の胡麻(ごま)和(あ)え、ぜんまいの煮物、水フキの煮物。

 

そば会2③こんにゃくの生姜(しょうが)和え

④青豆の鉄火味噌

⑤大根サラダ

⑥漬物:白菜、野沢菜、人参、ワラビ、水菜、瓜(うり)、そば会3かぶ、大根、アンポ柿。

 「アンポ柿」は、地元 羽茂の特産物で通称「おけさ柿」であろう。吊(つ)るして自然乾燥させ甘くなり(佐渡では、一般に「吊るし柿」と呼んでいる)ゼリー状になっていた。漬物ではないが、同じ皿に盛っためにそのように記したものであろう。

⑦天ぷら:人参、ゴボウ、野沢菜、じゃがいも、カボチャ、ピーマン、南蛮

⑧揚げそば(大崎そばの揚げ物で、いわば「おつまみ」で手でつかんで食べる)

⑨ジャガイモの煮ころがし

⑩おにぎり

⑪黍(きび)だんご(ぜんざい)

⑫大崎そば

⑬書かれていない素材として、山芋、竹の子、揚げ出し豆腐、昆布、玉子があった。

 基本的にはテーブルごとに運ばれた。新鮮・本物主義であるから、次々と全ての人に行き渡るわけではなかった。それぞれにある程度の待ち時間がある。その間、他の料理に箸を挟んだり(おにぎりは、既にある)、芸能を見たりである。

2.芸能

そば会4①13:00から。トップは文弥人形(芝居)。

 1)演じたのは、地元 大崎座ならぬ金井の常盤座であった。

 2)本来なら大崎座であるはずであるが、理由はすぐにわかった。大崎座は、「大崎そばの会」の構成員で受付等の業務をしているからそれどころではない。

 (大崎座・常盤座について、それぞれ07年9月12・14日号「文弥人形3・5」に記述)

そば会6そば会5②現代に至っては、希少であり素朴であるからこそ価値のある古い芸能が、披露された。

 

 古民謡、鳥刺し、蟹(カニ)舞い、チョボクリなど。私にとっては、何でもないようなものであったが、余りにもその単純さ・素朴さに惹かれるものがあった。

そば会7③プロの芸能団 佐渡に本拠をおく「鼓童(こどう)」も演出した。

1)世界での公演実績があるらしいが、今回は12月に佐渡で公演会があるため、その宣伝を兼ねて来たという。

 2)初めて見たが、若さ溢れる自己PRと演技には、さすがに観客への意識がありありと見られ、そこはプロという感じがした。(プロであるからには、愛想良くしてお客に認められなければ成り立たない)

 予め設定した予定時刻の関係で、残念ながら惜しくも14:30前に退席した。

3.まとめ

①「大崎そばの会」で今まで経験したことのない最高の贅沢(ぜいたく)を味わった思いがした。

 1)超一流高級レストランでも、これほど多彩な野菜は出せないであろう。市場流通なしで地元直であるから産地の明確な食材が220人前、明日も出る。しかも、2000円で。2時間以上は続く芸能付き。

 2)大崎は、中山間地区。今回の料理には魚・肉類は一切なかった。すべてが野菜・果実の青果三昧(ざんまい)。

 ただし、蕎麦のダシは、羽茂川で獲れた川魚を使ったものであろう。私が大崎そばを食べに行くことをある人に言ったら、羽茂の食堂で「ぶっかけそば」を食べたが、そのダシの味は出せないと語っていた。

②大崎そばは、お碗にそばを入れ、タレと刻んだをネギを入れただけの「ぶっかけそば」。

 1)唐辛子(とうがらし)とか生姜(しょうが)・ワサビとかの調味料は不要。それを添加すると却(かえ)って本当の味が、楽しめなくなってしまう。

 2)「本物が偽物に負けるはずはない」「本物は勝つ」「アンポンタン(バカ)といわれようと関係ない」との信念でここまで来た。

 3)食べ終えた食器を運びにきた人に「そばをお替りできますか」と尋ねると、「できます。ごゆっくりしてください」との答えが返ってきた。

 期待して相当な時間待ってはいたが、自分勝手な時間切れとなって退席した。これは、やむを得ない。

③企業寿命30年説が過去に注目された。一般データでたまたま見つけたもので根拠はなく、マスコミ・評論家・コンサルは当然付け込んだが、個々の企業・団体にとっては迷信のようでものでしかない。それでも、一つの区切り、励みとなる。

 1)30年継続は、容易ではなかったに違いない。当時30歳だった人が、60歳になっている。

 2)「3」という数字に特別こだわるわけではないが、「大崎そばの会」は第3回が分かれ目であったようだ。

 a.当初は「羽茂そばの会」であったが、羽茂公民館が建て替え工事ため、大崎公民館を見つけ、会場を移転。

 b.改築後、元に戻る予定であったが鉄筋コンクリート建てとなり「そばの会」の雰囲気に合わず、会場を大崎に頼み込み、一度は「やったばかりだから」と断られたが引き受けてもらったという。

 c.第3回開催は1980年(昭和55年12月21日)。この時、蕎麦のほか餅(もち)を搗(つ)き、煮しめなどを煮た。文弥人形、チョボクリ、鳥刺し、粉挽(ひ)き歌などの民芸を披露。

 そのときは、「大崎の文化祭」のようだったとある。大崎の人が燃えた・協力した・羽茂へ移る必要はなくなった。

 それが、今日に及んでいる。

以上