こんにちは！佐渡の本間です。
前回は、佐渡での布教のためまず旅人に扮（ふん）して夷町に来て仮の宿屋泊まっていたが、ある医者との偶然の出会いによって、家主と直接自分名義で賃借契約が成立し、しかも夷町の戸長、学校長など６人の有力者と面識になれた。
当時、外国人は限定地域（佐渡は、夷町）しか住まいできず、しかも宿屋で一般民家には寝泊りできないため、日本人伝教士が前もって自分名義で家を借り、そして認可を得て宿屋を開く形にした。その地で布教の足がかりを一歩踏んだ。
なお、外国人が夷町に居住して、佐渡の場合はどこでも旅行免許を持たずに行けることが条約の許可範囲であったが、外国人の借家は郡庁に届出が必要であった。それで郵便で相川支庁に届けた。
《参考》相川支庁
明治元年（１８６８）佐渡県となる。同４年（１８７１）第一次府県統合で相川県となる。同９年（１８７６）第二次府県統合で新潟県に吸収される。相川に支庁がある。
１．相川支庁でのトラブル
�ー擴箸砲弔い突絞悗覗蠕郢拂�に届けた後で、伝教士が相川支庁に呼び出され、非常に脅（おど）された。それで、予（よ）も支庁に出かけた。
�◆嵬鮨佑和腓い剖辰い拭５掴世虜櫃歪Ｆ發肋紊魏爾悗梁臍�ぎで凡（すべ）ての人々が予の周囲を取り巻いて議論を聴いて居（お）った」
「此の時の有様は随分面白かったが、然（しかし）たとえ官吏に無理があったとしても、官吏に対して敬意を欠く嫌いがあるから止める」
�７覯未蓮�家も安全に借りて住むことができた。
２．佐渡に来て最も面白いと思われる話
（１）佐渡は２個の噴火口のあった火山の遺跡
自分だけでなく、わすかな後で夷に来たコスマオというフランス軍艦の艦長の考えも、佐渡は２個の噴火口のあった火山の遺跡だという。
�‘酲摸廠ご澆砲△襭欧弔凌爾て�り江（両津湾と真野湾）は、昔の噴火口であったが陥没して、今は海底に沈んでしまったものだ。
�△修隆歪垢話麓然悗砲眄債未靴討い襦�それを証明するのに、夷海岸の砂中に磁石を射（さ）し込んで、これに付着した鉄粉をもってしている。これら多くの鉄粉は、まさしく噴火口の残留物であると。
（２）佐渡の方言
随分異なっている方言があるが、今記憶の１、２をたどると（少なくとも３０年以上前の記憶。以下、同様）、
・東京でお嬢さんということを「ビコさん」、坊ちゃんは「カンカン」、
・有難うを「デカシマシタ」、薪（まき）を「バイタ」
などの類（たぐい）である。
（３）珍奇な習慣中、今 記憶しているもの
�‖�に痙攣（けいれん）を起した時、唾」（つば）を以（も）って額（ひたい）に十文字を画せば治るというておること。
��最も珍奇なるはモーゼ教と同一の規則を守る習慣
１）旧約聖書のレビ記１２章に、女は出産したとき、産婦と生児について種々な規則がある。
「先ず女は出産によりて瀆（けが）れて居る。故に其の瀆れを潔めるために何日間何ういふ式を行はねばならぬ。生児が男なれば何日後、女なれば何日後、聖殿に伴って一定の式を行なふ。また何日後に命名するなどの規則がある」
２）佐渡の習慣
「産婦が瀆れて居るから幾日間は畳の上に来ることは出来ない。故に其の瀆れ中は住家の傍に産小屋といふものを建て、一定の期間中は其処に起居する。之を産屋といふ。尚また婦人は毎月の経行中は同じく瀆れているといって産屋に住む。また生児は何日の後寺に連れて行って命名をする」
３）驚き
a．「佐渡において産屋のあるのはしばしば自分の実見した所であるが、然し他地方には一度も斯様（かよう）な習慣は見なかった。佐渡にのみ此のモーゼ教に酷似したる習慣が何（どう）して行われて居ったであらうか、是について司祭ツルペン師の意見を叩いて見た。師は甚だ人類学に興味を持っておられ、随分研究しておられる」
b．信用せられる師の説
