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ルクセンブルク

















  我家はハイデルベルク、クレーマーガッセ(小売屋横町)、フィア・ウント・ツヴァンツィッヒ(24番地)・・・
  世界に冠たる観光地のハイデルベルクの中心地、マルクトプラッツが我家の庭みたいなものだが・・・
  だが、ドイツでは、ウアラプとは遠地に旅することであって・・・いかに豪奢な庭とは言え、自分家の庭で過しても、ウアラプとは言えない。
  
  ドイツでは、夏休みは家族で旅行にでかけるのが常である。
  だが、世の中は常ならず・・・親が忙しくて旅行できない子供達のために、様々なイベントが行われる・・・と言うことは前(ハイデルベルク滞在記・その75)に書いた。
  我が息子は、そのイベントの一つである、ハイデルベルク市が主催する、ノルトゼー(北海)の孤島へキャンプへ出かけた。
  7月の中旬から8月の初旬にかけて、3週間の大旅行である。
  小学校3年生の彼にとっては、家族と離れて暮らす最初の旅行になった。

  7月19日の午後6時30分、ハオプトバンホフ(本駅)前のバス停から、大勢の子供達と一緒に、観光バスに乗って旅立った。
  寝袋と、水着と、下着類を詰めた、ガラガラ(コロのついた旅行カバンを我家ではこう呼ぶのである)を引っ張って・・・
  決められた100マルク(7000円)のタッシェンゲルト(小遣い銭)をタッシェン(ポケット)に入れて・・・いや、首からぶら下げたお財布に入れて・・・
  少し心細気ではあったけれど、もう、いっぱしの男の子・・・ドイツに来てからどんどん成長しているようであった。

  さて、息子は3週間のキャンプに出かけたが、娘はもう、ギムナジウムの女学生さん・・・キャンプには向かない。
  休日に、三人、愛車HD-A5618に乗って遠出することにした。
  どこへ行こうか?
  ・・・スイスがいいなあ・・・
  
  工場では、日本人は、1ヶ月のウアラプ(休暇)は無理にしても、1週間(土日を入れると9日間)の夏休みが取れた。
  皆が一斉に休みを取ると、開発が停まってしまうため、交互に休みをとることにした。
  私は8月に夏休みをとることになっていたのである。
  8月の夏休みには、息子もノルトゼーから帰ってきており、家族4人でスイスへの旅行を手配していた。  
  スイスへは8月に行くとして、今回はルクセンブルクへでも行ってみようか・・・

  ルクセンブルクの正式名称はGrousherzogdem Letzebuerg(グロウスヘルツォークトゥム・レツェブエシ)と呼ぶ。
  もちろん、ルクセンブルク語である。
  公式の英語表記は、Grand Duchy of Luxembourg(グランド・ダチィ・オブ・ラクセンバーグ)である。
  日本ではルクセンブルク大公国と呼び、ドイツ語のGrosherzogtum Luxemburg(グロースヘルツォークトゥム・ルクセンブルク)の読みが定着したものであろう。
  首都をルクセンブルクに置く、西ヨーロッパに位置する立憲君主制国家である。

  ルクセンブルクは、ハイデルベルクから直線距離にすると約200Km西方にある。
  アウトバーン656号線から6号線、62号線、1号線と乗換えて、トリアへでる。
  トリアから48号線に乗ると、そのままルクセンブルクへ入るのである。
  ルクセンブルクは小さな国で、日本の都道府県と比較すると、42番目の佐賀県とほぼ同じ広さである。

  車で、街の回りを一周してから、駐車場に車を停める。 
  広場では、欧州連合12カ国を示す12の星が図案化された、欧州連合旗が並んでいた。
  テントがずらりと並び、何かの催し物が行われているらしい。
  早速広場に行ってみた。
  欧州連合各国の観光見本市が開かれていた。

  広場を抜けて、市街を一回り見学する。
  見学を終えて、帰り道で、各国の観光名所が記載されたカタログを入れた大袋を貰う。
  憲法広場へ出て、アドルフ橋等の広大な景色を楽しみながら、一休みする。
  大袋からカタログを出して見ると、フランス語らしき文字が書かれており、まったく読めないのである。

  そう、ここはルクセンブルク・・・
  ローマ帝国の昔、2つのローマ街道が交差した要衝の地・・・
  現在でも欧州議会の事務局本部、欧州司法裁判所、欧州会計監査院、欧州投資銀行などが置かれた国際都市である。
  一つの言葉だけでは、やってはいけない・・・

     石橋に ただ照りつける 暑さかな       昶