2007年11月17日
ジョゼ
「表面上の心の病気を見ただけで、それがその人の全てのベースだと、普通の人は考えがちだと思うんですが、その中で(精神状態が正常に)戻るときがあるじゃないですか? その戻っているときをベースに考えてもいいんじゃないかと思う」
松尾さん、やっぱいいこというなー(しみじみ)
昨日、犬童監督と仕事をしていた友達と飲んでいて、
なんとなく「ジョゼ〜」の話になる。
ジョゼで思い出すのはカヨちゃんのこと。
わたしは5歳のとき、見知らぬ大人の男性に悪戯をうけて、
あ、こんなに辛いことがあるなら、この先生きててもしょうがないな、と思った。
そう思って人と距離を置くようになったとき、
同じクラスだったカヨちゃんがなぜだか家に誘ってくれた。
カヨちゃんはジョゼと同じように生まれつき脳性麻痺の子供で、
体の半分があまり自由ではなかった。
話すのも大変なようで、ゆっくりしかしゃべれない。
でもわたしは脳性麻痺とかそんな病気の存在を知らなかったので、
歩き方とか手の動きとか話し方がちょっとねじれてるかな〜ぐらいにしか思ってなかった。
カヨちゃんの家の縁側で二人でとくに会話もなくぼんやりしていたとき、わたしは思わず
「さいきんな、死ぬってこと知ったねん。でもな、死ぬこと考えとるとな、なんかしらんけど毎日涙がでてくるんやわあ」といってしまった。
カヨちゃんは、何も答えず立ち上がって、ねじれながら家の中に入っていった。もどってきたとき、
「こ、これ〜、た、た、たべて〜」といって、袋一杯の赤いウインナーをさしだしてきた。
なんでウインナーなんやろと思いつつ、わたしはありがとお〜といってモグモグ食べた。
ウインナーはとてもしょっぱかったよ、カヨちゃん。
でもおいしかった。
カヨちゃんは、人より動作がゆっくりゆっくりだけど、いつもニコニコ笑顔をたやさない。
できないことがたくさんあっても、あかんかった〜といってへらへら笑ってた。
そーゆー姿をみていて、しんどいやろなぁとも思った。
他人のことまで心配せんでもええのになぁとも思った。
でもえらいよなあ。
なんか、自分はまだまだやな、このままじゃ死にきれんとも思ったのでした。
あれから20数年たつけど、いまだにカヨちゃんは超えられへんよ。
まだまだやなあ。
松尾さん、やっぱいいこというなー(しみじみ)
昨日、犬童監督と仕事をしていた友達と飲んでいて、
なんとなく「ジョゼ〜」の話になる。
ジョゼで思い出すのはカヨちゃんのこと。
わたしは5歳のとき、見知らぬ大人の男性に悪戯をうけて、
あ、こんなに辛いことがあるなら、この先生きててもしょうがないな、と思った。
そう思って人と距離を置くようになったとき、
同じクラスだったカヨちゃんがなぜだか家に誘ってくれた。
カヨちゃんはジョゼと同じように生まれつき脳性麻痺の子供で、
体の半分があまり自由ではなかった。
話すのも大変なようで、ゆっくりしかしゃべれない。
でもわたしは脳性麻痺とかそんな病気の存在を知らなかったので、
歩き方とか手の動きとか話し方がちょっとねじれてるかな〜ぐらいにしか思ってなかった。
カヨちゃんの家の縁側で二人でとくに会話もなくぼんやりしていたとき、わたしは思わず
「さいきんな、死ぬってこと知ったねん。でもな、死ぬこと考えとるとな、なんかしらんけど毎日涙がでてくるんやわあ」といってしまった。
カヨちゃんは、何も答えず立ち上がって、ねじれながら家の中に入っていった。もどってきたとき、
「こ、これ〜、た、た、たべて〜」といって、袋一杯の赤いウインナーをさしだしてきた。
なんでウインナーなんやろと思いつつ、わたしはありがとお〜といってモグモグ食べた。
ウインナーはとてもしょっぱかったよ、カヨちゃん。
でもおいしかった。
カヨちゃんは、人より動作がゆっくりゆっくりだけど、いつもニコニコ笑顔をたやさない。
できないことがたくさんあっても、あかんかった〜といってへらへら笑ってた。
そーゆー姿をみていて、しんどいやろなぁとも思った。
他人のことまで心配せんでもええのになぁとも思った。
でもえらいよなあ。
なんか、自分はまだまだやな、このままじゃ死にきれんとも思ったのでした。
あれから20数年たつけど、いまだにカヨちゃんは超えられへんよ。
まだまだやなあ。
charinkoi at 13:59│Comments(0)│TrackBack(0)│