・日本は木造の建築だから古代の遺跡がない。しかし、言語学に依（よ）ってみれば多少は解かり得られるかもしれない。
・日本において最も妙に思われる一の言葉は、宗教の言語中最も大切なカミ。
・現今北海道に住むアイヌは日本語のカミをカモイという。シベリアの北海岸に住むサモエド、オステイアク、エスキモーなどの民族はカモという。
日本のカミ、アイヌのカムイ、シベリアのカモは、疑いなく語源を同じくしている。
・イエ大洪水後、最も早く物質的の開化をした民は、ノエの子カムの系統の民であった。カム系統の民は、初めて文字を発明したほど開けたアラビア・アッシリアのみならず、ペルシャ及びインド北方の諸国にまで殖民した。
物質的の開化をすると同時に開闢（かいびゃく）よりの伝説は曖昧（あいまい）になって来るが、祖先の名だけ知りこれを拝むようになった。
彼らは、ノエの子カムをカミイといって拝むようになった。これは、ルノルマン、ノルリス、デリッチュラインジなどの人類学者の本に明らかに記してある。
・カム系統の民は、後にセムとジャフェット系統のアリア人に敗れて、ペルシャ・インド等の南方を逃げて北方に移ったアルタイ山周辺の国とシベリア地方に殖民。後、人民が繁殖するに従い東方に進み、太平洋の海岸のみならず太平洋東北方にある日本その他の諸国にまで渡って繁殖した。
カム系統の諸民族は、昔ながらの多神教を信じていた。土地でも、山でも、河でも、岩でも、木でも何でも精神があるとして、これを神として拝む。
「佐渡にモーゼ教に酷似した習慣の行われているのも、何か関係のあることではあるまいか」
３．佐渡の布教
� 愃甘鷲朸技法戮梁茖臆鵑涼罎如⊆，里茲Δ妨譴蕕譴討い觚斥佞�ある。
「佐渡には３年間居ったが、日本に渡来して前後４０年間中 この島くらいに布教に骨折った所はない、又霊的の実験も一番この地で多く得た。即ち神の下し給う聖寵の外教霊の本なく、霊的成功は人間なる司祭の奮発、其の考え其の希望などに依っても決して得られるものでないということを知った」
「佐渡人民は質朴であるが、多少頑固である。かかる所に布教するには如何に手をつけ進むべきか殆んど何の方針も立たぬ」
�△海療腓肪紊い浸�、真先に目についたのは、眼病の流行（はや）ること
１）あまり眼病人が多いから外出の度に試みに数えて見た。
健全な眼の人は１０人中４人までない。少なくとも半数の人は眼病者。
２）眼病の良薬があり、この眼薬を絶えず自分は貯えていた。
それは、何十年前からフランス海軍で大評判の目薬で「カルの奇水」と呼ばれた。流行性結膜炎などに極めて迅速に効き、全治させる。
３）余（よ）は自分の住居が決まると先ず第一近隣の眼病人にこの薬の効用を話しこれを試させた。即ち自分が望む患者に点滴してやった。
a．効果著しく４，５日間で全治した者が４，５人あった。
b．この評判はたちまち四方に伝わり、眼病者が集まって門前市をなし、あたかも眼科病院のようで２０〜３０人の患者が来た。
４）ある３０歳位の男は、両眼とも失明し始めて燈火さえも朦朧（もうろう）と見えるに過ぎぬほどの重患だった。
a．自分はとても無益だといって断ったが、男は一向に聴かない。自分は彼を悦（よろこ）ばすつもりで無益だと思いながら点眼してやった。
b．彼は、夷から１里余りの海岸にある羽吉村の神主であったが、毎朝怠らずに船で来て夕方までいた。
c．約２０日の後、彼は朝「先生先生 あなたのお顔が見える」と歓び叫んだ。到底不治と思った難病の眼が治って、文字まで読めるようになった。
d．彼は、後に自分の村で神官と小学校教師とを兼ねて元のように勤めるようになった。
e．彼は、非常の恩義を感じ、１ヶ月余り毎日我が家に来たから全くの親しい間柄になった。
��説教の開始
１）最初の説教出来た地が、羽吉村。
