武術的な身体の「型」を作るという話からですね。

站椿その1王勝之老師は腕を站椿法その1の姿勢のまま、攻撃・防御されていらっしゃるのを何度も見ました。そのときに思いましたが太極拳って別に套路に出てくる技一つ一つだけが技じゃなくて、例えばこういった站椿の姿勢、「抱」とても言うのでしょうか?あ、攻撃するときは「按」ですか?こういう姿勢だって立派に攻撃、防御ができるわけです。

要するにどんな姿勢でも構わないから押されようが引っ張られようが動きませんという身体の「型」を作ることが、站椿の目的だと思うのです。

皆さん天井の蛍光灯を交換したことありますか?
あれ、すっごくイライラしません?腕がブルブルと震えますし、腕を頭より高い位置に上げっぱなしというのが細かい手作業を阻害します。

あれも站椿と同じだと思うんです。
どんな姿勢でも構わないという前提で考えれば、「蛍光灯交換の姿勢」というのがあって、とにかく腕を頭上に上げっぱなしにしておく。これを毎日1時間続けたら蛍光灯を交換するのも億劫ではなくなりますよね、きっと。意味ないですけど。

否、意味がないことはありません。実際に意拳(大成拳)では鶴亀のポーズとか言ったと思うんですが、両腕を頭上高く上げて亀が水面から頭を覗かせるような動きをする鍛錬方法がありますから。


一般の方々が到底やらないような姿勢、ポーズをみっちりと長時間耐え得る身体の「型」を作るのが目的であるという意味をご理解いただけましたでしょうか。

簡単な話です。
一般の人がやらないような姿勢で攻撃、防御できるわけですから、そりゃ人よりも強くなりますよね。当たり前です。


若干話が逸れましたので戻します。
この站椿の目的は、身体に「型」をつけるということですが、この鍛錬が並行していくつかの「勁」の鍛錬になると考えています。

前例のように站椿法その1の姿勢で構えている熟練者にまともに正面からぶつかったら、吹っ飛ばされるか、その場に崩れ落ちるか。肋骨を折るかもしれません。内臓をいためるかもしれません。

余談ですが武術のビデオで、先生に吹っ飛ばされたり引き倒されたりしているものがありますが、あれは・・・ちょっと眉唾もんですよね。
もちろん手加減はしてると思いますから、ああいう状態になるんでしょうけど。
陳竹林師傳の経験では、あんな、おっとっと…と後ずさりするようなもんじゃないですよ。それも「勁」のことを書く機会があったら是非、語りたいと思います。


さて、結論です。
站椿の最終的な目的はやはり内勁養成だといってもいいと思います。
ちょっと過激かつ攻撃的な太極拳の話になってしまいましたが、意念の養成、身体の型を作るなどが進むにつれ、站椿の最終目的としての内勁養成が見えてくるもんだと考えます。
と言っている以上、陳竹林師傳にはまだ見えていないのです。


最後に、実は站椿は女性の方にもお勧めです。
スペースは半畳あればできますし、下手に身体を動かすよりもよっぽどエネルギーを消費するんじゃないかと思うくらいに、心身ともに爽快な満足感が得られます。
健康法としてもお勧めです。

有酸素運動とか、呼吸法、血液の流れなどなどの生理学的な側面から站椿法も研究されてるんじゃないかと思いますので、ちょっと調べてみようと思います。

と、柔らかく締めくくってみましたが、いかがでしたでしょうか?