ちゃんまんパラダイス

姫路を中心にした、エギング他の釣り。 中国、かぐや姫、料理などの一人暮らしのきままな日記です。

小正月

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ご来光であります!本年の釣りの初日の出であります。
「ちゃんまん!明日は絶対釣れるぞ!」
とTさんが、また鼻息も荒くおっしゃる。
「うーん、どうしようかな・・・」
「あれ?乗り気じゃないねぇ〜?」
乗り気でないというか、あまりに釣りから離れすぎ不摂生の塊でいたため、朝起きれる自信がないのだ。
結局、朝6時30分に約束をして、朝5時起き焼きあがったばかりの、母のDVDをチェックして、それをリュックに忍ばせて出かける。

出船前に係長を見つけた。
「あけましておめでとうございます!今日は風の子にタイ釣にでかけます」
「タイなぁ〜、満月やから、もう一つやで。新月のほうがええんやけどなぁ〜」
と係長が気合を殺ぐようなことをおっしゃる。

ともあれ出船、Tさん丸は、私と、松じいちゃんを乗せて、小豆島の風の子(ふのこ)と呼ばれる島の南のタイ釣場に向けてまっしぐらに進んだ。
「係長は、まるで漁師のようなことを言ってたなぁ〜」
などと、Tさん。
「漁師みたいなもんですよ。係長の船に乗ったら、釣りというよりは漁みたいなもんやもん」

既に漁場には、たくさんの船が往来していますが、漁師係長の予言どおり、ほとんど釣れていない。
我々も釣り始めるがアタリすらない。
Tさんが、3日前に40匹釣ったという、知り合いの船に声をかけてみるが、今日はどうにも悪いらしい。
朝からがんばってやっと8枚だけど、ものすごくスローに巻いて、ハリスも細いものに替えてのやっとの釣果だとおっしゃる。
なるほどねぇ〜、予言は正しかった。
「満月だと夜の間に荒食いして、朝は大人しくしてんのかなぁ〜?」
「そりゃ、魚かて、夜中中大食いしたら、朝は寝とるじゃろ」
と松じいちゃん。

Tさんが、50cmくらいのハネをあげたが、その一匹のみ。
今度は餌を持っていってみようと思う私であります。

波風も弱く、天気は四国の中部の山も見えるほど明朗。まったりとした時間が流れる。
船の上でお湯を沸かしてラーメンを作るほどの余裕であります。
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うまい!

ほんとに海の上で一日過ごすには、またとない日でありました。
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魚は釣れなかったが、母にDVDを見せたくて、そのまま実家に行く。
父母は喜んだというか、どっちかというとインターネットの情報に感心しておりました。
「すごいことが出来るんやなぁ〜」

ノスケが台湾から戻ってきていたので、兄弟みんなそろって、またお正月のやり直しとなりました。
そんな中で、ノスケ息子のシュンちゃんが、バァちゃんの携帯と一緒に送ってきてくれたスイーツをいただいた。
これ旨い!
よいとまけ
一六タルトにブルーベリージャムを塗りたくったような味。
今度、物産展でみつかたら必ず買います。

さてさて、翌朝、ノスケのお土産をPさん家に届ける。
あれれぇ〜?俺の車が代車になってるじゃん。またぶつけたのか?
「あんなことブログで書かれたら、直さなしょうないやん。幸い、車両保険で直るからな」

なんていい人なんだ〜!Pさん!
先日、俺がぶつけた車を黙って治しに出してくれてたのかぁ〜!
「もう君に頭を向けて寝られないな!」
「頭かい!!俺だって、大事に乗ってもらいたいもんな・・・」
私の心の傷は、Pさんの車両保険で治してもらえることになりました。

作家の開高さんが言うには、人生にはバランスシートがちゃんとあるらしい。
何かを得れば、何かを無くすそうで、失ってもそれに気づいていないだけなんだそうである。
正月から、パチスロは負け続けるし、釣りは坊主だし、一週間後に廃車の予定の車はパンクして初出に遅れるし。
今年は、なんにもいいことないや・・・
などと思っておりましたが、いいことはあるもんですな。
ちょっと幸せになった、一週間早めの小正月でありました。

