2012年02月02日
金網の向こうへ。

一番悲しいことを想像してみる。
世界が滅亡すること?
怖いけど、悲しくはない。
みんなで滅亡するなら仕方ない。
大地震がまた起こる事?
うん、これは怖い。
怖いけど、天災は仕方ない。
人間は自然の力には敵わないから。
TKが亡くなること?
これも怖い。でも人はいつか死ぬ。
そう考えたら死に方次第だなって、
ある意味冷静になれる。
でも実際に居なくなったらもちろん悲しいよ。
『家族が傷ついていること』
あたしは一番それが悲しいと思った。
そんなの当たり前だよって言う人もいるだろう。
当たり前と言う人は、きっとあたしの気持ちはわからない。
震災直後と似た感情があたしの心を覆った。
あたしなんかには何もできない、ただ家族が傷ついていく様を
両手足を縛られて助けることもできないままに
見ているしかできない、そんな状況で、
ひとりでいるときは笑顔が作れなかった。
一生懸命励ましの言葉を探すけど、
考えれば考えるほど自分の思う言葉が陳腐で、
そんな精神論かざして何になるの?と落ち込んだ。
頑張るから大丈夫って答えが返ってきた。
あんまり頑張らないでよと言った人も居た。
あたしは、ひとりじゃないよ、いつでも味方だよと言った。
だけど、遠く離れて何ができるのか。
すぐに助けに行くことも、そばで話を聞いてあげることも
家族が求めていることをあたしは何もできないのに。
親孝行したいってよく言う。
けど、親孝行ってなんなんだろう。
家族孝行ってなんなんだろう。
嫁に行ったら嫁ぎ先のことだけ考えていればいいの?
あたしにはそんなことはできない。
嫁ぎ先はもちろん家族。
だけど育ってきたところだって永遠に家族なのだ。
家族は所詮他人と他人が生活を通して違うことを話し合って受け入れて
そうして円になってできるものだと思っている。
違うということを押しつけてねじ伏せて作り上げるものじゃないし、
違うことを見て見ぬふりして無理するものでもないと思う。
悲しみの波に襲われて、目を閉じても心臓がドキドキして眠れなかった。
夢であってほしいと思うところがあるけれど、
目を開けてもどうせ夢なんかじゃないってことを知っているから、
そう思うと眠るのが怖かった。
悲しみを通り越して絶望的な気持ちになりかけていると、
しっちゃんからメッセージを貰う。
彼女もいろんな体験をしてきたからだと思うけど、
素朴なとても素朴な発言にかなり心が救われた。
あたしが落ち込んだところでどうにもならないんだよね。
それよりも、本当に求められた時にすぐに動けるように、
あたしは元気でいなきゃいけないんだって思わせられた。
そう思った次の日から、また、笑うことができた。
笑顔でいることに罪悪感を感じなくなっていた。
きっかけは些細なことなのにね。
離れているけど、やっぱりあたしにはしっちゃんは大きな大きな存在で、
遠く離れた家族にとってあたしもそんな風に思える存在になりたいと強く思う。
あたしやあなたにとっては簡単に越えられる金網でも、
誰かにとってはとっても分厚い、
もしかしたら一生越えられない頑丈な金網かもしれないわけで
それでも助けてと求めてくれるなら、いつでも一緒に乗り越える気持ちでいるよと、
今あたしができることは、そう伝え続けること。
2012年02月01日
生と死と。

7月で100歳を迎えようとしていた
うちのおばあちゃんのお姉さんが急死した。
夜中にトイレに起きて手を洗っている時に
静かに倒れてそのまま亡くなっていたそうだ。
ばあちゃんのお姉さんはいつも着物を着ていて、
背中も曲がっていないし、背筋もしゃんとしていて、
大きな病気もないしとっても元気なおばあちゃんだった。
おばちゃんの急死はおそらくヒートショックではないかと
あたしは勝手に推測している。
もしそうだとしても99歳、大往生である。
だけど、心配だったのはうちのばあちゃんだ。
いつもおばちゃんのことを自慢していた。
どっちが姉さんだかわかんないんだよーって言いながら
とても嬉しそうだった。
そのお姉さんがまさかの急死。
相当落ち込んでしまって、うちのばあちゃんも
いきなり元気無くなるんじゃないかともの凄い心配した。
お母さんに電話したときに
恐る恐るばあちゃんの様子を聞いてみる。
が、思ってもいない答えが返ってきた。
“普通に元気にしてだよ”
あれ?拍子抜け。
でも、元気に見せかけているだけで、
ほんとのほんとは落ち込んでいるかもしれない、、、
と、お母さんやお父さんも思っていたらしいのだけど、
ほんとに普通に元気らしい。
そしてお姉さんが死を知ったばあちゃんが
“誰の手も煩わせないで死んだ姉さんが羨ましい”と言った。
できれば、命ある限り生きていて欲しいと願う家族。
しかしながら、手をかけられながら生きていることのしんどさを
介護をしてもらいながら長生きしている人は思っているのか。
簡単に長生きしてねって言うのは、なんか違うんだって思った。
長生きしてねっていうのは、まだ生きる時間(可能性)が長い人達だから発せられる言葉。
でも死に向かっていると感じている人達にとっては、
特に、自身で身の回りの全てをできなくなっている状況を抱えている人にとっては、
もしかしたら嬉しいけれど心の底から喜べることではないのかもしれない、と思った。
それでも、あたし達は“元気でいてね”って声をかけるしかできないけれど、
誰かの助けがあってじゃないと生きられないことを、
そうなってしまった事を受け入れながら生きることのしんどさを
もっともっとわかってあげなきゃいけないなって思った。
2012年01月30日
ねむれる森の呪文。
いや
誰かのために
ふむ
自分のために?
なぜ
夜更けに考える
はな
横で眠る
ゆめ
見るために眠る
そら
おやすみなさい
2012年01月17日
決意表明。