彼の手蔓（てづる）によるものである。しかし、彼の斡旋で出来るといっても神官であるから、彼の家でなく他の民家であった。
２）間もなく、相川、河原田、新穂などの町々、他の村々どこにも自由に説教するようになった。
a．これは、先の夷町の５、６人の上流の人々の周旋によってであった。
b．上流の人々は、全島にわたって皆知り合いである。その人たちが周旋してくれれば、どこの町村でも自由に布教の手を着けられる便宜があった。又至る所地域有力者の世話を得られた。
c．それで所々説教しても夜ふけて一人山道や森林など淋しい所を通っても、只一度のほか何の難儀にも危険にも遇（あ）わなかった。
その一度とは、ある大雪の晩竹林に差しかかり、ある一人とすれちがう時彼は棍棒（こんぼう）を振り上げ打ちかかって来た。吾（われ)は本能的に拳（こぶし）をかためて彼の胸を撞（つ）いた。吾は打たれず、彼は雪中に仰向けに倒れた。吾は、振り返りもせずそのまま歩行を続けた。
３）回想
「佐渡に３年間住んだが、右（闇夜の竹林での出来事）の外何事もない。後に陳（の）べるが３年目にコレラ病が流行して余は愚かなる流言のために疑いを受けたが、それでさへも悪口一つ言はれなかった。ああ実に佐渡の人民は仁に近い朴訥（ぼくとつ）なる哉（かな）、これに反して東京の如き都会に於いてはしばしば悪口を耳にした。日本の首府の如く開けたといはれる地と、３０年前の佐渡のやうに開けない地と、何れが真個の開化じゃろうか何れが礼儀を知り道理を弁（わきま）へる民じゃろうか」
４．まとめ
ここでまとめを、少し行う必要がある。
一つは、眼病についてのことと、一つは余りにも佐渡を持ち上げすぎていると思われる面があるからである。
�ヾ禀造砲弔い同鵑げ甬遒了�であるが、原因は知らないが風土病。
１）風土病を初めて意識したのは、太宰治の短編紀行『佐渡』を読んだとき。来島は昭和１５年（１９４０）１１月１７日。両津の旅館で１泊し相川行きのバスに乗った時の僅（わず）か２行足らずの文章。この場合は、皮膚病であった。
「バスの乗客は、ほとんど此の土地の者ばかりであった。皮膚病の人が多かった。漁村には、どうしてだか、皮膚病が多いようである」
何か思い当たるような・ないような一体何だろうか、と気にしたものである。
（０６年３月１１日号「太宰治と佐渡」に記述）
２）「佐渡目」という佐渡特有の眼病があった。明治32年（１８９９）来島した尾崎紅葉は、相川の風呂屋に行ったとき、注意書きがあったことからその事を調べて記している。
「この国に限らず・・・よくある眼病であるが、昔から佐渡目と謂われて、目が赤爛（ただ）れになる、それから・・・偏盲（めっかち）になり、失明（めくら）になる者が沢山ある。・・・」
（０６年１０月２３日号「尾崎紅葉と佐渡（５）：相川」に記述）
前回レゼー神父が橋の上で会った医者は、「彼は偏盲だから其の威張りが何となく滑稽だ」と記されてあった。
３）内科医であったが、佐渡に眼病が多いことを痛感して上京し、眼科を勉強して眼科専門医として独立した人が、川辺時三（１８６２〜１９３３）。旧金井町が編纂した『金井を創った１００人』の中には「私財を投じて佐渡観光に寄与した眼科医」と称えられ、碑が建っている。
（０６年１１月２８日号「司馬遼太郎と佐渡（２）」に詳述。司馬は、全く関係しない）
�∈甘呂鮖�ち上げ、東京を蔑（さげす）むという『布教史』の中では他には見られない怒りの語調がある。（前掲３ �� ３）の回想）
推測であるが、
当時レゼー神父はハンセン病の専門病院にいた。ハンセン病患者に対する政府・自治体の伝染病と見なす強制隔離による人権無視、世間の軽症患者への冷たい対応等への強い憤（いきどお）りがあった。
コレラについて過去を語る中で、現実・足元のハンセン病に想いが行ったことによるものに違いない。
（次回に続く）