奉天

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

初めての中国旅行のとき、パスポートを落とし、その次は財布、そしてその次はリュックを新幹線の隣の車両に忘れるという失態をしでかしたPさんは、さすがに今年は、そういう失態もなく、無事2011年の中国旅行を完了しました。

そのPさんから年賀状が来た。
「ノスケとPさんを探せ!」
という、私が汗水たらして、あのきつい居庸関を登って撮ってきた、二人の遠景写真。
・・・て、Pさん。それはいいけど、住所氏名を書き忘れてるじゃん!
ガンダムも同じの来てたって言ってたけど、いったい、何人に同じ年賀状を送ったんだ?
ここのコメント欄でも使って、謝っときなさい。

もう一人のノスケは、まだ元旦から家族で台湾に行ったままであります。
明日くらい帰ってくんのかなぁ〜

私はというと、実家に戻って、食って、寝て、テレビ見て。
ゴロゴロと正月を送っておりました。

両親に中国旅行の写真を見せようと、DVDにしてかけて見せたり。
部長、ノスケ、Pさんで行った、『中国どうでしょう』の最新版を見せたり。
父はそうでもないが、母は、中国旅行のビデオを楽しみにしている。
それは、編集がどうとか、参加した人がどうとか言う話ではなく、彼女が子供の頃に満州で暮らした思い出があるため、中国というと、懐かしく、また彼女にとって一番幸せな時代だったからだようだ。

「お母さんはな、奉天の高千穂小学校というところに行ってたんや」
満州からの引き上げで、その頃の写真をたった一枚だけ、お爺さんが腹巻に入れて持ち帰ったそうだが、それも無くなってしまったらしい。
奉天というと、今の瀋陽というところになるのですが、もう少し中国語がしゃべれるようになったら、一度連れて行ってやりたいと思っているところです。

そこで、パソコンなぞ使えない、その母のために、今のところは、ネットでいろいろかき集めて、DVDを作ってやろうと思ったわけですが、探せば結構あるものですな。
高千穂小学校の写真までは、見つからなかったのですが、映像とか、奉天の絵葉書とか。
確かに、こうして集めてみると、奉天というところは、かなり楽しそうなところだったようです。

同じ頃、親父は、川西航空というところで、紫電改という飛行機を作っていたらしいので、おまけで、紫電改関係も検索してみました。

二人とも、頭の中にしか思い出がないわけだから、こんなものでも喜んでもらえるのではないかと、ネットの力を利用して親孝行でもさせてもらおうかと思っている、年初めであります。
ついでに、平和っていいな・・・と、つくづく思うのであります。

今年も平和で、みなさんにも幸多き年でありますように。
toi toi toi!

心の傷

中国に行く電車の中でのことである。
P 「俺の車1月の中に来ることになった。ちゃんまん、ほんとに俺の今の車いらない?」
と、最終判断を迫られた。
Pさんが、新しい車を買うので、今、乗っている車を買わないか?という話である。
Pさんの下取り価格で買うので、中古車の市場の半額くらいにはなるそうだ。
ちゃ 「どうしようかな・・・車検、ないんやろ?」
P 「いや、一年ちょっとついてるで」
ちゃ 「それ!魅力!」

ということで、その場で買うことに決めた。
禁煙車だし、姫路までしか表示できない壊れたカーナビ、ETC付き。

さて、中国から戻り、中国報告会と称して、忘年会を開いた。
前回のPツリメンバーズの、部長とonちゃんが都合がつかず来れなかったが、他のメンバーはみんな集まった。
Pさんの家に昼の12時に集合。

P 「俺、料理を作ってるから、お前、俺の車に乗り換えて、スーさんとノスケを駅まで迎えに行ってきてくれ」
ちゃ 「いいよ」
もう、1月中には俺の車になることになってるから、安心して乗れる。