今日は新年初のミーティング。
やっと『あけましておめでとうございます』(笑)
ほんとは先週だったけど大塚さんの体調不良により延期。
今日会ったらいつも通りだったのでもうだいじょぶそうでした。
だいじょぶということは、台本よろしくお願いしますね、大塚さんw
今年は、また新たな挑戦。
ママチャリはもちろんやるのですが、
その後に劇場公演もやります。
しかも約4年振りに。
なんか色々忘れてる、準備しなきゃいけないこととか(T▽T)
いろいろ必要なことを思い出しながら話し合い。
わかんも今は香川に住んでいるけど、稽古が始まったら上京する。
旦那さん、理解のある人でよかったね。
あたし達からも感謝。
あたしもそうだな。家族の支えがあって芝居ができる。感謝。
まだまだだと思っていたけど年が明けるとやっぱり、
慌ただしくなる。毎度のことだ。
あたし達だけでやってるわけじゃないからね。
たくさんの人達が関わってくれているからね。
だから、慌ただしくなったとしてもきちんとやりたいんだ。
いろんな事無理強いのようにお願いしたり意見言ったりするけど、
それは関わってくれている人達に迷惑かけたくないし、
みんな気持ち良く関わってほしいと思うからこそなんだ。
自分達が余裕持って稽古に取り組みたいってのももちろんあるけどね。
作品を練る(作る)作業がいっぱいいっぱいになることは、
別にいいと思う。それでよりよいものになればいいからね。
だけど制作面でいっぱいいっぱいになると、作品作りに集中できないから。
その辺はママチャリだろうが劇場だろうが変わらないでしょ。
もう6回と14回やってきたんだ。
番外とか入れたら、もっとやってきたんだ。
何にどのくらいの時間・余裕が必要か、
何にどのくらいの人達が関わってくれているか、
そんなことは承知しているはずなんだ。
あらためて、そんなことを、再確認。
ミーティングでそんな事を発しながら、自分自身に言い聞かせた。
4つのニコちゃんは今のあたし達だから、
ミーティング用のノートの表紙に決意表明。
2012年01月09日
動く、あの夏の日。

携帯の中身を整理していて、
いっぱいになりかけのSDカードの中をみていたら、
沖縄ツアーの時のムービーが出てきた。
初めて沖縄に行って2日目の公演前に、
首里城へ4人で行ってきた。
その時のムービーだった。
ひとりで夜中に観ながら笑う。
面白いなー。
4人とも個性溢れるメンバーです、ほんとに(笑)
そして撮り続けているあたしにわかんが「まだ撮ってるw」って
言ってたけど、それの返しが「後で観るとね、面白いんだよ」って
あたしが言ってて、確かに後で(今)観ると面白い(゚∀゚)アヒャヒャ
沖縄の空の青いこと。
首里城の赤いこと。
雲の白いこと。
空の広いこと。
旅をするにはこれぐらいの人数で行くのがちょうどいいね(笑)
また今年も沖縄行けるかなー。
木曜日は今年一発目のミーティングです。
去年が去年だっただけに、何があっても悔いのないように
取り組もうと思ってます!!
それにしても沖縄編しかムービー撮ってないのが
もったいなかったなー!
写真はいっぱいあるけどね。
せっかくいろんな土地に行ってるんだから、
次回はムービーでもっと撮れたらいいなぁ。
お知り合いの役者さんが携帯の中身を整理してみた、と
ブログで書いてて、おっ!やってみよう!と始めたものの、こうして懐かしのモノに触れ、
立ち止まり、結局進まない作業…Σ( ̄ロ ̄|||)でした。
2012年01月08日
肉球から伝わるもの。