スーさんとノスケを乗せて戻り、Pさん家の車庫入れ。
坂道になっているので、ゆっくりバックしていたが、なんだかパワーが弱い。
こんなフケの悪いエンジンなんか?
と、気合を入れてバックした途端、バキッ!メリメリ!
あろうことか、Pさんの家の柱にぶつけちゃったよ。

凄い音に、家の中から、トランプ君夫婦と、Pさんが慌てて飛び出てくる。
ちゃ 「アイヤー!やっちゃった。すまん!」
P 「別に、お前の車になるんだから俺はかまわないけど・・・どんな勢いでバックしたんだ」
バンパーの付け根にヒビが入っていた。
慣れない車に、慣れない車庫入れ。もっと気をつけるべきだった。後悔先に立たず・・・

スーさん、ノスケ、びっくりさせてすまなかった。
車の傷はたいしたことないが、納車前の車をぶつけてしまったという心の傷は結構深い。
あれ以来、私はインケツになってしまった・・・
忘年会は、楽しかったのに・・・
この年の瀬に、トホホな出来事である。

HOW DO YOU LIKE 中国2011 (その22)

北京5日目の朝がやってきた。
今日で旅行も終わり、日本に帰る。
そして、一ヶ月続いたこの旅行記もやっと終わる。
年賀状を書かなくては・・・
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ホテル近くを街歩きに出かける。
昔は、この北京は城壁で囲まれた街だったらしい、その城壁跡を見に行く。
復刻された城壁に入るのは有料だがその外は公園になっていて、こういう公園では、大抵、太極拳なんかをやっているグループがいる。
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ホテルが北京駅のまん前で、この城壁跡は北京駅を挟んで、反対側にあたる。
入り口には、例によって禁止のロゴがたくさん書いてあるが、私には意味不明なものもいくつかあった。
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中に入って、高台に上ると、北京駅が一望できるじゃん。
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こうなると、この男はいたって無口になります。
この電車マニアの真剣な眼差し・・・・
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5日間ツーリストとして頑張ってくれたので、このくらいのご褒美はあってしかるべき。
我々、特に私は、散々、文句とわがまま言ったもんなぁ〜
これで、喜んでもらえれば、安いものである。
マニアは、電車に釘付けになっているので、私は建物の中に入ってみた。
3階建てのやぐらのような建物で結構重厚な作りになっている。
中は、簡単な美術館になっていたりする。
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表に出て、端っこまで行き、旧城壁跡の写真を撮っていた。
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何処から現れたのか、中国人の爺さんが、えらい剣幕で中国語でなんか言っている。
始めは、なんか怒られているのかと思ったが、どうやら、
「お前は、いいろころに気が付いた!お前が、今、写真を撮ったところは、昔の城壁だ!昔はこれでずーっと周りを囲っていたんだ」
というような事を言って、誉めていてくれていたらしい。
そうか、それなら良かった・・・
5日間過ごしたホテルが線路越しに見える。
次は、ちゃんと冷房、用意しとけよ!
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次は、北京駅が見たいとマニアが言うので、北京駅に戻る。
途中、長距離バスのバス停を横切る。
ほんと、こいつらって、並ぶっていうことをしらないんだな・・・
笑ってしまう。
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帰る時間も押し迫ってきた。ホテルをチェックアウト。
初日に北京空港からホテルへ送ってくれたJTBの運転手がやってきた。
さぁて、じゃ、帰るぞ!
空港で、運転手と別れたあと、なんだか物々しい警護の人たちが、横を通りすぎた。
ショットガン持ってるやん。
要人か、機密物を運んでいたのか判らなかったけど、改めて、ここは日本じゃないと、帰る前になって思い知ったりする。
日本じゃ、テレビでしか、ショットガンなんてみないものね。
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空港内で買い物をすませ、それでは帰りましょうか。
日本に帰るとまた、それぞれ、慌しい毎日が待っています。
また、来年、そろって来れることを祈って。
再見!北京!
再見!中国!
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HOW DO YOU LIKE 中国2011(その21)

店に入ると、まだ時間が早いのか他の客はほとんどいなくて、かろうじて隣の席に3人、親父が飲み食いしている程度。
時間が早いからか、店員に「お茶か食事か?」と聞かれる。
「食事だよ」とPさんが答えると、文字だけのメニューを持ってきた。
わかんねぇ〜
ここで、今回、大活躍の新兵器スマホが登場。
スマホで写真を見せて、料理を注文する。

こういうオーダーの仕方が目面しいのか、若い女子のフーヤンが集まってきて、Pさんは、ハーレム状態だ。
別の店員が、「そこにいるとノスケの撮っているビデオに映ってるよ」と教えると、「キャー!」と蜘蛛の子を散らすように弾けて離れ、全員で笑い転げる。
そういうノリの、若い子の多いお店でありました。

こうしている間に、隣の客の3人は食事が終わり、席を立ったが、勘定を任された親父が一人だけ残り、デザートのフルーツを一人で食べながら、残ったお酒を一人で飲んでいた。
この店の常連客のようだが、難しい顔をして、こちらをチラ見している。

料理がやってきた。
たくさん頼んだので、トンポーローは二つだけにした。
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っと、隣の親父がなんか怒っている。
始めは何を言っているのか判らなかったが、どうやら3人で二つだけ頼んだのが気に食わなかったらしい。
「お前ら、なんて、けち臭い頼み方してんだ!こういう頼み方をしろ!」
とでも言っているのか、自分の料理を指差して、ヘン!っとハスに上を向いている。
「よけいな、お世話だよ!」と言いたいところだが、なんだか、その親父のそういう仕草が、江戸っ子のようで面白い。北京ってのは、首都だから、やっぱ下町では、同じような気質をしてんのかなぁ〜?
次の料理がやってくる。
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親父に聞いてみる。「これならOKか?」
少しはマシだったようだが、まだハスに向いていた。
そのうち次々と料理がやってきはじめた。
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こうなってくると、親父も認めたようだ。
「次は、こういう酒を頼め」と、また身振りで話していた。
そして、上海ガニ!
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料理が来るたびに親父と身振りで会話していたので、親父がフーヤンを呼んで、あいつらに、これを頼んでくれと、サービスしようとしてくれていたみたいだ。
フーヤンが、「あの人達は、たくさん注文しているから大丈夫」みたいなことを言ったようで、事なきに終わったが、親父はまた気に食わなかったのか、またハスに構えていた。
結局、茶化すだけ茶化して。「我走把」(わしは、帰る)と挨拶して返っていった。
Pさんは、きっと地元のヤクザだと言ってたが、私には悪い奴には見えなかったけどなぁ〜
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ちゃっかり者のPさんは、我々が辻ちゃんと沖縄人と呼んだ、我々のお世話をしてくれたフーヤンと記念撮影。
そして店を後にした。
北京最後の夕食は、美味しかったし、面白かったなぁ〜

ホテルに戻ってスーパーに行く。
鮮魚コーナーである。日本ではありえない魚を売っている。
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雷魚にブラックバス、鯉に鮒、草魚。すっぽん。
ほんと中国人は何でも食べるなぁ〜
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HOW DO YOU LIKE 中国2011 (その20)