はなちゃんはきまぐれなので
自分が構って欲しいときだけ側にきます。
寝ていたのね。
寝姿があまりも可愛いので撫でてやろうと手を伸ばすと、
ひょいとはなちゃんの手が伸びてきたのね。
あら、と思っていると、あたしの手の上に
ちょこんと手を乗せてきました。
そして乗せたまますやすやと眠っています。
おーい!そんなことされたら動けないじゃないかー!と
嬉しいもどかしさと葛藤し、しょうがないから
少しの時間そのままにしていたんだけど、
あたしの手に触れているはなちゃんの肉球から、
はなちゃんの体温が伝わってね。
見るとすーぴーすーぴー寝息を立てていてね。
はなちゃんが生きているなーってしみじみ思いました。
『大きくなったねぇ、始めは頭ぐらいの大きさだったのにねぇ』と
眠っているはなちゃんに小さく話しかけました。
こうして寝ていると、ほんっとに可愛い可愛い家族の一員。
起きているときは気性が粗すぎて、
自称猫好きというほとんどの人が「好かん!!」って言います(笑)
でもはなちゃんは内弁慶なだけなのです。
安心している時はこんなにも穏やかなんだけどね〜
あと何年一緒に居られるかわからないけどね、
この肉球から伝わる温かさに、
一日でも長く一緒にいたいね〜と優しい気持ちになりました。
2012年01月06日
『気持ち』には『気持ち』で。

年賀状、たくさん届きました。
まだまだこれからも来るかもしれません。
しばらく会えなかった人、
遠くに居てなかなか会えない人、
近くに住んでいるからこそのご挨拶、
などなど、たくさんの気持ちが届きました。
すみません、今年は我が家、年賀状作りをさぼってしまいまして。
( ̄▽ ̄;)!!ガーン
メールでご挨拶しよう!とTKから提案ありましたので、
メールでご挨拶させていただいてましたが。
やっぱり毎日届くみんなからの年賀状を見ると、
気持ちには気持ちでお返ししたいと思いまして、
これから(遅っ!)気持ちのお返しを送りたいと思います。
なので年賀状送って頂いた方々に
今後(きっと今月中に)遅ればせながらの『年賀状』が届くと
思いますが、どうぞよろしくお願いします(。・ω・)ノ゙
2012年01月03日
初詣?

世間は4日から仕事はじめ。
業種によって様々だとは思いますが。
三が日中の初詣は、これもまた世間一般ではお馴染みだと思うけど、
都内近郊の初詣の人数ったらそりゃ尋常じゃないわけで。
そんな人混みに巻き込まれたらお参りするまでに
一日潰れちゃう!ぐらいの勢いだから、
(何年か前に2日に浅草寺に行って、あとちょっとのところで力尽きた…)
ちょっと日にち経ってからいつも行ってたんだけど、
今回は3日にたまたま二人とも予定がないから、
怖いけど行くだけ行ってみよう!と勇気を出して外出。
行ったことのないところへ!と護国寺へお参りに。
夕方だったのもあったけど、いや〜!いい感じに人が少なかった!!
参道では出店が出ていたり休憩所があったりして
家族連れやおじいちゃんおばあちゃんとかが団欒してたけど、
本堂のほうも全然ゆったりお参りできる感じで、
とても気分良くお参りできました。
おみくじ引いたら“小吉”
絵馬も書きました。
厳かな気分で護国寺を後にして、
さーて、そこからはぶらり思いつきの旅開始!!
だからって賑やかな街に繰り出すのはやっぱ嫌で、
街なんだけどあまりいそいそしてなくて
ガヤガヤしすぎないところを!と思考した結果、
辿り着いたのは恵比寿!ガーデンプレイス!!!
お正月もイルミネーションやっていて、
しかもこれまた人が程良くいないっ!!
いいね〜のんびりゆったりした一日となりました。
2012年は“普通の日々+ちょっと贅沢+より多くの笑顔”を望みましたが、
今日は1年の中でも、より、そんな日ではないかなと思いました。
2012年01月01日
2012年のはじまり。
みなさま新しい年になりました。
"普通"の日々を願います。
その中にちょっとした
"贅沢"を望みます。
いつも心にニコちゃんを
かんのさおり