恭王府という場所がある。清の時代の皇帝の親族かなんかの住んでいた邸宅だ。
清の滅亡も、文化大革命も乗り越え、ほぼ完全な形で残っているという場所なんだそうである。
前に輪タクでここまで来たときは、運ちゃんが入るかと聞いたのを断った。
今回は腹ごなしに、行ってみようということになった。
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中国の交差点は相変わらず怖いが、四日目ともなるとさすがに慣れてくる。
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まぁ、故宮の廉価版みたいな感じでしょうか。
こんな広い家に住んでると、なにかと大変だろうな・・と思ってしまったりする。
私には、なんでも手の届く、安アパートがお似合いである。
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お庭を見てみたり。
皇室はこの奇岩が好きなんだなぁ〜
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神社のような場所があった。
これでもかぁ〜というほどの祈念のお札で一杯!
まっかっかである。
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恭王府を後にして、前回輪タクで通った道を歩いてみる。
胡同のあたりの道を抜ける。
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四合院という独特の作りの邸宅が続くあたりである。
バブルの中国では、この四合院が投機の対象としてかなりの価格で取引されているらしい。
その対象にならないものは、見るも無残な姿である。
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いずれ、地上げされて、ビルが建つか、景観を重視した街に生まれ変わるんだろう。
故宮の西にある湖は南から、南海、中海、北海、前海、后海、西海とつながる全長5.5kmにも及ぶ、夏にはいい場所だ。
夏はいい。でも冬は寒いぞ。
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おまけに、夕暮れ時。歩いていて寒くてたまらない。
街路樹を相手に、張り手をかましてみたり。四股を踏んでみたり。
「次は大関、行ってみよう〜!」
などと、Pさんとノスケはカメラを回して喜んでいるが、木の表面はデコボコしていて手が痛いんだって。
やっと店についた。
『孔乙己酒店』
どう呼べばいいのか判らないような店だが、上海料理の店である。
なんだか、外観は場末のラブホテルのようだが・・・
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HOW DO YOU LIKE 中国2011 (その19)

「ここは、蘇州街です」
ちゃんまん達は町をみつけた・・・
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ほんと、ドラクエみたいな街ですやん。
そこらじゅうの家に入って、たんすを開けたり、カメを壊してまわってやろうか・・・

街歩きの出来ない皇族のための遊び場として頤和園の中に作られた街なんだって。
その当時は、ここでしか通用しない通貨が用いられていて、お店の人もちゃんと衣装を着て皇帝達の街遊びをサポートしたそうです。
なんと可愛い街だことか。

「兎に角、腹が減った・・なんか食わせろ!タバコ吸わせろ!」
ということで、蘇州街の真ん中にあった露店のお店で昼食にする。
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「じゃ、3人とも刀削麺でいいね」
「ビールも!」
これは、結構美味かったのであります。
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こんな親父が作っている割には。
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まぁ、ヤクザな顔をした親父であります。
こんな美味いものを作るとは、到底思えない。

店の近くに、皇帝の衣装を着て写真撮影できる貸衣装屋がありまして、そこで中国人らしき可愛い女の子達が衣装を借りて写真撮影をしていたのであります。
私もつられて写真撮影・・・わはは、これは、世に言う、盗み撮りというものでありますな。
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『取っていいのは写真だけ、残していいのは足跡だけ』
これは、山登りの台詞ですが、文化遺産ではこのように振る舞いましょう!
って、盗み撮りはいけないってか?
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このように、通路が水辺ぎりぎりにあり、結構ジグザグしているので、気を抜くと水に落ちそうになるところであります。絶対、はまった奴が何人もいると思います。
端まで来て、対岸に行くつもりでありましたが、船が入ってきた。
いっちょ前に、ハネ橋になっているのであります。これでは、対岸には行けない。
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戻る途中で、お店でお買い物。
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素朴ですが、ちょっと無愛想な奴らでありました。

これで頤和園を出て、再び地下鉄に乗り、故宮の近くへ移動。
晩御飯を食べるためですが、まだかなり時間もあるし、第一、昼飯食ったばかりでお腹も減らない。
さて、どうしましょう?

HOW DO YOU LIKE 中国2011 (その18)

船に乗った。なんだか気持ちいいが、中国人のおっさんが、写真を撮るために正面を占領していたので、横からしか景色が見れないのが残念である。
ほんと、自分勝手なんだから・・・
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無事対岸に到着。
「船長ありがとう・・・・」って、子供やん。まだ子供が船を運転してたんかい!
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対岸には、長廊という、名前のまんまの長い廊下が続く。
約800m。中国一長いんだそうな。ってことは世界一かな?
長廊の外れの売店でPさんが、ヨーグルトを買った。
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「お前も食うか?」
「いや、俺は乳製品はやめとく」
こんなところで、乳製品を食って腹でも下したら、ニイハオトイレのお世話になるやん。
中国での行動は、このトイレのお陰で、かなり神経質になる。
人と並んで、うんこするよりは、家島の磯で野糞するほうがマシである。
Pさんは、お腹は弱いくせに、平気なのかなぁ〜?
さすが、中国7回目。とうとう、最後の誇りも捨てたか・・・・
さて、長廊を後にして、いよいよ排ウン殿・・・もとい、排雲殿に入る。
万寿山という山に立っている。
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仏香閣というそうである。あの天壇の祈念殿を模して作られたらしい。
なにやら皇帝が座っていそうな、椅子がある。
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この中には、西太后が集めた、宝物がたくさんあるんだと。
中には入れなかったのか、入らなかったのかわからないけど、窓越しに高そうな壷の写真を撮ってみた。
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この頤和園って、入ったときからずーっと、ドラクエが頭について離れない。
奥へ進めば進むほど、ボスキャラが出てきそうな、雰囲気なのである。
きっと、尻尾の生えたすごいのが、最後に出てくんだ・・・
それらしき、長い階段
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変な渡り廊下
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とんでもない、ひし形に登る階段。
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出た!妖術師!いや、怪しいチベット坊主!
「150元でお祈りをしてあげます。いかがですか?」
アイパッドにメニューを登録して持ち歩いているし・・・
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「プーヤオ!」

ノスケはレベルが1上がった。
「プーヤオ」の呪文を覚えた。

ほんと、この坊主。怪しすぎるって・・・
坊主はともかく、このひし形階段の天辺からの眺めは素晴らしかった。
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天辺まで登って仏香閣を後にする。
歩きすぎて足が痛くなってきた。
早く街を見つけて体力を回復させないと・・・
朱さんに言われた、似てない兄弟である。似てないかな?・・・
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HOW DO YOU LIKE 中国2011 (その17)

湖の岸際に小さな島があり、そこが、撮影スポットになっている。
電脳リーちゃんが言うには、皇族が魚釣りをした場所だとか。
Pさんが、中国人夫婦にシャッターを頼まれていた。
この後、欧米人にも頼まれたり。なかなか、グローバルなPさんである。
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大きな門の手前で横道にそれ、博物館のようになっている建物に入る。
中国の軍服を着た、おじいさんが欧米人の女の子と話をしていた。
「一緒に写真を撮ってもらおうか?」などとPさんが言うので
「やめときなさいよ、日本鬼子(リーベングイズ)なんて言われたら、気が悪いじゃん」
と私。こんなところに軍服を着てくる爺さんに、びびった。
ノスケが上海で3歳くらいの子供にカメラを向けたら、子供がえらい剣幕で怒ったのを思い出す。
日本人は中国のテレビでは、悪役で登場することが多いからね。
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博物館の中から、そのお爺さんが、なんとなく我々を気にして、後からついてくる。
「やだなぁ〜・・・怒られるんじゃないか?」
などと思っていたら、お爺さんのほうから「日本人?(リーベン?)」とたずねてきた。
「对、对!(ドゥイドゥイ)」そうです。
なにやら、話しているのだが、さっぱり判らない。でも表情からして親日家のようだ。
中国人、一億人が日本人を嫌いなら一億人は好きで、後の11億人はどっちでもない人だと私は思っている。
この爺さんが、親日家でよかった。つーか、爺さん、なんの用だ?
ニコニコしながら、かばんから、家族の写真やら、なにやらいろいろ見せてくれるのですが、こっちは「听不懂(ティンプートン)」わからないを繰り返す。
話がしたかった、だけでしょうかね?
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これが、朱さんの言っていたカササギ。
白黒のカラスみたいな感じで、朱さんが鳴き真似をしてたんですが、なって言ってたか忘れてしまった。
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十七孔橋のところまでやってきました。
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NHKで『蒼穹の昴』という日中合作のドラマを今年のはじめだったかにやってました。
田中裕子が西太后の役をやってた奴ですが、そのドラマに、この橋が出てきましたね。
ほんと、綺麗なところで、中国〜!って感じがします。
橋の欄干には544個の獅子の石像がついているのですが、全部違うそうです。
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橋を渡ると、治水の神様かなんかを祭っている祠があり四方に門が建っていました。
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さてさて、ここからは船に乗って、頤和園の正殿、排雲殿にまいります。
って、広すぎて、半日で周りきれないので、はしょってまいりましょう!