2011年12月31日
あたしの2011年。

【1月】
みんなで大塚邸に集合して餃子パーティー!!
じゃなくって、お世話になっている安達さんの
あたし達なりのささやかな還暦パーティ!!!
みんなで、チャリかるた作ったね(笑)
またみんなでお鍋とかやりたいなー(*^_^*)
【2月】
新居(今のおうち)に急遽引越を決めましたね〜
自分達でもびっくり!!(笑)
初めてちゃんとした引越し屋さんにお願いする。
引越屋さんの仕事っぷりに感動!!
お世話になった人とのお別れの月でもあったな。
寒い寒い雨の日に、ひっそりとした地下の部屋で
ひっそりとお別れしました。
そのあとバカになるぐらいみんなで呑みました。
あの日は不思議な時間だったなぁ。
【3月】
あたしの誕生日を目前に、信じられない出来事が起きる。
三陸沖の震度7の大地震。
あたしの心も脆くも崩れてしまった。
だけど、たくさんの人に支えて貰った。
必ず誰かが側にいてくれた。だから今のあたしが居るんだね。
復興って言葉は簡単だけど、壊れたものを元に戻すのが、
一番難しいことだからね。なんでもね。
3月の日記は、全部震災のことばかり。それだけの出来事だったってことだね。
【4月】
震災から前に進むことができずにもがいてもがいてもがいた月でしたね。
実家に帰って見た風景や体感した空気や匂いは、今でも忘れません。
家族と姪っ子達の笑顔には本当に救われた。感謝。
この時はチャリカルキにも大きな迷惑をかけた。
あたしだけがみんなと同じに進めず迷惑をかけた。
それでも見捨てずにいてくれてありがとう(*- -)(*_ _)ペコリ
やっぱり感謝の月だったね。
【5月】
いろいろ不安定な想いをかかえたまま、ママチャリ開幕。
初日は新潟からだったね。
初日を終えて、本当に多くの人達に支えて貰っていることを実感。
前に進まなきゃって強く思わせられた。
【6月】
本格的にママチャリ動き出す。
ママチャリの楽しみ、凄さ、ありがたさ、何度やっても新たに実感する。
実家のまさしく自宅のある地域がホットスポットで取り上げられる。
どうにもできないことだけど、凄く凄く悔しくて、
そこで生きなきゃいけない子供達や家族や親戚みんなに、
あたしひとり東京に居ることに申し訳ない気持ちになる。
【7月】
信じられない。沖縄で芝居をすることになるなんて。
人生初の沖縄がチャリカルキのみんなとママチャリで行けるなんて。
10日間ぐらいおうちに戻ることなく、沖縄から北上する。
過酷だけど、笑いと涙と愛に溢れる旅だった。
この期間は、たくさんの人に勇気を貰って
震災なんかに負けない!って思えてたな。ほんと。
【8月】
なるべく元気に過ごそう!と心がけた月。
震災から5ヶ月の打ち上げ花火を観て
なるべく多くの人が涙を流せますようにと祈った月。
ママチャリで出会った喫茶ミンカでの貴重なライブを体験。
震災から“まだ”5ヶ月であることを実感させられた出来事でもある。
【9月】
少し“元気”を心がけた月だったかもな。
結婚して初めてTKの実家山口へ帰省した。
しかも1週間という長期間。
離れて暮らす山口のお父さんお母さんおばあちゃんと、
少しの時間だけど、一緒に過ごせたことがあたしは嬉しかったな。
もっとほんとは親孝行したいんだけどね。
【10月】
ママチャリでお呼ばれ公演したね。初めてギャラとして貰ったお金に、
4人で感慨深く思ったよね。
そして震災で延期していたママチャリの岩手仙台公演をやっと実現。
ママチャリ6が本当の千秋楽を10月に迎えることができました。
終わった途端、風邪ひいちゃったけどね(笑)
【11月】
客演とかの予定も一切なかったので一番ブログを更新した月(笑)
そして秦基博のデビュー5周年ライブに行くという記念すべき月。
初アリーナ!!!もう満足のライブ。
あと映画をもの凄く観た月だったね。DVD借りまくり!!
そして結婚式1周年で、式会場へお食事に行った。
担当してくれたプランナーさんと思い出話が出来て嬉しかった。
あたしはやっぱり出会いに恵まれているってことを実感した月だったな。
【12月】
プライベートが超慌ただしい月だったように思う。
少し心がお疲れ気味だったりね。
11月に引き続き、秦基博の今度は弾き語りライブに行く!!
そしてまたまたアリーナという快挙!!
すっかり秦さん色に染められた月となりました。
でもなんだか年末感をなかなか実感できない年だなぁと思う。
初めてひと月ごとに振り返ってみました。
震災があったのが3月11日、あたしはその次の日にひとつ歳を重ねました。
あの日からガラッと変わってしまって、
自分自身の弱さも惨めさもまざまざと見せつけられて、
もがいて周りの人には迷惑ばかりかける日々だったけれど、
それでも側には誰かが必ず居てくれたから今を迎えられていると思います。
皆さんにとっての2011年はどんな年でしたか。
そして来る2012年はどんな年にしたいですか。
皆さんの願ったことが、少しでも実現される年になりますように。
いいことも悪いことも起こるのは生きていれば当たり前。
そこからどう乗り越えて行くか、それが未来に繋がる、と思っています。