HOW DO YOU LIKE 中国2011 (その16)

さてさて、朝だ。ホテルの5階にある吹き抜けのレストランで朝食。
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朝から餃子。これが結構、美味しい。
「写真、撮ってくれ!」
Pさんは、この女の子がえらくお気に入りでありました。
日本から持ってきた、お土産のキティちゃんのシールをあげたりしてたもんね。
こういう趣味だったのか・・・
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今日は、頤和園(いわえん)
ドキンちゃんの奥さんのウッシーお勧めの場所です。
ユネスコ文化遺産。広さは東京ディズニーランドの5倍もあるらしい。
もともと、皇帝達の息抜きの場所としてあったところを、清朝の女帝、西太后が当時の海軍の15年分にも相当する費用を投じて、整備改造された、お庭である。
お庭というには広すぎるが、これを作っていなかったら、日清戦争には負けていなかっただろうと言われるほど、お金のかかった場所です。
「それでは、まいりましょう!」

北京地下鉄の路線図。
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4号線の終点近くまで行きます。
地下鉄の駅にある、禁止マーク。
ペットと露店はわかるが、物乞い禁止は日本では見かけないよねぇ〜
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「中国の何が面白いんですか?」
と、少し前にチョビン君に聞かれた。
「そうやなぁ〜!チョビン、お前、乞食見たことないやろ!」
「そんな言葉は、久しぶりに聞きました」
「それが、中国には、いっぱいおるんやぞー!昔は日本にも結構いたけどね・・」
懐古趣味なのかも知れない。
我々の子供の頃に比べ、老いも若きも、政治家も小市民も、父親も先生も、こじんまりまとまってサラリーマン化してしまった、わが国に比べ、中国には、まだダイナミックで、物怖じせぬパワーがある。
これを見たくて、感じたくて、毎年中国に来ているのかも知れない。

駅から頤和園に向かって歩く。
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門のようなものが見えてきた、あれかな?
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入り口は、たくさんの人で、にぎわっていた。
入り口で記念撮影をする中国人の一族その横を通って、入場。
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入り口で電子ガイドを借りた。40元だったか。その機械を、我々は、電脳リーちゃんと呼んだ。
でも、電脳リーちゃんの言ったことは、ほとんど忘れてしまった。
確か西太后が政治を行った場所だとか言ってたような気がするが、あまり自信がない。
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西太后をあらわす鳳凰と、皇帝をあらわす龍があって、鳳凰のほうが偉い位置に置かれているんだと電脳リーちゃんが言う。
「ほぉぅおぅ〜」などと、感心してみたり。
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頤和園の中のお店屋さんは、ほとんど交渉しても、まけてくれない。
その代わり、値段も正常な価格で売られていて安心して買い物が出来る。
そういう決まりでもあるのかな?やれば、出来るじゃん!中国〜!
Pさんとノスケが、えらく気に入ったオカリナ屋さん。
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大きな湖が見えてきた。
昆明湖というそうで、頤和園の約3/4を占めているらしい。前回行った、杭州の西湖を真似て造られたそうだ。
造ったって・・・アンタ・・・この湖を造ったんかい! すごすぎる。
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綺麗な湖である。
西湖の何倍とか、Pさんは言ってたが、圧倒的に西湖のほうが大きいし、深さもそれほど深くはない。
夏場だと涼しいだろうな。
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